「嬉しいから、ちょっと抱き締め返します」
そして、ついさっきもやったような気がする遣り取り。同じ台詞で仕返ししたのが気に入られてしまったんでしょうか?
「変なの、とは言いませんよ。僕は」
「……あれ、言われないってなったらちょっと恥ずかしいかも」
だったら止めておけばいいんじゃないでしょうか、とはもちろん言わない。そして栞さんも、抱き締める腕を解こうとはしない。――自分で言うのも何だけど、この状況はバカップルと言われても言い返せないのではないでしょうか。まあ、そう言ってくる人がいないからこそ、こんな事になってるわけですけどね。
「それじゃあ孝一くん、お休みなさい」
「お休みなさい、栞さん」
バカップルというやつなのではないだろうかと思いつつも、特にそれを忌避しないまま暫くを過ごし、そして栞さんが自分の部屋に戻る時間。玄関先でいつものように挨拶を済ませ、そうして204号室には僕一人になる。
「さて」
居間に独りで仁王立ち。さても何も、今から何かをするわけではない。厳密に言えばこれからお風呂アンド就寝に取り掛かる時間なわけですが、それはわざわざ宣言するほどの事でもなく。
――他の人と関わるのが楽しくなる、か。
そんな話をしていたせいか、今自分が一人である事をいつも以上に意識してしまう。と言って別に寂しいだとかそういう話ではなく、「ああ、独りなんだなあ」と。意味が分かりませんね、我ながら。
そんな心持ちの中でついつい思い返すには、一人暮らしをしている筈なのに普段全然一人じゃないなあ、なんて。暇な時間を誰かと過ごすとかならともかく、食事の時まで誰かがいるし。僕が一人で過ごすのなんて、夜に寝る直前と朝に目覚めた直後くらいのものじゃないだろうか? ……まあその、昨晩に限って言えば、その時間帯すら一人じゃなかったわけですが。
このまま立っていても仕方がないので、取り敢えずそのまま床に座ってみる。居間に腰を落ち着ければ、不自然に壁に向かって座りでもしない限りは足の短いテーブルが目の前にあるわけですが、当然現在はその向こう側に誰もいません。しかし「誰もいない」と意識してしまえば、逆に「誰かがいたとしたら」とも考えてしまうわけで、この場合に僕が誰の姿をテーブルの向こうに見るかというと、それはついさっきまで一緒にいた栞さん。
「――よかった、よかった」
彼女の姿をそこに置いてみた僕は、意図せずそう呟いていた。
二人でいた時間の終わり際、上着を脱ぎ、上半身が下着姿になった栞さん。
傷跡は、本当にきれいさっぱりと消えていた。
それは栞さんが言うところの「僕がもたらした変化」であり、その変化がきっちりと成されていた事をこの目で確認して、そうなっている事は見るまでもなく分かっていたはずなのに、あの時僕はしっかりと安堵の溜息をついた。そしてそれを思い返した今、もう一度。
ふう。
「……そうだお風呂に入ろう」
溜息を吐いて気が抜けたのか急に恥ずかしさが込み上げてきたので、話題を変える。変えたところで話題に乗るのは自分一人ですが、それでも変える。わざわざ口に出してでも変える。
「異原さん、明日どう出るかなあ」
風呂から上がって就寝準備。今回は独り言ではなく、リアルな熊の置物という相手がいます。いや、真面目に話し掛けてるとかじゃないですけどね、いくら何でも。
――他人からもたらされた変化。栞さんの胸の傷跡がその表れであるなら、この置物だってそれに立派に当て嵌まっているのだろう。小さい事とは言え、やっぱり嬉しい一品ではあるし。掌サイズじゃなかったら嬉しいどころか怖いんだろうけど。
それはまあいいとして、異原さんの本日の件も、同じく「他人からもたらされた変化の表われ」になるのだろう。幽霊が見えるようになるなんて一大事、それについて何も思わないなんて事はないだろうし。
じゃあ、何を思うんだろう? 同じく幽霊が見える僕にはどう接してくるだろう? まだ事情を知らないだろう音無さんや同森さんに、この話はするんだろうか?
そんなふうに次々出てくる疑問点。その一つ一つが全て、今回の件があったから出てくる疑問ではある。ならばそれらも「変化」なのであって、そう考えている僕もまた変化しているのであって――うん、確かに楽しいです、栞さん。
ただキリがないんで、寝る前の考え事としては相応しくないかもしれません。寝れないです。寝ますけど。
「誰とも関わらないのが一番楽なんだろうけど、そうはいかないんだよねえ、何故だか」
「まあ、楽ってだけでつまんないだろうしなあ。楓もよく言ってんじゃないの、『人間関係ってのは楽しい』って」
「『よく』言ってるねえ。口に出してでも確認したいのかもね、今になっても」
「昔にああいう事があったのが原因だとしても、楓がそういう人でいてくれて良かったと思ってるよ。俺は」
「そういう人だから霊能者になってみんなや高次さんとも遭えたんだし、みんなにも同じ事が言えるんだろうし、本当に楽しいねえ、人間関係。――でも、今日のところは一旦休憩。お休みなさい、高次さん」
「お休み、楓」
そして、ついさっきもやったような気がする遣り取り。同じ台詞で仕返ししたのが気に入られてしまったんでしょうか?
「変なの、とは言いませんよ。僕は」
「……あれ、言われないってなったらちょっと恥ずかしいかも」
だったら止めておけばいいんじゃないでしょうか、とはもちろん言わない。そして栞さんも、抱き締める腕を解こうとはしない。――自分で言うのも何だけど、この状況はバカップルと言われても言い返せないのではないでしょうか。まあ、そう言ってくる人がいないからこそ、こんな事になってるわけですけどね。
「それじゃあ孝一くん、お休みなさい」
「お休みなさい、栞さん」
バカップルというやつなのではないだろうかと思いつつも、特にそれを忌避しないまま暫くを過ごし、そして栞さんが自分の部屋に戻る時間。玄関先でいつものように挨拶を済ませ、そうして204号室には僕一人になる。
「さて」
居間に独りで仁王立ち。さても何も、今から何かをするわけではない。厳密に言えばこれからお風呂アンド就寝に取り掛かる時間なわけですが、それはわざわざ宣言するほどの事でもなく。
――他の人と関わるのが楽しくなる、か。
そんな話をしていたせいか、今自分が一人である事をいつも以上に意識してしまう。と言って別に寂しいだとかそういう話ではなく、「ああ、独りなんだなあ」と。意味が分かりませんね、我ながら。
そんな心持ちの中でついつい思い返すには、一人暮らしをしている筈なのに普段全然一人じゃないなあ、なんて。暇な時間を誰かと過ごすとかならともかく、食事の時まで誰かがいるし。僕が一人で過ごすのなんて、夜に寝る直前と朝に目覚めた直後くらいのものじゃないだろうか? ……まあその、昨晩に限って言えば、その時間帯すら一人じゃなかったわけですが。
このまま立っていても仕方がないので、取り敢えずそのまま床に座ってみる。居間に腰を落ち着ければ、不自然に壁に向かって座りでもしない限りは足の短いテーブルが目の前にあるわけですが、当然現在はその向こう側に誰もいません。しかし「誰もいない」と意識してしまえば、逆に「誰かがいたとしたら」とも考えてしまうわけで、この場合に僕が誰の姿をテーブルの向こうに見るかというと、それはついさっきまで一緒にいた栞さん。
「――よかった、よかった」
彼女の姿をそこに置いてみた僕は、意図せずそう呟いていた。
二人でいた時間の終わり際、上着を脱ぎ、上半身が下着姿になった栞さん。
傷跡は、本当にきれいさっぱりと消えていた。
それは栞さんが言うところの「僕がもたらした変化」であり、その変化がきっちりと成されていた事をこの目で確認して、そうなっている事は見るまでもなく分かっていたはずなのに、あの時僕はしっかりと安堵の溜息をついた。そしてそれを思い返した今、もう一度。
ふう。
「……そうだお風呂に入ろう」
溜息を吐いて気が抜けたのか急に恥ずかしさが込み上げてきたので、話題を変える。変えたところで話題に乗るのは自分一人ですが、それでも変える。わざわざ口に出してでも変える。
「異原さん、明日どう出るかなあ」
風呂から上がって就寝準備。今回は独り言ではなく、リアルな熊の置物という相手がいます。いや、真面目に話し掛けてるとかじゃないですけどね、いくら何でも。
――他人からもたらされた変化。栞さんの胸の傷跡がその表れであるなら、この置物だってそれに立派に当て嵌まっているのだろう。小さい事とは言え、やっぱり嬉しい一品ではあるし。掌サイズじゃなかったら嬉しいどころか怖いんだろうけど。
それはまあいいとして、異原さんの本日の件も、同じく「他人からもたらされた変化の表われ」になるのだろう。幽霊が見えるようになるなんて一大事、それについて何も思わないなんて事はないだろうし。
じゃあ、何を思うんだろう? 同じく幽霊が見える僕にはどう接してくるだろう? まだ事情を知らないだろう音無さんや同森さんに、この話はするんだろうか?
そんなふうに次々出てくる疑問点。その一つ一つが全て、今回の件があったから出てくる疑問ではある。ならばそれらも「変化」なのであって、そう考えている僕もまた変化しているのであって――うん、確かに楽しいです、栞さん。
ただキリがないんで、寝る前の考え事としては相応しくないかもしれません。寝れないです。寝ますけど。
「誰とも関わらないのが一番楽なんだろうけど、そうはいかないんだよねえ、何故だか」
「まあ、楽ってだけでつまんないだろうしなあ。楓もよく言ってんじゃないの、『人間関係ってのは楽しい』って」
「『よく』言ってるねえ。口に出してでも確認したいのかもね、今になっても」
「昔にああいう事があったのが原因だとしても、楓がそういう人でいてくれて良かったと思ってるよ。俺は」
「そういう人だから霊能者になってみんなや高次さんとも遭えたんだし、みんなにも同じ事が言えるんだろうし、本当に楽しいねえ、人間関係。――でも、今日のところは一旦休憩。お休みなさい、高次さん」
「お休み、楓」
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