(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十一章 なんかすごい人達 十

2012-12-22 21:00:53 | 新転地はお化け屋敷
 というわけで栞をすっかり消沈させてしまったのですが、しかし実のところ、僕達からすれば「だから何?」という話ではあるのです。自分で消沈させておいて、とかここまで話を進めておいて今更、なんてことになるというのは無論、承知のうえながら。
「まあでも栞サン、ぶっちゃけオレらには関係ない話ではあるんですし」
 僕が今思ったこととほぼ同じ内容の台詞を口にする大吾。そりゃまあ誰だってそう思う場面なんでしょうし、そしてそれならば、栞だって同じように思いはしたことでしょう。
「ってことで孝一、いっこ思い付いたんだけど」
「ん?」
「成美のほうが終わったら義春くんと一緒に風呂とかどうだ? 露天のほうはどうせ夜に入るだろうし、だったらせっかくだしあの露天じゃないほうで」
 風呂。もちろんまだまだそんな時間帯ではないわけですがしかし、旅館とかだと別にそこまで変なことでもないんじゃないでしょうか。それに式場を見せてもらっている以上、これから先外に出ることはまあまずないと思いますし。
 というわけで。
「いいかもね――とは思うけど、一応ここの人に許可取ったほうが良かったりしないかなあ。義春くんの都合はまあ大丈夫そうな感じだったけど、ただ外で遊ぶってよりはなんかこう、心配されそうなっていうか」
 よくよく考えれば風呂に入るより外で走り回るほうが転んだりなんだりでよっぽど怪我をする確率は高いわけですが、しかしあちらの立場になってみると、そう言わざるを得ませんでした。なんでなんでしょうね。
「そうか? うーん、だったらさっき道端サンか大山サンに訊いときゃよかったなあ。まあ思い付いたの今だから無理な話なんだけど」
「ここの誰かに訊きに行って着替えを取りに戻ってきてっていうのは面倒だし、今回はもう電話で訊いちゃっていいんじゃない?」
「そうだな、そうするか。でもまあそれより先に義春くんに話してからだけど」
「まあね」
 そうはならなさそうな気もしますが、難色を示されたらご破算だしね。
 とここまで男二人でぽんぽんと話を進めていたところ、すると僅かな間ながら蚊帳の外だった栞が、若干ふてくされたようにこう溢しました。
「いーなー、男子だけ」
 …………。
「いや、だって、それはどうしようもないしさこっちとしては」
「まさかここで混浴なんて言わないですよね栞サン」
 そりゃまあ男子としては「じゃあ女子も」とはいかないわけです。僕達も大吾達も元々混浴には行くつもりでしたが、しかしそこへ義春くんも一緒にというのは、義春くんでなく我が身への心配がいろいろとその。
 皆までは言いませんが、みっともないことになっちゃいかねないという懸念は拭い切れないわけですよ、やっぱり。それこそ男子ですし。
 女性にだって言わずとも察してもらえるとは思うのですが、しかし栞、ここで僕達に向けたのは同意や納得ではなく、呆れた顔なのでした。
「なんか変な想像してるっぽいけど」
『ん?』
 話が話だけに過敏になっているのか、リアクションのタイミングがもろ被りする僕と大吾なのでした。お恥ずかしい。
「義春くんくらいの子だったら別に女湯にだって普通に入っていいと思うんだけど?」
『あ』
 旅館というよりは銭湯で考えたほうがしっくりくるかもしれませんが、小学校に入っているかいないかくらいの小さい男の子がお母さんに連れられて一緒に女湯へ、という光景は、確かに何の違和感もなく受け入れられるものではあるのでしょう。
 いや、そりゃあ、こっちだって義春くんの年齢を考慮しなかったというわけではないんですよ? ただそこから導き出されたのが「だったら女性陣も一緒に入ることに抵抗はないよね」という栞達をメインとした内容に止まってしまい、「女湯に入っても問題ない」という、逆に義春くんをメインとした方向に意識が向かなかったのです。そうなるともう場所は自動的に混浴に限定されてしまうわけで。
 ……なんでそうなったかって言われたら、だって夫だしとしか言いようがありません。だからといってその言い分に筋が通っているかどうかは、もちろんそれとはまた別の話なのですが。
 あと、大吾も同じように考えたんでしょうか? なんてことは、さっきと同じくリアクションを被らせておいてわざわざ考えるようなことでもないんでしょう。
「なんてね」
 男二人で小さくなっていたところ、すると一転して柔らかな声で柔らかなお言葉が。
「まあいいよいいよ、男湯入って次は女湯、なんて無茶を言うつもりはないし」
「あはは、そりゃそうだね」
「混浴だけでのぼせてダウンしちゃった人もいるわけだし」
「……えー、その件についてはご迷惑をお掛けしました」
 あったっけね、そんなことも。

「じゃあ行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
 まずは義春くんにどうするか伺ってから、ということで僕と大吾はまず、その義春くんがいるお隣の部屋へ向かうことになりました。成美さんのご用事が終わっているのかどうかは分かりませんが、その確認も含めて、ということで。
「まあすぐ戻ってくるんだけどね、風呂に入ることになっても」
「え? ああ、そっか。お風呂セット取りに戻らなきゃだもんね、普通に行ってらっしゃいしちゃったけど」
 お伺いを立てる時点でそのお風呂セットを小脇に抱えてたりしたら、それはもうお伺いを立てるというより風呂に行くぞと強制してるようなものですしね。
 という理屈を頭の中で並べ立てることにより隣の大吾に笑われたことを流そうとしてみるわけですが、しかしそれでも照れ臭いものは照れ臭いのでした。
「いい感じに所帯染みてきてんな」
「染み切ってないからこそでもあるんだろうけどね」
 全く染みていないのなら初めからここで行ってきますとか行ってらっしゃいとか言おうと思わないでしょうし、染み切っているなら言うべき場面でないという無意識の判断からやっぱり言わなかったのでしょう。
 大して熟練してもいないのに気を抜いてしまう、ということから「慣れ始めた頃が一番危ない」というのは、なにも包丁の扱いに限った話ではないようです。
 目的地は隣の部屋、ということで、そんなことを考えている間にはもう到着してしまっており、ならば大吾は「ただいまー」なんてわざとらしく言いながらそのドアを潜るのでした。ぐぬぬ。
「おお、おかえり大吾。日向も」
「おかえりなさい」
「おかえりなさいであります」
「ワフッ」
 室内の様子を一目見た時点で、可笑しいとは言わないまでも少々目につく程度のことがありはしたのですが、まあその程度のことであるならそれはともかくとしておいて。
 わざとらしくであれ何であれ、ただいまと言われればそりゃそう返しますよねということで、成美さん達は自然な口調でそう言って僕達を出迎えてくれたのでした。いやまあ、ジョンについては流れでそう判断しただけなんですけどねそりゃ。
「お邪魔しています」
 一人だけ違った出迎えをしたのは義春くん。さすが、丁寧な言葉遣いだけでなくきっちり頭を下げてまできます。
 で。
「成美、なんでそっちに?」
「ん? うむ、義春くんが相手ならこっちのほうが合っているのではないかと思ってな」
 少々目につく程度のことについて、ここで大吾から質問が。ということで成美さん、別れる前は大人の身体だった筈なのですが、今は耳を引っ込めて小さい方の身体なのでした。
「確かに見た感じはしっくり来るな」
「ふふん、そうだろうそうだろう。それに、それを別としても目線の高さが近いというのはいろいろといい感じだしな」
 それでもさすがに義春くんほど幼いというわけでもなく、まだ成美さんのほうが背が高かったりはするんですけどね。まあそうでなくても今の成美さんくらい、要するに小学生くらいの頃っていうのは、女子のほうが背が高かったりしましたけど。
「で、それか?」
「うむ、これだ」
「えへへ」
 床に置かれていたそれに話が及んだところ、義春くんが可愛らしく首を傾けるのでした。ということは、好評だったということなのでしょう。床に置かれていたそれこと猫じゃらしは。
 とはいえもちろんそれは、あまくに荘の面々における好評とは内情が違ってくるんでしょうけどね。あっちはこう、なんというか、一緒になってはしゃぐのではなく愛でるって感じですし。
「持ってきてたんですね、それ」
「うむ。今回は初めから大吾と二人部屋の予定だったしな」
「あー、おほん」
「……ふふ、そういうことだそうだからあまり言及するのは勘弁してやってくれ日向」
 僕がどうこうというよりご自分から言及し始めたような気はしますが、了解致しました。
 僕が頷いたのを見て、成美さんは話題を転換させてきます。
「それで、嫁のほうの日向が来ていないということはただ遊びに来たということではないんだろう? 用事は何だ?」
 嫁のほうの日向、という表現もそうですが、なかなかユニークな論理から僕達の行動を推察してくる成美さんなのでした。しかも当たってるっていうんですから。
「お前の方の用事は……まあ、済んでるんだよなこの状況じゃあ」
 猫じゃらしが出てきちゃてるしね、ということで大吾がそう尋ねたところ、成美さんからは「義春くんの話を聞きたいというやつか?」と。義春くんにとっての重大そうな話、ということで密かに心配していたりもしたのですが――。
「うむ。そうそう長く時間を取るようなものでもなかったしな」
 その曇りなく堂々とした肯定具合には時間のことだけでなく、嬉しかったとか楽しかったとか、そういった感想も含まれているように見えました。そうでもなければ続けて猫じゃらしで遊ぶ気になんかならないだろう、というのもなくはないんですけどね。
「ありがとうございました、怒橋さん」
「いやいや、こちらこそ。それに、言いたいことをきちんと言葉にして伝えられるというのは当たり前なようでいて実はなかなか難しいことだったりするからね。立派だったよ」
「えへへ、ありがとうございます」
 義春くんが話した内容を知らない僕には、もちろんそれがどれだけ「きちんと」だったのかは分かりません。ですがそんな細事はともかく、この年でそういう評価を引っ張り出させたということそれ自体のみで既に、立派という評価をするに相応しくはあるのでしょう。勝手な想像ですが、成美さんの評価基準はなんとなく厳しそうな気がしますし。
「そっちの身体でそういうことしても、なんつーか褒めてるってよりじゃれ合ってるって感じだな。見てる分には」
 僕がそんなことを考えている間に、大吾からはそんな言葉が。そういうこと、というのは成美さんが義春くんの頭を撫でたことを指しているのでしょう。まあ、見た目だけは小さい子ども同士なわけで。
「そうか? ふふ、そう見えるならそれでも構わんさ。なんせさっきまでまさしくじゃれ合っていたわけだしな、これで」
 言って、拾い上げた猫じゃらしをぴよんぴよんと揺らしてみせる成美さんなのでした。確かにそうではあるのでしょうがしかし、成美さんはちょっと前まで子ども扱いされるのを嫌っていたように思うのですが……ええ、どうやら今はもうそうでもなくなったようでした。大吾だけかもしれませんけどね。
 なんてことを考えていたところ、ここで横からウェンズデーが。
「ところで大吾殿、用事のほうはいいでありますか? 成美殿、大吾殿が相手ならいくらでも他の話を続けてしまいそうでありますが」
「おお、そうだったそうだった」
 そうでしたそうでした。
「す、素直に納得するんじゃない馬鹿者」
 あまりにも違和感のない話についつい何の引っ掛かりも感じないまま頷いてしまいましたがしかし、当然というかなんというか、成美さんはそんな反応をしてみせるわけです。
 するとここで、今度はナタリーさんが「でも」と。
「否定されたらそれはそれで寂しくないですか?」
「うっ、む――むう、確かに、それはそうなのだろうが……」
 いくらでも他の話を続けてしまう。惚気話のように聞こえはしますけど、でもそれができなかったら惚気る以前の日常生活に支障が出たりもしかねないわけです。なんせ二人で一緒に暮らしているわけですし、それに「幽霊は基本的に暇」ということもあって、二人だけでかつ何もすることがない時間というのは、一般的な夫婦なんかより遥かに多くなってくるわけで。
 と、無理矢理に真面目な話に持っていこうと試みたりもするわけですが、もちろんそんなのはこじつけや屁理屈といったものなんですけどね。
 さっき義春くんの頭を撫でていた成美さん、すると今度は大吾から頭を撫でられ始めるわけですが、それについては抵抗することなく受け入れてらっしゃるのでした。悔しさ半分照れ半分、といった表情ではありましたが。
 そしてそれはともかく、ここでようやっと大吾の口から本題が。
「義春くん」
「はい」
「まあまだこんな時間なんだけど、オレらと一緒に風呂入らない?」
「はい!」
 即断にも程がある義春くんなのでした。
「むむ、それで嫁の方の日向が来ていないということはあれか、男だけの話ということか」
「まあそうなるな。ほら、混浴じゃない方の風呂に行こうかと思ってて」
「義春くんくらいの年なら女湯に入っても大丈夫だろう、とか言ってはいたんですけどね、栞は」
 男だけ、という言葉を聞いてそれなら口宮さんと同森さんにも声掛けてみようかな、なんて思ったりもしたのですが、今それは横に置いときまして。
 というわけでそんな話をしてみたところ、
「む? そういうものなのか?」
 と成美さん。ああそうか、男湯女湯のそんな特殊ルールなんて知りようもないですよね。あまくに荘にはそれくらいの年の子なんていないわけですし。
 などと思っていたところ、成美さんは身体を捻ったりなんだりして自分の身体を見下ろし始めるのでした。
「何してんだ?」
「いや、義春くんが女湯に入っていいならわたしが男湯に入るのもありなのではないだろうかと」
 …………。
「勘弁してくれ」
「右に同じくです」
 何も知らなければ義春くんの女湯入りと同じく見過ごせる話ではあったのでしょう。が、知っているならもう無理です。いくら小さい方の身体であるとはいえ、そこから大人の身体を想像してしまうのは、きっと止められないと思うのです。
 というかいっそ、大人の身体で入ってこられるよりよっぽど危ない気すらします。なんせ僕は元から混浴に入るつもりであって、ならば栞はともかくそこで他の女性陣と鉢合わせする可能性があるというのももちろん考慮はしていましたし、だったらそれに対する心構えだって一応ながらしてはいたわけですしね。それにそもそも、鉢合わせではなく示し合わせて一緒に入るというのも充分考えられるわけですし。
 ……しかし考えてみれば、その心構えはなぜ大人の身体に限定したものだったのか、という話でもあります。前回混浴に入った時がそうだったからとか、その混浴での態度を後悔していた様子から今回わざわざ小さい方の身体で入るようなことはないだろうと思ったとか、理由は挙げられないことはないんですけどね。
「ははは、冗談だよ」
 こっちがあれこれ考えているというのに、栞と同じような締めをしてくる成美さんなのでした。ううむ、女性からすればそういうものなんでしょうか。
 あと、義春くんがよく分からないと言った風情で首を捻っていたのは救いでした。
「まあしかしそうだな、そういうことならこっちはこっちで風呂に入っていようか。音無や異原に声を掛けてみてもいいかもしれんし」
「いいかもな――と思ったけど、全員行くとなったらジョン達どうしようか」
 栞も喜ぶだろうしこっちとしても賛成です、なんて思っていたところ、大吾からそんなお話が。そういえばそうでした。
「むむむ、お留守番くらいなら自分達だけでも問題ないでありますが……」
 ウェンズデーはそう言ってくれましたし、事実全く問題はないのでしょうが、しかしその割に引っ掛かる所がありそうな物言いなのでした。
 するとここで、何かを察したような機敏な動きをみせたのは大吾です。身体ごとささっと義春くんのほうを向き直ると、真面目な顔で尋ねました。
「義春くん、ちょっと無茶なお願いかもしれないけど」
「なんですか?」
「こいつらも一緒にってのは駄目かな。もちろん湯船には浸からせないようにするけど」
「問題ないと思いますよ?」
 あっさり。
「なんだったら僕から訊いてみましょうか。電話で」

「大丈夫でした」
 受話器を下ろした義春くんはこれまたあっさりと、けれどしっかりと嬉しそうな笑顔を浮かべながら、こちらを振り向いてそう告げるのでした。
 ちなみに、義春くん本人の了解を取った後にしようと思っていたここの人達への義春くんを風呂に連れていっていいかどうかの確認も、これで同時に済んでしまったことになります。「今からお風呂に一緒に入ってもらうことになったんですけど」って言っちゃってましたしね。
「あの、一応訊いておきますけど」
 うきうき気分を振りまく義春くんを余所に、今度はナタリーさん。
「私って、女湯に行ったほうがいいんですよね?」
「あー、うーん、まあそれでいいと思うぞ。こっちに来たいってことならそれでもいいけど」
 どっちでもまるで問題がない、というのはそれはそれで失礼な話なのかもしれませんが、まあしかし事実として問題はありそうもないのでした。だって普段から全裸ですし、なんて理屈をこねてみるのは、逆に厭らしいのかもしれませんけどね。
 一応大吾が「それでいい」と言いはしたものの煮え切らない雰囲気になり始めていたところ、しかしそこで積極的な意見が。
「義春くんもジョンもウェンズデーも男どもに取られるとなると、お前一人くらいはこっちに引き込まないと少々寂しいしな。うむ、そういうわけでナタリー、是非ともこっちに来てくれ」
「ふふ、はい。分かりました」
 というわけで、
「じゃあ行きましょう!」
 張り切って先導を買って出た義春くんに続いて、僕達は部屋を出るのでした。
 張り切り過ぎたせいで、風呂支度をするのにやや慌てる羽目になったりもしたんですけどね。大吾と成美さんはもちろんのこと順次僕と栞も、そして音無さんと同森さんも異原さんと口宮さんも。風呂に入るという話自体その時初めて聞かされることになった以上、後者二組は特に。
 すいませんね、急な話で。

「おー、やっぱ子どもは速えなこういうの」
 真っ先に脱衣を終え、ジョンとウェンズデーを引き連れ小走りで浴場に向かっていく義春くんの背中を目で追いながら、口宮さんが感心したような口ぶりで言いました。
「子ども扱いしていいものか迷っとったとこじゃが、要らん心配だったかもしれんの」
「相変わらず気色悪いぐらいガチガチだなお前。こん中で一番チビなくせに」
「自分で振った話くらい最後まで付き合わんか阿呆」
 ごもっともな指摘ではあるのですがしかし、露わになりつつあるそのお体を見る限り、口宮さんの気持ちも充分に分かるくらい見事な筋肉でいらっしゃる同森さんなのでした。いや、気持ちが分かるといっても、気色悪いとまではそりゃあ思いませんけども。
「いや、でもなんか本当、凄いですね」
 僕と似たような感想ではありましたがそれは僕の言葉ではなく、ならば誰の言葉なのかと言いますと、大吾の言葉なのでした。――などと大仰に説明することもないと思いはするのですがしかし、これまで一切なかったとは言わないまでも大吾が同森さんに声を掛けるというのは珍しい、ということで。
 とはいえそれは顔を合わせる機会自体が少なかったからでもありますし、それを抜きにしても庭での義春くんを交えたジョンが鬼の鬼ごっこなんかもありましたから、少なくとも口宮さんとは会話の一つくらいしてそうなものなんですけどね。
 というわけで同森さん側としても、ただ話しかけられた以上の何かを含んだ表情を浮かべていたりしないでもないのでした。そうは言ってもただ話しかけられただけではある以上、そう露骨なものではありませんでしたけどね。
「でもまあ何か目標があってこうなってるってわけでもないんで、そう感心されるとむず痒いですな。スポーツとかもしとりませんし」
「え、そうなんですか?」
「はは、やっぱり意外に思われるところですかここは」
 そりゃまあそうでしょう、というのは僕の頭の中だけでなく、口宮さんの顔にもそう書いてありました。
 が、まあそんなことを言ったり考えたりしている間にも各自脱衣は済んでしまい、ならば各々前を隠したり隠さなかったりしつつも――というかどうやら隠してるのは僕だけですけど――浴場へと。
 しかしその途中、口宮さんが「そういやあ」と。
「怒橋さんって年いくつ? 外で走り回ってた時もそうだったけど、なんかこう、日向の兄ちゃんと違って敬語使われるのしっくりこねえっつうか」
 言われてみれば、ということでこれまで気付かなかったのが不思議な事実にここで気が付く僕なのでした。
「僕の一つ上だし、じゃあ口宮さん同森さんとは同い年になるのか」
「え? あれ、そうなるのか? いやまあ、幽霊だから年取らねえってのもあるけど」
 という話に浴場一歩手前で一旦、全員の足が止まりました。
「年を取らない……ええと、結局は同い年ってことでいいんですかの」
「えーと、孝一のいっこ上ってことなら、まあ。身体だけそこから二歳分若いってことで」
 それは要するに「大吾が亡くなったのは二年前」という事実を表していたりするのですが、幸いなことに話をそこへ持っていこうとする人はいませんでした。気付かなかったと言い切れはしないんですけどね、だからといって。
 ちなみに。
 これまでの記憶を手繰り寄せる限り、過去の数少ない口宮さん同森さんとの対面の中で、大吾が敬語を使っていた場面というのは思い浮かばないのでした。ならば必然、大吾はその際俗に言うタメ口で会話(というほどのものでもなかったかもしれませんが)をしていたということになります。口宮さんが言った「しっくりこねえ」というのも、もしかしたらその辺りの記憶が引っ掛かってのことだったのかもしれません。
 ではそれがどうして今回敬語になったのかと考えると、
「成美さん効果は絶大だね」
「は? なんで今成美だよ?」
「さあね」
 丸くなったなあ、と。今までの例としては栞や家守さんをさん付けで呼ぶようになったことが挙げられるわけですが、今回のこれもそれと同じことだったりするんでしょうしね。
 ――とまあ、そんな話はこれくらいにしておきまして。
「ぬわー!」
 浴場に入ったところ、楕円ぽいシルエットの物体が悲鳴を上げながら床の上を高速でスライドしていきました。何が起こったのかと、というか今のは何なのかと、僕達四人の誰もがそう思ったことでしょう。
「うわー! ウェンズデーさーん!」
 なまじ広い浴場なので壁にぶつかって止まったりもできずひたすらスライド移動し続けるそれを、義春くんがぺたぺたと追いかけていました。もちろんそれはとても追い付ける速さではありませんでしたが、しかしともあれその呼び掛ける声から、何が起こったかは大体想像が付きました。
 お腹で床を滑っているのです、楕円ぽいシルエットの物体ことウェンズデーが。
「あれ大丈夫なのか?」
「まあぶつかるような人もいないし」
 さっそく敬語を止めている口宮さんと大吾でしたが、呑気にそんなことを言っている間もウェンズデーは滑り続けているわけです。とはいえさすがに滑り過ぎなので、もしかしたら石鹸で身体を洗っている最中だったりしたのかもしれません。だとしたら義春くんは行動が速過ぎますし、ウェンズデーはなんでその最中に走り出したのかってことにもなるわけですが――っていうか本当に広いなここ。これだけ考える間があってまだ壁に着かないとは。
 …………。
 ややあって。
「あ、ターンした」
「まあ壁にくちばし打ち付けたら割とヤバいし」
 という実況の通り、ようやく壁に到着、もとい壁にぶつかる直前に身体を反転させて壁を蹴り、そうして壁への激突を免れたウェンズデーなのでした。
 という説明だけなら見事かつ華麗な危機回避に思えたのかもしれませんが、しかし実際にこの目で見たものとしては、距離があり過ぎたせいでこぢんまりした動きにしか見えなかったりも。
 ともあれそうまでしてようやく勢いが落ちてきたウェンズデーは無事、ターンした先で待ち構えていた義春くんにキャッチされたのでした。そしてそれを見た僕達四人は、誰からともなく軽い拍手をぺちぺちと。


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