(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十九章 希望と予定 七

2011-01-29 20:56:22 | 新転地はお化け屋敷
「キレられるところだったか? 今の」
 口宮さん、あまり痛くはなかったらしい落ち着いた口調でそう一言。その「今の」、つまりはさっきの言葉ですが、聞き取りようによっては「異原さんなんだから太る太らないは気にならない」みたいなふうに捉えられなくもないような。怒られたことを不服に思うということは、本当にそんなつもりで言ったのかもしれません。
「いつもなら『一言多い』ですけど……今回は、『一言足りない』ですかね……?」
 音無さんも、僕と同じような推理をしたようでした。
「お前らいるのにその一言とやらを言えるわけねえだろが。こう見えて照れ屋なんだよ、俺は。どう見えてるのかは知らねえけどな」
 というのはもちろん冗談なのでしょうが、しかし丸っきり嘘というわけでもないのではないでしょうか? 本人もこう言っている以上、僕と音無さんが推理した「一言」は確かに意味のうえでだけは含まれていて、そしてそれを何らかの理由で言葉にはしなかったわけですし。
「まあでも、それを察せられねえ奴が相手だってのは判断ミスだったな」
「な、何よ」
 口宮さんがわざとらしい呆れ顔で異原さんを見遣ると、その異原さんは後ずさり。僕と音無さんまで混じってこういう話になってしまうと、さすがに強く言い返せはしないようでした。
「……よく分からないけど、ごめん」
「マジ謝りするようなとこじゃねえよ」
 言って、異原さんの頭をぽんぽんと。いつも言い合いをして、結局は口宮さんが痛い目を見ることになるこのお二人で、こういう展開は珍しい――というか、初めて見たかもしれません。なるほど、こういうところもあるんだなやっぱり。
「日向さん、頬が緩んでますよ……?」
「そうですか? って、音無さんもじゃないですか」
「あれ……? ふふ、本当ですね……」
 そんな会話をしていると、口宮さんの舌打ちが聞こえてきました。でも、気にしないで頬を緩ませ続けておくことにしました。僕も音無さんも。
 さて、そんな僕達のところへ複数の足音が。
「ん? なんじゃ、えらく機嫌が良さそうじゃな静音。日向君も」
 機嫌が良さそうだなと言われるのは本日数回目ですが、これまでのそれとは理由が違いました。今回は、目の前で起こったことについてニヤニヤしてただけですしね。
 ただ音無さんのほうは、それに加えて同森さんが到着したことを喜んでたりするのかもしれませんけど。
「何があったかはまあ、こっちが恥ずかしそうにしてるところを見るとなんとなく想像できないではないね。触れて欲しくはないだろうけど」
 相変わらず青いリボンで無理矢理に束ねた短い後ろ髪が突起みたいになってる諸見谷さんは、同森さんとは逆にあちらへ注目していました。それはたまたまと見るべきか人柄の違いと見るべきか、どちらなのでしょうか。
「あら愛香さん、触れて欲しくなさそうなところに敢えて触れるのも場合によっては優しさよ? というわけで口宮くんに異原さん、何があったのかしら」
 同森さんと諸見谷さんがそれぞれ一言ずつコメントしたところで、残るは細長い体でくねくねしている一貴さん。……なのですが、これはもう僕達と口宮さん達のどちらに注目するとかそういうことではないような。
「まあその、こいつが鈍いせいで恥かいたって感じですかね」
「あ、あんたそりゃないでしょ言い過ぎでしょ!? さっきは謝るようなことじゃないって言ったくせに!」
「ああ? そうだとしても事実は事実だろ。見てたやつもいるのに、その目の前で嘘つけってか?」
「同じこと言うにしたって言い方ってもんがあるでしょうが! そんなバッサリやってくれなくてもいいじゃないの!」
 さっきはこうじゃなかったんですが、いつものような小言の言い合いになってしまいました。しかしまあこのお二人の場合はこれこそが普通なので、喧嘩が始まったとヒヤヒヤするようなことはないんですけどね。
「あらあら、うふふ」
 この展開を引き起こした一貴さんは、楽しそうに笑っていました。「口宮さんと異原さんらしくない状況」を「らしい状況」に持っていったという意味では、なるほど確かにこれはこれで親切なのかもしれません。ただまあさすがに、言い合いをしている本人からそう思われることはないのかもしれませんけど。
「まあまあ。それに関わる話も関わらない話も、取り敢えずは店に入ってからにしないかい? そういうことをするためにこの機会を設けてるってのも、一部にはあるんだし」
 と、この場のみんなに食事を奢ってくれることになっている諸見谷さん。他の誰かならともかくお金を出してくれる人なので、発言権はそりゃ強いです。諸見谷さんが自分でそれを分かって言っているかはともかく――って、そういうことに頭が回らない人ではないですよね。なんとなくですけど。
「今回はどこの店にするんですか?」
 諸見谷さんがそう言うならば早速店に向かいましょうということで、尋ねてみます。過去二度で入る店は違っていましたが、ならば今回も恐らくはそうなのでしょう、ということで。
「何か希望があるってことならもちろん聞くけど、今のところはあそこにしようかなと」
 歩道に歩み出た諸見谷さんが迷いなく指差したのは、赤色が目立つハンバーガーショップ。車道を挟んで向かい側、つまりはすぐそこでした。
「夕食前にガッツリ食べるのもなんだしね。というわけで、どうかね皆の者」
 という意見を求められたところ、結果は全員賛成。とはいえこちらについては、別に発言権がどうとかいう問題ではなさそうでしたけど。
「まあ正直、コストパフォーマンス的には微妙なんだけどさ」
「あら駄目よ愛香さん、奢る側なのにそんなこと言っちゃ」
「はは、そりゃそうだ。ごめんごめん、聞かなかったことにして頂戴ねみんな」
 ……ううむ。あの店を選んだのは諸見谷さんご自身なわけですし、だったら普通は問題なくそういうことにできるんでしょうけど……諸見谷さんがお金にケチだって情報を知ってしまっていると、どうも。
 いやまあ、それが一貴さんが相手の時だけっていうのも知ってはいるんですけどね。

 しかしともかく店内へ。総勢七人という結構な大人数なので、二階に上がって四人掛けの席を二つ、くっ付けることになりました。誰が原因で奇数なのかと考えたらそりゃもちろん僕なのですが、しかしどうして唐突にそんなことを考えたのかは僕にも分かりません。
 分からないのでそれは横に置いときまして、同森さんから質問が。
「日向君は自分で料理が出来るんじゃろ? となると、やっぱりこういう所にはあんまり来んのかの」
「あー、それが原因かどうかは分かりませんけど、言われてみればあんまり来ないですかね。まあ住んでるアパートの近所ですし、ここらで食べるんだったら帰って食べればいいやって話で」
「それってつまり、味のほうにも自信ありってことだわね? くうう、羨ましい」
 そういうつもりで言ったわけではないのですが、しかしやっぱりそういうことになるんでしょうか。味に自信があるのはまあ、外食と関連付けてのことでないとはいえ、間違ってはいませんし。――というわけで、何やら異原さんに羨ましがられてしまいました。
「……羨ましいです……」
 音無さんにまで。あれ、前にもありませんでしたっけこんなこと。
「自分で料理しても美味くできねえってんなら分かるけど、料理自体してねえやつが羨ましがるのはおかしいだろ。羨ましがる資格すらねえっつうか」
「…………!」
「…………!」
 女子二名、絶句してしまいました。
「あれ?」
 どういう反応を想定していたのか、絶句させた口宮さんが困惑してしまいます。
「いや、由依はともかく、音無はほら一人暮らしなんだし、全くしてねえってことはねえんだろ?」
「…………」
 より沈み込んでしまう音無さん。
「今回はさすがにお前が悪いとは言えんが、それくらいにしてやってくれんか口宮……」
 気の毒に思ってしまったのでしょう、同森さんまで沈んだ感じになってしまいました。ムッキムキな身体も随分小さく見え――るようなことはないですね、さすがに。
「そ、そのほうがよさそうだな。――あー、早く戻って来ねえかなあ一貴さんと諸見谷さん」
 体ごと階段のほうを向き、事態を放り出してしまう口宮さん。こういう展開には慣れていないのかもしれません。いや、慣れるようなことでもないんでしょうけど。
 ところでその一貴さんと諸見谷さんが一階で何をしているかというと、注文と商品の受け取りです。それくらいは奢られる側に任せて欲しいのが正直なところですが、善意の押しつけというやつにはなりたくないので、一度やんわりと断られた時点で断念しておきました。
「……ふ」
 ふ?
「ふふふ」
 どうやら笑っているらしいその声のほうを見てみると、異原さんが何やら怖い顔になってらっしゃいました。――いや、つい怖い顔なんて思っちゃいましたけど、一応はその笑い声の通りに笑顔ではありますが。
「分かったわよやってやろうじゃないのよ。そうよ料理なんて出来て困るものじゃないんだし? だったら『あんたに言われてやるのが癪だ』とかそんなふうに思うことでもないんだし? それ以上にこんな言われ方されたら見返してやりたいし? えぇえぇ、やらない理由のほうが見付からないわね」
「な、何だよ急に。見返すって、俺は別に見下したわけじゃ」
「うるさい。させろ」
「……理不尽じゃねえ?」
 最後の一言は僕へ向けて発せられ、ならばそれは、僕に同意を求める趣旨のものだったのでしょう。どうしてそうなるのかは分かりませんけど。
 しかしともかく大学の先輩に、しかも普段そんなことしてこなさそうな口宮さんに助けを求められたとなれば、引き受けないわけにもいきません。
「ええと――そうですよね異原さん。あと、好きな人に手料理食べてもらって『美味しい』って言われたら嬉しいですよ? やっぱり」
「どふっ」
 変な声を上げた異原さん、数瞬の間を置いてからへなへなとテーブルに突っ伏してしまいました。どういうことでしょうかこのリアクションは。
「捻くれた言葉を並べ立てておいて、結局は初めからそれが目的だったんじゃろうよ。要は図星ってことじゃな」
 なるほど、そういうことですか。……あれ? でも。
 異原さんから反論が出てこない辺り、その同森さんの洞察は正しかったのでしょう。しかしそう思いはしながらも、ある疑問が浮かんできました。「僕からすればそれって料理をするうえでは当たり前のことなんですけど、言い当てられてショックを受けるようなことでしたか?」という。
 当たり前などと言うからにはもちろん、それが当て嵌まるのは僕に限らず誰でもそうだと思っていました。けれどもどうやらそうではなかったようで、美味しいと言われて嬉しく思うのは異原さんも同じようでしたけど、それはどうやら当たり前ではなく、特殊なことのようなのでした。
 そりゃあ異原さんは料理をしたことがないそうですけど、だからといってそこまで……ううむ、人に料理を教えている身としては気になるところですが。
「今からんなこと言われたらよお、いざ本当に美味かった時になんか『美味い』って言い難くなりそうじゃねえか? まあどうせかなり先のことだろうけど」
「どういう意味よそれ」
 口宮さんの言葉に異原さんが弱々しくながらも反論。けれど口宮さん、今回は完全に無視をする腹積もりのようです。弱ったところに追い打ちを掛けまではしない、ということでしょうか。
 口宮さんの意図がどうであれ、僕もそうさせてもらうことにします。
「そ、そうですか? いや、なんか余計なこと言っちゃったみたいですいません」
「ああ、別にそんなつもりじゃねえけどよ。こういう時はどうせ俺かこいつか、もしかしたら両方が変だってだけなんだろうしな」
「なんじゃ、えらく後ろ向きじゃな」
「自分達がバカだってことぐらいは分かってんだよ、俺もこいつも」
 という過剰な自嘲はもちろん冗談口調でなされたのですが、口調と同じく冗談ぽい表情な口宮さんの一方で、異原さんは神妙な顔をしていました。……が、しかしそれも短い間だけのことで、直後にはむしろ嬉しそうにふんわりと微笑んでいたりもするのでした。
 何を思えば表情がそんな変遷を辿るのかと気になりはしましたが、随分と気分の良さそうな笑顔を崩すのも躊躇われたので、気にするだけに留めておきました。
「バカだって自覚してないとやってられないくらいバカよね、あたし達」
 いい表情のままそんなことを言う異原さんに、僕と同森さんは怪訝な顔。音無さんに至っては顔の向きが異原さんと口宮さんの間でおろおろし始めてしまいましたが、それでも結局、異原さんの表情が崩れることはありませんでした。

 料理の話で沈んでいた異原さんが急ににこにこし始めてから少し間を空けて、一貴さんと諸見谷さんがみんなの注文の品を持って来ました。
「あら珍しい、異原さんと口宮くんが人前でくっ付いてるなんて」
「……いや、別にそうは見えないけど?」
 戻ってくるなり言い掛かりを付け始めた一貴さんでしたが、当の本人達の反応よりも先に諸見谷さんから否定のお言葉が。その否定の通り、別に異原さんと口宮さんはくっ付いてたりはしていません。並んで座っているのはまあ、いつものことですし。
「あらそう? うふふ、ごめんなさいね二人とも。目の錯覚だったわ」
「まあ、何が言いたいか分からないわけでもないんだけどね。少なくとも体をくっ付けてるようなことはないってだけで。――ただ一貴、それはただの嫌がらせだね」
「あらあら、重ねてごめんなさい」
 という遣り取りに、口宮さんは苦笑い。けれどその隣の異原さんは、まだにこにこしたままでした。この反応の差はちょっと面白いかもしれません。面白がるようなことではないのかもしれませんけど。
「まあともかく食べよう食べよう。冷めたら美味しくないぞ、こういうのは」
 一貴さんを好きにさせていると話してばかりになってしまうということなのか、司会進行に回る諸見谷さん。買ってきた食べ物に未だ誰も手を付けていない中、真っ先にポテトを手にとって、それをトレイの上にざらざらと。
 一人がそうすれば、皆も釣られてそうします。というわけで、二つのトレイにそれぞれ三人分のポテトが盛られることになりました。
「あ、あの……わたしはこれしか頼んでないので……」
 この場にいるのは七人なのに、全員分のポテトは合計六人分。ということで音無さん、自分が頼んだアップルパイを控えめに胸の前へ持ってくるのでした。正確にはアップルパイだけでなくコーヒーも頼んでいたのですが、ここでそんな揚げ足を取る意味が特にあるというわけでもなく。
「おうおう音無さん、私らのポテトが食べられないってかい?」
 何やら言い始めたのは諸見谷さんですが、私らのポテトという割には音無さんとトレイが別だったりします。とはいえ別に手近な方のトレイからしか食べてはいけないというわけでなし、そうでなかったとしても、どうでもいいことなんでしょうけど。
「なんて、もちろん食べたい時だけ食べてくれりゃいいんだけどね。万が一だけど、ダイエット中とかそんなだったりするかもしれないし」
 というわけで私らのポテトがどうのこうは当然ながら冗談だったわけですが、早速ポテトをもぐもぐしている異原さんからこんな言葉が。
「あー、でも諸見谷さん。ダイエットでポテト食べるのすらためらうようだったら、そもそも外食なんてしなくないですか?」
「おや、言われてみればそれもそうか」
 ダイエット目的でポテトを遠慮しながらアップルパイを頬張る、というのは確かにおかしな話。言われて初めて気付いた諸見谷さんはかっかっかと高らかに笑い、「駄目だねえ、女のくせにそういう理解がないってのは」と。
「理解する必要がないってことなんじゃないかしら?」
 諸見谷さんに合わせて笑いつつ、一貴さんがそう言いました。それはつまりどういうことだと考えてみると、なるほど僕の目からしても理解する必要はなさそうです。
「ってことは、理解してたこいつは――」
「黙らっしゃい。んなことないわよ別に」
 異原さんについてのこういう話は既に本日二度目のような気がしましたが、ともかく口宮さんが打撃を頂いていましたということで。
 ところで、ご自身でも否定なさっていますが、異原さんもやっぱり理解する必要はないように見えます。とはいえ女性としてはどのくらいから気になるものなのかとか、そういうのはさっぱり分からないんですけどね。
 さて、反論と一緒にやっぱり殴られた口宮さんですが、しかしそれ以上反論を返すようなこともなく、ふんと鼻を鳴らしだけしてジュースのストローを口に加えました。
「異原が自分でどう思うかというのもそうじゃが、口宮としてはもうちょっと細いほうがいいとか、そういう話にもなるんじゃないかの」
 口宮さんのジュースからボコボコンと空気音が。そして口宮さん、軽く咳払いをしてから同森さんを睨み付けます。
「お前な……」
「違うなら違うと一言言えば済む話じゃろう? そう怖い顔をするな」
 僕があんな顔を向けられたらいくら知り合いとはいえ多少なりとも縮こまってしまいそうなものですが、そこはさすがに筋肉質なだけあって――というのは関係ないんでしょうけど、同森さんは面白そうに笑っていました。
「そーよそーよ。っていうか、あたしがあんたに言われたことをそのまま返されただけじゃないのよ。何? だったらあたしもそういう顔していいのかしら?」
 などと仰る異原さんも、同じく面白そうにしていました。同森さんほど明確にというわけではありませんでしたけど。
「ぐぬぬ」
 怖い顔のままではありますが、分かりやすく言葉に詰まった様子の口宮さん。先程ストロー内を逆流させたジュースを改めて一口飲み、そして紙コップをテーブルへぶつけるように置いてから、投げ遣りな口調で言いました。
「別にねえよ、そんなもん」
 そんなもんというのはもちろん、同森さんの言葉に対してのものなのでしょう。
 するとここで音無さんが、確認はしませんでしたが恐らくいつものようにあわあわしていたのでしょう、ほっとしたように言いました。
「校門で待ってた時……太っても構わないって……言ってましたもんね……」
「――ああそうか。あれ、そういう意味だったのね」
 今気付きましたか異原さん。そうでしたね、あの時は嫌味だと捉えてか怒ってましたもんね。……あらあら、見る見る嬉しそうな顔になっちゃって。
「んー。くっくっ、これじゃあ食が進まんねえ。してる側も聞き耳を立ててる側も、話に夢中になっちゃうし」
 などと言いつつパクパクとポテトを食べ始める諸見谷さんですが、そう思ったからこそ食べ始めた、ということなのでしょう。冷めたら美味しくないですしね、という言葉も初めに行ったのは諸見谷さんですし。
 それを除けば本当に全員揃って食が進んでいなかったのですが、諸見谷さんを見てか、はたまた照れ隠しなのか、口宮さんが結構な勢いでチーズバーガーにかぶりつき始めました。
 すると勢いが良過ぎてパンの間からケチャップが漏れ出し、あわや服が赤く染まりそうに。しかし結局のところ赤く染まったのは口宮さんの手だけで済み、急に食を進め始めたことも含めて、それらがちょっとした笑いを生んだりも。
「ま、話をするついでにご飯食べようってな規格なわけだし、そう慌てて食事のほうを進めることもないよ口宮くん」
 笑い終えた諸見谷さんにそう言われ、一層恥ずかしそうにチーズバーガーへもう一かぶり付きをお見舞いする口宮さんでした。するとそれにまたみんなが笑うわけですが――。
「その通りです、諸見谷さん」
「ん?」
「異原さん!」
「へっ? あ、はい!?」
「『料理をする』という行為の肝になるのは料理自体の出来不出来ではなく、それを食べる時に生じる団欒です。いきなりとても美味しい料理なんかできるわけがないんです。むしろ徐々に上がっていく自分の腕前を、食べてもらう人――異原さんだったら口宮さんと一緒に、楽しんでこそなのです」
「は、はあ」
「というわけで、今のうちから気負う必要は全くありませんよ。下手で元々、食べられるものでさえあれば感想は頂けるわけですから。なので口宮さん!」
「え、俺?」
「食べた感想は正直にお願いします。味見するんだから作ってる側だって上出来か不出来かぐらいは分かってるわけで、そこで無理して美味しいなんて言われてもちっとも嬉しくなんてありませんから。逆に不出来なことを分かっていれば、美味しくないって言われても笑い飛ばせますから」
 何を食べても美味しいという人を知っているには知っていたりしますが、それだって美味しくない時にまで美味しいと言ってるわけではないんでしょうし。多分ですけど。
「あ、ああ、分かった。……急にえらい語るな、兄ちゃん」
「そりゃあ料理は趣味でやってるもんですから。拘ってこその趣味です」
 引かれてるようにしか見えませんが、気にしません。こと料理に関してだけは。
「わ……わたしも、やってみようかな……」
「音無お前、今の話でそう思ったのか!?」
 音無さんが嬉しいことを言ってくれ、続いて口宮さんが割と酷いことを言ってくれました。でも気にしません。こと料理に関してだけは。
「ま、いいんじゃないかの。さっき異原も言っとったが、出来て困るもんじゃあないんじゃし。――しかしまあ、今の話が動機になったんじゃったら、ワシは美味くなかった時に『美味くない』と正直に言わなきゃならんのじゃが」
 笑いながらそう言って、しかし冗談のみというわけでもなさそうに、どこか不安げだったりもする同森さんでした。ううむ、そんなにも言い難いものでしょうか。今言った通り、料理した側だってある程度美味しいか不味いかは分かってるのに。
 すると今度は諸見谷さん。
「いやあ、先に自分で料理始めといてよかったわ。私の場合は趣味じゃなくて食費を切り詰めるための手段だし、一貴の評価もそれ前提のものだし」
 となれば、続いて一貴さんが。
「あら、別に甘い評価を付けてるつもりはないわよ? たまーにえらく薄味だったりするけど、基本的には美味しいじゃない。愛香さんのお料理」
「かっかっか、それは『たまーに美味しくない』ってことなんだよ。ま、そういう時は明らかに口数が減って愛想笑いが増えるから、すぐ分かるんだけどね」
 口数が減って愛想笑いを浮かべている一貴さんというものが僕にはどうにも想像できませんでしたが、恐らくは実際にこの目で見てもそうだとは見分けられないんじゃないでしょうか。単なるイメージでしかありませんが、一貴さんはそういうカモフラージュが上手そうですし。諸見谷さんだからこそ見破れる、みたいな。
 などと妙な想像を膨らませていると、諸見谷さんが続けて一言。
「……ん? てことは結局、日向くんの言うように正直に言われた方が良かったりするのかね。最近はもう慣れちゃったけど、初めの頃に割とショックだったのは間違いないし」
「あらあ」
 今ではもう過ぎ去った苦い思い出をカミングアウトされた一貴さん、おばさんみたいな声を上げるのでした。


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