(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十一章 なんかすごい人達 十一

2012-12-27 20:57:39 | 新転地はお化け屋敷
「どーかしたのー?」
 その拍手の音は浴場に響くほどのものではなく、ならばそれよりはウェンズデーか義春くんの悲鳴に反応したという線のほうが強そうですが、ともあれそこでそんな間延びした、というか意図して間延びさせられた声が。どこからかといいますと壁の向こうから、誰のものかといいますと我が妻です。
「あ、繋がってんのか上。銭湯みてえだな」
 天井付近の壁の切れ目を見上げてそう言ったのは口宮さんでしたが、見上げるだけなら僕達全員がそうしていたのでした。
 何を思ってそうしているのかはもちろん人それぞれなのでしょうが、僕の場合、聞こえてきた声が栞のものだったということもありつつ、けれど一方、口宮さんが言ったことに対して「あらほんと」みたいな感想もあって、といったところなのでした。ええ、今まで知らなかったのです。この風呂場には、前回ここへ来た時も大吾と一緒に入ったのに。
 しかしそれはともかく返事のほうを――と思ったら、引き続き栞の声で「あっ」と慌てたような声が。
「えーと……そっちこそどうかしたー?」
 というわけで返事というより質問返しのような形になってしまいましたが、そう尋ねてみたところ。
「いやー、えーとー、そっち、他のお客さんがいたりしないかなーって……」
 間延びさせつつ段々と消え入りそうな、という若干器用な声色で、そんなことを心配してくる栞なのでした。そっか、まだ目にしてはいないけど今日は僕達以外にもお客さんがいるんだっけ。
 普通に返事をしたばかりですが、他にお客さんがいたとしたら確かに恥ずかしいかもしれません。が、まあ、見た通りこっちには誰もいませんし、栞にしてもこちらに呼び掛けてからそれを気にしたということは、女湯の方にも他のお客さんはいないと見て間違いはないでしょう。
「誰もいないよー。あとこっちはウェンズデーが転んでそのまま凄い勢いで滑ってっただけー」
 答えるついでに最初の質問にも答えておいたところ、すると栞のものだけではない笑い声がかすかに聞こえてくるのでした。呼び掛けるつもりで声を出さないとそんなものなのか、かすか過ぎて誰だかよく分かりませんでしたが――。
「ああ、小さい方のままなのかアイツ」
 すげえ。
 と僕はその時点で既にそう思えたわけですが、口宮さんと同森さんはそんな大吾の呟きの意味が即座には理解できなかったようで、ならばそこで同森さんが「小さい方のまま? っていうのは?」と大吾に説明を求めるのでした。
 ら、その結果。
「すげえ」
「そ、そうか……?」
 僕と全く同じ感想を持った口宮さんに、困りながら照れてみせる大吾なのでした。
「えー、あー、成美ー?」
 ということであればこれは照れ隠しなのでしょうか、ここで大吾が成美さんに呼び掛けます。えーとかあーとか言っちゃってるのが見切り発車臭ぷんぷんですが。
「なんだー?」
 うむ、確かに小さい方の声。
「オマエ、前にみんなで風呂入った時は確か耳出してたよなー?」
 耳を出していた。それはつまり「大人の身体だった」と同義であって、直前の会話からして大吾の質問の本意もそちらにあるのでしょう。ならばなぜそんなやや遠回りな言い方をしたのかというのは――この状況で「大人の身体」とか言っちゃうっていうのは、というような意図あってのことなんだろうなと。そりゃまあ。
 ともあれ質問のほうですが、しかし帰ってきた声は成美さんではなく栞のものなのでした。
「成美ちゃん、音無さんの膝の上が相当気に入っちゃったみたいでー」
 えー、というのは、今この場でもということで?
「エロいな」
「黙っとれ」
 異原さんがいない今、もちろん突っ込み役は同森さんです。ということで、頭にばちこんと平手を食らう口宮さんなのでした。水を被った後だったらさぞ良い音がしていたことでしょうね。
 ということで。
 ということなのかどうかは分かりませんが。
「由江はなんかねえのかー?」
 自分の彼女を名指しする口宮さんなのでした。
 となればその彼女さんから反応があるわけですが、
「なんかって何よ何期待してんのよこの馬鹿!」
 この激しい反応。えー、もしかして、さっき大吾が成美さんの声を聞きわけたみたいなことを異原さんもしたということなのでしょうか? 具体的に言うと、さっきの「エロいな」という少なくとも女湯側に向けてはいなかった言葉を、見事にキャッチしたというか。
「異原さんとは私が一緒ですよー」
「お、ナタリーさ」
「ぅあひいいいいいぃっ! きゅきゅ急に動かないでナタリーさはあああん!」
 …………。
 いや、素肌の上を這いずられたらそりゃそうもなるのかもしれませんね。腕だけとかならともかく、まあ、全裸なんですし。
「どうせ出すならもうちょっと色っぽい声出しゃいいのにな」
 今度こそあちらには届かないよう、小声でそう告げてくる口宮さんなのでした。無論、首を縦に振る人なんて一人もいませんでしたけど。
 さてところで、僕達がそんな破廉恥と捉えるべきか、それともここが基本的にすっぽんぽんな場所であることを考慮して別にそうでもないとすべきか微妙なところではある話をしている間、義春くんはウェンズデーにシャワーを浴びせ掛けているのでした。こちらの遣り取りが聞こえていなかったということはないんでしょうが、しかしまあ、特に強く興味を惹かれるような内容ではないということなのでしょう。――などと言うからにはまあ、特に強くとは言わないまでも、僕としてはそこそこ興味を惹かれていたりはするんですけどねやっぱり。
 おほん。
 ところであの見事な腹滑りを見せてくれたウェンズデーですが、やはり身体を洗っている最中だったのでしょう、流れる水には石鹸の白い泡が混ざっています。そして白いと言えばもう一つ、ウェンズデー周辺からはほかほかと白い湯気が。
「ふああ~、たまにはお湯もいいものでありますねえ~」
「やっぱりペンギンっていつも冷たい水を被ってるんですか?」
 ビニールプールを出すことこそありはすれ、一緒に風呂に入るということはないので、被っているというよりは浸かっているというほうが正しくはあります。が、それはともかく。
「そうでありますねえ。まあ、自分はそれを冷たいとは思わないでありますが」
「へえ、すごいですね。でも、なんでなんでしょう? 幽霊じゃなくてもそうですよね?」
「ふっふっふ、そういった話は大吾殿にお任せであります。大吾殿ー!」
「いや呼ばなくても聞こえてるから」
 義春くんがいる以上あまり強くは出れない、というのもあるのでしょう、照れ臭そうなにしがらも比較的静かに応える大吾なのでした。そしてその義春くんへ向けたものということで、ならば説明する口調もそれに準じたものに。
「あー、まあ、簡単に言うとペンギンはすっごい太ってるんだよ。例えば足だけど、すっごい短く見えるよね? でも実はずっと足を曲げた形でお腹の脂肪に埋まっちゃってるだけで、見た目ほど短いわけでもないんだよ。埋まっちゃってるから伸ばせないけどね。で、その足が埋まるほど分厚い脂肪のおかげで、いくら寒くても平気なんだよ」
 もはや気色悪い――と、奇しくも同森さんの筋肉に対する口宮さんの感想に丸被りしてしまいましたが――くらい、お兄さんお兄さんしてらっしゃるのでした。実の妹に対してすらそこまでお兄さんしない癖に、なんてのは言い掛かりに近いものがありますけどね。
 言い掛かりに近いのであるならそれはそれとしておいて、
『へー!』
 義春くんはともかく、ウェンズデーまで一緒になって驚いているのでした。いやまあ、身体の構造がどうなってるのかなんて自分自身には分からない、なんてのは人間だって同じですけど。
「あと見た目にはちょっと分かり難いかも……いや、そうやって手で触ってるなら分かってるかな? ものすっごいびっしり生えてるんだよね、毛が。しかも一本一本が硬くて丈夫で。さっき言った脂肪と、もう下手したら人間が着る服よりよっぽど丈夫なその毛のおかげで、寒い所にいても体温が外に逃げない――あー、身体が冷たくならないんだよ」
「へー!」
「自分、割と凄いであります!」
 いくら僕が気色悪がろうとも、義春くんとウェンズデーは大喜び。ならばこれはこれで良かったというか、むしろ大正解だったのでしょう。
 とここで、しかし意外なことに大吾はややしかめっ面。どうせまた照れ隠ししようとして隠し切れてないような顔をするのかと思いきや、なにかご不満でもあるのでしょうか。
「義春くんはいいけどウェンズデー、オマエは初めて聞いたってことねえだろこの話」
 あれ。
 しかしウェンズデー、そんな指摘にたじろぐ様子はまるでなく、むしろ引き続いて嬉しそうに羽をぱたぱたさせながらこう返します。
「何度聞いても嬉しいものは嬉しいでありますから」
「そりゃまあ、こっちとしてもノーリアクションよりはいいけどよ……」
 というわけで、結局のところ僕の予想通りの表情をすることになった大吾なのでした。ノーリアクションよりはいい、なんて言ってはいますが、何かと比較する以前にそれが最上なのでしょう。間違いなく。
「はっはっは、今お前がどんな顔をしているか容易に想像が付くぞ大吾ー」
「うっせー」
 これまた女湯側に向けた話ではなかった筈なのですが、しかし壁を挟んでそんな遣り取り。大吾が成美さんの声を聞き分けたのと同じく――というわけではなく、そうでしたね、成美さんはそもそも耳がいいんでしたよね。
「まあでも普通に凄いよな今のは」
「そうじゃな。北極や南極じゃあるまいし、じゃあ世話をするってだけなら寒さ云々は必要のない知識ってことになるんじゃろうしの」
 といったところで、
「あー、風呂場に来てんのにいつまでも立ちっぱじゃねえかオレら。いい加減湯船に浸かろうぜ」
 とまるで二人の会話が聞こえていないかのようにずんずんと歩き始める大吾なのでした。その口宮さんと同森さんに褒められたところでそんな、ということでそれもまた照れ隠しの一つではあったのでしょう。
 動物に詳しいことに加え、こういった反応をするということを押さえてしまえばもう彼という人間の九割ほどを理解したと言ってしまって過言はないような気がします。そのへんどうでしょうか口宮さん同森さん。
 というのはともかくとして、照れ隠しであることを抜きにしても、大吾のその言い分はその通りとしか言いようがないのでした。僕達はまだ、湯船に浸かるどころかシャワーを浴びてすらいないんですよね。
 これが家だったりしたら寒かったんだろうなあ、と一番風呂のあの冷えた空気を思い出しながらシャワーを浴び始める僕だったのですが、でも今は一番だけじゃなくなったんだよなあ、とも。言わずもがな、それは僕の家ことあまくに荘204号室の住人が二人になったことを指しています。
 ついでに、でも結局一番だけになることもあるんだけどね、なんてことも。それは別にどちらか一人が入浴をパスしたとかそういうことではなくて、とまあしかし、やっぱりこれも言わずもがなということにしておきましょう。まだ一回しかそうなったことはないですけどね。
「夜にまた混浴のほうに入るのに今ここで頭やら身体やら洗うってのもなんかこう、非効率的な感じだよな」
 隣のシャワーを使っている口宮さんが、言葉とは裏腹に備え付けのシャンプーを手に出しながら言いました。
 けれどその言葉と行動の食い違いについては割とどうでもよかったりして、ああ、やっぱり混浴には入るつもりなんだなと。他のみんなは問題ないとして、異原さんがちょっと心配だったりしないでもないんですけどね――とまあ、もちろんそれは余計なお世話ってやつなんでしょうけど。
 ともあれ。
「分からなくもないですけど、じゃあ洗うのはその時でもいいんじゃないですか?」
 言っている間に頭が泡立ち始めているので手遅れではあるのですが、それでも一応はそんな返事をしておきました。
 手遅れだ、なんてことを把握しながらそう言ったこともあって、それに対する口宮さんの返事もそんな感じになるんだろうな。
 と、そう思っていたのですが、
「いや、そっちのほうで余計なことはしねえほうがいいかと思って」
 意外にも何かれっきとした理由があって今ここで頭を洗っているんだそうでした。となれば、僕としてはそこに踏み込みたくなるわけです。
「余計なこと? っていうのは?」
 その言葉が指しているのは、この流れからしてもちろん頭や身体を洗うことなのでしょう。それの何がどう余計なのかは分かりませんが。
「兄ちゃんだって分かってると思うけど、由依のやつあんな調子だろ? 何をどう気にするか分かったもんじゃねえしな、混浴なんて。じゃあもし入るんだったら湯船に浸かっとくだけにしといたほうがいいだろ、多分」
 なるほど。
 だから身体を洗うのは今ここで、という話はもちろんのこととしてもう一つ、もし入るんだったら。それはつまり、入らないという選択肢もないというわけじゃない、ということなんでしょう。
「無理矢理引っ張っていくのかと思ってましたけど、そうでもないんですね」
「嫌がってんのを無理矢理引っ張ってって面白がれるほどサドじゃねえしな。――いや、面白がれるほどっつうかハナから違うけど」
 怖い顔をされるのを覚悟のうえでわざと余計な一言を口にしてみましたが、特にそんなこともないまま頭をしゃかしゃかし続ける口宮さんなのでした。
 ちなみに、情操教育上宜しくなさそうな単語が出てきたということで義春くんの所在を確認してみたところ、どこから出してきたのか大きな桶へ大吾、同森さんの二人と一緒に湯船の湯を洗面器で移していました。そのサイズと、あと大吾が一緒にいるということで、ならばその桶にはジョンが入るということなんでしょう、恐らくは。
 何であれ聞こえる位置にいなかったのなら問題ありません。
「近くにいたら言わねえよこんなこと」
 割と周囲に目が向いている口宮さんなのでした。
「んー、そうだな兄ちゃん。ここらへんで一つ言っときてえんだけど」
「はい?」
「これでも同程度のアタマはあるんだぞ、同じ大学入ってんだから。ってまあ、はは、こういうこと言うから馬鹿だと思われるんだろうけどな。そういう話じゃねーだろっつう」
 口宮さん、言っておきたいことに加えてそれに対するセルフ突っ込みまでを一息で言い切ってしまうのでした。しかもただ突っ込むだけでなくこれまた自分で笑い飛ばしすら。
 それがなかったら僕は肩を縮こまらせていたことでしょう。なんて、わざわざはっきり思い描くまでもないことではあるんですけどね。
「頭で思い出しましたけど、そういえば金髪止めたんですよね」
「ああ、まあな。って、その『頭』ってのはどっちの意味だ?」
「え? ああ、いやいや、身体の一部位としての、ですよ?」
「そうかそりゃよかった」
 言われるまでその発想はなかったのですがしかし、言われてみればどっちにも取ろうと思えば取れてしまうのでした。というのも、口宮さんが金髪を止めたのは恐らく――。
「異原さんのどうのこうの、ですよね? そうしたのって」
「まー他にそうするような理由もねえし」
 具体的に何を言われたとか、そうでなくても異原さんについて何を思ってとか、そういったことまではもちろん分かりようもないものの、しかし少なくとも異原さんのことを想って、ということは間違いないのでした。時期が時期でしたしね。
「逆に言って、それくらいしかしてやれてなかったりもするんだけどな。二人でいる時間が増えたってことくらいか、無理に言ってみるとしても」
 付き合い始めてから。省略されてはいましたが、もちろんこれはそういう話なのでしょう。……付き合い始めてから、の前に「もう一度」という言葉を付けるべきなのかどうか、判断に迷うところではありますが。
 なんて、外野の僕がいくら迷ったって答えが出るわけがなく、そして答えが出ようが出まいがそもそも意味がなかったりもすることで頭をぐるぐるさせていたところ、口宮さんはシャンプーをシャワーで洗い流し始めました。
 そしてそれが済んだところ、
「言われたよ、由江に。式場見に行った時」
 と。
 そういえば帰り際に口宮さんと何か話してたっけ、なんてそれらしい場面は思い浮かべられたのですが、しかしもちろん重要なのはそこではなく。
「言われたって、なんて?」
「どうすりゃこんなとこ来れるんだって」
「…………」
 結婚式場。ましてやそれが自分のために用意された場ということで、僕と栞はこれ以上ないくらい感激していたのですがしかし、その裏でそんな遣り取りがなされていたということには、なんだか後ろ暗い思いを掻き立てられるのでした。
 いえ、もちろん、だからといって僕達に落ち度があったという話ではもちろんないわけですけど。
「俺はあいつと違ってこういうこと言うのにあんま抵抗とかねーから言っちまうけど、今の段階でも俺、あいつのこと好きなわけよ。付き合ってんだから当たり前だけどな」
 その言葉通りに軽い調子でさらっと言ってしまう口宮さんでしたが、しかしだからといってその言葉の中身までが軽いということはないのでしょう。そうだとしたらわざわざこんなところで僕に話――というかいっそ相談という形になるでしょうか、これは――をしたりしないでしょうし、そもそも、その直前に言ったのがあの台詞でしたしね。
「当たり前っつーからには俺だけじゃなくて、由依の側だってその筈なんだよ。あんな感じだけど……いや、だからあんな感じなんだろうけど」
「でしょうね」
「でもそれだけじゃ足りねえってことだよな、やっぱ。あんなこと言われたのもそうだし、あと言われた瞬間にそれに同意できたってことも」
 言いながら、頭を洗い終えたからといことなのでしょう、今度は備え付けの液体石鹸をタオルで泡立て始める口宮さんなのでした。軽い口調も相まってそっけなさを感じてしまいそうにもなるのですがしかし、それが逆に重要さを示しているように見えたりしないでもありません。そして見た目がどうあれ、ここまでの流れからして後者が正解ではあるのでしょう。
「まあ、馬鹿なんだよな俺もあいつも。結局アタマ云々の話に戻っちまうけど」
「僕からそうだとか違うとかは言い難いですけどね」
「はは、そりゃそうだな。悪い悪い、変なこと言って」
「聞くだけなら悪くはないんですけどね」
「そうか? じゃあもうちょっと」
 遠慮しない口宮さんなのでした。無論、悪くないと言ったからには応じますし、実際のところは悪くないどころかそれを望んでいる節だってあるんですけどね、やっぱり。
「どっちも馬鹿だっつっても、馬鹿の中身まで同じってことじゃねえんだよな」
「中身?」
「なんで『足りねえ』なんてことになってるのか、その原因が違うってこと」
 ふむ。
 そんなにざっくり纏めてしまっていいものかどうか、というのはさておき、それを簡潔に説明するとなると、「なんで恋人らしい振舞いができていないか」ということなのでしょう。何をしたかしてないかなんてそれを僕が把握してるなんてことはもちろんないのですが、二人の様子を見ていればまあ、ある程度察せられるというものでしょうしね。
 口宮さんは、僕の相槌を待つことなく話し始めます。
「あいつは照れちまってそういうことができねえ、ってのは誰でも見りゃ分かるんだろうけど、じゃあ照れるとかそういうのが全くねえ俺はなんなんだっつーと、そもそもそういうことしようとかあんまり思わねえんだよな」
「それって、したくないってことでは」
「ねえんだけどな、そりゃ。あんまりってだけで、そっちについては全くねえってほどでもねえし」
 ナタリーさんにキスされた異原さんに口宮さんまでしたらしいですしね――というのはウェンズデーが言っていたことそのままであってキスの場所がどこだとかまでは知りませんし、そもそもナタリーさんに続いてってことになったら冗談みたいなものだったんでしょう。
 が、まあしかし、全くないのであればそういうことすらしようとは思わないわけで。
「ただたまにそんなふうなこと考えたとしても、由依があんなだろ? 無理させてまでってなったら引っ込んじまうよな、やっぱ。そこまでするほどのことじゃねえしっていう」
「優しいんですね」
 意外だとか皮肉だとか、そんな批判めいたものではなく言葉の通り、他意はなしにそう言ってみたのですが、しかしそれに対しては口宮さん、
「自分勝手な、だけどな。式場で言われたこと考えたら」
 とのことでした。
「『どうすりゃこんなとこ来れるんだ』なんて、付き合い始めたばっか――って言っても二度目だけど、まあともかく付き合い始めたばっかじゃあ俺らじゃなくたって分かるわけねえとは思うし、それくらい由江だって分かってるんだろうけど、それでも、そのうえでそう言われたってのがな。よっぽどじゃなかったらわざわざ口に出さねえだろうし、じゃあよっぽどってことだったんだろうし」
「それはまあ、そうなんでしょうね」
 分からなくて当たり前。その当たり前なことを負い目に感じるほど、異原さんは追い詰められている――なんて言ってしまうとそれこそ切羽詰まった感じに聞こえてしまいますが――ということなのでしょう。
「となったら俺は、多少無理させてでも『そんなふうなこと』したほうがいいってことなんだろうかな。別に俺が一方的に悪いってことじゃねえんだろうけど、少なくとも現状が良くねえってのはそうなんだろうし」
「異原さんが行動を起こすっていうのは?」
 自分が一方的に悪いわけではない。自分でそう言ったのならそれだって充分選択肢に入りはするのでしょうが、しかし。
「『できねえ』奴と『しねえ』奴だったら、動くべきなのはしねえだけの奴だろそりゃ」
「…………」
 効率で考えればそうなのでしょう。そうすれば負担は最小限で済みますし。けれどそれを効率で考えた結果だと、もちろんそうは思わないというか、そうは思えないのでした。
 つまるところ、
「本当に優しいんですね、口宮さんって」
「空回り中だけどな」
 否定しない口宮さんなのでした。ということであれば、もう一つ。
「心底から異原さんに惚れ込んでるんですね、口宮さんって」
「…………」
 少なくとも否定はしない口宮さんなのでした。
 照れたりすることは全くない、と仰っていましたが、ならばこの沈黙は急にそんなことを言い出した僕への呆れなのか、それとも前言に偽りありということなのか。
 というのは、まあしかしどちらでもいいでしょう。
「『そういうこと』してこなかったのだって、単に気が乗らねえとかじゃなくてそうしたほうがいいと思ってそうしてきたんだしな」
 異原さんに無理をさせない。恋人としての振舞いにいちいちその思いが絡んでくるとなると、異原さんと一緒にいる時間は常にそのことばかり気にしている、と言ってしまっても過言ではないのではないでしょうか。
「それが無駄だとは思えない、というか思いたくないですね。同じく彼女がいる身としては」
「彼女っつーか奥さんだろ、もう」
「変わらないですよ、どっちでも」
 彼女のために。奥さんのために。具体的に何をするかやその結果は変わってくるのかもしれませんが、動機としてのその思いに、差なんかあろうはずがないのです。
「そっか。そりゃいいこと聞いた」
「ですか」


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