(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第八章 再会 二

2007-10-08 19:31:57 | 新転地はお化け屋敷
 言い終わると頬杖を解き、何やらにやつきだした。そして再び、今度は楽しそうに話し出す。
「なんだ? もしかして参考にしたいとかか? って事は孝一と喜坂さんって、まさか霧原先輩深道先輩と同じで付き合ってたりするのか?」
 明くん、明らかに本気では言っていない。が、僕は明くんのほうを見ながらも、何も言えなくて苦笑い。栞さんはキュッと肩を狭めてこちらをちらちら。
 普通だったら「そんな事ないよ!」と栞さんと僕の二人掛かりで必死に否定し、その様子を明くんが楽しむという展開になるんだろう。けど、実際にはこんな感じで二人掛かりの沈黙。
 やっぱり明くんにとっても予想外だったんだろう。そんな展開に、顔を若干引きつらせる。
「え……あの、マジで? あー、なんかごめん」
 なぜかこちらに謝ると、自分の席の背もたれにゆっくりともたれかかった。そして手の平で自分の両目を押さえて一息つくと、
「って、なんで謝ってんだ俺?」
 同感。
 こっちが平然として付き合ってると認めたらそんな対応にもならなかったんだろうけど、なにぶん付き合いだしてからまだ日が浅い―――って言うか、二十四時間も経ってないからね。ごめんね変な気を遣わせて。
 僕が質問してから明くんしか喋ってないけど、まあ話自体は進んでるからいいか。―――なんて思ったところで、先生が到着。結局明くんの喋りっ放しで会話終了。
 この席だけあんまり真面目にお勉強って雰囲気でもないけど、初めての講義って事でできるだけ頑張ろう。


 講義時間九十分のうち二十分ほど経過。黒板が字で埋まるペースが速すぎて、先生の言ってる事まではとても聞き取ってられません。せっかく買った教科書はいつ使うんですか?


 三十分経過。栞さんがギブアップして机に伏せってしまいました。が、せっかくこちらに向けられた寝顔を拝んでる暇が全くありません。そしてここで、まだ講義全体の三分の一しか終わってないというのに教室を去る人が。今出て行っても残り一時間は何をする時間なんですか? さすが大学、何がどうなってるのかまるで分かりません。


 六十分経過。ふと見てみれば明くんがシャーペンを構えたまま寝てます。以前に「寝たら起こしてくれ」と言われた気がするので、真ん中の栞さんを跨いで明くんの肩を叩く。
「おーい、明くーん」
「んぉ。お、おぉ。悪い悪い」
 あと三十分だから頑張ってね。って言うかこれだけ忙しいのによく眠れるね。


 八十分経過。もう少しで終わりだ、とかなり弱まってきた右手の握力を振り絞っていると、
「じゃあ今回は初回って事で、ちょっと早いですけどこの辺で終わりにします。……あ、出席カードは結構ですんで、他の講義の邪魔にならないように退室の時はしぃずぅかぁに、お願いしますね」
 唐突に講義終了。そしてその直後、
「んん……ん」
 栞さん、悩ましボイスとともにむっくりと目をこすりこすりお目覚め。
 なんでこういう時って授業中の先生の話では反応しないのに、授業終了の一声だけには反応できるんだろう? 人間の耳って都合よくできてるなあ。人間だけかどうかは知らないけど。
 字の書き過ぎで痛む手をぷらぷらと振りながら机の上の物をカバンに放り込んでいると、
「あれ……?」
 声に釣られてそちらを見れば、栞さんが自分の腕を眺めながら怪訝そうな表情をしていた。しかし、何やら目元がキラキラしてませんか? あと腕も若干。……泣いてた?
 その様子に、未だに眠気が抜けないのか半目になりながらも、明くんが話し掛けた。目だけでなく声からも眠気が抜けてなくて、ちょっと音程が低い。
「喜坂さん、変な夢でも見てたんですか?」
 声を掛けられて、栞さんが明くんのほうを向く―――と言うよりは、驚いて振り返った。勢いよく。その勢いに明くんも驚き、半開きだった目を全開きにしながらちょっとだけ体を後ろに引く。
「あ……夢? えっと、はい。ちょっと嫌な夢を………」
「そう、ですか」
 二人とも平常心を片足の爪先分だけくらい踏み外し、一言ずつだけ言葉を交わす。それが終わると栞さんが今度はゆっくりと振り返り、僕のほうを向いた。
「あの、孝一くん。次の時間って広い教室なの? それとも狭い教室?」
 栞さんの望む答えがどちらなのかは分からない。さっき明くんから聞いた霧原さんの話を本当に参考にするのなら、広い教室ならまた一緒にいて、狭い教室なら一旦別れる事になる。
 普通だったら拾い部屋のほうがいいという事になるだろう。でも、泣くほどの夢。栞さんの見た嫌な夢というのがもしも「あの」夢だったとしたら………でもどちらの答えがいいのかが分かったところで、嘘を付いてもどうにもならない。だから、
「狭い部屋です。ちょっと残念ですけどね」
 努めて軽い口調で、本当の事を伝えた。狭い部屋だというのも、僕が残念だと思っているのも、どちらも本当の事だ。じゃあ栞さんは? 残念ですか? それとも―――
「あ、そう……なんだ。それじゃあ仕方ないね、ここから別行動だね」
 ほっとしたような笑顔。口ではそう言っていても、だ。しかもその口が僅かに震えている。と言う事は、やっぱり栞さんの見た夢は。
「二時間目は何時くらいに終わるの?」
「十二時十分ですけど……あの、無理せずに先に帰ってもらっても」
「無理って、何が? じゃあそのくらいになったら校門の所で待ってるね」
 強がり誤魔化しはバレバレだったけど、だからと言って引き止める訳にも、昨日のような言い争いをここでおっ始める訳にも行かないので、
「分かりました。それじゃあその時間に校門で」
 と答えるしかなかった。
 そして返事の代わりに作り笑いを残し、栞さんは足早に立ち去る。道を譲ろうと立ち上がりかけた明くんには目もくれず、座る時と同様椅子をすり抜けて。
 その背中を振り向いたまま、中腰からゆるぅりと再び席につく明くん。そして栞さんが壁の向こうに見えなくなると、体の向きはそのままに首だけくるりと九十度回転。僕と目を合わせてきた。
「えーと……なんて言うか、何かあるよな? あの様子」
 やっぱりそう思っちゃうよね。事情を知ってるとかそんなの関係ないよねあれじゃあ。
「まあ、いろいろと………」
 「いろいろ」の内容を公開するのはさすがにどうかと思ったのでそれだけ言って、あとはもにょもにょとフェードアウト。
 すると明くん、机に肘を掛け、それを上半身ごとこちらにずずいと滑らせる。間に一席挟んでいるのでいるのでそれほど近い訳でもないけれど、気圧されるには充分な迫力だった。
「行かしちゃっていいのか? 彼氏っつうポジションとしては」
 ごもっともな意見だとは思うんですけどね。ですけども、そういう訳にはいかない「いろいろ」なんだよね。
「むしろ行ったら駄目なんだよ。僕がいるからああなっちゃうって言うか」
「へ? 彼氏なのに?」
「栞さんにとって僕は毒―――と、ちょっと台詞が臭くなっちゃうけどそんな感じなんだよね」
 納得したって訳じゃないだろうけど、明くんはこちらに傾けていた体を引いた。
「はー……なんか孝一の周りって大変そうだな。健康診断の時の二人もあんなだったし」
 そして同情と言うか感嘆と言うか、そんなどこか気の抜けたような声で言う。が、その口調はいいとして、言ってる内容について一言訊いてみたくなる。そちらはどうなのか、と。
「明くんはどうなの? 岩白さんって、その……こっち以上にいろいろありそうだけど」
 嫌味を言いたい訳ではないのに、口にしてみれば酷い文章だった。こういうのをさらっとした感じで言うにはどうすればいいんだろう? ………難しい。
 しかしそんな心配は杞憂に終わり、むしろ答えるほうがさらっと言い放つ。
「ああ、センか? いやあもう何だかんだで三年だから、そういうのがあったとしてももう慣れてるんだろうな。なんとも思ってないわ」
 平然とそう答えると今度は顔に笑みを浮かべ、こちらが返事をする前に先を続けてきた。
「でもそもそも、初めて会った時からなんとも思ってなかったかもなぁ。あいつが人間じゃないって事なんかより、世間知らずな馬鹿さ加減が先行してたって感じか」
 もうそろそろ教室に残ってる人も少なくなってきたけど、それでももしこの会話が誰かの耳に入ったら―――
 ―――まあゲームか何かの話って事になるんだろうな。聞いた人の頭の中では。明くんもそれを分かってるのか、全然他人を気にしてないし。
 ………それにしても。
「世間知らずの――って、随分とボロクソだね……」
 それこそ彼氏っていうポジションとしてどうなのよって話ですが、しかし明くんは尚も笑みを絶やさない。
「はは、これもなんて言うか恒例行事みたいなもんでな。最近そんな事もなくなってきたのがちょっと寂しいくらいかもしれん」
 それは――なんだろう、僕が栞さんの失敗が多いところを気に入っているのと同じようなものなんだろうか? 明くんに「ボロクソだね」とか言っちゃったけど、昨日の夜に僕だってボロクソに言ってたし………ああ、止めておけばよかった。栞さんがそれをどう思ったのかを抜きにしても。
 人生の良い思い出として保存しておくか、それとも人生の汚点として排除すべきかどうか悩ましい記憶に身を硬くしていると、
「センっつったらえーっと……あれ、どうなったんだ? 寛――前言ってた、大きいやつの話」
 そうでしたすっかり忘れてました。
「ああ、それなんだけどね、みんなに訊いてみたら成美さん――あの、前にトイレの前でうずくまってた白い髪の人が憶えがあるって言ってたよ」
「おお、マジか」
 えー、成美さんなんて言ってたっけか。確かあんまり褒めてないような特徴で………あ、思い出した。ゴーレムだゴーレム。
「その寛くんってさ、やけに無表情だったり喋り出しが遅かったりしない? こっちが探してるのはそういう人なんだそうだけど」
 質問口調で締め括るのをためらいそうになるくらい、言ってる最中から嬉しそうにうんうん頷く明くん。そうくれば返事はもちろん、
「そりゃまさに寛だ! いやー特徴聞くだけであいつの顔が浮かぶな!」
 些か興奮した様子でそう言うと、ズボンのポケットに手を突っ込んでごそごそ。しかしポケットが捻じ曲がっているのかちょっと取り出し辛いらしく、椅子から少しだけ腰を浮かしてもうちょっとごそごそ。
 そしてやっとの事で取り出しましたるは、携帯電話。再び椅子に腰を降ろして、今時はそうじゃないほうが珍しい折り畳み式のそれをバチンと開き、操作をする――前に、こちらを向く。
「孝一は今日の講義、昼までなんだよな? さっき彼女さんと話してたし」
「あ……あ、うん。そうだけど」
 彼女さんという言葉にうろたえたりもしたけどそこはまあいいとして、そうか。確か明くんは今日、午後も講義があったんだっけ。
 全く一緒という訳にはさすがにいかなかったけど、できるだけ同じ講義を取ろうという事で僕と明くんは共同で時間割を作成した。それでこの時間と次の時間、同じ講義を取ったんだけど――
 まずい。明くんの講義が午後までなら寛くんの登場も当然それが終わってからって事になる。となると、栞さんとのお出掛けが………いくら寛くんと成美さんの問題とは言え、紹介する立場である僕が「遊びに出掛けますー。後は御自由にー」なんてのは無責任過ぎるだろうし。ああ、なんで明くんの予定を忘れてあっさり栞さんと約束しちゃったかなぁ。
「うし、じゃあそんくらいに来れるかどうかメールしてみるわ」
 ……あれ?
 予想外にもこちらの都合に合わせてもらえる展開になり、嬉しいながらも混乱する。ので、整理してみる。
 えっと、まず寛くんを僕の都合に合わせて呼んでくれると。それでもし寛くんが来れるのなら僕と寛くんはその時間に初顔合わせする事になって、でも明くんはまだ講義が残ってて。って事は初対面でいきなり二人、取り残されるって事? それはちょっと厳しそうな―――あ、でも栞さんがいるのか。それならなんとか―――ってさっきのあの様子じゃなあ……無理させてるところにそこまで頑張ってもらうのも悪いような気がするし、それになんか雰囲気的に巻き込まれて僕まで凹んだりしようもんならもう収拾がつかなくなりそうだし―――
「あのー、明くん?」
 カチカチカチカチと本文作成中のところ申し訳ないですが、ちょいと問題発生です。
「ん? なんだ?」
 呼ばれた一瞬だけこちらを見、そしてすぐに顔を携帯に戻して作業続行。
「明くんは、来れ――ないよね、確か午後も講義あったし」
 ストレートに「初見の他人といきなり一対一は辛い」ってのはかなり言いにくいので、遠回し過ぎるくらい遠回しに言ってみた。それでもなんとか読み取ってくれたら嬉しいんだけど………
 すると明くん、指先の作業を続行させたまま、そしてもちろん画面を見たまま、少し笑う。
「ああ大丈夫だよ。俺は無理だけど、もし寛が来れるんならセンも呼ぶからな。あいつはいつでも出て来れるだろうし、もちろん寛とも知り合いだしな。まあどっちにせよ『来れたら』の話だが」
 確かにまあ、明くんの都合云々の前に寛くんの都合なんだけどね。
 明くん、送信が完了したようで指の動きを止めると、顔を画面からこちらに向けて再度笑む。
「あいつ物凄い無表情だから、『…初対面の人からよく怒ってるように間違われる』って何回かぼやいてたしな。そうしてみるのも面白そうだが」
 途中で何か声真似らしきものを交えながら、最後に意地悪な案を付け加えられた。多分当人達は誰一人として面白いとは思わないだろうからそれは勘弁してください。
「そんな露骨に不安そうな顔するなよ。冗談だって」
 よかったよかった。


 それから暫らく机の上に置かれた携帯と睨み合うと―――ああいや、こっちが一方的に睨んでるのか。目とかないし。カメラのレンズはあるけど。
 それはともかくとして、ついに携帯が震えだした。が、さっきまで講義中だったからかそれとも元からなのかは知らないけども音は鳴らない。しかしそれもどうでもよくて、気になるのはやはりあちらの返信内容。
「向こう、なんて?」
 明くんが手にとってぱこんと開いたそれの画面を直接覗きたくなるのは我慢しつつ、そう尋ねてみる。すると明くん、読み始めにぴくんと眉毛を持ち上がらせ、読み終わりにしおしおと眉毛を垂らす。
「んーと………昼に来れるみたいだ―――けど、おまけ付きで来るみたいだな」
「おまけって? 友達と一緒だったとか?」
 来てくれるのならそれは嬉しい報告の筈なんだけど、明くんの表情と声色的に残念さが漂い始める。
 こちらの問いにすぐには答えずカチカチと短い文章を打つと、申し訳無さそうな苦笑い。
「友達っつーか……本人と、彼女と、その妹の三人で来るんだと」
「彼女と………妹? そ、それってどういう状況?」
 脳内劇場にはデートする二人と、それをあからさまに付け回すお邪魔虫なチビッコの三人という妙な動画が映し出される。なぜ真っ先にそんな状況が思いついたのかは知らないけど、とにかくなんで妹さんが?
「ああまあ妹って言っても双子なんだけどな。暇だからついて行くとかそんな感じだろ」
 特に問題とも思ってなさそうに明くんがけろりとそう言い、もう一度携帯を弄り始める。今度は岩白さんへのメールだろうか?
 それが終わって明くんが携帯を畳んでポケットへと突っ込むと、そこでやっと一限終了のチャイムが鳴った。
 「普段だったらここまで講義か。長いなぁ」―――なんて思っていると、
「おっ!? やべえ! 遅刻だぞ孝一!」
 床に固定された三連の椅子を弾き飛ばしそうな勢いで、明くんスタンダップ。
「いや、今の一限終わりのチャイムだよ」
「え………あ、そうか。そうだったな」
 勢いを一瞬で殺された明くんがしぼんでいく風船のようにゆっくりこっそり席につくと、まだ人が残っている席から小さく笑い声が聞こえてきた。その声のほうを見てみれば、目が合うとすぐに視線を逸らしたとは言え女性が二人、明らかにこちらを見ていた。どうやら明くんの声が大き過ぎたらしい。
「今俺、相当恥ずかしいよな……」
 片肘ついて顔を押さえ、がっくりと肩を落とす明くん。そんな彼の肩にポンと優しく手を乗せ、掛ける言葉は。
「あるある」
「ねーよ」


 二時限目も栞さんがいない以外はほとんど同じような展開で、あっという間のような長いようなな九十分はなんとか終了。明くんは眠たくなりやす過ぎだと思います。
「いやー終わった終わった。あー手が痛い……」
「俺もう、講義中に自分が何書いてたかすら憶えてないぞ……」
 本日の講義がこれでもう終わりな僕はいいとして、午後にもまだ講義が残ってる明くんは本当にお疲れ様です。
 そう声を掛けたくなるほどだらしなく机に圧し掛かっている明くんはしかし、突然跳ねるような勢いで起き上がる。明くんって、バネ仕掛け?
「と、こうやってだれてる場合じゃないんだよな。寛達ももう来てるかもしれんし」
 言うと、さっさか机の上の物をカバンの口へと突っ込みだした。意外とまだ元気だね。
「明くんも来てくれるの?」
「まあちょっと顔合わせるくらいならな。俺もあいつらに会うの随分久しぶりだし」
 そして机の上が片付いて、いざ出発―――と思ったら、席から立ち上がった明くんはその場から前進する事無く体ごとこちらを向いた。
「んでさ………なんだ。センも来るけど、大丈夫か?」
 そう、不安そうな声と表情で。
 しかし僕は、数秒の間何が「大丈夫」なのかが分からなかった。岩白さんが来て、僕がどう大丈夫かって? 本当に数秒の間、分からなかった。
 そしてその数秒が終わり、何を訊かれたのかを理解した僕は、できる限りのにこやかさを明くんに向けた。
「大丈夫だよ。お化け屋敷に住んでるくらいだから、そういう事は全然平気」
 わざとらしくて気持ち悪い顔になってない事を願う。
「そっか、そりゃそうだな。…………ありがとうな、孝一」
「いえいえ、こちらこそ。あんな可愛い人を紹介してもらっちゃって」
「おっ。今の台詞喜坂さんにチクろっかな?」
「あはは、それは勘弁してほしいな」
「冗談だよ。んじゃ行くか」
「そうだね」


 僅かな時間だけだけど昼食の時間を削って一緒に来てくれる事になった明くんとともに、待ち合わせ場所の校門へ。
「あっ、明さんに孝一さん! おはようございます!」
 そこには既に明くんの小さな彼女さんが到着しており、こちらを見つけるとすぐさま、まるで小学校低学年または幼稚園児のようにはっきりとした動きの元気いっぱいな挨拶を送ってきた。
「ギリギリ午後だけどな」
「おはようございます岩白さん」
 そしてその岩白さんのすぐ隣には、
「さっきはごめんなさい、日永さん。急に泣いちゃって驚きましたよね?」
 一時間半の間に落ち着けたのか、そう言って自嘲の笑みを浮かべる栞さんが。
「ああ、いやそんな」
 栞さんの問い掛けに対してそう答えた明くんがちょっと困ったような笑いを浮かべると、今度は岩白さんが目を丸くする。
「えっ? 明さん、栞さんを泣かせちゃったんですか?」
 まあ今の話だけ聞けばそう聞こえない事もないけど、それはちょっと明くんが可哀想だ。
 そしてこうなれば当然、勘違いさせた本人の栞さんが慌てて訂正に入る。
「あ、違うんです岩白さん。わたしが勝手に泣いちゃって」
 わたわたと手を振って否定するも、そう言えば岩白さんって「幽霊の声だけ聞こえる人かもしれない疑惑」が掛かってたんだっけ。眼鏡のお姉さんのほうは声も駄目みたいだったけど、そこのところってどうなんでしょうかね?
 そう思って岩白さんの動きに注目してみると、栞さんのほうを向いて視線を少し上方へ。それより前に顔を向けていた明くんより栞さんのほうが近くにいるので、そうなるのは正解。
 なので「これは見えてるかな」と思ったがしかし、微妙にではあるけど栞さんの目線と岩白さんの目線が交差してないような。
「そうなんですか? それはよかったです。……けど、もう大丈夫なんですか?」
 ぷらんと垂らした左右の手を臍の前辺りで組んで、見えてるかどうかは分からないけど、栞さんに心配そうな顔を向ける。
「大丈夫です。もう―――えっと、一時間半くらい前の話ですから」
「そうですか」
 栞さんが笑いかけると、返すように岩白さんも微笑む。
 なんて言うか、見えるとか見えないとかがどうでもよくなるくらいに和む光景だった。自分の彼女を前にして、かつ友人の彼女を前にして考えるような事じゃないんだろうけど、お二人とも笑顔が素敵過ぎます。もう死んじゃってるとか人間じゃないとかそんな事本気でどうでもいいです。
 ―――などと血迷っていると、ここで明くん、先程不当な濡れ衣を着させられかけた事に起因するショックから復活。
「ところで、喜坂さんっていつからセンと知り合いだったんですか?」
 ……ああ、それなら花見に行った時に神社の入口で―――あれ? でもどうだろ。岩白さんが「声だけ」の人なら、あの時はただ通り過ぎただけになるような? 話したのって僕と家守さんだけだったし。
 結局僕には結論が出せず、本人の返答に頼る事に。
「ここに来てみたら岩白さんが立ってたから、声を掛けてみたんです。花見に行った時に一度岩白さんの顔を見てたし、孝一くんから少なくとも声は聞こえる人だって聞いてたので。だから知り合ったのはついさっきですね」
 その本人さんがにこにこしたままそう言うと、
「ねー」
 そのついさっき知り合った女性は本人さんに向けて首を傾げた。
「ね」
 本人さん、首を傾げ返す。そして二人揃ってくすくすと、栞さんは口を押さえて、岩白さんは口を隠す事無く、とても嬉しそうに笑い合った。「ついさっき」の割に随分仲良しなご様子で。
 さて。こうしてそんな様子を眺めてるのも悪くはないけど、ある疑問がいつまでもズルズルとほったらかしになりそうなのでそろそろ直接尋ねるとしますか。
「岩白さんって、栞さんの事は見えてるんですか?」
 すると岩白さんは小さな体をくりっとこちらに向け、小さい体に比例する小さい手の平をぱたぱたと左右に振りながら残念そうな顔。
「残念ながら見えないんですよ~。でも瑠奈さんのおかげで、もう慣れましたけどね」
「で、セン。あとの三人はまだ来てないのか?」
三人と言えば、寛くんとその彼女さんと彼女さんの妹。岩白さんの手が下がったそのすぐ後に、明くんが辺りを見回しながらそう続ける。まだ来てないのはわざわざ確認するまでもなく分かり切ってる事だけど。
 なので当然、
「そうみたいですね」
 答えはこれ。岩白さんも明くんと同じく辺りを見回すが、講義の時間が終わってすぐの時間だからか校門から出て行く人はいても入ってくる人は殆どいない。
 とその時、明くんが何やらポケットをまさぐりだした。そこから取り出されたるは、先程も使用した携帯電話。やっぱり音楽は鳴らない。
「……………あー」
 震えるだけの携帯を開いて届いたメールの内容を確認すると、お腹がいっぱいだとか体調が悪いだとかの理由で食欲がまるでなく、しかもそんな時に限って晩ご飯に大好物を出されたかのような、嬉しいんだか悲しいんだか中途半端な引きつり笑いを見せる。
 ……例えが下手なのは承知してますよはい。
「どうかしましたか?」
 岩白さんがてこてこと歩み寄りながらそう尋ねると、明くんは返事も打たずに携帯を閉じ、再びポケットへ収納。
「あいつら、ここじゃなくて東門だ。『チャイムが鳴っていたが、まだ講義は終わらないか』だってよ」
 言った後に溜息をつき、「じゃあ行くか」とすぐ傍の門に背を向けた。


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