(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十二章 ちぐはぐ逃避劇 七

2008-03-22 20:53:36 | 新転地はお化け屋敷
 一方スピーカーの向こうで苦しそうな人は、最初「ゲホゲホ」だった咳の音を「けほんけほん」と元の声を反映させた可愛げのあるものへと次第に移り変わらせていきました。落ち着いてきてはいるみたいだけど、この後また続けるんだろうか?
 あまりに長い咳にちょっと心配になったところ、どうやら付近の人に頼んだらしく、女の人の声で(女っぽい、ではなく正真正銘の女声です)放送の続きが。
『失礼しました。係の者が喉を傷めたため、担当を変更してお伝えします。鬼と参加者の皆様は……え? ――――え、ええっ!? マジでですか!? そんな……!』
 恐らくは落語が始まる時のお知らせ放送と同じ女の人の声だったけど、途中から急に慌て始める。
「なんだなんだ、放送一つで妙に賑やかじゃないか」
「今度は何でしょうね?」
 女の人の声の向こうから、お兄さんの女っぽい声が聞こえたような気もしたけど?
『え、えーと……』
 たった今お兄さんと入れ替わった女性が、ためらうようなどもりを見せる。
 そして。
『鬼と参加者ぁああああ! ステージに集合だっつってんだろがぁあああああ! 早くせんかあああああああい!』
 ……うわー。
「あの男がやらせたのか……」
 スピーカーの向こうから『意外と気持ちいいかも』『グッジョブよ』なんて会話が聞こえたりしてくる中、スピーカーのこちら側は鬼の皆さんも含めて静まり返ってしまいました。
 まあ、全部終わった上にヘロヘロなんですから、脱力するくらいが丁度いいのかもしれませんが。
「まあ、いい。行こうか日向」
 気分を入れ替えるようにふっと息を吐くと、成美さんはヘたれ込んでいる僕に手を差し伸べてきた。
「は、はい……」
 疲れ切っている今その親切に乗らない手はない、と甘んじてその白い手を掴み、ぐっと足に力を込めて立ち上がる。すると、勢い余ってふらついてしまった。
「おいおい、大丈夫か? 手のついでに肩も貸そうか?」
「いえ、結構です。大丈夫ですから」
「そうか」
 せっかくのご厚意ですけど、それはさすがにちょっと恥ずかしいです。足を怪我したわけでも、体調を崩したわけでもないんですから。
 自分が成美さんに肩を借りる様子を想像し、それによって浮かんできた苦笑いとともによれよれと歩き始めると、
「……む。そう言えば、背中を貸すという発想はぱっと浮かばなかったな。いつも借りているのに」
 それこそ大袈裟ですから勘弁してください。大吾と普段の成美さんくらいの身長差があるならまだしも。


 ステージに戻って暫らく経つとマイクを持った司会の人が出てくるわけですが、もとからそういう予定だったのかそれともあの声の件で交代したのか、初めとは違って同森さんのお兄さんから女の人に代わっていました。
 その司会の女性が「皆様、お疲れ様でしたー」といった労いの言葉をやや疲労感の漂う鬼の皆さんへ投げ掛けている間、ステージの上に横一列で並ばされた僕達は別のスタッフさんに肩へ留められた色紙を確認され、そのままそれを回収されていく。
 そして丁度それが全員分終わった頃、「では、捕まらなかった方々と見事捕まえた鬼の方はお好きな賞品をどうぞー」と司会の女性に腕で促され、青い切れ端を片手にステージに上がってきた鬼の人と一緒に賞品の山へと歩み寄る。すると僕達がそうだったかのように他の人達も最初から何が欲しいか決めていたらしく、特に目移りさせる様子もなしにぱっぱとそれぞれが欲しい物を手にとって戻ってきた。
 ――残念ながら捕まってしまった組が一つあるらしく、僕達が賞品を取りに行ってる間、その二人はその場で立ち尽くしたままでした。が、悪いですけど知らない人達なので何の感傷もありません。そりゃああれだけ頑張ってこのケーキを手に入れたんだから、人の不幸なんか今はどうだっていいです。
「あいつらは――おお、いたいた」
 成美さんが小さく手を振る先には、鬼ごっこの最中ずっと会えなかった栞さんと大吾とチューズデーが。落語を観ていた時と同じベンチに座っていたのですが、さっきまで一体どこにいたのやら?
 ともかく、栞さんが手をぶんぶんと振り返してきたので、僕も小さく手を振っておきました。ここで栞さんみたいに頭上で大きく振るのはちょっとためらわれたので。
「それでは次に、参加賞の五百円券の贈呈です。その辺の出店でしか使えない上に店員さんに嫌な顔されるかもしれませんが、そこはご了承くださいね」
 それは……店の人からすれば「現金じゃねーのかよ」って事なんでしょうか? それはちょっと、嫌だなあ。


 その後は余った景品をくじで捌く流れになったんだけど、もう賞品を貰った僕達は蚊帳の外。数字付きの紙を配ったり当選番号を発表したりして盛り上がっているのを背に、僕と成美さんは何故だかずっと離れ離れだったみんなのもとへ。
「お帰り。それとおめでとう。孝一くん、成美ちゃん」
「ただいま、栞さん。暫らくぶりですね」
 再会の挨拶にそんなちょっとした揶揄を加えてみたところ、同じく久しぶりな人物の頭の上に鎮座しているこれまた久しぶりなサタデーが、いつものように牙を剥き出しにして笑い始めた。
「ケケケ。誰かさんが見せた妙な気遣いのおかげでな」
「うるせえ黙れ」
「ん? 俺様、誰かさんとしか言ってねえんだけど? 自覚があるのかなぁ?」
 うーむ、事情はよく分からないけどサタデーがやりたい事はよく分かる。いやあ、戻ってきたんだなあ。
 ぶすっとして塞ぎ込む大吾へ自覚のある生暖かさを伴った視線を送りながら、栞さんの隣へ座らせてもらった。この場面にほっと癒されこそすれ、足の疲れは結構なものがあるんですよね今になっても。
 ――すると、成美さんが大吾の隣へ腰掛けながら楽しそうにこう言った。
「その辺にしてやってくれサタデー。わたしが言い出した事でもあるからな」
 サタデーの言う「大吾が見せた妙な気遣い」の事情はやっぱり分からないけど、気遣いって言うからにはその対象がこの人なのはさすがに見当が付いていた。
 本人は事の顛末を知っているみたいだけど、そう言うのなら無理に踏み込むのは控えておこう。……言ったのが大吾だったら確実に踏み込むだろうけど。


「お帰りなさい二人とも。良かったわね、最後まで残れて」
「……はい。同森さんの作戦が……凄く上手くいったので……」
「わしら二人が狙われたのは、結局一度もなかったしの。随分とまあ運が良かったわい」
「へえ。哲郎くん、そういう事もできるのねえ」
「わたしも……感心しました……」
「できるんじゃなくて、やらなきゃ仕方が無かったんじゃよ。ゲームとは言え手は抜けんからの」
「んな事言って何にでも本気出してっから、んなムキムキになっちまうんじゃねーのか?」
「別に悪い事じゃないじゃろが」
「ま、おかげでジャージでもそんなに違和感ねえからな」
「……ジャージで思ったんだけど静音さ、ずっとその格好のまま逃げ回ってたわけ? コート、暑くなかったの?」
「あ、あの……」
「それがな異原。一度脱いだには脱いだんじゃが、何でだか凄い恥ずかしがっとったんじゃ。脱ぐのはコートだけなのに、変じゃろう?」
「……ああ。静音、まだ気にしてたんだ」
「ん? なんじゃ、あれは何か理由でもあったんかの?」
「いえあの、それはちょっと」
「あ、あうう……」
「チチが急にでかくなり始めたからだろ。なんだっけか、高校終わり頃から、とか言ってたか?」
「……………!」
「いっぺん死ねこの変態ゴミクズ野郎ーーー!」
「うげばっ!」
「どこで聞き付けたのよ嗅ぎ付けたのよ一体! あたししかいない時に相談してくれたってのに!」
「おお、ドロップキックとは。……しかし音無。お前、そんな事気にしとったんか? わしゃ初めて聞いたが」
「……だ、だって……」
「ちゅ……中坊じゃあるめえし、ここまでされるような事かよ……」
「自分さえ気にしてなきゃいいとか思ってるほうがよっぽど中学生レベルだってのよ! 真剣に悩んでるほうの身にもなってあげなさいっての!」
「うーむ、どっちの言い分も分かるのが悩ましいところじゃな」
「うう……」


「ジョンの散歩があんだけど」
「あ、じゃあ栞も庭掃除、そろそろやっとこうかな」
 参加賞の五百円券、成美さんと合わせて千円分で四人分の綿菓子を買うと、「今から一時間はお昼休みで次のプログラムは一時半から」という内容の放送が流れてきた。それを受けて、毎日のお仕事がある二人のこの発言。
「そうだな。何もないと言うなら、家に帰っていてもいいだろう。……では、わたしには何か仕事はないかな?」
「OH,そうだそうだ。なあ喜坂、MONEYの話だけどよ」
「あっ、そうだったね」
 栞さんと大吾に比べると仕事量が少なそうな成美さんが今日はどうかと声掛けを行ったところ、何かを思い出したように栞さんを振り返るサタデー。栞さんもそれにはっとした様子をみせ、体を前傾させて隣に座る大吾越しに隣の隣に座る成美さんへ顔を向けた。
「ねえ成美ちゃん。サタデーにいつもの活力剤、お願いしてもいいかな」
「ん? ああ、構わんさ。で、今の話だとお前が金を出すという事か?」
「うん。清さん、いないだろうしね」
 おお、これはいい気遣い。
 と思ったら隣の大吾がもぞりと姿勢を正すような動きをし、それに付随させて喉を鳴らしてから、言い辛そうに一言。
「……もしなんだったら、オレが出してもいいぞ喜坂。仕事の一環として」
 ほお、さすがは動物好きな動物係。「それは自分の仕事だ」ってですか。
「あはは、ありがとう大吾くん。でもいいよ、先に約束したんだし」
「そ、そっか。ならいいけどよ」
 申し出を断られ、恥ずかしそうに鼻の頭を掻く大吾。微笑ましい事限りない彼のそんな仕草に、みんなしてニコニコ。
「なんだよオマエ等、全員して見んなよ」
「さあみんな、『このまま』家に向かうとしようか」
 大吾の文句を封じるかのように、成美さんが一部を強調した言葉を被せる。
 賛成です。さあ、行きましょうかこのままで。


「鬱陶しいな……」
 一行の悪ノリに対して、綿菓子を豪快にかじり取りながら発せられるそんな愚痴もなんのその。僕達一行はサタデー以外全員綿菓子を味わいながら歩いて五分の我が家へ向かう。綿菓子以外に成美さんは寿司を、僕はケーキを持って。
 すると、大吾に向かってずっと視線を投げ掛け続けるという嫌がらせを最初に中断したのは栞さんでした。ペロペロと舐め取るようにして食べられた結果、滑らかな曲線を描いて収縮した綿菓子から顔を離すと、
「孝一くん。結局それって、何ケーキ?」
 ……そう言えば、まだ確認していなかった。箱にプリントされたスタンダードなショートケーキを見てついうっかりショートケーキを手に入れた気分になってたけど、実際は?
「えーっと…………」
 綿菓子を持ちつつ、かつ歩きながらなのでちょっと苦戦しつつ、箱をオープン。栞さんへのプレゼントという最大の目的はもちろん、自分も食べるので期待は膨らむ。
「うあ」
 しかし、それを見て反射的に出た言葉はその短い呻き声だった。それを見た栞さんが「どうしたの?」と箱の中を覗き込むと、
「あぁ~……」
 僕ほどではないものの、ややガッカリしたような間延びした声を。
「WHAT? おい、どうしたそっちのお二人さん」
 僕と栞さんが離脱した今も、成美さんから虐められっ子ならぬ弄られっ子状態であろう大吾の頭の上から、同じく大吾を弄っていたであろうサタデーがこちらに声を掛けてきた。
「ケーキがその……」
「ケーキはケーキだったんだけどね~」
 二人揃って締まりのない声を返す頃には大吾と成美さんもこちらに目を向けていて、僕はその三人に見えるよう、開けっ放しのケーキの箱をそちらへ向けた。
 すると首を伸ばして中身を確認した三人、纏めて『ああ』と力の抜けるような息を吐く。
「デコレーションは各自でどうぞって奴でした」
 中身は、表面がこげ茶色のふわふわ。つまりケーキのスポンジ部分だけなのでした。
 ああ、なんでこんな思わせぶりな箱に入ってるんだよお。せめて箱にその旨一筆入れておくとかさあ。なーんの文字も見受けられないですよ? この実に美味しそうなショートケーキがプリントされた白い箱。
「あ。でもでも、その『各自でどうぞ』を楽しめばいいんじゃないかな?」
 しかしそんな肩透かしを食らったものの栞さんはへこたれず、
「ふむ。ならば、もしそれに必要なものがあればわたしが買ってくるぞ。どうせサタデーの買い物もあることだしな」
 更にそれを成美さんが後押し。
 言われてみればなんともシンプルでつまりはその通りだ。このスポンジケーキは、それを目的として店頭の商品棚に陳列されてるんだろうし。
「あ、じゃあお願いします成美さん」
 この一件を簡単に例えてみるなら、期待していたショートケーキではなかったというだけでスポンジケーキが悪いわけではない――つまりリンゴジュースを期待して口に含んだ飲み物が実はトマトジュースで、その不意打ちっぷりに特別トマトが嫌いなわけでもないのに噴き出しそうになったってところだろうか。
「ねえ孝一くん、栞も手伝っていい? ケーキのデコレーションって一度やってみたかったんだよね」
「ああ、それはもう是非手伝ってください」
 いつもやってるような料理ならまだしも、ケーキだとかいったお菓子類に関して僕はまるで素人だ。だったらケーキ好きな栞さんに手伝ってもらえると、非常に心強い。「好き」が技術に繋がるかどうかは……まあ、考慮しないでおくとして。味噌汁は美味しく作れますもんね、栞さん。
「必要なものが決まったら伝えてくれ。わたしはそれまで自転車の練習でもしていよう」
「あ、そう言やそんな話もしてたっけな」
「ケケケケ、何買うか決まるまでに乗れるようになるかな? 哀沢よぉ」
「あまり生意気を言われると、不満のあまり買い物リストから一見飲み物のような物が消えてしまいそうだな」
「WHAT!? ななな何だとテメエ! 関連性が全く理解不能だゼ!?」
「買いもんに関しちゃコイツには逆らえねーからな。大人しくしとけサタデー」
「ふふん、思い知ったか」
「SHIT……!」
 あちらもなかなか賑やかですが、そろそろ到着です。いやあ、もう視界に入ってくるだけで落ち着くと言うか何と言うか――と言ったら、一人で留守番し続けてたジョンに悪いかな?
「ワンッ!」
 と思ったその時、タイミングよく犬の吠える声が。
 ……方向からして、あまくに荘だよね? って事は、ジョンだよね? そもそも、この近辺で犬を飼ってる家って見かけたことないし。
「あれ、誰もいないのにジョンが吠えるなんて珍しいね」
 僕とは違って推理するどころかさっさとジョンだと断定した栞さんが、その声の方向に目を遣りながら小首を傾げた。
 そう、ジョンは誰かと一緒にいる時以外は滅多に吠えない。て言うか、僕はそんなところを見た事がない。だから無闇やたらに吠えたりしないし、安心して留守番も任せられるってわけなんだよね。
「楽が帰ってきているのではないか? それとも、家守か」
 栞さんと同じく小首を傾げる成美さん。でも、家守さんと清さんは帰りが遅いのが殆どだから、あんまり可能性の高い線ではなさそうかな?
「行けば分かんだろ。虫でも見つけて暇潰しにじゃれてるのかもしんねーし」
 この後ジョンを散歩に連れて行く予定の大吾は、気にするまでもないと状況を一蹴。まあ、そう言えばそうなんだけどね。ジョンがたまに独り事を言ったりしたとして、驚くような事じゃないし。それより、ケーキはどんなデコレーションにしようかな?

 ――なんて余裕ぶっこいてられるのも、この時だけだったのです。実はこの時、大変な事態が……いや、この時はまだ起こってなかったといいましょうか、とにかく事態はジョンの独り事では終わってくれないのでした。

 ああ。まさかジョン以外の全員が出払っている時にだなんて、今から思い返しても最高に間が悪い。
 そして、とても可哀想だ。


2 コメント

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Unknown (Unknown)
2008-03-24 21:26:50
何だ何だ何があった

気になって夜しか眠れない…
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Unknown (代表取り締まられ役)
2008-03-25 21:15:52
昨夜はよく眠れましたか?
そして、コメントありがとうございます。

さてさて、いったいぜんたい何があったんでしょうか? こういう前振りの仕方は慣れてないもんで、煽った分に見合うだけの内容が伴うかどうかは不安もありますが……
次回以降をお楽しみに、ですね。
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