(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十五章 お引っ越し 九

2012-01-14 20:56:25 | 新転地はお化け屋敷
「一段落したみたいだし、じゃあそろそろ取りに行かせて貰おうかな」
「おっ。孝治、あたしも行ったほうがいい?」
「うんとは言えないって、今は」
 やっと「孝治さん」に戻れたところでおもむろに立ち上がった孝治さんと、それに続いて立ち上がろうとする椛さんのそんな遣り取り。椛さんの提案は即座に却下されてしまいましたが、その理由はまあ、言わずもがなでしょう。
 気になると言えば、こちらのほうこそ。
「取りに行くって、何をですか?」
「ケーキです。三つともなると一度には運べないんで、ひとまず車の中に置いてきたんですよ」
 そういえば、今日はそのために来てもらったんでした。のっけからそれどころじゃなくなってすっかり忘れてましたけど。
「あ、じゃあ僕も手伝います」
「んじゃあオレも」
 僕が手伝いを名乗り出ると、大吾もそれに続きました。
「ありがとうございます。お客様に手伝ってもらうっていうのも、失礼な話なんですけど」
『いえいえ』
 言われてみれば僕達は客なのですが、言われるまで全くそんな認識は持ち合わせていないのでした。それはそれで問題なのかもしれませんが、まあいいとしておきましょう。そもそもケーキのこと自体を今の今まで忘れていたりしたことですしね。
 というわけで、行ってきます。

「椛サン、やっぱ庄子にもなんかあだ名付けるんだろか」
 部屋を出てすぐ、大吾がその今出たばかりの部屋を振り返りつつ言いました。そういえばそうだったね、お姉さん同様に。
「ケーキ持っていったらもう付けてたりするかもしれませんねえ」
 言いながら、孝治さんはくすくす笑ってらっしゃいました。大吾の言葉を否定しないのはともかく、それで笑いまでするということは、椛さんがあだ名をつけるというのは何もここだけに限った話ではないのかもしれません。場所に関係なく、椛さんはそういうことをする人であると。
「孝治さんもあったりしたんですか? あだ名って」
「ええもう、はい。もともとは高校の同級生だったりもするせいで、知り合ってすぐに付けられましたよ」
 今では「孝治」と名前で呼んでいる椛さんですが、やはりあだ名は付けていたようです。となればそれを止めたのはやっぱり、付き合い始めもしくは結婚を機に、ということなんでしょうか?
「ちなみに、教えてもらってもいいですか? そのあだ名」
「つっきーです。今では二人ともつっきーですけどね」
 言って、孝治さんは再度くすくすと。なるほど、そりゃああだ名で呼ぶのは止めざるを得ませんよね。――というのはもちろん、僕の勝手な想像なのですが。
「あ、そうだ孝治サン。いきなりオレらの話なんですけど」
「はい?」
「成美も……うちの嫁さんも昨日、名字を怒橋に変えたんで、宜しくお願いします」
「おや。――そうですか、おめでとうございます」
 結婚した二人が、名字を揃えたという話。ならばそりゃあ大吾も自分の話を持ち出さざるを得ないのでしょう。僕も状況は同じなのですが……昨日ケーキを注文した際の電話でそも話も済ませてしまったことが、何故か残念に思えたりも。
「ありがとうございます。多分、成美のやつもあっちで椛サンに同じこと言ってるか、そうじゃなきゃオレらが戻ってから言うと思いますけどね」
「おめでたい話があればケーキも映えるってものですから、二度でも三度でも」
 孝治さんのその台詞はもちろん冗談だったんでしょうがしかし、ケーキを料理に置き換えれば、なんてついつい考えてしまいます。さてそれは、「僕と孝治さんは似ている」という話題に繋げるべきか否か。
 ……言い出したらキリがない話題にしか思えないので、次。
「大吾と成美さん本人より、庄子ちゃんが一番喜んでるよね。その話」
「そりゃまあ、アイツが言ったからそうしたんだし。オマエにゃあもう言ったことだけど」
 二度でも三度でも。孝治さんのそれは冗談だとしても、庄子ちゃんはそのつど真面目に喜ぶんじゃないでしょうか? 成美さんとじゃれ合ったりしながら。
「妹さん? へえ、怒橋くん、妹さんとは仲が良いんですね」
「オレじゃなくて成美ですよアイツは」
 …………。
「似た顔二つでにやにやしないでくださいよ。オラ孝一、オマエも止めろ」
「あはは、怖い怖いてっ」
 久しぶりに小突かれました。
「まあ、仲が良くないとは言いませんけどね。……あ、オレ今、孝一と孝治サン間違えてないですよね?」
「手を出す前に確認してくれれば逃げられたのにぃてっ」
 もう一回小突かれました。同じとこに二度は本当に痛いよ大吾、加減してくれてるのは分かってるけどさ。

「お待たせいたしましたー」
 と居間へ踏み込んだ孝治さんに続いて、僕と大吾も。抱える箱が横長でなく正方形に近いのは、中身であるケーキが一段だけでないことを物語っています。あと重さも。
「こ、怖かった……」
「こんな緊張する荷物運びなんて初めてだわ……」
 ケーキが収まっている箱をテーブルに軟着陸させたところで、僕と大吾はがくりと脱力。
 なんせ一段でないケーキである以上は転ぶなんてもってのほか、ちょっとバランスを崩すことすら許されなかったというのに、ここへ来るまでには階段を上らなくてはならなかったのです。僕も大吾も、一体どれほど一歩を踏み出すのに神経を使ったことか。しかもこれ、ウエディングケーキですよ? しかもしかも、自分達を祝うための。
 ちなみにですが、孝治さんは平然としておられました。さすがプロ。
「お疲れ様、孝さん」
「こっちもお疲れ様だな」
 それぞれのお嫁さんに労われ、ちょっと回復。大吾の方へ目を遣ってみれば、あちらからも僕のほうを見ていて、ふんと鼻で笑って見せるのでした。ああ、単純だよねえ男って。
「まー見ての通り、ウエディングケーキって言うにはちょっと小さめなんだけど」
 椛さんがえらいことを言いのけました。これだけ僕達の体力を奪ったこのケーキがウエディングケーキとしては小さいだなんて……。
 ――いや? 言われてみれば、そうだろうか? 結婚式というものの画像なり映像なりを頭の中で表示してみるに、そもそも一人で運べるような代物ではなかったように思うし。
「普通サイズのを三ついっぺんに持ち込んでも食べ切れないしねってことで、こんな感じにしてみました。どうせみんな一か所に集まっちゃうのは目に見えてたしね」
「うん、いい判断だぞ妹よ」
「お褒めに預かり光栄です、お姉さま」
 なぜか威張るように胸を反らせた家守さんに対し、なぜかかしずくようにうやうやしく頭を下げた椛さんでしたが、それはともかく。
「これでもまだこの場で食べ切っちゃうのは辛いかもしれないけど――まあ、本場サイズは式の時まで取っとくってことで」
 そうなんですよね。日程が決まっていないだけであって、結婚式の予約はもう取っちゃってるんですよね。四方院さんのほうに。
「ともかく、勿体ぶっても仕方ない。さあさあ今回ご結婚されたお三組、入刀の代わりに共同作業で箱を開けちゃってください」
 開けると言っても、底面以外が一体になっているその箱の形状からして、上から被せられている部分をぱこんと外すだけだったりします。しかしまあ、逆にそういう簡単な作業だからこそ、ということでもあるのかもしれません。
 地味に照れ臭いような気分にもなったりしつつ、夫婦それぞれが三つそれぞれの箱の前に移動します。
「準備はいいですか? それでは、ケーキご開帳~!」
 いつの間にやら椛さんが司会進行役ですが、まあそれはいいでしょう。
 僕達三組はそれぞれの相手と笑い合ったりしつつ、それぞれのタイミングで、その進行通りに。
「わあ……!」
 これ以上ないくらいの感激だったのでしょう。栞のその感嘆の声は、やや裏返りすらしているのでした。
 見事なケーキ。それが目の前に三つもあり、しかもうち一つは自分達のために用意されたものなのです。それでなくとも栞はケーキが好きなので、ならばそりゃあそんな声も出ましょう、というところ。
「こんな、すごい……! ここだけ夢の中みたいだよ孝さん! お祝い的な意味でも食欲的な意味でも!」
 腕をぐるぐる回してテーブル全体を指し示す栞。まるで子どもみたいな感想ですが、今はそれを「大人げない」とは言いますまい。なんせ僕ですら、「言われてみれば」なんて思ってしまったくらいなんですから。
「ご結婚、おめでとうございまーす」
 進行役の椛さんが言い、周囲からは拍手が。
 けれど僕達はそれを享受するだけでなく、自分達も同じく拍手をします。なんせ結婚したのは自分達だけではなく、三組です。祝われる側である僕達は、同時に他二組を祝う側でもあるわけですからね。
 おめでとうを言ったり言われたりしながら少し経ち、拍手も鳴り止んだなら、さて次はどうするかですが。
「では新郎新婦の皆さま――んー、皆さまってのも変な話なんだけどね。まあそれはともかく、ここらで一発誓いのキッスなんか」
 ……マジですか?
「は、やっぱちょっと無理?」
 うむむ、いざ無理かと言われるとそうではないような。というふうにも思い、さてどうしようかと考えていたところ、すぐ横から少し弾んだ調子でこんな声が。
「ふふ、昨日もやったばっかりなんだけどね」
 どうやら、栞は乗り気なようでした。
 だったらば。

 特にそうしようという考えがあったわけでもないのですが、流れで真っ先にキスをしてしまった僕と栞。となると、他のキスをする組も含めて周囲は盛り上がるわけです。特に家守姉妹が。
 ……いや、椛さんは分かりますけど、家守さんは昨日だって見たじゃないですか。それとも酔ってたせいで覚えてませんか?
 さて。しかしそれはともかく、僕と栞がしてしまったのなら他の二組もしたほうがいいような雰囲気にはなるわけです。もちろん、誰がそれを強制するわけでもありませんが。
「いやー、眼福だなあ。二日連続で見られるなんて」
 庄子ちゃんがにこにこしながら言いました。そりゃあ祝ってもらえるのは嬉しいことなのですが、それとはまた別に「見ることができて嬉しい」という方面でも楽しむようなことなのでしょうか? 他人がキスをするところというのは。
 というわけでたった今自分がしたキスを客観的な視点で思い返そうとしてみますが、それが成功する前に、大吾が苦い口調でこう言いました。
「眼福ってオマエ、楓サンみてみてえなこと言うなよ。これからする側が辛えだろーが」
 庄子ちゃんにそういう思惑があったかどうかはともかく、なるほど。期待を寄せられていると初めから知ってしまっていると、そんなふうに感じたりもするのかもしれません。
 いやあ、先に済ませちゃって良かった。
 あと家守さん、そこで不思議そうに首を傾げてるのは何か違うんじゃないでしょうか。
「えー? でも、兄ちゃんと成美さんなんてもっとだよ? だって昨日は成美さん、小さい身体でだったし。同じキスなのに別バージョンだよ?」
「バージョンとか言うなアホ。……でもそうか、なら昨日に比べりゃまだマシかもな」
 悪びれない妹をアホ呼ばわりした大吾はしかし、腕を組んで頷きも。つまり、小さい時の成美さんとそういうことをするのは大人の身体の時に比べて照れ臭さが増す、ということなのでしょうか。
「マシとはどういう意味だマシとは」
 そりゃあそういうことにもなりましょう。ということで、成美さんから物言いが入りました。
 が、大吾、動じる様子はありません。
「昨日だったか一昨日だったかにも言ったけど、小さい方の身体じゃあ知らねえヤツが見たら犯罪だからな。ここにそういう人はいねえけど、多少気になりはするってことだ。なんつーか、人がいるとこじゃあ猫じゃらしで遊ばねえってのと似たような話だな」
 それはもはや「人がいないところでは猫じゃらしで遊ぶ」と白状しているも同然なのですが、しかしまあそれは今更な話。一度その様子を見てみたい、と思わないではないんですけどね。
「そういうことか。ふん、腹の立つような話だったら今からでも着替えてこようと思ったのだがな」
 鼻を鳴らしてふんぞり返る成美さん。すると大吾から「その辺の話でモメるようなことねえだろ、もう」なんて反論があり、ならばそれを受けて「確かにそれもそうだ」とからから笑ってみせたりも。
「へえ、腹が立ってもキスするのはオッケーなんですね」
「む? 言われてみればそれもそうだな」
 今度は庄子ちゃんから物言いが。しかしこちらについては、さらりと済ませてしまう成美さんなのでした。
「ふふ、まあしかしそれは言いっこなしということにしておいてくれ。――よし大吾、いつでもいいぞ」
「そんなどんと構えられてもなあ」

 庄子ちゃんがものすっごくにっこにこしてますが、ともかくこれで二組目も済みました。
 ならばあとは、最後の一組だけです。
「いやー、『姉の誓いのキス』を『旦那と一緒に』見ることになるとは、なんともねえ」
「姉より先に嫁に行っちゃうからだ。どーぞその微妙な気分のままでご鑑賞くださいませ」
 姉妹のそんな遣り取りにはその両名の旦那さんこそが真に微妙な表情をしておられましたが、ともあれそのまま家守さんと高次さんが顔を近付け始めます。
 しかし、唇と唇が触れるその直前。高次さんは、声に笑いを含めながら言いました。
「そんな憎まれ口叩きながら顔はしっかり真っ赤なんだよな」
「言うなー! くっそー、もうちょっとで穏便に済ませられたのにー!」
「愛してるぞ、楓」
「やーめーれー! もーだめ、一回崩れたらもーだめ! このままキスとか無理無理絶対無理! 昨日と違ってお酒も入ってないし!」
 などと喚き立てたところへ、しかし結局キスはお見舞いされてしまうのでした。
 家守さんの慌てっぷりに笑う人が大半、特に椛さんは大爆笑しておられましたが、しかしその一方。喚く相手をキスで無理矢理黙らせるというアダルトな強引さに気を取られてしまったのでしょう、栞と庄子ちゃんは顔を赤くしつつ目を釘付けにしているのでした。

「ああ……もうお嫁に行けない……」
「そりゃこっから更に嫁に行かれたら泣くぞ俺。誓いのキスが原因で離婚とか珍事件にも程があるだろ」
 強引に唇を奪われたことでよよよとくずおれる家守さんでしたが、高次さんからはごもっともな意見が。
「要するに姉貴はもっとキスしてもっと繋ぎ止めて欲しいって言ってるんじゃないですか? お義兄さん」
「ちょっ、椛、本気で勘弁して。溶けるぞアタシ、これ以上は」
 なんかグロテスクなこと言い出しましたが、しかしどうやら家守さんは大真面目に言っているようで、目に涙を浮かべてすらいるのでした。
「難儀な姉ですいません、お義兄さん」
「いえいえ、それも含めて理想の嫁さんですから」
 そうやって軽口を交わす妹と夫に、家守さんはぐぬぬと悔しそうな表情を。
「くそー、こうなったらケーキやけ食いしてがっつり太って、理想から外れた嫁さんになってやる」
「はっは、たかがそれしきのことで俺から逃げられると思うなよ」
 これについてはもう家守さんだって冗談で言っているのでしょうが、しかし今度は僕が割と真面目にこんなことを考えました。
 ちょっとやそっとじゃ太れないんじゃないかなあ、普段の様子からして。好きな時に休みを入れられるとはいえ、基本的には休日でも構わず働いてるわけだし。
 むしろたまにはちょっと太るくらい長期的にゆっくりしてみてもいいんじゃないですか、と思いはすれど口には出さなかったところで、他の人からこんな意見が出ました。
「そもそも、お前じゃあいくら過剰に栄養を取っても腹でなく胸に行きそうだがな」
「そんなあ……」
 人によっては羨ましい話なのでしょうが、家守さんはこれまた真面目にがっかりされてらっしゃいました。胸が大きいというのもいろいろあるんでしょう、それで悩んでいた知り合いがいたりもしますしね。
 ちなみに今の揶揄が誰の口から出たものかは、敢えて言うようなことはしないでおきます。
「まあまあ、お腹に行こうが胸に行こうがどっちでもいいから、そろそろ食べ始めないかい姉貴? 味は刻一刻と落ちちゃうんだし」
 どうやらケーキと一緒にわざわざ持ってきたらしく、どう見てもこの部屋のものではないパン切り包丁を取り出した椛さん。更には二本セットだったそれの一方を孝治さんに渡したところで、家守さんが「そりゃそうだ。せっかくできたてを持ってきてもらったんだし」とさっきまでの落ち込みぶりから一転、楽しみそうな視線を三つのケーキへ向けるのでした。
 というわけで。
「よしみんな、孝治さんと椛が切り分けてくれ次第食べ始めて頂戴! 勿体無いからできれば全部食べ尽くそう! この量だけど!」
 いただきます代わりの力強い指示を受け、みんなが一斉にフォークと小皿を手に取ります。僕もそれに遅れず加わりたいところですが、けれどもしかし、この部屋の住人としてこれだけは。
「栞、飲み物取りに行こう」
「あ、うん」
 というわけで二人してひとまず台所へ移動するのですが、すると栞がこんなことを言い始めました。
「水分無しであれだけ食べるって、もしやるとしたら相当辛そうだね」
 喉の水分を生地に吸い取られ、カラカラになったところでその生地が飲み込めずに詰まる――うわあ、あんまり洒落になってないような。
「怖いこと考えるなあ」
「そういう怖いことを気にしないで好きなように好きなだけ食べるために、ね」
「……みんなじゃなくて自分に向けて言ってない? それ」
「あはは、ばれた? うーん、ジュースもあるけどケーキの甘さが薄れちゃうだろうし、私は水にしとこうかなあ」
「まさかそんな理由で水を選ぶ人がいるとは。いっそ怖いなあ、ケーキ好きの本気って」
「いやいや、さすがに冗談だけどね?」
 冗談だとしてもまずその発想ができることが――とまでは、言わないでおきました。何であれ栞は非常に嬉しそうですし、だったらそれに集中させてあげたほうがいいんでしょうしね。
 ケーキ作り、練習してみようかなあ。
「あ、そうだ。ねえ孝さん」
「ん?」
「私は、孝さんが太っちゃっても平気だからね? そりゃあ際限なくとまでは言わないけど、小さめのおすもうさんくらいなら」
 それは、だからそっちも好きなだけ食べてね、という意味での言葉だったのかもしれません。が、それはともかく、小さめのおすもうさんって一体、どれくらいの体格を指した言葉なのでしょうか?
 そしてもう一つ、それ以前に気になったことが。
「栞」
「ん?」
「あれ殆ど筋肉だよ」
「んー、筋肉モリモリよりは太ってるほうがいいなあ」
 ……果たして栞、ちゃんと分かってるんでしょうか。
「孝さん顔が大人しそうだから、身体がマッチョで顔がそれって逆に不気味そうだし」
 それには同意。

 居間へ戻ると三つのうち二つのケーキは切り分けが完了しており、最後の一つに孝治さんが手を掛けているところでした。
 ううむ、そりゃあ栞と話をしたりしてはいましたが、それにしたって見事な手際です。速いのはもちろん、だというのにきっちり均等に切り分けられてもいますし。そしてそれは、今現在作業中の孝治さんも同じく。
「飲み物持ってきましたー」
 切り分け次第食べ始めるという話だった筈なのですが、みんな孝治さんの手際に見入っているばかり。誰一人として、既に切り分けられたケーキに手を出してはいないのでした。
 などと言いつつ僕もそちらに視線を奪われそうになるのですが、しかしまずは全員にコップを行き渡らせることから。
「はい、高次さん」
「ありがとう。はっは、二人を待ってただけの筈だったんだけど、気が付いたらこんな感じで」
「あ、そうだったんですか」
 どうやら初めは僕達を待ってくれていたんだそうです。今はもうそうでないとはいえ、それでもまあ、ちょっとくらいは。
「すいません、もう少しで終わりますんで」
 話を聞き付けた孝治さんが、こちらへ向けて頭を下げてきました。別にそんな、なんて感想はもちろんのことながら、こっちを向いているのに手が止まっていないことに驚いたりも。そりゃあ一度切り込みを入れてしまったらあとはもう真っ直ぐ切るだけなのですが、それにしたって迷いがないというか。
 というようなことを考えている間に、切り分けは終了。
「はい、それではごゆっくりどうぞ。――って、僕達の分も出してもらってるんですね、小皿とフォーク」
「そりゃあお客さんですから」
 言いつつコップも手渡したところ、椛さんがくすくすと。
「お客さんからお客さん扱いされるって、なんか妙な気分だけどね。ケーキ三つのお買い上げ、ありがとうございました」
「おう、じゃあ今度は買い上げた側からのおごりだ。遠慮せず食え食え」
「言ったな? ふっふっふ、妊婦の食欲舐めんなよ」
 売り言葉に買い言葉、なんて言ってしまうとこの状況と照らし合わせて混乱しそうになってしまいますが、ともかくそれは売り言葉に買い言葉なのでしょう。売り買いであろうと、奢り奢られであろうと。
 すると孝治さんがそこへ「まだそんなになるような時期じゃないだろうし、それってただの食い意地じゃあ」なんて言ったりするのですが、直後「いてててっ!」と身体をくの字に。見れば、椛さんに太ももをつねられてらっしゃいました。
 それを見た家守さん、「ああこらこら」と妹を諌めようともしたのですが、その直後にはいつもの笑みを自分の夫へ向けていました。
「高次さんもああなるのかもよ?」
「ううむ、恐ろしい」
 不安を持たせてどうするんですか家守さん。
 ともあれ準備は完了したことですし、
『いただきまーす!』
 特には栞の声が目立っていた挨拶が済んだならば、あとは各々の好きなペースで。
 全員の中で最も早く一口目を頬張ったのは栞でしたが、しかしそのあとは幸せそうに顔を緩ませ、同じく幸せそうに「んーっ」なんて声を上げたりしながら、ゆっくりゆっくり味わっているようでした。物凄い勢いで食べ始められたりしたらどうしようか、なんて考えていたのは秘密にしておきましょう。
 というわけで僕も早速。
 ――――。
 うまい。
 ――美味いッ!
 なんだこれ!? 出来たてを持ってきたと言ってもそれはすぐに持ってきただけであって車での移動時間を考えれば焼き立てを食べているわけじゃないし、事実焼き立てだからこその熱さ温かさは既に失われているというのに、味と香りと食感だけでそこに温かさがあると錯覚してしまうようなこの!
「あの、月見さん」
「ん? はい、なんでしょうか怒橋さん」
 まずはスポンジ! ふわっふわなのはもちろんだけどそれだけじゃなくて――いや、ふわふわ過ぎてそう感じるということなのだろうか!? ふわふわしてる筈なのに舌の上で溶ける! そして広がるこの柔らかな甘さ! クリームの甘さに負けないほど力強いものだというのに、どういうわけだか柔らかい!
「すっかり訊くの忘れちゃってたんですけど、幽霊についてはどうなんですか? 声が聞こえるだけとか、姿も見られるのか」
「あ、僕は声だけです。奥さん――うわあ、自分とこの商品なのにいい顔で食べちゃってまあ――奥さんは、お義姉さんと同じで見えも聞こえもするんですけどね」
「あ、そうなんですか。すっごい自然な様子だったんで、そんなふうには全然。……ふふ、美味しいです、このケーキ」


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