(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十四章 後のお祭り 八

2011-11-07 20:42:44 | 新転地はお化け屋敷
 少しして庄子ちゃんが落ち着いてきたところ、清さんがこう告げました。
「すみませんでした庄子さん、それに怒橋君も」
 庄子ちゃんはともかく、どうしてそこに大吾も含まれたのかというのは、なにも庄子ちゃんが大吾に泣き付いたからという理由だけではないのでしょう。
 当初よりは随分と緩和しているにせよ、大吾は庄子ちゃんに、あまり「こちら側」に深入りして欲しくはないと思っています。清さんは恐らく、そんな庄子ちゃんに「こちら側」が関わる事情で涙を流させてしまったことを。
「いえ」
 しかし大吾は、首を軽く横に振りました。
「今泣くかその時に泣くかってだけの話ですから。清明くんと会わなくなる、なんてことにでもならない限りは」
 付き合うか否かではなく、何かしらの関係を持ち続けるか否か。会話の中にも出てきましたが、今していたのはその段階での話なのです。
「やだ、そんなの」
 泣き止むに際して大吾の胸から離れていた庄子ちゃんはしかし、大吾の腕を引っ張るようにしながら、まだ少し泣いていたことを引きずっているような声でそう言いました。
 それはつまり今しがた感じた、というか今でも感じているであろう悲しさを受け入れてでも清明くんのことを諦めたくないと、そういうことなのでしょうか。
 というような疑問が大吾の口から出ることはなく、
「じゃあ頑張れ」
 代わりにそう言って掴まれていた腕を離させ、その手をぽん、と庄子ちゃんの頭に乗せるのでした。
「うん」
 ずずっと鼻を啜った庄子ちゃんは短く、けれど力強く、そう返事をしました。
 するとそれを待っていたかのようなタイミングで――いや、実際に待っていたのでしょう、高次さんが台所から戻ってきました。
「ええと、決めてもらいたいことが二つほどあって」
 特に庄子ちゃんの方へ声を掛けることはなく、こちらの話題へ。
「和式洋式はどっちにするかっていうのと、細かい日程はともかく二組別々にするか一緒にやっちゃうかっていうのと。すぐ決められそうかな」
「和式洋式? なんだ、結婚式とやらには種類があるということか?」
 即座に出てきたそんな疑問に、すぐ決めて欲しいらしい高次さんは苦笑い。まあしかし成美さんがそんなふうに思うのもごもっともなので、ここは説明から。
「この国のやり方か外国のやり方かってことですね、簡単に言ってしまうと」
 それはいくらなんでも簡単過ぎやしませんか清さん。……とはいえ、成美さん相手に他にどう説明しろって話でもあるんですけどね。
「そういうことなら、この国にいる以上はこの国のやり方に則るべきなんじゃないのか? まあそもそもわたしは国というもの自体、あまりよく分かってはいないのだが」
「わ、私は……洋式のほうがいいかなあ……」
 考えてみればそれもそうかもしれない成美さんの意見に、栞さんは口調を弱々しくさせてしまうのでした。今朝、ドレスがどうとかいう話もしてましたしね。
「というのはどっちなんだ、大吾」
「外国のやり方ってほうだな」
「そうなのか。ふむ、ならばますますわたしはこの国のやり方がいいな。どっちも経験できたほうが得だろうし。ああそうそう、だから『一緒にやってしまうか』というのも、わたしはそれに賛成だぞ」
 いろいろ知らないことがあるからこその、実に合理的な判断なのでした。
 けれどそれを聞いた大吾が浮かべるのは、苦笑いでなく素直な笑い。
「オレもそれでいい。――で、そっちはどうだ? 一緒にやるっての」
 洋式なのはさっきの栞さんの一言で決定なのね、とまあ僕もそれでいいから何も問題はないわけですが。
「そんなことができるんだったら私もそれがいいけど、孝一くん、どう?……というか、洋式でよかった?」
「どっちも『はい』でお願いします」
 知り合いのカップルと結婚式を一緒にやってしまうなんて経験は、滅多に出来るものではないのでしょう。だったらやったほうが得だろう、とさっきの成美さんみたいな考えのもと、僕は栞さんの問い掛けに首を縦に振ったのでした。
「じゃあ高次さん、そういうことでお願いします」
「了解しました」
 四人を代表した栞さんの言葉を受け取った高次さん、その後はまた電話のほうに取り掛かります。ご苦労様です。
「あたし、成美さんのドレス姿も見たかったなあ」
 やはりこういう話題への興味というのは強力なのでしょうか、庄子ちゃんはすっかり立ち直った感じでがっかりしていたのでした。立ち直ってがっかりって、なんだか妙な感じではありますが。
「ああ、それは心配ないよしょーちゃん。一緒にやるってんだからなっちゃんの分のドレスも用意しといて、披露宴の時にでも着てもらえばいいんだし」
「あ、そっか。――って、そんな簡単にいくものなんですか? 用意するって言ったって」
「だってタダだよ?」
「あ」
 庄子ちゃん、沈黙。つくづくとんでもない話ですよね、全部タダって。
「大吾、今のはどういう話だ?」
 成美さんから大吾へ再度質問が。なんせ猫である成美さんにはそりゃもう初めから一つ一つ教えなきゃならないわけですが、大吾はむしろ楽しそうなのでした。大吾に限った話じゃないというのも、もちろんではありますけど。
「外国のやり方だとドレス……ウェディングドレスっつってドレスの中でも特別なヤツなんだけど、嫁さん側は式の時にそれを着るんだよ」
「ほほう。わたし達がする方にはないのか? そういうのは」
「いや、こっちはこっちでそれ用の衣装はあるんだけどな。ただまあ、ドレスのほうが豪華っつーか派手っつーか、そんな感じだからなあ」
「ふむ。となると、お前もそっちのほうがいいのか?」
 お前も、というのはドレス姿を見たがった庄子ちゃんのことがあってそう言っているのでしょう。しかしそんな言い方をしてしまうと、その庄子ちゃんは視線をおろおろさせ始めてしまいます。
「いや、オレは別にそうでもねえな。こっちの――なんていうんだっけか」
「白無垢、ですね」
「あ、白無垢。オマエならそれ、似合うと思うし」
 清さんから知識を授けてもらいつつ、大吾はそう言いました。ちょっと恥ずかしい台詞のような気もしますが、さらりとそう言いました。
「似合う? ということは」
 何やら一瞬だけ考えるような表情をした成美さんはしかし、直後にニヤリとした悪戯っぽい笑みを浮かべました。
「当ててやろう大吾。その白無垢という衣装、色は白だな?」
「……いや、だって『白』無垢だし。まあ当たりだけど」
「ふふん、やはりそうか。わたしには白が似合うと常々から言っているからな、お前は」
 大吾の突っ込みを理解していないのか、それとも理解してなお正解したことが嬉しいのか、成美さんは自信満々かつ嬉しそうに胸を張っていました。
 一方、大吾は顔を伏せてしまいました。どうやらこの場で「似合うと思う」と口にするのは何ともなくても、普段から似合うと言っているという暴露話は堪えたようでした。普段から、なんて言う程なんですから、たまたま服の話になった時だけに限るような話じゃないんでしょうね、きっと。
「ドレスだって白だっつの……」
 意気消沈の大吾、小声でそんな憎まれ口にもならないことをぼやいていました。
「こっちの話に戻ってもいいでしょうか? 怒橋くんがこれ以上虐められる前に」
 ここで高次さんが颯爽と大吾の助けに入りますが、しかし顔はしっかり笑いを堪えていました。
 そんな顔されるくらいだったらいっそ笑われたほうが本人も楽なんじゃないでしょうか? なんて思わないわけではないですが、しかし高次さんにとっては仕事の話。ゆえに、口調もそれに応じたものに。
「今こっちで決めたことは伝えたからあとは日程ですけど、準備に少し時間を貰って一週間。今のところ他のお客さんの予約なんかも入ってないそうで、来週の日曜以降ならいつでも予約を受け付けられる、とのことです」
「い、一週間ですか? えらい早い気がしますけど、そんなもんなんでしょうか?」
 などと言ってはみたものの、それは本当にそんな気がしただけのこと。普通はどれくらい時間が掛かるものなのかを知っているわけではないので、見当違いなこと言ってやしないかとちょっと肝を冷やしてみたり。
「いや、他と比べれば随分早いですよ」
 ほっ。
「ただ代わりに、その一週間はちょっと忙しくなりますけど――ああ、お客様側の準備も一週間以内に終えなきゃならないというわけではないので、ご安心を」
「私達側の準備?」
「はい。お召し物の寸法を測りに四方院のものがこちらへ来ることと、あとは席次ですね。おおよそで構わないので、ご参列される方々の人数に目ぼしがつき次第、私に伝えてください」
 おお、そりゃそうだ。なんせいろんな事情があれやこれやなので手当たり次第に誘いを掛けるわけにはいきませんが、それでもそりゃあ人数くらいは把握しておかないと、準備する料理の都合とかありますもんね。……いや、別に料理だけに限った話じゃないですけど。
「アタシらで測って伝えちゃ駄目なんかねえ? 寸法って」
「いやほら、それだって一応はプロの仕事ってやつがあるんだから。それとも楓、プロだったっけか? 服作りの」
「裁縫なんかしたら針を指に刺すレベルですが」
 なんて言いながら何故か偉そうに胸を張る家守さんなのでした。さっきの成美さんといい、このポーズをする人というのは大体何かを間違っているような気がします。
「血が付いた花嫁衣装とかなんか呪われてそうだから勘弁してくださいね」
「はい」
 偉そうなポーズで素直に頷く家守さんなのでした。
 というわけで、伝えるべきことを伝え終わった高次さんは再び電話口へ。
「お待たせしました。――はい、決まり次第私達のほうから連絡を入れさせてもらいますので。……え? いやいや、気味が悪いって今更そんな。――はい。はい、では失礼致します」
 何か変な会話が紛れこんだような気がしますがそれはともかく、ようやくお仕事が完了した高次さんは携帯を下ろしつつ電源ボタンを――。
 押さずに、下ろしかけた携帯をがばっと元の位置へ。
「いやちょっと待って忘れるとこだった!――あ、別に大事な用とかじゃないんだけど、兄貴と話せるかなってね。――うん、無理そうだったら文恵さんか義春くんでもいいんだけど」
 どうやら通話の維持には成功したらしい高次さんは、おもむろに立ち上がって台所のほうへと移動し始めました。まあ大事な用でなくとも私的な会話にはなるんでしょうしね。
 で、残った僕達。出ていったのが一人だけなのに多数側を指して「残った」と表現するのもなんだか妙な感じですが、それはともかく。
「な、なんか緊張してきちゃった。具体的な話になってくると」
 どもったうえに倒置法を使ってしまうくらいですから、本当に緊張しているのでしょう。足を崩しながら誰にともなくそう言った栞さんは、カチコチな笑みを浮かべているのでした。
「大丈夫ですか? 分からないではないですけど、何もそこまで」
「ふうむ。わたしはまるで平気だが、やはりこれは結婚式というものをよく知らないからなのだろうな。――ふふ、庄子ですら緊張気味なのだし」
「へっ!? いえいえ成美さん、そんなことは!」
「ならなんでそんな声デカいんだよ」
 というわけで、目に見えるほど緊張しているのは栞さんと庄子ちゃんの二名なのでした。僕だってある程度は同様ですし、大吾もそうなんでしょうけどね。成美さんはともかく。
「面倒な生き物だな、人間は。自分達で作ったものに自分達が慌てるとは」
 という呆れたような声は、ジョンの傍で丸くなっている猫さんから。てっきり眠ってらっしゃるものだと思っていましたが、どうやらそうではなかったようで。
「いつも言っていることだから、お前を見習って何も言わないでおくぞ」
 いつも何かを言っているらしい成美さんは、庄子ちゃんを背後から抱き締めながら言いました。何も言わないでおくという割に、行動で何かを語っちゃってるような気もしますが。
 で、それに対する猫さんの返事は何もなし。もちろんながら、それはたったいま成美さんが見習った部分の表れです。
「それであの、成美さん。あたしはこのままなんでしょうか?」
 成美さんに抱き締められた、どころか着々と膝抱っこの姿勢に移行させられている庄子ちゃんは、会話が終了したとみるやそんな質問を投げ掛けるのでした。
「んー、猫じゃらしの時は失敗してお前を放り出してしまったからなあ。その続きということでどうだ? 駄目か?」
「駄目なんてこと、もちろんないですけど」
 やっぱり。
「……まあともかく、話戻すぞ」
 そんな彼女達の兄兼夫は、さっきの猫さん同様の呆れた声でそう告げるのでした。人間に呆れていた猫さんと同様なのがその人間というのは、なんだか皮肉な話ですが。
「急いで決めなきゃならねえってわけでもないそうだし、だったら細けえ話までここですることはねえんだろうけど――ええと、楓サン」
「ん、アタシ? はいはい何でしょうか」
「席次っつったらなんか、座る位置まで決めるモンだったりしませんでしたっけ? うろ覚えというか聞きかじりというかなんですけど」
 そんな質問が出たところ、返事の前に「おっと」と溢しつつ姿勢を正す家守さん。仕事の話だった、ということなのでしょう。
「そうなりますね。それに合わせて座席表と、あと席札も作ることになりますが、ただまあ先程うちの助手からもご説明させて頂いた通り、急いで頂く必要はありませんよ?」
 助手。ううむ。
 などとどうでもいいことに唸っていたところ、そんな僕とは違って大吾は真剣に考え込んでいるような表情。
 何をそんなに? とは思ったのですがしかし、先に口を開いたのは家守さんでした。
「私、怒橋さんのことはよく存じ上げているつもりですから」
「……すんません」
 深刻な話であることくらいはさすがに分かります。が、それしか分からなかったのも事実なのでした。二人は一体、何の話を?
「庄子」
 家守さんから視線を外し、大吾は妹に問い掛けました。
「ん?」
「オマエ、成美のドレス姿が見たいっつったな。さっき」
「う、うん」
「座席表も何も、オレが身内で呼べるのはオマエだけだ。んでそのオマエにしたって、今はまだどうするか悩んでるところだ」
 その瞬間、大吾がその身に纏わせている深刻さは庄子ちゃんにも。
 僕なんかよりよっぽどそれを痛感している筈の大吾は、しかし怯むことなく言葉を続けます。
「もう一回聞かせろ。本当に成美のドレス姿が見たいか?」
 真剣な問い。ならばそれに答える庄子ちゃんも真剣になるわけで、その口から返答が返されるまでには多少の間がありました。そしてその間に庄子ちゃんは、背後から自分を抱いている成美さんを振り返ろうとし、けれどそれを途中で止めたりも。
「――うん、見たい。絶対に見たい」
 とはいえその答えは、尋ねられたその瞬間からそうなると決まっていたようなもの。尋ねた大吾、そして答えた庄子ちゃんも自身も含め、この場の誰もがその返事を思い浮かべたことでしょう。
 けれど、それだけではありませんでした。
「あのさ、兄ちゃん」
「なんだ」
 大吾の問いに答えた庄子ちゃんは、それが済むと今度は自分から大吾に話し掛けました。
 居心地がいいとは言えない緊迫した空気。それを自ら、延長させたのでした。
「ずっと気に掛けてもらってるのは正直嬉しいし、お礼言いたいくらい感謝してもいるんだけど、さ。あたし――あたしね、あたし、自分なりにだけどちゃんと考えて、その……」
 何かしらの決意に合わせて固く握られた手はしかし、語気の弱まりにも合わせてその力を緩められるのでした。
 けれどそこへ、
「頑張れ」
 成美さんがそう言い、同時に庄子ちゃんの手へ自分の手を重ねます。
 庄子ちゃんはまた成美さんのほうを振り返りかけますがしかし、同じくまたしてもそれを中断。緩んだ手に再度力を込め、睨み付けるように見えるほど気勢を込めた目を、大吾へ向けるのでした。
「あたしが幽霊と関わること、認めて欲しい! お願い、兄ちゃん!」
 力強くそう言って、頭を下げさえした庄子ちゃん。しかし大吾は険しい表情を浮かべ、腕を汲み顔を俯かせ、黙ったままというよりはいろんな言葉を押し殺しているという風情で、悩み始めてしまうのでした。
 大吾の問いに答え、そのうえ自分の想いまで打ち明けた庄子ちゃん。けれどそれを受け取るべき大吾が、それらを受け取り切れないというこの状況。返事を待つ庄子ちゃんと、返事が出来ない大吾。こうなってしまったらもう他の誰かが入り込まないと話が進まないような気がしますがしかし、明らかに怒橋兄妹間の問題であるこの話題に、一体誰がそんなこと――。
「よく言った!」
 声を張り上げたのは、成美さんでした。
「大吾の意に沿うにせよそうでないにせよ、どちらであれ決心するのは辛かったろうに、立派だったぞ庄子。わたしは支持するぞ、お前のその決心を」
 どちらであれと言いつつ、支持するとも言い切った成美さん。ならばつまり「決心を支持する」というのは、正にその言葉通りの意味なのでしょう。決心した内容に関わらず、決心それ自体を支持すると。
「でも成美さん、兄ちゃんの返事がまだです」
 支持されたその決心は、よほど強固なものだったのでしょう。普段通りなら成美さんに合わせて機嫌を良くしそうなところ、しかし庄子ちゃん、厳しい視線を兄から離そうとしませんでした。
 すると成美さん、そちらを見ていない庄子ちゃんには分からなかったでしょうが、ふっと小さく笑んでみせました。そして、「大吾」と呼び掛けます。
「……なんだ?」
「お前、そもそも落としどころを考えていなかっただろう。この話については」
 その質問に対して、大吾からの返答はありませんでした。けれどその沈黙は猫さんとは違い、当たり前のことは話さないという種類のものではないのでしょう。歯噛みすらしている大吾に「当たり前」だなんて、そんな温い単語はとても当て嵌まりそうにはありませんでした。
 以前からこの話題を発していた大吾自身、この話題に落としどころを考えていない。それはつまりついさっきの庄子ちゃんの返事がどうあれ、どころかこの先何がどうなろうともこの話題には終わりが訪れることがなかった、ということなのですが、
「どうしてだと思う?」
 成美さん、今度は庄子ちゃんにそう尋ねました。それはとても優しい口調でしたが、話が自分に向くとは思っていなかったのか、庄子ちゃんは慌ててしまいます。
「え、ええと、真剣には考えてなかった――なんてことは、有り得ないんでしょうけど……」
 慌てたが故に出てしまった返事、といったところでしょうか。誰が見ても有り得ないと思える以上、庄子ちゃん自身は特に強くそう思っていることでしょうし。
「答えはな庄子、そもそも大吾には決められるわけがないからだ」
「えっ? えっと、どういうことですか?」
「お前のことを心配したからこそ大吾は『お前にはあまり幽霊に関わって欲しくない』と思ったわけだが、お前は幽霊の声が聞こえたし、更には最近、幽霊を見られるようにすらなっただろう? お前が関わり続けるなら心配も続くのはもちろんだが、もし関わらないということになったところで、見えも聞こえもするなら避けようがないのだ。お前がさっき、自分で言っていたようにな」
「清明くんの話の時……」
「そう。だからどのみち大吾の心配は尽きることがないし、だから大吾には、この話に落としどころを決められないのだ。その尽きない心配こそが大元なのだからな」
 大吾の心情を語る成美さんに、大吾本人から異論が出ることはありませんでした。ならばつまり、今語っていたことに間違いはないということなのでしょう。
「じゃあ、どうしたらいいんですか?」
 庄子ちゃんから成美さんへ質問。終わりが設定されていない、設定できないこの話に決着を付けるにはどうすればいいのかと、今度こそ成美さんを振り返って。
 つまりは決着を付けようとしている庄子ちゃんへ、成美さんは再度微笑みました。
「もういいんだぞ庄子。しなければならないことは今、お前がしたばかりだ」
「えっ?」
「さあ大吾、お前が出せない落としどころを庄子が出したぞ。もうそんな心配は不要だと、お前の妹は言い切ったぞ。あとはその言葉を信じるか信じないかだ。お前は、どうするんだ?」
 その呼び掛けを受け、大吾は俯かせた顔をゆっくりと持ち上げました。
 そして、どこか悔しそうにも見える笑みを浮かべました。
「信じるか信じないかって、卑怯な訊き方だよな」
「ふふん。お前にはそれが通じると確信しているからな、わたしは」
 信じるか信じないか。誰をと言われれば、庄子ちゃんを。誰がと言われれば、大吾が。
 信じないと答えるところなんて、誰にも想像できないでしょう。
「信じるよ。嘘言えるほど賢くねえからな、うちの妹は」
 誰もがそう来ると思った通りの返事。けれどそこにくっ付いてきた余計な一言が庄子ちゃんをむっとした顔にさせてしまいます。
 が、
「悪かったな庄子、今までグダグダさせちまって」
「い、いやそんな、謝られることじゃ――っていうかあたし、お礼言いたいくらいだって言ったじゃんか……」
 ね。
「うむ、そうだな。謝るよりは礼を言うほうが正しいのだろう、大吾からも。大吾に落としどころが決められないからと言って、それは大吾が悪いというわけではないさ。この問題を解決するには庄子が、大吾の意に沿わないならもちろん、沿うにしてもそれと同じく、『もう心配するな』と言う必要があったのだからな」
 つまり初めから他に解決策はなかった、ということなのでしょう。他の解決策がない以上、その「他の解決策」をもたらせなかったからと言って、大吾が悪いということにはならないと。一言で表すなら、仕方がないことだと。
「全部説明されちまうと庇われてるみてえでなんか恥ずかしいな、なんか」
「あたしも、ちょっとだけ。本当なら兄ちゃんとだけで話さなきゃならないことなのに」
 怒橋兄妹、二人揃って照れがちな笑み。言われてみれば成美さんばっかり喋ってますが、言われるまでもないようなことなのに、なんで僕は全く気にならなかったんでしょう?
「そりゃあ、二人で答えを出すべき話し合いにわたしも交ぜろとまでは言わんが……今みたいな後押しや手助け程度は、認めてもらえないか? わたしはもう、お前達の家族なのだし」
 成美さんは、少しだけ寂しそうにしながら言いました。
 けれど質問形式にされるまでもなく、その言葉に間違いなんかあるわけがありません。
「むしろこっちから頼む。どうせ至らねえところなんかまだまだあるんだろうし、そういう時に助けてもらえるのはすっげえ有難い」
「あたしからもお願いします。それが駄目ってことになっちゃったら、今の話だって」
 普段なら寂しそうな顔なんかせず、「認めてもらえないか?」よりちょっと強気に「認めてくれ」とでも言っていたであろう成美さんは、二人のその言葉ですぐに明るい表情を取り戻しまし、そして胸を張りました。
「うむ、しかと頼まれたぞ。ただし二人とも、それはわたしからお前達への一方的なものではないからな?」
「それくらいは分かってるっつの、オレらだって」
「さすがに、ねえ?」
 大吾と庄子ちゃんは笑い合っていました。


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