(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十九章 続く休日 八

2009-10-01 20:46:24 | 新転地はお化け屋敷
「いや、さっきも言いましたけど、僕としても問題はないわけで」
「問題無いからどうでもいい、とかじゃなくて嬉しいか嬉しくないかで答えて欲しいもんだねえ。実際に呼ぶほうのテンションも変わってくるよ?」
 名前を呼ばれる度にテンションを上げられるのも困ってしまうような気がしますけど、しかしまあ、それはそうなのかもしれません。
 けれども。
「それをこの場で答えるというのは、かなりの勇気が必要なんじゃないでしょうか」
 実際にどうかはさておきまして――さておきまして、もし嬉しいと答えようとした場合、そんなことを栞さん本人以外の方に聞かれてしまうというのは、どうなんでしょう。こういう経験に乏しいからなのかもしれませんけど、恋人同士でお互いをどう呼び合っているなんて話は、相当に相当なぶっちゃけ話にカテゴライズされてしまうんですけども。
「女の子一人抱え込もうってのにそれくらいの勇気がなくてどうするのかね日本男児よ!」
「いやいや楓、そんな勇ましい話じゃない」
「か、抱え込まれちゃいますか」
 突っ込む高次さんとおののく栞さんでしたが、なんかもう、家守さんのやりたいようにやられちゃってるような気が。まあ、いつものことなんですけど。
「えーと……呼んでみて欲しいとは思いますけど、その後もずっとそうするかどうかまではちょっと」
 そしてできれば、周囲に誰かがいる時にはご勘弁願いたいような――ってこれ、大吾と同じこと言ってますね僕。情けないというか、同類の存在に安堵するというか。大吾からすれば「勝手に何言ってんだ」ってな話なんでしょうけど。
「そうとなればまずは慣らしの一発目だね。ではしぃちゃん、『大好きだよ、こーくん』でどうぞ!」
「ええっ!? あだ名以上に凄いのがくっ付いてますよ!?」
「先手必勝! 逆に言えば一発目を効果的に決められなかったらその時点でもう、勝負は分からなくなっちゃうのだよしぃちゃん!」
「……だからそんな勇ましい話じゃないって、楓」
 脱力感溢れる声でのそんな指摘に、明らかに何かを言おうと口を開きかけていた栞さんが停止。家守さんも「キシシ」と笑顔のみで体面を取り繕っていますが――高次さんがいなかったらどうなっていたことかと、身が震える思いでした。
 ちなみに。語尾にハートマークでも付いてるかのような甘ったるい声色での「大好きだよ、こーくん」にときめきかけたのは、何が何でも内緒にしなければなりません。

「いやあ、今日はいつにも増してヒヤヒヤしましたよ」
「だねー」
 家守さんと高次さんが101号室に戻って、毎度お馴染み栞さんと二人だけタイム。「あまりイチャイチャし過ぎるのは止めておこう」というあの話は、この時間には適用されないようです。家守さんと高次さんが部屋を出ようと立ち上がった際、もしかしたら栞さんも一緒に? なんて思ってしまったので、ちょっとだけ嬉しかったり。
 いつも通りの流れでいつも以上に嬉しくなれる辺り、栞さんの提案は的確だったようです。
「それで孝一くん、結局まだ一度もあのあだ名って呼んでないんだけど……どうかな、それについては」
「いや、家守さん達がいた時に言った通りで、呼んでみて欲しいなーとは思ってますよ?」
 その後に続け、しかし言葉には発しなかったもう一つの言い分も、栞さんはなんとなく気付いているような雰囲気です。まあ、ただ単に栞さんも同じように考えているというだけなのかもしれませんけど。
 もう一つ重ねて、意地悪だけど悪ではない家守さんは、初めから自分の前で「こうくん」を言わせるつもりはなく、自分が帰った後の雰囲気を作り上げていただけなのかもしれませんけど。
 さてさてそれらはともかく、こんな流れになったということはその呼び方が実行されるのか――。
 と、思いきや。
「今日、大吾くんと成美ちゃん、猫じゃらしのことがあったでしょ?」
「あ、はい」
 ここでどうしてまたその話が、と不意を突かれてたじろいでしまう僕。声を作っていたとは言え家守さんからの「こうくん」ですらあれだけビリリと来てしまったもので、それを栞さんが、とかなり期待を寄せていたんですけども。
「後ろにいろいろな考えもあってのことだろうけど、原因の大元は、大吾くんが恥ずかしいって思ったからだったよね? それで、ちょっとの間だけ悪い雰囲気にもなっちゃったけど――でも栞、その原因自体は悪いものじゃないと思う。それどころか、必要なものなんじゃないかなって」
「恥ずかしいと思うようなことが、ですか?」
「うん。恥ずかしくて照れちゃうようなことが」
 栞さん、にこにこと微笑みながら頷きました。しかしはて、それはどういう理屈なのでしょう?
「ずっと一緒にいたらね、そういうことってだんだん減っていっちゃうでしょ? 栞と孝一くんだって――例えば会ったばかりの頃は、パジャマ着てるところを見られることだけでも無理だったし」
 会ったばかりの頃。付き合い始める前にそんなことがあっただろうかと思い返してみると、確かにありました。慌てて部屋に引っ込んでしまったことも覚えています。
 しかし、もうそういうことはありません。まあその、普通に目にする機会が増えたと言いますか。
「もちろんそういうことがなくたって、栞はずっと孝一くんのことが好きなんだけどね。でもほら、その、恥ずかしくて照れちゃうようなことがあると確認できるって言うか――確認させられる、かな? 自分はこの人が好きなんだなあって、思い知らされるからさ」
「思い知らされるって、あんまり穏やかじゃない言い方ですねえ」
 それこそ、「先手必勝!」なんて言ってた家守さんじゃないんですから。
 すると栞さんは「あはは、そうだね」と笑いつつも、「でも孝一くん、穏やかは穏やかだけど、穏やかなだけってわけでもないよね?」と。
「今の話だけでも、そうですね。喧嘩になったりとか、照れちゃって心臓バクバクになったりとか」
 今しているようにこうして肩を寄せ合うことには、そろそろ慣れてきちゃってますけども。とは言えまあ、慣れたなら慣れたなりの心地良さがあるようにも思いますけどね。
「あはは、喧嘩のほうはまあ、できれば今後は避けたいところだけどね」
「でも、そのことを思い返してもやっぱり『あの時仲直りができて良かった』とか思うんでしょうし、結局は同じようなことですよね?」
「そうだね。うん、それは確かにそう。だから喧嘩をしたいと思ってるわけじゃないのに、喧嘩しちゃったことは良い思い出になるんだろうね」
 あの時あの喧嘩をして良かったと思う。それは、これまでにも話したこと。
 あの時あの喧嘩をしたことであの時の僕達は大なり小なりの障害物を乗り越えたのだから、と話していた記憶がありますが、しかし今回、今の僕達が互いの仲を確認し合えるから、という理由が浮かび上がってきました。
 同じことを肯定する理由が一つから二つになってもあまり変わりがないのではないか、と言われてしまいそうな気はしますが、なんせこれは恋愛に関する話。メンタルな変化さえもたらしてくれれば、フィジカルな変化は特に重要視する必要もないのです。と、僕はそう思います。
「そういえば今日、成美ちゃんがチューズデーから『甘えたがり』って言われて、自分でもそうだって認めてたけど」
「言ってましたね」
「実際にそうするかどうかを別にすればだけど、初めのうちは誰だってそうなんじゃないかな。だって普通、今話してたようなこと――相手を好きなんだなって確認できるような思い出とかこれから先に起こることとか、いっぱいあって欲しいって思うでしょ?」
「……まあ、いざ付き合い始めたのにその人と一緒に何もしたくない、なんて考える人はいないでしょうしね」
 筋道立てて考えてみれば今僕が言ったような荒唐無稽な人が出てきてしまうので、そうではないとすぐに分かります。がしかし、そもそも筋道立てて考えようとしないのであれば、その後の段階ですぐに分かるかどうかは関係がありません。
 現にたった今、栞さんに言われるまで、僕は成美さんの言っていた「甘えたがり」が成美さん以外にも当て嵌まるだなんて思いもしませんでしたし。
「結局甘えたがりなんだったら、恥ずかしいと思うようなことでも尻込みする必要はないですよね」
「恥ずかしいと思うこと自体は大切だけどね、さっき言った通り。だから――」
 恥ずかしいと思うからこそ相手を好きだと自分を振り返れる。そう言った栞さんは、僅かに照れの窺える表情で、改めてこちらを向き直ります。
「大好きだよ、こうくん」
 …………ああ駄目だ。僕、やっぱりこの人が大好きだ。
 でも、人前でそう呼ばれるにはむしろ恥ずかし過ぎるっぽいですけど。


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