(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第八章 再会 十

2007-11-17 21:04:29 | 新転地はお化け屋敷
 などと少々の振り回された感に脱力していると、
「む? もしや……」
 チューズデーさんが背筋と尻尾をピンと伸ばし、独り言のように小さく呟いた。そして何を思ったか、噴水の縁から飛び降り、さっきのクロのようにあちらの三人のほうへ近付く。
 果たしてそのチューズデーさんの行動は、正解だったのでした。
「あ、あれ? また……来てる?」
 おで子さんのセンサーが、再び反応。その位置は、彼女からすれば何もいない筈である自身の足元であるらしい。彼女の視線はチューズデーさんその人、もといその猫が鎮座している一点へと向けられていた。
 ああ、そういう事だったんですか。
「おいおい、何を―――むぅ、その反応だけがこっちに来たって事かの?」
「猫はまだ……そこで丸くなってますしねぇ……?」
 困惑する三人を尻目に、チューズデーさん悠々と帰還。すると予想通り、「あ、戻った」とおで子さん。
 大学で一つ、今は二つ。それはつまり、幽霊さんの数だったわけですね。大学で会った時は、すぐ隣に栞さんがいましたし。
 ―――でもなあ。分かったところで、「『何か』の正体は幽霊です」なんて言っても信じてはもらえないだろうし……どうしたもんだろうか?
「すいません、ちょっとここで待っててもらえますか?」
『ん?』


 ちょいと小用で退場。
 ………という事にしておいて、茂みの裏で作戦会議開会。
「どうしましょうかね? 本当の事を真面目に伝えても、馬鹿を見るだけのような臭いがプンプンなんですけど」
 全体に向けて問うてみる僕に、
「ふーむ。わたし達の事を伝えるとするならば、あの三人の内、誰か一人でもわたしと栞君の姿が見えていれば話は速いのだがね」
 チューズデーさんは具体的に話を進めてくれ、
「え? え? 何が? どういう事?」
 栞さんはそんなチューズデーさんと僕に向けて顔を行ったり来たりさせ、
「ンニャア?」
 クロはチューズデーさんを見詰めて首を傾げる。
 うーむ。会議より前に、まずは議題の説明から入る必要がありますかねこりゃ。
「あのですね、栞さん。さっきのチューズデーさんのあれで分かったんですけど―――」
「あー、クロ君。実はあの横縞の服を着た女性はだね―――」


「う~ん、訳が分からないわ理解不能だわ。そりゃあ普段は誰もいない所で反応がある事のほうが多いんだけどさ、なんであの人に二つだと思ったらあの白猫と一つずつだったり、そう思ったら今度は猫と離れて反応だけがこっちに来たりするわけ? なんかもう意味不明すぎて気味悪くなってきたわ鳥肌立ってきたわ」
「しかしあの男、一瞬何か閃いたような顔をした気がするんじゃが。何か分かったんじゃろかの?」
「あの猫……お利口さんですね……。リードが付けられてる訳でもないのに……真っ直ぐあの人について行って……」
「ちょっと静音、関心を持つ箇所が違うでしょ間違ってるでしょ? あたしがこんなに肌ブツブツにしてるのに」
「あ……あはは、そうですね……」
「じゃがまあ、確かにそうじゃのお。自分の飼い猫ならいざ知らず、知り合いの猫じゃと言っとったし。―――お、そうじゃ。こっちの利口でない奴は、そろそろ痺れを切らしとるんじゃないかの?」
「ああ、すっかり忘れてた。ま、そうなったらあっちから何かしてくるでしょうし、引き続き放っとくわ」
「自業自得とは言え、不憫な扱いじゃの」
「ですね……」


「へ~! そういう事ってあるんだねぇ!」
「ニャア!」
 それぞれの説明にそれぞれ納得してくれたようで、それぞれ声と鳴き声を興奮気味に大にする。クロはともかくとして、幽霊である栞さんにとっても「幽霊を感知する人」というのは珍しい事例だったらしい。
 すると栞さん、続けて「あっ」と小さく声を上げ、人差し指を天に向かってぴんと伸ばす。
 と言っても上空に何かを発見した訳ではなく、
「もしかしてそれってさ、楓さんが生きてる人と幽霊を見分けるのと同じ特技なんじゃないかなあ? 幽霊を感じれるって事はさ、もし栞達が見えたとして、栞とチューズデーが幽霊かどうか見分けられるって事でしょ?」
 特技、と言うと、ちょいとグレードダウン感が漂ってきますが……なるほど、それはそうなのかもしれない。
 通説とは違って透けてる訳でもなし、足が無い訳でもなし、影が無い訳でもなし、頭上に輪っかがある訳でもなし、宙を浮いてる訳でもなし。(例外・フライデーさん)そんな傍目には一般の人達、またはそれ以外の動物達となんら変わらない外見を有する(例外・サタデー)幽霊さん達を幽霊だと見分けられる家守さんは、やっぱり視覚情報以外のところでそう判断してるんだろうし。
「ほう、なるほど。有り得るね」
 しゃがんでいるとは言え、それでも自分よりはるかに高い栞さんを見上げていたチューズデーさんは、納得したと言うよりはむしろ感心したふうにそう言った。すると今度はその顔がこちらに向き、
「しかしそうだとすると実にもったいない。あとは君のようにわたし達の事が見えてくれれば、あの女性も霊能者になれたかもしれないのに。………あの女性は大学で孝一君とすれ違ったと言っていたが、つまり同じ学校に通っているという事かね?」
「まあ、そうなんでしょうね。朝からよその大学に来る人ってのもあんまりいないでしょうし」
 そもそも講義受けてたし。
「ではこれを機にあの女性と親睦を深めてだね、二人一組で霊能者を目指すというのはどうかね? 『霊能者は数が少ないから儲けは大きい』と、以前楓君から聞いた事があるのだがね」
 急に何かと思えば、チューズデーさんにしては随分突拍子も無い話ですね?
 と思ったら、
「そそそ、そんなの駄目だよ~!」
 栞さんが突然取り乱し、何やら子どものように手を上下にばたつかせた。しかも発言者はチューズデーさんなのに、ブンブンと空を切るその両手は僕に向けられて。
「ど、どうしたんですか?」
「ニャ?」
「だってそんな、親睦を深めるって―――それに一緒になってお仕事するなんて、それって絶対に友達以上だよ!? 男の人とだったらまだいいけど……」
 ―――嬉しいような、愛らしいような、気が抜けるような。まあ、気が抜けるが正解かな。さすがに。
 今の社会では女性進出の声が大きくなってましてですね、って言うか恐らくはそんな事も関係無くてですね、正直そんな事をわざわざ気にする人は男性にも女性にも殆どいないかと思われます。上司にお茶を出したOLさんがその上司を気にかけてるなんて事、実際にはまず無いと言っていいでしょうから。
「くくく。意外と独占欲が強いのだね、栞君。この様子だと孝一君、交友関係には気を付けたほうがいいかもしれないね」
 栞さんのみょうちくりんな反応に動揺を見せず笑い飛ばしているところを窺うと、どうやらそれがチューズデーさんの目論見だったらしい。
 栞さん自身もチューズデーさんのそんな様子に図られた事を察したらしい。むうぅ、と声にならない声を口の中でこもらせ、顔を赤くして俯いてしまった。
 そんな仕草を見てしまうと追い討ちをかけたくなってしまい、「そうかもしれませんねぇ」とチューズデーさんではなく栞さんに向けて言い放つ僕。ダンゴ虫を見つけると突付いて丸くさせたくなるような、そんな子どもっぽい程度の話なんですけどね。
「し、栞が知ってる霊能者さんって楓さんだけだから……だからね、楓さんがそれをきっかけに知り合った旦那さんと、婚約までしちゃった事が頭に浮かんじゃって」
「大丈夫だよ栞君。昨日の今日で浮気などと、正常な思考の持ち主ならあり得ない話さ。さて、あまりあちらを待たせるのも悪い。本題に戻ろう」
 意図を持って話を逸らしたのはあなたでしょうに。


「あの人、遅いわね……トイレって確か、すぐそこにあったわよね?」
「そこで時間に触れるな。どうせ碌な話に発展せんからの。大方、腹の調子でも悪かったんじゃろ」
「自分で……言っちゃってませんか……?」
「あたし等放ってどこかに行っちゃったって事は―――あり得るわよね、こんな何の宗教よって話しちゃってるんだもん」
「でも……嘘ではないんですよね……? だったら……そんなに気に病まなくても……」
「気に病むだなんて、別にそんな。あたしはどうともないわよ?」
「なら喋り方を元に戻すんじゃな。お前の機嫌は分かり安すぎるわい」


「言わないほうがいい、ですか?」
「うむ。わたしはそう思う」
「ニャア」
「うーん、やっぱりそうなるのかなぁ。ちょっと寂しい話だけど」
 どうせ言っても信じてもらえないし、駄目元で言ったとしても僕が変人扱いされるだけだ。という、ごくごく当たり前な話である。そりゃあ言ってほいほい信じてもらえるなら、今頃はお化け屋敷が遊園地のアトラクションとして成り立たなくなってるだろうしね。
「でもでも、例えば栞達があの人達に触るとかすれば、もしかしたら信じてもらえるんじゃないかな?」
 栞さん、食い下がる。それもまた当たり前の話だ。僕だって、自分が幽霊でこの状況だったら同じく食い下がるだろう。自分の存在が信じてもらえないっていうのは、やっぱり辛い事だろうから。
 しかし自身もまた幽霊であるチューズデーさんは、苦々しく眉間にしわを寄せた。
「あまりこういう事を言いたくはないがね……」
「何?」
「ニャウ?」
「…………………いや、止めておくよ」
 それぞれ別の意味で同じ立場である栞さんとクロが先を促すが、しばしの沈黙の後、顔を横に逸らしてストップをかける。声を掛けた二人はもちろん気になるだろうし、僕だって当然そうだ。けど、
「我ながら、大人気ないな」
 息を漏らすように弱々しくそう呟くチューズデーさんに、僕達三人からそれ以上声が掛かる事はなかった。


(すまないねフライデー。君に止められなければ、危うく熱弁を振るうところだったよ)
(君にしては珍しいじゃないかチューズデー。そこまで大袈裟な話を持ち出すような事でもないんじゃないかい?)
(やはり生きている者と関わると、そういった方面に考えが及んでしまうのだよ)
(ま、君の言い分は正しいんだろうけどね。他の皆もいや~な顔をしてるけど、反論はないようだし)
(すまないね。……わたしも年寄りという事か。楽しくデート中の二人に向かって説教しようなどとは)
(かっかっか。デートなど、とっくの昔に丸つぶれだよ。そこは気にしないでおきたまへ)
(うーむ、それもそうか)
(おやおや、酷いねえあっさり納得するなんて。大吾君を成美君に譲った腹いせかい?)
(馬鹿を言うな。そんなのではないよ。―――と言うか、関連付けが無理矢理すぎるではないかね)
(ふふふふ、もちろん冗談だよ。なんせ私は今、君の中にいるのだからね。本音など丸見えさ)
(ふん)
(では不毛な冗談はここまでにして、話を戻そうか。―――確かに、我々を見る事も聞く事もできないという生きている人間の世界にとって、我々の存在という問題は大き過ぎるだろうね。なんせ『死んだらそこで終わり』という、人間にとって普遍の極みである法則がひっくり返るのだから)
(だがそれゆえ、簡単には信じてもらえない。別にわたしは無理に信じて欲しいとも思っていないがね。むしろ知らないほうがいいとさえ思っているよ)
(それは恐らく正しいんだろうさ。人間は、そういうふうにできている生き物なのだから)
(……なあフライデー。なぜ人間だけが幽霊を見る事ができないんだろうね?)
(さてねぇ。セミの抜け殻風情には見当もつかないよ)


「あー、やっぱり分かる訳ないわよね。………ごめんなさい、いきなり出てきて意味不明な話しちゃって」
 チューズデーさんの言い掛けた事が何だったのかは、分からないままだった。
 けど、僕と栞さんは口を噤んだチューズデーさんの隣で「ほぼ百パーセントの確率で信じてもらえないのなら、無理に話して混乱させる事もないか」と話を進め、再びまみえたおで子さんには「待たせるだけ待たせてすいませんが、結局見当もつかないです」と、嘘を付いておいた。
 チューズデーさんに食い下がった栞さんの気持ちを考えると気後れもしたけど、そこは「結局信じてもらえなくてがっかりするよりはこっちのほうが良かった筈だ」という事で。
 栞さんもそう思ったのか、「チューズデーさんの言う通り、言わないほうが良いかもしれないですね」と僕が意見を出した時には割とあっさり首を縦に振ってくれたし。


「すまんかったの。こんな事のために追い掛け回したりして」
 あのプリン頭さんならともかく、追い掛け回すというほど激しいものでもなかったような気がするけど、ジャージさんがぺこりと頭を下げる。
「それでえーと、今更じゃが名前は……」
 続けて名前を尋ねられたけど、まあ悪い人達でもなさそうだから答えても大丈夫だろう。その判断のハードルをあのプリン頭さんが随分と下げたのは否めないけど。
「あ、日向孝一っていいます」
「ワシは同森哲郎(どうもりてつろう)じゃ。大学で会う事もあるかもしれんが、その時はよろしくの」
 おで子さんの友人だからそうかも知れないとは薄々思ってたけど、やっぱり同じ大学の人だったのか。
「あ、あたしは異原由依(いはらゆえ)。……今日は本当にごめんなさいでした!」
 ジャージさん―――同森さんに続いて名乗りを揚げたおで子さんは、急に上半身に掛かる引力だけが数倍になったかのような勢いで頭を下げ、その姿勢で一旦停止すると、
「―――って言うか、恥ずかしい!」
 これまたかなりの速度で腰をビンッと伸ばす。
 その大きなアクションがこれまた恥ずかしいんじゃないだろうかと思ってしまう僕は恐らく、引っ込み思案の恥ずかしがりやなんだろう。
「ああそれでな、ワシと異原とここにおらんもう一人は二回生なんじゃ。で、こっちだけは一回生」
 両の頬を手で押さえたままそっぽを向く異原さんをまるで無視し、真っ黒さんを顎で指す同森さん。
 へー、同い年は真っ黒さんだけかあ。
 ……ん、待てよ? それじゃあ異原さん―――
「あの……わたしは、音無静音(おとなししずね)といいます……」
「へ!?」
 異原さんが二回生という事について少々思うところはあったものの、ついに明らかになった真っ黒さんのその名前に、恐らくは異原さんのお辞儀と同程度の速度で振り向く。無論そんな勢いで睨まれた真っ黒さんはたじろぎ、半歩後ずさった。
 ―――おお、焦ってるせいか全然羞恥心が沸いてこないよ不思議なもんだね人の心ってさっき恥ずかしい動きだなあって思ったばっかりなのに自分が同じような事して全然全く何も全く感じてないんだもんねところで真っ黒さんそれマジですかオトナシシズネってもしかして音って漢字が二つ入ってるあれですかだって一回生だって事は僕と同い年だしでもそんなこんな所でその名前を聞く事になるなんて誰が予想し得ただろうかってこれ全部僕が考えてるだけの話なんだから僕しか予想なんかできやしないじゃないか何言ってるんだよ本当にってもうちょっと正確に言うなら言ってるじゃなくて考えてるだねだって口に出してないし音無静音えええええええええ!?
「え……あの……どうかしましたか……?」
「い、いえ大丈夫ですご心配なくどうもありがとうございます」
「はあ……」
 右手の平で両目を覆って自分の視界を黒に染め、左手の平は指をそろえて真っ黒さんに突き出す。
 大丈夫じゃないのは自分で分かってますから大丈夫です。だから少し落ち着く時間をください。
 ふう。
「えーとですね、僕も音無さんと同じ一回生で―――」
 言うか? ……言わなきゃ仕方ないよね? 向こうだって三人とも名乗ったんだし、僕だけ名前を出さないのは失礼にあたるだろうし……ああ、気付いて欲しいような欲しくないような。
「覚えて……ないですか? 以前、よく顔を合わせてたんですけど」
「日向孝一……さん? あれ……その名前、確かに聞き覚えがあるような気がします……」
 音無さん、考え込む。
 気付くか気付かないか半々ってところでしたか。……確かに、そんなものでしょうね。
「なんじゃ? 音無、知っとる人なんかの?」
「えー? でも静音、そんな素振りしなかったじゃないの」
「う~ん……」
 音無さん、唇を歪めて更に深く考え込む。
 が、なかなか答えが出ないようで、
「あの……えっと……すいません……」
 結局は、とても申し訳無さそうにされてしまった。少し寂しい。と同時に、自分がそれだけ薄い存在であった事に安堵も覚えた。まあ、薄くて当然なんだけどね。
 ―――だって僕は、あなたに何もしなかった。声さえ掛けなかった。
「高校一年の時の、クラスメートですよ。席が並んだ事もあったんですけどね」
 ―――だってあなたは、僕に何もしなかった。声さえ掛けなかった。
「高校……一年……ああ! 思い出しました……! そうだったんですか……まさか……同じ大学だったなんて……」


 去り際、異原さんが「ここにはいないもう一人」さんの話をしてくれた。そしてまた勢い良く頭を下げた。
 僕と栞さんとクロは、その正体が口宮優治(くちみやゆうじ)なるプリン頭さんであるという事に驚いたけど、チューズデーさんは予期していたとでも言うように落ち着いていた。しかも驚く僕達を見上げて「くくくく」と笑いさえした。
 ちなみに。音無静音という名前の登場によって掻き消えていた異原さんへの「大学内で僕以外にも同じものを感じる人はいないんですか?」という質問は、「う~ん。それが実はいたんだけどね、ずっと独り言喋ってて気味悪かったから、怖くて話し掛けられなかったのよ」とのお返事を頂いた。
 不気味がられてますよ深道さん。霧原さんとイチャつく時は周りをよく確認しないと。


「あの……口宮さん……」
「ん? ……おうおう、ようやくお帰りかよ。おかげ様で鼻血もすっかり止まっちまいましたよ女王様」
「あら良かったじゃない怪我の功名じゃない。じゃ、帰るわよ」
「待てやコラ。あのな、あの兄ちゃんがいきなり自転車買ってそのまま突っ走った時に、俺達がどんだけ頑張ったか知ってるか? 俺と哲郎はダッシュで後ろ追いかけて、音無は音無で自転車取りに家までダッシュしたんだっつの。あと怪我の功名の意味、知ってて使ってるか?」
「あんたが怪我してちょっとは大人しくなってくれたおかげで、こっちは話が平和に進んだわ。それでいいでしょ?」
「普通、良い思いをするのが怪我した本人である場合に使う言葉じゃの」
「うるさいわよ突っ込まないでよ。……それで? お礼でも言えばいいのかしら?」
「あっちにアイスクリーム屋があったろ。って事はだ。つまるところ俺達三人全員におごればいいんじゃねーの?」
「別にいいわよ問題ないわよ? 財布もあるし、それくらいなら」
「お、太っ腹じゃの。じゃあ遠慮無くあやかるとするかの」
「いいんですか……?」
「いいっていいって。迷惑掛けたのは本当なんだし」
「おーっと! 三人全員とは言ったが一人一本とは言ってねえぞ!? 俺三本な!」
「あ、一人一本じゃないの? じゃあ二分の一本でもオッケーよね問題無いわよね。と言ってもアイスは半分に割れないから、あんた半額寄越しなさい」
「感謝の念が足りねーぞおい!」
「あんたへの感謝なんて普通の半分でも充分よ多過ぎるわよ。グダグダ言ってないでさっさと出しなさい」


 大学を出る時から続いていたらしい追跡もようやく終わり、クロの飼い主さん捜しを再会して適当に歩き回る。そうして進んでいるうち、またも公園外側の並木道へ。
 物差しで計ったような直線では無いとはいえ、そこは三角な公園の外側一辺。前を見れば、視界は随分遠くまで伸びる。そしてその視界内には、そろそろ人が増え始める時間なのだろうか、ぽつぽつと人影が。
 こっちに向かってる人の中にクロの飼い主さんがいたらいいんだけどなー、なんて希望的観測を繰り広げていると、
「ねえ孝一くん。さっきの音無さんの話なんだけどさ、大学通うのにわざわざ引っ越してくるぐらいだし、孝一くん達が通ってた高校って遠くなんでしょ?」
「まあ、そうですねぇ」
 少なくとも自転車で帰ろうとは思えない距離ですし。
「凄いよねー、それがたまたま同じ大学になるだなんて」
「全くですよ。まさかこんな所でまたあの人に会うなんて。外見が凄い事になってたから名前聞くまで全然気付きませんでしたけど」
 なんせ顔の構成物が口しか見えてないんですから。
「ん? じゃあ、高校の時は今みたいな感じじゃなかったの?」
「高校であんな髪型してたら校則とか無しでも注意されますって」
 だから、そんな事はなかった。あの時の音無さんは普通の格好だったし、顔だって普通に見えてたし、だから僕は―――
「あー、そっか。やっぱり駄目だよね、格好良いけど」
「えぇ~? そうですかぁ?」
「……あれ?」
 想定外だと言わんばかりに、苦笑いを浮かべつつ首を傾げる。そんな栞さんに僕は笑い掛けるんだけど……
 栞さんは気付いて無いかもしれないけど、今、僕の頬の筋肉は硬い。
 自然に笑いながら話をする場面の筈なのに、頬の筋肉は笑ってはくれなかった。だから、自動的にではなく自分で意識して顔の筋肉を笑わせる。作り笑いというやつだ。
 もちろん笑うべきところだと認識しているからには、この会話が楽しいものなのだという事は理解している。実際、楽しい。だけど、気まずさがそれに勝ってしまっている。
「あら、こんな所に―――って、あれ?」
 だから僕は前方からそんな「話が逸れる原因」がやってきた事に、楽しさが去る寂しさよりも苦しさとお別れできる安堵感を強く感じてしまった。
 ……感じて「しまった」か。どうやら僕は、あまりその事を歓迎してはいないらしい。
「えっと、日向さん……でしたよね?」
 寂しかったと言わんばかりに足元に駆け寄ったクロを、抱き上げる女性。彼女の眼鏡の向こうから覗く少々キツめな眼差しが、僕の視線と交差する。そしてその目と同じく言葉の調子も、まるで仕事場の厳格な上司のように微かな冷機を孕んでいた。
 僕は、そんな彼女の目も声も知っている。見た目ほど怖い人ではない事も。
「ああ、はい、そうです。花見の時はお世話になりました」
 僕が頭を下げると同時に隣の栞さんも頭を下げる。チューズデーさんは失礼ながら視界に入らなかったので、どうしたかは分かりません。――と言っても、残念ながらこの女性は幽霊が見える人ではないんですけどね。確か、声も駄目だった筈。
 えー、岩白神社の――巫女さん、になるのかなやっぱり。以前会った時は私服だったから分からないけど、岩白神社にお住まいの岩白春菜さんです。明くんの彼女である岩白センさんの、お姉さんですね。
「いえいえ、お世話になったのはむしろこっちですよ。草引き手伝ってもらいましたし。―――ところで、どうしてこの子が一緒にいたんですか? 私の友人の猫みたいなんですけど……あ、明日香さん今日香さんとはお知り合いなんでしたよね」
 いかにも抱き慣れているといった感じにクロを優しく両腕で包み込みながら、それを見下ろして不思議そうな岩白さん。様になってはいるけど、イメージには合ってない気がする。こういう大人びた人は動物とか小さい子どもの扱いが苦手じゃないと―――って、そんな個人的な嗜好はどうでもいいから。


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