(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第八章 再会 十一

2007-11-22 21:15:04 | 新転地はお化け屋敷
「えー、まあそうなんですけど、知り合いだって言っても、その知り合ったのが今日なんですけどね。それで―――えっとですね、適当に散歩してたら偶然そのクロを見つけまして。それで近くに今日香さんも明日香さんも見当たらなかったんで、捜そうという事になったんです」
「あ、もしかして今、一人じゃないんですか?」
「え? あ、はい。草引きのお手伝いを初めに言い出したお掃除好きの幽霊さんと、猫の幽霊さんと一緒です」
 一瞬どこから一人じゃないって気付いたんだろうとも思ったけど、「捜そうという事になった」の部分が明らかに誰かと相談して決めた事を表していたので、納得。と同時に、今のは「口が滑った」に分類される発言なんじゃないだろうかと肝を冷やした。
 でも―――今更ではあるけど、幽霊の女性と付き合っておきながらこんな事を気にしてたら、キリがないんじゃないだろうか?
「そうなんですか。あの時は、本当にありがとうございました」
 じゃあどうするの、というところまで考える時間は頂けず、相手の姿が見えてないながらも頭を下げる岩白さん。向きが少々ずれてしまうのは致し方ない事で。
「いえいえ、そんな」
「―――孝一君。通訳」
 恥ずかしそうに両手をぱたぱたさせる栞さんに目をやっていると、突き刺さるような鋭さの指示が、足元から飛んできた。
「あっ。えー、『いえいえ、そんな』だそうです」
 そっか。今この場にいる中で幽霊の声を伝える役目が可能なのは、僕だけになりますよね。これは迂闊でした。
「も、もうちょっとなんとか言葉を補って欲しかったなぁ」
 お役目の対象から不満は出たものの無事に任務を遂行し終えると、岩白さんはその返事としてだろうか、僅かに口元を緩ませた。それは妹さんのような「愛嬌振りまく」といった感じの微笑み方ではなかったけど、なんて言うか……柄にもなく詩的な表現をつかってみれば、「優しさ溢れる」といったところだろうか。
「それと、初めまして。猫の幽霊さん」
「む。――ああ、初めまして。いやはや、猫だと明かしていて挨拶をしてもらえるとは思わなかったね」
「孝一くん! 通や」
「声を掛けて頂いて、喜んでますよ。『猫だと明かしていて挨拶をしてもらえるとは思わなかった』だそうです」
「花見の時に、家守さん……でしたっけ? あの方から、花の幽霊さんが喋ると聞いていたので……」
 「無視されたぁ~」と言ってしょげてしまった栞さんはいいとしまして。
「楽しそうですね、動物と話ができるというのは」
 胸元のクロを慈しむように見下ろしながら、岩白さんがぽつりと呟く。すると、
「君、猫は好きかね?」
 それを見上げるチューズデーさんが声を掛ける。という事は僕の出番なのであって、
「あの、こっちの猫さんが『猫は好きですか?』だそうです」
 その言葉を伝える際、やや口調に改変を加えた。……通訳でとはいえ、口調を真似るのはちょっと恥ずかしかったんですよ。いいじゃないですか別にこれくらい。
「え? あ、はい。好きです………けど」
「なら話などできなくても、それだけで充分さ。証拠に、クロ君は君に相当懐いているようだしね。言葉がなくとも自分を好いてくれている事くらいは分かるものだよ。そうだろう? クロ君」
「ニャア!」
「わっ、ちょっとクロ、急に何よ」
 クロも元気に同意(恐らく)したところで、それじゃあ行きますか。
「ええっと、『話ができなくても自分が好かれているかどうかくらいは分かるから、岩白さんが猫を好きならそれで充分』との事です。『クロが懐いてるのがその証拠』なんだそうですよ」
 言ってて頬が緩みそうな話だけど、当の岩白さんは狐に摘まれたように目を丸くする。実際に摘んだのは猫ですけどね。
「そう、なんですか? ……そうなの? クロ」
 きょとんとした目のまま、クロに言葉を掛ける。しかし返事が返ってくる事はなく、クロはもそもそと岩白さんの腕と胸の間に潜り込むような動きを見せた。あそこは随分居心地が良いらしい。
 それがくすぐったいのか、それとも別の感情によるものか、再び優しさ溢れる笑みを見せる岩白さん。
 それを見て、「そりゃあ懐くだろうな」と勝手にクロの気持ちになって思った。人間から見る人間の表情と猫から見る人間の表情じゃあ差があるだろうに、だ。
 ……それでも、チューズデーさんによれば好きだという事は伝わってるそうなんだから不思議なものですね。
「あっ! 春菜ちゃん、クロおったん!? よかったぁ~! ってあれ、日向さん?」
 目の前で繰り広げられた人と猫の親愛劇にのほほんとしていると、側面からそんな声が。顔を向けてみれば、植え込みの隙間を通って今日香さん……か、もしくは明日香さんが登場。うーむ、どっちだろう?
「あら、今日香さん」
 呼び掛けられ、ふっと通常の表情に戻る岩白さん。そうですか、この方は今日香さんでしたか。 するとその岩白さんの胸元で、クロの耳がぴくぴくと、爪で弾かれたような動き。そしてクロ本体がその白い体を持ち上げると、
「ニャン!」
 岩白さんの腕から直接、今日香さんに飛び掛った。
 ので、「わわっ」と声を上げてよろめきながらも、慌ててキャッチする今日香さん。その腕は岩白さんと同じく、クロを抱くのには慣れているようだ。まあ、飼い主ですからね。
 すると岩白さん、残念そうに眉を尻下がりにさせて、
「あらあら、さすがに飼い主には敵わないみたいね」
 飼い主ですからね。
「何の事? ……あ、や、それより日向さん。うち今、噴水の広場通ってきたんですけど、日向さんの家の前で見掛けた男の人がまたいましたよ?」
 独特の発音と言葉使いをやや慌てさせながら、自分が通ってきた道なのか道じゃないのかが微妙な植え込みの隙間を指差す今日香さん。
 家の前で―――というと確か、大学から帰った時に今日香さんが「男の人に壁の陰から見られてた」って言ってたな。
「考えすぎやとは思いますけど、追いかけられてるんとちゃいます?」
 追いかけてくる男性か。とてつもなく心当たりがあるけど、もしかしたら違っていたりするかもしれないので一応訊いておこう。………チューズデーさん、鼻で笑ってるけど。
「どんな人だったんですか?」
「金髪で、でもてっぺんだけ黒いままで、今は他の人とソフトクリーム食べてましたっ!」
 不審者がグループを作っている事に恐怖を覚えるのか、言いながら身を強張らせる。
「ヴニャ……アァア……!」
 が、強張らせ過ぎたようで、締め上げられたクロが感電でもしたかのように尻尾を張り伸ばし、搾り出されるような悲鳴を上げた。
「あ! ご、ごめんなクロ」
 気付いた今日香さんは腕を緩めてクロを解放、そして背中を撫でて介抱。
 そんななので、今日香さんの代わりに岩白さんが話を続けた。
「大丈夫なんですか? 日向さん」
 心配してくれるのはありがたいんですけど、その案件はもう解決済みでして………って言うか岩白さん、目がすっごい怖いです。どうしましたかそんな「敵、憎し!」みたいなおっかない目付きしちゃって?
「金髪の人って、栞がこけさせた人だよね?」
「だろうね。良かったではないかね、元気そうで」
 足掛けられて転んだくらいで大怪我だったら大変ですけどね。……まあ、鼻の骨は危なそうでしたけど。
 幽霊さんの会話にプリン頭さん――口宮さん、でしたっけ。の、あのシャチホコポーズを思い出しながら、こちらはこちらで話を進める。
「大丈夫です。実は―――」
 幽霊を知ってる人達になら、全部話してしまっても問題無いだろう。それに事情を話さないと、岩白さんが怖いままだし。


「へえ、そうだったんですか」
「じゃあ、結構な間クロの面倒見ててくれはったんですね。お世話になりました、みなさん」
 説明が終わると今日香さんがぺこりと頭を下げ、岩白さんの眼差しが元に戻った。ふう。
 ―――と安心していると、その元に戻った岩白さんが尋ねてくる。何についてかと言われれば、今の説明の中に出てきた喜坂栞さんについて。どうやらそれまで名前を知らなかったようです。今日香さんには大学の東門で紹介したんですけどね。
「ところで、喜坂さんでしたよね。失礼かもしれませんけど、その方は日向さんの……?」
 さて、この質問の最後、省略されている部分に当てはまる文章を選ぶならどれ。
 一.彼女ですか?
 二.彼女ですよね?
 三.彼女なんでしょう?
 どれも似たようなもんですけど、一番でお願いします。
 ―――で、どうしましょうか? と隣のその彼女さんのほうを見てみても、
「ん? どうしたの?」
 これは岩白さんに何を訊かれてるのか分かってらっしゃらないか、それとも正直に答える事に一切の躊躇が無いという事なのか―――まあ、つまり、頼りにならなりませんでした。
「別にいいではないか孝一君。そんなに恥ずかしい事なのかね?」
 ―――それもそうですね。ありがとうございましたチューズデーさん。
「まあ、そういう事になりますね」
 頭に手をやり、痒くもないのにぽりぽりと頭皮を掻く。やっぱりちょっとは恥ずかしいですね。
「え、じゃあ春菜ちゃん」
「みたいね」
 またしても言葉が省略された文章。しかも今回は、二人が会話している場面だ。
 顔を合わせた二人がうっすらと顔をほころばせ、二人ともそのままこちらを向き、
「あまりお邪魔しないほうがいいですよね。それじゃあ、私達はこれで」
「クロの事、ほんまにありがとうございました」
 岩白さんと今日香さんはそう言うと、返事を待たずにこちらへ背を向け、歩き出してしまった。


「……ねえ孝一くん、『お邪魔しないほうがいい』って結局何の事だったのかな? 栞達、クロちゃんの飼い主を捜してたんだから、邪魔どころかあの二人に会うのが目的だったのに」
 各々が各々の言葉を以って岩白さんと今日香さんとクロに別れを告げると、その背中を見詰めたまま、栞さんが首を捻った。
 ……マジすか。
 今の聞きましたかチューズデーさん、と足元の彼女のほうを向いてみれば、あちらも僕と同じようにこちらを見上げていました。面白い人ですよね。
「では最初から思い出してみようか。クロ君の飼い主探しももちろんだがね、それ以前に栞君はここへ何をしに来たのかね?」
「飼い主捜し以前………って事は、孝一くんと……ああ、そっか」
「そういう事だね」
 栞さんがぽんと手を打つと、こくりと頷くチューズデーさん。そうですか、思い出してくれましたか栞さん。良かった良かった。
 ………そりゃあそもそも二人っきりじゃなかったりとかでデートっぽい箇所なんて殆どありませんでしたけど、そこを忘れられるというのはどうなんでしょう? 自分のせいではないとは言え、ややショック。
「楽しかったね、孝一くん―――ってあれ? なんだか落ち込んじゃってる感じ?」
 小さい子どもの遣り取りを眺めたり同じ大学の人と知り合ったりで楽しかったのはもちろんですけどね、楽しみ方が想定と違ったと言いますかね。
「落ち込むか。まあ、落ち込むだろうね――――――ふむ。無理を言ってついて来たわたしにも、責任の一旦はある。償いと言うほど大袈裟なものでもないが、暫らく姿を消す事にしよう」
 そう言うとチューズデーさんは、先程までここにいた二人の女性と同じく、こちらの返事を待たずに背を向けた。
「適当に歩き回った後、自転車の所で待っているよ。わたしの事は気にせず、どうぞごゆっくり」


「もしかして……」
 チューズデーさんの姿があっという間に植え込みの向こうへと消えてしまうと、
「栞のせいかな。孝一くんががっかりしてるのって」
 そちらを向いたまま、栞さんがぽつりと呟いた。そして最後に、
「あはは」
 苦笑した。
「まあ、いいじゃないですか。チューズデーさんのせっかくのご厚意ですし、ゆっくりのんびりしましょうよ」
 栞さんが言ってる事は、残念ながら間違ってはいない。だけど、栞さんがそう思った原因―――つまり、今回のデートがデートっぽくなくなってしまったのは、栞さんのせいじゃない。
 ので、ここでくよくようにゃうにゃしてるのは栞さんに対する八つ当たりに近いものがあるんじゃないかと思うに至り、
「う~んっ」
 気分一新、伸びをする。無論、寝起きでもなんでもないんですけどね。
「で、どうしましょうか?。まっすぐ自転車置き場に向かうのも味気無いですし」
「え……え、えっと、えっと―――」
 なんてこと無い質問だと思ったんだけど、明らかに動揺を見せる栞さん。その質問に対する答えを探すようにきょろきょろと辺りを見回し、でも答えが見つからないようで、はらはらと僕に視線を合わせた。
「どうかしましたか?」
「あ、あの……深く考えたら、デートって何したらデートになるんだろうって……分からなくなっちゃって。さっきまでだって楽しかったけど、それはデートになってなくて…………ごめんね、こういう話に疎くて」
 言葉を繋げるにしたがってずるずると。そして最終的には、伸びをする以前の僕以上に意気消沈してしまう。
 そんな栞さんを見て、声を聞いて、頭の中で議題に挙がったのは、栞さんが「こういう話に疎い」、その理由。
 答えは簡単。経験が無いからだ。しかし、それだけなら僕だって条件は同じ。栞さんが始めて付き合った女性である以上、それは必然的な事なんだけど―――栞さんは、事情が違う。異性と付き合うどころか、他人と知り合う機会自体が少なかったと容易に想像できる。
 なんせ、ずっとずっと病院に閉じ込められていたのだから。
 ……もしこの話を続ければ、いずれ話題はそこに辿り着いてしまうだろう。気にし過ぎなのかもしれないけど、それはできるだけ避けたかった。だから、
「うーん、何でもいいんじゃないですかね? 楽しければ。ただし、二人きりという条件は必須でしょうけどね」
 栞さんが謝ってきた部分には触れず、「デートとは何か」という疑問にだけ答えた。
 正直僕にも「どこからがデートでどこまでがそうじゃないか」なんてのは分からなかったけど、分からなくても答えようはある。
 適当でいいのさ。だってこっちの目的は正確な答えを提供する事じゃなくて、話題を病院のほうに持っていかない事なんだから。
 それにじろうくんとかおるちゃんに会う前――今と同じようにチューズデーさんが僕と栞さんを置いて先に行った時。あの時はただ二人で話しながら歩いてただけだけど、いい雰囲気になってたし。
「楽しい事、かぁ。二人きりで………本当に何でもいいの?」
「楽しい事なんですから、嫌がるって事は無いでしょう?」
「あ、そっか」
 栞さん、意表を突かれたような口調。軽口ではなく本気で納得しているその様子に噴き出しそうになるも、それは失礼に当たりそうなので、なんとか口の端を緩ませるに留めておいた。
 こんな会話のキャッチボールの時点で楽しい気さえするんだから、多分何をやっても楽しいんだろう。その時点でさっき僕が適当にでっち上げた条件に当て嵌まるので、それはデートである、という事になる。
 ……あ。条件に「外出先で」というのも入ったかもしれない。自宅に来てもらってもデートとは言えなさそうな。しかも家、隣同士だし。
 ………ま、いっか。どうせ今いるここは既に「外出先」だし。
「何か思い付きますか?」
 自分で具体的に「これっ!」って案が浮かばなかったのもあるけど、栞さんの口から意見を聞いてみたかったので、尋ねてみる。
「うーん………」
 すると人差し指であごを軽く押し上げたような形を作り、暫らく周辺の木々を見上げながら考える栞さん。
「あ、そうだ」
「何でしょう?」
 楽しみだ。
「孝一くんが高校生だった時の話が聞きたいな。音無さんとクラスメートだったんだよね?」
「それは……あんまり楽しくないかもしれませんよ?」
 音無さんという言葉が出てくるって事は、高校時代の話と言っても音無さん関連の話をご所望なんだろう。やっぱり。
「大丈夫だよ。孝一くんの話って大体面白いもん」
 そんなにボキャブラリー溢れる話は、した覚えがあんまり………料理関連という事でしたらまだ分かりますけども。
 そうは思うもののしかし、屈託の無い微笑みを向けられては、頼み事を無下にするわけにも行きませんな。それにもともと、言うか言うまいか迷ってたわけだし。
 ではご期待に応え、参りましょう高校時代の僕の話。
「手、繋いでいい?」
「あ、どうぞどうぞ」
 きゅ。
 ほくほく。
 ………いやいや。
「確か言ったと思うんですけど、音無さんとは隣の席になった事があるんですよ。一年の時に」
「うん、言ってた言ってた」
 やっぱり音無さんの話が聞きたかったらしく、それで? と先を促さんばかりに楽しそうな栞さん。続きを楽しみにしてもらえるのは実に気分がよろしいのですが、こういう話って、聞いた側はどう思うものなんだろうか。気分を悪くしたりしてしまわないだろうか?
 そう思うと一瞬ためらいが生まれ、言葉に詰まる。が、話しだしておいて今更止めるのも体が悪い。
 という事で。
「あのですね、栞さん」
「ん?」
「僕は―――あの人の事が、好きだったんです」
 告げ終えると、栞さんは半ば放心状態で瞬きを一つ。それと同時に、繋がれた手が僅かに緩む。
 そしてそのまま、数秒の間。考えてみれば大した時間じゃないけど、今の僕には何倍にも感じられた。
 何か言って欲しい。けど、言われるのは怖い。そんな我侭が心臓の鼓動を増幅させ、栞さんにも聞こえてしまうんじゃないかと思えるくらい派手な音を叩き出す。
「へ、へぇ~。――あー、びっくりした……でも、そうだよね。なんとなくいい人そうだったし、それに格好良いもんね。あの服とか」
 どうやら気分を害されてはいないようで、栞さんの手に緩やかな握力が戻る。それは良かった。
 だけど、その感想自体はあまりよろしくない。僕としてはあの格好はどうかと思うし、それに―――
「いえ、いい人かどうかなんて全然分からなかったんです。隣の席になった時だって、喋った事なんて一度もなかったんですから」
 音無さんが友達と喋ってる声を聞いていただけだ。しかもそれだって、会話の内容まで覚えてるわけじゃない。
 そう。僕は音無さんがどんな人なのか、全く知らなかった。―――いや、今だってよく分かってない。と言うか、あんな格好で登場したもんだから、余計混乱していると言ってもいいだろう。
 そもそも今回だってそんなに喋ってないのに、栞さんの「良い人」は基準が甘過ぎると思います。まあでも、そういうなだらかなところが………あ、そうそう。格好と言えば、
「あと、高校は制服ですからあの格好じゃないですよ」
「ああ、そっか。高校って制服なんだよね。一回は着てみたかったなあ、制服」
 僕はあまり制服という物に魅力を感じない人間でして―――とかそういう話はぐしゃぐしゃに丸めた上で投げ捨てておいて。
 またも危うい話に差し掛かった。そうか、栞さんが入院したのは確か小学生の時からだから―――
「えーっと、あ、またベンチがありますよ。座ります?」
 話を逸らそうとして椅子を指差すと、栞さんは一度僕を見、それからベンチに目をやり、それからもう一度僕を見て、「うん」とにっこり。
 危ない危ない。


 またしても背もたれの無い丸太ベンチに二人で腰掛けると、早速と言わんばかりに栞さんが尋ねてきた。
「話した事が全然無かったって言うけど、じゃあどうして音無さんの事、好きになったの? その時は格好も普通だったみたいだし」
 栞さんの中ではどうしても、音無さんの真っ黒加減はプラスイメージになるらしい。そこは理解しがたいけど、話もした事がないのになぜ彼女を好きになってしまったかと言われれば、
「まあその………栞さんを前にしてこんな事言うのもあれですけど、一目惚れってやつですよ」
 あの時の至ってノーマルだった前髪から覗く音無さんの顔は、とても可愛かった。―――と、そこまではさすがに口にできないけどね。一目惚れって事はそういう事でしょうよ。
 栞さん、言わなくても分かっていただけますか?
「じゃあ、綺麗な人なんだね。もったいないなあ、それなら好きですって正直に言っちゃえば良かったのに」
「それは―――言いっこ無しって事にしてもらえませんか。僕は……」
 それ以上は恥ずかしくて、そして「今の立場で言えた義理か」と自分から批判を受けたので、言えなかった。代わりに相手の手を握る力を、痛くない程度に強くする。
「えへへ。ごめんね、ちょっといじわるだったかな」
「あの、こういう話って、聞いてて嫌じゃないですか? こっちは罪悪感バリバリなんですけど……」
 そう言えば程度を表す「バリバリ」って最近あんまり聞かないなあとかそういうのはどうでもいいとして。
 ゆるぅく微笑む栞さんと向き合って、そんなに笑える余裕があるものなのだろうかと不思議になった。僕が栞さんの立場だったらどう思うんだろう? こんなふうに笑う? それとも、嫉妬する?
「ん? 全然嫌じゃないよ。……だってさ、昨日聞いちゃったもん」
 意見が嫉妬に傾きかけて、意味も無く自分に落胆しかけていると、栞さんが答えを返してきた。
「何をですか?」
「『前にも好きな人はいたけど、告白するほど好きになったのは初めてだ』って」
 ―――ああ、言いましたね。お恥ずかしい。
「これが無かったらちょっとくらいは嫌に思ったかもしれないけど、そう言ってもらえたからなんとも思わないよ。むしろ『一目惚れしちゃうくらい綺麗な人よりも好きでいてくれてるんだ』って、ちょっと天狗になれるし」
 そう言ってえへんと胸を張る栞さん。僕とはどうも事の捉え方が違うみたいだけど、
「変かな?」
 変かもしれませんけど、
「最高です」
 空いているほうの手を前に出し、親指を立てた。
「よかった」
 返された笑顔は、それこそ最高だった。


 それから暫らくは―――まあ、なんだ、他人から見たら恐らく「いちゃいちゃしてる」な状態になってたと思うんですよ。他人から見えるのは僕だけなので無気味さアップですが。
 とは言ってももちろん、他人が前を通る時はお喋りがストップするわけです。恥ずかしいからという意味ではなくて、(もちろんそれだって全く無いわけじゃないですけど)生きている人が自分一人だけだから。つまり、これまで通りって事ですね。
 もし生きている人が二人以上いれば、幽霊さんが誰か生きている人と喋ってても、生きている人同士で喋っているように見えるわけです。つまり、大学で栞さんと明くんが普通に会話してる状況ですね。
「………………」
「どうしたの? 孝一くん」
 おさらいを終えたところで、改めて浮かぶ問題。それは、「二人きりだと会話に制限がかかる」という事。あまり人が寄り付かないあまくに荘の中ならともかく、こうして二人っきりになる度に人通りを気にしなければならないのは非常に面倒な事この上ない。
「栞さん、僕は」
「あ、人が来たよ」
「決めました。それはもういいです。人が通る事はもう、気にしません」
 面倒なだけじゃない。そのくらいの覚悟も無しに幽霊を好きになっていいのかって話だ。
「え、あの……」
 ただの自己満足でしかないのかもしれない。格好良い事言ったつもりで自分に酔ってるだけなのかもしれない。
 でも。そして、だから。
「変ですか?」
 訊いてみる。


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