(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十四章 年上の女性 四

2013-07-06 20:54:17 | 新転地はお化け屋敷
「よし許す。ってまあ、別にそれで怒ったりはしないけどねー。かずが悪いってよりは周囲の暴走って感じだったし」
 というお言葉のもとにこの話は一見落着と相成るわけですが、しかしここで諸見谷さんからこんな質問が。
「日向くんはどうかね、そのへん。昂り過ぎて栞さんに迷惑掛けたりはしてないかい?」
 なんで僕に飛び火してきますかね。って、そりゃあやっぱり僕が一貴さんと同じく男だからなんでしょうけどね。
 こんなところで一貴さんを紛うことなき男であると認識させられつつ、質問に対する返事なのですが、そりゃあもちろんそんなことはないと思いたいところでして――。
「そんなことないですよ」
 しかしそれは、僕の口から出た言葉ではありませんでした。
「あ、お帰り」
「お待たせしました。いやあ、諸見谷さん達が一緒にいることに驚いてたら凄い話が聞こえてきちゃって」
 つまり、不本意ながらということではあるのでしょうが聞き耳を立てていたと、そういうことなのでしょう。で、僕がその凄い話の対象になってしまったから慌てて出てきたと。
「いや、この場に居ないからって失礼を」
「いえいえ、それくらいだったらもう」
 平謝りの諸見谷さんにおおらかな態度を示してみせる栞。ううむ、慌てて出てきたというのはちょっと誇張が含まれていたのかもしれません。
 などとちょっぴり反省してみたり栞を見直したりしていたところ、そんな穏やかな心情を打ち消す「うおお!」という興奮に満ちた声が。誰だと声の方を見遣ってみればその発生源は平岡さんだったわけですが、
「家では殆ど座りっ放しだったから気付かなかったけど、栞さんって背ぇ高いんですね!?」
 あー。
「愛香さんにあの霊能者さんに栞さんに……大丈夫かあたし? 急に周囲の美人指数が急上昇してるぞ?」
 という言葉については「急に急上昇って」と一貴さんから突っ込みが入ったりもしたのですが、しかしまあそれはともかくとしておきまして。
 背が高いイコール美人というのも些か短絡的だとは思いますが、しかしだからこそ平岡さんはそこ以外の容姿についても栞を高く評価してくれているということなのでしょう。筋違いかもしれませんが、ついつい嬉しくなってしまう僕なのでした。
 けれど一方、当の栞はというと困惑の表情。
「も、諸見谷さんと楓さ――えー、家守さんに比べられるとちょっと……」
 まあそうなるでしょうね。特に家守さんまで絡んでくるとなったらもう、栞としてはお世辞でも遠慮でもなんでもなく。
 しかし平岡さん、それで引くぐらいだったら初めから言わないわけで、
「そんなことないですよ栞さん! ねえ日向くん!?」
「どうやったって贔屓が含まれませんか僕だと。いやそりゃあ、そんなことないですけど」
「も、もう孝さんまで」
 仕方ないよ栞、平岡さんに配慮しても自分の本音に配慮しても同じ返事しかできないんだもの。
「でもちょっと待ってとも、そこで日向くんに返事を求めるってことになると」
「ん?」
「ともの評価をするのは当然あたしってことになるわよねえ? 公平を期するなら」
「わあちょっと待って、何言うか見当はつくけど心の準備が」
「ともだって美人よ? 今名前が挙がった人達全員に負けないくらい」
「わあっ……」
 平岡さん、ノックアウトのようです。どうやらこういう話は苦手でらっしゃるようで。
「はっ、そもそも美人かどうかじゃねーでしょうに」
「あらまあ、愛香さんったらぶち壊しねえ。確かにそうなんだけど」
 一方の諸見谷さんは実に通常営業ですが、まあそうなんですよね。さっき僕が言った贔屓という言葉にも表れてはいますが、男からすれば美人だから好きになるのではなく好きだから美人に見えるわけでして。なんだかんだ言って、百パーセント前者の理屈で人を好きになれる人はそうそういないだろうと思いますし。
「だから女は必死になるわけさ、いくら美人だと言われようが満足することなしにそれ以上を求めて――そうだね、例えば下着選んでみたりとかだって。ハードルが凄い低くなってるのなんて分かり切ってるもんさ、自分に惚れてる男からの評価なんて」
「なるほどー」
「あらあら、ともが納得させられてどうするの。さっき一緒に選んでたのに」
 同じくなるほど、勉強になる話ではあるのですが、しかし今の話を聞いてそう思えるのはここまでの経緯を知っているからでもありまして、
「下着?」
「下着。そこの下着屋でお買い物中だったんだよ」
「へ、へえ」
 と、栞と小さく遣り取りをすることにもなってしまうのでした。そりゃあいきなりそんな話聞かされても、というところではあるんでしょうしね。
 といった辺りで、その内容まで耳に入ったかどうかはともかく僕と栞がこそこそ話しているのに気付いた諸見谷さんは「とまあ、益体もない話はこれくらいにしといてだね」と。
「栞さんの方はどうでしたか、目ぼしい服とか見付かりました?」
「あー、えっと、ちょっとだけ。でも今日はお買い物担当の人がいないので……」
 当てもない状態ならともかく買うものが決まってるなら僕が頑張ってみてもいいけど、とそれを聞いた僕はそんなふうに思ってもみるわけですがしかし、
「栞さん」
「はい?」
「女子、女子」
 自分を指して言う諸見谷さんなのでした。それがどういう意味かというのはまあわざわざ説明するほどのことでもないとして、ならば栞、少しだけ考えるようにしてから。
「じゃあすいません、お願いしちゃってもいいですか? お金は――」
 言いながらポケットから財布を取り出そうとするのですが、しかし諸見谷さん、「ああ、いいですいいです」とそれを遮りながら栞と全く同じ動作を。
「私払いますから」
 ポケットに財布を突っ込んでるっていうのも考えてみれば男っぽいのかもなあ、などと今ここで初めてそんなことを思った理由は自分でもよく分かりませんが、それはともかく。
 いきなりそんなことになればそりゃあ栞はさも遠慮したげな表情を作ってみせるのですが、けれどそこからその表情に準じた言葉が繰り出されるよりも速く、諸見谷さんは続けてこう仰るのでした。
「ご結婚祝いってことで。式にまでご招待頂いてるわけですし」
 となれば今度は無下に断ることもできなくなってしまうのです。というのは僕がそう思っただけなのですが、栞もきっと同じなのでしょう。
「……いいんですか?」
「いいんですとも。普段ケチで通してるのはこういう時に備えてのことですしね――なんて言っちゃうと、格好が付かないんですけど」
 僕も含めた大学の後輩組からすれば、「普段」と仰るそのケチっぷりより太っ腹な部分の方がよっぽど目立ってるんですけどね。なんてことを、結婚祝いという話が出てきたこの場で言ったりはしませんけど。
「ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
 礼の言葉を口にしたのは栞でしたが、僕も栞に倣って頭を下げるだけはしておきました。祝われてるわけですしね、例えモノそれ自体は栞にだけ向けられたものであるにしても。

 というわけで。
「試着できないって大変そうですけど」
「慣れました」
 得意そうにするところではないと思いますが、得意そうにそう答える栞なのでした。お買い物担当、つまりは成美さんが一緒であれば、成美さんが試着すると見せかけて二人で試着室に入ってしまう、なんてこともできなくはないんでしょうけどどうなんでしょうね。少なくとも僕の目の前でそんなことをしていた試しはありませんけど。
「ありがとうございます諸見谷さん、いきなりだったのにこんな」
「いえいえ」
 改めてお礼を言われたところで軽く手を振ってみせた諸見谷さんは、するとやや視線を落とし、たった今栞に手渡した紙袋へと。
「それにしてもこう、なんていうか……意外、なんて言っちゃったら悪いかもしれませんけど、割と大人しめな服が好みで?」
「ああ、最近ちょっとこういうのにも興味が出てきたっていうか」
 実年齢で言えば諸見谷さんと同い年であるとちょっと前に判明した栞ではありますが、しかしそれでも身体の方はそこから数年分若いわけで、更には天然ながら茶髪だったりするのも恐らく関係して、外見についてはあまり大人しめという印象はなかったりします。服装、というか格好についても、つい最近までは上下ともに薄ピンクなうえ赤いカチューシャまで付けた可愛らしい――いえ、栞本人の評価という話ではなくてですが――出で立ちばかりだったりもしたわけですし。
 というわけで大人しめな服だそうです。言い方を変えれば、地味めな、ということにもなるのでしょう。
「自分で言うのも変な感じですけど、人妻ってことになるとこういう服の方が合ってるのかなあ、とか思っちゃいまして」
 人妻。誰の妻かと言われたら、そりゃあ言うまでもなく僕の妻なわけですが。
 ……なんでこう、ちょっとやらしい響きが含まれてくるんですかね。人妻って。それともこれは男限定のものなのでしょうか?
 などという話はもう今すぐなかったことにしておきまして、そんな栞の話に「へー」と関心ありげにしてみせるのは平岡さん。
「言葉のイメージってだけならともかく、自分のことでもそんなふうに思うものなんですねー」
「あはは、私だけかもしれませんけどね」
「あたしもそうなるのかなあ?」
 そう言った際の平岡さんが誰の方を向いていたかというのは、しかし語るまでもないのでしょう。
 というわけでその語るまでもない人からの返事なのですが、
「なるようになってくれたらいいわよ、強制されるようなことじゃないんだし。――ってことになるのよね? 愛香さん?」
 そ、そこで諸見谷さんに確認を求めますか?
 などと他人事ながらやや慌ててみたところ、
「私に振らなきゃ格好良かったのにねえ」
 と、慌ててはいないにせよ当の諸見谷さんも似たようなご意見なのでした。しかしそれを受ける一貴さんもまた、慌てたりはせず。
「受け売りで格好付けるのってむしろ格好悪いでしょう?」
「まあね」
「まー格好良いかずってのもなーんか違う気がするしねー」
 どうやら彼女達が揃ってそんな話に納得してしまうというのが、この三人の在り方であるようでした。ううむ、納得の上ならそれでいいんでしょうけど、でも本当にそれでいいんでしょうかと首を捻らざるを得ないところで。
 と言いつつそりゃあ実際に捻るわけではないのですが、するとここで平岡さん。
「栞さんはどう? 格好いい感じですか? 日向くんって」
「いやあ、そうでもないですかねえ」
 あ、そういえば僕もそうなんでした。
 などと納得してみたところ、一貴さんがすすすとこちらへ擦り寄ってきます。
「あらぁ、じゃあ似た者同士ってことねえあたしと日向くん」
「み、みたいですね」
 できれば否定したいところではありましたが、残念ながら否定に足る材料はどうやら存在しないようなのでした。なんたって僕と一貴さんそれぞれの人間性をよく知る人物からそう言われてしまったも同然なのですから。
「あんたと似た物扱いされたら可哀想でしょうが、日向くん」
「そーだよー、おっぱい魔神ってだけでもアレなのにオカマにまでなっちゃってさー」
「あら、じゃあそのおっぱい魔神とオカマ部分を日向くんに伝染させちゃえば問題ないのね?」
 伝染させられるものじゃないでしょう、とかそういった常識的な部分をすっ飛ばして額に脂汗が滲むのが自分でも分かりました。しかし、というかだからこそ、
「人に伝染させられるようなものじゃなくないですか?」
 と精一杯の笑顔を作ってそう言ってみる僕なのでした。
 が、
「あら、オカマはともかくおっぱい魔神の由来はそれなのよ? クラス中の男子にあたしの知識を伝授して回ったっていう」
「ひい……!」
 ここまで声に出さなかった悲鳴が、今度ばかりは声に出てしまいました。こんなにも嬉しくない猥談がかつてあったでしょうか? いやないですとも。
「はいはいそこまで。本気で怖がってるじゃないさ」
「あら。うふふ、ごめんなさいねえ日向くん。もちろん冗談よ?」
 よ、よかった――いや、そうですよね。そりゃあ冗談ですよねそんな。
「由来の話自体は本当だけどね」
 ひい!
「はいはいはいはい」
 再度怖がったところで、諸見谷さんが僕を一貴さんから引き剥がしてくれました。一貴さんを引き剥がすのではなく僕を引き剥がすあたり、保護されたというか何と言うか。
 そして保護された僕はそのまま、栞のもとへと。
「お預けします」
「はい、お預かりします」
 なんとも情けない話で。
「で、栞さん。服買いましたけど今日のお買い物は以上で?」
「あ、いえ、服の方は見るだけのつもりだったんで……」
「ああ。あはは、そうでしたね。私が無理矢理買わせてもらっただけで。――ってことは、他にもまだ?」
 という質問をされたところで栞、困ったような視線を僕の方へ投げ掛けてくるわけですが、今現在の情けない状態の僕にはどうしてあげることもできず……いやいや、情けない状態であることが原因というわけじゃないんですけど。
「これも見るだけのつもりなんですけど、指輪をちょっと」
「おっと、それはさすがに私が茶々入れていい話じゃないですかね」
「あ、あはは」
 栞、ほっとしたようでした。まあ杞憂に近い心配ではあったんでしょうけどね、そりゃあ。
 などと言いつつ僕も同じくほっとさせられていたところではあったのですが、するとそこで「あれ?」という声が。
「指輪ってやっぱり結婚指輪のことですよね? 式、次の日曜って話でしたけど?」
 質問者は平岡さんでしたが他二人、つまりは諸見谷さんと一貴さんについても、「言われてみれば」と顔にそう書いてありました。
 となれば、説明です。
 ――とは言っても栞、どうやら僕が帰ってくるまでの間に式の話をしていたらしく、式を挙げてくれる所の特殊性を一から十まで説明する、なんてことにはならなかったのでした。まあそうですよね、いま平岡さんが式が次の日曜だということを知ってもいたわけですし。
 というわけでその平岡さん、栞からの手短な説明を経て「あー、そっかー。式の時もそうだったけど、普通は指輪買うお金なんてないですもんねー」と。まあそうなるんですよやっぱり――と、僕と栞の場合は栞の方がお金持ってたりもするんですけどね。うう。
 それはともかくするとそんな平岡さんへ、一貴さんからこんな一言が。
「うふふ、ともが今日服を買うことになった理由もそれだものね」
「理由? っていうのは?」
 服を買う。なるほどそれで下着売り場に、ということにしてしまっていいんでしょうか?
 それはともかくそう尋ねてみると一貴さん、自身のズボンのポケットをぽんぽんと叩いてみせ且つにっこりしながら、「あたしと愛香さん、二人分のお財布を手に入れたわけだから」と。
 となると平岡さん、浮かべる表情は苦々しいものに。
「や、やらしい言い方するなあ。そういうことになるっちゃなるんだけどさー……」
「あら、そうする価値があるって意味の褒め言葉のつもりよ? 愛香さん的発想に基づけば」
「どうしても私を巻き込まなきゃ気が済まんかねあんたは」
「済まないわねえ」
「はあ。へいへい分かった分かった」
 軽薄な素振りでしっしと手を振ってみせる諸見谷さんでしたが、表情だけは満更でもなさそうだったりするのでした。
 というのはまあわざわざ観察するまでもなく察せられることではあるとして、一貴さんがやたらとその「愛香さん的発想」を持ち出すことについて、それが二人、昨日からは三人の支柱になるってことなんだろうか、なんて勝手ながらそんなふうに想像してみる僕なのでした。
 くだらなくて、だからこそいいものである。
 諸見谷さんの恋愛観は簡単に纏めるとそういうことになるんだと思いますが、その身を預ける場所として考えるなら居心地はいいんだろうなと。だからといって僕がそれに同意するかと言われたら、必ずしもそういうわけではないんですけどね。
「それで栞さん、指輪とまでなったらやっぱり私らはお邪魔ですかね?」
「いえいえ、そんなことは。本当に見るだけのつもりですし」
 少々ニヤつきながら尋ねてきた諸見谷さんではありましたが、それに対する栞の返事というのは何も気を遣ってのものというわけではなかったのでしょう。なんせ――情けないことに、といって差し支えないのでしょうが――指輪を見るというよりは宝石店というものを見てみよう、という話だったりもするのです。
 言うまでもなく腰が引けたところからのスタートとなる今回。そうなれば、連れ合いは多いほうが気が楽だという話にもなるわけで。
「私も孝さんも不慣れというか、いっそ初めてだったりするんですよね」
 言外に「だからむしろ一緒に来てください」と匂わせまくっている栞ですが、となるとそこは基本的に太っ腹(少なくとも僕達からすれば)な諸見谷さんです。
「服買った時のことみたいに日向くん一人でうろうろさせるってのもあれだし、じゃあご一緒させてもらいましょうかね。ついでに自分達の分も見繕っちゃっていいだろうし」
「た、達っていうのはやっぱりあたしも含まれてますか?」
「うふふ、そりゃそうよとも。まあさすがに今そんな持ち合わせがあるわけじゃないけど」
 お財布事情はあちらも同じようで……って、いや、銀行の残高とか考えたら一概にそうとも言い切れないわけですけどねやっぱり。まあそれにしたて諸見谷さんがいる以上、いきなり高価な買い物なんて例え持ち合わせがあってもできそうにないですけど。
 ともあれ、いざ宝石店へ出発です。

 さすがにデパートの中の一店舗となるとそう広くもない、というかいっそ非常に狭い宝石店ではあるのですが、それでも不慣れな人間の目を釘付けにするには充分な量の光りものが並べられてもいるわけで、となれば店員の目を気にする必要がない栞と平岡さんなんかはそれこそもう食い入るように商品を見て回っていたのですが、
「で、栞さん」
「あ、はい?」
「指輪のサイズとかって?」
「あっ」
 いきなり暗礁に乗り上げてしまいました。当たり前、と言ってしまうのもどうかと思うのですが、僕も栞もそんなものを知っているわけがなく。
「おー、あたしも知らないぞどうしようかず」
「……そうねえ、お店の人に計ってもらうわけにもいかないし」
 というのはもちろん栞も平岡さんも幽霊であるからなのですが、そうして一貴さんが思案に暮れている横で、平岡さんは栞と何やらいそいそと。
「あっ! でもなんかあたしと栞さん指の太さほぼ同じくらいっぽい!」
「うふふ、全く事態は好転してないのに元気ねえ」
「身長にこんだけ差があるのに指の太さ同じって!」
「あらあら、悪化しても元気なのねえ」
 いや、指の太さなんてそこまで身長が関係するものでもないとは思いますけどね?
「まあいいでしょ、サイズは実際に買う時で。今はデザインと値段だけ見てればオッケーよ」
 そういえばそうですね、と安心する一言を告げてくれたのは諸見谷さん。後回しにしたところで店の人に計ってもらえないことに代わりはありませんが、自分で計れないこともないでしょうしね。
 ……確証はないですし、可能だとしてもまずその計り方を調べなきゃなりませんけど。
「あら、値段と値段じゃないの?」
「んー、まあそう言いたいとこだけどさすがに他の人に強制するのはなあって。でもまああんたは値段と値段でお願いね」
「うふふ、お揃いの指輪になるんだから当然じゃない」
「ほああ! じゃああたしもあたしも!」
 嬉しそうにしてみせるような話なのかどうか僕にはよく分からなかったのですが、しかし一貴さんも平岡さんも嬉しそうだったので、ならそれはそれでいいということにしておきましょう。
 それにしたって平岡さん、ちょっとテンション上がり過ぎのような気もしますけど。
「あら、いいのとも? 愛香さんに任せたらすっごい地っ味ーな指輪になるの確定よ? 愛香さんとあたし、ともとあたしでそれぞれ別のペアリングにしてもいいんじゃない?」
「いやいや、派手なペアリングって逆にそれはないよかず」
「ああ、言われてみればそれもそうね」
 同じく言われてみればそれもそうなのですが、しかしそうなると実際にそれを買い求める際、二つでなく三つと注文することになるわけです。となると不審がられたりは――いや、いちいちそんな詮索はしてこないですかね。されたところでとても想像だけで正解に辿り着ける事案ではないわけですし。
「孝さんはどう? 地味かそうでないか」
 人のことを考えてる場合じゃないですよねそりゃ。
「地味なのがいいってわけじゃないけど、あんまり値が張るものを選ぶ必要はないかなあ、くらいは。お揃いの指輪を付けてること自体が重要なんであってデザインは二の次……とか、そんなふうに思うけど、どう?」
 言い切れればまだ格好も付いただろうになあ、なんて思う羽目になるのはいつものこと。なんせ自信が皆無なのです、こういった話というのは。
「自分で言うのもなんだけど、私も洒落っ気があるほうじゃないしねえ。指輪だけ力入れちゃうっていうのも変だろうし――うん、まあ、式で使うっていうならまだしもね」
 と言われてしまうと最速日時での挙式を決定した側としては身につまされるところがありますが、しかしだからこそそれを受け入れてくれている栞の度量に応えないと、という話ではあるわけです。
 へこんでいる場合ではありません、むしろ奮起せねばいかんのですここは。したところで現状では何もすることがないにしても。
「じゃあ、そんな感じで」
「うん」
「ありがとう」
「うん」
 何のこっちゃと首を傾げるでもなく、さらりと返事をしてくれる栞なのでした。疑うようなことでもありませんでしたが、やっぱり分かってて今みたいに言ったんだなあ、と。
 しかし一方、栞だけが分かるということであるなら当然他の人からすれば「何のこっちゃ」という話でもあるわけで、
「今の『ありがとう』って何がありがとう?」
 平岡さんにそう尋ねられてしまいました。
「孝さんこう見えて頑固ですからねー」
 どう返したものかと困り始めたところでこれまたさらりとそう言って退ける栞でしたが、何に説明にもなっていないのは考えてみるまでもなく。なので平岡さん、「ん?」と首を傾げるばかりなのでした。明確な答えが返ってこないということは、ということぐらいは察して頂けたようで、重ねての質問が出てくることはありませんでしたけど。

「地味なのっていってもいろいろあるもんですねー」
「そうですねえ。何がどう違うのか分からないのすらありましたけど」
 店員の目を気にする必要がなかった栞と平岡さんですが、遠慮なく見て回れたからこそどれにするか決められなかったようでした。まあ急いで決めなくちゃいけないというわけでもなし、それで特に問題があるわけじゃないんですけどね。
「やっぱ安物だと簡単に割れたり曲がったりするんだろうかねえ……」
「指輪でその心配はちょっと斬新ねえ愛香さん。ナックル代わりにして何かぶん殴るのかしら?」
「ナックル代わりになるほどゴツいのなんて間違いなく高いから却下」
 らしいにしたってなんちゅう遣り取りなんでしょうか。というかまず殴ることを否定してください諸見谷さん。
「うふふ、さすが愛香さん。――と、日向くん、ちょっといい?」
「へ? な、なんですか?」
 ここでまさかのお声掛け。ぶん殴られるんでしょうか僕。
 というのはもちろん冗談として、呼ばれて歩み寄ってみたところ一貴さん、何やらそのまま僕を連れて女性三名からやや距離を取り始めるのでした。
「どしたの一貴、内緒話?」
「そうそう。男同士でやらしい話よ」
 やらしい話なんですか!? それ本当に「男同士」の内容でいいんですよね!?


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