「ひ、酷いよお。ここで不意打ちなんて」
「今から『絶対幸せにする』って言うよ、なんて予告する人はいないと思うけどね」
「――もう。これ、嬉しい台詞じゃなかったら怒ってるところだからね?」
「あはは、ごめんごめん」
もちろん怒らせるようなことだったらこんなことしないけどね、とこれ以上の屁理屈を並べ立てるのはやめておきました。本当に怒らせてしまったらいろいろと台無しですし。
少し間を取って。
「で、まあ、こんなこと言うからには当然なんだけど――好きだよ、栞。愛してる」
「うん。私も大好き。愛してるよ、孝さん」
不意打ちをしたからといって、ならばそれで終わりということでもありません。言えばこんなにも喜んでもらえる言葉を、引っ込めたままにしておく理由なんてないんですしね。
「でも孝さん、さっきのはちょっと違うよ?」
「ん?」
「これから幸せにしてもらうんじゃないよ。これまでいっぱい幸せにしてもらったから、だから私は今ここに居るんだよ。孝さんの隣に」
それはそれで不意打ちなんじゃないかなあ、という感想はしかし、傷跡の跡に触れている手を、まるでこれがその証拠だと言わんばかりに両手できゅっと包まれたことに気を良くしてのものだったのでしょう。
「そっか。よかった」
正直なほうの感想を返してみれば、栞はにっこりと。
「だからさっきの言葉、正しくは『絶対これからも幸せにし続ける』かな。幸せにしてもらったからここに居るって言ったって、やっぱりこれからだって幸せにしてもらいたいしね」
にっこりしたままそんなことを言う栞に、僕は返事ができませんでした。
しかしそれは言葉に詰まったとか積極的にうんとは言えないとかそういうことではなく……恥ずかしながら、見惚れていたのです。栞の笑顔に。
ベッドに横になっていて、すぐ隣にはこんな笑顔がある。
いいじゃないですか、やっぱり。
「遠慮なく言っちゃっていいんだよね? もう、こういうこと」
栞のことです、僕の返事がない理由は恐らく表情から見て取っているのでしょうが、しかしやや不安そうな色に笑顔を曇らせつつ、そんなことを言ってきました。
これからも幸せにしてもらいたい。自分が発したその言葉について言っているのでしょう、間違いなく。
「いいよ。今、言ってもらえて嬉しかったからね」
「よかった。なんか、ぽろって口から出ちゃったからさ」
ああ、そうか。今なら言っても大丈夫だろうし、みたいな意図があって言ったんじゃなくて、意図どころか意識すらなく口にした言葉だったのか。
「……孝さん?」
突然の行動ではありましたが、しかし栞に驚いた様子は微塵もありません。それはそうでしょう、突然ではあっても突飛ではないのですから。僕と栞にとっては。
手で触れているだけでは物足りなくなった僕は、傷跡の跡に顔を押し付けたのでした。
「少しだけ、このままで」
「いや、私としては少しどころかずっとこうでもいいんだけど……孝さん、泣いてるの?」
「泣いてないってことにしといて欲しいけどね」
泣いてない、と言い切ろうとしたのですが、しかし声の震えはどうにも隠しようがなかったので、途中で切り替えてそんなふうにお願いすることにしました。
自分の人生を嘆いていた栞。
幸せを感じると泣きだしていた栞。
僕と付き合っていくうちにそれを克服し、泣くのではなく喜ぶことができるようになった栞。
僕と一緒に過ごす時間が長くなり、だんだんとその幸せに馴染んでいった栞。
そして今ようやく、これから先も幸せで居続けさせて欲しいと、しかもそれをなんの意図も意識もなく、自然と口にしてくれた栞。
よかった。
ただその一言でした。
「ありがとう、孝さん」
そこで出てきたのが愛の言葉でなくお礼の言葉だったということに、僕は嗚咽すら漏らし始めてしまいます。すると栞はそんな僕を優しく抱き留めてくれ、そしてそのまま、それ以上は何も言わないでいてくれました。
――ただ一口に恋人、もしくは夫婦という言葉で括ってしまうにしても、その関係の在り方は人それぞれです。
ならば僕達がどうなのかというのは、今のこの状況が表す通りなのでしょう。……もちろん、ちょっと過剰ではあるんですけどね。そうやたらめったら泣いてなんていませんし、いられもしないわけですから。
実際の呼び方は変わりこそしたものの、好きになり、そして助けた女性を「栞さん」と慕い、助け切ったところでその胸に泣き付く。そんな説明だけだと何が何やら分かりませんし、下手をすればあらぬ誤解を受けてしまいそうではあるのですが、しかし。
僕はこういう男で、栞はそれを受け入れてくれる人で。
ならば日向家のこれからも、きっとこんな調子なのでしょう。
「今から『絶対幸せにする』って言うよ、なんて予告する人はいないと思うけどね」
「――もう。これ、嬉しい台詞じゃなかったら怒ってるところだからね?」
「あはは、ごめんごめん」
もちろん怒らせるようなことだったらこんなことしないけどね、とこれ以上の屁理屈を並べ立てるのはやめておきました。本当に怒らせてしまったらいろいろと台無しですし。
少し間を取って。
「で、まあ、こんなこと言うからには当然なんだけど――好きだよ、栞。愛してる」
「うん。私も大好き。愛してるよ、孝さん」
不意打ちをしたからといって、ならばそれで終わりということでもありません。言えばこんなにも喜んでもらえる言葉を、引っ込めたままにしておく理由なんてないんですしね。
「でも孝さん、さっきのはちょっと違うよ?」
「ん?」
「これから幸せにしてもらうんじゃないよ。これまでいっぱい幸せにしてもらったから、だから私は今ここに居るんだよ。孝さんの隣に」
それはそれで不意打ちなんじゃないかなあ、という感想はしかし、傷跡の跡に触れている手を、まるでこれがその証拠だと言わんばかりに両手できゅっと包まれたことに気を良くしてのものだったのでしょう。
「そっか。よかった」
正直なほうの感想を返してみれば、栞はにっこりと。
「だからさっきの言葉、正しくは『絶対これからも幸せにし続ける』かな。幸せにしてもらったからここに居るって言ったって、やっぱりこれからだって幸せにしてもらいたいしね」
にっこりしたままそんなことを言う栞に、僕は返事ができませんでした。
しかしそれは言葉に詰まったとか積極的にうんとは言えないとかそういうことではなく……恥ずかしながら、見惚れていたのです。栞の笑顔に。
ベッドに横になっていて、すぐ隣にはこんな笑顔がある。
いいじゃないですか、やっぱり。
「遠慮なく言っちゃっていいんだよね? もう、こういうこと」
栞のことです、僕の返事がない理由は恐らく表情から見て取っているのでしょうが、しかしやや不安そうな色に笑顔を曇らせつつ、そんなことを言ってきました。
これからも幸せにしてもらいたい。自分が発したその言葉について言っているのでしょう、間違いなく。
「いいよ。今、言ってもらえて嬉しかったからね」
「よかった。なんか、ぽろって口から出ちゃったからさ」
ああ、そうか。今なら言っても大丈夫だろうし、みたいな意図があって言ったんじゃなくて、意図どころか意識すらなく口にした言葉だったのか。
「……孝さん?」
突然の行動ではありましたが、しかし栞に驚いた様子は微塵もありません。それはそうでしょう、突然ではあっても突飛ではないのですから。僕と栞にとっては。
手で触れているだけでは物足りなくなった僕は、傷跡の跡に顔を押し付けたのでした。
「少しだけ、このままで」
「いや、私としては少しどころかずっとこうでもいいんだけど……孝さん、泣いてるの?」
「泣いてないってことにしといて欲しいけどね」
泣いてない、と言い切ろうとしたのですが、しかし声の震えはどうにも隠しようがなかったので、途中で切り替えてそんなふうにお願いすることにしました。
自分の人生を嘆いていた栞。
幸せを感じると泣きだしていた栞。
僕と付き合っていくうちにそれを克服し、泣くのではなく喜ぶことができるようになった栞。
僕と一緒に過ごす時間が長くなり、だんだんとその幸せに馴染んでいった栞。
そして今ようやく、これから先も幸せで居続けさせて欲しいと、しかもそれをなんの意図も意識もなく、自然と口にしてくれた栞。
よかった。
ただその一言でした。
「ありがとう、孝さん」
そこで出てきたのが愛の言葉でなくお礼の言葉だったということに、僕は嗚咽すら漏らし始めてしまいます。すると栞はそんな僕を優しく抱き留めてくれ、そしてそのまま、それ以上は何も言わないでいてくれました。
――ただ一口に恋人、もしくは夫婦という言葉で括ってしまうにしても、その関係の在り方は人それぞれです。
ならば僕達がどうなのかというのは、今のこの状況が表す通りなのでしょう。……もちろん、ちょっと過剰ではあるんですけどね。そうやたらめったら泣いてなんていませんし、いられもしないわけですから。
実際の呼び方は変わりこそしたものの、好きになり、そして助けた女性を「栞さん」と慕い、助け切ったところでその胸に泣き付く。そんな説明だけだと何が何やら分かりませんし、下手をすればあらぬ誤解を受けてしまいそうではあるのですが、しかし。
僕はこういう男で、栞はそれを受け入れてくれる人で。
ならば日向家のこれからも、きっとこんな調子なのでしょう。
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