(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十四章 年上の女性 五

2013-07-11 20:55:26 | 新転地はお化け屋敷
 もう全く嬉しくないところではありますが、けれど表だって拒否するというわけにもいかず、なので促されるままその内緒話をお受けしたところ。
「九号よ」
「へ?」
 そう言われて真っ先に頭に浮かんだのがアニメだったり漫画だったりした自分が恥ずかしくもあるのですが、けれど当然、恥ずかしいと思うことができるのはそれがてんで的外れだったと判明した後のことになるわけで、
「指輪のサイズよ。栞さん、ともと同じって言ってたでしょ?」
 ここで初めて「ああ指輪のサイズの話か」と納得した僕なのでした。
 が、せっかく納得したというのにそれと同時に疑問も湧いてしまいます。
「あれ? 平岡さん、サイズ分からないって言ってませんでしたっけ」
「うふふ、お昼寝中に勝手に測らせてもらっちゃったのよ。本人にも秘密にしたまま指輪プレゼントして驚かせてやろうってね。可愛かったわあ、涎ドバドバで」
 …………。
「あの、答え辛いんだったら無理してもらわなくても構わないんですけど」
「ん?」
「それ、いつの話ですか?」
 笑顔のままではありましたが、一貴さんが次の言葉を発するまでには若干の間がありました。
 そしてその次の言葉は、その頭に「うふふ」という、変わらないままだった笑顔に見合った一句が差し込まれていました。
「さすがに、こういった話では日向くんの方が先輩ねえ。隠すってほどのつもりじゃあなかったけど、いきなりとは思わなかったわ」
「…………」
 昼寝。を、している間に指輪をプレゼントしようとそのサイズをこっそり計った。という話。
 昨日と今日そんな暇があったか、ということを考慮しないにしても尚、昨日であれ今日であれ、そんなことをした直後にこうして指輪を見に来ることになったというのは出来過ぎた話です。ならばそれより以前の話ということになるわけですが、昨日以前となるとそれはもう、
「あの子がまだ生きてた――うーん、あれだけ元気だと幽霊じゃなかったって言ったほうが正しいのかしらね? まあ要するに、あたし達がまだ高校生だった頃の話よ」
 やっぱり。と思ってみたところで、それを推察した自分を誇るような気には全くなれませんでしたけど。
「アルバイトしてお金貯めていつか、なんて思ってみた矢先にご破算になっちゃったけどね」
「好きだったんですね」
 付き合ってたんだから当然だろう、という話であることは承知しているのですが、しかしそう尋ねずにはいられませんでした。けれど一貴さん、またも「うふふ」と笑ってから、「ちょっと違うわねえ」と。
「過去形じゃないわよ。ずっと好きでいたもの、落ち込んでる間も愛香さんと付き合い始めてからも。で、現在に至っちゃうわけ」
「凄いですね」
「世間一般からすれば褒められた話でもないんだろうけどね。たまたま、二人目の好きになった人が世間一般からちょっとずれた人だっただけで」
「そういえばしてましたね、そんな話。告白を強要されたとかなんとか」
 平岡さんのことくらい受け入れる度量はある――でしたっけね。もちろん、その時はまだ平岡さんの名前までは出てきませんでしたけど。
「思い出すわねえ……うふふ、思い出してみたら改めて凄いわねえ愛香さん。とものこと、あたしの思い出だけじゃなくて本人までああして――」
「ですねえ」
 そこについては納得させられざるを得ないところではあったので素直に納得し、「ああして」平岡さんと仲良さげにしている諸見谷さんのほうを向いてみたところ、
「褒めても何も出さんよ私は」
 ああして、というほど距離は離れていないのでした。というか僕達のすぐ横でしたし、平岡さんと一緒にいるわけでもありませんでした。当の平岡さんは栞と一緒に少し前を歩いています。そちらに居ると思ったからこそ一貴さんは「ああして」と言ったわけですし。
「やらしい話なら混ぜてもらおう、なんて思ってみたらこれかね。素直に二人だけで話したいことって言ってくれりゃあ首突っ込まなかったのに」
「男同士のやらしい話に首突っ込もうとしたことについては突っ込んでいいのかしら?」
「一貴はともかく、他の男子の話が聞けるとなったらそりゃあ貴重な情報源だし?」
「うーん、積極的なのは嬉しいところなんだけどねえ……」
 そうなった場合の僕のダメージについてもちょっと考慮してみてくれませんかね? だって今の、首突っ込むってよりは盗み聞きっぽかったですよね?
 これがもし本当にやらしい話をしていてそれを諸見谷さんに訊かれていたとしたら、なんて考えてしまうと、栞がこの場にいることもあってそれはなかなかに冷や汗ものな話です。
 が、しかし。考えてみればそんな想像を巡らせている場合でもないわけでして。
「あの、諸見谷さん」
「ん? なんだい日向くん。やらしい話聞かせてくれるって?」
「いえいえいえいえ。ええとその、今の話、どこから聞いてたのかなって」
「最初からだけど」
 まるでそこに何の問題もありはしないと言わんばかりにさらっと返されてしまうのでした。でも、と一貴さんの顔色を窺ってみたところ、頬に手を添えつついつものように「うふふ」と。
「駄目よ愛香さん。あんまり甘くし過ぎるとますます寄りかかっちゃうわよ、あたし」
「問題ないさ、しんどくなったら寄りかかり返せばいいんだから。二人でもそれでなんとかなるところ三人だぜ、もう」
「……ふふ、そうよね確かに」
 という話になれば諸見谷さんも一貴さんもその三人目である女性へと視線を向け、ついでに僕もそれに釣られてしまうわけではありますが、あちらはそんな三人分の視線に気付くことなく栞とのお喋りに夢中であるようでした。
 その内容が気になる、というようなことは特にないのですが、そういえば今僕達は何処へ向かっているんでしょうかこれ。なんとなく前を歩く栞と平岡さんについて行く格好になってますけど。
 とまあ、それについてはなるようになってもらうとしてこちらの話に戻りますが、二人でなく三人で関係を持つことを決めた一貴さん達。しかしそうではあるにしても今の指輪のサイズのくだりは諸見谷さんからすれば、というところではあったのですが、ご覧の通りにご本人、平然としてらっしゃいます。
 なんせ死別というあれやこれやと口出しをし辛いものが絡んだ話でもあるので、したい口出しもできないまま不満だけが募る、なんてことになりかねないというのは想像に難くなかったりするのですが……ううむ、底が知れないというか何と言うか。
「知り合って一日二日じゃあそりゃあまだまだ知り尽くしたってのには程遠いんだろうけど、今のところはいい人だしね。智子さん」
「知り尽くしてもその評価が変わらないってことは保障するわよ、あたしが」
「はは、もちろんそれもあって『三人で』ってことになったわけだけど――うん、じゃあ私のことも保証してもらおうかね。智子さんに向けて」
「もちろんですとも。するまでもなくすっかり懐いちゃってる気もするけどね」
 心配することはなさそうだ、というのは何も今初めて思ったことでもないのですが、それにしたって行く末が気になる程度のことはやはりあるのでした。貴重な情報源、なんてつい先ほど言われた身ではありますが、むしろ貴重さでいえばあちら三名の方が断然上なわけですしね。底から得た情報を有効活用するというのは、まあたった一人に見定めた女性がいる身としては、かなり難しいところではあるのでしょうが。
「というわけでその話はめでたしめでたしということにしてだね男子ども」
「あら?」
「はい?」
「やらしい話をしようか」
 諦めてなかったんですか!? というか、諦める諦めないの話だったんですか!? やらしい話じゃなくて残念、で終わっていたものだとばかり!
「着きましたよー」
 といったところで救いの声、もとい妻の声。微妙に心配ではあったのですが、栞と平岡さん、どうやら当てもなく歩き回っていたというわけではなかったようです。
 で、その着いた場所なのですが。
「あれ、また服屋?」
 店舗こそ別のものではありますが、指輪を見に行く前に栞が用を済ませた服屋です。店舗が違えばそりゃまあ陳列されている服も違ってはくるのでしょう――が、残念ながら僕には殆ど見分けが付かないも同然だったりします。
「栞、まだ買い足りなかった?」
 数歩分の遅れを追い付かせたところで尋ねてみますが、栞はふるふると首を振ってみせます。
「私じゃなくて、平岡さん。服買いに来たって言ってたでしょ?」
「ああ――ああ、そういえばまだ何も買ってなかったのか。荷物ないみたいだし」
「あはは、気付いてなかったんだ……」
 笑ってはいますが、間違いなく呆れられているのでしょう。ううむ、失態。
 と夫婦間で格好悪いことになっている一方、あちらお三方はというと。
「うふふ、そりゃあ同行してたのが愛香さんじゃあ買いたいものも買えないでしょうしね」
「まあ言い返さないけどさ。いや、さっきはごめんね智子さん」
「いえいえ、話聞かせてもらったりとか面白かったですし」
「なら良かったけど。ちなみに、その『とか』っていうのは?」
「え、ええと……あはは、服買うつもりがいつの間にか下着店にいたりとか?」
「んー、費用対効果を考えるとやっぱりねえ。服と違って本能に働きかけるっていうか?」
 そりゃそうでしょうけど。ああ、さすが諸見谷さんで。
 それにしたってその「効果」とやらの対象であろう一貴さんはともかく僕の目くらいは気にして欲しいところではあるのですが、するとそんな時。
「なるほど」
 小さく呟く我が妻がそこにいらっしゃるのでした。いやいや、費用対効果という話については男の側からしても「確かにそうかも」くらいは思わされましたが、それはそもそもお金を節約しようという考えありきの話であって、貴女は別にそういうあれじゃないわけじゃないですか。だからといって無駄遣いを奨励するわけではもちろんないんですけど、服だってさっき買ったばっかりなわけで。
 などと頭の中でこそぐるぐると反論を巡らせているわけですが、しかしそりゃまあやっぱり栞が下着を買い求めるところを想像してしまったりはするわけです。とまで言ってしまうのならもう控える必要もないのでしょうが、重ねてそりゃまあやっぱりその下着を身に付けているところとかも。
 ――で、そんな僕を店先に置いたまま、当の栞はさっさと平岡さんを伴って店の中を見て回り始めていました。同行していたせいで買いたいものも買えなかった、などと言われていた諸見谷さんと、それを言った張本人である一貴さんも僕と同様、店先に突っ立ったままです。
「……いや、誰か一人はついて行かないと買い物できませんよ?」
「だからって私がついて行ったらさっきと同じになっちゃうしねえ」
「あたしがついていったら日向くんも言ってた『男一人で婦人服店』になっちゃうしねえ」
 じゃあ男二人で、という案を出してみたところで何の解決にもなっていないのは明白なわけで、つまりはやはり諸見谷さんに動いてもらうしかないということになるわけです。ううむ、どうしたものか。
 と首を捻ってみている間にもあちらお二人の会話は進むわけで、
「あ、やっぱ気にしてるんだね一貴でも。というかオカマでも」
「いえ、実際のところ別にそこまででもないんだけどね? ただまあ、なんというか」
「何さ」
「費用対効果って話。あんなの、どう考えたって対象はあたしになるでしょう? 今から買うのは下着じゃないけど、やっぱりその話を引きずっちゃうところはあるだろうし、じゃあその対象であるあたしがご一緒しちゃうっていうのはちょっとどうかしらっていう」
「ああ、まあ本人見てる前じゃあ買い難かったりするかもね。私はもういちいち気にしてないけど」
「そうよねえ。愛香さんの場合、買い物どころか人生の心得だものね」
「おう、もっと褒めてくれていいぞ」
 ふんぞり返ってみせる諸見谷さんに、さしもの一貴さんもこの時ばかりは溜息を吐くのでした。
「じゃあ今度、目一杯褒めに褒めて褒めちぎってあげましょうかね」
「……おう、ピンチか私」
「うふふ、足腰立たなくしてあげたらもうちょっとマイルドに接してあげられるようになるかしらね、ともに」
「分かった、降参」
 いつもと攻守が逆転していると思ったらなんだか一貴さんがとんでもないことを言っているような気もしますが、しかしそれはともかく、一瞬諸見谷さんに呼ばれたのかと勘違いしてしまったりもする僕なのでした。孝さんと降参。ううむ、今初めて気付いたけどすごいどうでもいいですねこれ。
 などという考えがこの状況に対する誤魔化しであることは我ながら明白であるわけですが、するとその時、一貴さんがこちらへちらりとだけ目を遣り、しかしすぐに諸見谷さんを向き直ってこんな話を始めるのでした。
「あたしが愛香さんのそういうところを好きだっていうのは今更言うまでもないとして、ともにも愛香さんのそういうところが必要だっていうのも、あの時三人で話した通りよ。でもいきなりだとアクが強過ぎるので、入門編くらいから始めてあげて頂戴ね?」
「ラジャー」
 どこか説明的な一貴さんのその言い分に、冗談半分であるにせよ機械的な返事をしてみせる諸見谷さん。となるとこれは今納得させているのではなく、納得済みのことを改めて確認しているだけなのでしょう。
 そしてその直前の視線からして、その話を僕に聞かせることも目的の一つだったとみて間違いはないんだろうな、と。
「さて、証人まで作ったことだしもう大丈夫かしらね」
「あ、やっぱりそういう」
「ごめんなさいねえ、巻き込んじゃって。まあ迷惑を掛けるつもりはないけどね」
「いえ、まあ、掛かるとも思ってないですけどね」
 もうラジャーしちゃってましたし、だったら一度そう言ってしまったことを反故にしたりしそうにはないですしね、諸見谷さん。いや勝手なイメージですけど。
「うーん、久々に怒られちゃったねえ。もうないと思ってたんだけどね、こういうこと」
 という台詞の割にはそれを恥じたり後悔したりといった様子は皆無で、極めて普段の調子のままそんなふうに仰る諸見谷さんなのでした。
「ともがしっかり馴染むまでの話よ。ちょっと窮屈かもしれないけど、我慢してね」
「ま、それがあんたの恋人のためになるんだったらいくらでも」
「うふふ、さすがは愛香さんね」
 めでたしめでたし、ということでいいんでしょうけど、それにしたってやはり特殊な立場にある人達なんだなあと。まあ、立場を抜きにしても尚ご本人達が特殊だったりもするわけですけどね。というのは、もちろん褒め言葉としてなんですけどね。
 ちなみに。
 一貴さんが言っていた「目一杯褒めに褒めて褒めちぎってあげましょうかね」の内容はやはり気になるところではあるのですが、しかしやらしい話であることは間違いないと思うので、となればやはりこんなところで訊いていいものでは――。
「あら。うふふ、今の話が気になってるみたいねえ日向くん?」
「えっ、いえあのその」
 果たして僕がそんなに分かりやすい顔をしていたのか、一貴さんの洞察力が高過ぎるのか。どちらなのかは分かりませんがしかし、どちらにせよ窮地に立たされたようでありました。
「どうしてともに愛香さんのああいうところが必要なのかっていう」
 あ、そっちでしたか。いやつまりそっちじゃなかったってことなんですけど、もうそっちってことでいいですはい。
 一貴さんは店内に目を遣り――平岡さんと栞がまだ暫く戻りそうにないことを確認した、ということなのでしょう――そうしてこちらを向き直してから、その話を始めるのでした。
そして諸見谷さんも特に口を挟むような様子はなく。
「あの霊能者さん達に言われたのよ。危ういって」
「危うい?」
 霊能者さん達、というのはもちろん家守さんと高次さんのことであるとして、しかしそれに続いて出てきたその言葉には、随分と意表を突かれた僕なのでした。
「こうしてまたお付き合いを始めることになった以上、ともはあたしのことをずっと好きで居続けてくれてたんだけど、それがね。綺麗汚いに関わりなく、強過ぎる気持ちっていうのは危ういんだって。幽霊になっちゃうと」
 僕は相槌を打てませんでした。強過ぎる気持ち、というだけなら特にどうとも思わなかったのかもしれませんが、それが綺麗汚いに関わりなくということになると、しかも恋愛感情について言われたものであるとなると、それは自分の身にだって降りかかる話になってしまうわけです。
 栞がどれだけ僕のことを好き、どころか愛してくれているのかを考えれば、それだって「強過ぎる」ということにならざるを得ません。他の誰に、他の何に劣るだなんて、とてもそんなふうには考えられません。
「幽霊じゃなくてもそういうことはあるんだけど、『タガが外れやすい』って、そう言ってたわ。考えてみたらそりゃそうよね、まず身体の方が外れちゃってるんだもの」
「まあ……」
 それは分かりますけど、とまでは言いませんでしたけど。簡単に例えるなら、透明人間になったとして何一つの悪さもしないでいられる人がどれくらいいるんだっていう話になるんでしょう。一度やってから「やっぱり駄目だ」と思うのは簡単ですが、何もしないうちから完全に自分を押しとどめ切れるかと言われたら、僕だってちょっと考えます。
 などということを笑みを浮かべながら考えるということはもちろんなく、ならば僕は真剣な顔をしていたのでしょうが、するとここで一貴さんの方がにっこりと笑ってみせるのでした。そしてそのまま、「そこでこの人」と両手を使って諸見谷さんを指し示します。
「強過ぎる、というのはどうしようもないとして、それをふにゃけた感じにしてくれるのよね、愛香さんは。なんたってあたしもその被害者だし、効果のほどは実証済みよ」
「被害者ってかおい」
「だって、外から見たらただの変態よ? あたし。もちろん人に見られるようなところではしないけど」
「あー、うん、分かった分かった」
 ということは、今の話はオカマもどき部分を指した話ではないのでしょう。まあそれだとしたら時系列がおかしくもなりますしね、諸見谷さんと付き合う前からそうだったわけですし。だったら何の話だったんだろうか、というのはさすがに聞かないでおきますけど。
「『恋愛なんてくだらないものだ』っていう愛香さんが傍にいれば、そんなくだらないもののためにタガを外すなんてもっとくだらない、ってことになると思ってね。まあそもそもあたしはともがそんなふうになるなんて思ってないから、保険程度のものなんだけど」
「幸いなことに、今んとこは同調してくれてるっぽいしね。智子さん」
 今回こうなる以前にも付き合っていた経験がある一貴さんはともかく、諸見谷さんからしても平岡さんの評価は高いと、そういうことなのでしょう。ただまあ、それの評価が具体的にどういった内容なのかというのは、なんとなく分かるにしても上手く説明し辛くはありますけど。
 まあ、諸見谷さんは、自分が一般的な価値観からややずれた位置にいる人間だと自覚しているというか、そんな話でして。少なくとも僕の頭の中では。
「まーなーかーさーん!」
 といったところで、その高評価な平岡さんが栞を引き連れ戻ってきました。
「あらおかえり智子さん。って、手ぶらだけど? せっかく私ここに残ってたのに」
「いやいや、いくら見えないからって外にまで商品持ちだすのはちょっと」
「ああ」
 まるでそんなことには思い至らなかったとでも言わんばかりに、といっても僕も人のことは言えないのですが、ともあれぽんと手を打ちまでして納得してみせるのでした。
「ってことは、買いたいものが見付かったってことでいいのかね」
「はい。って、はっきりとは言い難いんですけどね。お金借りる――どころか、貰っちゃうわけですし」
「はは、そこらへんはマイルドに行かせてもらうよ」
「ありがとうございます」
 さすがに笑顔が遠慮がちな平岡さんではありましたが、まあしかしそれはともかく。
 マイルド。その単語が何処から出てきたかということを考えると、諸見谷さん、一貴さんの脅しがよっぽど効いたんだなと。ううむ、ますますあれが何を指しての話だったか気になってくるところですが。
「で」
 当たり前ながら僕が何を気にしていようが関係なく、頬に手を添え首をゆったりと傾けつつ、一貴さんが尋ねます。
「ということになったら愛香さんは連れていかれちゃうんだろうけど、あたし達はどうしましょうかねえ? このままここで待ってたらいいかしら?」
「ん? いや、私が行くんなら男だけってことにもならないわけだし――」
 首を傾け返す諸見谷さんでしたが、しかしその言葉を遮るようにして割り込むのは平岡さん。
「ああうんうん、ここで待ってて。何想像されたもんだか分かったもんじゃないし」
「想像? あれ、そんなエロい服――なんか売ってるような店じゃないだろうし……」
 不可解なのは分かりますが諸見谷さん、だからといって真っ先に出てくる想像がそれというのはどうなんでしょうか。
 ともあれ何かを気にしているらしい平岡さんは、諸見谷さんと栞を引き連れ店内へ取って返すのでした。となれば当然取り残されるのは僕と一貴さんなわけで、
「これはこれで不自然よねえ、婦人服店の前で男二人が立ち尽くしてるって」
「そうですね」
 他人から見ると、というそれは物凄く嫌な想像だったのですが、しかし嫌だろうが何だろうがその想像は真実でもあるわけです。というわけで、せめてその店からちょっとだけ離れた位置へ非難する僕と一貴さんなのでした。
 いや、一貴さんは僕についてきただけだったりもしたんですけどね。

「で、なんだったの? 何想像されたか分かったもんじゃないって」
 買ってきた服は果たしてどんなものなのか、ということよりも先にそちらを気にする一貴さんなのでした。
 まあそれが原因で店外で待たされた、つまりはどんな服を買うのか確認できなかったわけで、ならば順序としてはそのほうが正しいのでしょう。エロい服、とまでは言いませんが、なんにせよ買った服が原因だったらどのみち答えてもらえないわけですし。
「いや……人のお金で買うわけだからちょっと慎重になってみたっていうか……」
「私を試着室に連れ込んでの生着替えだよぐへへ」
「そ、そこまでのアレじゃなかったでしょ愛香さん。女同士だし下着までだし」
 どうやら平岡さん、試着無しで服を買った栞を見た時に僕が思ったことを実行したようでした。まあしかし、店員が試着室の中を確認するというようなことがあるわけでもない以上、ちょっと周囲に気を払うだけで済むことだったりするのかもしれませんけどね。入る瞬間さえどうにかしてしまえば、試着室の外に残る靴は問題ないわけですしね。脱いでしまえば誰の目にも見えるようになるわけですし。
「おっぱい魔神が彼女にするだけのことはあったねえ」
「うひい! ちょっと愛香さーん!」
 ふむ。
「孝さん、難しい顔するところじゃないよ今」
 むっ。
「うふふ、自分もそのおっぱい魔神の彼女のくせにね。……日向くん、興味ある?」
「いえいえまさか」
 そりゃそう答えるしかないですよね、どんなにミエミエだったとしても。
「あらそう? うふふ、じゃあ『大きい小さいだけじゃない』とだけ言っておこうかしらね。今の愛香さんの言い方じゃあ、なんだか大きいみたいに聞こえちゃうし」
「そんなん説明しなくていいってのー! 別にそんなんじゃないなんて見りゃ分かるじゃんよ服の上からでもー!」
 なんせあまくに荘の中だけで考えても家守さんと成美さんがいるので、大きくても小さくてもそれはそれでいい、というのはよーく知っているつもりです。ならば今の、大きい小さいだけじゃないというはなしについてはどうかと言われたら、
「……いや孝さん、難しい顔のままこっち見られても」
 うむ。


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