(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十五章 兄と義姉より愛を込めて 八

2013-10-11 20:41:58 | 新転地はお化け屋敷
 ふさふさ自慢をする筈が結局はジョンの隣を歩いている旦那サンだったけど、成美は特に気にしたふうでもなかった。栞サンも孝一もあんな感じだったし、もしかしたら既に満足したのかもしれないな。なんて思っていたら、
「実は今、大吾と二人で庄子への手紙を書いているのだ」
 興味が他に移っただけらしかった。
 とまあそれはともかく、ああ普通にみんなの前で話すようなことなんだな、と。こっちは黙っているつもりでいたとかそういうわけじゃないけど、それを決めるとしたら成美の意向に沿わせようとは思っていたので、「じゃあオレもそういうことで」ということに。
「お手紙? へえ、どんな?――って、中身訊いちゃって良かったかな」
「ははは、構わん構わん。そう大層なことでもない」
 そうかなあ。とは思ったけど、でもまあそういうことにもなるのか、とも。結婚式の招待状はともかくこれから書くことになる成美の話はもちろん大層な、というか重い話ではある。あるんだけど、でもそれ自体が主題というわけじゃなくて、「こういった背景から成美は今でも間違いなく猫なわけだけど、それでも義姉として認めてくれるか」という趣旨の話、かつ庄子がどういう返事をしてくるかは初めから分かり切っている話でもある。確信している、だったかな。成美の言い方だと。
 なのでこの場合は、大層な話だと考えてしまうのは逆に不適切なんだろう。普段好き好き言い合ってるのとさして変わらない――ああ、もちろんオレと成美じゃなくて庄子と成美の話なんだけど。
 というわけで成美、さらっと説明。とはいえその「さらっと」というのはその話をすることに対する成美の軽い様子を表したものであって、掛かる時間についてはそうもいかなかったんだけど。そりゃまあ、今日の朝自転車で出掛けたところからスタートすることになるんだし。
 ちなみに、途中の三人で風呂に入った部分はばっさりカットされていた。特別な意図があったかどうかは知らない。
 ――時間が掛かったということで、説明が終わる頃にはもう散歩もゴール地点、つまりはあまくに荘に到着してしまっていた。
「庄子ちゃん、来てくれますかねえ」
「まあそこだよなオマエは」
 成美の一生の話が主だったとは思うんだけど、ナタリーが真っ先に出した感想はそれだった。いやまあ、敢えてそっちには触れなかったってことなのかもしれないけど。
 そして、オレでもそんなふうに思えるということは他のみんなもそんなふうに思ったんだろう。ナタリーに続くようにして、誰も成美の話には触れようとはしなかった。とはいえ話の最中には頷いたり相槌を打ったりしてきていたので、聞いてなかったとか関心がないとか、そういうことでもなかったんだろうけど。
 ……関心持たないわけにもいかないもんな。幽霊と幽霊に関わってる奴の集まりなんだし。
「じゃあ、もし庄子ちゃんが来たら呼んでくださいね」
「おう。呼ぶまでもなく庄子がそっちに声掛ける気もするけどな」
 なんせそっちは一階に住んでいるわけで、来客からすれば二階のオレ達より先に足を運べる場所にいるわけだし。
 と思ったら、同じ一階に住んでいるフライデーからこんな意見が。
「このまま大吾くん達の部屋にお邪魔させてもらっちゃ駄目なのかい?」
「構わんぞ?」
 今回も成美の意向待ちだったわけだけど、待つまでもなく即答だった。そうかそうか、書くとこ見られるのも全然問題ないか。……代筆のこともあるし、オレはちょっと恥ずかしいかも。恥ずかしいだけだけど。
「じゃあ僕も一緒に」
「孝さん」
「ごめんなさい大学ですよね」
 あっちの嫁さんも即答だった。いや即答ではないかこれは。

「ふっふっふ、お前もふさふさにしてやるぞジョンよ」
「ワフッ」
 なんで悪い笑い方なんだよそこで。
 というわけで、部屋に戻ってまずやることは手紙の続きではなくジョンのブラッシングだった。いつもは清サンの部屋でやるんだけど、どうせジョン達みんな来るんだったらせっかくだし、ということで。
「そういうわけで大吾! 今日はわたしがやるぞ!」
「どうぞご自由に」
 本当に機嫌いいなあ、今日は。いいことだ。
 というわけで成美がジョンのブラッシングを開始。オレの背中におぶさっていた散歩からそのまま、というのもあって今の成美は小さい方の身体なんだけど、そうなるとジョンに座高で負けるんだよな成美。いやこれは成美が小さいからというだけの話ではなくて、ジョンがデカいっていうのももちろんあるんだけど。なんせ無理だったとはいえ、成美を背中に乗せて歩いてみようと試みたことすらあったりするし。
「なんか大変そうに見えるな、梳く相手が自分と同じくらいの大きさって」
 同じくらい、どころか相手の方が大きいわけだけど、まあそこまでは言わないでおいて。
「なあに、却ってやり応えがあるというものだ。気乗りしない作業というならともかく、これだぞこれ」
 言って、ジョンの背中を手でもっふんもっふんと。その手触りのよさは今更そうして示されるまでもなく手に馴染んだものではあるので、釣られて触りに行くまでもない。
 とはいえブラシ掛けが済んだらオレもちょっとくらい触りに行こうかな、なんて手紙のことそっちのけでそんなことを考えていたところ、元から上機嫌な成美が更に上機嫌っぽく「ふふん」と鼻を鳴らしてみせた。
「今日は何とも毛だらけな日だな。大吾に髪を梳いてもらって、こいつの毛を梳いて、今度はジョンまでとは」
「オマエの髪はともかく、あと二つはオマエが自分からやりに行ったんだろ」
 あと毛だらけな日ってあんまりいい日に聞こえないぞそれ。
 ……いやでも、考えてみたら不思議な話だよな。毛とか髪とか、なんで言い方によってはこうも不潔なイメージが付いてまわるんだろうか? 抜け落ちたりせず頭から生えてる分には綺麗か、少なくとも悪い印象をもつようなもんじゃないとは思うんだけど、それが床に落ちてたりすると途端に汚く見えるんだよな。別に髪それ自体がどうなったってわけでもないだろうに。
 とまあ、それはともかく。
「自分の手で良い一日を作り上げる。結構なことじゃないか」
「そう言われたらそうだけど」
 まあ、そういうことにしておこう。
 というわけで、こっちも今日一日をより良いものにするために。
「おっ、始めるのかい?」
「楽しみですねえ」
「…………」
 成美もそうだったけど、ちょっと文章書くくらいのことでそんな期待されても困るんだよなあ。面白いこと書くわけでもねえし――いや待て待て、それ以前に。
「オマエら見てても読めねえだろ」
「それはまあそうなんだけどね」
「大事なのは動きですよ、動き」
 なんだそりゃ。
 当たり前のようにその前提で生活してはいるけど、成美が字を読めるのは飽くまで例外中の例外、物凄く特別なことだ。もちろん人の姿をしているとか実体化できるとかはあるにしても、成美が買い物係に任命された最大の理由はやっぱりそれということになるんだろう。
 というわけで今オレの手元にある書き掛けの手紙を覗き込んでいる二人、ナタリーとフライデーは、そうしていたところでオレが何を書いているのか全く分からないわけだ。
「音読しろとか言わねえだろうな……」
「ん? できるなら頼みたいところだけど」
「どうですか?」
 恥ずかしい!
 ぞ、それは! 真面目な内容、しかも中身は成美の話ったって庄子宛てなんだし!
 っていうかこれ、今オレが言って初めて音読に思い当たった感じかこいつら。ぐうう、馬鹿なことしたなあ。
「ははは、余り虐めてやるな二人とも。照れ屋のそいつが庄子宛てに、しかもわたしの話を書くのだぞ? どちらか片方だけでも辛いだろうに、その両方が合わさったものを人に見られるというのはなあ」
「ふうむ、確かに」
「それもそうですね」
 あっさり納得されるのもそれはそれでどうかと思うけど、まあでも成美のそれが助け舟であることは間違いない。ここは素直に感謝しておこうと思う。
 というわけで音読を免れたオレは、そこからの落差もあってか見られることはそれほど気にならずに書き始めることが出来た。
 が、するとすぐに、
「しかし面白いものだねえ」
 なんて言い出すフライデー。
「何がだよ。読めないんだろ?」
 機嫌を損ねた、というよりは不安からそう尋ね返してみる。実は密かに字が読めるようになってたとかそんなことないよな?
 といってもまだまだ書き始めで、見られて困るような話題に到達すらしていないわけだけど。
「いや読めないんだけどね、読めなくてもわかるもんだなあって」
「何が」
「清一郎君と比べて字を書くのが下手だなあと」
 …………。
「ああごめんごめん、そんな悲しそうな顔しないでおくれよ。そうかそうか、字の上手い下手というのはそんなに重要なことだったのか」
「いやまあ、学校行ったり外で仕事したりしてるわけじゃねえから別にそれほどでもねえけどな……」
 これは字が読めない奴にすら分かるほどオレの字が下手ってことなのか、それとも逆に清サンの字が綺麗過ぎるってことになるのか……まあ清サンだし、綺麗過ぎるってことなんだろう。そういうことにしておこう。
「わたしは気にならなかったがなあ」
 そういうことにしておいたところ、成美はジョンの腹の辺りにブラシを掛けながらそんなふうに。自分でやることはあまりないにせよ、さすがにオレがやってるところを毎回見ているせいかその手付きは滑らかで、ジョンも気持ち良さそうにしている――と、見るべきところはそこじゃなくて。
 それは何もオレを慰めるとかそういうふうではなく、ただ単純に思ったことを口にしただけ、というような口調だった。オレとしては有難い、というのはどちらにしても同じこととして、ふうむ、このフライデーと成美の差はどこから出てきてるんだろうか。
「買い物に行けばいろんな字を見るからなあ。大吾のそれもその一つとしか」
「なるほど」
 浮かんだ疑問がその瞬間に解消され、そのタイミングのおかげかなんとなく気持ち良さを感じるくらいにスッキリさせられたオレは、ちょっと声のボリュームの調節に失敗してしまった。大声とまでは言わないにせよただの相槌としては力の籠り過ぎたその返事に、周囲の視線がオレに集まってくる。
 その中で唯一、視線をこちらへ向ける以外の動きを見せたのは成美。といってもそれはそう大袈裟なものでもなくて、ただふっと笑ってみせてきただけなんだけど。
 馬鹿にしたようなものではないそれを見て、じゃあその中身はどんなもんなんだろうか、なんて考え始めてみたところ、それとは関係なくナタリーがこんなことを言ってきた。
「清さんの字ばかり見てる私達だと、やっぱりどうしても『二つの内どっちが』って感じになっちゃいますもんねえ」
 沢山知っているうちの一つか、二つしか知らないうちの一つか。考えてみれば確かに、その差は大きそうだった。――とはいえ、それでさっきのフライデーの言い分が間違ってるなんて言いたいわけじゃないけど。なんせオレの字は間違いなく下手なんだし。
 というわけなので、
「つまり私は今、見識の狭さを自ら露呈させてしまったわけだね?」
「初めから広いわけねえんだから露呈も何もねえだろ」
「それもそうか」
 必要だったわけでもなさそうだけど、フライデーにはフォローを入れておいた。我ながらフォローになってたかどうか微妙なところだったけど。
「よーし、こんなものでいいだろう」
「ワフッ」
「ふふ、男前が増したなジョンよ」
 どうやら成美の方も一段落したらしい。あんなふうに言ってはいるけど、大喜びでもふもふしにいくのが果たして男前扱いしていると言えるのかどうかは、かなり怪しいところだったけど。
 とそれはともかく、一段落は飽くまで一段落でしかない。
「集中しているところ済まんが大吾、ちょっとやかましくなるぞ」
「そんくらいいいよ別に」
 ブラッシングが済んだら次は抜け落ちた毛の掃除。普段は清さんの部屋でやってるからともかく今回のここはオレ達の部屋なわけで、じゃあそんなすぐさま掃除しなきゃならないってほどでもないんだろう。――けど、でもまあやろうとしてるのを止めるほどでもなかったりもするわけで。部屋全部掃除するわけでもないんだから、そう長くもならないんだし。
 と、いうわけで。
「これが済んだら思う存分もっふんもっふんしてやるからなー!」
 いくら掃除機がうるさいからって、そんな大声出さなくても流石に聞こえると思うけど。というかその言い方だと「ジョンの」思う存分っぽく聞こえるけど、でもまあやっぱりお前の思う存分なんだろうなそりゃ。
「あっ、しまった!」
 なんだよ。
「これが済んだら手紙だった……大吾の膝に座らせてもらって……」
 そういやそういう話だったけどわざわざ言わなくてもいいだろそれ! どうせここにいるみんなの前で披露するにしたって、言葉にされたらやっぱり恥ずかしいわ! わざわざ前々から予定を立ててそうするみたいに聞こえるし――いや、実際その通りではあるんだけど……。
「ジョンさんに抱き付いたまま膝に座らせてもらうっていうのは駄目なんですか?」
「ジョンは大きいからなあ。そうすると前が見えんだろう、大吾が」
「ああ、そうですねえ。どうしましょうかフライデーさん」
「我々が成美君の代わりにもふもふしてはどうかな」
「なるほど」
 なるほどじゃねえしそもそも真面目に話し合うようなことでもねえし。
 と思いこそしたもののいちいち突っ込みはしないでいたところ、するとそこで動きだしたのは渦中のジョン本人だった。
「どした?」
 と尋ねたところで旦那サンと同様なのは言うまでもないんだけど、どういうわけか急にオレのほうに寄って来た。とはいえそれだけなら別になんでもないんだろう――なんて言うからにはそれだけではなくて、ジョンはオレの足元に伏せってしまった。テーブルに向かって手紙を書いている今の位置関係上、それはテーブルの下に潜り込んで、ということになる。
「オマエらがわーわー言うから逃げてきたじゃねえか。こんなとこ入っちまって」
「そうなのか……?」
「その割にはリラックスしてるように見えますけど」
「テーブルは関係なくて、ただ大吾君の傍に行きたかっただけじゃないのかい?」
 そうだったとしたら嬉しいけど、そうだったとしてもちょっとは省みてやってくれよ。ブラッシングの後くらいのんびりしたいだろうし、そっちの居心地がいいってことならこっちには移動してないんだろうし。
「しかし困ったな」
 困ってるのはジョンだよ。と言ってしまう前に、一応は何か困っているらしい成美の話を聞いてみようと思う。
「ジョンがそこにいるとわたしが大吾の膝に座れないぞ。入れないことはないだろうが、ジョンを踏んでしまうかもしれないし、何よりジョンが本当に大吾の傍に行きたかったとしたらそれを邪魔するのもなあ」
 人気者だなあオレ。なんてことは、自慢にならないからこそ思えることではあるんだろうけど。
「隣に座るくらいで妥協しとけよ」
 ジョンの考えは分からないにせよその背中を撫でながら――うん、もふもふだ――成美にそう提案してみたところ、成美の方も「そうだな、そうしよう」と素直に頷いた。ちょっと残念そうにはしていたけど、まあまあ、それくらいは。
 というわけで成美、旦那サンを抱きかかえてオレの隣へ移動。ついでにナタリーとフライデーもテーブルの上、というか手紙の近くへ寄ってきた。
 半分以上人じゃない――成美を猫としてカウントすれば全員人じゃないけど――奴らで構成された人口密度の高さに囲まれたオレは、ここで暫くぶり、手紙の書き始めを中々思い付けなかった時ぶりの緊張を感じ始めてきた。読めるのが成美だけとはいえ、こうも注目されるとなあ。
「ワフッ」
 といったところで位置関係上ただ一人だけ手紙を視界に納めていないジョンが、軽く吠えながらオレの足に顎を乗せてきた。じゃれて来てるにしては大人しめな動きだったけど、ともあれその頭を撫でてみたところ、
「わたしか? なんだ?」
 と成美。
「オマエがって、何が?」
「いや、ジョンが横目でじっとこっちを見てくるもので」
 言われて頭を撫でていた手を持ち上げ、その視線を確認してみたところ、確かにジョンは成美を気にしているようだった。が、その割にはオレの足に顎を乗せた姿勢はそのままで、だったら果たしてこれは何を伝えようとしての行動なのか……。
「座れって言ってるんじゃないのかい?」
 フライデーだった。
「大吾君のそのちょっとテーブルから間を取って座ってる感じ、どう見ても成美君がそこに入る前提だからねえ。ジョン君がそれに気付かないわけも無し、じゃあ気付いててそこにそうして入り込んだってことは、成美君が来るのを見越したうえでそうしたんだと思うよ?」
 …………。
「テーブルとの間って、オレ全然そんなの気にしてなかったんだけど」
「愛だねえ。テーブルとの間だけに」
 それはともかく。
 意図することすらなく成美の場所を作っていた、なんて恥ずかしい話には違いないので、だったら早めに事態を治めてしまったほうが得策だろう。
「まあじゃあ成美、座ってみろよここ」
「う、うむ」
 そっちまで照れてんじゃねえよ爆発すんぞオレ。
 というわけで成美は予定通りにオレの膝の上へ。ただ、いつもは足を伸ばして座っているところ、今回はジョンを踏まないようにオレと同じくあぐらをかいていた。女があぐらをかくところっていうのも考えてみればあんまり見たことないような気もするけど、まあそれにしても下になってるオレと同じ姿勢ということで、収まりはかなりしっくりくる感じだった。これでワンピースのスカート部分が短かったらえらいことなんだろうなあ、とかそういうのは引っ込めておく。
 当然その頃にはオレの足に乗せた顎を引っ込めていたジョンは、するとそれと同じようにして今度は成美の足に顎を乗せた。
 高さ増したし首疲れねえかなあ、なんてことを思わなくはなかったけど、ジョン自身そんな素振りは見せず、そちらに手を伸ばした成美のなすがままになっていた。頭を撫でられ、ついでにどうやらその成美の膝元にいる旦那サンとも目線で何やら遣り取りしているようで、ということは多分、そんな所に入り込んだ目的はフライデーの言う通りだったんだろうなと。
 …………。
「こっちは変わりありません、と」
「ん? そう書いたってことかい?」
「おう。結婚なんかしてみた割にはな」
 結婚までを期間とするなら物凄く短かったとしか言いようがないけど、同棲それ自体は結婚前からしていたわけで、だったらそれは「結婚したことで変わった点」ということにはならないだろう。まあそもそも結婚する前と後の境目はどこなんだと言われたら、あんまりはっきりはしてないんだけど。結婚届とか出したわけでもないし。
「結婚しても変わらずにいられるって、なんだか素敵ですねえ」
 なんてポジティブなんだオマエ。そりゃオレだって別にやっかみで今みたいなこと書いたり思ったりしたわけじゃないけど――。
「とは言っても私、結婚がどういうものか良く分かってなかったりもしますけど」
 ああうん、そりゃまあそうなるか。
 というわけで、ナタリーのそんな前向きさに当てられたんだろう、成美はくすくすと嬉しそうに身体を揺らし始めた。
「いつまで経っても大吾の独り占めはできないというわけだな、わたしは」
「する気もないだろそんなに」
「そりゃあもう、わたししか見ないお前など魅力激減だからな」
 というのが今のこの状況を指していることくらいはオレでも察せられるけど、そんな評価を受けたことに対して夫としてのオレは喜べばいいのやら悲しめばいいのやら。
「……手紙の方はいいのか? そのためにここに座ってるのに」
「露骨だねえ」
 うっせえよ。
「だって大吾、手が動いてないではないか」
 そりゃそうだろ無茶言うなよ。
「ええと、静かにしてた方がいいでしょうか私達」
 オマエは良い奴だなナタリー。
「黙れとまでは言わねえけどな」
「甘いなあ」
 確かに自分でもそう思ったけど黙る側がそれ言うかよ成美。とさすがにそれくらいは言いたくもなったんだけど、
「ワフッ」
 という一言でそれも失せてしまった。これもオレが甘いからってことになるんだろうか?
 ともあれ、静かになったところで再度筆を走らせ始める。走らせる、なんていうほどすらすら書けているわけでもないけど、まあでもさっきまでならともかく今はこうなっても仕方ないだろう。
「成美」
「ん? どうした?」
 なんせこんな所に座ろうとしてくるくらいだし、見入っていたんだろう。なんとも間が抜けた調子で返事をしてくる成美だった。が、
「どうしたじゃなくて、今書いてんのオマエの話」
「お、おお。そうだったな、見ているばかりではいられんか」
 というわけで、ここからは成美にも文面を考えてもらうことになる。まあ文面とは言ってもそれは原案くらいのもので、実際に書く文章はオレが組み立てることになるわけだけど。
 ……得意でもない割に結構な作業だよなあ、これ。
「基本的にはオレが書いてって、なんかあったら言ってもらうって感じでどうだ? 書くことそのまんま考えろってのもキツいだろ、いきなりじゃ」
「むう、情けないがそのほうが賢明だろうな」
 成美の気持ちも分からないではない。なんたってあれだけ仲良くしてくれてる庄子宛ての、しかも真面目な内容の手紙なんだから、出来るんだったら自分で全部書いてしまいたいとすら思ってるんだろう。
 というわけで、文字通り気持ちだけ受け取っておくことにする。捨て置くには勿体無いにも程があるし。
 そして同時に、気持ちを受け取ったからにはオレも気合いを入れて書かなきゃならないだろう。下手なりにでも頑張りどころの一つくらいはある筈だ、多分。
「大吾……」
「ん?」
「いや、なんでもない。始めてくれ」
 どんな顔をしていたのか、こっちを向いてすぐ前を向き直った成美はその瞬間、口の端に笑みを浮かべているように見えた。
「ニャア」
 そして珍しく旦那サンが声を上げると、「ふふ、そうだな」と。いや、なんて言ったか分からない筈だろオマエ。

「ふう」
「我ながら力作だな。ほぼ大吾作だが」
 まあそう言うなよ、頑張り具合は似たようなもんだ。後ろから見てる限りじゃあ、ずっと手紙から目を離してなかったし。
 というわけで、手紙が完成。一通り見直しもしたし、そこまでおかしなところはないだろう。と言ってしまえる程度には、オレにとっても力作だったりする。うん、人間やれば出来るもんだ。人間に限らないっぽいけど。
「お疲れさん」
「なんの、お前こそ。――茶でも持ってこようか?」
「ああ、頼む」
 世間で忙しくしてる人達からすれば「手紙書いたくらいで何を」ってなもんなんだろうけど、久々の達成感を伴う疲労感というものは、なかなか心地いいものだった。しかもそれを成美が労ってくれるんだから、尚のこと。
「お熱いねえ」
「……そういう場面じゃなかっただろ別に」
「そうかい? 自分の胸に手を当てて訊いてごらん?」
 やだよ。
 書いてる最中は静かにしてくれてたってのに、終わった途端にこれなんだよなあ。


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