(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第十一章 伸ばさない髪 三

2008-02-13 20:59:44 | 新転地はお化け屋敷
「あ、ちょっと待ったちょっと待った。今、マンデーとチューズデーに物凄い怒られてるから」
 雰囲気を読んでか、誰も何も言ってないのに待ったをかけるフライデーさん。……まあ、成美さんは今にも何か言いそうでしたけど。
 で、マンデーさんとチューズデーさんと言えば、曜日七人衆の中でも大人な女性二人なのです。もちろんお二方とも人間ではなく、マンデーさんは犬、チューズデーさんは猫なのですが、やっぱりこういう話は男性より女性のほうが敏感なようです。
 時折「うう」とか「むう」とか唸り声を上げつつもやっぱり微動だにしないフライデーさんは、暫らくすると再び、開かない口を開き始めた。ただし、出てくるのは疲れ果てたような声。
「理解したよ……そうかそうか、お年頃の女性には厳禁な話なのか……」
「そうじゃなくても、男の人の前ではちょっとね~」
「男だって突然そんな話になったら困りますよ」
 理解したばかりのところに申し訳ない気もするけど、テーブルの向かい側から二人揃って情報追加。すると、その二人の内の一人である栞さんが首から上をこちらに向けた。
「あ、男の人でもそういうもの?」
「ええ、そういうものです」
 そりゃあ、人によってはむしろ喜ぶのも在り得るっちゃあ在り得るんですけどね。
 最後にそうやって栞さんと顔を見合わせると、ここでようやく身を強張らせていた庄子ちゃんが口を開いて、
「あ、あの、やっぱり肩とかでいいですか?」
 とフライデーさんに提案。そりゃあ今の話があって胸にくっ付けたままってのはやっぱり、ねえ? なんせマンデーさんやチューズデーさんが言った通り、庄子ちゃんはお年頃なんだし。
「ああ、構わないよ。すまないねぇまだまだ勉強不足で」
「いえ……」
「ワウ?」
 胸から肩へとフライデーさんを移動させる庄子ちゃんに、騒動の発端であるジョンは首を傾げた。「厚意のつもりだったんだけど、こりゃ一体どういう展開なんだろう?」ってところなんだろうか?
「なあ庄子、年頃ってとこでちょっと思ったんだけどよ」
 するとここで、今喋りだすととても危なっかしそうな人物が動いてしまった。ついに。しかも「年頃」とかいう崖っぷちワードを引っ張り出して。
「なに? 兄ちゃん」
 その人物はそう、庄子ちゃんの兄上様です。
「学校とかで好きなヤツ、いたりとかすんのか? そういう話って全然聞かねーけど」
「うわ、自分に彼女ができたからって余裕ぶっこきやがって」
「……………」
 突然の反撃(少なくとも、本人からすれば突然なんだろう)に黙り込む大吾。それではその彼女さんは? と成美さんのほうを見てみれば、なんとも苦々しい微笑みをその顔に浮かべているのでした。
「で、いるのかな? 庄子君」
「いないですよぉ」
 肩から投げ掛けられた質問に簡潔に、成美さんと同じような苦笑を交えて答えた。すると今度は栞さんが、
「じゃあさ、庄子ちゃんってどんな人が好み?」
 そして更に成美さんが続く。
「実の兄がこんなのだしな。逆に大人しい男のほうが良かったりするんじゃないか?」
 やっぱり大吾が悪い意味で引き合いに出されるんですね、成美さん。
「おおっ、まさにそんな感じですよ。さすがは成美さん」
「オレ、一応オマエの彼氏なんだけど……」
 そんな感じに対照的な、兄妹の反応。普段なら照れちゃって自分の口からは出してきそうにも無い「俺はお前の彼氏」という台詞も、悲しみに紛れさせてなら案外言えるものらしい。
「まあまあ、気にするな」
 その言葉が届いたのか、それとも届く直前で受け流されたのか、成美さんはとてもチャーミングににっこり。そして大吾、バツが悪そうに沈黙。
 するとそんな大吾の下へジョンがぺたぺたと歩み寄り、すぐ隣でお座りの姿勢をとった。大吾はバツの悪そうな表情は変えないまま、ジョンの頭をやや乱暴にがしがしと撫で回す。
 その様子を見た栞さん小さくくすっと微笑み、そして改めて庄子ちゃんのほうを見遣る。
「そっか、庄子ちゃんは大人しい人がタイプなのかあ」
「というかいっそ、弱気なくらいがいいかなー。頼るよりは頼られたいって言うか」
 その言葉が本音なのか、それとも兄への当て付けなのかはこの際考えないとして。
 弱気な男性。そのイメージからさっと頭に浮かんだのはペンギンのウェンズデーだった。けど、よく考えたらあれはちょっと違うような気もする。恥ずかしがり屋なだけだし。弱気と言えばもっとこう、表情にもなよなよっとした感じが溢れ出しているような――あ、そう言えば。
「それって、さっきあまくに荘の前で立ってた子みたいな?」
 思い付いた好例を口にしてみると、庄子ちゃんはもちろんフライデーさん以外全員の視線が僕に集中。
「あれは……うーん、イメージは近いんですけどねえ」
「それ、誰の話?」
 庄子ちゃんが腕を組み、栞さんが怪訝な顔をする。
 誰の話と言われれば、もちろんあの子の話ですよ。理由は分からないけど、ここを眺めてたあの子。
「大学から帰ってきた時に、男の子が立ってたんですよ。困ったような顔してここの中をじーっと眺めてたんですけど、あれは小学生か中学生か……」
 言葉にしてみるとより一層鮮明に浮かび上がってくる少年の面影に、特にあの見事な八の字眉毛に、年代も考えて庄子ちゃんにピッタリなのではないかと勝手な妄想を膨らませてみる。がしかし、
「あの感じじゃあ、どうせここの事気味悪いとか思ってたんじゃないですか? そんなのはちょっと嫌だな、あたし」
 庄子ちゃん本人からは不評なようで。
 しかしその寸評は、あの少年に会う直前まで庄子ちゃん自身が自分について語っていたのと同じ内容でもある。庄子ちゃんも昔は、ここの事を――
 だから、なのかな。自分もそう思ってて、しかもそれを後悔したからこそ、誰かが同じように思う事へ嫌悪感を抱いてしまうのかな。
 ……なんて、無意味にシリアスに考えても仕方がないんだけどね。
「『困ったような』っつうんなら、近くの道端で遊んでてボールでも入ったんじゃねえのか? たまーにあるぞそういうの」
「えー。でも日向さんが声掛けたら何もせずにただ謝って、どっか行っちゃったし」
 僕と全く同じ想像をする大吾に、変わらず不満そうな庄子ちゃん。それは確かにその通り。でもだからと言って、ここに良からぬ感情を向けていたってわけでもなさそうなんだけどなあ。あの眉毛的に考えれば、やっぱり何か困り事があったって印象だけど。
「その時の孝一君があまりにも怖い顔だったから何も言い返せずに引き下がっちゃった、とかかねぇ?」
 ……どこからそういう発想になるんですかフライデーさん。
「そう言えば孝一くん、ここが周りからよく思われてない事に結構怒ってるもんね」
 あんまり乗らないでくださいよ栞さん。
 そりゃ、確かにそういった事も事実としてございますけども。でもだからってあの子にはねえ? 大人ならまだしも、子ども相手に本気で腹立ててもみっともないですし、それにやっぱりあの子はそんなふうに見えなかったですし。
 そんな事を考えている間、僕がどんな表情をしていたのかは分からない。笑って聞き流していたつもりだけど、ひょっとしたら無理のある引きつり笑いになっていたかもしれない。
 成美さんはそんな、どんな顔だか分からない僕へと目を移すと、ふっと息を漏らした。
「まあしかし、日向や庄子が怒っても仕方のない事だよ。ここにわたし達が住んでいるのは事実だし、人間にとって幽霊というのは基本、存在しないものだからな」
「でも……」
 成美さんの意見に庄子ちゃんが何か反論しようとし、だけど次の言葉が繋がらず、気まずそうに口篭る。それを見て、またもふっと息を漏らす成美さん。
「そういうふうに思ってもらえて、嬉しいのはもちろんだがな」
「でも生きている者同士の社会で浮かないように、とそういう事かい?」
 台詞を繋ぐようにそう言うフライデーさんに、
「――まあ、そんなところだな」
 と笑ってみせた。その様子に、なんとなく栞さんのほうを向いてみる。すぐ隣に座っている栞さんは僕の視線にすぐ気付き、鏡を挟んだように僕のほうへ顔を向ける。そして、にこりと首を傾けた。
 その笑顔に言葉はついてこなかったけど、言いたいところはなんとなく分かったような気がして、やっぱり同じように笑い返してみた。もちろん、顔の事となると「鏡を挟んだように」とはいかないけどね。……やっぱり、可愛いなあ。
「なに向かい合ってニヤニヤしてんだ? オマエ等」
 ――なんてついつい思ってしまうシチュエーションも、この男にかかればニヤニヤなどという擬音で表されてしまうようで。
 しかしこんな男でも愛される者からは愛されているようで、先程この男に擦り寄ったジョンの姿が見えないと思ったら、テーブルの縁に隠れて丸まってました。頭を大吾の膝に預け、すやすやとお昼寝中です。大吾もちゃっかりジョンの頭に手を置いてるし。
 さっきまで起きてたのに、そこはそんなに心休まる場所なのかい? ジョン。
「あぁ~っ。どさくさに紛れてラブラブですかぁ?」
 ――おおっと、よくぞ今の表現から察してくれましたね庄子ちゃん。栞さんは見えないというのに、さすがは大吾の妹。でも、察せられたら察せられたで恥ずかしいよねやっぱり。
「ラ、ラブラブって、そんなのじゃないよ。孝一くんも今の話、無関係じゃないからさ」
 庄子ちゃんへ向けて、無意味に手を振る栞さん。もちろんそんな身振りは相手に見えていない。だからと言って伝わらないというわけでもなく、
「あ、そっか。そうなるんだよね」
 そうなるよね。しかも幽霊とそうじゃない人が見分けられないっていう、やや面倒臭い立場にあるわけなんですよこれが。
「孝一はその辺、どう考えてんだ?」
「僕?」
 ジョンの頭に乗せているほうの腕をさわさわと揺らしながら、大吾がいつになく真っ直ぐな質問を投げ掛けてきた。普段の主な会話内容等を省みると、ただ話し掛けてきただけなのに「唐突」という言葉が頭をよぎる。
「どうって……えっと、フライデーさんが言った『生きている者同士の社会で浮かないように』って話について、だよね?」
 念の為に、またずれた話に持ち込まれてるんじゃないだろうかと話題の確認をしてみる。
「そりゃそうだろ。その話してたんだしよ」
 しかし今回の大吾はどうやら真面目らしい。いや、いつも本人だけは真面目なつもりなんだろうけど。
「クウゥ……」
 不意にテーブルの縁の向こう側からジョンが下がり調子な鳴き声を上げ、そしてもそもそと上体を起こす。鳴き声の元気のなさを表すかのように細められたその目はじっと大吾を見詰めていて、だけど僕にはジョンがどうしてそんな悲しそうな顔をしているのか、分からなかった。
「僕だってそりゃあ――」
 分からないなら、今は訊かれた事だけ答えよう。
「ここを悪く言う人がいたら腹立てるよ。自分がここに住んでるんだし」
 これは「もしもそんな人がいたら」という話ではなくて実際に経験した事だから、嘘も偽りも間違いもない。
「やっぱりそうですよね」
 さっきもちょっと話に出たように、僕と同じように考えていたのだろう。大きく頷く庄子ちゃんは、満足げだった。
 自分がここに住んでいるわけじゃないけど、家族の一人(しかも相当仲の良さそうな)が住んでいて、しかもその家族がここが悪く言われる原因の幽霊なんだから、その悪評には僕以上に嫌な思いをしているんだろう。変に年上ぶるつもりもないけど、庄子ちゃんはまだ中学生なんだしね。
「ふーん……そうか……」
 大吾から返ってきた返事は、とても短かった。感想も意見も何も無い、ただの相槌。
 けど、どこか含むところのありそうな返事だった。
「どうかしたの?」
 大吾のその様子とその隣で今も悲しそうなジョンの様子に、いともさらりと、殆ど無意識に、質問が口から流れ出た。
「いや――」
 すると大吾はその二文字に続いて周囲のみんなを見渡し、
「なんでも、ねえよ」
 話を打ち切ろうとした。しかし、やっぱりその打ち切り方すら、含みのありそうな言い方だった。
「どうした怒橋。遠慮するなんてらしくない」
 となれば、そんな突っ込みが入るのも無理のない話で。
「栞達は『そういう話』になっても大丈夫だよ?」
「だね。もしその遠慮の対象が私達なのなら、その必要は無いよ? 大吾君」
 栞さんとフライデーさんも続き、大吾に先を話すよう促し始める。
 栞さんの言う「そういう話」というのがどういう話かは……まあ、大体だけど想像はつく。要は幽霊とそうじゃない人との差、というところなのだろう。
「あ、あたしも大丈夫だよ?」
「ワフッ」
 僅かな動揺を見せながらだけど、庄子ちゃんも大吾に続きを申し込む。悲しそうな顔を止めて真っ直ぐに大吾を見詰めるジョンも、恐らくは同じような意見なんだろう。
「む……」
 ――つまりは満場一致で意見が纏まったって事になるんだけど、大吾は複雑な表情を浮かべて、言うか言うまいか悩んでいるようだった。そこまで真剣になるって、具体的にはどんな話なんだろう?
「……分かった。ありがとな、オマエ等」
「話を聞くくらいならお安い御用さ」
 いとも安々と返答する成美さんに、庄子ちゃんもこくこくと頭を頷かせる。その前後運動は決して大きなものではなかったけど、庄子ちゃんの髪型――ツインテールが大袈裟に揺れて、庄子ちゃんの肯定具合を強調しているかのようだった。
「えーっと、その……庄子相手の話なんだけどよ」
「あ、栞達、出てたほうがいいのかな」
「いや、いや、いいんだ。聞いててくれ」
 栞さんからの提案を慌てて却下すると、ついに大吾の話が始まった。
「庄子。オレな、やっぱオマエや孝一とオレ等じゃあ違うと思うんだよ。そりゃ、みんなここで生きてる時と変わらねえ生活してっけど、やっぱその……」
 そこまで言って口篭ると、大吾はちらりと成美さんを見た。しかし、成美さんは表情一つ変えない。その変わりようの無さはむしろ話を急かしているようにすら見えた。そして大吾はそれに従うように、続きを口にする。
「……死んじまってるからな」
 誰も何も言い返さなかった。
 ただ、庄子ちゃんがびくりと体を震わせただけだった。
 ――動きの大きさでいえば「だけ」なんだろうけど、意味を考えればそれじゃあ済まされない事なのも、分かっていた。
「現にオマエからすりゃあオレ等って声が聞こえるだけだし、それ以外のヤツからなんて見えも聞こえもしねえ。孝一とかヤモリみてーなヤツなんて、滅多にいねーんだからな」
「……………」
 誰も、何も言わない。ただ、何も言わないのは全員一緒だけど、庄子ちゃんの無言が一番大きい気がした。音も無ければ動きも無いのに、それでも何かが一番大きい気がした。
 大吾は続ける。
「だからオレ、オマエとあんまり一緒にいるのは良くねえ気がしたんだ。何がどう良くねえのかは、イマイチ分かんねーままだけど」
「……………」
 大吾は続ける。
「それが理由でオレ、家から出たんだよ。んで駄目元で『幽霊屋敷』に行ってみたら、出てきた胡散臭え管理人が本物の霊能者だったってわけ――」
「今でもそうなの?」
 家守さんの話になった途端、重々しかった大吾の口調が速さと明るさを取り戻し始めた。けどそれは、庄子ちゃんの質問によってあっと言う間に、いとも容易く停止させられる。
「今でも、あたしと一緒にいるのは良くないって思ってるの?」
 大吾が話を始めるのに「大丈夫だ」と言ってしまった手前、気丈に振舞っているところもあるのだろう。しかしそれでも、
「思ってないとは言えねえ。二年前よりはぼやけてるけど、やっぱ今でもそう思ってる。成美がさっき言ってたけど、人間にとって幽霊ってのは基本、存在しねーもんだからな」
 大吾がそこまで言い終わる頃には、庄子ちゃんの顔には辛さが滲み出していた。誰かに責められるでもなく、ただ自分の兄が自身の考えを述べているだけだというのに。
 そして口調も、それに準じてしまう。
「あたしは、みんながここにいるの知ってるよ? それじゃ駄目なの?」
「駄目だ」
 追いすがるように声が上ずる庄子ちゃんを、大吾は正面からばっさりと否定。
「現に、ここを良く思ってねえヤツの事をオマエが良く思ってねーだろ? イザコザになっちまうんだよ、どうしても。……んな顔すんなよ」
「無茶言うなよ、馬鹿。これじゃ、蹴る気にもならないよ……」
 話がここで一区切りなのか、それともこれで終わりなのか、大吾が庄子ちゃんへの気遣いを見せる。が、その力が抜けたような丸い背中を見れば分かる通り、庄子ちゃんの傷は深い。もはや、今ここで泣き出してもおかしくないような状況だった。
「そうは言っているがな、怒橋」
 するとここで、成美さんが話に加わった。
「ならばどうして庄子に昨日、『来たい時に来い』と言ったのだ? 今一緒にいるのが良くないと言うなら、そう言うのは変ではないか?」
 成美さんが大吾に反論する時は大概、馬鹿にするか怒っているかのどちらかだ。しかし今回はそのどちらでもなく、ただ純粋に疑問をぶつけているだけのようだった。
 庄子ちゃんは、ここに来るのが一月に一回だった――そうだ。なんせ初めて会ったのが昨日で、その日の内にそのルールが無しになっちゃったからどうも実感が無いと言うか……という僕の感想はいいとして、成美さんの言う通り。せっかくいつでも来ていいという事になったのに、どうして今日になってそんな話を?
「いや、要するに周りのヤツ等とどうこうなって欲しくなかっただけなんだよ。ここに来る回数が多けりゃそう思っちまうのも仕方ねーだろうけど、だからって絶対来んなとは言えねーしよ」
「それで、『月に一回』だったんだね」
 栞さんがいつもの明るさを抑えた声で付け加えると、大吾は無言で頷き、
「あん時ゃまだコイツも小学校出たばっかのチビだったからな。怒るなっつっても無理があっただろうし」
 そして庄子ちゃんのほうへ顔を向けると、
「でももうあれから二年近くになんだから、そろそろ――と、思ったんだよ。……勢いに負けたとこもあるんだろうけどな」
 不安そうな、それでもどこか嬉しそうな、半端かつ控えめな笑顔を浮かべた。
「子ども扱いすんなよ馬鹿兄ちゃん」
 庄子ちゃんも、同じように半端な笑顔。と言ってもこちらが半端な理由は、さっきまでの辛そうな顔を引きずってって事なんだろう。……いや、相手が大吾だからってのもあるのかな、やっぱり。
「いやあ、普段ボロクソに言われててもやっぱり考えるところはきちんと考えてるんだねえ大吾君。おじさん、かなり見直しちゃったよ」
「ワンッ!」
「ほ、褒めるなら褒めるだけにしろってんだよ。普段がどうとかいらねーから」
 と言いつつまんざらでもなさそうな大吾に、部屋中が生暖かい空気に包まれた。
「ニヤニヤすんなオマエ等!」


「へえ、だいちゃんがそんな事をねぇ? ……う~ん、やっぱりあんなでもお兄ちゃんなんだなあ」
「やっぱり、『あんなでも』って思っちゃいますよね。フライデーさんも同じような事言ってましたよ」
「あはは。――でも、庄子ちゃんからしたらいっつも『お兄ちゃん』なんだよね。いっつも今日の大吾くんみたいに見てるんだったら、あれだけ好きになるのも納得できるなあ」
「おっ、『好き』ときましたかしぃちゃん」
「え? ……へ、変な意味じゃないですよ? 家族としてって言うか」
「包丁使ってる時の栞さんを動揺させるのは勘弁してください、家守さん」
「へっへっへ、ごめんごめん」
「あ、ありがとう孝一くん」
「いえいえ」
「いやーしかし今日は一目も会えなかったなあ、しょーちゃん。残念残念」
「大吾の話が終わったら満足したみたいで、すぐ帰っちゃいましたからねえ」
「楓さんもいつもよりちょっと早めに帰ってきたんですけどねー」
「今日も最後は大吾がお見送りしてましたけど、大吾と庄子ちゃんって二人きりだとどんな感じなんでしょうね?」
「え? どういう事?」
「普段は庄子ちゃんが強いけど、周りの目がなかったらどうなのかなって事――で、いいのかな? こーちゃん」
「あはは、そういう事です。仲は凄い良さそうですからね、あの兄妹」
「だよね。だから大吾くん、あんなに真剣に話したんだろうね」
「そんな真剣な話の後に、どんな顔してしょーちゃんを見送ったんだろうねぇ」
「照れ臭くなって憎まれ口叩いてるのがありありと浮かびますね」
「えー? でも、真剣な話の続きとかしてたのかもしれないよ? それこそ、二人きりだから言える事もあるだろうし」
「お。いいねしぃちゃん、それ格好良い」
「うーん、でも怒鳴り声が聞こえてきたような気がするんだけどなあ」


「なあ、庄子」
「ん? なに? 兄ちゃん」
「幽霊が年を取る条件、全部言えるか?」
「え? い、言えるつもりだけど……どうしたの? 急に」
「言ってみ」
「え、えっと……恥ずかしいな。えー、まず、その幽霊に、あ……愛し合う人がいる事。それで、その人が生きている事。それから、その人が幽霊を見れる人である事。――で、いいんだよね?」
「合ってるな。けど、一個抜けてる」
「あれ、そう? なんだっけ……」
「オレがソイツと一緒に年を取りたいと思ってなきゃならないって事」
「あっ……そ、そっか。って、え? 『オレ』?」
「もしオマエがオレを見れたとしても、オレは多分、年取らねーんだと思う。一緒に年を取るどころか、オマエから離れようとして今ここに住んでるんだからな」
「……それって、さっきみんなといる時に話してた事?」
「そうだ。もしオレが家に残って、そんでもしオマエがオレの事に気付いたら、いろいろ面倒な事になると思ったんだよ。……結局、逃げた先で見つかったんだけどな」
「………………」
「でもな、勘違いすんなよ庄子。オマエが言った一つめの条件だけはキッチリ満たしてるつもりだからよ」
「一つめの……………兄ちゃん、それって自分で言うのが恥ずかしかったらあたしに言わせただけなんじゃないの?」
「ばれたか」
「な、なんでいちいち、怖くなるような前振りするんだよぉ~。あた、あたし……」
「おいおい、泣くなよ。じゃあどう言えば良かったってんだ?」
「……最後の一個だけ言えばいいじゃんよ! 恥ずかしいからって回りくどい言い方するからこんな事になんだよ考え無し!」
「えーと……」
「『愛しております庄子様』でもなんでもいいじゃんかよ! キモいから即ぶん殴ってやるけど!」
「庄子、愛してる」
「………うぅあーーーーーーーーっ!? なっななななんだよ本当に言うのかよ!? 何考えてんの気色悪い!」
「お、オマエが言えっつったんだろが! どしたほれ、殴るんじゃなかったのかよ!?」
「そんな気、全然起きないよ……鳥肌が……」
「ちっ。こっちが泣きたくなってくるっつの」
「……で、でも兄ちゃん。あたしも同じだからね」
「――そりゃあ良かった」


コメントを投稿