(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十四章 年上の女性 十

2013-08-05 20:57:51 | 新転地はお化け屋敷
 といったところで、「さて」と立ち上がったのは諸見谷さん。
「一応、ここに座ってたのって私が話をするからだったよね? どうしましょうかね、済んじゃったけど」
「あら、どうしたの急にそんな慌てて。みかんに例えられたのが照れ臭かったのかしら?」
「正直それも割とあるけど、私のことであんまり時間取るのもどうかなってね。初めから暇潰しだってんならともかく、栞さん達は買い物しに来てたまたま出くわしただけなんだし」
「それもそうかしらね、あの荷物だし」
 いやまあ立ち話ならともかく、こうして座っていられるなら特にどうってこともないんですけどね。重さが辛いってわけでもなし。
「早く帰って料理してえー! ってなもんだろうしねー。今晩は好物の豆腐らしいし」
 ああそういう……っていやだから平岡さん、豆腐それ単体で好物ってわけじゃなくてですね。中々いませんよそんな人。多分。
「途中で話したと思いますけど晩ご飯は料理教室も兼ねてるんで、帰ってすぐにってわけではないんですけどね。今日はたまたまご在宅ですけど、管理人さん達、いつもは仕事から帰ってくるのって八時くらいですし」
「あ、そうなの? 八時って、へえ。あたし達の時が割とあっさりしてたからいつもあんな感じだろうなーとか思ってたんだけど」
 そういえば家守さん、あの日は僕達と同じ時間に四方院さん宅のあの混浴に入ってたんですっけね。後姿しか見えなかったとはいえあの時気付けていれば……とそんな話ではなく、入浴したのはそんなに遅い時間だったわけでなく、家守さん側は挨拶なりなんなりあって到着してすぐ入浴とはいかないであろうことも考えれば確かに、こちらが思っていた以上に早い時間から四方院家に到着していたのかもしれません。
「身元引受人さん達がしっかりしてたからでしょうね」
 栞が言いました。
 身元引受人さん達。その言葉が指しているのが一貴さんと諸見谷さんであることは言うまでもないとして、そういう人が必要な立場にあるというその言い方は、場合によってはあまり気分が宜しくないものだったりもするのでしょう。
 が、しかし栞です。「そういう人が必要な立場」と同じ立場に立っている人物の言葉です。ともなれば平岡さんとしても、
「ですかね」
 照れ臭そうな笑みを浮かべつつ、さらっと納得してみせるのでした。
「栞さんも?」
「そりゃもう、むしろ軽く引いちゃうくらいに」
 失礼な。
 とまあ、そこで礼節を重んじられても困るわけですけどね。

「それじゃあまた。次は結婚式かしらね?」
「とか言ってたら明日大学で顔合わせちゃうオチなんじゃないの?」
「うふふ、まあそうなったらそうなったで笑って誤魔化すわよ」
 道路を挟んで今までいたデパートの反対側にある駅前。電車で帰宅する一貴さん平岡さんとは、ここでお別れということになりました。
「あ、完璧に無賃乗車だけどそこはなんとか見逃してください」
「幽霊にお金払われたら逆に困っちゃいますよ、多分」
 殊勝にも運賃を気にしてみせた平岡さんに、栞はそう笑いながら。そういう場合もあるにはあるのでしょうが、切符を買って改札機に通すだけの電車の場合、駅側が困るということはなさそうな――まあまあ、言いっこなしということにしておきましょう。
 というわけで、その話についてはそこまで。するとここで諸見谷さん、引き続き平岡さんに向けて。「あっちが片付いたらいつでも待ってるよ」と。
「って、明日明後日の話じゃあそんな大層な言い方することでもないんだろうけどね」
「はい。遠慮なく……いや、ちょっとくらいは遠慮してお邪魔しますね」
 一貴さんと離れ離れになっていた間、お世話になっていた人達への挨拶を。いま諸見谷さんが言ったのは、平岡さんが一旦地元へ帰るその理由についてのことなのでしょう。
 と、いうことは。
「平岡さん、こっちに戻ってきた後は諸見谷さんの家に?」
「うん。まあさすがに一貴の家はね、実家住まいだから家族もいるし」
「その点私は一人暮らしだし、更には女同士ってこともあっていろいろと都合がいいってわけ」
 なるほど、そりゃあどっちか選ぶとなったら諸見谷さんの家を選ぶしかないですよね。それを足掛かりに一貴さんのご家族へ平岡さんのことを紹介、もとい説明する機会を窺うことになるというのは、言うまでもないとして。
 すると平岡さん、やや遠慮がちな笑みを浮かべながらこんなふうにも。
「あとまあ、愛香さんでもまだ同棲してないのに抜け駆けみたいなことはっていうか」
 ……なるほど、そういう問題も発生してきますよねやっぱり。
「おや智子さん。抜け駆けってことならもうしちゃってるけど?」
「え?」
 何やら不穏な発言を、しかし楽しそうで且つ厭らしそうな笑みを浮かべながら口にした諸見谷さんは、びしっと一貴さんに人差し指を突き付けながらこんなことを。
「一貴、あんたに先んじて智子さんと同棲することになってやったぜ。どうだ羨ましいだろう」
「あら。うふふ、その発想はなかったけど言われてみればそうなるわよね。羨ましいわ、愛香さん」
「狭ーい風呂に二人で入ってやるぜー」
 そこで何故か突き付けていた人差し指をぐるぐる回し始める諸見谷さんでしたが、それはともかく。
「うーん、そういうえっちいのは駄目ね。羨ましいとかじゃなくて単純に交ざりたいと思っちゃうわ」
「ええ、そうなっちゃう?」
「でも愛香さん、ならなかったら逆にショックじゃないですか? 女として」
「あー、そりゃそっか。惚れた相手の裸体二人分を前に平然とされてたら軽く泣けるね、女として」
 ううむ、なんてオープンな方々なのでしょうか。平岡さんの声は周囲に届かないとしても、既にそれを抜きにしたとことで焼け石に水みたいなことになっちゃってますけど。
「孝さんも平然とはしてなかったしね」
「何言い出すの栞!?」
「も」ってそれ、そういう言い方しちゃったら一緒に風呂入ったと言ってるようなもんじゃないのそれ!? って、もしかして言ったつもりなんでしょうかね!?
「あー、やっぱ結婚とかまでしてる仲だとそういうのも経験済みなんですねー」
「同じ家、というか部屋というか、まあ同棲してるとやっぱりそういうこともありますねえ」
 そういうこともありますね、なんて言っちゃってる栞ですが、むしろ自分から誘ってたんですけどね二人で風呂に入った時。何をそんな不可抗力みたいな言い方。
 と言ってももちろんそれを非難するつもりなどさらさらないというか、何だったらまた誘って頂ければ喜んで。という話に今ここで移行するようなことはもちろんなく、
「ほら、お風呂だけじゃなくてベッドだってあんな感じですし」
 と、栞。あんな感じ、というのはベッドがダブルであるということについてなのでしょうがしかし、あのベッドが平岡さん達に紹介されていた記憶は僕にはなく、ならばそれは僕が大学から帰ってくる前の話ということになるのでしょう。
 僕達はそろそろ慣れてきたところですが、しかしまあ平岡さん達は驚いたことでしょう。広いとはとても言えない部屋、しかもそのほぼど真ん中にあの大きさの家具が配置されている光景というのは。机だって置かれてるのに一見完全に寝室、それも「寝るためだけの部屋」ですもんねあれじゃあ。
「うん、あれはびっくりした。意外と大胆だなーって」
 と思ったら平岡さん、そちら方面の感想をお持ちになったそうでした。いやまあそうですよね風呂の話から展開されたんじゃあ。
「ああ、いやまあ一緒に寝るからって毎回そういうアレってこともないんでしょうけど――って何言ってんだあたし」
「あはは、新しいベッドそれ自体が気持ち良くてすぐ寝ちゃったりしてますねえ」
 それは僕自身としても意外だったりすることではあるのですが、膝枕なんかと同じ感覚なのでしょうか? 意外と落ち付けちゃうんですよね。二人並んで、しかも同じ布団の中で横になってるっていうのは。この気分のまま寝てしまいたい、というか何と言うか。
 でもまあ夏になったらそんなことも言ってられないんでしょうけどね、といったところでぱんと手を合わせたのは一貴さん。
「あたし達はどうしましょうかしらね愛香さん? 三人用のベッドなんてあるのかしら」
「あっても買わんよそんなもん。布団でいいだろ布団で、どう考えても高そうだし」
「うふふ、連れないわねえ相変わらず」
 ふむ。
「ええと、うちのダブルベッドなら思ったほど高くなかったっていうか、意外なくらい安かったですけど」
 なんせ突発的に買いたいと思った栞が、それ用に用意していたというわけでもないその時たまたま持ち合わせていた所持金だけで変えてしまったほどです。言わずもがな、栞は普段から大金を持ち歩くような性格ではなく。
「マジか日向くん」
 おっと、これまた意外なくらい食い付いてきましたね諸見谷さん。
「はい。だからまあ、例えば布団を買い替えようってことになった時とかだったら、そんなに無理なく買ってしまえると思いますよ? ただ三人用のベッドなんてものが本当にあるのか、二人用で代用するとなったらそこに三人横になって重さ的に大丈夫なのかとかまでは、ちょっと分かりませんけど」
 本当にあるのか、どころか無いと思っているが故にそこまで想定した話をしてみましたが、
「一貴」
「なあに?」
「日向くんに感謝するように」
「あらあら、うふふ」
 という結論に達したようなのでした。
「あ、愛香さん的にも安ければアリなんですか? トリプル、というか多分ダブルベッドって」
 どうやら平岡さんも三人用が存在するとは思っていないようです、とまあそこはともかくとしておいて、それに答えたのは諸見谷さんではなく一貴さんなのでした。
「無駄な買い物が全部駄目ってわけじゃなくて、価値と値段が釣り合えばいいってだけだしね愛香さん。とは言っても贅沢ってものに一切の価値を見出してないから、結局人とはちょっと基準が違ってくるんだけど」
「かっかっか、褒めるな褒めるな」
「いえいえ、事あるごとに褒めさせてもらうわよ」
 褒めてない、という話ではないようでした。それにしたって皮肉ではあるんでしょうけどね、やっぱり。
 ところで僕なのですが、その話を聞いて思い出す出来事がありました。以前にこのデパートで一貴さんと出くわし、その時に一貴さんが諸見谷さんへのプレゼントとして安物の亀型の小物入れを買っていたことです。
 例え物を仕舞う場所に困っていたとしても、まあしかしあの亀の小物入れが必要になるということはないのでしょう。ということはあれだって無駄な買い物と言えば無駄な買い物なわけで、それがプレゼントとして役目を果たせるというのなら、確かに「無駄な買い物が全部駄目」というわけではないようなのでした。
「というわけでとも、この人も一応は『人から物を貰ったら嬉しい』とか、そういうことはちゃんと思ってくれる人だからね?」
「まーそのリボン見たらそりゃそうだよねー」
「後輩にご飯奢ったりとかもね」
「むう」
 これこそ褒めている話だと思うのですが、こうなると顔をしかめてしまう諸見谷さんなのでした。するとそれを見て「うふふ」と笑ってみせた一貴さんはしかし、続けて腕時計に目を落として、
「さて、そろそろ電車が来ちゃう頃かしらね」
 とのことでした。
「愛香さんの可愛らしい表情が見られたところで引き揚げましょうか、とも」
「んー、名残惜しいけど仕方ないか。まあ、戻ってきたら同棲生活なわけだし」
 意味の上では間違いでないにしても、女性同士のそれを同棲とはあまり言わないような。というのは、今更な話なんですけどね。
「今みたいな流れを期待されるのはむず痒いけど、同棲自体は心からお待ちしております。ていうか一貴、可愛らしいとか言うんじゃない。困った顔に対してそういうこと言っちゃうってのは中々酷いぞそれ」
「あら、男なんて大なり小なりそんなもんよ? ねえ日向くん」
「ここで僕ですか」
 分からなくはないですが、しかしだからと言って積極的にそういう顔を見たいとか、ましてや自分からそういう顔にさせたいとまでは思わないところではあります。というわけでつまり、僕については「大なり小なり」で言えば小である、ということになるのでしょう。
 ……まあ栞に言わせれば、その割にはそういう顔をさせられた覚えが結構あるけど、ということでもあるんでしょうけど。
 というようなことを踏まえてどう返事をしたものかと考えていた時、上階、つまりは駅のホーム階から、内容までは聞き取れないにせよアナウンスが流れ始めました。
「んー、残念。栞さんとのお話をしてもらう時間はなさそうね」
「あ、今の一貴さん達が乗る電車の?」
 ということは、えらいギリギリまで話し込んでたんですね。
「それじゃあまた! ダッシュよとも!」
「あいあいさー! 結婚式、楽しみにしてますねー!」
 電車の音が聞こえてきたならともかくアナウンスの時点でそこまで急ぐ必要はないような気もしますが、ともあれ言葉通りにダッシュで階段を駆け上がっていくお二人なのでした。いや、隣にエスカレーターあるんですけど。
『お気を付けてー』

「諸見谷さんはここからどうするんですか?」
「歩き。すぐそこなんですよ、ここからだと」
 一貴さん平岡さんと別れ、駅を後にした直後。交通手段を尋ねる栞に、諸見谷さんはそう答えるのでした。そういえば大学に来る時も徒歩ですもんね、諸見谷さん。
「なのでどうぞお構いなく二人で風になってください」
 というのは――ええと、僕が押しているこの自転車のことでしょうか? そうですよね、多分。
 そうだったとして、しかし「じゃあそういうことでさようなら」というのもなんだか味気ないというか何と言うかでして。
「お邪魔じゃなければ、ご一緒させて頂いても?」
 栞は続けてそう尋ねるのでした。
「はは、まあ断る理由はないですかね。栞さん達の家とは、方向もそう違わないですし」
「だってさ孝さん」
「ちょっと待って混乱するから」
 駅がここで家があっちで……うん。それで大学が…………うん、理解完了。
「えーと、栞さん。今の混乱するっていうのは?」
「方向音痴なんですよ孝さん」
「あらまあ」
 それでもさすがにこれくらいはなんとかなるのですが、しかしやはり理解に掛かる時間は人のそれより随分と長くなってしまっているようなのでした。ううむ、なんでだ。
 それはともかく帰宅ということで歩き始める僕達三人なのですが、しかしあちらはどうやら「それはともかく」ということにはしてくれなかったようで、
「まあ、可愛げがあっていいんじゃないですかね。欠点とかっていうのも」
 慰めのような言葉を掛けてくれる諸見谷さんなのでした。が、しかしその口調は慰めのそれではなく、ただ事実を述べただけというような平淡さなのでした。ということはつまり、この欠点が欠点であるということについては一切の否定をしていないわけで。
 ううむ、喜べばいいのかそうでもないのか。
「ですよね。二人で出掛ける時にどこをどう行くか任せたりしたら、結構面白いですし」
「あはは、意外とやるねえ栞さんも」
 少なくとも栞、そしてそれを口にした諸見谷さんも面白がってはいるようなので、ではここで嘆いてみせるようなことはしないでおきましょう。そういう意図はなかったってことでしょうしね。
「一貴さんはどうですか? 諸見谷さんから見て、欠点とかって」
「あー、あいつねえ」
 栞が反撃に出てくれました。ということでは、ないんでしょうけどね。
「欠点とかってほどじゃないけど、もうちょっとくらい頑固になってくれてもいいなあ、とは思いますかねえ。いや、もちろん色々とこっちの意に沿うようにしてくれてるのは有難いんですけどね」
「ああ、それはそれでそうなるんですねえ」
「ん? というのは?」
「いや、孝さんがすっごい頑固者なんで」
「ほほー」
 にやついた表情をこちらへ向けてくる諸見谷さんではありありましたが、しかし僕としてはノーコメントを通させて頂くことにしました。自分の口から多くは語りますまい。
 そしてそんな僕の対応を察してくれたのか、早々に「はは。で、私の話なんですけど」と話題の修正に入る諸見谷さん。
「今みたいなこと言えるの自体が一貴のおかげでもあるんで、可笑しな話ではあるんですけどね。一貴のおかげで余裕が出来たのに、その余裕について一貴に注文付けるっていうのは」
「余裕? ですか?」
「一貴と付き合うまでの私だったら、男が言うこと聞いてくれれば言うこと聞いてくれるだけいい気になってたんでしょうしね。まあ、やっぱり、丸くならされたって部分はあると思うんですよ」
 そういえば「デートすら却下される」なんて言ってましたっけ、一貴さん。それは付き合い始めた頃の話であって現在も却下されているのかどうかまでは分かりませんが、今の諸見谷さんの言い方からして、そこまでのことはないんじゃないでしょうか?
「それってやっぱり、そのリボンのことがあったからってことなんですか?」
「ん? はは、そうかもしれませんね」
 栞の指摘に、諸見谷さんは後ろ髪のリボンをちょんちょんと。今回はやけにその話になりますね。
「これのことがなかったら、それこそひたすら言うこと聞いてくれるだけでしたしね。頑固になって欲しいって思う余地がないというか――ああ、まずい。余計手放せなくなっちゃいそうな」
 照れ笑いを浮かべながら、けれどその柔らかい表情とは対照的に、リボンをぎゅっと握ってもいる諸見谷さん。それを見て僕が思ったところというのは、
「今の話、一貴さんにしてあげたら喜ぶんじゃないですか?」
 いいな。と、他人の彼女ながらそんなふうに思ってしまったのでした。というわけで一貴さんが喜ぶ以前に、僕がいい気分にさせられたりもしていたわけですね。
「だろうねえ。といって手放しでただ喜ばせるだけっていうのもなんか悔しいし、それに絡めてちょっかいの一つでも出してやりたいところだけど」
 なんでそこで対抗心を持ってしまうんですか諸見谷さん。というか、不明に過ぎて対抗心と呼んでいいものかどうかすらよく分かりませんけど。
「あとはまあ、気を遣うようなことでもないんだろうけど、一応は智子さんのこともあるしね。せっかく数年ぶりに交際再開できたわけだし、だったらこっちは暫く大人しくしてようかなってね」
「そういうものですか」
 正直なところ、本音としては「それは要らぬお世話というやつなのでは?」なんて思ったりしないわけではありませんでした。が、この件に関して自分が的を射た意見を出せるとはとても思えないので、その本音は引っ込めておくことに。
 一般論としての倫理観を持ち出すくらいは、そりゃあ僕にだってできます。しかしそもそも、言ってしまえば「三人で関係を持つ」ということ自体がその倫理観から外れていたりもするわけで、ならばもう諸見谷さん達が求めるものはそこにはないのでしょう。
 一般論ではなく、三人にとっての正解。
 それを僕がどうのこうのなどと言える筈もなく。
「これでもあのオカマと数年付き合ってるからね。本気で一貴の気を引きに行けば智子さんにだって負けない――とは思うけど、勝っても駄目なんだよね私らの場合。だからって一貴とのことで手を抜くっていうのは嫌だし、じゃあいっそ智子さんと私が均等になるまで引っ込んでたほうが効率的にも精神的にもいいかなって」
「……大変ですね、いろいろ」
 親切心から、というだけの話ではないのでしょう。自分から望んでそうするからといって、いい気分でだけいられるというようなことではないのでしょう。しかし諸見谷さんは「はは、まあそれに見合った成果は出してみせるよ」と笑い飛ばしてみせるのでした。
 とはいえ「それに見合った成果」という言い方からして、それが諸見谷さんにとって苦労を孕むものであるということは、隠すような気もなさそうでしたが。
「一貴ほったらかしにしてる分、智子さんとの仲を深めることもできるわけだし。なんせうちに来てくれるわけだしね」
 まあ、それだって大切なことではあるのでしょう。二人がそれぞれ別々に一貴さんを好きでいる、というようなことでは成り立たないのは、僕にだって分かります。
 分からなくてもいいのに分かってしまったので、
「失礼を承知で訊かせてもらいたいんですけど」
「おう、そういうのは大好物だよ。何かな日向くん」
「今のところ、平岡さんのことはどんなふうに思ってるんですか?」
 さっきまであれだけ仲良さげにしてたよね、という話については、今の質問の仕方で案に考慮から外すことを示したつもりです。言い方は悪いですが、要するにそれとは逆の返事を期待して、という。
「かっかっか」
 諸見谷さんは笑いました。
「いやあ残念。日向くんが心配、というか期待してるような返事はしてあげられないかなあ。今のところっていうなら私は気に入ってるよ、智子さんのこと」
「あ、いえ……」
 期待してはいないです、とは、そりゃまあたった今自分でそう思ったばかりなので言えはしませんでしたが。ただ、積極的な期待ではなく消極的な期待というか、そんな感じなのです。心配、ということばを当て嵌めようとしてみても、それはそれで何か違うような気もしますし。
「もちろん性格もそうだし、あとは一貴とのこともやっぱり考慮に含まざるを得ないしね。短い間だったにせよ惚れた男を幸せにしてくれてた子のことを、悪いようには思えないかなあ、私は」
「そうなりますか」
「なるねえ、案外。一貴とは智子さんのこともずっと好きでいるってことを織り込み済みで付き合い始めたわけだし、じゃあ今更嫉妬ってのも変な話だしね。――ってああ、だからってそう思うように意識してるとかそういうんじゃなくて、自然とこんな感じなんだけどさ」
 慌てて手を振ってみせすらする諸見谷さん。どうやら今の注釈は、本人としてはかなり重要な部分であるようでした。
 自然とこんな感じ。つまりは、平岡さんのことを自然に気に入っている。
 意識して気に入ろうとしている、という反対の事象を並べてみれば、なるほど確かに随分と話が違ってくるのでした。
「まあ実際、凄いことだと思うよ」
 慌てたことが照れ臭かったのか、若干僕と栞から目を逸らしがちにしながら話を続ける諸見谷さん。
「私と付き合ってる間も智子さんのことを好きで居続けてた一貴だけど、だからって私とのことは二番目って感じでもなかったしね。二人とも一番って、言い訳とかじゃなく本気でそうするっていうのは、ものすっごい難しいことだと思うんだよ」
 …………。
「そう、でしょうね」
 どれほど情けない慕い方であっても間違いなく好きだった人がいて、でもその後その人より好きになれる人と知り合うことになった僕からすれば、痛いくらいよく分かる話なのでした。
 いやもう、本当に胸が痛いです。勝手に好きになって勝手に失恋して、勝手に二番目にしていたんですから。あちらからすれば知ったこっちゃないってもんでしょうが、こっちからすれば身勝手極まりない話です。
「私は一貴がそういう奴だってのが嬉しいし、そうさせてくれた智子さんのことも好きだよ。もう一方が私ってのがちょいと不安だけど、一貴が本気で惚れた子ってんなら悪い女なわけがないしね。そんなのと付き合えるほど丈夫じゃないから、あいつ」
「丈夫だったら一貴さんじゃないような気もしますけどね」
「ははは、そりゃ確かに。一貴が哲郎くんみたいだったらどうだったかなあ、私」
「丈夫」の例としてはあまりにも丈夫過ぎる人が出てきてしまいましたが、諸見谷さんがその一貴さんを好きになるかどうかはともかく、今の一貴さんとはまるで別人であることは間違いないのでしょう。いやいや、外見や挙動だけの話でなく。
「というわけでまあ、今のところはさっき一緒にいた時間そのまんまだね。裸に引ん剥いて喜んじゃってる感じ」
「いや、その切り出し方だと悪意しか見えないです」
 ……でもそうなってたんだよなあ。あの時、試着室の中で、しかも栞と諸見谷さんまで加わった三人が同時に。
「孝さん」
 すいません。


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