(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十四章 年上の女性 九

2013-07-31 20:55:36 | 新転地はお化け屋敷
「で、なに? これについて今更何を話せって?」
 先程と同じくちょいちょいとリボンに触れながら、わざとらしくぶっきらぼうな態度をみせる諸見谷さんなのでした。いくらわざとらしかろうと、そうなってしまうと僕としてはあれこれ言い難かったりもするのですが、
「それの話というよりは愛香さん自身の話になるかしらねえ、やっぱり」
 一方でそんな諸見谷さんとお付き合いをしている一貴さんは、そりゃあそれくらいで怯んだりはしないのでした。
「愛香さんの、あたしについての話だもの。それを愛香さん自身の口から話してもらえるなんて、楽しみだわあ」
「勝手に決めて勝手に期待すんじゃないよもう。本当、人前でもお構いなしだねえ」
 人前でも。ということは人前でない時、つまりは二人きりの時も一貴さんはこんな感じだと、そういうことになるのでしょう。
 で、更に邪推するならもう一つ、
「でもかずと付き合ってるってことはそういうとこが好きってことなんじゃないんですかー?」
 一貴さん越しに諸見谷さんにそう尋ねた平岡さん、上半身ごと前に傾けたその顔はニマニマしているのでした。
 立場の違いもあって表現こそ同一ではないものの、僕が言いたかったこともつまりはそういうことでした。二人きりの時でもこんな感じなのなら、じゃあそこを嫌うようだったら付き合ってなんかられないだろうな、と。
「ってことは平岡さんもそうってことなんですよね?」
 端から端、距離はありますが栞がそんなふうに尋ねると、平岡さんは前傾させていた上半身を引っ込め、一貴さんを盾に栞の視線をガードしにかかるのでした。
「あたしの話は次の機会ってことでお願いします」
「あはは、はーい。分かりました」
 自分だけというならまだしも、漏れなく諸見谷さんという道連れが付いてくるこの状況。果たしてそこまで恥ずかしがるようなことなのかな、とは思いますが、しかしちょっと考えてみればそうなるのも分かるような気がしないではありません。
 というのも平岡さん、自然体に過ぎてついつい忘れてしまいそうではありますが、一貴さんとはつい先日、というか昨日、数年越しの再会を果たしたばかりなのです。お墓参りの際、一貴さんには平岡さんが見えないながらも平岡さんからは一貴さんが見えていたわけではあるのですが、しかしそんな一方的なものを指して再会とは言えませんしね、なかなか。
 で、そんな人についての話をこんなところでさらっとしてしまえるかというと、そうでもないんじゃないかなあ、なんて思ってしまうのでした。なんたって数年越しなんですし、僕だったらその好きな人と二人だけでじっくり語りたいです、まずは。
「参ったなあ、智子さんに身代わりになってもらうわけにもいかないかあ」
「いきませんよー。諦めてかずとのラブラブ話を披露しちゃってください」
「んー、一貴ならまだしも智子さんに頼まれちゃあね」
「あら?」
 首を傾げる一貴さんでしたが、それについては気に留める素振りすら見せないまま今言ったことを実行し始める諸見谷さんなのでした。ううむ、照れてるのかそうでないのかどっちなんでしょうか結局のところ。
「ってわけで、一貴がこのリボンをくれた頃の話なんだけど――まあなんせ片方はオカマでもう片方はこんなだしね。好き合って付き合い始めたって言っても初めからスムーズには行かなかったわけよ、そりゃあ」
 何の躊躇いもなくそんなことを言い放つ諸見谷さん。ここまでさらっと言われてしまうと、自分で言うことじゃないんじゃないでしょうか、なんて在り来たりな突っ込みもすぐには出てこないのでした。
 というわけで、それを思い付くまでに要した数瞬の間に一貴さんからお返事が。
「誰でもそうだと思うけどねえ。どれだけ元から仲が良くても友達と恋人の落差ってものはあるもの、やっぱり」
 という話は、やっぱり同森さんと音無さんを指していたりするのでしょうか? 仲が良いっていうならそれ以上ないくらい良かったみたいですしね、幼馴染みのお向かいさんとして。
「そうかもしんないけど、それが普通の人達よりキツめだったって話だよ。お互い初めての彼氏彼女ってわけでもなかったんだし、あんただって分かるんじゃないの? その辺は」
 訊かれた一貴さん、視線を平岡さんの方へ。そうして「んー」と軽く首を傾けたのち、
「そうねえ、言われてみればそうかしら」
「あ、ま、愛香さんもかずより前に付き合ってた人いたんですね?」
 ここでも自分の話は避けたいのか、自分を見詰める一貴さんの話にはまるで触れようとしない平岡さん。もし合っていれば、の話ではあるわけですが、平岡さんのそうする理由が僕の考えた通りだとすると、それは見ていてかなり微笑ましかったりするのでした。だからといってここで実際にニヤニヤし始めるのは避けておきますけどね。
「物好きな男ってのは割と多いみたいでね、幸いなことに」
 言いつつ、肩を竦めてみせる諸見谷さんなのでした。
「ま、物好きってだけなのばっかりだったから長続きはしなかったんだけどさ、どれも。――ああいや、どれもってほど多いわけでもないけど」
 あっけらかんと仰る諸見谷さんなのですが、しかしどうなのでしょう。お付き合いをさせて頂いた唯一の女性がそのまま妻に、なんてことになっている僕からすると、別れ話なんて人のものであっても胸が締め付けられる思いなのですが、そんなさらっと話せるようなものなんですかね普通は。
 と、そんなふうに思っている僕の一方で、それとはまた別に引っ掛かる点があるらしいのは平岡さん。うーんと首を傾げてみせたのち、諸見谷さんに向けてこんなふうに。
「愛香さんだったら別にそんなんじゃなくて、普通にモテそうな気がしますけどねえ」
「割と凹むよー、『好きだけどついていけない』なんて言われたら」
「…………」
 あっさり反論の余地を無くしてしまう平岡さんなのでした。
 凹むと言うなら諸見谷さんも本気だったんだろうなあ、なんて当たり前といえば当たり前なことを一々推理してしまうわけですが、しかし当たり前だからこそそれをあらためたりはしないでおきました。今のままなら思い出話で済んでいるのに追い打ち掛けてどうするんだって話ですしね。
 諸見谷さん、一貴さん越しにそちらを覗き込んでいた平岡さんに合わせて前傾させていた上体を深く背もたれに預け、かつ自嘲染みた溜息を交えながら引き続きこんなふうに。
「でもまあだからって『自分を変えよう』なんて微塵も思わない辺り、そいつらを責められたもんでもないんだけどね私も。ついてきてもらう気ゼロじゃんっていう」
「そもそも男が付いていく側前提な辺り、なんかもう本当に愛香さんって愛香さんよねえ」
「一体何だと言うんだね私は」
 一貴さんの突っ込みに軽く笑ってそう返す諸見谷さん。
 自分を変える。ちょくちょく耳にしているような気がしないでもない言い回しではありますが、しかしどうなんでしょうね実際。そりゃあもちろん、何かしらの問題に突き当たるなりして今より良くあろうとした結果その決断に至るものではあるのでしょうが、例えば諸見谷さんがもし変える決断をしていたとしたら、それはなんだか寂しい話のような気がしないでもありませんでした。
 ――でもそんな決断をしなくたってちょっとずつ変わっていくものではあるんだよなあ。
 と、そんなふうに思ったのは隣に座っている自分の奥さんに目を遣ったが故のこと。変えた張本人が言うのもなんですが、そりゃあ変わっていないとはとても言えやしないのでした。
「ん?」
「いやいや」
 帰ったらカチューシャ付けてくれるように頼んでみるかなあ。
 とまあこちらの話はいいとしておきまして、諸見谷さんの話です。
「でもまあそうだねえ。みんなちょいとばかしなよっとした感じではあったかな、付き合ってきた男共って」
 さすがの諸見谷さんでも問答無用でどんな男でも連れる側に立つ、なんてことはないようで、どうやらそういう人を好きになる、もしくはそういう人から好かれる、ということなんだそうでした。
 まあ個人の嗜好というものを考えるならそうもなりますよね、とは思うもののしかし、成った成らなかったを別とした僕自身の二つの恋について、その相手に共通するところがあったかと言われると――ううむ、どうなんでしょうか。
「なよっと、ねえ。そこはあたしにも共通するわね」
「ええ、かずで『ちょっとばかし』ってことはないでしょ。オカマ化なんてなよなよの極致じゃん。……いや、レベルが違い過ぎて同種のものとして見ていいのかどうかすらよく分かんないけどさ」
「うふふ、確かにそうね」
 あっさり納得してみせた一貴さんでしたが、その手は平岡さんの頭をぽんぽんと軽く叩いていたりもするのでした。
「なんだよー、この中で一番ちっこいからって小動物みたいにー」
「あら、さっきは『チビでよかった』なんて言ってたのに」
「良いか悪いかなんてその時々だってのー。……いやまあ、分かるんだけどさあこの手の意味は」
 ほんのちょっぴりだけ気落ちした調子で平岡さんがそう言うと一貴さん、乗せていた手でその頭を軽く撫で、そこでその手を下ろすのでした。何なんでしょうね、あの手の意味って。
「それって、訊いてみてもいいことだったりします?」
 栞が尋ねました。ベンチの端から端ということで平岡さんとの間には結構な距離があり、なので少々大きめの声だったりもするのですが、まあしかしどうせ周囲の人達の耳には届かないわけで。
「あ、ええっと」
 平岡さん、一貴さんと諸見谷さんの顔色をそれぞれ窺うようにしました。自分だけでは決められないと、そういうことなのでしょう。その時点でもう「訊いてみてもいいこと」の範疇からややはみ出ているような気もしないではありませんが、しかしアイコンタクトの結果、
「はい、大丈夫っぽいです」
 とのことでした。となれば早速話して頂くことになるわけですが、
「えー、ぱぱっと言ってしまうとですね、かずがオカマ化したのはあたしのことがあったからじゃないかなーっていう、それだけの話なんですけどね」
 …………。
 平岡さんと付き合っている当時はまだオカマ化していなかったし、などと時系列を整理してみるまでもなく、「平岡さんのこと」というのが何を指しているかというのは明白なのでしょう。
「ええと、分かってもらえましたかね、今のだけで」
「はい。すいません」
「いえいえそんな、今更それでどうってこともないですし。それに本当にそれが原因かって言われたら確証があるわけでもなくて」
 謝ってみせた栞にむしろ平岡さんのほうこそ慌て始めてしまうわけですが、しかしその言い分については以前、一貴さん本人からも同じような話をしてもらっていました。それでオカマ化するんだったらもっと沢山の人がそうなってるだろうし、じゃあそういうことではないんじゃないか、というような。
「なるべくしてこうなったって考えたほうがしっくり来るわねえ、あたしとしては。それが切っ掛けで愛香さんと親しくなったっていうのもあるし」
「って言われちゃうとなんかねえ。間違ってはいないけど、それだとオカマ部分に惚れたみたいじゃんか私」
「うふふ、それはそれで面白そうなんだけどね」
 慌てがちな平岡さんの隣とそのまた隣では、対照的にのんびりした遣り取りが繰り広げられるのでした。敢えてそうしたってことではあるんでしょうけどね、やっぱり。
「というわけでとも、その辺のことはあたし自身にも分からないってことでいい?」
「あ、うん。なんかハッキリお前のせいだって言われるのもしんどいし、だからって全然関係ないって言われるのもそれはそれでだし、だからあたしはそれでいいよ。逃げてるみたいで格好悪いけどさ」
 歯切れは宜しくないにせよ、そんな合意をみたこの話。するとここで、ふんと鼻を鳴らしたのは諸見谷さんです。
「むしろ格好悪いとこ見せ合えてこそだよ智子さん、惚れた腫れたなんてのは」
「この人、それ以外なんて許してくれないんだから覚悟しなさいよ?」
「あはは。ん、分かった」
 いつもと変わらない調子の諸見谷さんの話に、平岡さんはぱっと表情を明るくさせるのでした。
 強過ぎる想いをふにゃけた感じにしてくれる。少し前にしてもらった諸見谷さんについての一貴さんのそんな話が頭をよぎり、そして本当にその通りなんだなあ、と。格好悪いところを曝け出しておいて頑なな態度を取るなんてこと、やれと言われても無理な話なんでしょうしね。
「あ、いやでもやっぱり今はあたしの話じゃなくて」
「はいはい、私の話だよね。すっかり忘れてたし忘れられてたような気もするけどさ」
 仕方ないですって諸見谷さん。ごめんなさい。
「何話してたんだっけ? あーと――ああそうそう、ついてきてもらう気ゼロとかそういう」
 どうやら本気で忘れていたらしい諸見谷さんだったのですが、まあ無事再開したなら良しということにしておきましょう。
「言わなくても分かるとは思うけど、一貴に対してもそうだったわけよ私。今だってそうだし。だからまあ付き合い始めてもまだ駄目で元々とか思ってたり、そのくせどこか不安だったりもしたわけだけど」
 とまで話したところで、件の一貴さんをじいっと見詰める諸見谷さん。となれば一貴さん、にっこり微笑んで首を傾けてみせたりなんかしちゃいまして、
「思った以上にしぶとかったんだよねえ、このオカマ」
 そんな反応には諸見谷さん、溜息すら交えてそう仰るのでした。
「そりゃあこっちからすれば千載一遇だもの、こんなあたしを好きになってくれる人が現れちゃった、なんて。となったらもう、取り逃がすわけにはいかないでしょう?」
「獲物かなんかか私は。――まあ、それだけじゃないだろ、くらいは言っとくけどさ」
「うふふ」
 それこそ言われなくとも分かることとして、そんな勿体無い精神だけで付き合っているようにはとても見えない一貴さんと諸見谷さんではあるのでした。なんせ本人、ベッタベタとか言っちゃってるんですから。
「ふん。でも、まあそうは言ってもさっきの話だよね。どんだけ好き合ってようが所詮は他人同士なんだし、好きってだけで何でもかんでも上手くいくわけじゃなくてさ」
 スムーズには行かなかった、という話。それにしたって「所詮は他人同士」とはえらくシビアな物言いではあるわけですが、しかし諸見谷さん、そんな発言をしておきながらむしろ微笑んでいるようなのでした。そういう発言をすることに何らの心配などありはしないと、そういうことなのでしょう。
「今でこそ愛香さんの考えが分かってるからなんでもないけど、そうでもなかった時はやっぱりねえ。デートに誘ってもお金が掛かるようなとこだと突っ撥ねられちゃうし、そのくせ自分は後輩にご飯奢ったりしてたし」
「後輩ったってあんたと同期じゃんか。同じ後輩だからって彼氏を他と同じ扱いってわけにもいかんしさ、私らが付き合ってることみんな知ってたりもしたわけだし」
 後輩にご飯を奢る諸見谷さん。ええ、それは僕もよく知っている光景なわけでして、その現場に遭遇したことだって何度かあるわけです。後輩、つまりは奢られる側として。
 で、同じく後輩ではありながら、しかし彼氏だからということでそれらと同じ扱いはされなかったという一貴さん。
「ということは、つまり?」
「ええ、あたしだけ自腹」
 今思い返すだけでも、ということなのでしょう、珍しくその笑みに困ったようなものを紛れさせる一貴さんなのでした。そしてどうやら「自分だけ自腹だった」ということだけがそうなった理由というわけでもないようで、
「だったらせめて彼氏らしく愛香さんの分は逆にお金出してあげたかったところだけど、それも許してもらえなくてね」
「金溜め込むのは好きだけど、他人の金に手を出すのは嫌いでね」
「これだもの。他人ってきっぱり言い放っちゃうのよ? お金に関することだけだけど」
 ……まあ確かに、ごく一般的な女性とはやや違ったものの考え方、というかお金の考え方をする人ではあるようでした。今更と言えば今更な話ではあるのですが、実態を知るとまた違うというか何と言うか。
 しかしその諸見谷さん、こちらが慄いているこのタイミングでにやりと笑んでみせます。
「それで拗ねちゃったこともあったっけね、あんた」
「そりゃあ、彼氏らしいことをなんにも――とは言わないけど、殆どさせてもらえないんだもの。不安になっちゃうわよ、やっぱり」
 それは若干、口宮さんと異原さんを思い出させる話なのでした。あちらの場合は「させてもらえない」ではなく「お互いにしなかった」であって、そのまま関係が自然消滅してしまったわけですが。
「私がそれまで付き合ってきた男どもは、そのタイミングで別れ話を切り出してきたってことなんだろうねえ。――とまあ、そんなこんながあったりなかったりな時にいきなりプレゼントされたのがこれってわけ」
 青いリボンをちょんちょんと触りつつそう言った諸見谷さん。しかしそれを聞いただけで「ああなるほど」とは行かず、なので僕は、恐縮ながらこんな質問を投げ掛けてみることにしました。
「いきなりって、ここまでの話だと諸見谷さん、そんなことされたら喜ぶどころか怒っちゃいそうですけど……」
 ご飯を奢ることすら拒否していたのなら、プレゼントだってそれと似たような扱いになるのでしょう。では既に代金を支払い終えた状態のリボンを突然プレゼントとして目の前に提示されたら、なんて考えると――いや、いっそ考えるのが怖かったりするのでした。
「なんにもない時だったらそうだったかもしれないけどね」
 諸見谷さんは引き続き笑みを浮かべていました。
「金のことで嫌な雰囲気になってる時にそういうことされるっていうのは逆にね、『ああこりゃああっちも本気だぞ』ってなもんで」
 言われてみれば、というか言われた通りの状況を想定してみれば確かにその通りで、火に油を注いででも通したいものがあったと、そういうことになるのでしょう。ならざるを得ないのでしょう、その時の一貴さんのその行動というのは。
「というわけで私としても案外嬉しかったわけだけど」
「怒らない」はともかく「嬉しかった」については出来ればもう少し説明を聞かせてもらいたかったところですが、しかしまあ根掘り葉掘りというのも大人げないような、ということでその辺りについては想像で補うことにしておきました。
 いや、場合によっては説明するよりよっぽど性質が悪かったりするのかもしれませんけどね、他人の勝手な想像なんて。
「まーそれにしたって髪短いのにどうしろってんだって話なんだけどね、プレゼント自体はいいとしてもリボンだなんて」
「うふふ、精一杯の嫌味よ」
「だろーともさ。悔しいから無理矢理使ってやったけどね」
 ラブラブ話。平岡さんの言葉を借りれば、そこに含まれるような話題ということになるのでしょう。なら果たしてその平岡さん自身このラブラブ話をどう思っているのか、なんてふうに考えてしまうのはやはり、平岡さんも一貴さんのことが好きだから、ということになるのでしょう。
 どれだけ親しかろうと、三人での関係を望んでいようと、自分以外の女性が好きな男性と仲睦まじげにしている様というのは一体どう映るものなのか。
「その場だけの話ならともかく今でもこうして付けっ放しなんて、一途ですよねえ、愛香さん」
 ぐるぐる巻きで突起状になっている諸見谷さんの後ろ髪。平岡さん、嬉しそうにしながらそれをぺんぺんと指で弾いているのでした。その表情や仕草に嫌味なところは感じられず、ならば見たままのその通り、そんなふうになるように映っているということなのでしょう。
「んー。一途って話なら、そこら辺はまあお互い様じゃないかね智子さん」
「あんまり自任はしたくないですけど、そういうことになるんですかねえやっぱり」
 という遣り取りを挟みながら二人揃って空、もといデパートの天井を見上げるように顔を上げた諸見谷さんと平岡さんは、同じく二人揃って上げた顔を下ろし、その視線を一貴さんへと向けたのち、
「こんなのに」
「こんなのに」
 と。
「もう、真面目な話の時くらい素直に褒めてくれてもいいじゃないの」
「いやいや、これが素直な気持ちだよ?『こんなの』だからこそ彼女やってんだから、私は」
「愛香さんほどガッチリそう考えてたわけじゃないけど、あたしも思ってみればそんな感じかなあ。カッコイー! とかステキー! とかそんなふうに思ったことないもん、かずのこと」
 表面上は冷たい、というだけであって、それは彼氏の側からしても喜ぶべき話ではあるのでしょう。しかし何故でしょうか、そうだと分かっていても気の毒に思ってしまったりもしてしまう僕ではあるのでした。
 と、それはともかく。
「あらあら、じゃあどんなふうに思われてたのかしらねえあたし」
「んー、和み系? なんかふらふらーって吸い寄せられるっていうか――あ、あれに近いかも。冬にコタツから出られない感じ」
「……どうなのかしらね、男としてその評価は」
 今でこそオカマ成分が前に出がちな一貴さんではありますが、でもそれを除いて考えてみれば確かにそんな雰囲気かも、なんて。いやもちろん、単純に引き算していい話でもないんでしょうけどね。
「まあまあ、褒め言葉だと思ってよ。でもそんなだから、男子の中でドスケベキャラ扱いされてるって知った時は結構驚いたなあ。おっぱい魔神って言われても、二人でいる時にそんな感じ全くなかったしさあ」
「そりゃまあガンガン乳揉まれてたらコタツ扱いはできんでしょうね」
「いろいろお下品よ、愛香さん」
 えーと、まあ、楽しい高校生活だったんでしょうね、ということにしておきましょう。少なくともその当時の僕の恋愛事情に比べればよっぽど健全でしょうしね、あちらのほうが。
「こんな所であれこれ釈明するのは控えるけど、まあ、好きな女の子とやらしい本に載ってるような女の人達の扱いはそりゃ別よねって話。言っとくけど、あたしに限らず高校生男子の妄想をそのまま生身の女の子にぶつけたらえらいことになっちゃうわよ?」
「オウ、怖い怖い」
 かつて男子高校生だった身としては――って、高校を卒業した男性は全員そこに含まれるわけですが――わりと誇張抜きで頷けてしまう話ではあるのでした。今はもう付き合っている、どころか結婚までした女性がいるわけですが、実際にそうなってみるとやはり、あの頃の妄想のままに、とはいかないものです。そりゃあ、そんなに軽んじられるわけもないですしねやっぱり。
「よかったねえ智子さん、こいつがコタツで」
「うーん、どうしても褒められてる気になれないわねえそれ」
「いや別にその例えに拘るつもりもないから、何でもいいんだけどさ」
 考えていることが考えていることなので僕の視線は自然、栞の方へと向けられていくわけですが、その最中にもあちらではそんな話。
 栞は「ん?」と首を傾げてみせるわけですが、まあしかしここはあちらの話に耳を傾けてみることにしましょう。まさかここで考えた通りを話すわけにもいきませんしね。
「ちなみに智子さん、こいつがコタツだとしたら私は何になるのかね」
「コタツだとしたらかー、何でもなさそうでいて難しい条件ですねー。うーん、わさび味の煎餅とか」
 難しいと言った割にはあっさり出てきたその例えに対し、
「分かる」
 と一貴さん。ならば諸見谷さんはそんな一貴さんに対し、「え、分かるの?」と驚いたような顔をしてみせるのでした。
「辛いけど美味しいのよね」
「あたしはそんなに辛いとも思ってないけど、一貴の話を聞く限りはそんな感じだろうなってね。その辺無視するとしたらそうだなあ、みかんかな?」
「コタツに引っ張られ過ぎよねどう考えても」
 例え話の割には制限が掛けられ過ぎているようでした。


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