(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十五章 兄と義姉より愛を込めて 九

2013-10-16 20:57:22 | 新転地はお化け屋敷
 というわけで、その「終わった途端」はフライデーに限ったことではなく。
「そのお手紙、庄子ちゃんの所に持っていくんですよね?」
「おう。まあ、ちょっとくらい休憩してからにするけどな。疲れたし、時間もあるし」
「時間?」
「学校から帰ってくるまで――あー、四時くらいまでに持って行こうかなってな。どっか遊びに行かれたらあれだし」
「直接手渡すのは恥ずかしいし?」
 という余計な突っ込みはもちろんフライデーからだったんだけど、そうだよ悪いか。
「そうですか……その時会えるんだったらご一緒させてもらおうかと思ったんですけど」
 フライデーは放っておくとして、ナタリーはそう言って残念そうにしていた。でもまああっちに予定がなければどのみちこっちには来てもらうんだし、と言おうとしたところ、
「会えなくとも行けばいいではないか」
 茶を汲んで戻ってきた成美が、オレの前にコップを二つ置きながら言った。そうかまだここに座るつもりか。いいけど。
 と思った途端にその通りの行動を見せつつ、
「なかなか面白いぞ、庄子がどういう所で生活しているかを覗かせてもらうというのも。こことは全然家の造りが違うというのもあるしな」
 朝話していた限りでは広い家よりここみたいな家の方が好みらしかった成美だけど、だからといってどうやら広い家に否定的というほどでもないようだった。……もちろん、比較対象がここじゃなかったらとても広いなんて言える家でもないわけだけど。
「い、いいんでしょうか? 留守の間にそんな」
 一方のナタリーは、そんな如何にも人間くさいことを気にしていた。といったところで思い出したことが一つ。そういえばコイツらって、それこそ「広い家」に住んでたんだよな。今はもう廃墟になってはいるけど、あの山の上の豪邸に。
 デカい家を持ち、大量の動物を飼い、しかもその動物達みんなから好かれるほどしっかりした世話をしていたという山村さん達。
 憧れるなあ。
「ははは。勝手に部屋に入ることを咎められるとしたら、それは大吾だけだろうさ」
 実の兄なのにそんな。いやまあ実の兄だからなんだろうけど。
 せっかくのいい気分が一瞬で吹き飛ばされ、でもこっちに満足してるのも間違いはないんだよな、とも。なんせ現状、不満点が一つもないわけだし。
「庄子ちゃんも照れ屋さんですからねえ」
「いやそこはさすがに本気で嫌がるんだと思うぞ、嫌がるとしたら」
「あれ、そういうものですか?」
 そうそう。あれでも一応は年頃の女子なわけだし。
「でも、大吾さんと成美さんは勝手に入るどころか同じ部屋で寝起きしてますよね?」
 それはその。
「同じ家族とはいえ夫婦と兄妹では関係が違ってくるというわけだな。とはいえ、普段の辛口ぶりが照れ屋なところから来ているのはわたしも否定しないが」
 さすがにそろそろ卒業してもらいたいところだ、なんて言ってられる身の上でないことは自覚しているので、下手なことは言わないでおこう。なんて思っていたら成美、「それになナタリー」とどうやらもう一言あるらしく、
「夫婦と兄妹が同じだったら大変だろう。まあその、夫婦の営みというか」
「ああ、それはもちろんそうなんでしょうけどね」
 言わんで良かっただろそれ! もちろんとか言われてるじゃねえか!
「営んでますか?」
 訊くなよナタリーも! そういう話大好物だろうけど!
「はは、あー、望むまま応えてもらっているというか」
「待って、待って」
 どうしてだか情けない感じの声しか出せなかったけど、それはどうでもいいだろう。勘弁して欲しいですお願いします。
「なんで庄子の話からこうなるんだよ……」
 その話の流れの唐突さもそうだけど、何より今のこの成美との位置関係を考えて欲しい。いくらし慣れた体勢だとは言ってもこう、なあ? そういう話されたら意識せざるを得なくなっちゃうだろ?
「す、済まん。こっちとしては真面目な話の範疇だったんだが――えー、ナタリー、そういうわけでご了承頂けると有難い」
「すいませんでした、つい……」
 本気で謝られるのもそれはそれで辛いところなんだけどな。じゃあどうしたらいいんだよって言われたら、どうしようもないとしか。
「みんなに好かれるのも大変だねえ。好かれ方が違うのにそれ全部捌き切らなきゃいけないなんて」
「苦ではねえんだけど、精神的疲労はぼちぼちな……」
 その疲労というのがどれほどのものかというと、それに圧されて「みんなに好かれる」を流れのまま認めてしまうほどだった。有難い話ではあるにしても、自認するようなことじゃないだろっていう。
 といったところで、こちらを振り向きかつじろりと見上げてきながら、「それは好ましくないな」なんて言ってきたのは成美。
「生活を共にする者として、手助けになることこそあれ負担になるなどと」
「ああいや、そこまで真剣な話でもないんだけど」
 全く冗談とまでは言わないにせよやや誇張気味だったというか、そもそもフライデーに真剣な受け答えなんかしないっていうか。
 真剣な心配をさせてそんな落ちというのはいっそ申し訳なくなってくるところだけど、ともあれ成美は前を向き直り、ついでにその小さな背中をどすっとこちらの胸にぶつけてきた。
「それなら今この場ではそういうことにしておくが、だが大吾、何かあったらすぐに言ってくれよ?」
「ああ、それはもう」
 それについては常々心掛けていることなので、改めて言われるまでもない。それこそ苦ではないというか、いっそ楽しみだったりしないわけでもない。
 何かあったらすぐに言う。そういうことになる原因の中でオレと成美の生活の中で主だったものといえば、それはやっぱり成美が猫であるという話になるわけで、それについて「何かあった」ということは、オレがそれまで知らなかった成美の一面に触れたということになるわけだし。その後どういう対処をすることになったとしても、それ自体が歓迎すべきことであるのは間違いない。
「そういう話はすんなりできちゃうんだよねえ。私からすれば、さっき大吾君が困ったことになった話も似たようなものなんだけど」
「…………」
 フライデーが言ってきたこととはいえ、今回は真剣に考えた。今更だけどこういう話も人前では控えたほうがいいんだろうか、なんて。
 でも背中越しのこっちのそんな様子なんか露知らず、成美は人差し指でフライデーの頭――というかほぼ全身だろうけど――をぺんとはたいてこう返す。
「こらフライデー、そんなことを言っていたら大吾はわたしと話ができなくなってしまうぞ」
「ああごめんごめん、それもそうか」
 いやそれはいくらなんでも拡大解釈し過ぎだろ。どんだけ困りまくってるんだよオレ。
 とも思ったけど、フライデー的にもそういうことでいいそうなので、もうそういうことにしてもらっておいた。まあ少なくとも成美が何とも思ってないなら問題はないんだろうし。
「まあじゃあ、ナタリーも一緒に来るってことでいいんだよな?」
「あ、は、はい。問題ないんだったら是非」
 となれば、
「なら私も」
 とフライデーがそれに続くのは当然ではあるんだけど、
「うーん、ジョンと一緒にいてくれる奴が一人は欲しいんだけどなあ」
 ということになるわけで。犬小屋に戻しておいても勿論問題はないんだけど、どうせ帰ってきたらまたここに集まることになるわけで、しかもあっちでの用事もすぐ済むとなれば、それだけのことでわざわざ移動させるというのも逆に面倒な話だし。
 とは言ってもジョンだったらここに一人で留守番させてても全く問題はないんだけど――。
「日向の所に行かせたらどうだ? 大学も二人一緒に行くわけではないのだろうし」
「ああそっか。そうだな、そうさせてもらうか」
 犬小屋に移動させるのと大して差がない案にも思えたけど、まあこの際そんなところに拘るのは止めておこう。それに一応、そうしたほうが良さそうな理由もあるし。

「はあぁ、ずっとこうしてたいなあ」
「駄目だけどね」
「そうなんだろうけどね」
 ギリギリ出発前だったらしい孝一は、ジョンに抱き付きながら駄々を捏ねていた。そう、ジョンはさっきブラッシングしたばかりで触り心地抜群なのだ。成美は既に堪能してたけど。
「帰って来てからまだそうさせてもらえばいいだけなんだから、ほら、行ってらっしゃい」
「その頃にはもうこの梳きたてもふもふっぷりはなくなっちゃってる気がするけどね。栞の手で」
「…………へっへっへ」
「やっぱり! くうう、あと五分だけ!」
「大学まで徒歩五分の距離に住んでる人が出発しなきゃならないって時に五分待てるわけないでしょ?」
「ごもっとも! そういうわけだからジョン、名残惜しいけどさようなら!」
「ワフッ」
 テンション高えなおい。
「じゃあ孝さん、行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 そこだけ普通かよ。
「そしてジョン、いらっしゃーい」
 栞サンがかがんで腕を広げてみせると、そりゃあそこは賢いジョンのこと、栞サンの意図通りにその腕の中へデカい身体を納めに行くのだった。しかも尻尾を振って。
「なんてこれ見よがしな……! くっ、行ってきます!」
 なんだかちょっと泣いてたような気すらするけど、ともかく孝一はそう言い残して玄関、あとオレ達の間をくぐっていった。早足で。
「案外意地が悪いところもあるのだな、お前も」
「まあ、たまにはね。最近はいちゃいちゃし通しだったから」
「成程。ふうむ、わたしも考えてみるか」
 できたら止めてくれ、と言いたいところだけど、でもどうなんだろうか。されたらされたで悪くなかったりするものなんだろうか?
「それじゃあジョンのこと頼みます」
「待て待て大吾、冗談だ。そんな逃げなくても」
 逃げなのは間違ないけどそれはこの話題そのものからじゃなくて成美から意地悪されて喜んでる非常に気持ち悪くかつ気味の悪いオレを想像してしまったからだよ、なんてことは当然言えるわけもなく。実際そうなったとしても今の孝一と栞サンみたいな感じでどうってことないんだろうけど、想像するとなったらやっぱり強調されがちになるというか。
「ふふっ、はーい。行ってらっしゃい、大吾くん」
 それは状況的になんら不自然のない見送りではあったんだけど、つい今しがた旦那へ向けられたのと同じ言葉をオレが向けられるというのはなんだが妙な気分だった。
「ワンッ!」
 けど、ジョンの一吠えでなんだか馬鹿らしくなってしまい、あまり気にせず部屋を後にさせてもらうことにした。
「ほらオマエも」
「あ、ああ」
 単にこのまま出ていくと成美の冗談に気を悪くしたみたいに思われるかな、なんて不安になったオレは、成美の手を握った。
 ……言うだけなら簡単だけどこの身長差だ。握りにいくのにちょっと屈まないといけないし、握った後も成美は片手だけバンザイしてるみたいになってしまって、あんまりスムーズとは言えない動きにはなってしまうんだけど。
「また後でな、日向」
「うん。ごゆっくり、成美ちゃん」
 それ別れ際の挨拶じゃないです栞サン。

 殆ど後を追うようなタイミングだったこともあって、外で孝一と会うかな、なんて思っていたもののそうはならず(割と長い間持続したらしい、あの早足は)、なのでオレ達はそのままオレの実家へ向かうことになった。
「重くないか?」
「いや、普段とそう変わらないっちゃ変わらないんだけどな」
 小さい方の身体ということもあって、オレは成美をおぶっていた。
 そして今回はそこに、猫蛇蝉の抜け殻それぞれ一名ずつの体重もプラスされていたりする。なんでこうなったのかは、まあ、理由なんて特にないんだろうけど。
「受け取りようによっては失礼な話だな」
「重いのが失礼とか言ったらオマエ猫耳出せなくなるだろ」
「ん? ははは、確かにそれもそうか」
 猫耳を出して大人の身体になれば、当然その分だけ体重も増えるわけで。
 ……果たして幽霊に体重があるということを「当然」としてしまっていいものなのかどうかは、幽霊歴二年ちょいながらまだ判断しかねるところではあるけど。
「はい着いたぞ、降りろ降りろ」
「近いなあ」
 味気なさそうにもそもそとそう言いつつもそもそと背中を降りた成美。それに続いて他のみんなも頭の上やら首やら腕やらから降りたところで、
「毎回距離が変わったらビックリだろ」
「はは、まあな。だが決まった家を持つというのは人間特有――というほどでもないのだろうが、どちらかといえば少数派だと思うぞ?」
 そりゃそうかもしれないけど今そんな話してたっけか? まあいいや。
 幽霊歴二年ちょい。この家を出て二年になるんだなあ、なんて思ってみると、つい先日にも成美への紹介の為に来たばかりなのに、ついつい懐かしさを感じてしまうのだった。
 ……ただいま。

「広いですねえ」
 ドアを開けないまま帰宅――それとも、この距離でも帰郷ってことになるんだろうか?――したところ、一番に口を開いたのはナタリーだった。
 あまくに荘に比べたらそりゃそうなんだろうけど、でもナタリー、オマエここの十倍以上ありそうな家に住んでたんだから。……と言っても、その全体を自由に動き回れたってわけじゃないんだろうけど。少なくとも幽霊になる前は。
「わたしもそう思ったものだが、しかしナタリー、どうやらここくらいが一般的なのであって、むしろあまくに荘のあの部屋が狭いだけらしいぞ」
「そうなんですか!?」
 驚くとこかよ。あと成美、今ここに居ないからってちょっとは家守サンに遠慮ってものをだな――ああ、成美にとっては狭いほうが扱いが上になるんだったか。
 という話をしているのもそれはそれで楽しいんだろうけど、でも今日ここに来たのは他に明確な目的があってのことなので、だったらあまり無駄なことしてないでそっちを片付けてしまったほうがいいだろう。
「こっちなのかい? 庄子ちゃんの部屋は」
 廊下を少し進んだところで、オレの肩の辺りでふよふよと浮かんでいるフライデーが尋ねてきた。
「こっちじゃねえけど、その前に親がいるかどうか確認。いるんだったら足音とか気を付けなきゃなんねえし」
 庄子の部屋は二階で、その二階への階段は既に通り過ぎていた。ちなみにその庄子の部屋の隣はオレの部屋だったんだけど――まあ、特に何があるというわけでもなく。
「私が見てこようかい? なんせこれなもんで、足音も何もあったもんじゃないよ?」
「そこまでするほどじゃねえよ。人間なんて大して耳良くねえんだから」
 ぱっと出てくるのがそんな理屈だっていうのは自分でもどうかと思うけど、まあでも出てくるものは仕方がない。なんせそういう環境で生活してるわけだし――いやだからって、夜寝付けなさそうにしている成美を想像することはないんだろうけど。
「むーん、珍しく宙に浮けることが役立ちそうだったのに」
「役立てたところであんまり感じ良くねえだろ、後ろからコソコソ近付くためなんて」
「ほう。つまり大吾君、その感じの良くないことを人にさせるくらいだったら自分でやる、ということだね? 優しいねえ」
「いやまあ、ここがオレんちで相手がオレの親だからってのもあるんだけどな」
「そんな君のことが我々は大好きです」
「……分かったから集中させてくれ。喋りまくりながら足音だけ立てないようにするとか、そんな器用なことできねえぞオレ」
 ちなみにオレんち、というか極々一般的な一軒家の廊下が歩いている間にこれだけベラベラ喋っていられるほど長いわけもなく、その頃にはとっくに台所の前で足を止めていた。他の部屋は廊下からでも誰かいるかどうかぐらいは確認できるけど、台所だけは中まで入らないと奥の方が確認できないからだ。
 つまり、ここまでは誰もいなかった、という話でもある。
 みんなが(というかフライデーが)静かになったのを確認してから、オレはそれまでより更に足音に気を付けてそろりそろりと台所へ入る。いや別にここで一際気を付けたりする必要はないんだけど、みんなに(というかフライデーに)あんなことを言った手前、見た目にもそれっぽいほうが格好が付くかな、と。
 ――で。
 誰もいなかった。
「買い物かな」
 平日の昼間。父ちゃんはもちろん仕事としても、母ちゃんは家にいておかしくないんだけど。とは言え、いないからといってそれがおかしいというほどでもないので、なら別に拘る必要もないんだけど。
「上ではないんですか? 階段ありましたよね、さっき」
「そっちはオレと庄子の部屋しかないからなあ。親が入るってことは殆どないし」
 あるとしたら洗濯物を運んできた時くらいだろうけど、それだってまだ取り込むような時間帯ではないわけだし。
「ん? 上の部屋は一つだけなのかい?」
「別々だよ。オレの部屋と庄子の部屋で二つ」
 言い方が悪かったにせよオレとアイツの様子見てたら同じ部屋なんて考え難いだろうに、なんてのは勝手な言い分でしかないだろうから言わないでおくにしても、フライデーに言われるとどうしても「分かってて言ってる」みたいに聞こえるんだよなあ。
「ではとうとう庄子ちゃんの部屋に行くわけですね!」
 まあそうだけど、そんなテンション上げることでもないと思うぞナタリー。何期待してるのか知らないけど、実際入ってガッカリしてやるなよ?
 というわけで、そちらへ移動。二階に親がいるってことはまずないだろう、とは言っても万が一の為にそろそろ移動は継続させることにした。そうじゃなくても階段なんて足音立ち易いわけだし。
 手すりを掴めれば少しは楽だったのかもしれないけど、両手がそれぞれ手紙と玄関に置きっ放しにしておくわけにもいかない脱いだ靴で塞がっているのでそれもできず、中々に難儀な移動ではあった。高確率で上に誰もいないということを考えると馬鹿らしくなってくるけど、そこはまあ我慢する他ない。
「大吾君の部屋も見てみたいところだねえ」
「いいけど別になんもねえぞ」
 庄子の部屋と違って、そっちはいくらガッカリしてもらっても構わなかった。なんたって、言葉で表すなら「オレの部屋」ということになるとはいえ、正確には「オレの部屋だった部屋」になるわけだし。死んで、しかも家を出て、そんでもってその出てった先で所帯まで持っちゃったしなあ、今は。
「なにもなければつまらないということもないだろう」
 廊下と同じくそう長いわけもない階段を上り切ったところで、成美が言った。
「今朝行ったわたしが生前住んでいた場所だって、何もないと言えば何もない所だったぞ?」
「……まあな」
 あれがつまらなかったかと言われたら、もちろんそんなことはない。成美があそこで生きていたというその事実だけでも、オレにとっては――。
 まあ、そうなんだよな。ここで生きてたんだよな、オレも。
「どうした?」
「いや」
 階段から見て手前が庄子の部屋、奥がオレの部屋。わざわざ遠い部屋を選ぶ必要があるわけでもなし、生まれた順番からして最初はオレが手前の部屋だったんだけど、庄子が自分の部屋を欲しがるにあたって奥の部屋へ追いやられたという過去がある――のは、どうでもいい思い出ではあるんだけど。
 用があるのは手前の庄子の部屋、ということでその庄子の部屋のドアのドアノブに手を伸ばしたオレは、でもそこに手が届く前に一旦停止した。
「一応、オレの部屋も見とくか」
 もしかしたら親がいるかもしれないし。と、それだけ言えば成美達にはそういうふうに聞こえたことだろう。でも本当の理由はそうではなくて、ただ単にオレがオレの部屋を見たくなっただけのことだった。
 これが本当に久しぶり、数年ぶりの帰宅だっていうならともかく、つい先日成美を連れて来たばかりなのにそんな気分になるというのは、我ながら不思議なことだった。
「なあ大吾」
「ん?」
 宣言通りにオレの部屋へ向かおうとしたところ、成美がその場から動かないまま声を掛けてきた。歩き始める様子もないので、こっちも足を止める。
「今お前、ドアを開けようとしたな」
「そりゃあ、用があるのはこの部屋なんだし」
 何言ってんだ、と言われた瞬間はそう思ったけど、
「開けずに入ればいいではないか」
 あ。
「というか、物音を立てないという事であれば開けずに入ったほうが良かったろう?」
「そうだな。なんかボーっとしてた」
 玄関だってそうやって入ってきたのに間抜けだなオレ。と、自分ではそう思っただけだったんだけど、どうやら成美にとってはそうではないようで、真剣な話をする時の顔でオレを見上げてくる。
「お前にとって、ここはまだ『お前の家』なのだな」
 どきっとした。いや、ぞくっとさせられた。それが一体どういう意味なのか、オレは――。
「そんな顔をするな。勘違いするなよ、責めているわけではないぞ」
「そう、か」
 自分が幽霊であることすら忘れてしまうほどに、ここはまだオレの家である。それはつまり202号室がオレの家ではないと言われているようで、でも結局、成美にそんなつもりはないようだった。
「お前との暮らしやお前の気持ちに疑う余地などないからな」
 勘違いするなと言った成美は、どう勘違いしたのかまでお見通しのようだった。オレの立場からすればそれはほっとさせられるところだったんだろうけど、むしろ一層格好悪さが際立たせられたような、そんな気分にさせられてしまう。
「言ったろう、わたししか見ないお前など魅力激減だと。家が二つあったとしても、それが何か問題になるか? わたしだって今日、以前住んでいた所へお前を連れていったばかりだというのに――はは、家、ではないがなあれは」
 そうだ。成美だって、以前の生活を捨ててオレと一緒になったわけじゃない。以前の生活が「終わってしまって」、それから今のオレとの生活を選び取ったというだけだ。だから今、オレがこの家とまだ繋がっているのは、恥じることでも後悔することでもない。
「そうだな」
「うむ、さすがの物分かりの良さだな。……ふふ、それにしても可愛らしい」
「何がだよ?」
 笑われるのは分かるとしても、今の話から可愛らしいという感想はなかなか出てこないような気がするけど。
「以前わたしにここを紹介してくれた時は、こんなことはなかっただろう? ならばあの時はそうなるほど気を張ってくれていたんだろうな、と」
「…………」
 可愛らしい、なんて自分に対して言いたくはないけど、少なくとも成美からそう思われる充分な材料にはなってしまうんだろう。玄関抜けるまでしか持たなかったんだもんなあ、今回は。
「ヒューヒュー」
 うるせえ。というかそれ口で言うもんじゃないぞフライデー。その口で口笛とか無理だろうけどさ。
「えー、ひゅーひゅー、ですか?」
 分かんないんだったら真似しなくていいんだぞナタリー。
 というわけで、そちらには構わずオレの部屋へ移動。もちろん今度はドアノブには手を出さず、そのままドアをすり抜けた。
「いないな」
 思った通り、なんてわざわざこうして確認しに来てから思うのも変な感じだけど、ともあれそこに親はいなかった。となれば今この家は、完全に留守ということになる。
「また入らせてもらってもいいか? 折角だし」
 成美からそう言われて初めて、ああオレは中まで入る体でここにきたんじゃなかったんだっけ、なんて。もう少しで「親がいるかどうか見に来ただけなのに何故か中に入ってくつろぎ始めた」なんてことになるところだった。
「まあ急ぐわけじゃないしな」
 二つ隣りさんとこに犬預けておいて随分な物言いだけど、まあでも多分、あっちとしても長引けばいいなあ、くらいは思ってるんだろうしな。預けた時のあの様子からして。


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