(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十二章 ちぐはぐ逃避劇 五

2008-03-12 21:05:51 | 新転地はお化け屋敷
「……あれ?」
「誰も……? 部屋は、合ってるしな……」
 開き切って音を立ててしまわないように気をつけながらも自分が通れる程度にスライドさせたドアの奥には、期待に反して誰もいませんでした。教室の番号を示す札を確認した成美さんも、首を傾げるばかり。
 はてさてこれはどういう事なのでしょう? ――と廊下に突っ立ったままうんうん唸ってばかりいるわけにも行かないので、
「まあ、とにかく入ろうか」
「ですね」
 がらんとした寂しい教室内へ、足を踏み入れる事にしました。
 開けた時と同じようにそろりそろりとドアを閉め、「もしかしたら机の陰にでも隠れてるんじゃないだろうか」とか「もしそれが明くん達じゃなくて鬼だったりしたら一大事だなあ」とか思いながら若干及び腰で部屋の隅へ。
 すると、机の陰やら教卓の陰やら目の届かなさそうな所にばかり気をとられていたせいか、ここで初めてあることに気がついた。
「窓、開いてますね」
「本当だな。という事は」
 成美さんの言葉を最後まで待たずとも、何が起こったかは簡単に推理できた。まあ、言うんですけどね。
「鬼がここに来てまた逃げた、という事か」
 二組とも上手く逃げてたらいいんだけど。作戦通りにバラバラに逃げただろうし、鬼はどっちを追っていったんだろう?


「やあ、助かった助かった。とろい鬼で良かったの、音無」
「ですね……わたし達と日永さん達、どっちを追うかで悩んでたみたいですし……」
「どっちでも同じじゃろうに、何をあそこまであたふたしとったんじゃろうな?」
「さあ……?」
「なんとなく、分かる気がします」
「ん? じゃあありゃどういう事だったんじゃ? 日永君」
「さっきの鬼の人、俺達の知り合いでして。だから多分、そこのところで悩んでたんじゃないかなーと」
「あ……そうだったんですか……」
「明さんの高校時代の先輩さんなんですよー。わたしは同じ学校の生徒ではなかったんですけどね」
「え……? あ、あの……初対面でこういう事を訊くのも変かもしれませんけど……」
「なんでしょうか?」
「岩白さん……は、どこで日永さんとお知り合いに……?」
「わたし、実家が神社なんです。ご存じないですか? 岩白神社」
「あ……知ってます……近くの……」
「はい。――あれはもう三年前になりますねえ。それまで天気が良かったのに急に土砂降りになっちゃったんで、明さんが雨宿りに神社へやってきたんです。それで、ずっと前からお腹が空いてたわたしは」
「セン、ストップ。頼むからいい加減TPOをわきまえてくれ」
「そうじゃの。確かに談笑しとる場合じゃないし」
「ああいや、そういう意味じゃ――いや、やっぱそれでいいです」
「お腹が空いてた……? って、何なんでしょうか……?」
「明さんからストップ掛けられちゃったんで、とっても残念ですけどここまでです。ごめんなさい、鈴音さん」
「は、はあ……」
「ところで明さん、今もちょっとお腹が空き気味なんですけど」
「もうちょっと我慢しろ。終わったら売店行くから」
「はいっ」


「あーあ、どっちも逃がしちゃった。あたし、ケーキ食べたかったんだけどなぁ」
「あうぅ……だって瑠奈さん、日永はともかくセンさんを捕まえるのは気が引けるし、だからってもう一方のほうはなんかドえらく強そうなお兄さんだったし……」
「随分とへたれちゃってるわねえ。変なタイミングでトイレに行ったりしなけりゃ、あのムキムキ男がいるって前もって把握してられたのに」
「把握しててもどうですかねえ。俺は石橋を叩いた挙句に回避する所存ですから」
「威張るな馬鹿」
「ぬぐ。……もし最後まで駄目だったとしても、ケーキくらいなら買ってあげますってば」
「買うのはあたしの分だけじゃないわよ? 一人で食べたってつまんないもの」
「はいはい。是非ご一緒させていただきますよ、俺の金で」
「当然ね」


 誰もいなかった1113号室で僕と成美さんは考える。これから一体どうしようか、と。
「この場合、あいつらはまた1101号室に向かう事になるのか?」
「そう……なるんですかね。見つかったらもう一方の部屋に行くって話でしたし」
「ここから1101号室に真っ直ぐ戻る場合、距離はどれくらいになる?」
「あ、すぐそこです。玄関から右に行くか左に行くかの違いだけですから」
「だよな。よし、では決まりだ」
「ですね」
 口に出して話し合ってみればトントン拍子に思考は進み、あっと言う間に結論が。
 いやあ、仲間って素晴らしいものですね。一人で考えてたら悶々とするばかりで、なかなか答えが出そうになかったんですが。
 だってもしかしたら明くん達は僕達が帰ってくると思って1101号室に戻るかもしれないし、でももしかしたら打ち合わせ通りにここへ向かってくるかもしれないし。
 どっちだか分からないならどっちにしても同じ事で、だったらさっさと意見を纏めたほうが精神的にも楽になる。たとえその結論が合ってようと合ってまいと。
 ――という事で、決めたからには行きましょう1101号室。
「いるか?」
「大丈夫そうです」
 念の為に確認した窓の向こう側に、鬼の姿はなし。いくら窓の鍵を掛ければ見つかっても平気とは言え、やっぱり見つかる事自体を避けたほうが懸命だしね。
 で、窓側の安全を確認したら今度は無駄に姿勢を低くしながら小走りで廊下側へ。今度は成美さんがこっそりとドアを開き、ちょこんと耳の先っちょが飛び出したニット帽を先頭に、その隙間から頭を突き出させた。
「どうですか?」
「……こっちも大丈夫そうだな」
 それは好都合。
 もしかしたら、鬼に追われて一度散ったおかげで鬼のほうもばらけていたりするのかもしれない。それに一号館の一階以外の場所にいる鬼は全て会う事がないというのを考えると、案外鬼に遭遇する確率は低いのかもしれない。
 ……まあ、どのみち用心しなければならないのには変わりないんですけどね。もうずっとこんな事ばっかり考えてる気もしますが。
「では、行くぞ。この廊下を真っ直ぐだな?」
「はい。反対側の突き当りですけど、言う程距離はない筈です」
 いざ進み始めたら長く感じるんでしょうけどね。
 と思ったらその通り……いや、若干違うかな? 長く感じるんじゃなくて、実際に長い時間が掛かったのでした。どうしてかと言うと、
「成美さん、外に鬼です。伏せていきましょう」
「む。分かった」
 廊下の窓の向こうに赤い腕章が見えたので、窓の高さより低く身を屈めて進まなければならなかったのです。腰痛めそうですね。起き上がったとき、実際ちょっと痛かったし。
 それが済んだらあとは目的の教室へ一目散、かつ足音を立てないようヒョコヒョコした走り方で、何とか無事1101号室に到着。
「……で、今度も誰もいないか」
「まだ逃げてる最中なのかもしれませんね。鬼に追われなかったほうだって、他の鬼に見つかっちゃうかもしれませんし」
「そうだな。暫らく待ってみるか」
 またしても部屋の隅に座り込み、がらんとした部屋に二人きり。
 ……「二人きり」という単語を思い描いてしまうとなんだか落ち着けなかったので、何かしようとまた窓の外を確認。鬼はいない。
「あ」
 がしかし。
「どうした? 鬼がいたか?」
「いえ、さっきの部屋で窓を閉めるの忘れてました」
 窓が開いているという事は人の出入りがあったという事で、鬼から目をつけられてしまうのでは?
 ――なんて思ったけど、それを聞いた成美さんは安堵の溜息。
「な、なんだそんな事か。……それは問題無いだろう。どうせ誰もいなかったんだし」
「ですよね」


「おや、日向君達はまだ戻ってないみたいじゃの」
「……戻ってきたけど、わたし達がいなかったからまた1101号室に戻った……という事はないでしょうか……? もう、随分経ってますし……」
「でも、窓開いてますよ? ここに一回でも戻ってきたんなら窓閉めるんじゃないですか? 危ないですし」
「お。センのくせに鋭いな」
「えへへ、たまには頑張らないと」
「という事じゃ音無。闇雲に歩き回るよりここでじっとしといたほうが懸命じゃろ?」
「そう……ですね……って、ん? 足音が……」
「なんじゃ、帰ってきたばかりだと言うのにもう退散かの?」


「うぅーん、やっと着いたね1113号室」
「なあ喜坂ぁ、ここって前いた部屋からすぐ傍だゼ? あんだけうろついたのは何だったんだ?」
「それを言われるとちょっと……」
「しかも足音立てねーようにな。あー無駄に疲れた。それもこれも、後ろからぴったりついて来るコイツ等のせいだ」
「HAHAHA! 俺様はリュックMODEだったから楽チンだったけどな!」
「……おい、入らねーのか? この部屋なんだろ?」
「ううん、今この場で止まってるわ。二号館に行ってうろついて、そのまま一号館に戻ってきて……何なのかしらねえ本当に」
「もう何でもいいから入ろーぜ。椅子だ椅子。足がダリい」
「疲れたんじゃなくて飽きただけでしょ面倒になっただけでしょ。どこの大学生が大学内うろついただけでバテるってのよ」
「ここの俺」
「黙りなさい。……あ、中に入った。ほら行くわよ」
「中に入ったって、ドア開いてねーのにお前」
「だから知らないってば」


 誰もいない状況が、五分ほど続いただろうか? こうなり始めた時間を見ていなかったから大体の想像でしかないけど、多分そんなところだろう。この調子で鬼の皆さん方には見当違いの場所を探し続けて欲しいものですねぇ。
 ちなみに現在、僕の携帯電話のデジタル時計は十一時二十分を示している。つまり、残りゲーム時間は四十分。これを今までの倍の時間が残っていると考えるか全体の三分の一が経過したと考えるかで、印象は大分変わってくる。で、僕としては後者のほうが心休まるのですが、
「誰も来ないな」
「そうですね」
 時間についての問題を前向きに捉えたところで、こちらの問題は旧態依然。成美さんと二人っきりの状況は何一つ変化がないままです。
 ――ああ、これが成美さんとじゃなくて栞さんとだったら結構嬉しいシチュエーションなんでしょうが……と考えるのは成美さんに失礼かな? いやでも、この状況を嬉しがってもそれはそれで感じ悪そうだし。
「なあ日向」
「あっ、はい?」
 そんな事を考えていたもんで、不意に声を掛けられると多少ながら声を跳ねさせてしまう。そんな筈はないんだけど、「もしかして考えを読まれちゃったり?」とかね。
 ……そんな被害妄想は現実にならないと信じておきまして、何でしょうか? 成美さん。
「あの、だな」
 怒っていないという事は、この不安は杞憂で済んだようです。が、それ以外に問題があるらしく、何やらためらいがちな成美さん。
「その……お前は、喜坂と手を繋いだ事はあるのか?」
「へ?」
 言い辛そうにしていた理由が、分かった気がしました。
 それにしても唐突――いや、やっぱり手を引いたり引かれたりしたのが関係してるんだろうか? してるんだろうな。
「ええ、ありますけど」
「そうか。わたしはまだ無い」
 その返答には「誰と」という情報が抜けてるけど、尋ねるまでもない。同じ目的語の省略だから栞さん――ではもちろんなく、成美さんにとっての「僕から見た栞さんの立場の人物」、つまり怒橋大吾その人です。どう考えても。
「どんな感じなのだ? その――異性として好きな者と、手を繋ぐというのは」
「どうって……うーん、嬉しいと言うか幸せと言うか」
 いろいろとそれを表す言葉は浮かぶものの、ぴったりと当て嵌まるような言葉がなかなか思いつかない。今言った嬉しいってのはやや外れてるような気もするし、幸せっていうのなら方向的には合ってるんだけどちょっと大袈裟な感じもするし。
 あれ、でも待てよ?
「成美さんなんて、手を繋ぐどころかおんぶされてるじゃないですか。そっちのほうがよっぽど大胆な気がするんですけど」
 手の平と手の平を重ねるどころか、全身を丸ごとその背中に預けてるわけですから。そんな手を繋ぐ程度の質問で恥ずかしがります? 今更。
 すると成美さん、視線を床に落としてぼそぼそと。
「あれはそういう意味での行為ではないからな。……その、手を繋ぐのはいかにも恋人同士という感じだし」
 そりゃまあ、そうだから手を繋ぐんですけどね。少なくとも僕と栞さんは。
「急に妙な話をしてすまないな。さっきお前と手を繋いで、それだけで慌ててしまったから、『いざあいつと』となるともうどうなってしまうのかと思って」
「意外と平気だったりするかもしれませんよ? さっきみたいにいきなりじゃなくて、繋ぎたいから繋ぐんですし」
 自分がそれを体験した事から、ちょっと得意げになってみる。すると成美さんはくいっと顔を上げ、「そうか、そうかもな」と微笑む。もし僕と成美さんにそれぞれのパートナーがいないとするならば恋心を抱いてもおかしくはなさそうな素敵な笑みでありますが、それはそれ。現実にはもちろん、それぞれが選んだそれぞれの恋人がいるわけです。だからこそ今こんな話題になってるんですよね。
 それはともかく成美さん、何故だか再び視線を床へ。ただし、笑顔はそのままで。
「今度、少し仕掛けてみよう」
 床と視線の間へ右の手の平を差し込み、それをじっと見詰めながら微笑み続ける成美さん。
 ――僕が勢いに任せて引っ張ったその白い手は、そんなに軽々しく手を伸ばしていい代物ではなかったらしい。
「頑張ってくださいね」
 それに加えて、心の中でごめんなさいと頭を下げておく。
「この話、誰にも言うなよ?」
「もちろん」


「なんじゃ、またお前達か驚かせおって。ま、とにかく入れ入れ」
「そうね。……というわけで、また会ったわね日向くんのお友達さん」
「は、はあ」
「またお会いましたねー」
「あれ……? でも、異原さん達には……逃げる先がこの部屋だって伝えてなかったような……?」
「ああ知らなかったな。こいつに付いて行ってウロウロウロウロしてる間に着いたのがここだっただけだっつの」
「あたしのせいみたいに言うんじゃないわよ。あんたが勝手に着いてきたんでしょ?」
「へえへえそうですね。今では激しく公開してますとも」
「むっかつくわねぇ……」
「まあまあ、落ち着け異原。こんな所で大声出す喧嘩にまで発展されちゃかなわんからの」
「分かってるわよ言われるまでもないわよそれくらいは」
「異原さんについて行ったって……じゃあ異原さんは、どうしてここに……?」
「いつものアレよ。ついて行ってたらここに着いたの。――ところで、日向くんともう一人、やけに綺麗なあのニット帽の女の人は?」
「いや、どうもまだ戻ってきておらんようじゃの。もしかしたら捕まってしまったのかもしれんな」
「あらそうなの。あの二人って、恋人同士だったりするのかしらね?」
『ぶほっ!』
「うおっ!」
「ひゃっ!」
「……どうしたの? 日永くんと岩白さんだっけ? あたし、変な事言ったかしら」
「あ、いえ、はい。えーと、孝一にはさっきの人とは別に彼女さんがいまして……」
「あら、そうなの」


「おいおい二人とも。驚いたのは分かるけどよ、そこまでベタなREACTIONするか?」
「あっ、ご、ごめんなさい岩白さんに日永さん。驚いちゃってつい……」
「あー、悪い、二人とも。……それにしても、反論しても聞こえやしねえのがすっげえ腹立たしいな。よりにもよってオレ等二人の前でんな話ってよぉ」
「ケケケケ。仕方ねえさ、あっちはこっちの事を知りようがねえんだしな」
「そうだよね、仕方ないよね」
「それより喜べよ大吾。『綺麗な女の人』だそうだゼ? どうよ、LOVERが褒められるっつうのは」
「どど、どうもこうもあるかってんだよ。前から言ってっけど、オレは別に見た目で成美の事を」
「あの、大吾くん? 多分それ以上は言わないほうが」
「……あっ。テッ、テメエこのリュック! 何言わせやがんだ!」
「HAAAHAHAHA! 突っ張るつもりがノロケちまったな大吾!」
「あ、あの、日永さんに岩白さん、聞かなかった事にしてあげてくださいね」


 さてさて。恐らくは大吾が一緒にいないという理由だけで成美さんの随分といじらしい一面を見られたわけなのですが、
「くそおっ! 今度はどうする!?」
「もうちょっと待ってください!」
 そんな可愛らしい成美さんにほややんとしている暇などないのでした。まあ簡単に言うと、また鬼さんが来ちゃったんですね。で、ばらけて逃げる仲間に会えずじまいという事は、僕達が確実に追いかけられてしまうというわけです。
 ――さて、今度はどこへ隠れてどう逃げたらいいだろう?
 成美さんも僕もべらぼうに足が速いわけじゃないから、一度どこかへ身を隠して鬼の視界から消えてしまわないとどうしようもない。それは、さっきトイレに逃げ込んだ時と同じだ。
 ただ、前回僕達を追ってきた鬼は三人。それに比べて今回は、なんと六人。倍ですよ倍。だもんで、トイレみたいな狭い所に誘い込もうとしても六人全員が素直に追ってきてくれるかどうか。
 鬼は複数で僕達を追ってくるけど、鬼同士が仲間なわけではない。つまり、自分以外の鬼を押し退けてでも自分が逃げる側を捕まえたい筈。となれば、狭いトイレに全員で飛び込んでぎゅうぎゅう詰めになるよりは一人で別行動を、と考えるんじゃないだろうか? そして、窓から出てくる僕達を待ち伏せに――
 これじゃ駄目だ。六人でも問題無く誘い込める、広い場所じゃないと。
「日向ー!」
 長々と状況判断をしていると、成美さんが焦りに満ちた声を張り上げる。
 そりゃそうだ。成美さんは大学内の事を全然知らないんだから。
「こっちです!」
 だから僕は、成美さんを導かなくてはならない。その手を引っ張ってでも。
 ああ、さっき謝ったばっかりなのになあ。


 ――で、それから約十分後。僕と成美さんは今回も無事に鬼の手から逃げ切ったわけですが、
「わたし達からすれば運が良かった、という事になるのだが、あれは少々気の毒だな」
「ですよね。……あれからどうなったんですかねぇ」
 ここへ来てもまだ無人な1101号室の隅っこで、僕達二人は思い返していた。

 あの時成美さんの手を引いた僕は、そのまま隣の二号館へ走り込んだ。目的はもちろん、その直前に考えた通りの広い部屋。何故二号館なのかと言うと、入ってすぐにある2101号室がその「広い部屋」にあたるからだ。
 2101号室は広い教室にありがちな、教壇に向けて下り坂になっている構造の部屋だ。一階だから当然、地面を掘り下げている事になる。手間暇掛かってますね。
 ……まあ手間暇はいいにしても、この構造は僕達にとって有利だと判断した。どうしてかと言うと、机の下に隠れた際に、その机よりも若干高い位置にある椅子が壁になって僕達を隠してくれるからだ。このおかげで、鬼からすれば机のほぼ真横まで回り込まないと人が隠れているかどうか確認できない。
 更に、部屋が広い以上机の数自体が相当多い。鬼はそれを全て見て回らなければならず、一方の僕達はどこへ逃げてもいい。そうして机から机へ動き回りながら、部屋の出口を目指す。ドアの音に気付いて鬼が振り返った時には、僕達は既にドアの向こう側だ。
 ――という作戦だったんだけど、実際には良い意味でそうはなりませんでした。
 部屋に逃げ込んだ僕達が机の下に隠れてみたところ、すぐ後ろを走っていた筈の鬼の皆さんが部屋の中に入ってこなかったのです。
 一瞬「部屋から出てくるのを入口の前で待つつもりなんだろうか?」とも思ったけど、そうでない事はすぐに分かりました。廊下側から複数の足音が鳴り響き、2101号室
の前を通過していったのです。
 足音が鬼の皆さんのものだという事は、その数からすぐに分かりました。そして、追う対象である僕達が部屋の中にいるのにそこから走り去る理由は、一つしかありません。別の追いかける対象を見つけたのです。
 成美さんもすぐその事に気付いたようで、「誰かが追われているな」と呟きました。もしかしたら、追う側の足音と追われる側の足音を聞き分けるくらいはやってのけていたのかもしれません。まあ、どっちでもいい事ですが。
「そうですね」と返した僕は、少し不安になりました。もしかしたら同森さんと音無さん、明くんと岩白さんが追われているのかもしれないと思ったのです。
「追われているのは誰だろうな?」
 やっぱり成美さんも同じ事を思ったようで、机の下から這い出て窓から顔を出しました。僕もそれに倣って成美さんの横に並ぶと、やや遠くて分かり辛かったのですが、追われているのは男性二人組のようでした。少なくとも、岩白さんのとんでもなく長くて端をリボンで結んだ後ろ髪や、音無さんの真っ黒姿は無かったと言えます。
「あの者達ではないようだな。良かった」
 追われているのが協力関係にある二つのグループでない事に、ほっと肩を落とす成美さん。そして、「と言うのは変か?」と自分が漏らした発言にくすりと笑みをこぼすのでした。
 僕は「それもそうですね」と同じく微笑んで返し、自分もほっとした事を暗に伝えつつ、成美さんに同意しました。

 で、周囲に誰もいなくなったのを確認して悠々と1101号室に戻り、現在に至る、というわけです。
「それにしても」
 その時も今もずっと傍にいる成美さんが不意に、かつ多少不満そうに声を上げる。
「鬼から逃げてはぐれたあっちの二組はいいとして、怒橋達はどこで何をしているんだ?」
「分かりませんねえ。……やっぱり、大吾が一緒のほうがいいですか?」
 僕達はゲーム中ずっと逃げ回る立場なんだから、みんながいないからって何も怒る程の事じゃあない。他の殆どの人から見えないとは言え、部外者と言えば部外者なんだしね。
「だ、誰もそんな事は言ってないだろう。怒橋『達』だ怒橋『達』」
 どもりながら、僅かに声を荒げる成美さん。その少しだけ吊り上がった目と、睨み合う。恐らく僕は、薄ら笑いの気味悪い表情をしている事だろう。
「……そりゃあ、全く無いとは言わないがな」
 暫らく睨み合うと、根負けした成美さんはこちらから顔を逸らしながら、そう力無く呟いた。
 よし勝った!
 ――なんて我ながら下らない勝利を味わっていると、逸らされた顔が再びこちらへ。
「わたしと怒橋の話は、そのままお前と喜坂の話に持ち込めるのだぞ? という事で」
 そこまで言って、成美さんはふっと息を吐いた。そうして一旦場に区切りを入れ、どんな話をしてくるのかと思えば。
「なら、お前はどうなのだ? 喜坂の彼氏である、日向孝一よ」
 まあ、おおよそそんなところだろうとは思いましたけどね。
「僕はそもそも栞さんにケーキをプレゼントするために今頑張ってるわけですからねえ。むしろ一緒にいないほうが、いざケーキを渡す時に喜んでもらえるんじゃないでしょうか?」
「むむう、楽しみは後に取っておくという事か」
「成美さんはどうするんですか? 寿司が欲しいんでしたよね?」
「ぬう……」
 成美さん、苦しげに呻き声を上げると、床に視線を落としてしまった。
 それもそうですよね。景品の中から何が欲しいって話になった時、大吾と小競り合いになって「もし取れてもお前にはやらんからな」みたいな事言ってましたもんね。


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