(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第三十七章 先人 三

2010-09-29 20:42:20 | 新転地はお化け屋敷
『で、わざわざ俺に連絡取らせてまでその話をするってことはアレか? 喜坂さんも髪が伸び始めたとかか?』
 なんと、そう来たか。いや、普通に考えたらそうなるのか。
「ま、まあ、実はね。ところで明くん、幽霊の髪が伸びる――というか幽霊が年を取り始める条件って、知ってたっけ?」
『えーと……幽霊が見える人と長い間一緒にいる、じゃなかったっけか。深道先輩と霧原先輩がそんなこと言ってたろ、確か』
 ふむ。そういう認識だったらば、「喜坂さんも髪が伸び始めたんじゃないか」と思うのも無理はないでしょう。実際はそれより少々ハードルが高いわけで、それを知っていたらな明くんもそうは言わなかった――。
 いや、ちょっと待った。僕と栞さんが付き合っていることはもちろん、その関係が良好だということだって明くんは知っているわけで、だったらむしろ本当の条件を知っていたほうが、「喜坂さんも以下略」と思いやすいんじゃないだろうか? 長い間一緒にいるという条件だと、僕と栞さん、まだまだ当て嵌まっているとは言い難いところがありますし。なんせ僕、ここへ引っ越してきたのはこの春なわけで。
 ちなみに、深道さんと霧原さんがどうして明くんに微妙に嘘をついたのかというと、照れてしまったからです。そりゃあ言い難いでしょう、愛し合っているから、なんてのは。僕の場合は周囲が初めからそれを知っていたから随分とマシでしたけど。
 しかし明くんが知らないというのは僕からしても同じなので、ならばここで「本当は愛し合ってなきゃいけないんだよ」なんて話をする気は全くありませんが。
『それだけじゃないような気もするけどな』
「え」
『いや先輩達、なんかあの話する時慌ててたしさ。霧原先輩と長い間一緒にいる幽霊が見える人っつったらそりゃやっぱ深道先輩だし、その二人の関係を考えたらなあ。誰でもいいってわけじゃないと思うのが普通じゃないか? 見える人』
「う、ううん……」
 そりゃそうなんだけど、その先輩二人が誤魔化したものを僕がばらしていものかと。そりゃ宜しくないでしょうよと。二人の関係とか言っちゃってる時点で正解みたいなものではあるにせよ。
『ああまあ、先輩達がああだったってんなら言い難いようなことなんだろうし、別にいいけどな。ここで無理に聞き出したら喜坂さんにも悪いかもしれんし』
「ありがとうね」
 栞さんがその話を嫌がると思っているわけではありませんが、しかしそうして気遣ってもらえたというのは、やはり嬉しいもので。
 と思ったら明くん、またも電話の向こうで笑いました。さっきほど大きい声ではありませんでしたが。
『お前がそんな感じだからってことはないのか? 喜坂さんが年取り始めたのって』
「えっ」
『いや、当たり外れは言わなくていいぞ。んじゃあな』
 不意を突かれて意識が真っ白になった僕の耳に、ぷつっという通話終了の合図が。
 携帯電話を畳み、そうしてようやく正常になった意識で言われたことの意味を検討してみますが、しかし「そんな感じ」というのはどんな感じなのでしょうか。その直前に僕がしたことと言えば、明くんにお礼を言ったというだけのことなのですが。
 うむむ、と独り悩んでいるところへ、今度はぴんぽーんと。
「あ、お疲れさまでした」
「いえいえ」
 というわけで、やってきたのは栞さん。雨の中の掃除ということで濡れてしまわないだろうかと心配していたところはあるのですが、しかしさすが、そんな状況にも慣れているということなのでしょう。雨が弱かったこともあってか、全く濡れている様子はありませんでした。
 いや、濡れたとしても自分の部屋で着替えればいいだけのことではあるんですけども。
 そしてそれはともかく、中へ上がって頂いて。
「丁度良かったというか何と言うか」
「何かあったの?」
「今の今まで明くんと電話してたんですけど、深道さん霧原さんに会わせてもらうように頼んだんです。それで、多分大丈夫だろうってことになってるんですけど、栞さんはどうします? 一緒に会いに行きます? 時間とかはまだ決まってないんですけど」
 もともとは大学で睡魔に襲われている時に考えたことで、そしてそこからこの部屋に戻ってくるまで忘れていた話。なので、栞さんには今初めて伝えることになるのです。多分に栞さんも関わっている話ではありましたが。
「それってもしかして、年を取り始めたことが絡んでって話?」
「はい」
 さすがに栞さんにとっては自分のことなので、即座に察してくれました。
「そっか。それだったら尚更、私も会っておきたいな」
「尚更、ですか」
「特に用事がなくたって会えるなら会いたいしさ」
「ですよね」
 というわけで伝えるべきことは伝え、決めるべきことは決まりました。あとは明くんから時刻についての連絡を待つのみなのですが、しかしそれは待つのみなので、やるべきことはやり終えたと言ってしまってもよいでしょう。
 ならば三限を飛ばした四限の時間まで、もう特にすることはありません。つまり、暇になったというわけです。
「何か、買い物の予定とかあります?」
「ん? 別にないけど、どうして?」
「いやあ、暇になったんで」
 暇になる度にわざわざこんなことを尋ねているわけではないのですが、しかしどうも雨音というのは、暇な時に聞くと暇さ加減を助長してくるというか。普段なら「暇なら暇で二人でぼーっとしとくのもいいだろう」なんて考えるであろうところ、それを却下するような台詞がついつい口から出てしまうのでした。
「買い物の予定があったとしても、雨降ってるしねえ」
「ああ、庭掃除以外だとやっぱり気にするんですね」
「あはは、そりゃ当然ね」
 栞さんのその返事はもちろん「雨は当然気にする」ということなのでしょうが、しかし栞さんなので、「庭掃除だと当然気にならない」という意味も含まれているような気も。当たり前ながら、そこは全く当然ではないわけですけど。
「それで、どうしようか。私は暇なら暇で全然構わないんだけど」
「僕もそんな感じではあるんですけどねえ」
 さすがは「普段ならぼーっとしとくのもいいだろうと考える」なんて考える僕と付き合っているだけあって、栞さんも全く同じ発想。
 気が合うというのはそりゃあ悪いことではなく、むしろ良い気分になるのですが、しかし「暇ですけどどうしましょう」という話題を振った側である以上、何かしらの案を出しておきたくもあります。
 けれども何もないから暇なのであって、そこで何かないだろうかと考えてみても、やっぱり何もないわけです。頭だけで考えても無理ならばと周囲を見渡してみてもやっぱりなにもなく、開きっ放しのふすまの向こう、私室の机の上に置いてある熊の置物とキリンの人形が、かろうじて目に留まった程度。しかしまさかあれで遊ぶというような発想に至るわけもなく、ならば収穫は特になしということで、さあどうしたものか――。
「あ、そうだ」
 思い付きました。
「何かあった?」
「お菓子作りましょう、お菓子」
 置物と人形の向こうにある、隙間だらけの本棚。居間からでは本のタイトルまでは読み取れませんが、しかしそこにある幾つかの書物が何であるかくらいは、読み取るまでもなく覚えています。そしてその中の一つには、お菓子のレシピも少しだけのっている料理の本が。
「こうくん、お昼食べたばっかりじゃ?」
 ごもっともな指摘をしてくる栞さんでしたが、しかしその目は明らかに、それまでよりも輝度を高まらせていました。
「そうですけど、何も満腹になるほど食べたわけじゃないですしね。何だったら栞さんの分だけ作るとかでもいいですけど」
 すると栞さん、首をぶんぶんと。
「食べるなら一緒がいいよ、やっぱり」
「ですよね」
 大多数の人はそう考えるでしょうし、そうでなくとも栞さんに料理を教えたのは「料理はそれを食べる時の団欒こそが肝要である」としている僕なわけで、ならばそういう反応にもなるのでしょう。もちろんそれで当然だなどと言うわけではなく、いま僕は非常に喜んでいるわけですけども。
「作るとしても、今の冷蔵庫の中身だけで作れるものに限られちゃうんですけどね」
 お菓子作りのための買い物ができていれば、それこそケーキなんか作っちゃったりできたんでしょうけど……いや、さすがにそれは時間が足りないだろうか? まあともかく、お菓子作りのための買い物をしたことがないというわけで、ならば作れるお菓子は随分と限られることでしょう。あまり詳しいわけではないですけど。
「わ、私としてもそのほうがいいかな。手の込んだものはちょっと、難しいだろうし」
 そこまで気を張るようなことでもないと思いますが、しかし普段の料理と違ってまず僕からして経験不足なので、ならばそんな僕を先生とする栞さんは、そうなっても仕方がないのかもしれません。――というふうに考えたらちょっと緊張してきてしまいましたが、できるだけ気にしないようにしておきましょう。普段の料理とそこまで勝手が違うというわけでもないでしょうし。
「まあまずは、何が作れるかを調べてからってことで」
 というわけで早速、料理の本を取りに私室へ移動。さてさてどうなることやら。

 もともとは料理の本ということであまり多くは乗っていないお菓子のレシピを、一通り調べてみた結果。
「クッキーにしましょうか」
「それなら私も大丈夫そうかな」
 ということに。定番も定番ですが、初回なんですからむしろそのほうがいいでしょう。
 さて、まずは材料の確認ですが。
「作ろうと思えば結構な量作れそうですね」
 特別に手を加えたりしない単なるクッキーなので、材料となるのは卵と小麦粉、あとバターと砂糖だけです。作り方を全く知らなくても、この四つなら見ただけで大体どうすればいいのか分かってしまうようなものですね。
 で、普段からよく使うような材料ばかりなので、在庫もそれなりにあるわけです。なので、僕と栞さんが満腹になるほど作ってしまえそうなのですが――。
「っていうのはつまり、沢山作ってみんなで一緒に食べようとか?」
「まあ、そんな感じです」
 でもなければ、こんなことは言いませんしね。材料の限り作らなきゃならないってわけじゃないんですから。
「うん、じゃあそうしよっか。私も賛成」
 ここではよくあることなので、栞さんがそう言ってくるのは分かっていることでもありました。まあ、二人だけで楽しむというのも中々に捨て難い選択肢ではありましたけど。
 さてさて、材料の確認を済ませて作る量も決めたところで、では早速調理に入りましょう。レシピを見た感じ、そこまで時間が掛かるようなものでもありませんけど。

「やってることは同じなんだろうけど、面白いね何となく。ああもちろん、いつもの料理が面白くないってわけじゃないんだけど」
 二人して全ての材料を混ぜ合わせた生地を練っていたところ、栞さんがそんなふうに仰いました。後半のフォローはなくても問題なかったような気がしますが、しかしなかったらなかったで気にしていたかもしれません。
 それはともかく。
「分からないでもないですけどね。遊び感覚っていうか、そんな感じで」
「そうそう、そんな感じ」
 どれくらい練り続ければいいのかよく分かりませんが、長かったとしてもあまり苦にはならなさそうです。自分も含めて随分と無邪気に楽しんでいるこの様子に小学校や中学校での調理実習を思い出したりもしましたが、しかしそれは栞さんのこともありますんで、胸の内でだけの話ということにしておきましょう。
「ただ、こういう作業を真面目にやってる人だっているわけですけど」
「例えば?」
「パン屋さんとか」
「ああ」
 もちろんいま捏ねている生地はぱんでなくクッキーのものなのですが、まあそれはいいとしてまして。
 パン屋さんといえば、思い浮かぶのはもちろん月見夫婦。僕はむしろ月見夫婦を思い浮かべてからパン屋という単語を閃いたわけですけど、栞さんはその順番だったでしょう。
 で、そのお二方を思い浮かべたのなら、出てくるのはこの話題。
「椛さん、どうなったかなあ。お腹の赤ちゃん」
「まだどうにかなるほどの時間は経ってませんよ」
「あはは、そうだよね」
 おめでたの報告ついでに椛さんと孝治さんがここを訪れたのが、確か先週の水曜日。つまりまだ一週間も経っていないわけで、さすがにたったそれだけでどうにかなるほど赤ちゃんの成長は速くはないでしょう。もちろん、気になるのは僕だって同じですけど。
「生まれる前の段階だから、年を取ってるっていう言い方は変なのかもしれないけど――」
 生地を練る手を止めず、そしてその生地を見詰めたまま、栞さんは言いました。口元を僅かに微笑ませながら。
「凄いよね。お腹の中で育てるって」
「椛さんがどういうふうに感じてるのかは想像もつきませんけどね。僕が男なせいかもしれませんけど」
「あはは、私だってよく分からないんだけどね」
 栞さんは笑いました。栞さんはもう子どもを身籠れる体ではありませんし、それは僕が知っている以上に栞さん自身が最もよく理解しているのでしょうが、しかしその笑顔は自然なものでした。
「あー……いや」
「ん? どうかした?」
「いま急に抱き付きたくなったんですけど、手がこれでした」
 栞さんへ広げて見せた両の手は、小麦粉で真っ白。手が触れないように気を付けつつ、というのもやろうとおもえばやれるのでしょうが、しかしそれはなんだか不格好ですしねえ。
「あれ? 何かそうされるようなことしたっけ、私」
「自覚がないのがまた」
「うう、そう言われてもなあ」
 理由も分からずに喜ばれているということで、むしろ不気味がっているらしい栞さんでした。まあそれもそうなのかもしれません。
「ところでこうくん」
「あ、はい」
「そろそろよかったりしない? この作業」
「そうですね、そういえば」
 纏まったというか何と言うか、ともかく材料それぞれがしっかりと混ざり合った状態にはなったようです。生地が手にくっ付きませんしね。
「楽しいんだけどね」
「なんですけどね」
 それはさっきも話していた通りなのですが、しかしこのまま続けていたら生地がカチコチになってしまいそうな気がしないでもありません。実際にそうなるまで捏ねるとなるとどれほど時間が掛かるのかは、分かりませんけど。
 さて、手順としてはこの練り終えた生地を「冷蔵庫で数時間寝かせる」とのことなのですが、さすがにそこまでの時間はちょっとありません。しかし加えて「時間がないなら省略可」とも書いてあるので、ならばそのようにさせていただきましょう。いい本だなあこれ。
「じゃあ、食べやすい大きさに切り分けましょう」
「こうくんの生地と私の生地を混ぜちゃってさ、伸ばしたあと切り分けないでこのまま焼いたらどうなるのかなあ」
「夢のある話ですが、実際は食べにくいだけでしょうねえ。火も通りにくくなるでしょうし」
「だよねー」
 要は、非常に大きな一枚のクッキーを作るという話。やってみたいと思わないわけではないですが、そんなことをしたら他のみんなと食べるのは非常に困難になります。栞さんと二人だけでならそういうおふざけも許されるんでしょうが――いや、それだっていざとなったら羞恥心を伴うような気がしますけど。
 というわけで僕の生地は僕の生地のまま、栞さんの生地は栞さんの生地のままで、それぞれ伸し棒を使ってぐいぐいと。
「これも面白いねえ」
「薄っぺらくし過ぎないようにしてくださいね。面白いですけど」
 と、いちいち心配するような必要ももうないんでしょうけどね正直なところ。料理で失敗するようなことももう殆どなくなってきてるわけですし。
 そんな栞さんなので、生地を伸ばす作業はもとより切り分けにもてこずるようなことはなく。
「じゃあ、あとはオーブンに掛けて待つだけです」
「簡単だったね。簡単だからクッキーにしたんだけど」
 一度で全部焼くのは見るからに無理だったので二度に分けることになりましたが、まあ最後の肯定であることには違いありません。混ぜて捏ねて伸ばして切って焼くだけなので、栞さんの意見に異論などありようもないでしょう。
 けれど何も、「簡単だから味はそれほどでも」というようなことがあるわけではないですし、「簡単だから作っていても楽しくない」というようなことがあるわけでもありません。まあまだ完成してはいない以上味は確認できないのですが、しかし楽しかったのは事実ですしね。楽しいのは良いことです、食事に対するそれと同じく。
「次があったら、その時はケーキでも作っちゃいます?」
「そ、それは――作ることより、食べることのほうに重点を置いちゃうかもしれない」
「それはそれでアリですよ」
 そんなことで声を低くしてしまう栞さんに笑ってしまいそうになりますが、しかしそれ以上にいじらしいというか何と言うか。まあともかく、堪えるまでもなく笑いは静まってしまいました。
「楽しけりゃいいんです、結局のところは」
「分かりやすいね、先生の教えは」
「難しいことを教えられるほど先生としての腕は宜しくないですからねえ」
 まあそもそも、難しいことなんて何も考えてないっていうのが本当のところではあるわけですけど。だってそりゃあ、料理はただの趣味なんですもん。
「ふふっ」
 身も蓋もないことを考えている料理の先生へ、栞さんは暖かい笑みを向けてくるのでした。そして、それ以上何かを言ってくるわけではありませんでした。

「できあがりましたねえ」
「できあがったねえ」
 香ばしく、そしてほんのりと甘いような香りを放つクッキー。時間も手間もそんなに掛かってはいませんが、しかしそれでも達成感を得られるような良い匂いなのでした。
「じゃあ、みんなに声掛けてくるよ。こうくんはお皿に並べててもらっていい?」
「了解しました」
 普通の食事ならともかくクッキー程度なら、みんな来てもらわずともこちらから持っていくこともできなくはありません。しかしまあ、外は雨だということで。
 呼べば来てもらえると分かり切っているからできることではあるんでしょうけどね。
「あ、そうそう」
 サンダルを履き、玄関のドアも開けて部屋を出る間際、栞さんが立ち止りました。
「ケーキ、楽しみにしてるね」
 次があったら、なんて言いましたが、これは近いうちを予定しておいた方がいいのかもしれません。楽しみにしてもらえるならどんと来いですけど。
「あ、栞さん」
「ん?」
「次は二人分だけで――ああ、やっぱりいいです」
「あはは、もう言っちゃってるよそれ」
 うう、くそう。踏み止まるなら口を開く前にしろってんだ僕。
「そうだね、次はそうしよっか」
 嬉しいですし、そう言ってもらえると分かっていた言葉ではありますが、だからこそこの状況だと恥ずかしいというか。けれども口に出して言った以上は、近いうちに必ず。そして今は、お客さんを迎える体制を整えるべきでしょう。心情的にも、クッキー的にも。
 ケーキ……何か、祝い事っぽいですけどねえ。ありますかね、祝うような何か。栞さんが年を取り始めたこととか?

「いらっしゃいませ」
「うむ、お邪魔するぞ」
 成美さんを先頭に、202号室と102号室の皆さんがご到着。結構な人数にはなりますが、しかしそのうちクッキーを食べるのは僕を含めて四名だけ、ということになります。食事関連で集まった時にはよくあることですね。
 で、そのクッキーを食べるわけではないお客さま方ですが。
「お招きいただいてありがとうございます、孝一さん。ジョンさんとお出掛けできなくて、もう暇で暇で」
「私としては良かったですけどね。おかげでお二人が部屋にいてくれましたし」
「ワウ」
 ジョンがマンデーさんとナタリーさんのどちらの意見だったかは気になるところですが、しかしともかく今日の雨について、マンデーさんとナタリーさんはまるで逆の感想を持っているようでした。
 ジョンとのデートが潰れてマンデーさんが残念がるのはもちろんですが、そうなったら逆にナタリーさんは一人で暇をせずにすむわけですしね。清さんもいないことですし。
「ジョンが一緒なのは変わらねえんだから暇ってこたねーだろ、マンデー」
「そこは言葉のあやですわよ、大吾さん。――そう仰るということは、大吾さんご自身は暇ではなかったんですわよね?」
「どういう意味だよ」
「分かってらっしゃるでしょうに」
 言いながらマンデーさんが大吾から視線を逸らし、大吾もその視線を追います。その先には、「いい匂いだな」なんて言いながら物珍しそうにクッキーを覗き込んでいる成美さんが。
 そりゃまあマンデーさんに対するジョンの話だったんですから、それを大吾に置き換えればそういうことになるのでしょう。
「……暇だけど暇じゃなかったってとこだな」
「うふふ」
 敗北宣言にも近い大吾の言い分に、マンデーさんが笑います。そうでなくともちょくちょく耳にしますもんね、「幽霊は基本的に暇だ」って話。
「でもこれだけ集まったら、それはもう暇ってことにはならないですよね? ただ集まるだけだとしても」
 と、勝ちだの負けだのの外側から言ってくるのはナタリーさん。
「そうですわね」
「そりゃそうだけどな」
 マンデーさんはすんなりと、大吾はちょっと歯に残るものがあるような感じで、しかしどうあれ頷かないわけにはいかず。勝ち負けの外側からの意見が一番強いというのは皮肉な話ですが、しかし得てしてそういうものなのでしょう。
 ――では、そういうことで。
「どうぞ召し上がれ」
 僕自身も食べるんですけどね。
「これはこのまま、手に取って食べるものか? 箸はいいのか?」
「手でいいよ。ほれ」
 どうやらクッキーを食べるのは初めてらしい成美さん。そんな彼女へ大吾、おもむろにそのクッキーを一枚摘んで差し出します。ならば成美さんは、躊躇うこともなくその差し出されたクッキーを食べるわけですが。
「いや、直接食うのかよ。手に取ってって話なのに」
「む? はふぃふぁふぁひはったふぁ?」
「なんて?」
 というわけで成美さん、一枚目のクッキーは急いで飲み込むことになりました。味わってもらいたかったというのが本音なんですけどねえ、初めてのクッキーということも相まって。
「……何か間違ったか? 今」
「手渡そうと思っただけだったんだよ。いや、別にいいんだけどな」
 そう言い捨て、自分もクッキーを口に放り込む大吾でした。そりゃまあ、悪くはないよね。
 ところで、こんなことは少し前にもあったような気がします。あの時は確か、差し出す側が成美さんで差し出された側の大吾が慌てていた、と記憶していますが、今回の大吾はそこまで面食らったという様子でもありません。成長した、ということなんでしょう。する必要があるのかどうかよく分からない成長ですけど。
「お口には合いましたかね、成美さん」
「うむ、いつものようにこれも美味いぞ日向」
「ありがとうございます」
「ははは、食べさせて貰っている側が礼を言われるというのも可笑しな話だがな」
 招待した側された側と考えれば、まあそうなんでしょうけどね。
「でもこれ、喜坂も一緒に作ったんだよな?」
「えっ? あっ、うん、そうだけど」
「じゃあ孝一一人の手柄ってわけでもねえよな」
「えーと、そ、そうなる、のかな」
「……なんでそんなガチガチになんだよ」
「うう……」
 明言されたというわけではないにしろ、褒められたも同然なことを大吾から言われた栞さん。どうやら、褒められることに慣れられていないようでした。うーん、味噌汁については僕からもよく褒めてるんだけどなあ。


コメントを投稿