(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第二十一章 万能の過去とお客の現在 五

2009-01-03 20:49:06 | 新転地はお化け屋敷
「失礼だなんてそんな、全然大丈夫ですよ。仕方ないですし」
「仕方ない事だから構わない、だそうです」
「そ、そう」
 手をぱたぱたと振って否定する栞さんですが、僕に伝えられるのは言葉までです。自分の言葉でもないのにジェスチャーまで真似てしまうと、それはちょっと馬鹿みたいな事になってしまいそうなんで。
 と言って、ここで通訳の真似事を続けていたってしょうがない。
「それじゃあ家守さん――えー、ここの管理人兼霊能者な人、呼んできますね。多分、他のみんなも」
「あ、兄ちゃん、俺も行くわ。俺が持ち込んだ話だしな」
 そう来るなら断る理由はありませんが、しかしそうなるとここに残るのは……
「あ、あの、あの、あたしは」
 座っていた体勢から膝立ちにさえなりつつ、何かを訴え掛けようとして言葉が繋がらない異原さん。いきなり幽霊と二人きりというのは、さすがにこうなっても文句は言えない。当然、まだちゃんと信用してるわけじゃないだろうけど。
「孝一くん、紙とペン貸してくれる? 筆談でちょっと頑張ってみるよ」
「あ、はい。お願いします」
「え? え? え?」
「ああいえ、今彼女のほうからちょっと提案があって……」
「つーかお前も一緒に来りゃいいんじゃねえか?」
 それは今言わないでくださいよ口宮さん。
「あの、彼女のほうが筆談で頑張ってみるとの事なので、できたら異原さんにはここに残って頂けたらなあ、と」
「筆談? ……幽霊って、そういう事ができちまうもんなのか?」
「はい。意識すればものをすり抜ける事もできるんですけど、普段は僕達と何も違いませんよ。人によって見えなかったりは、しますけど」
 と言うか見えない人のほうが圧倒的に多いんだけど、それはまあ。
「あ、そうそう。筆談って言っても書くのは彼女の側だけでいいですよ? 異原さんは普通に声で返事してもらって大丈夫です」
 という事で、異原さんと栞さんを残して101号室へ出発です。ガッチガチの正座になっちゃってる異原さんが心配そうな口宮さんでしたが、栞さんならまあ大丈夫だろう、とあんまり根拠もなく思い込む事にします。

「筆談って言われても……あっ、か、紙が消えた!? シャーペンも!」
 こんにちは。私は喜坂栞といいます。異原さんの事は少し前から知っていました。ごめんなさい、今まで黙ってて。
「ま、また出てきた。き……さか、しおしおりさん? で、いいいいのかしら? ああああの、少し前って、いつからですか?」
 三角公園で孝一くんが口宮さんに追いかけられた時からです。あの時口宮さんに足をひっかけて転ばせたのは実は私なんです。ごめんなさい、急だったから怖かったんです。名前はきさかしおりで大丈夫です。
「あ、いえ、こっちこそごめんなさい。あんな馬鹿をけしかけたりしちゃって……。見た目なんか不良まんまだし、そりゃ怖いですよね」
 見た目なんかはって事は中身はそうでもないんですか?
「いや、そういう意味じゃなくて。――ああいえ、見た目は不良だけど中身は単なる馬鹿って言うか」
 良い人ですよね、口宮さん。
「……そりゃ、嫌なだけのやつだったら普段会ったりしないですけど……。って、喜坂さん、あたしに何言わせようとしてます? ああ、あたしいきなり馴染んじゃってるし。不思議体験真っ只中なのに」
「これであっさり信じてもらえるのも『口宮さんが先に信じてたから』なんだろうなあ、やっぱり」
 ここに来る前に口宮さんから幽霊の話をされたと思いますけど、その時どう思いましたか?
「また馬鹿言ってるわねー、とか。でもそれだったらここに来てないだろうし、それにあいつ、凄い真剣だったし。……半分くらいは信じてたのかな、それだけで。あんまり認めたくないですけど。――あっ! え、あの、喜坂さんって女の人ですよね!?」
 はい、そうですけど? 孝一くんの彼女なんですし。
「そうですよね。よよよ、良かった……男の人だったらえらいこっちゃだわこんな話……」

 チャイムを鳴らして少々待ち、ドアが開いて家守さんの姿が現れた途端、口宮さんは頭を下げた。その姿勢は固く、口では「宜しくお願いします」と言っていたけど、もしかしたらナタリーさんの件についてのお辞儀も、含められていたのかもしれない。
「お任せください。大丈夫、こっちの手順としてはそう難しい話でもないから」
 こっちの手順としては。つまり、家守さんが請け負う以外のところは難しいという事だろうか? じゃあその「それ以外」というのは、やっぱり。
「具体的には、どうするんですか?」
「二つ考えてるんだけどね、解決方法。それは本人と話をして決めるよ。……一応、今聞いとく?」
「お願いします」
 解決方法が二つある、と家守さんは言う。でもそのどちらにしたところで、家守さん側の解決を迎えた後は、大なり小なり口宮さんの出番という事になるんだろう。家守さんも恐らくは口宮さんに任せるんだと思う。仕事を投げるだとか、そういう意味でなく。

「あ、お帰りなさい……って、ちょっとちょっと何人呼んできたの!? 凄いわよ今!」
「ここに住んでる全員です。どうでしたか、筆談のほうは?」
「それはまあ、親しみを持てたと言うかだけど……なんで、犬まで」
「ワウ」
 というわけで、お昼時のあの時と同じメンバーが再び。ちなみにお客さんからの疑問点まで同じ。このジョンくんと仲の好い犬の幽霊さんもいるからですよ、という回答も、また同じ。取っ掛かりを提供してくれてありがとう、ジョン。
「またですか。犬が一緒にいて何が悪いのでしょうね? 失礼しちゃいますわ」
「ワウゥ」
「……そういうものですか? ジョンさんがそう仰るなら、まあ……」
 何を言ったんだろう、ジョン。でもそれはいいとして、本題です。
 お昼時と同じように家守さんと高次さんが異原さんと口宮さんに向かい合い、僕達はその後ろへ。親しみを持てたと言っていた通りに落ち着いた様子の異原さん(と言っても部屋に入った瞬間だけでしたけどね、霊感のおかげで)だったけど、こうしてこちらが改まった姿勢を見せると、やや表情が固くなるのでした。
「まずは、初めまして。ここの管理人兼霊能者です」
「こっちも初めまして。同じく霊能者で、この女性の旦那でもある者です」
「始めまして。異原といいます。それで、あの」
 こんな状況ゆえに話し始めると止まらないのか、簡潔な自己紹介が住んだ途端、矢継ぎ早に何かを尋ねようとする異原さん。しかし、
「えーと、その……」
 質問内容までは考えていなかったらしい。気持ちは大いに分かるけど、ただ見ている分には頬が緩んでしまいそうな光景だ。堪えるけど。
「はっは。まあまあ、一旦落ち着こう異原さん」
 堪えるどころか笑い飛ばした高次さん、両手を下向きにぱたぱた振って、ジェスチャー交じりの「どうどう」。まあ、相手が慌てたまま本題に入っても仕方ないですしね。
「幽霊はそんなに怖がるような人達じゃない――ってのは、筆談してたらしい相手が相手だし、分かってもらえたのかな?」
「それはもう、はい」
 落ち着いてもらうための話、という事なのだろう。部屋に踏み込んですぐに僕がしたのと同じような質問を、ここで再度持ってくる高次さん。「他のみんなも同じくらい良い人達だよ」という家守さんのもう一押しもあって、すんなりと落ち着いた様子になる異原さんなのでした。そして横目にそれを確認した口宮さんは、
「ありがとうございました。えーと……日向くんの、彼女さん」
 僕を日向くんと呼ぶのに抵抗があったのか、それとも栞さんの名前を知らない事に戸惑ったのかは分からないけど、たどたどしくもお礼を言いつつ、頭を下げるのでした。それに対して栞さんが「どういたしまし……」と頭を下げかけたその時、
「あ、あんた名前聞いてないの知らなかったの? 喜坂さんよ、喜坂栞さん」
「ああ、じゃあ、ありがとうございました喜坂さん」
「あたしからも、ありがとうございました」
 という事で、再び頭が下げられる。ううむ、口宮さんが頭を下げたのって今日で何回目になるんだろうか。
「どういたしまして。そんな、お礼を言われるほどの事じゃないですけどね」
「お礼を言われるほどの事じゃないけどどういたしまして、だそうです」
 わざとらしく栞さんのほうを向いたりしつつ、通訳を。なんせ僕の彼女さんだなんて呼ばれ方をされたとあっちゃ、僕が合いの手を入れる他ないでしょう。多分。ちなみに僕からも「ありがとうございます」と栞さんに頭を下げておいて。
「アタシ等がここに入ってきた時、『何人連れてきたの』って驚いてましたよね? じゃあ、もうそれの原因が幽霊だっていうのは、信じてもらえてるのかな?」
 僕はさらっと聞き流しちゃったけど、そういえばそう言ってたっけ。なんて事を家守から尋ねられた異原さんは、大きくこっくりと頷いた。
「どう考えてももう、それしかないみたいですし。いろんな条件的に」
 と言いながらちらりと口宮さんのほうを窺ったのは――それも条件の一つ、という事なんだろうか。それも、異原さんの中では一番重要な。
「そっか。ならこっちとしても、話が早くて助かるよ」
 話が早いという事は、ここからはとうとう本題なのだろう。異原さんと口宮さんはもちろん、何とはなしに僕までも、姿勢を正してしまうのでした。
「まずアタシは口宮さんに、異原さんの霊感を――霊感って呼んでるんだけどね、異原さんがお困りのそれ。それを何とかしてやって欲しいって頼まれてるんだけど、異原さん自身として、そのつもりはある?」
「え、えーと……」
「もちろん今となってはその正体も分かってるんだし、折り合いを付けられるのならそのままでもいいかな、とアタシは思ってるのね。まずはそこから、異原さんの意見を聞かせてもらって」
 解決に当たっては二通りの方法を考えている、と家守さんは言っていた。でもその前に、「解決するか否か」を決めなくてはいけない。言われてみればその通りだけど、言われるまで思いもしなかった身としては、まさに足元を掬われる思いだった。異原さん本人も似たような感じらしく小さな身じろぎさえし、口宮さんもぴくりとだけ、体を揺すって。
 そしてそこから異原さんの返事までには、少々の時間を要しました。
「……何とかして頂くとしたらどうなるのか、先に訊いてもいいですか?」
「うん、大丈夫だよ。不安だもんね、やっぱり。今のところは二つ考えてるんだけど――」
 僕と口宮さんが聞いた、二つの方法。それがようやく、それを受ける本人へ説明される。
「一つは、異原さんの霊感を消しちゃう事。幽霊が近付いても何も感じなくなるようにするのね。もう一つは、異原さんが幽霊を見られるようにする事。見えてしまえば、何もないところでいきなり霊感が働いてびっくりするような事も、なくなるだろうしね」
 家守さんのその説明が終わる前から、特には二つ目の方法を言い切った辺りで、異原さんの顔に驚きが浮かび上がった。普段から快活そうに開かれているまぶたを更に見開き、家守さんから目を離そうとしない――と言うよりは目を離せないのか、目はもちろんその体全体、ぴくりとも動かさないのでした。ただ一つ、中途半端に開いている口以外には。
「そ……そんな事、できるんですか? あたしが、幽霊を見れるようになるって」
 口だけが動いている、としか表現しようのない人形のような動作の異原さん。しかし対する家守さんはこれまでと変わらず、微笑みを絶やさない。
「そんな事ができるって言うより、それくらいしかできないんだけどね、幽霊じゃない人には。幽霊さんの悩みだったら大概は何とかしてあげられるんだけど」
「でもあの、それって大変な事なんじゃ」
「うん、すっごい大変な事だよ。なんたって見える世界が変わっちゃうんだし」
 それは、言っておかなければならない事なんだろう。だけど恐らく異原さんにとっては殆ど脅し文句のようにしか聞こえていなくて――もちろん、嫌なのならその方法を避ければいいだけの話といえばそうなんだけど、実際にはなかなかそう上手く割り切れないだろうし。
 するとここで目に見えて肩を縮こまらせてしまった異原さんへ、高次さんから声が掛かった。
「――でもまあ、見えないのは人間だけなんだけどね。どんな動物にも見える筈なのに、人間だけは鈍感らしくてさ。だからこっちはそれを引っ張り出すだけ。見えるようになる要素とか可能性だけだったら、どんな人にもあるんだよ」
 口宮さんといっしょに家守さんを呼びに行った時、二つの方法に加えて、その話も一緒に聞いていた。それについて口宮さんは「人間以外は見えるんですか」と驚いていたけど、それについては初めから知っていた僕としてはまた違って、「どんな人にも見える可能性があるならみんなが見えたらいいのに」と思ってしまう。――だって、「人間だけは」なんて言われてしまうと、どうしても。
「なんて話が気休めになるかどうかは分からないけど」
 僕の回想はいいとして、高次さんの話が続く。
「俺もこっちも、結論を急かすつもりはないからね? ゆっくり考えてくれて構わないし、口宮くんと相談してもらったって全然大丈夫。もちろんここですぐ決めてもらってもいいけど……まあ結局、異原さんが納得してくれる方法をって事だね」
 僕の思うところなんてこの話には関係がなく、異原さんがどの結論を望むかだけが焦点だ。それは重々分かってる。――でも、できる事なら。みんなが見えたらいいのに、なんて考えてしまう僕としては、異原さんに期待したい結論がある。
「相談……」
 異原さんが呟く。そして、口宮さんを見る。口宮さんも、異原さんを見ていた。
 だけど心もとなさそうな異原さんに対して、口宮さんは困った表情をみせていた。
「いやでも俺、んな事で相談って言われても、碌な対応できそうにねえっつうか」
 誰から聞いても便りない返事。だけど異原さん、そこで何を思ったのか、ふっと口の端を持ち上げる。
「そうね、あんたからはもう十分。自分一人で決めるわよ自分の事くらい」
 手が出ない程度の言い合いの時と同じような口調でそう言い、そして霊能者二人に向き直る。
「幽霊を見られるようにしてください」
 急かされてもいない結論が出るのは、急かすまでもなく早かった。
 ……ここで僕が喜ぶのは、筋違いというものなんだろう。


「今回はみんなを呼んだ意味、ありましたね。ちょっとだけですけど」
「しかも本命の用事が済んだ後の話だしね。まあ、嬉しかったけど」
 全てが済んで、一段落。みんながそれぞれの場所に戻った後も204号室に残ってくれている栞さんと、ついさっきまでの事を語り合ってみたり。
 どうして異原さんがあの結論を出したのかは、分からず仕舞いでした。一応家守さんから「理由を訊いてもいいかな?」と質問はされていたものの、「秘密、という事じゃ駄目ですか?」と返し、そしてそれ以降の追及は全くされないまま、幽霊を見られるようにされた異原さんなのでした。家守さん、それに高次さんからすれば、理由がありさえすればその内容は問わない、という事なんだろう。
「……栞って、大きいほうなんだねー」
「まあ、女の人で百七十近ければそこそこだとは……」
 幽霊が見えるようになった異原さん。その場に突然現れた幽霊さん方と挨拶を交わし、筆談の相手であった「喜坂さん」が誰の事なのかを把握すると、「身長、高そうですね」と一言。それに対しての栞さんのリアクションは、何を言われているのか分からないといったふうに目をぱちぱちさせる、というものなのでした。
 高そう、というのは座ったままの会話だったからで、実際に立ち上がって異原さんと並んだ栞さんは、確かに異原さんより頭の頂点が高いのでした。あの感じだと異原さん、百六十の前半ってところだろうか?
「僕が百七十ぴったりで、それと殆ど同じですからねえ」
「でも自分の身長が高いほうだなんて、全然思った事なかったよ。楓さんも同じくらいだし、成美ちゃんなんてもっと高くなるし」
「まあまあ、悪い事じゃないんですから。それに今時は、女の人でだってそれくらいは珍しくないですし」
 実際、大学内でも僕と同程度――下手をすれば僕より大きい女性も、ちらほら見掛けますし。それに身長が近いとキスがしやすい――いや、これはまあ、他の女性と経験がないもんではっきりとは言い切れませんけど。
「そう? ならいいんだけどね。……でも、口宮さんも一緒に見えるようになっても良かったと思うんだけどなあ」
「僕もそう思いますけど、そういう話が出てこなかったって事は、本人が別に望んでないって事でしょうしね」
 と自分で言った通り、半分はしゃぐようにして幽霊さん達と会話をする異原さんの後ろでは、当然口宮さんが置いてけぼり状態なのでした。ただ、嫌そうな顔はしていませんでしたが。
 穏やかだったあの時の表情を思い返す限りは多分、異原さんのそれだけで満足してしまって、自分がどうとかなんて考える暇はなかったんだろうな、と。あのプリンみたいな頭で穏やかな顔っていうのも結構、印象的ではありましたけど。
「まあ、そうなんだろうけどね。それで、二人で一緒に帰ってたよね? どんな話してるんだろう、今」
「そう言えば二人の仲がどうなのか、聞きそびれたままでしたねえ」
「……それって今、そういう話になってるかもって意味?」
 その通り。

「まあ、良かったな。これからはギャーギャー騒がなくて済むわけだ」
「あらあら、冷たいわねえ。本人に相談もなく心配してくれたのはあんたでしょうに」
「毎度毎度付き合わされるほうの身にもなれってんだよ。俺だけじゃなしに」
「ああ、静音と哲郎くんの事? それはまあ、悪いと思ってるわよ。今度会ったら謝らないとだわね」
「それ、俺には悪いと思ってねえって事か?」
「どうかしらね。ただ、思うにしろ思わないにしろ謝るより前にする事があるわね、やっぱり」
「あ? なんだよ、する事って」
「ありがとう、助けてくれて」
「…………別に、助けたってほどのこっちゃねえだろ。兄ちゃんに相談したらたまたまああなったってだけの話だろが」
「あっそう。あんたがそう出るならこっちだってこれ以上は何も言わないわよお断りだわよ。普段は『俺に感謝しろ』とか、禄でもない事しかしてないのに言ってくるくせして」
「けっ。で、悪いと思ってるか思ってねえかって話はどうなったんだよ」
「……もちろん、悪いと思ってるわよ。今まで、ごめんなさい」
「……けっ」
「どっちにしろ良い顔はしてくれないのね、あんた。昨日だってそういう顔……疲れたような顔しか、してくれなかった」
「あれは違う!」

「そう言えば、二人の仲の話もそうですけど、どうして急に異原さんの霊感を解決しようって事になったのかも、よく分からないままでしたね」
「そうだねー。でも今日解決したんだし、大学で会った時にでも訊いてみたら?」
「いやいや栞さん、今度からは栞さんが訊いてもいいんですよ?」
「あ、そうだったね。あはは」
 それだけの変化と言えば、それだけの変化ではある。だけど大きな変化と言えば、大きな変化だとも言えた。実際の意味としては「栞さんに知り合いが少々増えた」というのと変わらないんだけど……実際の意味以外のところで、見える人が増えたというのは嬉しかった。別に幽霊の話ばかりをするようになるわけでもなし、異原さんと口宮さんへの接し方が一変するという事でもないのに、それでも。
 そこでふと、栞さんの表情が曇る。
「でも、訊いていい話なのかな?」
「それはまあ、こっちは何も知らないんですし、反応を見てからの判断でも怒られはしないでしょう」
「知らなかったんですごめんなさい、で逃げるつもりだね?」
 卑怯な言い分なのは重々承知ですよ、もちろん。

「きゅ、急に大声出さないでよこんな道端で! ――何よ、何も違わないでしょ合ってるでしょ? だってあんた、実際にそんな顔で」
「違うっつってんだろ。……アホらしかったんだよ、すぐに返事できなかった自分が」
「あら、返事が決まってたみたいな言い分じゃないの」
「決まってたよ。決まってたのに言えなかったってのがアホらしいっつってんだよ」
「……どうしたらいいのかしらね、あたし。尋ねてみるべきなのかしら? こんな空気でも」
「俺は」
「あたしね? 昨日も言った事だけど、やっぱりまだ好きなのよ、あんたの事。今日だって、管理人さんにあたしがどうしたいかって訊かれた時、気が付いたら握ってた。あんたの手。無意識にあんたに頼ってたし、意識が追い付いてからも、頼ってたかった。だからね、握り返してくれたの、すっごく嬉しかったのよ?」
「……俺は」
「それだけで充分だったから、そのうえあんたに相談までするなんて、みっともなくて嫌だった。あたしを心配してくれてたってだけで満足だったのよ。だからそれより後は、あたしだけの話。あたし自身の事くらいはあたし一人で決めたかったのよ」
「…………俺は……」
「上手くはいかなかったけど、前に付き合ってた時、あんたがあたしのどういうところを好きでいてくれてたのかくらいは分かってるつもり。だからあたしは、そういうあたしで居続けたかった。霊感を消すんじゃなくて受け入れて、強気なあたしでいたかった。あんたの事が好きだから、あんたにあたしを好きでいて欲しかったのよ」
「……俺は、お前の事が好きだ」

「明日って火曜日だよね。午前だけだったと思うけど……大学で異原さん達に会うっけ?」
「えーと、一限で異原さんと音無さんが同じ部屋ですね確か。日永くんと一緒なんで、ちょっと離れて座っちゃってますけど」
「ああ、そっかそっか。異原さん達に初めて会ったのも火曜日だったね」
 チャイムを一つ勘違いして騒いじゃった日永くんを同室だった異原さんが見付けて笑い、その後再びすれ違った時に異原さんの霊感が栞さんに反応して、というのがその日の流れ。懐かしい気もするけど、まだあれから二週間にしかならないんだなあ、なんて。
 それはそれとして、ふむ。グループが違う知り合いと付き合ってればままありそうな事ではあるけど――日永くんと異原さん達、引き合わせてみようかな? 特に問題はないだろうし、それに何より面白そうだし。
「ねえ、日永さんと異原さん、会ってもらってみない?」
 おや、栞さんもやっぱりそういう判断に行き着きますか。そうですよねえ、やっぱり。
「日永さんも幽霊が見えるんだし、そういう知り合いが増えるのはいい事だと思うの。やっぱり異原さん、不安なところだってあるだろうし」
「……すいませんでした」
「え、何が?」
 面白そうとかじゃなくてねえ、僕よ。


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