(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十三章 一晩越えて 一

2013-04-11 20:54:46 | 新転地はお化け屋敷
 ああ、別々の布団で寝るのも久しぶりだなあ。
 なんてことをその「寝る」という行為が終わった瞬間に頭によぎらせるというのは、考えてみれば変な話なのかもしれませんが。
 おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
 別々の布団。それは何もアレな意味でだけの話ではなく――ええ、その意味が全くないというわけでもないのですが――我が家で使用しているのがダブルベッドである以上、普段は強制的に一緒の布団で寝ることになる、という話なのです。
 無論のこと、お互いが望んでそうした「強制的」ではあるわけですが。
「…………」
 朝、目が覚めて一番に発する言葉の代表格は「おはよう」なわけですが、どうやらそれを口にする相手はまだお休みになっているようでした。となればその言葉は後に取っておくこととして、上半身だけ起こした僕は、まず現在の時刻を確認することに。
 さすが四方院家、各個室に時計も完備――というのはかなり無理矢理な称賛ではあるのでしょうがそれはともかく、壁に掛かっているその時計を見上げてみる限り、現在は六時を数分ほど過ぎた辺りでした。
 ええ、いくら慌ただしいことになると容易に想像できる今朝ではあるにしても、さすがに早過ぎる起床なのでした。
「…………」
 さてここからどうしたものかと眠気で重い頭をぐりぐり動かして部屋中を眺めまわしてみたところ、目に付くのはしかし気持ち良さそうに眠っている我が妻の寝顔だけなのでした。
 その気持ち良さそう加減たるや、と変な例えの一つでも入れてみたくなるほどの気持ち良さそう加減ではあったのですがしかし、例えはともかく気持ちはよく分かります。別々の布団とはいえ僕だって彼女と変わらぬ布団で寝ていたわけで、ならばこの布団がどれほどふっかふかなのかというのは、それこそ変な例えの一つでも入れてみたくなるほどだったりするのです。
 どうせここの人が声を掛けに来てくれるだろうし、じゃあそれまで二度寝でもしようかな。と、ならばそんな案も浮かんだには浮かんだのですが、しかし。
 栞の寝顔。――と、浴衣が演出するはだけ気味な胸元。
 簡単に見納めにしてしまうには勿体無い代物ではあるのかもしれません。
 はだけているといってもそれは飽くまで「気味」程度、何が見えてしまっているというわけでもなく、いわば「見えそうで見えない」というやつなのですが、これでバッチリはだけ切っていたら逆にさっさと胸元を正して見納めにしてしまうかもしれない、なんて考えてしまう辺り、不思議な話ではあるのかもしれません。
 ともあれ。
 起こした上体を再び布団に潜らせ、けれど眠りはせずにぼーっと栞を眺めておく。不意に出来てしまった暇な時間は、そんなふうにして潰すことにした僕なのでした。

「あの状況からして」
 私服に着替えながら、栞は唐突に言いました。
「孝さん、寝てる私のことずっと眺めてたね?」
「ずっと……うん、まあ、そうなるのかな」
 思えば、軽く一時間。寝ぼけた頭ではそれを長いとは、というかそもそも時間の感覚が失せてしまっていたような気がするのですが、一時間もただじっと、身動き一つせず栞を眺め続けていた僕なのでした。
 ううむ、我ながら少々気色悪いぞ。
「別に構わないけど、だったら起こしてくれたら良かったのに」
「すんごい気持ち良さそうだったから……それに、起きても何かすることってある?」
 それが思い付かなかったから僕はああしていたわけだけど、と果たして本当にそうなるのかどうかはともかく、一応はそんな理屈を付けてみる僕なのでした。なんとも姑息なことで。
「朝一番にもう一回二人でお風呂って、なかなかいいと思うんだけどなあ」
「……あ」
 なかなか、どころではないその光景の素晴らしさに、巨大な後悔がどっと押し寄せてくるのでした。なんで、なんで思い付かなかった僕!
「でもさすがに朝の六時から開いてるのかなあ」
「つまり六時からずっと眺めてたわけだね? 私のこと」
「ま、まあそれはいいでしょ」
「いいけどさ」
 だったらなんでそうニヤニヤしながら言うのさ。なんて、文句が言える立場ではないわけですが。
「まさにその六時からってなってたよ? 昨日入った時に見てきたけど」
「そっかー……」
 僕はそんな表示がされていたことすら知らなかったのですが、しかしまあ利用可能時間の表示がないというようなことはそりゃあどう考えたってないわけで、ならば気が付かなかった、というかそちらに気が回らなかっただけなのでしょう。
 どれだけ女性陣の裸体にうつつを抜かしていたのか、という話にもなりかねないので、あまり口には出さないでおきますが。
「大変だよねえ、そうなったら準備する人はもっと早くからお掃除なりなんなりしなきゃなんだし」
「だね」
「してみたいなあ、あんなところのお掃除」
「それはなんか違うと思う」
 学校でのプール掃除に際するちょっとしたワクワク感を思えば分からない話でもない、と納得しかけるところではあったのですが、しかしそれは飽くまでクラスメイト達と遊び半分に行えるからであって、掃除それ自体を楽しもうという気概なんかがあったわけではもちろんありません。
 そしてこれまたもちろん、栞の場合は掃除それ自体を、ということなのでしょう。ホースで水をぶっかけ回ったり、ヌルヌルの床で滑って遊んでみたり、なんてことはこれっぽっちも考えていないと思われます。なんせ「してみたいなあ」であって、「してみたいねえ」ではないのですから。明らかに「一人でやる」という前提で話しているのですから。
「そう?」
 言って、にこりと首を傾ける栞。となるとこちらとしては、自分の言葉を覆すではないにせよ、だからといって更に強く否定するようなこともできはしないのでした。
 まあ、何だかんだ言ってもそれはそれで栞のいいところだとは――魅力的なところだとは、思わされているわけです。なんせ手伝うわけでもないのに庭掃除に同行することがあるほど、掃除をしている栞というものがお気に入りだったりもするわけですしね。
「それにしても孝さん」
 とまあそんな話はともかく、するとここで丁度着替えを終えた栞が、なにやらニヤニヤしながら尋ねてきます。
「ん?」
「私が起きるまでのことにしたってそうだったけど、今日は私のことじっと眺めて過ごす日なのかな?」
「……あ」
 例に出されたその時もそうだったのと同様、気付いてみれば栞の着替えを一から十までじっくり観察し終えてしまっている僕なのでした。が、しかしもちろん、今更目を逸らすとかそういう話になりはしないのでしょう。普段の生活からして既にお互い大して気にもしなくなってますしね。
 ですがそれは飽くまで「気にしない」という話であって、一から十までじっくり観察し終えてしまっていた、などという話がそれに当たるかと言われれば、もちろんそんなことはないわけです。
「見惚れてた――って、自分で言うのもどうかと思うけどね。そうだったら嬉しいとは思うけど、そんなふうでもない感じかなあ、今の見てると」
「でしたか?」
「でした」
 じっくり眺めておきながらそれは別に見惚れていたわけではない、というのはなんだか、いくら自分の妻であるにしても女性に対して失礼だとは思うので、ならばこちらとしても見惚れていたということであって欲しかったりもするのですが、しかし残念ながらそうではないんだそうでした。
「孝さん、なんかぼーっとしてる?」
「かなあ。いや、体調が良くないとか、そういうわけじゃないとは思うけど」
「だったらいいんだけどね」
 ううむ、これはちょっと心配を掛けてしまったか。なまじ前回ここに来た時も風呂でのぼせて倒れたわけですし――と、それはあまり関係なさそうではありますが。
「それでさ、孝さん」
 前夜の栞との遣り取りが尾を引いている。正直なところ、ぼーっとしている原因としてそんな解答を用意できていたりもするのですが、しかし敢えてそれを口にはしないでおきました。口にしたらまたその話になるわけで、ならばより一層ぼーっとする羽目になってしまうかもしれませんしね。
 ゆっくりできる時間があるならそれもよかったのでしょうが――といったところで、
「うん?」
「大学の一時間目って九時からだったよね? それに間に合うようにってことなら、そろそろぎりぎりだと思うんだけど。朝ご飯とか」
「ああ、そうだね」
 七時ちょっと過ぎ。あちらに着くまで一時間少々であることを考えれば出発にはまだちょっと早いわけですが、しかし何かができるほど時間が余っているというわけでもありません。適当に食パンを齧っておく、なんてことならまだしも、ここでちゃんとした食事を用意してもらうような時間があるかと言われると、今の時点でもかなり厳しいように思われます。既にできていたとしても何だかんだ時間掛かりますもんね、部屋の移動とか。
「どうなるんだろうね。ここの人達からしても、出発が早いからってまさか僕達を六時台に叩き起こすってわけにもいかなかったんだろうし」
「叩き起こされるまでもなかった人が言う?」
 言います。言いますが、次の話題に移らせてもらいます。
「あとほら、ウェンズデーが出発する前に義春くんにもう一回会いたい、なんてことも言ってたし。そっちもそろそろ行動に移さないと」
「うーん、忙しい。楽しいね、こういうの」
「そう来るかあ」
 その前向きさは是非とも見習いたいところではありますが、でもそれが実践できてしまうといま栞に感じたほっこり加減は感じられなくなっちゃうんだろうか、なんて考えると、判断に難しいところではありました。
「ふふん、そりゃそう来ますとも。ってわけで早速そのウェンズデー、というかもうサーズデイなんだけど、そっちの話をどうにかしに行こうか」
「うーん、大吾達がもう起きてたらいいけど……」
 どうしてそこで大吾達の話になるかというのは、もちろんながらウェンズデー、というかもうサーズデイさんなんですが、サーズデイさんが大吾達の部屋にいるからです。もちろん、ジョンとナタリーさんも一緒に。
「あ、でもだったら別に寝てても問題にはならないかな」
「ん? 何の話?」
「サーズデイさん達が一緒なら――うん、まあ、急にお邪魔してどうこうなるようなことはなかったろうなっていう」
 栞は首を傾げました。
 しかしそれはそう長く傾け続けられるようなことでもなく、数秒後には元の角度へ。
「やらしいなあ孝さん」
「否定はしないけど、考慮しないわけにはいかないでしょやっぱり」
「まあね」
 友人連れとはいえ、新婚旅行です。……新婚旅行なんですよね、考えてみたら。
 で、友人連れとはいえ、それぞれのカップル同士で部屋を分けたりもしたわけです。ならばそういうことがあってもおかしくはないというか、僕達だってその直前くらいまではいったわけですしね、昨晩。
 ――という一般的な話もそうなのですが、こと大吾と成美さんについては、より一層気を付けるべき事情があったりもするのです。もし「どうこうなるようなこと」があったとした場合、ならばあれが発生しうるわけです。火の玉三つが。
「とは言ってもまあノックぐらいするし、それに昨日全員で裸を晒し合ったばっかりでもあるわけだから、そういうことにはならないと思うけどね」
「うん、男の側からは言いたくても言えなかったことを言ってくれてありがとう」
 昨日も見せたんだからそんなに深刻にならなくてもいいじゃないですか。
 それを口にするのが同性か異性かというのは、どう考えても極めて重要な要素と捉えるほかないのでした。
「ん? じゃあ言えなかっただけで、そう思ってはいたんだ?」
「……ま、まあ」
「なら私もそれに倣ってみようかなあ――あはは、ごめんごめん。もちろん冗談だよ」
 何を言うまでもなく謝られてしまうのでした。ううむ、どんな顔をしていたことなのやら。
「混浴っていう場所が特別だっただけで、基本的には孝さんだけだからね」
「あー、うん、そう言ってもらえて嬉しいような、わざわざ言ってもらわなくてもいいような」

「はーい」
 仲居さんが来たと思ったのでしょう。ドアの向こうから聞こえてきた大吾の声は、普段のそれとは言葉遣いも声質も違っていたのでした。なまじ普段があんな調子なのでそれだけでちょっと笑いそうになってしまったりもするのですが、それはともかく。
「何ともなさそうかな」
「だね」
 言葉遣いや声質はともかく、その落ち付いた声色からは緊急事態発生の様相は掴めないのでした。いや、掴めないのでした、なんて言っちゃうと残念そうに聞こえてしまうかもしれませんがそこは言葉のあやというやつでして。
「あ、なんだ栞サン達か。おはようございます」
『おはよう』
 と、僕でなく栞を対象としたので声質はともかく言葉遣いは変わらないままな大吾だったのですが、しかしもちろんそんな話はどうでもいいことでありまして。
「成美さんはまだ寝てるの?」
「そうだな。起こしたほうがいいか?」
「いやいや、ここの人に呼ばれるまでは」
 という話をしたところで否が応にも思い起こされるのは、一時間も栞の寝顔を眺め続けていた少し前までの僕。もちろん自分のお嫁さんとそれ以外の女性では内情が変わってはくるわけですが、しかしやはりその寝顔が気になってしまったりも。
 もちろん、そんな要らない願望は無視することにするわけですが。
「ってことは、オマエらはそういう用で来たわけじゃなくて」
「うん。ウェンズデーが帰る前にもう一回義春くんに会いたいって言ってたの、どうするかなって」
「まあ、そうやってオマエらが来たってことはそろそろ動き始めたほうがいいってことなんだろうな。いやほらオレら、大学の講義の時間とか細かくはしらねえから出発の時間もあやふやでよ」
 それはこちらとしても考慮していたところではあるわけですが、といったところで、栞がくすくすと。
「そんな状態でもウェンズデーのために早起きしてたって、さすがだよね大吾くん」
「うーん、何となく目が覚めたってだけで……」
 果たしてそれは照れ隠しなのか、はたまた本当にそうなのか――いや、もしかしたら。
「成美さんの寝顔に見入ってたとか」
「それ起きる理由じゃなくて起きた後の話じゃねえか」
 …………。
 そうですね、そういえば。
「あはは、見入ってたことは否定しないんだ」
「あっ」
 そうですね、そういえば。
「ちなみに今朝はどっちだった? 耳出てたかそうでないか」
 あまりほじくり返して欲しくはなさそうな大吾に、しかし栞は容赦しないのでした。まあ、気になるっていうのは実によく分かるところではありますが。
 ちなみに言うまでもなく、今の質問は「成美さんが大人の身体か子どもの身体か」といったところがその本意だったりします。
「今回は昨日からずっと出したままでしたけど……まあ、別に見て確認しろってわけじゃないですけど、中入りませんか? ウェンズデーの話で来たんならどうせってのもありますし」
「お邪魔させてもらう?」
「そうだね」
 自分でその話を引き出しておいて僕に確認してくるかあ、なんて、それはそこまで気に留めるようなことでもないんでしょうけどね。
 というわけで、遠慮なく。
『お邪魔しまーす』

「おはようございます」「ワフッ」「ぷくぷく」とお出迎えを受けた僕と栞は、そんな彼らの中で一人だけお出迎えが出来る状況にない人の前に並んで腰を下ろします。
「ああ、これ持ってきてたんだ」
「これと着替えと洗面具くらいでしたしね、コイツの荷物。あー、あと猫じゃらしか」
 耳がいい成美さんながら、僕達がやってきてもまだぐっすりとその大吾が見入っていた寝顔を晒し続けているのでした。案外、昨日はお疲れだったのかもしれません。
 で、そんな成美さんが持ってきていた「これ」というのがなんなのかというと、抱き枕です。掛け布団が肩まで掛かっているのでぱっと見は分かり辛いですが、どうやらその用途通りにしっかり抱き付いているようでした。
「そりゃ寝顔に目も行くよね、これじゃあ。大吾が寝てたのこの辺でしょ?」
 部屋の中心からやや横にずれた位置に敷かれている布団。ならば大吾が寝ていた布団がどう敷かれていたかというのもおおよそ見当は付くわけで、そして成美さんの顔は、その大吾の布団が敷かれていたであろう方向、つまりは僕と栞が座っているまさにこちらへと向けられていたのでした。抱き枕に抱き付いて寝るとなったら、どうしても横向きに寝ることになりますしね――と、使ったことがあるわけではないのでそれは単なる想像なのですが。
「だろ? ただまあ、それだけでもなくてな」
 はて他に何が? と思った僕の頭に最初によぎったのは、自分が経験したものと同じ状況なのでした。つまりは、栞と同じく胸がはだけ気味だったのかも、なんて。
 ……しかし果たして、成美さんでそれが起こり得るかというのは――いや、失礼ですよねさすがに。
「ふふ、私、何となく分かりますよ。明け方に何かごそごそしてましたもんね、怒橋さん」
 ナタリーさんでした。ほほう、ごそごそしていたとな。
「なんかヤな言い方だなそれ。多分あってるだろうけど」
「布団が捲れて足が見えちゃってたんですよね。随分と付け根の辺りまで」
 足の、しかも随分と付け根の辺り。というのは足がないナタリーさんだからそんな表現になっているということなのでしょうが、説明通りだとすればそれはつまり、太腿が曝け出されていたということなのでしょう。
「普段の寝巻じゃあそんなことねえんだけど、浴衣で片足だけ出したら裾からどうしてもな。あ、ごそごそしてたってのは捲れた布団を直してやってたってことだぞ」
 なんだそうか、とは、言いますまい。期待したような話だとしたらそもそもこんなところで発表されていいようなものではないのですから。
「足まで引っ掛けるものなんだねえ、抱き枕って。私使ったことないからよく知らないけど」
「そこらへんは個人差でしょうけど、やっぱまあそういう格好のほうがしっくりくるってのはあるんでしょうね。横になる時は腹ん中の赤ん坊みたいに丸くなるのが一番落ち着く、みたいな話も聞いたことありますし、そうでなくても猫は丸くなりますし」
「そういう話が出てくるところが実に大吾らしいというか何というか」
「うっせえ、半分照れ隠しだっつの。足はともかく、これに見入ってたって話だったんだから」
 なるほど。
 と納得させられたところ、しかし納得するだけで終わってくれない人もいるのでした。
「ちなみに大吾くん、起きたのって何時くらいだった?」
「え? えーと、七時ちょっと前くらい……でした、かね? だからまだ起きてからそんな経ってないですけど、なんかありました?」
「いえいえ。――だってさ、孝さん」
「何が言いたいのかね栞さん」
 僕が起きたのは六時。やっていたことが同じとはいえ、だから大吾も僕と同じだ、とは、どうやら言えないようなのでした。
「サーズデイ」
「ぷい?」
 こちらの話について何も言ってこなかった大吾はしかし、「よく分からないけど触れないでおこう」という心情をその顔にありありと浮かべながら、サーズデイさんが入った瓶を手元へ引き寄せるのでした。
「昨日ウェンズデーが言ってたろ、帰る前にもう一回義春くんに会いてえって。孝一と栞サンはそれで来てくれたんだけど――どうだ? 今からで良さそうか?」
 というのはウェンズデーに尋ねてくれと、そういうことなのでしょう。
「むう」
 小さく唸ったサーズデイさんは、しかしその後すぐに、
「にこっ」
 と肯定の意味を含んだ返事をしてみせるのでした。いつものことながら、言葉が喋れないことを不便に思わせない人、もといマリモだなあと。
「そっか。じゃあ――」
「私も行くぞ」
 むくりと起きあがってそう言ったのは、そりゃあ成美さんなのでした。果たして、目が覚めたところで今の台詞が聞こえたのか、それとも置いていかれそうな台詞が聞こえたから起きたのか。
 起きる直前に聞こえた音や声というのは、直前、ということはそれを耳にした瞬間はいかに際どくとも確実に眠っている最中ではあるわけですが、でも不思議と耳に残るものですよね。
「おはようさん」
「おはようございます」
「ワフッ」
「ぷくぷく」
「うむ、おはよう」
 眠たそうな目を擦り擦りしながら返事はしっかりする成美さん。普段からしてぴよんぴよんとあちこちで飛び出している癖っ毛が、そこに寝癖が加わることで結構凄いことになっていたのでした。
「うーん、埋まりたい」
「起き抜けの相手に言うことかなそれ。気持ちは分かるけど」
 大吾達に倣っておはようを言うよりも、そちらを優先させる栞なのでした。繰り返し、気持ちは分かりますけど。
「お前達もおはよう。済まんな、どうやら寝過ぎたようだ」
 言って、そそくさと布団を出ようとする成美さん。しかしその「そそくさ」というのはどちらかと言えば気勢の話であって、さすがに寝起き直後にも程があるということなのか、動き自体はかなりもたついているのでした。
 それはそれでなんだか微笑ましいのですが、と、今すべきはそういう話ではなく。
「あ、ゆっくりしてもらっていいですよ。出発するから呼びに来たとか、そういうんじゃないですし」
「そうなのか。いや、二人とも既に着替えていたからな」
「孝さんが早起きし過ぎちゃってね」
「き、着替えたの自体はついさっきだし」
 僕が起きたのは六時。栞が着替えたのは七時。僕が着替えたのもそのほんの少し前でしかないことを考えれば、目が覚めてから着替えるまでに時間が空き過ぎているので、ならばその二つに因果関係は存在しない――とそう言いたいところではありますが、では実際に目が覚めたのも七時頃だったらどうだったかと言われたら、着替えるのが面倒で浴衣のままうろうろしていたという可能性も無きにしも非ず。なんせ、そうしていたところで特に不自然はないわけですしね。
「早起きか。なんだ? 風呂でも入りに行っていたのか?」
「いや、ぼーっとしてただけなんですけどね。栞にもそんなこと言われましたけど」
 ここで栞と同じ話が出てくるというのは、ならばつまりあの混浴が何時から利用可能なのかという話は栞一人が気付いただけではなく、女性陣全体で話題になったのかもしれません。男性陣は誰一人としてそんな話してませんでしたけどね。ええそりゃもう。
「もったいないよねえ、せっかく起きてたのに」
「ふふ、そうだな。……ということは、今からだとそんなことをするほどの時間はない感じなのか」
「そうだね、そんな感じ。朝ご飯もどうなるか分からないし」
「ふうむ、気付いてしまうと中々残念な話だな。初めからそうしようと思っていたわけではないにしても」
 お気持ち、良く分かります。
 とここで、怪訝な顔をしてみせるのは大吾。
「なんだ、風呂ってもう開いてんのか? 時間とか気付かなかったけど」
「あ、大吾くんもなんだ」
「オレも? って、いうのは?」
「孝さんも知らなかったんだよね、あのお風呂が何時から開くのかって」
「ふふん、どうせ風呂に入る時はそれどころではなかったのだろうさ、男どもは。なんせ混浴だものなあ?」
 …………。
「見事に二人揃って困った顔してますね」
 気付かないで下さいよナタリーさん。


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