(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十四章 後のお祭り 七

2011-11-02 20:54:25 | 新転地はお化け屋敷
 うう、頬が熱い……。あと、ケーキを食べている最中だったせいかほんのり甘い香りがする気も。
「人の嫁にキスされて嫌そうな顔してんじゃねえよ」
「そういう怒り方なの!? っていうかそれなら大吾だって物凄い顔してたじゃん!」
「そうだぞ兄ちゃん、あんだけ笑ったの久しぶりだよあたし」
「ああ、だからオレ自身についても反省中」
 男は辛いね。いや、男の側からキスするってことになったら女性陣も辛かったりするのかもしれませんけど。
「あれくらいのことでこうも気勢を削げるとはな。ふふ、これはなかなか良い発見をしたのかもしれん。なあ喜坂」
「ねー」
 ……前言撤回、ということにしておいたほうがいいのでしょうか?
「それは駄目ですよ、栞さんも哀沢さんも。キスするのはすっごく嬉しかった時だけなんですから」
 今回の件についての元凶、と言ってしまってもいいでしょう、初めにキスを進言したナタリーさんは二人へそう注意を促すのでした。もちろん何か間違っているのですが、下手に口を挟むよりはこのまま注意してもらったほうがいいような気がしたので、黙っておくことに。
「ふうむ。確かに、そういう場面だったからこそこうまでしどろもどろにさせられた、という面もあるのかもしれんな」
「それに、しょちゅうしてたら驚かれなくなっちゃうだろうしねえ」
 僕以外の男性にしょっちゅうキスをするという想定自体に疑問を持って頂くわけにはいきませんかね、栞さん。
「……もうこの話止めにしてくれ。他に話すことあんだろ? ほれ、これから先喜坂をどう呼ぶかって」
「そうだな、意地悪し過ぎてへそを曲げられたら元も子もないのだし」
 もはや誤魔化したり隠したりすることなくストレートに逃げに入る大吾に対し、成美さんは余裕を崩さないままそう返します。
 それはつまり、基本的には僕と大吾の機嫌を損なわせるつもりがあるわけではない、ということなのでしょう。ええまあそりゃ、こっちだってキスされたことについて否定的な感想ばかり持っているわけではありませんし。ああ、成美さんの唇の感触が抜けない。
「それで喜坂、どうしようか? まあどうすると言っても、日向と呼ぶか栞と呼ぶかというだけの話なのだが」
「うーん、特にどっちがいいっていうのはないけどなあ。清さんはもう『日向』で呼んでくれてるし、ナタリーは名前になったし」
 なんせそれまで余裕の表情だった成美さんと栞さんなので、話題が変わった後もすいすいと話を進めてしまいます。しかし実際のところはそれが普通なのであって、むしろ僕と大吾が気後れしているだけの話なのですが。
「ふうむ、やはり『こちらの好きなように』ということになるか。うむ、まあそれはそうなるのだろうがな」
 その結果が日向になるか栞になるかはともかく、答えはさっさと出てしまったようでした。わざわざ悩むようなことでもないんですしね、そりゃあ。
 ――と思ったら、いかにも悩んでいますと言わんばかりの難しい顔をしているのは大吾。
「あのよ、喜坂」
「ん?」
「今更過ぎるっちゃあ今更過ぎる話だけど、これを機会にというか」
「これを機会に?」
 よっぽど言い難いことなのか言葉を切ってしまう大吾に、栞さんは同じ言葉を繰り返します。が、そうして促されてすら、次に大吾が話し始めるまでには少々の時間を要しました。
「……さ、サン付けってのはどうだ? なんだ、そっちのほうが年上なわけだし」
 今更?――な話だね、確かに。
「できるだけそういうとこちゃんとしてきてえなって思って……いや、だったら最初からそうしてろってのは、自分でもそう思ってるんだけどな? けどその、もしよかったら」
「いいよ?」
 いともあっさり返された栞さんの返事に大吾が「そうか」と返すまでには、これまた少々の間が発生したのでした。
「楓さんにもそうだったしね、大吾くん。今更だとか、そんなの気にしないよ」
「あー、そういやそうだったねえ。呼び捨てにされてたんだっけ、アタシ」
 いや家守さん、そんな懐かしんで言うほど昔の話でもないです。
 もちろん家守さんもそれは分かっていて、いつものようにキシシと笑ってみせるわけですが。
 しかしそこで大吾が見せたのは、そんな和やかさとは正反対の動きでした。開いた両手をテーブルに付け、それに続いて頭も同様、テーブルに触れるか触れないかという位置まで。
「栞サン。今まで、すんませんでした」
 硬い硬い謝罪の言葉。けれどそれを受ける栞さんは、ふんわりとした微笑を浮かべます。
「嫌だと思ったことなんて一回もないよ。ありがとう、同じ目線で友達になってくれて」
 意識してのことなのかそうでないのか、栞さんは軽く握った拳を胸に当てていました。
 それを見た僕は、栞さんにとって「同じ目線の友達」が非常に大きな存在だったんだと確信しました。そうでなければ、あの手はあの位置に行かないはずなのですから。
 ……けれどそれは今日、今この瞬間までのことです。今後も友人ではあるにせよ「同じ目線」ではなくなるわけで、そしてもう一つ、それを受け入れた以上「栞さんはそれを必要としなくなった」ということでもあるわけです。
 考えようによっては寂しい話なのかもしれませんが、そんな考え方を僕がするわけがありません。するわけにはいきませんしね、夫として。――と言うとまだちょっと照れますが、まあ間違ってはいないでしょう。
「早く頭上げてくれないと、またキスしちゃうよ?」
「それは勘弁してくれ!――じゃなくて勘弁してください!」
 大吾の頭がすぱっと上がったところで、周囲から湧き上がった笑い声とともに一件落着ということになったのでした。
 それに合わせてケーキもあらかた食べ終わったところで、さて次に家守さんの口から出てきたのはこんな話題。
「えーと、そろそろみんな落ち着いたっぽいので、結婚式の話をさせてもらって宜しいかな?」
「あ」
 僕と栞さんと大吾と成美さんのうち誰が、何人がそのたった一文字を漏らしたかは、敢えて確認を取ったりしないでおきました。自分も含めて。
「ケケケ、もしかしてお前ら全員忘れてたのか?」
「そそ、そんなことないよ? 覚えてはいたけど、いろいろあったからこっちから訊くタイミングがなかったっていうか」
 ケーキを食べ始めた辺りで僕から離れていたサタデー。その彼からの茶々入れに慌てて自己弁護を始めたのは栞さんですが、果たしてそれは他人の目からすると正に映るか負に映るか。僕としては、黙っていたほうがいいと思うんですけどねえ。
「……だって、ケーキとかさん付けの話とか、嬉しかったんだもん……」
 などと言っていたら栞さん、本気でしょげてしまいました。
 正か負かの話はともかくそうされてしまうと、ということなのでしょう。にかにかと白い牙を見せ付けてはいるものの、サタデーはそれ以上栞さんを虐めるようなことは言わないのでした。
 それと関係があるのかどうかは分かりませんが、ここ暫く床に伏せって大人しくしっ放しなジョンの下へ。更にそれを見たナタリーさんもそちらへ向かい、サタデーと一緒にもふっとジョンの身体にもたれ掛かるのでした。黙って話に耳を傾けるだけならここが特等席だ、といったところでしょうか。
「ああ、これであと旦那さんが起きてたらなあ」
 彼ら三名を眺めながら口惜しそうな声を挙げたのは庄子ちゃん。なるほど言われてみればちょっと勿体ないような、なんてまた話題が逸れてしまいかねない感想を持ったところ、
「何だ」
 丸くなって寝ていた筈の猫さん、むくりと起き上がったのでした。
「あっ、すいません、起こしちゃいましたか?」
「気にするな、少し前から起きてはいた。動くのが億劫だっただけだ」
 そういって前足をピンと張り、ぐぐっと伸び。気持ち良さそうですが今は昼です。……まあ、それを言ったら猫ってそもそも夜行性なのですが。
「ふん、つまりあれに加われということか」
 どうやら起きていたというのは本当らしく、直前までの庄子ちゃんの視線の先も確認していたらしい猫さん、ジョン達のほうを向いて気だるそうにそう一言。
「む、無理にとは言いませんけど……」
「無理な言葉には従わんぞ、俺は」
 そういって庄子ちゃんが言った通りに行動した猫さんは、ジョンの傍で再度丸くなるのでした。それを確認したジョンは、尻尾をぱふんと一振り。
「ふふ、要するにそいつはジョン達のこともお前のことも気に入っているということだよ」
「そ、そうなんですか?」
「気に入らない相手に『その胸の上で寝る』なんて不様を晒すわけがないだろう?」
 それは確かにごもっともな話。そうまで仲良くしておいてというだけの話ではなく、野良の世界でそんな振る舞いをすのるは何かと危険なんでしょうしね。まあ、想像でしかない話ですけど。
 で、そんな話をされたならば庄子ちゃんは嬉しそうに微笑むわけですが、
「お喋りだな、お前は」
 猫さんがこれまた気だるそうに言いました。相手はもちろん成美さんなのでしょう。
「ふふん。自分と似たような女は好きじゃないだろう? お前は」
「……ふん」
 特に反論もしないまま、せっかく上げた顔をまた下ろす猫さんなのでした。
 成美さんはお喋りで、そんな成美さんと似ていない猫さんはならばお喋りではなく、だとすればお喋りでない猫さんは最後に何を「言わなかった」のか。――まあ、明白と言えば明白なので、ここはにやにやさせてもらうだけに留めておきましょう。
「さて、すまんな家守。また話を逸らしてしまいそうだったが、続けてくれ」
「あいよー」
 家守さんもにやにやしていたのでした。
「とは言ってもそう込み入るような話でもなくてね。高次さんどうぞ」
「俺の家に使ってもらえる式場がありますよってだけの話なんだけどね」
 …………。
 だけ、と言ってしまうには暴力的なまでに豪勢な話のような気がします。高次さんの名前が出た時点でなんとなく予想してはいましたが、それにしたって。
「もちろん場所を貸すだけじゃなくて、いろんな手配とかも込みで。ちゃんと無料でね」
「そ、そんなことまでタダなんですか?」
 堪らず尋ねたのは大吾でしたが、とぼけたようにすら見える驚きの表情からして栞さんと成美さん、そして僕自身も同じ気持ちなのでした。
 しかし一方、高次さんは涼しい顔。
「そんなことっていうか、むしろうちとしてはそれこそがメインなんだけどね。冠婚葬祭――幽霊が相手だから『葬』についてはまあないんだけど――それってすっごい重要なことだし。旅館っぽいことしてみるとかレジャー施設作ってみるとかは、いっそそこから展開させたものって言っても間違いじゃないくらいだしね」
 旅館っぽいことをしてみるという話と、レジャー施設を作ってみるという話。前者はみんなで四方院家にお泊りさせてもらった時、後者はみんなでプールに行った時ということで、僕達はそのどちらもを体験済みなのです。
 そしてそのどちらについても、それを行っているのが「一つの家」ということに驚かされた記憶はとても拭い去れるものではないのですが……ううむ、お金持ちの発想はスケールが違い過ぎるとでも言っておくべきでしょうか。
「はっは、まあ、家を出た俺が偉そうに語ることじゃなかったりもするのかな。――というわけで、俺からはご提案だけ。変に宣伝したりはしないので、どうぞご一考ください」
 ここまで特に偉そうに語ったようには見えない高次さんは、そう言って話を区切りました。ならばそれはつまり、区切らなければ偉そうに語れる内容がこの後に続いていた、ということなのでしょうか?
 高次さんが、四方院家の事業について、偉そうに語るようなこと。それが一体何なのかと考えてみるに、もちろん勝手な想像ではありますが、それは四方院家がそうするに至った動機というか行動原理というか、それとも矜持や誇りというような言葉を用いるべきなのか、ともかくそういったものについての話なのではないでしょうか。
 どうしてそんなふうに考えたのかというと、それはただ他に思い付かなかったからというわけのことです。しかし、「四方院家を出たくて出たわけでなく、家守さんと一緒になるにはそうする必要があったからそうしただけ」という高次さんの事情を思うと、それくらいはあっても不思議ではないだろう、なんて考えてしまうのでした。
 なんせ、家を出る直前の直前の直前くらいまで家の一員として働いてた人なんですしね。しかも「これを最後に家を出るから」という理由で、海外にまで出る大仕事を。
「ご一考ったって、なあ?」
「うむ、断る理由がなにもないからな」
 僕がそんなことを考えている間に、大吾と成美さんからそんな声が。そりゃあそうもなりましょう、幽霊なのに式なんて挙げられるんだろうか? なんて思ってたところに「できるよ」と言われ、しかもそれがタダなんてことになったら。おまけにもう一つ付け加えるのなら、タダでありながら信頼度は抜群ですし。
「じゃあ高次サン、オレ達はそういうことでお願いします」
 あまりにも考える余地がないということなのか、二人で相談するような素振りすら碌に無いまま大吾はそう言って頭を下げ、成美さんもそれに続きました。
「分かりました。先方には、そのように」
 高次さんはそう言って頭を下げ返します。
 先方。四方院家の人間であるという以前にこれも霊能者としての仕事の一環、ということなのでしょう。
「私達はどうする?」
「そりゃあ、まあ……」
 栞さんから尋ねられた僕は、あそこでさせてもらえるんだったら親も気兼ねなく呼んであげられるな、なんてことを考えたりもしつつ、
「僕はそうしたいです」
 そう答えました。
 対して栞さんは、にっこりと微笑みます。ならば決定ということで。
「そういうわけで高次さん、私達もお願いします」
「はい。すぐにってわけにはいかないんで、ちょっと待ってもらうことになるでしょうけど。――と言っても、ずっと先まで予定がみっちりってわけでもないと思いますけどね」
「分かりました」
 大吾達に対してと同じく、僕と栞さんをお客のように扱う高次さんなのでした。まあ、「ように」も何も、そこに料金が発生しないだけでしっかりお客なわけですが。
「じゃあ善は急げってことで、さっそく連絡を」
 そう言って高次さんはポケットから携帯を取り出し、カチカチと。だからといってそこまで静かにする必要もないのでしょうが、僕も含めた周囲のみんなは静かにするどころか、むしろその様子を窺うことに集中してすらいるようでした。
 これは僕だけかもしれませんが、望んでそうしたというわけではないにしろ、家を出た人がその自分の家にどんな感じで連絡を取るのかというのはちょっと気になります。
 携帯を耳に当て、高次さんしばし沈黙。そしてそののち、
「あ、お世話になっております。家守高次です」
 ……そんな感じになるんですかねえ、やっぱり。
「なんてね。はっは――ああごめんなさい切らないでください、冷やかしじゃないです。ちゃんと高次本人――え? だからこそだって? はっは……はあ」
 ……ええと、高次さん?
 というような感想を持ったのはどうやら僕だけではなかったらしく、周囲の顔色を見回した家守さんが、笑みを浮かべながらこんなことを言うのでした。
「アタシと一緒だと目立たないかもしれないけど、ホントはこんな人なんだよ」
「こら楓、変なこと言わない。……ああいえいえ、こっちの話で。重ね重ねすいません」
 まあ、その、そこまで酷く違和感があるというわけではないのですが――というか家守さん、自分と一緒だとっていう自覚があるうえでそれを継続させてるって、なかなか豪胆なことで。
「楓サン、あれって……定平サンでしたっけ? お兄さんと話してるんですかね?」
 家守さんに変なことを言わせるような表情と声色のまま、大吾から質問が。そういえばそうだ、四方院家に連絡するって言っても一体誰に? あそこ、働いてる人も含めたらものすっごい人多いし。
「ん? いや、あれでも仕事の話だし、正規の窓口だと思うよ。誰かって言ったらそこ担当のお手伝いさんだね、要するに」
「手伝いの者とあんな風に話すようなやつだったのか、高次は」
「キシシ、がっかりしないであげてねなっちゃん」
「評価が上下するという話ではないが、見方は多少変わるかもなあ」
 近くでそんな話をされた高次さんはみるみる背中を丸めてしまうわけですが、しかしまあ、「そういう一面もある」程度のことであればむしろ知ったり知られたりしておいた方が良かったりするのでしょう、いろいろと。
 栞さんも、くすくすと楽しそうに笑っていました。
「ええ式場を……はい、結婚で二組。――はい、お願いします……」
 この場で唯一楽しそうでない高次さん、それで通話に一旦の間が出来たのか、携帯は下ろさないながら疲れたような笑みを浮かべてこちらを向きました。
「連絡、楓に任せれば良かった……」
「仕事の連絡ったって実家と話をする機会ではあるんだし、そうもいかんでしょ」
「そうなんだけどな……」
「んで、その仕事のほうはなんて?」
「いま予定の確認中。……そうだなあ、これが済んだら兄貴のほうにも取次いでもらうか。兄貴が無理でも文恵さんか、何だったら義春くんでもいいし」
 文恵さんは定平さんのお嫁さんで、義春くんはその二人のお子さん。……だったと思います、確か。名前についての記憶は失礼ながらその程度なのですが、しかし名前以外ははっきりしていました。顔はもちろん、初対面で料理を振る舞うことになったりしたのも。
 その料理がえらく好評価だったことを思い出してつい頬が緩みそうになってしまいますが、しかしわざわざ外に向けるような感情でもないので、緩まないよう顔全体を力ませておきました。
 僕がそんなしょうもない努力をしていたところ、栞さんから家守さんへ質問が。
「さっき結婚で二組って言ってましたけど、他の用事でも使ったりする場所なんですか?」
「んー、そうだねえ。式場のほうはともかく、披露宴で使うホールはでっかいパーティーとか……でもまあ、そっちの予約が入るのは滅多にないって話だったっけ?」
 栞さん、予定の確認が終わるのを待っている最中とはいえ通話中であることに変わりはない高次さんに配慮して家守さんに尋ねたのでしょうが、結局はその家守さんから高次さんへ質問が飛び火。まあ仕方ないでしょうし、同時に問題もないのでしょうが。
「使ってもらいたくて開放してる側としてはちょっと残念な話だけど、四方院が関係してるパーティーだったら家のほうでやっちゃうしね。そうじゃないのにわざわざうちを使うって人は、やっぱりあんまりいないみたいでさ」
 その話を聞いて、「タダなのに」なんて思ってしまうのはちょっと意地汚いのかもしれません。
 まあでも、そうですよね。あれだけでっかい家となると庶民には近寄り難いっていうのもやっぱりありますし、それにそもそも……。
「そんな場所を借りてまで大勢で祝うようなことがあるのか、という話にもなるのだろうしな。幽霊相手となると」
「ま、そうだよな」
 僕が思ったのと全く同じことを成美さんが言い、そして大吾がそれに同意するのでした。
 恐らくそれはこの場のみんなが同じように思ったんだろうな――と思ったら、困惑したような声を挙げた人が一人。
「そ、そういうもんですか?」
 それは、庄子ちゃんでした。
 理解できない、ということはさすがにないのでしょう。ならば、理解するのに抵抗がある、といったところでしょうか。けれど成美さん、「正直なところな」と即答。
「――ふふ、だが今みたいに近しい者と小規模に祝うのはちょくちょくあるし、いつも凄く楽しいし、だからいくらでも歓迎だぞ。お前からも、何かあったら声を掛けてくれよ?」
「は、はい!」
 後ろ向きな話になりかけはしましたが、そこは成美さんが見せ付けた器の広さと、そんな成美さんへ庄子ちゃんが向ける全力に前向きな感情で、見事にカバーされたのでした。
 その直後、えらくピッタリなタイミングで「あ、はいはい」と高次さんの通話が再開されたわけですが、それとほぼ同時に「んっふっふ」と笑ったのは誰かと言ったらそりゃ清さんです。
「あらせーさん、女の子同士が絡んでるからってそんな」
 なんちゅう物言いですか家守さん。
「ん? ああいえいえ、そういう意味では――んっふっふ、ちょこっとぐらいはあるかもしれませんかね?」
 あるんですか清さん。いやそりゃ僕だって完全には否定できないのかもしれませんけど。
「まあ、止めておきましょう。清明の話なので、庄子さんに嫌がられるでしょうし」
 というわけで通話中の高次さんまで含めて全員の視線が庄子ちゃんに集まるわけですが、対する庄子ちゃんはそれらの邪な視線を撥ね退けんばかりにむっとした表情を。
 で、通話中の高次さん以外にしばしの沈黙が訪れたのですが、
「……そんなふうに言われちゃったら気になりますって、清さん」
 半ば泣きそうですらある声で、庄子ちゃんは敗北を宣言したのでした。
 で。
「いやまあ、直接的に庄子さんとの仲がどうのという話ではないんですけどね? だからと言って全く関係がないというわけでもないのですが――いずれ清明の霊障が治まって、友達なり既にお付き合いを始めているなり、その時もまだ庄子さんと関わりを持っていたなら、清明もさっきの庄子さんと哀沢さんのように幽霊と親しくなるのかなと」
 という話にはそれぞれ思うところはあるのでしょうが、優先すべきはやっぱり庄子ちゃんの反応でしょう。というわけで再度、みんなの視線が庄子ちゃんへ。
「ま、まあ、そうですよね。幽霊が見えるなんて、多分ずっと隠し切れるようなことじゃないでしょうし。それにあたし、清明くんの事情も知っちゃってるから、霊障が治ったってことになったらそのうち……」
 半端なところで言葉を切る庄子ちゃんでしたが、先を尋ねたり急かしたりするような声は出てきませんでした。しかし反面、そのせいで場は静まり返ってしまいました。通話中の高次さん以外。
 みんなにそのつもりがなくとも庄子ちゃんはそんな状況に気を急かされてしまったのでしょう、続きを話し始めるのでした。明らかに、自分を後ろめたく思っている口調で。
「そのうち、言っちゃうと思います。絶対に言っちゃいます、清さんがここにいるってこと。ずっとここにいて、ずっと清明くんのこと心配してたんだよって」
 それに対する清さんの返事は、「ありがとうございます」というものでした。
 意外だったのでしょう、庄子ちゃんは驚きに目を見開きます。
「いいんですか? それで。あたしなんかが、勝手にそんなことしちゃって」
「『なんか』じゃないからいいんですよ、それで。むしろ私と妻から説明するよりよっぽど良かったりするかもしれませんしね、清明としては」
 家族の一人が亡くなってしまった、という共通した境遇にあり、それが現在の関係の一部にもなっている庄子ちゃんと清明くん。ならば確かに清さんの言う通り、庄子ちゃんから話したほうが清明くんとしては受け入れやすかったりするのかもしれません。もちろんそれでも、多大な葛藤を生じさせることにはなるのでしょうが。
 ――しかし、そんな理屈っぽい話はともかく。
 庄子ちゃんは目を潤ませ、唇を歪ませ、小刻みにその身体を震えさせてすらいました。
「あ、あれ……? 泣くとこなんかじゃ、ないのに……」
 誰が見たってその寸前である自分の状態を、その状態のまま不思議がる庄子ちゃん。それを見て、大吾が動きました。何か声を掛けるわけでなく、急ぐわけでもなく、ゆっくり立ち上がってゆっくり移動し、ゆっくりと庄子ちゃんの隣に座りました。
 依然として通話中だった高次さんは黙って席を立ち、台所へ移動します。
「兄ちゃ……あたし、何で……?」
 引き続いて不思議がっている庄子ちゃんに、大吾はやはり何も言いません。
 けれど庄子ちゃんの身体が自分の方へ向けて傾き始めると、腕を広げてそれを受け止めるのでした。
 それから後は抑えが効かなくなった――いや、大吾に抑えを取り払われた庄子ちゃんの泣き声が、暫くの間、部屋の中に響き渡ったのでした。


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