(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十一章 戸惑い 二

2009-11-23 20:31:31 | 新転地はお化け屋敷
「呼んできたぞ」
「うむ。お帰り大吾。――いらっしゃい、日向。もうみんな集まっているぞ」
「お邪魔します」
 呼びに来た大吾と一緒に202号室へ到着してみると、猫耳を出さない小さな成美さんが台所に立ち、魚を捌いているところでした。……台所に立つというその前に、台代わりの子ども用の椅子の上に立ってるんですけどね。でないとまな板に手が届きませんし。
「手伝いましょうか? 捌くの」
「いやいや、もう終わるところだからな。中で待っててくれ」
 耳を出して大きくなればそんな椅子なんか使わないでもいいでしょうに、とは思うのですが、成美さんに言わせれば「わざわざ着替えてまで大きくなるよりはこっちのほうが手っ取り早い」ってとこなんでしょう。しかしそれが分かっていても台を使ってまで台所に立つその姿は甲斐甲斐しく映り、なので手伝いたくなってしまうのでした。
 でもまあ、今捌いている魚が最後だとするなら本当に「もう終わるところ」なわけで、だったら大人しく中で待たせてもらいましょう。
「いらっしゃい、孝一くん」
 ここが何号室かを考えると栞さんから「いらっしゃい」と言われるのは何か違うと思うのですが、しかしそれは横に置いてもいいことでしょう。
「これで全員揃いましたね。んっふっふ」
「肝心の食べ物がまだだがね」
「食べ物……私も食べてみて大丈夫でしょうか?」
「ワウ?」
 全員揃っているということで、今日も笑顔の絶えない清さん、その清さんの膝の上で丸くなっているチューズデーさん、何やら刺身を食べてみようとしているらしいナタリーさんに、その隣で伏せっているジョン、しっかり全員揃っているのでした。そりゃそうですけど。
 そしてこういう場合に僕が腰を落ち着ける位置は、必然的と言えばそうでもあるような、でもそういうことではないような、しかしとにかく栞さんの隣なのです。
「もうすぐだってよ。でも、そんな意気込んでたらすぐ喰い終わっちまうぞ? この人数だし」
「ははは、まさかわたしが他の皆を差し置いて自分ばかり食べるのではないか、と言いたいのかね? あるわけないじゃないかね、そんなこと」
 要らぬ心配をした大吾へチューズデーさん、体を丸めたままその黒い尻尾を一くねり。
 そういうしなやかな動きを見てしまうとついつい握ってみたくなったりしますが、でもそれはやってみたいで止めておいたほうがいいのでしょう。猫――というか動物全般ですが、尻尾ってなんとなく敏感そうなイメージがありますし。確か、体のバランスを取ってるんだっけ?
「そりゃ、ねえだろうとは思うけどよ」
「おーい大吾ー、皿を運ぶの手伝ってくれー」
 やや口ごもるような調子で大吾が言い返した直後、台所から水音とともに成美さんの声が。つまりは捌き終わって手を洗っているところなんでしょう。
「愛する妻が呼んでいるぞ。ならばささっと行ってやれ大吾。もちろん、わたしの食欲のためにもね」
「へいへい」
 刺身が目の前だからかチューズデーさん、いたく上機嫌なようです。そしてその上機嫌さにあてられた大吾、溜息交じりに立ち上がりながら、しかし特に反論もないまま素直に台所へ。
「今日はいつもよりちょっと意地悪ですねえ、チューズデー?」
「そうかね? ふむ、わたしはいつも通りなつもりだがね」
 借りている膝の持ち主である清さんからそう言われ、チューズデーさんはそんな反応。
 確かにチューズデーさんが大吾と成美さんをからかうというのは、火曜日であればよく見る光景です。が、特に「そういった内容の話」でもなかったところへ唐突にそれを持ってくるというのは、珍しいような気もします。
「んっふっふ、どちらにせよ見ていて面白いですけどね。怒橋君にはちょっと悪いですが」
 言いつつ、チューズデーさんの背中を撫でる清さん。ううむ、僕もやってみたい。
「ほれ、お待ちどう」
 なんてことを考えてる間にさっさと大吾が戻ってきました。既に用意されてるものを取りに行っただけですから、そりゃあ早くて当たり前なんですけど。
「あまり待ってはいないが――うむ、今日のものも美味そうだね」
「まあ、安売りのモンだからっつってそう味が変わるわけでもねえしな。変わったところでそれが分かるほど出来のいい舌でもねえだろうし」
 と、大吾が大皿をテーブルに置きつつ。多少なりとも料理を嗜む者としては意見を挟みたいところではありますが、しかし実際そんなものなのでしょう。それも含めて料理をする側の腕の見せ所だ、ということで。
 ちなみに、この刺身が美味しそうに見えるのならば、それは成美さんの切り分け方が上手だからという部分も多いに含まれているのでしょう。これだけ包丁が使えるのなら本格的に料理をしてみてもいいだろうに、とちょっと勿体なくも思います。
「もう一皿あるみてえだからあとちょっと待っててくれな。茶もついでに持ってくるわ」
 勿体なさついでになんとなくエプロン姿の成美さんなんてものを想像したりしていると、大吾はそう言いつつまた腰を上げました。
 戻って来たばかりなのにと小さなせわしなさを感じたりしつつ、でもそこに自分が客として扱われているんだなと実感したりもしつつ、そしてそこからちょっと捻って、ここは大吾と成美さん、二人の家なんだなと改めて思ったりも。
「――おいおい無理すんな。持ち切れねえだろそんな、皿とお盆いっぺんになんて」
「これくらいならと思ったが……うむむ、どうもそうらしいな」
「ほれ、お盆はオレが持つから」
「うむ、ありがとう」
 台所からそんな声が漏れてくると、だからといってここから二人の姿が見えるわけでもないのに、居間の全員が揃って台所への廊下へ目を遣ります。なんてことなさ過ぎるくらいになんてことないやり取りですが、だからこそ。
「お待たせ。さあ、ゆっくり召し上がっていってくれ」
「出来れば本当にゆっくり食ってくれよ。急いだらすぐなくなるだろうしな」
 刺身が盛り付けられた大きめの皿を持ってきた成美さんと、取り皿と割り箸と醤油、あと人数分のコップとお茶が入った容器で容量がいっぱいになっているお盆を持った大吾は、そんなふうに食事の開始を宣言するのでした。
 しかし成美さん、そのお盆と皿を両方持つってのはそりゃ確かに無茶ですよ。皿はともかくそのお盆、各種食器だけならまだしもお茶がそのまま乗ってたらそりゃ重いはずですし。
 というようなことも考えつつ――それでは、何はともあれ。
『いただきます』
 です。
 ちなみに大吾が「多く買ったと言っても実際そう多くもない」というようなことを言ってる刺身の量ですが、確かにそんな感じです。大きめの皿二つに分けて盛り付けられてはいるものの、一つの更に纏めようと思えばそう無理もなく纏められてしまう量なのでした。
 ただ、それについては少々事情がありまして。この成美さん主宰の食事会、そのレギュラーメンバーでありかつ猫であるチューズデーさんは当たり前ですが箸を使えず、なので刺身を手(というか爪)で引き寄せて直接齧り付かなければなりません。そこで、刺身を盛り付ける皿にはチューズデーさんが食事をするためのスペースが設けられているというわけなのです。
「たまには良いものだね、こうして皆に集まってもらってというのも」
「む?『たまに』でないと良くないのか?」
「ははは、言葉のあやだよ。分かっていて言っているだろう?」
「当然だ」
 いつもなら成美さんと二人だけで刺身を食べていたチューズデーさん、ついさっき清さんが言っていたように上機嫌そうなのでした。まあ、今のこれは刺身の味に満足しているから、ということなのかもしれませんけど。
 そしてついでに、いつもなら成美さんと二人だけだったとは言っても、その成美さんが大吾と同室で暮らし始めた以上、今では最低でも大吾を含めて三人で、ということになるんでしょう。まさかその場にいるのを外へ放り出してまで二人で食べないといけない、というわけでもないでしょうし。
「……ど、どうしましょうかね。食べてはみたいんですけど、大丈夫でしょうか……?」
 成美さんとチューズデーさんそっちのけで刺身と睨み合っているのは、ナタリーさん。いくらみんなが美味しそうに食べているとはいえ、やはり自分もそれと同じくであるのかどうか、不安なのでしょう。なんせこの中で蛇なのはナタリーさんだけなんですし。
「ちょっとだけ食ってみて、いけそうだったら食えばいいんじゃねえか? これくらいで腹壊すってこともねえだろ、多分。普段の食事があんな感じだし」
 そんな不安にすかさず答えるのは、動物の世話係である大吾。多分、なんて言ってはいますが、確かに普段の食事風景を思い起こせばそういう結論で問題なさそうな気もします。なんせこう、丸飲みですし。
 というわけで大吾、元からそれなりのサイズに切り分けられている刺身の一切れを箸で更に二分。それを大皿の隅へ乗せ、「ほれ、食ってみ」とナタリーさんへ勧めます。
「ありがとうございます……」
 それでもどこか恐る恐るでしたが、しかしゆっくりゆっくり確実に小さな刺身へ顔を近付けるナタリーさん。普段があの顎の外れそうな食事風景なので、食べる相手が小さいと逆に食べ辛かったりするんじゃないだろうかとも思いましたが――。
 ぱくりごくり、と滞りなく。そんな心配は無用だったようです。
「これは……!」
 ナタリーさん、上半身(何か違うような気もしますが)をピンと立てつつ声を上げました。さて、どうだったんでしょうか?
「ひんやりしてるのにぷにぷにしてて、飲み込み心地がすごくいいです!」
 どことなく斬新な感想ですが、しかしともあれ大喜びなのでした。
「そうか? じゃあほれ、残りも」
「いただきます!」
 切り分けられた刺身の残りが同じように大皿の隅に置かれると、機敏な動きで食い付くナタリーさん。初めて口にしたからという部分もあるにはあるんでしょうけど、この分だとよっぽどお気に召したようです。
「くくく、食べる人数が更に増えてしまったか。これは哀沢と喋ってばかりもいられないね」
「あ、いえ私、でもそんなに沢山は……」
 チューズデーさんが笑いながら言うと、飲み込んだ刺身の位置がそのまま表れているぽっこりとした部位をじわじわ尻尾へ向けて後退させつつ、しかしそんなある意味生々しい状況にありつつも態度のほうが控えめになってしまうナタリーさんでした。
「もちろん冗談だよナタリー君。気に入ってくれたのなら存分に食べてくれ。大吾に言って、今みたいに取り分けてもらうといい」
「は、はい。じゃあ怒橋さん、取り敢えずは一つだけ、お願いします」
「おう」
 もちろん冗談なチューズデーさんに、ほっとしたような声になりつつでもやっぱり一切れだけなナタリーさん。しかしそれでも、大吾はどことなく微笑んでいるような顔付きなのでした。するとそれを見てか成美さんもふっと小さく笑みを溢し、そしてそれらを見て僕達もくすくすと。
 食べる量を気にしたりそれについて遠慮したりするよりはこっちですよね、と刺身を頬張りながら考えます。と言って考えるまでもないことだったりするのかもしれませんが、まあ美味しいし楽しいからいいじゃないですか。
「ん? おや。――怒橋君、どうやらジョンも食べたくなったようですよ?」
 そんな声に清さんのほうを見てみると、その傍でジョンが尻尾を振っているのでした。言われたわけでもないだろうにお座りしている辺り、さすがはジョンです。
 ……けれども、ナタリーさんは平気そうだったけどジョンは大丈夫なんだろうか? 刺身って。
「それなりに慣れてるっつっても、沢山食べさせるのはちょっとアレですかね。ちょろっとだけにしてやってください」
「分かりました、ではそのように」
 お世話係らしい指示を出す大吾。普段がどうであれ、この時ばかりは誰も大吾に異論を出したりはしません。
「散歩行った後で腹いっぱい食わせてやるから、それまで我慢してくれな」
 そんなふうに声を掛けると、言葉の意味するところが通じないのは当たり前として、それでもジョンは再び嬉しそうに尻尾を振ってみせるのでした。
 そっか、今日の散歩はまだだったのか。ということは、この食事会が終わった後になるのかな? だったらいつも通りに参加したいところだけど。
 清さんが刺身の一切れを手に乗せてそれをそのまま差し出すと、ジョンはそこから刺身をぱくりと咥えあげてから、上を向くようにして口の中へ落とし込む。そんな触れ合いの感じられる食事風景だったから余計になのでしょう、
「美味しそうだねー」
 栞さんがまるで自分が食べているかのように嬉しそうに言いました。まあ、自分も自分の箸で食べてはいるんですけど。
「ですねえ」
「というわけで、はい」
 何が「というわけで」で、何を「はい」だったのかと言いますと、つまりは栞さんも僕と同じことを考えたようでした。触れ合いの感じられる食事風景だったから、と。
 栞さん、箸で摘んだ刺身を僕へ差し出しているのでした。「あーん」というやつです。そういえばなんで「あーん」という言葉で表現されるんだろう、なんて疑問を頭に浮かべる余裕ができたのは暫く後の話。
「……さすがにちょっと、というかかなり、恥ずかしいです」
「やっぱり? いや、ちょっと思い付いたらやってみたくなっちゃって」
 二人だけの状況ならまだしも、この状況ですし。みんな集まってますし。
 ということで実行者である栞さんも恥ずかしそうな顔をしつつ、差し出した刺身は結局自分の口へ運ぶのでした。
 が。
「なあ大吾、あの二人の会話から察するに、つまりあれは――恋人同士だからというか、そういう方向性での行動なのか?」
 こんな時に、というかこんな時だからこそ察しのいい成美さん、なんとなく後の展開が読めるような質問を。
「ま、まあ、そんな感じだな。けどあんまり人前」
「よしでは食え」
 確認さえ取れればあとはどうでもいいのでしょう、明らかに不安そうな声でかつその不安内容を口にしようとした大吾を遮り、ひょいと刺身を突き出す成美さんなのでした。そんな展開になってしまえば、栞さんが無言のまま大吾へ向けて手を合わせたりも。
「おいおい哀沢、見るからに困っているではないかね」
 というようにチューズデーさんが注意したと思えばその一方、
「食べさせてもらうのって、そんなに恥ずかしいことなんですか? 私とジョンさんもそうだったんですけど」
 というようにナタリーさんがいつも通りに。
「それはわたしだって分かっているさ。だが、こういうことだと分かればやってみたくなっても仕方ないだろう? それに普段からあまりないのだからな、食事をする機会など」
 というように成美さんが反論したと思えばまたその一方、
「ジョンとナタリーに対するのは、まあ、親切心からのことだしね。でも成美ちゃんが大吾くんにっていうのは――そもそもの原因は栞なんだけど――なんて言うのかな、甘えたいというか甘えてもらいたいというか、そんな感じで」
 というように栞さんが説明を入れます。
 一気に室内の賑やかさが増してしまいましたが、傍から見ている分には楽しげです。突き出されたままの刺身を前に難しい顔をしている大吾はもちろん、それに比べればマシだろうとは言え事態の大元となってしまった栞さんも、心中穏やかではないんでしょうけど。
「んっふっふ、日向君も怒橋君もそういう感じで何より何より、ですねえ」
「あ、やっぱり僕も当事者側に入っちゃいますか」
「もちろんですとも」
「ワンッ!」
 行動したのが栞さんだったとはいえ、そしてそれが未遂に終わったとはいえ、そういう行動に出たことについては、僕がどうのといった面もその要因の一つではあるんでしょう。端的に言えば、良好な関係を保てている、といったところでしょうか。
 ――何はともあれ、大吾は突き出されていた刺身をしっかりと口にしたのでした。
 そのことについて話が盛り上がったりもしつつ、ならばそういった時間は進むのが早いということで、
『ごちそうさまでした』
 気が付くと刺身はなくなっていたのでした。

「ん? オマエが来ねえってのはよくあることだけど、だからって何だそりゃ?」
 食事が終わってさあ次に何をするのかと言えば、少し前に話しましたが大吾の仕事である散歩です。
 動物の世話係である大吾の仕事ということで、その散歩もまた動物の世話の一環なのですが、しかしチューズデーさんは毎回参加というわけではありません。同じく猫である成美さんとの歓談の時間を取り、そしてその時間というのは大吾が散歩に出ている間も含めて、ということなのです。そこにはついさっき終了した刺身の食事会もまた含まれているのですが、それは今日がたまたま特別に全員参加だった、というだけの話。
「うむ、皆まで言うのもちょっとどうかと思ったのだが、まあ仕方がないね。言ってしまおうか」
 そして現在、今日も散歩には参加しないと伝えてきたチューズデーさん。それだけならいつも通りで誰も何も言わないのでしょうが、しかし今回、「わたしは一人で出掛ける」とのことだったのです。
 恐らくは、だったらみんなで行けばいいじゃない、というのが大吾が今思っている意見なんでしょうけど――。
「彼に会おうと思うのだよ。哀沢の前の夫にね」
「……ああ、そう言やしてたっけか、そんな話」
 言わずに済まそうとしていたらしいところを見るに、それは成美さんか大吾か、もしくはその両方への気遣いだったんでしょう。背筋はしゃっきり、声もはっきりなチューズデーさんでしたが、尻尾の先端がふんにゃりと曲げられているのでした。
「しかしチューズデー、あいつがどこにいるのか分かるのか? 待ち合わせの約束をしていたような記憶はないが」
「くくく、それどころか、今日がわたしの番の日――つまり火曜日だということすら覚えているかどうか、だね。まあそこは運任せさ。会えたなら良し、会えなくともそれはそれで良し」
 人と関わることがあまりなく(そもそも人間嫌いだという話ですし)、ひたすらに猫の世界で生きてきたであろう、成美さんの前の旦那さんであるところの白毛に灰ぶちの猫さん。というわけで曜日という概念など持ち合わせているわけもなく、なのでチューズデーさんと初めて会った先週の火曜日には、「七日毎に会える。それ以外の日は違う動物が外に出てきている」というように説明したのでした。一週間後にまでしっかり覚えているには、ちょっと難しそうな言い回しです。
「というわけだ、皆は気にせず散歩に出向いてくれ。万が一彼に会えた場合、これだけ人数が多いと、わたしでもさすがに身動きが取り辛いからね」
「まあ、そういうことなら文句はねえけど。じゃあもし会えたらその、宜しく言っといてくれねえかな」
「ふ、律義なことだね。――引き受けよう。もし会えたら、だがね」

 さてさて、そういうことがあって暫くののち。決めていた通りにチューズデーさんだけが別行動ということで、僕達も散歩にお出掛けです。
「適当に歩きまわって会えるかどうか、か。随分と気が長いというか、のんびりしているというか」
「ちょっと意外かな。なんとなくだけど、チューズデーってそういうこと、先にきっちり決めてから行動しそうな感じだったんだけど」
「うむ。わたしもそういう感想だな」
 成美さんと栞さん、そんなふうに言葉を交わします。別行動とは言っても、話題は依然チューズデーさんについてのままなのでした。
 ちなみにですが、成美さんは小さい姿のままです。それで散歩に出るということはつまり、現在地が大吾の背中の上であるということなのですが――しかし、だからこそ成美さんは気付きませんでした。大吾がちょっと表情を曇らせていることに。
「大吾、どうかした?」
 成美さんが気付かずとも僕は気付いたわけで、ならば尋ねてみるわけです。
「ん? あ、いやいや」
 質問をした僕よりもそれに釣られて気にし始めた周囲よりも、肩越しに顔色を窺おうと身を乗り出してきた成美さんに答えるようにして、大吾は首を横に振るのでした。
 しかし首を横に振った割には話は続くようで、
「オレはその、まあ、分かんねえでもねえかなってな」
 と、何故だか恐る恐るといった調子ながらも、栞さん成美さんとは反対の意見を持ち出すのでした。するとそこへ、今度は清さんが。
「怒橋君、チューズデーとそういった話をしたことがおありで?」
「……ちょっと違うような気もしますけど、あるかないかっつったらありますね」
 栞さん成美さんと同じくチューズデーさんの行動を意外だと思っていた僕ですが、これまた意外なことが。大吾とチューズデーさんがそういった話をしたことがある、と?
 いつもならそれこそ、成美さんとのことについて一方的に弄られているだけに見えるんだけどなあ。そういう話をしている間に中身がこじれて、とかそういうことなんだろうか?
「んっふっふ。そうですか、さすがは怒橋君ですねえ」
 動物が好きであるがゆえに動物係を務める大吾。ならばチューズデーさんについて理解が深いのも大吾が大吾であるがゆえ、ということなんでしょう、いつものように笑って納得する清さんなのでした。
 ――が、どうもそこで話は終わりのようです。清さん、チューズデーとした話がどういうものだとか、そういうことを尋ねたりはしないのでした。普通に考えればそこも気になって当然なのにしかし尋ねなかったというのは、なんとなく周囲のみんなにも訊き辛い雰囲気を作っているような、そんな感じがしないでもないです。
「どうしてそう元気がなさそうなのだ?」
 尋ねたのは、成美さんでした。
「恋についての話など、そういう表情になるようなものでもないだろうに」
 確かにそれはそうなのでした。話の内容は分からないにせよ、それがそういう話である時点で、大吾が顔色を曇らせるようなことではないはずなのです。
 返事には、少し間が空きました。
「チューズデーに訊いてみて、話していいって言われたら話す」
 そこから更に少し間を空けて、
「……でも、そうなったとしてもオマエ以外のみんなには無理だ。悪いけど」
 本人がそういうなら文句があるわけでもないのですが、しかし話がどういう内容になればそういう条件が付いてしまうのか気にならないわけでは、もちろんありません。気にしないようには心がけますけど。
「悪いことじゃないと思うよ? 大吾くんだもん、そういうことの一つや二つ、ないほうが変だと思うし、成美ちゃんはそんな大吾くんの奥さんなんだし」
「怒橋さん、私達のお世話をしてくれてるんですもんね。――私はまあ、そう期間も長くなくて、だからまだまだそういうことはないと思いますけど」
 僕の隣を歩く栞さんと、ジョンの背中の上に佇んでいるナタリーさんが一言ずつ。ことあまくに荘内の動物関連においては、大吾はそういう扱いを受けてしかるべき存在なのでした。そしてもちろん、それは僕だってそう思っています。
 初めから特別である大吾に特別なことがあったって、それをあげつらってどう思うということもないでしょう。
「……ありがとな、なんか」
 そんな話に、照れたように微笑む大吾なのでした。
 するとここでジョンが元気良く一吠えし、それは何となく話題終了の宣言と「めでたしめでたし」という総括をしているように聞こえ、なのでその後も気持ち良く散歩は続行されたのでした。


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