(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第四十一章 前日 九

2011-06-15 20:47:43 | 新転地はお化け屋敷
 音無さんの小さな頷きを最後に、少々の間が。
「――そういや兄ちゃん、今更だけどよ」
「はい?」
「年、つったら変な感じだけど、ナタリーさんってどれくらいなんだ? 兄ちゃんはさん付けだけど、喜坂さんは呼び捨てだったし」
「あー、うーん」
 年がどれくらいか、という疑問についてはそれなりに明瞭な答えを持っています。が、僕がさん付けで栞さんが呼び捨てでというのは、あまり年が関係ないというか……。フライデーさん達やジョンのことも含めて考えると、女性にはさん付けって感じなんですよね、僕。サーズデイさんだけは謎ですけど。
 いやしかし、まあいいでしょう、そこは。
「ナタリーさん、中学三年生の女の子と友達なんですけど、その女の子と同じくらいだろうってことで話が纏まってました」
 というのはもちろん、庄子ちゃんの話。そのことが関係しているのかどうかは分かりませんが、二人はとても仲が良かったりもします。
「あれ、そうなのか? 意外だな。兄ちゃんの呼び方のこともあるから年上とまでは言わねえけど、それよりはもうちょい上くらいに思ってた」
 口宮さんはそんな反応。まあ、口宮さんとナタリーさんのこれまでの関わり方を考えれば、そうだろうなと頷くしかない感想ではありました。
「つっても俺の場合、姿も見えねえし声も聞こえねえしだから、完璧に勝手なイメージでしかねえんだけどな」
「中三より上であたしらより下って、かなり限定される気がするけどね。――で、あんたどうする気?」
「どうする気って、何がだよ」
「ナタリーさんが自分より年下だって分かって」
「どうもしねえし、何も変えねえよ」
「ふうん」
 どうする気? と訊かれているわけですから、どうもしねえ、という回答が出るのは分かります。しかしその後に「何も変えねえよ」という回答が付け加えられている辺り、口宮さん、異原さんの何かしらの意図を読んだのかもしれません。そして異原さんの何を訝しむでもない反応を見る限り、どうやらそれは当たっていたようです。
「あんたが誰かに感謝してるところなんて滅多に見ないけど、割とちゃんとしてるのねそういうところ」
「なんだ、お前も『見直した』組か」
 見直した組、という言葉に音無さんが若干萎れてしまいますが、異原さんはそんなこともなく。
「そうなるわね」
 むしろ腕を組み、ふんと鼻を鳴らして、どっしりと構えているのでした。
 それに対して口宮さんは何か言おうとしたふうでしたが、丁度そのタイミングで先生が教室に入ってきたので、言い掛けた言葉は口から出ないままになってしまうのでした。
 ――恋とか愛とか、そういったものに興味津々なところは年相応に見えたりするんですけどね、ナタリーさん。

 で、講義終了後。その前から教室の前で待機していたのか、栞さんとナタリーさんが現れたのは先生と他の学生さん達が教室を出始めた直後なのでした。
「お疲れ様です」
「まあ栞さんもどこかの講義に交じってたんでしょうけど」
「ああ、いきなり台無しにされた」
「じゃあ喜坂さんもお疲れ様ってことで」
 というわけで、少しこの場に留まることに。出ていく人はいても入ってくる人がいないところからして、この教室、次の時間には使われないみたいですし。
「喜坂さん……他の講義に行ったりしてらっしゃるんですか……?」
 と音無さんが尋ねた相手は僕でなく、僕の目の前の空間。つまり、栞さんです。
 ならばまた通訳に、ということで直接話すのは結局僕なのですが、そんな細かいことは気にしない気にしない。
「そうですね、結構面白いですし」
「へえ……」
 短い感想でしたが、しかしどうやら音無さん、感心しているようでした。
 その気持ちは僕にもよく分かります。なんせ同じく感心したことがありますしね、「早く講義終われ」と願ったりすることが時によってはないこともないいち学生、という立場上。……いや、音無さんがそんなぐうたらだと思ってるわけじゃないですけどね? そりゃあ。
「ナタリーさんはどうでした? 栞さんについて行って」
「うーん、前に立ってる方が何を言ってるのかさっぱりでしたねえ。分からないことを聞いてるのは楽しいですけど」
 前者はともかく、後者って割と凄い才能なんじゃないでしょうか。僕達が言う「分からない」とは全く別レベルでの「分からない」なんでしょうし。
 まあともかく、ナタリーさんのその返事を、自分の口を通して口宮さんと音無さんにも。
「耳が痛え話だな」
「ですね……って言っちゃっていいのかどうか、分かりませんけど……」
 そりゃまあ今のナタリーさんの話と比べちゃったら大概の人はそうなりますよね、僕でなくとも。ところで、それら自分に近い反応に安堵したりするのは汚いことでしょうか。
「あれ? あの、何か変なこと言っちゃったでしょうか?」
「いやいや、変なことだなんてそんな。ナタリーさんは立派ですよ――というか、あたしらが立派じゃなさ過ぎるだけって言うか」
 ナタリーさんの呟くような一言に、異原さんが素早くかつ苦々しく反応。僕が通訳を挟む暇がありませんでしたが、しかしまあ、この異原さんの言葉と表情だけで伝わるんじゃないでしょうか?
「面白そうだから講義に交じった」と「講義を受けるためにこの大学に通っている」の違いを説明するのは簡単そうでありつつ難しそうでもあり、そして説明すればするほど自分に刺々しい形で返ってくるような気がしたので、ここは異原さんと同じような表情を浮かべるだけに留めておきました。
「よく分かりませんけど、なんとなく大変そうだってことだけは分かりました。ああ、そういえばさっき、喜坂さんも『お疲れ様です』って言ってましたっけ」
 それだけ察して頂ければ充分です、ナタリーさん。
 というわけで、その言葉についてはきちんと通訳。
「ナタリーさんみたいだったら……大変だなんて思わないんでしょうけどね……」
「まあそうだよな」
 そこで浮かぶのは、やっぱりまた苦笑いなのでした。ただまあ、冗談じみたものではありましたけどね。
「あの、話は変わるんですけど」
 今の話については「よく分からないけど」ということで決着させてしまったらしく、引き続いて苦笑いな二人に再度何かを尋ねたりはせず、話を変えようとするナタリーさん。もちろんそれには何の問題もありませんが、ではさて、どういったお話で?
「異原さんと口宮さん、その後はどうですか?」
 いろいろと成分が足りない質問文ではありましたが、まあ意味は察せられるでしょう。
 しかしそれに答える側としては、やっぱり慎重にもなろうというもの。というわけで僕の通訳ののち、異原さんが動きます。
「あの、その後っていうのは、いつのことを?」
「あ、すいません。私が異原さん達に初めて会った日――ええと、異原さんの霊感のことで、あまくに荘に相談にいらっしゃった時です」
「分かりました。それで申し訳ないことにもう一つ訊きたいんですけど、あたしとこいつのことで『どう』っていうのは、何の事を?」
「す、すいません説明不足で……。ええと、お付き合いはされてるのかなーとか、そういう話なんですけど……」
 というわけで、結局は僕が察した通りの内容なのでした。ならば僕はこれまで通りにそれを口宮さんと音無さんにも伝えるのですが、すると異原さん、何やら閃いたような表情で口宮さんを振り返ります。
「なんだよ?」
「いやね、今の質問だけど、どうかなーって。あんた的にはどう? あの日から後の、あたし達」
「なんで俺に言わせようとするんだよ、ここまで自分で話しといて」
「言わずもがな、言って欲しいからだけど?」
 これはあれでしょうか、ナタリーさんの質問を利用して異原さんが口宮さんに甘えているとか、そういったことになるんでしょうか。その割には甘さの欠片もない強硬策ですけど。
 さてしかし口宮さん、意外にもすんなりとその言い分を聞き入れたようで、ナタリーさんのほうを向いて咳払い。もちろん、ナタリーさんのほうを向くと言っても見えてはいないわけですが。
「えーとですね、ナタリーさん。講義が始まる前に俺が言ってた礼って、ぶっちゃけこのことも含めてのことだったんですけど……まあ、あの後すぐ付き合い始めることになりました。俺とこいつ。それから今までも、多分、順調ってやつなんだと思います」
 ナタリーさんの相槌が聞こえないからか一気に話すような感じではありましたが、口宮さんによれば、そういうことなんだそうでした。
 しかしその直後、口宮さんは僕のほうを向きます。
「いきなり『付き合ってるかどうか』って話になるってことは、兄ちゃん前々からナタリーさんになんか言ってたろ」
 ぎくり。
「え? ああ、どうだったでしょうかねえ」
 ナタリーさんならそんなことがなくともそういう想像をするかもしれないし、というのは言い訳でしかないのでしょう。いやもちろん冷やかしだとか、ましてや悪意があってだとか、そういうわけじゃないんですけどね?
「まあ何でもいいけどな、別に」
 ほっ。
「ナタリー、そういう話好きだもんね」
 栞さんにそう言われたナタリーさん、「えへへ」と照れ笑い。ご機嫌取りに曖昧な笑みを浮かべている僕とはある意味正反対ですが、不平を嘆くのは無しにしておきましょう。それで済まされるというのはナタリーさんの人柄がなせる業なんでしょうし。
 ――さて。長話をしてはいけないというわけではないですが、長話をしないといけないというわけでもなく。そろそろお開きにして帰ろうか、というような雰囲気が薄っすらと。
 けれどその前にというかそれに際してというか、ちょっとした疑問が頭に浮かびました。
 僕と栞さんは明日、僕の実家で僕の両親と話をすることになります。そしてそのことは、話の内容も含めて、先日音無さんに話していたりするのです。
 何が言いたいのかというと、明日のことだというのにその話を振られていないなあ、と。自分で言うのもなんですが、気になりますよね? 普通。覚えていれば。
 ……覚えてないとか?
 それはそれでちょっとショックなような気がしますが、そんな自意識過剰な話は蹴っ飛ばしておきまして。何故今そんな疑問が頭に浮かんだのかといいますと、自分からそれに関連する話を振ろうとしたからなのでした。
「なんか、ほっとしました。こういうの」
 何の話だか不明瞭な切り出し方に、みんなの視線が僕に集中。でも言いたいことははっきりしてるんで大丈夫ですよ、というのは恐らく、実のところ自分に向けられた言葉なんでしょうけど。
「栞さんとナタリーさんが一緒でも普通に話が進むって――ああ、今更なことなんですけどね」
 栞さんかナタリーさんが言うならともかく、僕がそれを言うのは失礼にあたったりもするのかもしれません。けれど、言わずにはいられなかったのです。
「それって、明日の話?」
 栞さんが尋ねてきました。気分を損なったような様子は見受けられません。
「はい」
 頷きはしましたがしかし、栞さんとナタリーさんにだけ話が伝わるというのも具合が悪いでしょう。忘れているかもしれない疑惑のある音無さんももちろんながら、元から話していない口宮さんと異原さんには特にきちんと説明しないと。
 と、思っていましたらば。
「ああそれ、静音から聞いたわ。あたし達も」
「あれ、そうだったんですか」
 あたし達も、と異原さん。つまり、口宮さんも聞いたのでしょう。ということは更につまるところ、音無さんも忘れていたわけではないんじゃなかろうかと。だったら尚更どうしてその話題が出なかったんだろうかとも思いましたが、しかしまあ気になるだろうとはいっても、覚えていたら確実に話すというわけでもないでしょうしね。
「――まあ異原さん達は栞さん達のことを初めから知ってるわけですし、その時点で明日の話とは随分違ってくるんでしょうけど」
「そうかしら。あたしの時は喜坂さんが筆談してくれたけど、あれ見ちゃったら疑うに疑えなくなっちゃうと思うわよ?」
「そうですかねえ」
「しかも明日の場合、相手は日向くんの両親なのよね? 正直知り合ってからそんなに経ってないあたしですら信じちゃったんだし、自分の親となったらもっと簡単なんじゃない? あ、簡単とか言っちゃったら騙すみたいなニュアンスになっちゃうけど」
 言われてみればそんな気もします。――いや、気がしようがしまいがどうせ明日の予定は変わらないわけで、だったら前向きな気分で事に臨んだ方がいいのでしょう。
 というわけで、異原さんの仰る通りでございます。
「ありがとうございます、励みになります」
「なんのなんのこれくらい、これでも一応先輩だもの。……ま、年とか学年とか関係ない話ではあるんだけど」
 年とか学年とかに関係なく感謝する、と言い換えることもできるわけですけどね。
 なんて思ってたら、引き続き異原さん。
「にしてもねえ。白状しちゃうと、プレッシャーになるんじゃないかしらってことでわざと避けてたのよ、明日の話。それを自分から話し始めちゃうくらいなんだし、今更何を不安がるってこともないんじゃない? 日向くんなら」
「そういうベタ褒めがプレッシャーになるって可能性は考慮しねえのか、お前は」
「あら、ぬかったわ」
 ぬかったわってまたどんな言い回しですか異原さん。
「……ま、なんかどう見ても喜んでるし杞憂なんだろうけどな」
 あら。

「明日、頑張ってね」
「頑張ってきます。いい報告が出来るように」
 どうやら僕はプレッシャーなんて微塵も感じないらしい、ということで、別れ際もそんな感じなのでした。現に今もいい気分になってることですし、ならばプレッシャーを感じないというのは、見事に正解なのでしょう。
 で、その異原さん達と別れた後の帰り道。
「良い方達でしたね、やっぱり」
 ナタリーさんならそう言ってきたりするんだろうなと思ってたら、見事にそのままの台詞が出てきたのでした。うむ、分かり易い。褒め言葉として。
「そうだねー」
 そんな分かり易いナタリーさんのお言葉に、栞さんがのんびりとした声色で乗っかります。
 プレッシャー云々は僕についての話ですが、しかし当然栞さんにも関係してくる話なので、やっぱり何かしら思うところの一つくらいはあるんじゃないでしょうか。気に留まるほど「のんびりした声色」になるということはつまり、普段とはちょっと違うということで、だったらやっぱり多少なりとも影響を受けたってことなんでしょうし。
「なんか僕の話ばっかりになっちゃってましたけど、栞さんは大丈夫ですか? 教室で言ってたプレッシャーって」
「ん? 大丈夫じゃなさそうに見えるってこと?」
「ああ、そういうわけじゃないですけどね」
 むしろ僕と同様に喜んでいるふうに見えるわけですが、一応です。あの時の異原さんと口宮さんの話し方からして、プレッシャーを感じるほうが普通っぽいですし。まあ、そんなにキッパリどっちだと言えるようなことでもないんでしょうけど。
「もちろん大丈夫だよ。孝一くんに釣られてるってところもあるんだろうけど」
「釣られてる、ですか?」
 それと全く同じことを尋ねようとしましたが、口を開いたのはナタリーさんのほうが先でした。
「うん。さっきのことに限らず、割とあると思うよ。私が自分で気付けてるところでも、そうじゃないところでも。……孝一くん、こう見えて強情だったりするしね。誰か一人をそれに巻き込む程度なら全然平気なくらい」
 そんな強情だなんて、とは思ったのですが、しかしそう思った次の瞬間には「いや待てよ」と。僕は今日既に、自分で自分をそう評しているのです。強情だと。
 それは公園でのデートから帰ってきた後、栞さんから膝枕をしてもらっている時のこと。金から黒になった口宮さんの髪の話から栞さんの髪の話になり、そこで「もし私が髪を黒に染めたら」と言い出した栞さんに向かって、僕は即座に「嫌です」と答えたのでした。それを指して、強情だなあ、と。
 そしてその時、こうも思いました。こんなふうになったのって栞さんと付き合い始めた後だよなあ、と。
「人のこと言えないと思いますよ、栞さんも」
「あれ、そう?」
 栞さん、苦笑い。
 けれどこの場合の「強情」は、栞さんが僕へ向けたものもその逆も、どちらも褒め言葉なのです。なので僕も栞さんも、苦笑いののちに普通の笑いを、ちょっとだけ。なので、
「絶対そんなことないと思いますけど、喧嘩じゃないんですよね?」
 そんなナタリーさんの質問には、「もちろんです」と返しておきました。むしろこんなことばっかりなんでしょうしね、僕と栞さんって。
 ……そんなふうに普段から二人で突っ張り合っているからこそ、たまに掛けられる第三者の言葉が嬉しかったりするんでしょうか。プレッシャーを感じる余裕もなく、というか。
 ちょっと話が飛躍している感のある仮設ではありましたが、しかし取り敢えず今はそういうことにしておきます。そして同時に、その意味でも改めて異原さん達に感謝を、ということにも。
 さあ、辿り着くべき我等が家はもうすぐそこです。

「お帰りなさーい」
 帰ってきた僕達を、出迎えてくれる人がいました。とはいえもちろん僕の部屋と栞さんの部屋には誰もいないので、入った部屋はそのどちらでもありません。
「あっ!」
 ナタリーさんが声を上げると、栞さんがその場に腰を落とし、片手を床に下ろします。ならばナタリーさんはその腕を伝って床に降り、そのままするするするっと出迎えてくれた女の子のもとへ。
 というわけでここは202号室、出迎えてくれた女の子は庄子ちゃんです。
 しかしまあこの部屋に入ったということは、庄子ちゃんより先に成美さんに出迎えられたってことでもあるんですけどね。そろそろ僕達が帰ってくる時間だろうということで、台所の窓から外を眺めて待機していたそうです。いやはやまあ、そこまでして頂いて。
 さて、繰り返しますがここは202号室。ならば庄子ちゃんの他に大吾と成美さんが居るのは当たり前なのですが、その三名だけではありませんでした。――というか、全員集合していました。
 まあ、いつものことと言えばいつものことなんですけどね。
「一昨日も来たってのになあ、こいつ」
 僕と栞さんが適当に腰を下ろすなり、呆れ交じりに大吾が一言。こいつ、というのはもちろん庄子ちゃんのことなのでしょう。
 しかし庄子ちゃんに対する彼のそんな態度は、これまたいつものことだったりします。なので「またそんな分かり易いことを」という意味も込めて、安っぽい笑みを浮かべておきました。もちろん、表向きには「返事の代わり」という意味での笑顔なんですけどね。
「あらだいちゃん、しぃちゃんとこーちゃんが帰ってきたからってそんな。さっきも言ってたじゃん、それ」
 突っ込まれると困り果てるのは間違いないのに、懲りることなく今のようなことを口走ってしまう。ということで、家守さんからそんなことを言われた大吾はもにょもにょと口元を歪めるばかり。周囲から目立たない程度の笑い声が上がるのでした。
 が、今回はそれで終わりではなく。
「あー、でもあの、喜坂さんと日向さんに言うっていうのは間違ってもないんですよね」
 意外なことに庄子ちゃんが大吾を庇うっぽい発言を。
 とはいえ、それだけでは何を言おうとしているのか判断し切れなかったりもします。
「間違ってもないって、なんで?」
 判断し切れないので、直接尋ねてみました。まさか本当に大吾を庇うためだったりはしないでしょうしね、と酷いことも考えつつ。
「今日ここに来たのは――その、一昨日の日向さんと喜坂さんの話がどうなったかなって、それが気になったからっていうのが一番の理由だったりするんです」
 微妙に俯き、どことなく言い難そうに話す庄子ちゃん。けれど頭の両脇から垂れる二本の尻尾が少し揺れて、そんな様子を強調するのでした。
 一昨日は尻尾が一本だったし、本当に日によってポニーテールだったりツインテールだったりするんだな、という話は横に置いておきましょう。
「孝一くんのご両親に挨拶に行くかもって話? 一緒に暮らしたいからって」
 僕の両親に挨拶に行く。一緒に暮らしたいから。
 本来であれば、一緒に暮らしたいから僕の両親に挨拶に行く、という順番になるのでしょう。けれどそれを翌日に控えた今となっては、挨拶のほうが意識の上では先行してしまうのでした。言葉に表した栞さんはもちろん、僕だって。
「うん」
 こくりと頷く庄子ちゃん。ここ数日での僕達に関する話題となれば、そりゃまあその話なのでしょう。
 ――気になるよねえ、やっぱり。
「ありゃ、内緒にしてるってわけでもなかったんだ?」
 庄子ちゃんへその件についての進展具合を話そうとしたところ、それより先に家守さんがそう一言。そうか、家守さん高次さんと他のみんなは別々にしか話してなかったっけ。
「まあ日向くんと喜坂さんだしねえ」
 どういう意味ですか高次さん。
 いや、褒めてくれてるんでしょうけどね?
 で、それはそれとして。
「明日だね。明日、孝一くんの実家にお邪魔させてもらうことになったよ。――まあお邪魔させてもらうことになったって言っても、ご両親には孝一くんと一緒に来る女の人がどんな人なのか、どころか誰なのかすらまだ伝えてないんだけど」
 つまりきちんと来訪の許可を貰ったわけではないと、栞さんはそう言いたいのでしょう。
 そして事実、その通りなのです。電話越しに話したって信じてはもらえないでしょうから。
「そうなんだ……」
 静かに納得する庄子ちゃん。どうして「そう」なのかも、庄子ちゃんなら説明するまでもなく把握してくれているのでしょう。栞さんが幽霊だから、と。
 一昨日もこんな感じだった気がしますが、今の話は庄子ちゃんを相手としていたものの、家守さんと高次さんを除いた他のみんなにとっても初耳なはずでした。ナタリーさんには大学でちょっと話しましたが、「僕の親は僕と一緒に誰が来るのかを知らない」という点については、同じく初耳なはずですし。
「大丈夫なんですか?」
 大吾の質問は僕と栞さんでなく、家守さんと高次さんに向けられていました。
 答えたのは高次さん、そしてそれに続く家守さん。神妙な面持ちの大吾とは対照的に、二人とも軽い調子なのでした。
「大丈夫だよ。いやむしろ、賢明な判断だと褒めていいくらいかな。先に知らせようとして話がこじれでもしちゃったら、俺らの仕事もかなりやり難くなっちゃうからね」
「ただでさえ初めからの信用なんて無いに等しい職業なのに、会う前から信用がないどころか敵意を持たれたりしちゃうとねえ」
 軽くはない話でした。だからこそ、軽い調子だったのでしょう。
「敵意、ですか」
 大吾が一層神妙さを増して繰り返しますが、家守さんは変わらず。
「そりゃあだいちゃん、親からすれば息子の恋人、もっと言えば結婚相手の話だよ? そんくらいはむしろ当然だよ、親ともなればね」


コメントを投稿