(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十九章 希望と予定 二

2011-01-04 20:52:00 | 新転地はお化け屋敷
 さて。時間に余裕をもって教室に入っているとはいえ、そこは大核の近所に住んでいる僕のこと、そこまでたっぷりとした余裕ではありません。せいぜい数分のものです。
 ならば僕が教室へ到着した時にまだ来ていなかった明くんは、少なくともその数分の間に来ないと遅刻になるわけです。
「よう、おはようさん」
 というわけで、廊下で栞さんとすれ違っていてもおかしくないくらいのタイミングで明くんが到着。まあ、もしそうならそう言ってくるでしょうし、だったらすれ違いはしていないんでしょうけどね。
「おはよう。いきなりだけど、今日は大丈夫? 起きてられそう?」
「そんな質問に意味があると思うか?」
「まあ、ないんだろうね」
 そんな遣り取りをしつつ、薄苦笑いの明くんが僕の隣の席へ。初めから眠たそうにしていることもあるけど、そうでなくても講義が始まれば寝てしまうのです。この日永明という人は。
「なんか機嫌良さそうだな孝一。いきなりそんなしょうもないこと言ってくるなんて」
「そう? というか、機嫌の善し悪しってそんなことで判断できるものなの?」
「人によるけどな。普段からそんなことばっか言ってる奴だったら、もちろん何とも思わんし」
 ふうむ。どうやら僕は、機嫌がいいといきなりしょうもない冗談を吹っ掛ける人間らしい。もちろんそれが正しいかどうかは別だけど、少なくとも明くんにはそう思われているわけで。
「で、なんかいいことでもあったのか?」
 自分を客観的に眺めてみようかと思った矢先、それを遮るようにして明くんから質問が。
「僕自身、自分の機嫌がいいとは思ってなかったし――ああでも、いいことっていうのには思い当たる節が」
「ほう」
「栞さんと」
 ちょっと話をして、と言おうと思ったら。
「やっぱ喜坂さん絡みか」
 ……馬鹿にされたわけでもなければ意地悪をされたというわけでもないのに、胸がモヤッとするのはなんなんでしょうね。
 ああ、さっき僕が明くんにした質問と種類は同じか。
「あはは、まあね。栞さんと、ちょっと話をしてさ。まだ全然そう決まったってわけじゃないんだけど……一緒に住みませんか、みたいな」
「おお。俺なんかにポロっと言っていい話かそれ」
 喜んだふうにはしてくれながら同時に心配もするという、器用だか何だかよく分からない明くん。とはいえこちらとしては、喜びにせよ心配にせよ歓迎ですが。
「いやいや、だからまだ全然そう決まったとかじゃなくてね。そうするにしてもいろいろ調整しないとねって段階だよ、まだ」
 ほんの少しだけ、嘘をついてしまいました。一緒に住むと決まったわけでないのは本当ですが、「そうするとしても」ではありません。もうそうするのは決まっていて、あとは「調整」の結果次第、つまりは僕の親の反応次第という段階なのです。
 どうしてこんな、明くんの言葉を借りればしょうもないということになる嘘をついたのかは、自分でもよく分かりませんでした。咄嗟に出た言葉がそうだった、としか。
「ああそうか。でもまあ決まってないにせよ、そりゃあ気分もよくなるだろうな。なんせ俺が『どうせ喜坂さん絡みなんだろうな』って思うくらいデレデレだし、お前」
「ふ、普段からそこまででしょうか? 僕って」
「いや別に、目に見えてデレデレってわけじゃないんだけどな。雰囲気っていうか、その程度のもんだよ。もう一つ言わせてもらえば、喜坂さんだって同じだし」
「……デレデレ?」
「おうともよ」
「誰に?」
「お前以外にデレデレしてたら大変だろうが」
 そりゃそうですけども。
 ううむ、僕のほうはまだなんとかそうかもしれないなと思えるにしても、栞さんまでとなるとどうなんだろう? 外と中との切り替えというか、そういうのには気を付けてるってイメージなんだけどなあ。僕としては。
「はは、そうは思えないって顔してるな」
 今日の僕は随分と顔の筋肉が正直なようです。
「まああんまり気にすんな、俺が勝手にそう思ってるってだけのことだし」
「うーん……」
「じゃあ逆にお前、俺と俺の彼女だとどう思う?」
 また急な。明くんの彼女――岩白さんって、そう頻繁に会うってわけじゃないしなあ。
「少なくとも明くんについてはだけど、岩白さんの話をしてる時は元気だね。眠気も飛ぶみたいだし」
「でも、俺は別に自分がそんなだとは思ってないわけだ。お前から嫌味っぽくそう言われることはたまにあるけどな」
「それと同じってこと?」
「多分な。自分がそんなだとは思ってないんだから断言はできんが」
 まあ、そりゃそうか。明くん自身がそう思ってそうにないからこそ、僕は嫌味っぽくそう言ってるんだろうし。
「まあ、自覚もなくそういう雰囲気が醸し出されるくらいに仲が良いってことだな。で、だったら一緒に住むって話もそりゃ嬉しいだろなっていう話」
「うん、嬉しいってところは否定しないけどね」
 ……デレデレしてるのかなあ、僕。いや、悪いことじゃないんだろうけど。
「逆に言えばそんくらい仲が良くなけりゃ、そもそも一緒に住もうなんて話が出てこないだろうしな」
「ああ、それはそうかも」
 逆に言っただけですんなり納得してしまうのはどうなんだろう、と思ったのは、直後に先生が教室に入ってきたあとのことでした。

 で、九十分後。
「起きてる?」
「この姿勢で寝てたら凄いけどな」
 過剰なくらいに背筋をピンと張っている明くんは、その冗談じみた返事の割に声が低いのでした。だからといって機嫌が悪いというわけではなく、背筋をピンと張らなくてはならないくらいに眠いということなんでしょうけど。
 ちなみに、背筋を張る余裕があるだけ今日はまだマシとも言えたりします。
「まあ、どうしようもなくなった時は岩白さんのことを考えればいいと思うよ。多分それで眠気はどうにかなるだろうし」
「はは、まだ引っ張るか」
 引っ張りますとも。――いや真面目な話、これから家に帰る僕にできるのは本当にこれくらいしかないもんで。
「でもなあ。お前っていう話し相手がいるならまだいいけど、一人で考えるってなったら没頭しちまうぞ多分。もしそれで上手いこと眠気が飛んだとしても、今度は講義の内容が全く頭に入らなさそうなんだが」
 そりゃ難儀な、とその話を聞いて思ってみたものの、眠気が飛ぶほど集中するんだからそりゃそうなりもするか、とも。
「うーん、分かると言えば分かるんだけど、でもなんかちょっと不気味だね。ぼーっとしてるとかちょっと余計なことを考えるとかならともかく、講義中に彼女のことで頭がいっぱいっていうのは」
 もちろん、他の人からすればぼーっとしてるのと同じなんでしょうけど。何を考えてるのかなんて分かりっこないんですし。
「講義に彼女本人を連れてきてたりする奴の言うことか? 今日はいないけど」
 そういえばそうだった。ということで、痛いところを突かれてしまいました。
「いやでもまああれは、僕が連れてきてるっていうよりは栞さんのほうから来てるって感じだし……」
「ほほう? ならお前、隣に座ってる喜坂さんについて何も思わないってか?」
「ごめんなさい」
 そう、僕と栞さんのどちらが望んでそうなっているかなんてことは全く関係がなく、隣の席に栞さんがいようがいまいが、僕が栞さんのことを考えるか否かだけが問題なのです。そしてそりゃあ、考えないなんてことがあるわけもなく。
「はは、でもまあ結局、不気味だろうが何だろうが寝ちまうよりはマシなんだろうけどな」
「それはそうだね、少なくとも」
 ずっと寝てたから欠席扱いにしました、なんて言われることももしかしたらあるのかもしれないし。もし出席確認より前に寝ちゃったりしたらそれ以前の問題だけど。
「大体、他人に不気味がられたからってなんなんだって話だよ。プライベートってのは多かれ少なかれそういうもんも含まれてるだろ、初めから」
「あー、あはは、確かにね」
 なんだかじんわりヒートアップ気味な明くんでしたが、「講義中にプライベート持ち出すっていうのもそれはそれでどうなんだろうね」という突っ込みは、思い付きこそすれ口にはしませんでした。話が元に戻って堂々巡りになりそうでしたし、明くんだってそれは分かってるでしょうし。多分。
「即答だな。なんか思い当たるところでもあったか?」
「具体的に言えないからこそのプライベートです」
「はは、そりゃそうだ」
 そのプライベートの相手である栞さんからすら「変だ」と言われるようなこととか、あとは料理を趣味としていることだって、「男らしくない」とお母さんに言われた記憶があったりするし。まあ前者はともかく、後者は随分と昔の話だけど。
 そしてそれはともかく。さて、そろそろ行こうかな。
「じゃあ明くん、手段は何でもいいからせめて寝ちゃわないようにね」
「任せとけ」
 いや、徹頭徹尾明くんだけの問題なんだから任せるも何も。
 きっとその時の僕は気の抜けた表情をしていたんだろうけど、明くんはそんな僕を見て小さく鼻を鳴らし、そしてそれまでよりやや落ち付いた声でこう言いました。
「講義前の話を持ってくるわけじゃないけど、喜坂さんとは上手くやれよ」
 ……果たしてその「講義前の話」とは、僕がデレデレしているという話でしょうか? それとも、僕と栞さんが一緒に住むという話でしょうか?
「うん、ありがとう」
「俺に礼言ったってどうもならんぞ」
 明くんは笑いながらそう返してきました。つまり、徹頭徹尾僕だけの問題だということなのでしょう。
 別れ際に軽く手を振り、その返事として軽く手を挙げられつつ、それ以上は何も言わないまま、僕は明くんと別れました。
「プライベートには多かれ少なかれそういうもんも含まれてるだろ、初めから」。教室を出る辺りでその話に聞き覚えがあるように感じたのですが、しかし、どこで誰から聞いたものでしたっけかね?
 まあ本当に聞いたことがあったにしても、一語一句同じというわけではないんでしょうけどね。今もって誰から聞いた話か分からないということは、少なくとも明くんではないんでしょうし。
「あ、終わっちゃってた?」
 そんなことを考えていた時に掛けられたその声が誰のものかは、まあ考えるまでもありません。このタイミングで他に僕に声を掛ける人もいないだろうということで、栞さんです。
「日永さん、もう行っちゃった――みたいだね」
 ほぼ空になった教室を覗き、やや残念そうに。こちらの講義はほぼ時間通りに終わっていたので、ならば栞さんのほうの講義が少し長引いたということなのでしょう。まあ栞さんの場合、律義に講義が終わるまで待つ必要も特になかったりはしますけど。
「用事でもありましたか?」
「ううん、そういうわけじゃないんだけどね」
 まあ、そうなのでしょう。用事があるならそれこそ講義終了を待ちはしないでしょうし。
 ただ今回の場合、明くんとしては栞さんと顔を合わせないほうが都合が良かったりしたんじゃないだろうか、と。別れ際にしたのがあんな話でしたし。
「ともかくこうくん、お疲れ様。このあとなんだけど……今日は、一緒にお昼ご飯を食べさせてもらってもいい?」
「そうしたい時にまで禁止するってほど固い決め事じゃないですしね、あれ」
「そうだったね。じゃあ、お邪魔させてもらいます」
「あんまりベッタリしないようにしよう」という決め事はまだまだ健在ですが、しかしあくまでもそれは「あんまり」なので、今日のように「一日ずっと一緒にいたい」という日の存在を否定するほどのものではありません。
 要は、たまにはいいじゃないというやつです。
「あと、栞さん」
「ん?」
 当たり前のように栞さんが手を繋いで来、そして数歩進んだところで、僕は切り出しました。
「多分もう、『お邪魔します』じゃないです」
 それを聞いた栞さん、目を丸くしていました。そしてそこから更に数歩進んだところで、
「えへへ」
「手を繋ぐ」という行為は、「腕を組む」に取って代わりました。
 僕の両親にそれを認めてもらうという過程を残してはいるものの、一緒に住むと決めたんですしね。ただ単にお決まりの挨拶を省略するというだけでなく、本来の意味で「お邪魔します」ではないのでしょう、もう。
 そうして腕を組んだまま、更には栞さんから頭を肩に預けられたりもしつつ、校舎を出て外へ。もう大学に用事はないのであとはこのまま帰るだけだったのですが、そんな僕達に声を掛ける人がいました。
「あぁらあら、随分可愛らしい男の子がいると思ったら日向くんじゃないのぉ」
 栞さんの時もそうでしたが、その声が誰のものであるかは考えるまでもなく分かりました。ただし、分かった理由が随分と違いますが。
 そりゃあ男の声でこんな喋り方されたらねえ、ということで自称オカマの一貴さんです。
「あ、おはようございます」
 それにしても僕も驚かなくなったもんだな、なんて感想はいいとして、いつもならこの時間には出くわさない人です。ここを通り掛かったのは、何かの用事の途中とかでしょうか?
 こちらがそんな小さな疑問を思い浮かべていると、あちらからも疑問の声が。
「微妙に不自然な腕しちゃってるけど、脇でも痛めたの?」
「あ、いやその――今、栞さんとちょっと」
「ああ、腕組んでたのね? うふふ、ごめんなさいお邪魔しちゃって」
 栞さんが見えてないといってもそりゃあ少し考えれば分かるのでしょうが、しかし即座に分かりますか一貴さん。対応力が凄いというか、肝が座ってるというか。オカマなのに――いや、オカマだから?
「ちょうど良かったわ、お邪魔ついでにもう一ついいかしら」
 栞さんが照れながら僕から離れたりしていますが、見えていない一貴さんはもちろんお構いなしです。見えていても構わなそうな人ですけど、それが意地悪く見えないのは不思議なもので。
「前にもあったけど、また愛香さんからの奢りでご飯しましょうかっていう話なのよ。教室とか時間割とか知らなかったから、ここで日向くんに声を掛けられたのは全くの偶然なんだけど、どう? ご一緒しない?――ああ、ご飯っていっても五限が終わった後の話で、お昼ご飯とかじゃないんだけどね」
 こちらから口を挟む間すらなく全部一気に説明されてしまいました。
 そして同時にあの「プライベートには多かれ少なかれ云々」という言葉に聞き覚えがあるという話が、誰から聞いたものだったか判明しました。そうでしたそうでした、一貴さんの彼女、諸見谷愛香さんでした。
 でもそれが判明したところで、この場で起こっていることには残念ながら関係がありません。食事にお呼ばれするかどうか、それが問題なのです。
 栞さんを見ます。
「もちろん、私の対応はいつも通りだよ」
 見ただけでそう言われてしまいました。
 いつも通りの対応というのは、「せっかく呼ばれてるんだから行けばいいじゃない」というもの。それはもちろん、僕と栞さんに共通する本日の希望である「ずっと一緒にいたい」に反するものなのですが、しかしその本日の希望に反した返事を、いともあっさりと。
「じゃあ一貴さん、ご一緒しますということで」
 栞さんがそういう調子なら、僕もそういう調子になるべきなのでしょう。まあ結局、それもまたいつもの対応ということになるんですけど。
「あらそう? うふふ、愛香さんも喜ぶわ。ありがとうね日向くん、急な話なのに」
 僕が行くだけで喜んでもらえるなら光栄ですが、それはいいとして。
 ここでありがとうと言われてしまうというのは、恐らく一貴さん、声を掛けたのがちょっと後ろめたかったりしたのかもしれません。腕組んでたんですしね、僕と栞さん。まあそれにしたって今すぐ来いという話でもなし、こちらとしては「そう気にしてもらわなくても」とも思いますけど。
「じゃあ日向くん、五限が終わる頃に――五時四十分ね。それくらいに校門で待ち合わせってことでいいかしら」
「はい。それと一貴さん、どうでもいいことといえばどうでもいいことなんですけど、なんでここにいたんですか? いつもはこの時間にこんな所で会ったりしてませんけど」
「ああそうそう、日向くんと喜坂さんに会えたことが嬉しくって忘れるところだったわ。危ない危ない」
 本当ですか? それ。

「そういえば、大学の売店ってあんまり行ったことないなあ」
 一貴さんと別れた直後、隣に栞さんがいるというのに僕は独り言の口調でそう言いました。
「そうなの?」
 それでも話に反応した栞さんとは、既に腕を組み直していました。
 それはともかくどうして売店の話なのかといいますと、一貴さんがあそこを通りかかった理由が「ルーズリーフが切れているのを忘れていたので売店に買いに行く途中だった」というものだったからです。
「品揃えは普通のコンビニと大差ないみたいですけど、大学で買い物する機会っていうのはあんまりないですねえ。何か食べるなら食堂に行きますし」
「ふーん。まあ、考えてみればそうかもね」
 栞さんは自分で買い物ができる身の上ではないので、考えるしかないわけです。だからどうだというのも今更な話ではあるんですけど。
「ところで栞さん、訊くようなことじゃないのを承知で訊いてみますけど」
「ん? なに?」
「一貴さんにお呼ばれするのと断るのと、正直どっちが嬉しかったですか?」
 すると栞さんは意外そうな顔をし、次いでううんと唸り始めます。あの場ではああ言っていても、正直なところとなるとやはり難しいようです。
「……答える前に、どうしてそれを訊こうと思ったか訊いていい? いや、答えが思い付くまでの時間稼ぎだったりするんだけどさ」
 時間稼ぎ。つまり、気分を害したわけではないと。それはよかった。
「一貴さんが向かってたのが売店ってことは、あの時の僕達と一貴さんの進行方向って、交差してる感じなんですよ」
 と、僕は両手の人差し指でバツを作りながら言いました。交差の角度は、こんな感じだった筈なのです。
「だったらちょっとタイミングが違ってただけで顔を合わさなかったかもって思ったら、なんとなく訊いてみたくなりまして」
「ああ、誘いを受けるか断るかっていうより、誘われるか誘われないかってことなんだね?」
 まあ、言ってみればそうです。一貴さんと会ったこと自体を無かったことにするのはちょっと気が引けたんで、そうは言いませんでしたけど。
 しかし栞さんは時間稼ぎの真っ最中であり、その後も少しの間うーんうーんと。なので、もし気付いていたとしてもそんなことに触れる余裕はなさそうでした。
「……どっちが嬉しいって話ならそりゃやっぱり、誘われないでずっと一緒にいたほうが嬉しくはあったと思うよ。ほら、こんなことしちゃってるくらいなんだし」
 そう言って、組んでいた腕を強く引き寄せてくる栞さん。あの、腕を組んでいるということを指しているのは分かりましたけど、胸が。
「でも、それだけが判断基準ってわけじゃないからさ。一貴さんのお誘いを断らなかったこうくんなら分かってると思うけど」
「ですね」
 そりゃそうです。だからこそ、「訊くようなことじゃないのを承知で訊かせてもらう」なんですし。
「少しだけ一緒にいられない分、そのあとでそれと同じ分だけ甘えさせて欲しいな、とは思うけどね」
「はい」
 こっちからお願いしたいくらいです、とは言いませんでした。言わないだけで、僕も同じく甘えさせてもらうんでしょうけど。
「……ごめんこうくん、今のなし。すっごい恥ずかしくなってきた」
「そんな無茶な」
 本人にその意図がなさそうだったとはいえ胸まで押し付けられてそんなこと言われて、それをなかったことにしろとはなんと殺生な。――いや、言わなかったことにしてくれってだけの話なんでしょうけどねそりゃ。
「それに、五時四十分って言ってたでしょ? そこから暫く一貴さん達といるわけだから、こうくんが戻ってくる頃には楓さん達も帰ってくるくらいの時間だろうし」
「ああ、それはそうかもしれませんね」
 となるとそれは同時に夕食の時間ともなるわけで、だったらば、呼ばれた先であまり食べ過ぎないようにしないといけません。夕食前からお腹いっぱい、なんてことになったら料理の先生の面目丸つぶれです。それを気にするほど面目があるかどうかは、定かではありませんが。
「ええと――じゃあ、取り敢えず今からのことだね。お昼ご飯食べて、庭掃除が済んで、もしかしたらいつものお散歩にも呼ばれて、そのあとは二人でぼーっとしてよう」
「ぼーっとですか? 甘えるんじゃなく」
「ひ、引っ張らないでよ。……言わなくたって大体分かるんじゃない? 意地悪だなあ」
「あはは、すいませんすいません」
 というこの遣り取り自体が甘えたものなのかもしれませんが、しかしそうだったとしても特に問題があるわけではありません。思いがけず予定が入りはしたものの、本来なら今日は一日中、そういう感じで過ごす予定だったんですしね。
「ところで昼ご飯と庭掃除、どっち先にします?」
「ああ、そうだなあ」

 帰り道での僕の質問に「庭掃除」と答えた栞さんは、なのでお仕事の時間ということに。もちろんいつも通り僕は手伝うことを許されないので、「お仕事中の栞さんの傍にただついていくか、それとも部屋で昼食の準備をしておくか」という選択をすることになりました。
 で、僕は前者を選択したのですが、
「今からすぐに始めちゃってもいいんだけどねー、庭掃除」
「それについては全部栞さんにお任せしますけどねー」
 まだ十一時前なので、昼ご飯には少々早い時刻。つまり帰り道での僕の質問は、尋ねるまでもなく庭掃除が先になっていたのです。むしろ尋ねてしまったからこそ考えることになってしまったというか。
 あの質問をしてしまったのは恐らく、一貴さんにお呼ばれした「食事」が頭にあったからなのでしょう。正直、帰ったらすぐ昼ご飯だって体でしたし。
 ――まあ僕が間抜けだったという話はそれくらいにしておきまして、現在僕と栞さんは、僕の部屋でだらーっとしています。甘ったるく過ごしているのではなく、だらーっとです。一応寄り添うようにして座ってはいるのですが、しかしそれは寄り添うと言うより、力なくもたれ掛かり合っているというか、そんな感じなのです。
 どうしてそんなことになっているのかといいますと、いざ意識的に甘ったるく過ごそうと決めてはみたものの、では何をどうするかというのがなかなか思い付かなかったのです。かといって他にすることもなし、だったらくっ付いてるだけでもいいか、とやや投げ遣りと言えなくもない結論を導き出し、そうして今のこんな感じに。
 とはいえ、これはこれで悪くないな、とも思ってたりするんですけどね。ぼーっとしてて気分が宜しくない、なんてのは可笑しな話でして。
「あー、いやー、でもなんかこれはこれで気持ちいいなあ。眠くなっちゃいそうな意味での気持ちよさだけど」
 間延びした声のまま栞さんが言いました。同じようなことを自分も思ったところだったので、なんとなく笑ってしまいそうになりました。
「毛布でも持ってきましょうか?」
 本当に眠るつもりがあるわけではないんでしょうけど、一応はこの部屋の主ということでそう尋ねてみました。
「あ、いや……」
 眠るつもりがあるわけではないということで案の定、栞さんは少し驚いたような顔。
 しかしその直後、
「ああ、そうだね。お願いします」
 断られそうだった態度が一変、お願いされてしまいました。はて、何か思い付くことでもありましたでしょうか?


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