(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十四章 お留守番の間に 四

2009-03-30 21:01:41 | 新転地はお化け屋敷
「ところで清明くん、体調のほうはどうかな? シャツ替えたいとも言ってたし」
「え? あ、はい、おかげで来た時よりは随分楽になりましたけど……シャツも、替えたいですけど」
 楽になったとは言えども、汗をかいているということはまだ、熱は引いていないんだろう。つまりはゆっくり休んで気分が落ち着いた、というだけのこと。
 ちょっと酷いかもしれないけど、これを使わせてもらおう。
「清明くんは今、風邪ひいてるよね?」
「えっと、はい」
「それを僕が見付けて、布団出したりご飯出したりシャツ出したりしてるよね?」
「ありがとうございます」
「するとあとで布団を干したり、食器を洗ったり、シャツを洗濯したりしなくちゃならなくなるよね?」
「……すいません」
「嫌だと言ってるわけじゃないよ? うん、全然嫌なんかじゃない。そりゃあちょっと後片付けの手間は増えるけど、それだけのことでどうこう思うほど面倒臭がりじゃないつもりだしね」
「…………あの、じゃあ……?」
「清明くんをちょっと知ってるだけの僕でもこうなんだよ? それなら、清明くんのお母さんはどうだと思う? 思いっきり泣いてる清明くんの相手をするのは嫌だって考えてると思う? それとも、もう泣かないように言われてたりする?」
「お母さんがどう思ってるかの話じゃないです。僕が、お母さんに悲しい思いをさせたくないんです」
「そうやって辛くなってるのは清明くんでしょ? 辛いのに泣きもしない清明くんを見て、お母さんは嬉しいと思うのかな? 強い子だと思うのか、無理をさせてると思うのか、どっちだろうね?」
「どっちかなんて、分からないじゃないですか。それだったら、何もしないほうが」
「じゃあ訊くけどさ、そもそも悲しむっていうのは悪いことなの?」
「え?」
 ここでようやく、ふい、と清明くんがこちらを向く。その顔はまるで未知の生物に遭遇したかのようにきょとんとしていて、
「清明くんが悲しいと思って泣いて、それがお母さんにまで伝わっちゃうのって、そこまでして避けなきゃならないことかな?」
「…………えっ?」
 理解ができない、というふうだった。僕が使った言葉が日本語かどうかすら判断できていないんじゃないかというくらい真っ白な、何もかもが吹き飛んでしまったような顔だった。子どもっぽさも、大人っぽさも。
「誰かが言ったの? それが悪いことだって。嫌だから止めてくれって」
 正直なところ、自分で何かを言えるほどできた人間ではないと思う。だから僕はそれを栞さんから何度も言われる羽目になったんだし、だから僕はそれをそのまま清明くんに言う羽目になっている。
 お前が言える立場か、という指摘はごもっとも。僕自身もそう思うばかりだ。だけど僕にはこの場面、この状況で言えることは現状、これしか思い付けなかった。
 こちらを向いていた清明くんが体の向きを変え、真っ直ぐに天井を見上げる。それが返答を考えているからなのか、それとも返答することを投げたからなのかは分からないけど、どちらにせよ、返事がこないことには違いなかった。

 良い思いはしないであろう話に疲れてしまったのか、そのまま清明くんは寝てしまいました。返事は聞けず仕舞いですが、まあ、相槌すらなかったところからすると、何かしらは考えてもらえたんでしょう。適当な生返事が帰ってきたとかならともかく。
 そうしてすうすうという寝息が聞こえ、するとずっと隣でお座りしていたジョンも床に伏せました。頭を撫でてみると、返事代わりに振られる尻尾に力が入ってない様子。もしかしたらジョンも眠くなったのかもしれません。
「おやすみ。ありがとうね、ジョン」
「ワフゥウ……」
 どうやら本当に寝てしまいそうだったので、最後の一撫でのあと僕は、そして他のみんなも、私室を出て居間へ移動。寝てるにしたって息苦しそうですもんね、人が多いと。
「好きな人が死ぬと悲しい、か」
 最後に居間へ入った成美さんが、ふすまを静かに閉めながらそう一言。それはもちろん僕と清明くんがさっきしていた話の中身なんだけど、でも、ここで声を出すのはちょっと勇気がいるような。
「携帯で喋ってたってことにすりゃいいんじゃねえか? 持ってるよな? 携帯」
 おお、ナイスアイデア大吾。確かに向こうからこっちは見えてないんだし、それにふすまにもたれるように座っておけば、いきなり顔を出される心配も――って、
「なんで僕が何か言いたいって分かったの?」
「ん? だって、今までその話してたのオマエだろが。言いてえから言ってたんだろ?」
「や、まあ、そうなんだけど」
 ちょいと不思議な論理展開だけど、間違ってはなさそうなのでまあいいや。とにかく僕は今、携帯で喋ってますよと。
「妙な話だがそれはともかく、これでやっと話ができるな日向。まあ、台所まで行って立ち話でも構わんが。喜坂と話くらいはしていたのだろう? 料理中」
「まあそうですけど、ここでできるんならここでいいです」
 携帯電話の信頼性は抜群なのでした。普段全然使ってないけど。
「ふむ、そうか。では早速訊くが、言いたい何かというのは何だ?」
「あー、その、誰かが死んでしまって悲しいっていうのは、人間以外の動物からしたらどうなんだろうかって」
 何がどうなって「どうなんだろうか」なのは、寝ているとは言え、清明くんのことを考えるとちょっと言い辛かった。
 人間と人間以外の動物の違いとして、幽霊が見えるか見えないかというものがある。そして人間という種族が纏めてこの性質を持っているからこそ、人間の中では幽霊が存在しないことになっている。
 おかげで、運良く見える体質を持っている僕においても、幽霊が本当に存在しているなんて全く信じていなかった。最近までは。
「それはあれか? 死んでも幽霊になるだけだと初めから知っているから、という話か?」
「はい」
 幽霊を見ることができない人間が幽霊の存在を常識としていないのなら、逆の立場にいる他の動物は、幽霊の存在を常識としている。
 誰かからはっきりそう言われたわけじゃない……と、思うけど、普通に考えればそうでないとおかしなことになるだろう。先日の成美さんの旦那さんのように、亡くなったはずの知人、もしくは縁者と出会うことも、それなりにあるだろうから。
「知っていたって悲しいものは悲しいさ、そりゃあな」
 人間以外の動物、猫である成美さんは腕を組み、ふっと息を吐いてから、訊かれるまでもなく当然だ、と言わんばかりの若干投げ遣り気味な口調でそう言った。
 もしかしたら失礼な質問だったかもしれない。なんせ自分でそう思ってしまうくらい、当たり前に過ぎた。
「しかしまあ、やはり人間のそれとは違ってくるのだろうが。意識の違いだけというならともかく、全く知らないか全く知っているかでは、差が大き過ぎるからな」
「ですよね……」
 その言葉が口から出てしまってから、「うっわあ情けない返事」と自分で自分を非難してみる。自分から尋ねたことだというのにたったそれだけで済ませるということは、つまり、僕は成美さんにそう言って欲しかっただけ、ということだ。当たり前なことだと自分でも分かっておきながら。
「どうした? 急に沈んだ顔をして。何か変なことを言ったか?」
 首を傾げられてしまう。そりゃあ、質問に答えただけでこうなられたんじゃあそれも仕方ないことだろう。
 しかしそこへ、
「不安になっちゃった?」
 かちり、と幻聴が聞こえてしまいそうなくらい、パズルのピースのように僕の思考と合わさる言葉が掛けられた。
「幽霊のことを知った今でも、誰かが死んじゃうことをちゃんと悲しめるのかどうか」
 合わさったうえ、そのまま接着剤で固定された気分だった。そこまでされなくたって、合わさった時点でもう逃げられないのに。
「栞さん……」
 微笑んだりはしていない。なのに優しい顔だと思えてしまうような、不思議な表情。ついさっきまで落ち込んでいた人だとは、とても思えなかった。まあ、無理にそういう顔にさせたのは僕なんだろうけど。
「……変な話ですよね、清明くんに訊かれた時は『悲しいだろうね』なんて言っといて」
 その時は、そうなんだろうと思ったからそう答えた。でもそれはそう思ったというだけの話で、実際に自分がどうなのかというと、その通りになれる自信はない。
「誰でもそうだと思うよ。だって、それまでの常識がひっくり返っちゃうんだもん。栞だって――自分がこうなって、いろいろあったし。今の話だけじゃなくて、いろいろ考えちゃったしね」
 いろいろ。そう言いつつ胸にふわりと手を添えている栞さんに、大吾が続いた。
「まあ、そりゃあな。てめえが死んじまったってのに何も考えねえっつったら、そりゃアホだろそいつ」
 なかなかに手厳しい意見だった。だけどそれは、それをそこまではっきりと言い切れるのは、言い切れるだけの確固たる理由が大吾にあるからだろう。自分が体験したという、これ以上ない理由が。
「それについては人間も自分達も同じであります」
 居間に移動してからもやっぱり栞さんの膝の上にいるウェンズデーが、胸に手を当てた栞さんから視線をこちらへ移し、大吾のあとへと更に続く。
「同じでありますから、誰かが亡くなってしまった時に悲しくなるのも、同じなのだと思うであります。自分が死んでしまった時も、その後に爺殿婆殿が亡くなってしまった時も、どちらも悲しかったであります」
 それを聞いてしまうと、やっぱり自分の質問は馬鹿げていたなと思わざるを得ない。自分が死んでしまって、その後に幽霊として存在し続けられていて、それでもなお悲しいのに、大好きな人が死んでしまって悲しくないわけがない。自分が死んだら悲しいのに、大好きな人が死んだ時に、何も思わないわけがない。
「ちょとごめんね、ウェンズデー」
 栞さんの声がした。だけどその時、僕の首は勝手に下を向いてしまっていて、何がごめんなのかは分からなかった。だったら顔を上げたらいいだけの話なんだけど、どうしてだか――。
「焦らなくても大丈夫だよ」
 その声は、目と鼻の先から聞こえてきたような気がした。
 私室へ通じるふすまにもたれさせていた体をそちらへ寄せ、そして僕は、その目と鼻の先から、ぎゅっと抱きしめられた。
「焦らなくても、大丈夫」
 繰り返される言葉。そして抱きついてきた腕が緩み、栞さんが離れる。
 その言葉と抱擁はどうやら、僕に張り付いていた接着剤を溶かしてくれたようだった。そのうえ、かちりと合わさっていたパズルのピースも、外れる寸前まで緩めてくれたらしい。
 下がってしまっていた顔が上がると、にっこり微笑む栞さんが。
「急いで気持ちの整理をつけようとは、してくれなくていいよ。急ぐ必要なんてないんだし」
「そういうもの、なんですか?」
「うん、そういうものだと思うよ」
 こうもあっさり許されてしまうと、戸惑う以前に気恥ずかしい。そこまで簡単に結論付けられてしまうことで、ほんの短い間とは言えかなり真剣に悩んでしまった僕は――。
 ということで、恥ずかしく思っているなりにちらりちらりと、周囲の様子を窺ってみる。恥ずかしい僕は今、どんな顔を向けられているのやら?
 すると何やら、気まずそうな雰囲気。そして大吾が頬を指でぽりぽりしつつ、「……あー、えーと」なんて呟き始める。まあこの状況ですからそれは僕に向けられた呟きなんでしょうけど、はて?
「いや、別に文句あるってんじゃねえんだけど、よくまあオレ等いるってのに抱き合ったりとか……」
 だっ。
「抱き合ったっていやいや、僕は何もしてないんだから、抱き『合った』わけじゃないでしょ?――あ、いや、僕だってそれに文句があるわけじゃなくて、そりゃ嬉しかったし助かったけど」
 言葉だけでももちろん同じように嬉しくて助かったんだろうけど、でもやっぱりそうしてもらえたからこそ、という部分もあるんだろう。なんせ今、こんなだし。
「大吾くんだって人のこと言えないと思うけどなあ。今そうじゃなくても、そういうことがなかったって言い切れる?」
「いや、そりゃ、まあ」
「大吾殿はよく成美殿をおんぶしているであります。意味はどうあれ、それだって似たようなものだと思うであります」
「ぐぐっ」
 文句があるわけじゃないと断りまで入れたのにどうしてだか反撃されてしまい、しかも劣勢なようで、苦い顔になってしまう大吾。さすがにちょっと気の毒だけど、でもそういう視点からいつものおんぶの様子を捉えると、なんだか羨ましいような気も。
「背負ってもらっている側からすると、この件で大吾を責めるわけにはいかんな。かと言って大歓迎だと言ってしまうのも、なかなかに抵抗があったりはするが」
「……歓迎だって言ってくれりゃオレ、もうちょい気が楽なんだけどなあ。道連れっぽくなりそうだから強くは言えねえけど、おぶってるのなんてそれこそ殆ど毎日なんだし」
「言わないだけだ、気にするな」
 すっかり気弱な大吾に対し、あくまでクールな成美さん。体格のいい男か身を縮こまらせて小さな女の子が落ち着いているというのは、なんとも面白い対比だったりする。――だけど、そう言えばそれって体格どうのを別にしてしまうと、ついさっきの僕と栞さんも同じだったよなあ、と。
「お互い彼女に頭が上がらないねえ、大吾」
「そんなことで括られてもなあ……。でもまあ、オレもお前も、一応はコイツ等より年下だしな。関係あんのかどうか知らねえけど」
 負け惜しみみたいな言い草だった。そしてその気持ちは分からないでもない。
 年下だもんね、一応は。
「おいおい大吾、年がどうので済ませるな。女性に対してそれは、失礼というものだろう?」
「栞は……失礼とはちょっと違うけど、困っちゃうかな。生まれてから何年って言うなら年上だけど、体は年が取れないから」
 内心で同意なんてしてみたところへ、このような反応。そうでした、女性が相手だという面からしても、年を取れない人が相手だという面からしても、年の上下を何かの根拠にするのは不適切でした。
「あっ、わ、悪い。そんなつもりじゃなかったんだけど――いや、悪い」
 謝って、何か言おうとして、でもやっぱり謝った大吾。そんな彼へ成美さん、からかうような笑みを作ってみせた。
「しかしまあ、失礼だというだけの話でもある。わたしに対してはな。表面的な付き合いの上で失礼だというだけであって、中身についてはお互いに理解の上だろう?」
「そりゃまあ、そうだけど……。いや、ここでそういうこと言われると逆に辛いぞ」
 反省の最中に許されてしまい、多分内心ではあわあわ言ってるであろう大吾くん。なんとなく、分からないでもない。
 しかしさておき、内心だけで済ましていられないのは僕だ。「わたしに対してはな」という成美さんの言葉の中には、「わたし以外に対してはそうじゃない」という意味も含まれてるんだと思う。それを笑顔で言ってくれたことは、感謝すべきなんだろうけど。
 お互いに幽霊である大吾と成美さん。対して、一方だけが幽霊である僕と栞さん。年を取らないのがお互い様であるあちらとそうでないこちらとでは、ちょっと事情が違ってくる。ということで、
「すいませんでした、栞さん」
 大吾とはまた違った事情から、頭を下げた。
 が。
「え? あれ、孝一くんは何も言ってないよね?」
「ぐあっ」
「ぐあって……」
 ――そうでした。僕、何も言ってませんやん。思っただけですやん。
「いや、でも、すいませんでした」
 自爆だろうと何だろうと、こうなってしまったらもう引くわけにはいかない。自爆だろうと何だろうと。自爆だろうと。自爆。
「うーん……唐突に謝られても、対応に困っちゃうだけかなあ」
「それも含めて、すいませんでした」
 今回ばっかりは、自分が悪いと勝手に判断したってわけじゃないだろう。なんせ栞さんがはっきりと「困っちゃう」と言ったわけだし。口にしなかったってだけで、その栞さんを困らせた大吾の発言に同意してたわけだし。
 まあ、それでまた困らせてるわけだけど。
「栞殿。何を謝られているのか分からないんだったら、何を謝っているのか訊けばいいと思うであります」
「それもそうだね」
 そりゃそうだねウェンズデー。普通はそうなるよねウェンズデー。でもそれ、ちょっと辛い。辛いからこそはっきりさせないまま謝ってたのに。
「というわけで孝一くん、何を謝ったの?」
「大吾と同じことを考えてました。さっき」
「年下だから、っていう?」
「はい」
 言いにくいからといって、言わずにやり過ごせる場面でもない。ということですぱっと言ってしまう。――いやまあ、実際はそんな能動的な話じゃなくて、栞さんには歯向かえない、とそれだけのことなんですけどね。
「そっか。じゃあ、さっきみたいに抱き付いちゃおうかな? もう一回」
 困ってしまうと言っていたからにはそれなりに悲しませてしまうんじゃないかと思っていたもののしかし、どうしてだか大吾側と同じように、からかうような笑みを向けられてしまうのでした。
「……なんでそうなりますか?」
「だってこれも同じでしょ? 年を取れない云々は、幽霊についての話だもん」
 急いで理解しようとしてくれなくてもいい。確かにさっき、幽霊についての話でそう言われた。しかし、それとこれとは同列に扱ってもいいものなのだろうか? いや、そりゃまあ、僕よりは実際に幽霊である栞さんがそう思うなら、ってのもありますけど。
「分かって欲しいのはもちろんだけど、それを今すぐにとは言わないよ。それはこっちの我侭でしかないと思うし、それに……」
「それに?」
 同じような話は昨日にもあった。栞さんに思いっきり怒られた「思い出」の話の中で、怒った栞さんがその怒ったこと自体を反省した時のことだ。
 そのことを思い出しつつも、今において言いかけた、何かの部分について問い掛けてみる。すると栞さん、急にそわそわと周囲を気にし始めた。
「なんだよ?」
 大吾の声なんかまったく無視してそのそわそわが終わると、再び僕と目が合う。すると今度はからかう笑みでなく、照れているような笑みが。
「ちょっと、これじゃあ言い辛いかな」
 するとそこへ、今無視された大吾が。
「は? いやオマエ、さっき今と全く同じ状況で孝一に抱き付いてたじゃねえか。なんか言うってだけであれ以上に照れるようなことなんてあんのか?」
「あっ、酷いよ大吾くん。さっきそう言われたから気にしてるのに」
「ええ、まぁたオレが悪いのかよ……」
 今の大吾くん、かなり打たれ弱いようです。
「ははは、お前はもう、暫く黙っていたほうが良さそうだな」
 成美さんも笑いながらそんなこと言っちゃうし。
「大吾殿は間が悪いのかそれとも大吾殿自身が悪いのか、時々分からなくなるであります」
 ウェンズデー、どっちにしたってキツいよそれ。
「…………」
 沈黙の大吾。なんだか相当に可哀想なので、話を戻してあげることにしましょう。
「それで栞さん、結局は何なんでしょうか?」
 再度問い掛けてみると、多少むっとした表情のまま、栞さんがこちらへ。
 で、再度抱き付かれる。
「あのー……」
 今それを問題としていませんでしたか? 話変えたのは僕ですけど。
 大吾への嫌味なのかそれとも別の意図があるのだろうか、と抱き付かれたまま意外と冷静に考えていたところ、耳のすぐ傍から小声で囁かれる。
「信じてるから。どんなに時間が掛かっても、孝一くんは分かってくれるって」
 ついでに、
「抱き付いてるのはカモフラージュだから」
 だそうで。
 そんな栞さんにあちらの二人は、
「なんかボソボソ言ってる――ってのも、オレは言っちゃ駄目なんだろうな」
「そうそう、お前にしては理解がいいな」
「どんだけ馬鹿にされてんだオレ」
 いろいろと諦めたらしく、もう落ち込む素振りすら見せない大吾。強い子です。
「で、オマエは聞こえたか? 何言ったか」
 強い子だと思ったら、馬鹿にされるに足る人物なだけだったようです。言っちゃ駄目って話なのに即尋ねるっていうのはどういう了見ですか。
「さてなあ。聞こえたような気もするが、確信はもてないような――ああもちろん、聞こえていたところで教えはしないが」
 尋ねられた成美さんはそう答えるのですがしかし、なんでこっちにいやらしそうな目を向けてくるんですか。聞こえたって言ってるようなもんじゃないですかそれ。
 だけどカモフラージュとして僕に抱き付いている栞さんは成美さんに背を向けたままなので、どう見ても面白がってるそんな表情には気付けません。再び小声で「よかった、カモフラージュ成功」と。
 してません、絶対に。
 あとなんかこう、内容がどうあれ、耳元で囁かれるというのはそこそこにキツいです。詳しい説明は控えますけど。
 何はともあれ、用事を済ませた栞さんが僕から離れて座り直し、その膝へ再びウェンズデーをちょこんと配置。まるで抵抗しようともしないウェンズデーがちょっと憎い。
「でもやっぱり、可哀想だと思ってしまうであります」
 ちょっと憎いウェンズデーが誰にともなく、と言うかその場の全員へ向けて。しかし、それはもちろん、栞さんの膝を奪われてまことに情けない嫉妬心を芽生えさせている僕のことを言っているのではなく。
「どうしたの? 誰が可哀想?」
 真上から覗き込んでくる栞さんに対し、それでもやっぱりウェンズデーは全員を相手に話し始める。
「自分達も、爺殿婆殿が亡くなった時はもちろん悲しかったであります。だけど幽霊のことを知っていたでありますから、そう長々と辛かったわけではないであります。今はもう会えないというだけで、どこかで元気にしていると分かっていたでありますから。でも、清明殿は……」
 ひいては、殆どの人間が。ウェンズデーはそこまで言わなかったけど、だからそこまで考慮していなかったのか単に言わなかっただけなのかは分からないけど、つまりはそういうことになる。
 でも今は、「殆どの人間」という情報はどうでもいい。どうでもいいから「単に言わなかっただけ」という可能性が思い浮かぶわけだし。
「そうだよね」
 これまでの様子から一転した栞さんの声。
「何も知らないわけだからな。知らないから、こんな所へ来たりもしたんだろう」
 成美さんも。
「でもよ」
 だけど、大吾だけは普段通りだった。
「知ってるオレ等が一方的に可哀想だと思うってのは、清明くんからすりゃ大きなお世話なんじゃねえか? まあ、世話も何も、見えてねえんだけど……偉そうに何言ってんだとか、そんな感じ、しねえか? 自分がそうだとしたら」
 普段通りの口調でそう述べてきた大吾に、僕も含めた全員が、言葉を失う。みんなが大吾を見詰めて動きを止め、逆に大吾はみんなの顔を見渡した。そして、
「……あー、悪い、また何か変なこと言ったかオレ」
 大袈裟なくらいがっくりと首を垂れながらそんなことを。
 それを見てようやく周囲がざわつくように動き始め(多分僕もそんな感じだろう)、そしてその中で一番に口を開いたのは、ウェンズデーだった。
「そ、そんなことはないであります。きっと大吾殿の言う通りであります」
「そうかあ? じゃあなんで、全員揃ってこんななんだ?」
「それはその、その通り過ぎて驚いてしまったと言うか……」
 上手い説明が思い付かないのか、しどろもどろなウェンズデー。そのしどろもどろな説明だって確かにその通りなんだけど、でも、何かが足りていないような。


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