(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十七章 前へ前へ 七

2009-07-19 21:03:25 | 新転地はお化け屋敷
「勘違いされないように言っとくけど、智子さんを今でも好きだってのは、私は別にいいと思ってる。むしろ光栄だね。『それ』以降、女避け――いっそ人避け? のために女言葉になっちゃって、それでも私のこと、好きになってくれたんだから」
「それは――ええ、それだけは、はっきり言えるわ。あたしは愛香さんが好きよ」
「私と智子さん、どっちのほうが好きって訊いたら、どう答える?」
「……どっちも、同じだけ。どっちが上か下かなんて、あり得ないわ」
「そう、それで良し。それ以外の答えだったら蹴り入れてたね」
「愛香さんのほうが好きだって言ってても?」
「あったり前でしょうが。と言うか、それが最悪だよ。墓参り欠かしてないくせに、建前でそんなこと言われてもって話だし。私はもちろん、それ以上に智子さんへの侮辱だよね、そんなの」
「そうね。そうなるわよね」
「ふん。……まったく、どんだけお人好しなのさ一貴は。あんたこそ、よく私なんかを好きになれたもんだよね。こんだけ好き勝手言っちゃうような女のこと」
「好き勝手言ってくれるからよ。じゃないと、怖くて一緒にいられない。今みたいな状況で何も言われなかったら……臆病者だから、あたし」
「じゃあ女言葉は、そのためのふるいだったりもするわけ?」
「そうね。そういう面もあったのかもしれない。好き勝手言う人は、言わずにいられないでしょ? こんなの見たら」
「で、私は言ったと。『あんた気色悪いねー』って」
「ええ。笑顔で言う割にはストレート過ぎて、傷付くよりも前に笑っちゃったわ」
「人避けのための女言葉なのに、寄ってくる人を自分から避けようとはしないんだもんね。……良かった、避けられなくて」
「良かったわ、気色悪くて」

『ごちそうさま』のあと。待ちに待ったとまでは言いませんが、いつも通り栞さんと二人だけの時間です。なんだかんだで本日はあまり、この機会がなかったですからねえ。
「いやあ、良かった良かった。高次さんにも好評で」
「豆腐の肉乗せに限らず、大体なんでも好評だと思うけどねー」
 数時間前にフライデーさんが話し、数十分前に家守さんに掘り返された、寄り添っての昼寝という話題。まさかこれまで常に意識していたわけではなく、しかもとっくに昼寝の時間でなはく就寝の時間ですが、でもやっぱり状況がこうなると、頭をちらちらと掠めてしまうわけです。
 この時間の僕と栞さんは大体、テーブルを挟んで向かい合っているか、テレビを前にして二人で肩を寄せ合っているか、という二つのパターンのどちらかで過ごしています。昼寝がどうだという、やや不埒な願望が脳内に見え隠れしている今の状況では、当然ながら望むべきは後者のパターン。なのですが、現在選択されているのは前者のパターンだったりします。むう、こういう時に限って。
「でもやっぱり、自分の好きな食べ物だもんね。しかも自分の手作りだし――まあ、栞と楓さんが作ったのも混ざってるけど、嬉しいだろうね」
「嬉しいですねえ。単に美味しいって言ってもらえるだけでも嬉しいんですから、そりゃもう」
 それは嘘偽りなく本心なのですが、しかしそこへ熱が入りません。なんせ昼寝のことがずっと頭をちらついているわけで、どうにかして自然に栞さんの隣へ行けないものかと、そのことばっかり考えてしまうのです。とてつもなく格好悪い話ですが。
 もちろん自然も不自然もなくおもむろに栞さんの隣へ移動したところで、避けられたりはしないでしょう。ですがどうも、意識してそれを実行するというのは辛い。
「だから栞も、『料理が上手』でも何でも、孝一くんが褒められると嬉しいかな。食べ物じゃないけど、自分の好きな人だし」
 テーブルの向こうで、にこにこと微笑む栞さん。
 ……罪悪感すら感じてしまうのは、何なんでしょうね?

「なんか、ちょいと罪悪感がないわけじゃないね」
「あら、どうして?」
「いやあ、車の中であんな話したでしょ? 手を合わせるつもりはないとか。だってのにさ、そうするために来たこの旅館、すっげえいいとこだし。食事は上等、風呂は広い、布団はふかふか」
「しかもお値段リーズナブル」
「ね、本当に。こんないい気分になっちゃっていいんだろうか、私」
「らしくないこと言ってると、悪戯しちゃうわよ?」
「――な、なんでそうなるのさ?」
「滅多に見られないもの、浴衣姿の愛香さんなんて」
「そんな理由っすか」
「うふふ、冗談よ。いえ、魅力的なのはホントだけど。……まあでも、お互い様ね。急に弱気になるって、ここに着く直前のあたしもそうだったし」
「なんでだろね? 遠出だから? それともやっぱり、目的地のことがあって?」
「分からないわねえ。でも、たまにはいいんじゃない? こういうのも」
「かもね。いい感じに気が楽だわ。なんかもう、全身酢漬けでフニャフニャにされてる感じ。タコだねタコ」
「酢漬けのタコねえ、美味しそう」
「食べてみるかい?――なんてのは、今回の事情が事情だし、言わないけどね」
「ふふ。……ねえ、愛香さん。変な質問するけど、いい?」
「ん?」
「幽霊って、信じる?」

 暫く時間が過ぎてみても、状況に変化は見られません。変わって欲しいとしている僕自身が何の手も打っていないので、当たり前ではあるのですが。
「孝一くん、そわそわしてない? なんとなく」
 結構な時間を掛けて積もりに積もった願望やら焦燥感やらは、表に出そうとしていなくても、ある程度は染み出してしまうのでしょう。テーブルの向こう側の栞さんは、不意にそんなことを言ってきました。
 チャンスではあるのでしょう。そわそわしているのを認め、同時にどうしてそわそわしているのかも明かしてしまえば、まず間違いなく自体はいい方向へ進むはずです。
 なのですが、あちらから尋ねられて初めて答えるというのは、自分から言い出すよりも恥ずかしいような気がします。馬鹿馬鹿しい話だというのは自分でも充分に理解してはいますが、しかしそういう気がしてしまうのは、どうしようもありません。
 などと、栞さんの質問に口を噤んでしまっていると。
「どーしたのかなー」
 ――という上機嫌な声とともに、栞さんがこちらへ近寄ってきました。
 四つん這いで、テーブルをすり抜けて。
 びっくりしました。ほんのちょっと気をとられた、という程度ですが。
「いえ、あの……」
 四つんばいのまま、しかも腰の辺りがまだテーブルと重なっているとは言え、目の前にいる栞さん。手を伸ばすまでもなく触れられる距離ではありますが、それでもなお、正直になるのは躊躇われます。
「んー?」
 すると栞さん、家守さんみたいな意地悪い笑顔になったかと思うと、こちらへ更に接近。そしてくるりと体を反転させ、僕に背中を向けたかと思うと、そのまま膝の上に座ってしまわれました。
「差し障りなければ、聞かせて欲しいなあ」
「えーと、つまり……」
 もしかしたら、様子がおかしかったことで心配させてしまったんだろうか? こんな流れだし、そう深刻なものではないと判断されはしたんだろうけど。そして実際、深刻どころか下世話でしかないことに起因することなんだけど。
 抱き締める、とまではいかない。足の上にぽんと乗せるだけのような軽さで、栞さんの腰に腕を回す。
「つまり、こういう感じになりたかったってだけです」
「そっか」
 それまでしていた正座を崩す。重いというわけではありませんが、さすがにそのままだと足が痛いのです。
 すると栞さん、腰に回されお腹の前で重ねられている僕の手へ、更に自分の手を重ねて――しかしそこから何をするでも、また何を言うでもありません。
 僕も、それに倣うことにしました。

「変なことって言うから、本気でやらしいこと訊かれるのかと思ったら……信じるわけないよね、そんなの。本当だったら面白いなーとは思うけど」
「そう。じゃあもう一つ、ポルターガイストって知ってる?」
「ん? なんかこう、誰もいないのに皿とか勝手にビュンビュン飛び回るやつ? そんくらいしか分かんないけど」
「あたしも同じくらいしか知らないわ。それでさ、ポルターガイストって、幽霊が起こしてるって言われてるでしょ?」
「まあ、そんな感じなのかな」
「幽霊が本当にいるとして、じゃあなんでそんなことするんだと思う?」
「いるとして、ってことなら……うーん、嫌がらせなんじゃないの? 普通に考えたら」
「そんなところかしらね」
「何さ一貴、墓参りしに来て幽霊の話とか、何か含むところありそうな感じだけど」
「あるにはあるわね」
「あるにはあるのかよ」
「うふふ、ええ。それで愛香さん、ポルターガイストだけど、こうは考えられない?『誰もいないのに』ってことは、幽霊は目に見えない。じゃあもしかして、嫌がらせよりも前に、単に自分がここにいるって気付いて欲しいだけなんだって」
「……まあ、分からないでもないかな。もうちょい穏やかな方法考えろよって言いたくなるけど」
「うふふ、確かにね。――でも、あたしの周りでは、そんなことは起こってないわ」
「当たり前でしょ。実際に起こってたら怖過ぎるって」
「となると、あたしに存在を気付いてほしいような幽霊さんは、あたしの周りにはいないってことになるわ」
「そりゃそうだけど、そもそも幽霊なんてものが初めからいないわけで。……ところでそれ、もしかして、智子さんのこと言ってる?」
「言ってるってほど直接的じゃあないけどね。でも、『含むところがあるにはある』って程度には。――だから、幽霊がいようがいまいが、少なくともあの子はもう、あたしの周りにはいないってことになるわね。ポルターガイスト的なことは何も起こってないわけだし」
「仮定に仮定を重ねるって、すごい論理だけどね。でもまあ一応は、そういうことになるか」

 テーブルをすり抜けてこちらへ来、膝の上に座ってきた栞さん。たまにこうして幽霊らしいところを見ることになるけど、でもその身体は温かいし、重なる手は柔らかいし、栗色の髪は良い匂いだし。
 だからこそついさっきまで一人で悶々としていたわけで、そしてその願望が叶った今――まあその、すっごい気持ちいいです。じっとしてるだけなのに。
「栞さん」
 この体勢になってからこれまで、お互い口を閉じたまま。そこで名前を呼ぶ僕は、だけど何かを言おうとしたわけじゃなくて、単に名前を呼んだだけ。どうしてかと言うと、口を閉じたままじっとしていたので、栞さんが眠っているように思われたからです。
 しかし、どうも返事がない。
「栞さん?」
 声だけでなく、ちょっとだけ揺すってみたりも。だけどそれでも反応はなく、気にしてみれば呼吸もやや大きく、つまりはどうやら、本当に眠ってしまっているようです。なんと器用な。
 ……うーむ、これからどうしたものか。

「……愛香さん、よくそんな平然と返せるわね? あたし、気が触れたんじゃないかってくらい、とんでもないこと口走っちゃってるわよ?」
「何年も前のことって言っても、好きな人が死んじゃったんだもんよ。ちょっとくらい変なこと考えたって、それが平静を保つためなら別にいいじゃんか。そういう内々の話を聞いてあげられるのって家族か私くらいだろうし、智子さんのことを家族の人に話してないんだったら、じゃあもう私しか聞いてあげられないんだしさ」
「――ありがとう、愛香さん」
「ふんっ、それくらいの甲斐性もなくてオカマと付き合えるかっつの」
「そういうものなの?」
「そういうものなの。それに――お互いのことをもっと知り合って、いろんな調整終えて、安定したカップルになるまで、まだまだ前進し続けなきゃなんないんだからさ。だから一貴が後ろ向いてる時は、私が前向いて引っ張らなきゃならんのだよ。二人揃って後ろ向いたら、前進どころか後退しちゃうしね」
「ごめんなさい、おかげで亀の歩みよね。今日プレゼントした亀じゃあないけど」
「なあに、兎みたいにダレて寝てしまうよりはマシってもんさ。逆に私が後ろ向いた時、ちゃんと一貴が引っ張るんだぞ?」
「ええ、もちろん」
「うし、じゃあまた二人で前を向けたところで、智子さんがどんな人だったか訊いてみようか。――それとも、まだこういう話はキツい?」
「いいえ。もう大丈夫よ」

 時間帯が時間帯ということで、本格的に寝入ってしまっているんでしょう。暫く膝の上に座られている姿勢を維持していたのですが、そろりそろりとその体を床に横たえてみたところ、まるで目を覚ますことなく眠り続ける栞さんなのでした。
 僕としては足の耐久力の限界まで膝に座られている姿勢を保ちたかったところではありますが、それはいくらなんでも寝苦しいでしょうし。いえまあ、その姿勢で寝入ってしまったんだから、それなりに気持ち良い部分もそりゃああったんでしょうけど。
「……で、どうしよう」
 これだけ熟睡してしまっているのを無理に起こして203号室へ追い立てるというのも、なかなか決断し辛い方法だったりします。中途半端なところで起こされた時の気だるさったら、凄まじいものがありますしね。
 とは言えこのまま放置というのはもちろん却下ですし、ならば僕が成すべきことは、一つしかないようなものです。
「一昨日使ったばっかりだけど、まあ問題はないか。ないよね」
 返事をする人はいません。なのでその言葉は、自分に言い聞かせたものなのでした。
 居間から私室へと移り、更にその奥の押入れへ。ふすまを開け放ちその中に二組ある布団のうち、取り出すのは使用頻度が低いほう。つまり、お客様用です。一昨日、風邪をひいたままここへやってきた清明くんを寝かせるのに使ったものですね。
 さっそくそれを床に敷き、ついでに自分用の布団もその隣に(一応、密着はさせないでおいて)敷き、準備は完了。あとは栞さんをここまで運んでくるだけです。
 でも、その途中でさすがにちょっとくらい、目を覚ましてしまうんだろうなあ。
 ――覚ましませんでしたが。
 ちょっぴり残念。
 寝相を直すわけでもなく、こちらが横たえたそのままの形ですやすやと寝息を立てている栞さん。寝相という取るに足らない部分一つであっても、自分の思い通りになるというのには、邪な考えが浮かばないではないです。
 しかし栞さんは眠っているわけで、あちらが気付かない間にどうのこうのというのには、具体的なことを考える前から気分が良くありません。……つまりは、よっぽどなことを考えようとしていたってことなんでしょうけど。
 さて。では、これについてはここまで。栞さんがこのまま明日の朝まで寝続けるのも、今すぐ目を覚まして自分の部屋に戻るのも、全て栞さん次第。僕は一切関与しません。というわけで。
「風呂に入って、僕も寝よう」
 わざわざ口に出してみます。当然、栞さんは何の返事もしませんが、それはそれでいいでしょう。僕にとって栞さんの無防備な寝顔というものは、いやらしい思惑とはまた別な部分でも、微笑ましいものなのです。
 しかし考えてみれば、無防備な寝顔に限らず、栞さんそのものが僕にとっては微笑ましい存在であるような――いえ、これはさすがに、たとえ独り言にでも口には出せませんけど。

「うーん、なんつーかあれだね、聞けば聞くほど似ても似付かないね。智子さんと私」
「あらそう? あたしは、そうでもないと思ってるんだけど」
「だって、これまでの話を纏めたらつまり、『とにかく明るくて元気いっぱい』なんでしょ?」
「ええ。よく男みたいに豪快に笑ってたわ、腰に手を当ててガッハッハって。細かいことも細かくないことも全く気にしないような人ね。加えて誰とでも仲良くなる性格――いえ、誰とでも仲良くなろうとする性格、かしらね? 正直、返す笑顔が引きつってる人も、いたにはいたから」
「相手の笑顔が引きつってるってのは私にも覚えがあるけど――あり過ぎるくらいだけどね。でも私って、細かくないことですら全く気にしないどころか、細かいことですら結構グチグチ言ってるほうだと思うんだけど。だから相手の笑顔が引きつるんだし」
「引きつってるって分かってても我を通すってところは、似てるわよね?」
「似てる……うーん、自分の性格上、そうならざるを得なかったってだけなんだけど……」
「その『そうならざるを得なかった』を通せるところが大好きなのよ、あたしは。愛香さんのことも、とものことも」
「悪い気はしないけどね、そう言ってもらえるなら。しかしまあ、自分ではあんまり長所とは言えない部分かなあ。人付き合いには不利だしね、ぶっちゃけ」
「でも、それだって結局は人それぞれでしょう? 中にはあたしみたいな物好きもいるんだし。それに、それが少数派か多数派かなんていうのは、あたしと愛香さんの間だけの話だったら一切関係ないんだもの」
「まあ、そりゃそうだ。私なんて、オカマっていう少数派に惚れたっていう少数派なんだし。少数派相手のそのまた少数派だよ。――智子さんと付き合ってるときは、まだオカマじゃなかったんだよね?」
「ええ。でももしそうだったとして、ともだったら――『んなことどーでもいいじゃん』って笑い飛ばすでしょうけどね」
「ポジティブだねえ」
「あら。愛香さんだって『んなことどーでもいいじゃん』でしょ?」
「……そうだけど、智子さんほど前向きな意味じゃないさ。そこに続けて『むしろオカマと付き合ってるこっちのほうが大変だ』って言うだろうし」
「ついさっき『後ろ向きでもいい』って言ってくれたのは、愛香さんだけどね――つまり、それだけなのよ。前向きか後ろ向きかが違うだけ。真逆だからこそ近いっていうか……表裏一体ってやつね、正に」
「だけって言えるほど小さなことかね、それ」
「どっちを向いてても進む方向は前なんだもの。一緒に進むあたしからすれば、小さなことよ。外から見ている人達からすれば、大きなことなんでしょうけどね」
「――くそう、元はと言えば私がした話なのに、私より達観してやがる」
「オカマの適応力を甘く見ないことね。愛香さんに引っ張られるためなら、達観の一つや二つ、いくらでも」
「引っ張るためじゃなくて引っ張られるためかよ」
「ええ。だから我を通せるような強い人が好きなのよ、あたし。グイグイ引っ張ってくれるからね」
「こっちが引っ張って欲しい時だって、あるにはあるよ?」
「その時はしっかり引っ張るわよ。そのあと引っ張ってもらうためにね」
「丸め込むねえ。まあ、その柔らかさが心地良いんだけどね、こっちも。全力で体当たりしちゃっても痛くない壁っていうか――こんにゃく? 餅? みたいな」
「愛香さん、お腹空いてるの?」
「いやいや、いい例えが浮かばなかったってだけでね。……じゃあ、智子さんも同じだったのかな。一貴のそういうところがさ、好きだったのかな」
「恥ずかしがり屋さんだったから、そういう話はあまりできなかったわ。うふふ、普段は騒がしい人だったんだけどね」
「……そうなんだ」
「でも、そういうことだったら嬉しいわね」
「うん。私も、何となくだけど、そうだったらいいなって思うよ。会ったことすらないわけだから、一貴のそれとはまた違う感覚なんだろうけど」

 風呂に入ってさっぱりしてから戻ってきても、やっぱり栞さんは眠ったまま。ここまでくればもう、ほぼ確実に明日の朝までお目覚めはなしなのでしょう。
 とはいえ、栞さんからすれば恐らくは「気が付いたら眠っていた」という状況なんだろうし、となると明日の朝、目覚めてから暫くは困惑することになるんでしょう。
 明日は土曜日、つまり休日なので、そういった展開を時間に急かされることなく満喫できるであろうことは、今から楽しみなのでした。
「おやすみなさい、栞さん」
 一応ながら就寝の挨拶をしておき、電気を消して布団の中へ。
 ――しかし、明日の朝。栞さんより先に起きているか後に起きるかで、困惑する栞さんの反応はかなり違ってくるんだろう。となると僕は、先か後か、どちらにすべきだろうか? もちろん目覚ましを掛けてしまえば栞さんも一緒に目をさましてしまうだろうからそういうわけにもいかず、なら、先に起きようとしたところで確実に先に起きられるわけでもないけど。で、そういう事情は置いといて、僕自身は先に起きたいか後に起きたいかだけど……うーん、やっぱり先だろうか? 困らせたいというわけではないけど、そっちのほうが栞さんは慌てるだろうし。それに、目が覚めた時にまだ隣で栞さんが眠っているというのは、気分が良さそうな気がするし――と、ここまで来たらもうみっともない領域なんですけどね。
 ……いやまあ、初っ端から充分みっともないんですけど。
 ではそろそろ眠ろうかと目を閉じ、暫くして栞さんがカチューシャを着けたままだということに気付き、暗い中での手探りでそれを外して枕元に安置し、やっぱり電気を付けてカチューシャ非装着の栞さんを一目し、再度電気を消してから、今度こそ。
 さあ寝よう。

「愛香さん、起きてる?」
「ん? 起きてるけど。どした、寝付けない? 電気付ける?」
「いえ、このままでいいわ。ちょっと訊きたいことがあるだけだから」
「うん?」
「さっきの話だけどね、ともと愛香さんが似てるって言ったけど……愛香さんからしたら良い気分になる話じゃなかったかな、って」
「え、なんで? 私は嬉しかったけど」
「ああ、それならいいんだけど……その、何て言うかしら。『愛香さんの中にともを見てる』って言うか」
「ふむ。でも、そうじゃないでしょ? 私はこれまで全然そんなふうに思わなかったし、思わされるような素振りもなかったし。智子さんのことを知らなかったにしても、もしそうだったら違和感ぐらいあったと思うんだけど」
「もちろん、あたしもそんなつもりはないわ。ないけど――でも、やっぱり、愛香さんとともは似てるのよ。似てるその部分が好きなの。だから自分でも意識しないところでそうなんじゃないかって、ここに来て不安になっちゃって……」
「なーにを馬鹿な。人それぞれ好みってもんがあるんだから、惚れる相手に共通点があったって不思議なことじゃないだろうに。そんなこと言うなら私だって一貴よりも前に付き合ってた男はそりゃいるけどさ、一貴との共通点なんか、挙げようと思えば結構挙げられるよ?」
「…………」
「完全にバラバラになんかなるわけないじゃん、惚れる基準が自分の趣味嗜好だけなんだから。それとも一貴、適当に女の子選んでるとか?」
「まさか。……そうよね、まさかよね。あるわけないわよね、そんなこと」
「そうそう。似てる女に惚れたことを後ろめたく思うくらいだったら、似てる女と出会えたことを喜びなさいって。どうせその似てる点以外は似ても似つかないんだしさ」
「ええ。でも、似てない部分も大好きよ、愛香さん」
「たりめーよ。お互い様だ、そんなもん。前の男はオカマじゃなかったし」
「うふふ」
「くっくっく。――うし、じゃあ寝るかね。改めておやすみ、一貴」
「おやすみなさい、愛香さん」

 ――なあ、とも。お前とはあんな形で終わってしまったけど……いや、気持ちのうえでなら、まだ終わったとは言えないのかもしれないけど。
 ――俺はさ、今の俺は、この人が好きだ。ともと似てるところがあって、でもそれ以外は対照的なこの人が、ともに対してそうだったのと同じに大好きだ。
 ――だから俺、この人と一緒に生きていくよ。


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