(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 最終章 今日これまでも、今日これからも 七

2014-10-11 21:05:12 | 新転地はお化け屋敷
「くどいかもしれないけど、もう一回だけ訊くよ?」
 あとは目の前のドアを開けさえすればそこに目的の人物がいるという状況ですが、しかしその前に僕は栞へそう声を掛けます。
 何を訊かれるか、というのはあちらも分かっているのでしょう。栞は返事どころか相槌すら口にしないまま僕の言葉を待っており、ならば僕は続けてそのまま、
「僕が一緒の方がいいんだね?」
 と。
「うん」
 つい先程断られた提案とは同じようでいて微妙に違う質問ではありましたが、しかし栞は、その時と同じく即答してみせるのでした。これもまた初めから何を訊かれるか分かっているから、ということではあるのでしょうが、とはいえそれだけというわけでもないのでしょう。
 では他に何があるのか、というところまで確かめるつもりはありませんけどね。そこまですると野暮になる……というか、それくらいは自明のものとして扱わないと、栞に失礼ですし。
「分かった」
 正確には、初めから分かっていたということになるわけですが。
 ということで、質問した側もされた側も初めから質問内容から結末まで想定し終えていた、ということになる質疑を終えた僕と栞は、繋ぐとは言わないまでも軽くノックする程度の加減で手の甲同士を触れ合わせたのち、改めて目の前のドアと向かい合います。
「日向です。お邪魔して大丈夫ですか、家守さん」
 手と手に続いてのドアへのノックののち、そのドア越しに中の二人へ呼び掛けたのは、僕ではなく栞。僕達は他の皆が出たのを確認してからここを訪れているわけで、ならば「大丈夫じゃない」という状況はまず起こり得なくはあるのですが――というのはともかく、そして言うまでもなく、家守さんの呼び方が普段とは違っていたのでした。
 それは家守さんだけでなく高次さんも含めての呼び掛けだから、というだけのことではないのでしょう、これもまた。それが理由だとしたら、これまでにだって何度も同じような状況には立ち合っているわけですしね。
「どうぞ」
 呼び掛けたのが僕ではなく栞であったのと同様、返ってきた声は高次さんではなく家守さんのものなのでした。他の二人が無関係というわけではないにせよ、しかしやはり、基本的には栞と家守さんの話ということになるのです。栞が今からしようと、家守さんが今からされようとしている話というのは。
 ――三組全ての式が済んだということで、この後に控えている予定は披露宴。だからということなのか、ドアを抜けた先で僕達を待っていた家守さんと高次さんは、まだ式の時の衣装そのままなのでした。もちろん、ドレスとスーツでの出席になるとはいえそのウェディングドレスとタキシードのまま、ということにはならないわけですが……。
 というようなことを考えつつ、けれど二人に対面した途端に栞が周囲の空気を震わせたのを感じ取りもしていたところ、
「先に着替えちゃっても良かったんだけど、こっちのほうが雰囲気出るんじゃないかなってね」
 すると家守さん、ドレスの生地を摘み上げながらそんなふうに。まるで僕が考えていることを見透かしたようなタイミングではありましたがしかし、もしそうだったとしてもそれは、僕ではなく栞を対象としたものだったことでしょう。
「そういう話なんでしょ? しぃちゃん。――あはは、違ってたら締まらないどころの話じゃないんだけどさ」
 そう言って笑う家守さんではありましたが、だからといって違っている可能性があるとは思っていないのでしょう。
 もしそうだったとしたなら笑ってはいられないでしょうしね、
「それとももう、アタシからも日向さんって呼んだ方がいいのかな」
 こんなふうに。
「いえ、そこは今まで通りでも。私も多分、さっきだけのことになると思いますし」
「そっか。……うん、じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうよ」
 僕からすれば栞の今の返事が家守さんを甘やかしているということになるとは思い難いところだったのですが、本人としてはどうやらそういうことになるらしいのでした。が、しかし家守さん本人、それに栞も高次さんもそのことについて特に意見するところがないということであれば、僕から余計な口を挟んだりはしないでおきましょう。
 疑問に思ったことがあるのなら、全ての話が済んでこの部屋を後にしてから、栞にそれを尋ねればいいだけなのです。今僕がここですべきこと、つまり栞から望まれている役割は、事の成り行きをここでこうして見届けることなのですから。
 というふうに気を引き締め直すからにはここで本題に入るだろうと予想してもいた僕ではありましたし、栞が話を切り出そうとしている気配を感じてもいたのですが、
「まあ、まずはお掛けになって」
 高次さんがそれに先んじ、そう言って奥のテーブルを指し示すのでした。そうですよね、立ち話で済ませるには長い話になってくるでしょうし。それにもちろん、長さだけではなくその中身についても同様でしょうし。
 ――さっき確認した自分の役割を思うと、僕は栞の隣に立っているほうが相応しいんじゃないか。椅子を引く直前にはそんなことを考えてもしまったのですが、しかしそれはさすがに極端過ぎるということにもなるのでしょう。
 というわけで大人しく椅子へと腰を下ろしたのですが、すると同じく腰を下ろした栞が、多少ながら僕の方へと椅子をずらしてきます。どうしてそういう行動に出たか、ということを考えると、程度の差こそあれ判断の方向性は間違ってなかったんだなと。
 で、そういうことならば、ということでこちらからも同様に。とはいえそうして二人分の移動距離を合わせたところで、近付いた、と言えるほどのものではなかったわけですが。
 そんなこちらに対して――いや、別に対するようなところではないんでしょうけど、家守さんと高次さんは、最初に座った位置そのままで僕達と向き合っているのでした。
 というようなことを意識してしまうと、じゃあその差は一体何を表しているんだろうか、なんてふうにも思ってしまうわけです。もちろんそんな、裏に何があるから、なんて言えるほど必然性のある行動というわけではないんでしょうけど……。
 不安、というよりは強い緊張と言ったほうが正しいでしょうか、今この場にいることについて栞がそのようなものを胸の内に抱えているのは、自明と言って差し支えないことではあるのでしょう。し、ならば栞が僕をこの場に同行させたのは、加えていま椅子をこちらに寄せたのも、その緊張を逃がす先として頼ってくれているからということになるのでしょう。
 であれば、家守さんと高次さんはどういうことになるのか。いまこの場に一緒にいる、というのは僕達のそれと同じ状況ではあるのですが、しかしこちらとの比較でしかないとはいえ椅子の件もあり、どうも「頼っている」という印象はあまり感じられないようには思うのです。
 家守さんとしては「そこまでするほどのことじゃない」ということになるのかもしれませんし、そうだったとしても何ら不自然だとは思いません。が、しかし気になるのはむしろ高次さんなのです。僕としては。
 不安……そう、それこそ不安ではないのでしょうか?
 栞から一緒に来るよう頼まれる前から自分でもあれこれ考え、結果としては却下されたにせよ逆に同行を辞退する提案までした僕としては、「同席しながらも頼る素振りを見せられない」という状況は、そんなふうに映ってしまうのでした。
 もちろんこんなのはただの考え過ぎなんでしょうけど――と、そうして考察を打ち切り、そしてふと頼ってくれた栞の方へ視線を送ってみたところ、すると栞はにっこりと首を傾けてみせるのでした。
 しかし、そこで違和感が。というのも栞、いま僕がそちらを向く前から僕のことを見ていたように思うのです。頼りにしてくれているというのはあるにせよ、ここはさすがに僕ではなく家守さんと高次さんのほうを向いている場面、もっと言えばその二人との話を始める場面だったでしょうに――。
「まずは、ご結婚おめでとうございます」
 というようなことを考えている間に栞が話をし始め、ならば僕もその切っ掛け作りである挨拶に倣ってみせるわけですが、そうして栞の声を聞き、そして自分でも声を出したところで、ようやく気付きました。
 ああ、僕が話止めちゃってたんだなこれ、と。
 要はいつもの考え癖です。栞は肯定的に見てくれているわけですし、ならさっきみたいなことにもなりますよねそりゃあ。終わるまで待ってくれ、終わったら終わったで嬉しそうにしてみせる、という。
 それにしたって今回ばかりはさすがに止めに掛かって欲しかった――なんて、自分がそんなことを言える立場にないというのは、もちろん重々承知のうえではあるんですけども。
『ありがとうございます』
 ばらばらだったこちらの祝いの言葉に対し、あちらの礼はぴったり揃っているのでした。そのことだけでもなんだか傷に塩、とまでは言わないにせよ痛む箇所をつつかれた程度の気分ではあったのですが、しかし程度がどうの以前にそれは考え過ぎというものなのでしょう。なんせその傷なり痛む箇所なりというのがまず「考え過ぎ」ということになってくる以上は、間違いなく。
「楓さ――あ、ええと」
「キシシ。そっちでいいよ、しぃちゃん」
「あはは……すいません、自分で言い出したことなのに」
 自分でもそう言っていた栞ではありましたが、どうやら名字で呼ぶのは本当にさっきだけのことになったようなのでした。が、そうしてあっさりと元の呼び方に戻ったからといって、ならば名字で呼んだことがなかったことになる、なんてことはないのでしょう。もしそうだとしたら恐らく、家守さんも今「そっちでいい」とは言わなかったことでしょうしね。
「それで楓さん、私から改めて訊くようなことじゃないとは思うんですけど」
「うん、何かな?」
「今、幸せですか?」
 改めて訊くようなことじゃない、という前置きこそ改めて言う必要がないくらいにそれは答えの分かり切っている質問ではありましたが、けれど栞はここで家守さんにそう尋ね、そして家守さんは、分かり切っているからには決まり切ってもいるその返事をするまでに、しかし少々の時間を取るのでした。
 今の自分の格好を確認しているのでしょう、胸元を見下ろし、そしてその格好の根源である隣の高次さんにも目を遣ったのち、目を閉じ、小さく息を吐いてから、
「幸せだよ。これまでにないくらいね」
 最後には栞を真っ直ぐに見詰めながら、そしてその言葉に相応しい表情を浮かべながら、そう返すのでした。
「そうですか」
 質問に対する返答が分かり切っていたというのならば、分かっていてそれを尋ねた栞の反応も同様に、ということで、向けられた笑顔に負けないくらいに嬉しそうにしてみせる栞なのでした。
 ただ――こればっかりは僕の考え過ぎということもないとは思うのですが、今の家守さんの返事というのは前者ではなく後者、つまり「幸せだよ」ではなく「これまでにないくらいね」という部分こそが、栞に伝えたかったことなのではないでしょうか。
 栞がどんな話をしにここへ来たか、察せられない家守さんではないでしょう。であるのならば、その栞に今のような返事をしたというのはつまり、そういうことになるわけです。
 これまでにないくらい幸せだ、と。
 栞とのこれまでよりも今この瞬間の方が、と。
 そしてそんなふうに思っているのが家守さんだけということはもちろんなく、むしろ家守さんよりも、栞の方が更に。
「楓さん」
「ん?」
「実は私もなんですよ? これまでにないくらい幸せなんです、新しい家族に入れてもらって」
「そっか。……ふふ、でもしぃちゃん、そこは入れてもらってじゃなくて――そうだなあ、手に入れた、くらい言っちゃってもいいと思うよ? 自分で勝ち取ったものなんだし」
 遠回しでした。真っ直ぐな言葉をぶつけたとしてそれが障害に成り得るほど浅い関係でもないでしょうに、栞と家守さんの両者が共に、遠回しな表現でゆっくりと、そしてもしかしたら恐る恐る、伝え合っているのでした。
 かつての立場からの脱却と、
 それに代わる新しい立場の獲得を。
「あはは、そう、ですかね?」
「そこはもう、隣の勝ち取られちゃった人に訊いてみれば一発だよ」
 …………え、
「あ、僕ですか?」
「だともさ」
「ふふ。そういうわけでどうかな、孝さん」
 話自体はしっかり聞いておきながら反応が遅れる、というのは我ながら奇妙としか言い様がないのですが、特にそこを気にされている様子はないのでまあいいとしておきましょう。
 というわけで本題なのですが、
「言うまでもなく、というか言われてしまうまでもなく勝ち取られちゃってますよもう。何だったら家族内での扱いが僕よりよっぽど上ですもん、今のところ」
「そ、それはまあ、そう成らざるを得ない的なさあ。お客様扱いっていうか……」
「キシシ、そんな謙遜することないってしぃちゃん。別にどこでもそうだとは限らないんだしさ」
 その通り。断言しますが、お客様扱いだけは絶対にないです。栞に対する両親のそれが、おべっかなのか本当に気に入ってのものなのかくらいは見分けられるつもりですしね。なんせ、これでも息子ですから。わだかまりが解消されたばかりだとは言っても。
 というような話をするのは少々照れ臭く、またわだかまり云々をこんな場で聞かせるのも躊躇われるところではあったので、ならばその代わりにこんな話を。
「まあ細かいところまで正しに掛かるとしたら、僕の扱いの低さは栞が来る前からだってことくらいでしょうかね」
「もう、またそんなこと言って」
 栞のせい扱いが悪いってことではないからそこを気に病むことはないんだよ、なんて捉え方をしてくれる栞ではもちろんなく、わだかまりが解消されたばかりなのにそんな後ろ向きなことを言い始めた僕を窘めに掛かってきます。
 が、とはいえ、笑いながらではありましたけどね。その辺りについては信用して頂けているようです、ということで。
「ええと、そういうわけで、手に入れちゃってたみたいです私」
「そうそう、それくらいは言っとかないとね。自分で選んだ道なんだから」
 今言った通りにこちらとしてもそういうことで異存はなく、ならばそれはそれでいいとしておきまして。そんなことを言いながら訳知り顔で頷いてみせる家守さんには、暫くの間沈黙を保っていた高次さんが小さく吹き出してしまうのでした。
 いや別に必要に迫られて押し黙っていたわけではないでしょうし、だったらそれが変だということも特には。しかし何にせよ目立つと言えば目立つわけで、
「楓さんはどうですか? 手に入れちゃいました?」
 と、栞がそんなふうに切り返しもするのでした。
 とはいえこれもまた答えが分かり切った質問で――と思ったら意外にも家守さん、腕を組んで「うーん」と。
「これがまた微妙なところではあるんだけど、うちの場合って高次さん入り婿だからさあ。だからどっちかって言うと、手に入れられちゃった側なのかなーっていうね」
『あー』
 と、栞だけでなくついつい僕まで……いやいや、それだって高次さんと同じことではあるんですけども。しかも僕の場合、さっき普通に会話に交ざってたわけですし。
 で、こういう話になってくるとさすがに、高次さんも動くわけです。
「手に入れる、ねえ。そういうキャラかなあ俺」
 キャラがどうとかいう話なんでしょうか? と思ったらどうもそういう話で合っているらしく、「キシシ、まあ確かに腕づくで乗り込んでくるってタイプじゃないけどね」と家守さん。
「気が付いたら丸め込まれてるとか、知らないうちに乗っ取られてるとか、キャラってことならそんな感じかなあ」
「……そういうキャラかなあ、俺……」
 やんわりとした抗議を差し挟んだ筈だった高次さんは、しかしそのせいで余計に立場が悪化してしまうのでした。まあ少なくとも、それを語る家守さんは嬉しそうにしてはいましたが。
 うーん、見た目だけならそれこそ腕づくでってほうが合ってるんですけどねえ。ごっついし。と、僕ですら「見た目だけなら」なんて思えてしまう辺り、もう高次さんに逃げ場などありはしないのでしょう。
 というわけで、くすくすと笑っている栞からは改めてこんな質問が。
「じゃあ高次さん、手に入れちゃいましたか?」
「方法はともかく、その点については否定するわけにはいかないかな。やっぱり」
 そりゃそうですよね、というのはこの場の全員がそう思うこととして、自分も同じ立場ということもあってか、中でも栞は実にいい笑顔を浮かべているのでした。
 で、そうして満足させてもらえたのなら次に移るわけですが、
「手に入れられちゃいましたか? 楓さん」
「バッチリとね。家族はもちろん、アタシ個人の話としてだってそりゃもう」
「そこでストップな楓。念のため」
 家族よりも先にまずは自分が、というのは確かにその通りではありますし、ならば家守さんがそうして話題を展開させるのも可笑しなことではないと思うのですがしかし、そこで何やら高次さんが話を止めてしまうのでした。
 はて何か気になることでもあったのでしょうか、なんて思っていたら、
「ありゃ、どさくさに紛れてやらしい話してやろうと思ったのに」
 …………。
 いやまあ、家守さんがそういう人だというのを忘れてたわけじゃない筈なんですけどねえ。
「紛れられてないしなあ。最初から警戒してたんだぞ、正直なとこ」
 忘れてないのに意識できなかった僕なんかとは違い、そこはさすが旦那様。僕に対する栞もそうですが、何だかんだ言ってもやっぱり理解の深さが違ってきますよね、結婚までした相手ともなると。
 というのは何も、惚気話とかそういう類いのものではなく。
「それに楓さん、そんな話されたらこっちからもやり返すだけですよ?」
「やり返すの!?」
 という驚嘆の声は家守さんではなく、僕のものだったりするのでした。
 自分がそういう話をするのは良くても他人からそういう話で弄られるのには弱い家守さんですが、しかし「家守さん個人と高次さんの話」に対してやり返すというのであれば、それは家守さんにちょっかいを出すのではなく、栞が自分の話をし返すってことになりますよね。言い方を合わせるならばつまり、「栞個人と僕の話」という。
 ――などと分かり易く驚いてみせてしまったことへの照れ隠しから冷静ぶって解説をしてみたわけですが、残念ながらあんまり効果はないようでした。恥ずかしい。
「キシシ、いつか思いっ切りそういう話もしてみたいもんだねえ。お酒とか用意してさ」
「ですねえ」
 さすがに今この場で猥談を繰り広げるおつもりではないようで一安心ですが、しかし。
「いや、酒なんか飲んだらそんな話してられないだろお前は」
「栞もね」
 泣き上戸の家守さんに、すぐ真っ赤になってふらふらし始める栞。とてもではありませんが、予め定められたテーマについて語り合う、なんてことはできそうにないのでした。
 いや、でも栞は、もしかしたらそれとは全く関係なく猥談を繰り広げてしまうかもしれませんが……というのは以前、酔った拍子に家守さんに抱き付いて「おっぱいやーらかーい」とかのたまってた記憶あっての
「孝さん、口では止めつつ表情は乗り気そうに見えるんだけど?」
「そんなことはない」
 自分が猥談に加わりたいという話ではなく、ならばそれは嘘や誤魔化しではなく真実を語る言葉なのです。本当です。
「まあその時は、お互いの旦那さんにも漏れなく声を掛けるから心配ご無用ってことでだね――あはは、冗談だよ冗談。うん、で、話を戻すんだけど」
 高次さんからじっとりしたアイコンタクトを送られた家守さんは、まあ今回ばかりは本当に冗談だったのでしょうが、そんなわけで話題を本筋へと。
「今日こうして結婚式を挙げられて、でもそれでめでたしめでたしってことではもちろんないんだけど……まあ、ひとまずはね。ひとまずは、収まるところに収まって幸せだよ。アタシ達」
 結婚式はゴールではなく、区切りの一つでしかない。
 その後ずっと続くことになる結婚生活を考えればゴールどころかスタートという位置付けでもおかしくなく、ならば今の家守さんの言い方におかしなところはないということになるわけですが、しかしそれにしてもどこか、含むところありそうな感じだったような……。
「私達もです」
 しかし栞は、引き続きにこやかにそう答えるのみなのでした。僕と同じようには思わなかった、ということはないとは思うのですが、ということはつまりあれなんでしょうね。家守さん側から話してくれるというならともかく、こちらから踏み込んでいくようなことはしない、という。
 ――とはいえ、それだけということでもなかったのでしょう。栞がそうして手短な返事をしたところ、するとそれから暫くの間、家守さんと栞はお互いに押し黙ってしまうのでした。
 次の話題が見付からない、なんて間の抜けた事態が発生し得る状況でもありません。むしろ今は話題にすべきものが常に傍に控えているという状況であり、ならばこれは、その話題を口にするのを躊躇っている、ということになってくるのでしょう。
 そしてそれを見守る僕は、それに高次さんも、そんな二人へ助け舟を出したり後押しをしたりというようなことはしませんでした。
 細かい話ではありますが、僕が気に掛けているのは栞、高次さんが気に掛けているのは家守さんであって、ならばそこが入れ代わることはもちろん、二人共をその対象にするということもしないのです。もちろんそれは見放すなどという意味ではなく、自分がその立場にないというだけのことなのですが――なんて話は当然として、僕と高次さんがこの場面で動かないというのは、それが理由なのでした。
 助け船を出したり後押しをしたりというのは「その相手を気遣って」ということになるわけですが、しかし僕は栞を、高次さんは家守さんを気に掛けこそすれ気を遣いはしないわけで、ならば気遣いをしてみせる場合というのは、僕が家守さんを、高次さんが栞をと、その相手をあべこべにした場合でしか有り得ないのです。そして有り得ないというのなら、そうしてあべこべにすることこそが有り得ないわけで。
 気に掛けつつ、けれど気は遣わない。何故ならば、僕と高次さんのここでの役目は「見届けること」だからです。手を出してはいけないのです、どれだけ出したいと思っていても。
 この場に同席していること。手助けという意味であれば、それ自体が最大限僕にできる手助け、ということになるのでしょう。
 ――ただし。だからといって現状、僕は押し黙ってしまっている栞の横で不安に駆られているというわけではありません。
「楓さん」
 なんせ僕は、初めから知っているわけですしね。栞がどれだけ強い女性であるかということを。
「今まで、本当にありがとうございました」
 栞はそう言って、テーブルに額が当たりそうなくらい、深々と頭を下げるのでした。
 話の流れだけを追えばそれは、唐突な展開、ということにもなるのでしょう。しかし先にも思った通り、この場には常に話題にすべきものが傍に控えていたわけで、そしてそれは栞も家守さんも、それに僕も高次さんも承知していたことではあった筈なので、ならばこの場の誰もが、それを唐突だとは思わなかったことでしょう。
 何だったら、栞と家守さんは最初からずっとこの話をしていたと、そんなふうにすら言えてしまうのですから。
「こっちこそ……こっちこそだよ、しぃちゃん。ありがとう、ずっと一緒にいてくれて。アタシなんかのこと、好きになってくれて」
 家守さんはそう言って、目に涙を浮かべるのでした。


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