(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十三章 譲れぬ想いと譲る思い 三

2011-08-13 20:47:27 | 新転地はお化け屋敷
 ……ところで。
 なんだかんだと騒ぎになってしまいましたが、大元の原因である僕と大吾の妄想疑惑(疑惑ですよ? 飽くまでも)については、このままお流れということになってくれたりしないでしょうか?
 と思ったところでその話題に戻ってしまうというのは、お決まりの展開というやつなのでしょう。
「初めの卑猥な妄想にしたってだな、素直に認めてくれればこっちだってこんなことは」
 栞さんもキスの直前にそれらしいことを言っていたわけですし、だったらそれは嫌味などではなく、事実なのでしょう。
「他に誰もいねえならそうしてただろうけど、お前、孝一と喜坂が隣にいる状況でだな」
「日向と喜坂の隣で舌まで入れてきたのにそれを言うのか?」
「それはそっちだって同じだろ」
「そうだ。だからこそ、ちょっと卑猥な想像をされるくらいのことだったら許容できたと言っているんだ」
「…………」
 結局またこんな話になり、そしてまた追い詰められたのは大吾。つまり、男側、ということになるのでしょう。僕は何も言ってないというのに――と、何か言ったところで結果は全く同じだったんでしょうけどね。
 それにしてもだね大吾、僕としては、卑猥な妄想をしたということをまず否定して欲しかったよ。今になってもそこに固執しているのが情けないことだというのは、分かってはいるけども。
 さてそれはどうでもいいとして、少々の間とピリピリした空気が発生。上手い具合に丸く収まるかと思っていましたが、どうやら見通しが甘かったようです。
 と思ったところでその話題に以下略。
「おっと。いや、すまん大吾、謝るなと言っておきながら余計に追い詰めるようなことを言ってしまったな」
「だから我慢してたんだけどな。……でも、オマエは謝るんだな」
 最後の一言で成美さんは渋い顔になってしまいましたが、しかし大吾は反対に笑みを浮かべていて、しかも成美さんの頭をやや乱暴にわしわしと撫でるのでした。ならば今度こそ、丸く収まったと見て間違いはないでしょう。
 で。
「えーと、あんまり訊きたくはないんですけど、訊いちゃっていいですか?」
 渋い顔ながら若干嬉しそうにしているところ恐縮ですが、どうしても訊かなくてはいけないことを思い付いてしまいました。
「む? なんだ?」
 大吾の手が止まり、しかし頭から離れはしないまま、成美さんがこちらを向きます。
「励ましに来てくれたんですよね? 成美さんと大吾」
 暫く時間が止まりました。
 そしてそののち、ゆっくりじんわりと、成美さんの頬に赤みが差していきました。少し視線をずらすと、大吾も同じように。
 二度に渡るキスの際も赤くはなりましたが、しかしやはり、それとは随分と趣が違うのでした。見た目上は一緒なのに不思議なものですね。
 成美さん、もそもそと動き始めます。
 その着地点は大吾の膝の上でした。
「もう、開き直ってこうしておく」
「あはは、そのほうがいいかもね」
 自分も同じだからということなのでしょう。成美さんの行動に理解を示した栞さんが浮かべる表情は、苦笑いなのでした。そしてすすすと僕の隣へ、どこか申し訳なさそうに。
 さて、取り直せたかどうかはさておき、少なくともそのための行動がなされたところで、成美さんがおほんと咳払いを一つ。
「まあしかし、さっきまでの遣り取りも全く無駄ということはないだろう。私が『逆だったら喧嘩になっていただろう』と言った辺り――いや、私と大吾のことはどうでもいいのだが、喜坂がな。あれで納得できるほど日向を理解しているのなら、いい妻になれるのではないかなと、私としては思うわけだ」
「なんかちょっと無理がねえかそれ」
 内容にも無理はありましょうが、それ以前に口調からして何だか硬くなってしまっている成美さんなのでした。が、それについては本人曰く、「重々承知の上だ」とのこと。
「励ましに来たのにお前とでれ合っていたという恥をそそぐためにも、これくらいの無理は通さないとな」
 キス事件の少し前辺りで大吾が同じようなことを言っていたような気がしますが、あまり言わないでおいてあげましょう。事前にそういう会話があったのにそれと同じ状況になってしまったなんて、きっと成美さんの恥じっぷりは凄いことになっちゃうでしょうし。
「ありがとう、成美ちゃん」
「うむ。素直に喜んでくれて、こちらこそ有難う喜坂。――それに日向だって、謝るつもりがないとあそこまで堂々と言えてしまうというのは、やはり喜坂をきっちり理解しているということなのだろうしな。うむ、いい夫婦になるぞ、お前達は」
「ありがとうございます」
 もちろん自分でもそのつもりではあったのですが、しかし他の人の口から言われると、やはり非常に嬉しいのでした。自分一人が勝手にそう思ってただけじゃないんだな、という安心感もありますし。いい夫婦になるとまで言われると、ちょっと恥ずかしいですけど。
「よし、これでここへ来た名目は達成できたな。あとはのんびりさせてもらうとしよう」
 ふんぞりかえってのその一言は、もちろん冗談。僕と栞さんは小さくながら笑わせられ、大吾は笑えばいいんだか呆れればいいんだか迷っているような、微妙な顔になってしまいまうのでした。
 こちらとしても、「お望みであれば存分にゆっくりしていってください」と思うばかりなのですが、するとその時、小気味のいいチャイム音が室内に響きました。
「あれ、また誰か来た?」
 全員が玄関の方へ顔を向け、栞さんがそう呟きます。ここが204号室である以上、応対に出るのはもちろん僕なのですが、栞さんもその後ろをついてくるのでした。
 一度目は「家守さんと高次さんかな?」と思ってドアを開けたら大吾と成美さんだったわけですが、さて今度はどうでしょうか?
「はーい」
「おっす。おはようこーちゃん、しぃちゃんも」
「おはよう。隣に誰もいなかったから喜坂さんがここなのは分かってたけど、それだけじゃないみたいかな?」
 家守さんと高次さんでした。そして高次さんが見下ろす先には、大吾と成美さんの履物が。
「成美ちゃんと大吾くんが来てくれてるんです。えーと、まあ、いろいろありましたけど」
 言わなきゃ分かりっこないことを仄めかさなかくてもいいじゃないですか栞さん。それも高次さんだけならまだしも、家守さんの前で。
 で、その家守さんですが、案の定いつものニヤニヤした笑みを浮かべてきます。
「いろいろねえ。とは言っても『来てくれてる』ってことは、いい方向性のこともあったんだろうけど」
 その顔でいい方向性のこと「も」とか言われちゃうと、こう、唇が熱くなるような錯覚に見舞われてしまいますが、しかしもちろんそれを言葉で報告したりはしませんとも。
「まだ出掛けるまでに時間あるよね? ちょっと上がらせてもらっていい?」
「あ、どうぞどうぞ」
 キス事件やらなんやらかんやらでいくらか時間が経ちはしましたが、それでもまだまだ余裕はありました。でなければ僕達自身がこうものんびりしてられませんしね。
 というわけでお客様二名、ご案内でございます。
「おっす。おはようだいちゃん、なっちゃんも」
「おはよう」
「うむ、おはよう二人とも」
「おはようございます」
 僕と栞さんへ向けたものと全く同じ挨拶をしつつ、大吾と成美さんに顔を合わせる家守さんと高次さん。先客二名は未だ膝を貸し借りした状態のままでしたが、それについて動じるようなことは全くないのでした。直前まであんな遣り取りをしていたと言っても、やっぱりいつものことなんですもんね。
「朝っぱらから人の部屋に上がり込んで仲好しさんなことだねえ? 膝抱っこなんて」
「ふふん、そうあるべき間柄だからな私と大吾は」
 いや成美さん、それはさすがにどうかと。
 とはいえまあ、それは開き直ってるだけなんでしょうけどね。さっきのこともあって。
「家守もどうだ? 私と大吾ほどではないだろうが、少なくとも喜坂と日向ほどバランスが取れないこともないだろう。体格的に」
 何について「どうだ?」と誘っているのかというのは、そりゃあ流れからして膝抱っこなのでしょう。そしてバランスの話ですが――ええ、僕と栞さんはバランス悪いでしょうとも。なんせ座る側と座られる側がほぼ同じ身長だもんで。その点高次さんは縦にも横にもややごっつい体格をしているので、そんな心配は不必要なのでしょう。
「なんてこと言われちゃってるけどどうだい、高次さん」
「いやいや、尋ねてくるようなことじゃないだろ」
 家守さんの問い掛けに対する高次さんのその反応は、妥当なものなのでしょう。けれどもしかし、その家守さんの問い掛け自体に、ちょっと違和感がありました。高次さん絡みでからかわれた場合の家守さんは、普段ならもうちょっと慌てふためく筈なのです。
 それが今回はこの落ち着きっぷり。まあ、高次さんも拒否の姿勢を示すのは明白ですしね、さすがに。
 ――が、しかし。
「うおわっ!?」
 力強く素っ頓狂な声を上げたのは家守さん。あまりにも唐突だったので一部始終を見ていた僕ですら一瞬何が起こったのか分かりませんでしたが、後ろから家守さんの肩に手を掛けた高次さんが――恐らくは咄嗟の抵抗などできないような力と勢いで――家守さんを後方に引き倒し、同時に自分もその場へ座りこんだのでした。
 結果出来上がったのは、成美さんが誘ったものそのまんまな体勢。つまり、高次さんによる家守さんの膝抱っこでございました。
「ちょ――ちょ、ちょちょちょちょ高次さん!? 急に何すんのさ!?」
「何って、膝抱っこ」
 暴れ始める家守さんでしたが、高次さんはその脇に腕を通して羽交い絞めに。その時点でもう膝抱っこではないような気がしますが、少なくとも家守さんの動きは抑えられているようです。
「そんな冷静な! 離してっ、はーなーしーてーっ! ひーん、助けてこーちゃーん!」
 自力での抵抗を割とあっさり諦め、だからと言ってそこでなぜ僕なのかは分かりませんが、助けを求めてくる家守さんなのでした。
 ちなみにもし僕が助けに入ったところで、高次さんみたいな体格の人に力で敵うわけがないでしょう。なので家守さん、すいませんがここはすっぱり諦めてください。
 僕に助ける気がないことを即座に理解したらしい家守さんは、「意地悪ー!」とか「薄情者ー!」とか「でも嫌いじゃないけどー!」とか喚き散らしながら大暴れ。しかしそれでも高次さんは多少身体が揺れた程度で、終始余裕の表情なのでした。
 であるならば家守さんの気力がそう長くもつわけもなく、
「ぐ……く、うぅう……」
 電源を落とされた機械か何かのように、徐々にかつゆっくりと、その活動を停止してしまったのでした。その後は全身の力が抜けたかのように、首も腕もだらりと。
「はっはっは、見事なまでに真っ赤じゃないか家守。私だってこうしているわけだし、そう気にすることもないだろうに」
 向かい合う位置で大吾の膝の上に座っている成美さんは、腕組みすらしてどこか偉そうにそう仰るのでした。一方、その背後で大吾は「すんません」と謝っていましたが。
「俺らは普段、人前でこんなことしませんしねえ。だからってここまでじゃなくてもいいとは思いますけど――まあ、これはこれで可愛いというか」
「可愛いとか言うなぁ!」
 家守さん再起動。顔の赤みも再起動。けれど高次さんは狡猾にも羽交い絞めを解いていなかったので、そうしたところでどうにもならないのは変わりないのでした。
 羞恥心からか悔しさからか、歯を食いしばる家守さん。しかしそうして高次さんを睨み付けてもやっぱり状況が変わることはなく、そして悪あがきということなのか、今度はこちらへじろりとした視線を向けて、こう告げてきました。
「しぃちゃんとこーちゃんも」
『え?』
「アタシ達となっちゃん達が膝抱っこしちゃってんだから、しぃちゃん達もすべきだ膝抱っこ! と、思う!」
 それが追い詰められてのものと分かり切っているにしても、何故そうなるんですか? というような口答えを許さない迫力が、家守さんにはありました。しかしそれ以上に「これ以上虐めるのはさすがに可哀想だなあ」という同情の念のほうが強かったりもするわけですが。なんせ声がちょっと震えてましたし。
 栞さんへ視線を送ってみます。
「私は構わないよ?」
 とのことでした。少し前に同じことをしている以上、僕も構わないと言えば構わないのですが、ちょっとだけ恥ずかしいのもまた事実。
 しかし赤くなるのを通り越して最早泣き出しそうですらある家守さんのことを考え、僕はその場へ座りこみ、ならばその膝の上に栞さんが腰を下ろしてくるのでした。ああ、なんでこんなことに。
 で、僕と栞さんの膝抱っこが完成したことにより、三つの膝抱っこによる円陣が完成しました。ああ、なんでこんなことに。
「シュールだねえ」
「そうですね……」
 楽しそうに話し掛ける高次さんでしたが、答えた大吾にはかなりの気後れが見て取れました。元凶が成美さんだから、ということなのでしょうか。
「しぃちゃん達まで巻き込んだんだし、だったら今更暴れないからさ。腕、離してもらっていい?」
 大吾と同じく気後れしているらしい家守さんは、高次さんにそう頼むのでした。
 で、高次さん、言われた通り腕を開放するのでした。家守さんが一時的に力尽きた時はそうしなかったというのに、頼まれてしまえばあっさりと。
 さて、そうして一息ついたところで――。
 ……話題が浮かびません。この状況に即した話題って一体どんなのなんでしょうか? それぞれが抱っこしてる女性の重さとか? 感触とか? まさかそんな。
 しかし誰もが黙ったままでこの状態が続くというのは、かなり気まずいような。
「まあしかしあれだな」
 ここで口を開いてくれたのは成美さん。助かった、と内心ほっとしておきつつ、さて僕が思い付けなかったその話題は一体、どんなものなのでしょうか?
「やはり日向と喜坂はバランスが悪いな。顔が殆ど隠れているじゃないか、喜坂の背中
に」
 まあここにいる男の中じゃあ一番小さいですしね。という返事を噛み殺し、合わせて殆ど隠れている顔を完全に隠してから、ちょっとだけ悲しい表情をさせてもらいました。
「座り心地には関係しないし、私は全然気にならないけどね」
 ああ栞さん、なんとお優しい。
 でも座り心地って、なんか完全に椅子扱いされてるみたいでそれはそれでどうなんでしょうか。そりゃどっからどう見ても今の僕は椅子なんですけど。
「何の話しに来たんだっけ、アタシ……」
 家守さんがぽつりと呟きました。泣き出してしまいそうな声の震えは治まっていましたが、しかしその分、非常に大きな哀愁を背負ってらっしゃるようでした。
「えーと、きょ、今日の予定についてとかなんじゃないですかね?」
 僕が悪いわけではないのになんだか及び腰になってしまいますが、しかしそれはともかく、まず間違いなく目的はそれなのでしょう。ちょっとそこらで顔を合わせたとかならともかく、わざわざこの部屋を尋ねるほどのことなんですし。
「いやまあ、分かってはいるんだけどね」
 ああ、やっぱりそうですよね。
 そこから暫く間が。とは言ってもそれは気まずい類いのものではなく、全員が家守さんの動向を見守って発生したものなのですが。
 家守さんの沈黙自体が気まずいものだというのは、この際気にしないでおきましょう。
「……よーしもう分かった開き直った! みんなが今のこの状況を受け入れてるってんならアタシもそれに乗っかってやろうじゃないのさ! 一人だけ慌てふためいてんのも格好悪いしね! 正直ね!」
 僕達が平気なのは事前にこの体勢に加えキス騒動まで経験しているからであって、家守さんが慌てているのを格好悪いとまでは――いやしかし、普段そういった意地悪を働いていることを考えれば、ある程度はその通りなんだろうか?
 判断が難しいところでしたが、まあともかくそういうことなんだそうでした。が、けれどもしかし。
「なんだったらキスするとかちょっと胸触るとか、そんくらいのことまで許容してやろうじゃないのさ!」
 どう見ても勢いだけでこの急場を乗り切ろうとしている家守さん、少し勢いを付け過ぎてしまうのでした。普段からそういうことばっかり言ってるからついここでも言ってしまったということなのか、もしくは僕達に余裕を見せようとしているのかは分かりませんが、言い過ぎなのは間違いないでしょう。
 ちなみに成美さんがちょっとムッとした表情になっていましたが、それがどういう内情から来た表情なのか、敢えて問うようなことはしますまい。何でよりによって胸なんですか家守さん。
 これにはさすがに、家守さんの背後で高次さんも心配そうな表情。
「おいおい楓、何もそこまで――」
「ふぎゃああああっ!?」
 心配そうな顔をしたならそりゃ声の一つも掛けるわけですが、しかしその途端、家守さんは身体をガチガチに強張らせながらあられもない悲鳴を上げるのでした。
 これには高次さん、「えっ?」と困惑顔。そして無論、僕達も同じく。家守さん、何を急にそんな?
「あ、これか」
 と思ったら、高次さんがぱっと両手を上げました。注視していたわけではないのではっきりと断言はできませんが、上げる直前のその両手がどこにあったかというと、家守さんの足の上――だった、ような。
 そして現在の家守さんの格好は、いつもと同じもの。つまり黒のシャツと太もも丸出しなホットパンツであり、ならば高次さんの手は、太ももに直に触れていたということになります。
「いや楓、これは別に触るとかそんなつもりじゃなくて、何の気なしにたまたま動かしたらそこに行ったってだけだぞ?」
「そそそ、そうなんだろうけどさ」
「それにお前、胸がどうとか言っといて足でこれって」
「そそそ、それもなんそうだろうけどさ」
 今現在、同じく椅子になっている身としては、高次さんの仰ることはよく分かります。座った時に手が足の上に行くというのは無意識にすら起こり得るほどごく自然なことであって、ならばその足の上に人を座らせている状態でその「無意識に」が発生してしまうと当然、手はほぼ同じ位置である「座らせている人の足の上」へ到着してしまうわけです。
 なんてことを考えるとやっぱり、つい栞さんの足へ視線を落としてしまうわけですが(顔の位置が栞さんの肩を越えきっていないのでそれですらちょっと無理がありますけど)、しかしだからこそ、残念ながら僕にはもう「無意識に」は無理なのでした。
 今後栞さんの足に触れることがあれば、それは確実にスケベ心を発揮しての行動ということになりましょう。だから無理です。駄目なのです。家守さんと違って太もも丸出しなんてことがないにしても。
 僕はさておきさてその後、家守さんと高次さんはどうなったか。
 キス騒動の跡、一時的に大吾の膝から降りていたというのに、結局は開き直って大吾の膝に座り続けた成美さん。家守さんはそれと同じ手段を取ったのでした。
 開き直って、むしろ自分から高次さんの両手を太ももの上へ。
「そんな無理してるの丸分かりな顔で無理されてもなあ」
「こうでもしないと話が進まないんだもんさ!」
「はっは、まあなあ」
 家守さんを無理矢理膝抱っこして虐めていた高次さんですが、それ以上ちょっかいを出すつもりはないようで、ならばようやく本題へ。
 と思ったら、その前に。
「なあ家守、今更で悪いのだが」
「なにさ?」
 警戒しているというか、むくれた時のような声質になっている家守さんですが、それもまあ仕方がないのでしょう。というわけで成美さん、ちょっとだけ苦笑いを浮かべたりはしつつも、そのまま質問を。
「喜坂と日向の今日の予定について話すということだが、わたし達はここにいても大丈夫なのか?」
 そうした話題であると分かってしまえば、家守さんはすっぱりと気分を切り替えます。
「あ、それは大丈夫だよ。なにも大真面目な話をするってほどでもないしね、そういうのは昨日の夜に終わらせてるから」
 ということは恐らく、成美さんと大吾の二人とほぼ同じような内容の話になるのでしょう。
 いや、「同じような」というのは二人が目的として掲げていたものを指しているのであって、実際にここで行われたことをもう一度、なんてのは御免ですけどね。家守さんがあれに巻き込まれたらもう、どうなってしまうことやら。
「もししぃちゃんとこーちゃんがやだって言うならそうするっきゃないけど――そういうのはないでしょ? 二人とも」
「もちろんです」
「同じくです」
 栞さんがこれまた嬉しそうに返事をし、僕もそれに続きます。そりゃそうですとも、今更考えるまでもなく。
「それにしたってこの状況で和やかな話するってのはやっぱどう考えても変だけど……うう、じゃあまあ、本題に入りましょうかってことで」
 高次さんの膝の上で身を縮こまらせながら、家守さんはそう宣言するのでした。その内容に限らず、こんなに弱々しい宣言は初めて見たかもしれません。
「ってわけでしぃちゃんこーちゃん」
『はい』
 二人揃って返事をしてみましたが、しかし家守さん、じっとりとした目でこちらを見詰めるばかりなのでした。はて、いきなりどうしたことでしょうか。
「……ご両親の前で迷うような仕草を見せないように、みたいなこと言おうとしたんだけど、この場でこんなことになってるんじゃあその心配はないかなあ、どう見ても」
 笑うしかありませんでした。
 が、まあしかし、きちんと頭に留めておくべき話でもあるのでしょう。もちろん今の時点で栞さんとのことに迷いなどありはしないわけですが、だからといって親の前でそれを貫き通せるかどうかは分からないわけです。なんせ持ち掛ける話が持ち掛ける話なので、キツいことを言われたりもするんでしょうし。
 同じかどうかまでは分かりませんが、栞さんも何かしらの考えを頭に巡らせてはいるようで、触れている個所から伝わる感覚がすっと落ち着いたものになるのでした。
 その感覚からどうしてそういう結論に至ったのかと言われたら、説明に困りはするんですけどね。
「つっても孝一だしなあ。迷うどころか、親御さんにも怒鳴り散らしたりすんじゃねえか? 最近はもうねえみてえだけど、喜坂とは前にそんな感じだったし」
「うむむ……」
 何を失礼な、と言い返せないのは辛いと見るべきかその逆か。ともかく、違うとは言い切れないのでした。そうして勢いで乗り切れれば、楽と言えば楽なんでしょうけどねえ。
 それはともかくそうした話題が出たところで、今度は高次さんから。
「ちなみに日向くん、実際にそんな感じでご両親と言い合いになったようなことは?」
「ない、ですねえ。言い合いにならないっていうより、親とそう真剣な語らいをしたことがないっていうか」
「へえ、ちょっと意外だなあ」
 高次さんから見てすら、僕はそんな感想を抱かれる人物像なのだそうでした。別にそれで悪い気はしないのですが――。
「そういうのは私と付き合いだしてからだって言ってたもんね、孝一くん」
 そう、それです栞さん。
 栞さん、身体をずらしてやや無理矢理にこちらを振り返ってきたので、その時浮かんでいた表情をそのまま向けておくことにしました。
 そして周囲の皆さんは、納得できるということなのか、それとももしかしたら僕の口から直接それを聞いたことがあるのか、全員揃ってなんだかにこにこしてらっしゃるのでした。かろうじて大吾以外、ということになるのかもしれませんけど。
 正直、何時どんな場面で「栞さんと付き合いだしてからだ」って話をしたかは覚えてないんですよね。栞さんに話したということだけは覚えてますけど、その時周囲に他の人がいたかまでは分かりませんし、そもそも何度その話をしたのかも不明ですし。
 ……まあ、だからって「みんなに話したことありましたっけ?」なんてことを確認するのはちょっと羞恥心的に無理がありましょう。こんな状態ですら。


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