(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第十二章 ちぐはぐ逃避劇 四

2008-03-07 21:00:22 | 新転地はお化け屋敷
 鬼ごっこ開始の放送が流れてから、一分かそこら。
「どうですか?」
「五人ほどがこの建物に入ってきたな。ここに鬼が来るのも時間の問題だろう」
 窓からほんの少しだけ顔を出して外の様子を窺う成美さんは、僕の質問にそう答える。栞さんや大吾がその役をすればより安全なんだろうけど、それはいくらなんでも卑怯だろうという事で無しになった。具体的には、その役を買って出ようとした大吾が成美さんに足を踏まれて。……と言っても、合図程度の軽い踏みつけですけどね。
 今成美さんが見ている入口からすると、僕達のいる1101号室は一号館へ入って右に突き当たった位置の部屋。その間の廊下には何たら準備室やトイレといった、教室ではない小さな部屋が並ぶ。
 トイレはともかくとして、関係者以外立ち入り禁止っぽいそれらの部屋は鬼もスルーするだろう。僕達がそうしたみたいに。……という事は。
 まだ始まったばかりなのに、もう見つかるのか。はぁ、先が思いやられるなあ。
「上の階から探してくれると……嬉しいんですけどね……」
「来たのが一人ならともかく、それは望み薄じゃな」
 音無さんの一言に気休め程度の希望を見出し、同森さんの一言にそれが見事に砕かれ、そしてすぐそこまで接近したであろう鬼の人の足音に耳の全神経を集中。
 ……まあどの道、鬼の人が上から探し始めてもあんまり状況は変わらないんですけどね。いつ来るか分からないのは、どっちも同じなんですから。
 なんて自分のがっかり感を誤魔化していると、足音が途絶えた。まさか教室の前で足を止めるって事はないだろうから、上の階に行くか入口から左へ回ったらしい。
 ふう、いったんはこれで安心。
 ――教室内の空気が若干軽くなると、成美さんが訝るような声を上げた。
「なあ日向、鬼は全員赤い腕章を着けているんだったよな?」
「え? はい、そう言ってましたけど」
 ルール説明の時、同森さんのお兄さんから確かにそう聞いた。僕達が逃げるまでには着けてなかったから、逃げてる五分間の間に配ったりしたんだろう。
「今さっき入ってきたうちの二人ほど、着けてなかったような気がするのだが」
「あー、みんながみんな鬼ごっこに参加してるわけじゃないですからね」
 五人ほど入ってきてうち二人が鬼じゃないという事は、実際の鬼は三、四人。相手の人数が減るのは嬉しい事だ。もちろん「気がする」程度の信憑性だから、手放しで喜ぶことはできないけど。
 するとその時、廊下側から。
『あれ? 今、中から声したわよね聞こえたわよね?』
 なんですと!? ――って、なんだか聞き覚えのあるような喋り方だなあ。
「なあ孝一、やばいんじゃないのか?」
 ひそひそと、隣の明くんが耳打ちをしてくる。ドアの向こうからの声が届くのなら、もちろんこちらからの声も届くからだ。
 ――やばいっていうのは、その通り。もうあの喋り方だけでドアの向こうにいるのが誰だかは確定したようなものだけど、だからと言ってイコール安全には、なり得ない。異原さんが鬼だって可能性は充分にあるんだから。
『そりゃおめー、鬼ごっこ始まってんだろ? 探す側だか、それとも探される側だかが――』
 やはり、異原さん一人ではなかったようで。大吾以上にトゲトゲしたあの声が、異原さんの隣にいるようで。
 すると普段その二人と一緒に行動している同森さん、座った状態から腕を伸ばして窓を静かに開け、周りの僕達に目配せすると、
「おい、そこの二人。ワシじゃ」
 ドアの向こうへ語りかけた。するとそのドアが、特に慌てた様子もなく自然に開かれる。
 ――現れた二人は、実に安堵すべき事に赤い腕章をしていませんでした。ふう。
「あら。……あら? 静音と哲郎くん、追われる側なのよね?」
「またおめえか。よく会うなあつくづくよぉ」
 部屋の隅に六人で(本当は八人プラスリュック一つで)固まる僕達を見て、異原さんは不思議そうな顔。
 一方口宮さんは、真っ直ぐに僕を睨んで嫌そうな顔。
 ……よく分からないけどもしかして、口宮さんには初めて会った時豪快にすっ転んだのを根に持たれてるのかなあ。微妙に冷たくされてるような気が……いや、普段からあんな感じといえばあんな感じだし、思い過ごしかもしれないけどね。そもそも僕が転ばせたわけじゃないし。
「ま、とにかく入れ。そんな所で突っ立たれとったら鬼を呼び寄せかねん」
 言って、同森さんはさっき成美さんがそうしたように窓から外を窺い、そしてゆっくりと窓を閉めた。開けっ放しだと目立つ、という事なのだろう。


「うわ……なんかここ、ザワザワ感が酷いんだけど……」
 そりゃあ、幽霊が四名も密集してますからね。うち一人は実体化してますけど。
 首筋を手でさすりながら、お化け屋敷にでも入ったかのような落ち着かない表情の異原さん。その事について首を捻る大吾とサタデーに栞さんが小声で説明を始め、「ほー」とか「へー」とかいった返事を受け取っていた。
 成美さんもその話に聞き耳を立ててはいたんだろうけど、それに対しての反応は見せない。
「で、今これどういう状況なわけ?」
 そんな事に気付く筈もない異原さんはこちらの集団に混じるようにして座り込み、栞さんの説明と平行して、疑問を投げ掛けた。
「今ここにいるのは……みんな、追いかけられてる側なんです……それで、こちらは日向さんのお友達の……」
 答え始めた音無さんはしかし、最後の最後で詰まってしまう。それもその筈で、明くんと岩白さんが僕の友人だという事から先は、残念ながら説明する暇がなかったんだよね。
「えっと、俺、日永明っていいます」
「岩白センです」
 それでも、この一号館に入ってきた鬼が奇跡的にこの部屋から遠ざかるような形でばらけてくれた今ならそのくらいの時間はあるだろう。
 という事で、名乗った明くんと岩白さんに続いて上級生お三方と高校時代の同級生さんが名乗り、それぞれの学年を言ったりして(幼い外見の岩白さんが僕や音無さんと同い年、という事に小さなどよめきが起こったりもしつつ)、簡単な自己紹介は終了。
 すると口宮さん、その金髪な頭を同森さんへずずいと近付け、
「今ここでお前を捕まえて、そこらの適当な鬼から腕に着ける奴パクってくりゃあ俺の勝ちになんのか? ケッケッケ」
 冗談なのか本気なのか、今の自分達の立場と話の内容を掛け合わせてみれば直視すらためらわれる程の、悪っそーな笑みを浮かべた。
 すると、そんな顔と睨めっこ状態の同森さんは。
「声は出すなよ、異原」
「あん?」
 口宮さんの背後で拳を振り上げる異原さんへ、最低限の注意を促す。
「ふざけてんじゃないわよ」
 結局、かなり抑え目ながらも声は出た。――なお、一方で拳のスピードを抑えた様子は全くなし。なので、
「んごっ!」
 勢いよく弾かれた口宮さんの頭部は、同森さんの肩口へ突っ込むのでした。


 すぐに見つかっちゃうかな、と思っていた動かない逃走劇は、意外と落ち着きを見せていた。
 が、当然の事ながらいつまでもそのままじっとしていられる筈もなく。
「おい、足音がしないか?」
 初めに気付いたのは、成美さんだった。他の人は、僕も含めて「そうだろうか?」というような表情で耳を澄ます。そうして僅かばかり――できる限り具体的に言うなら、一秒か二秒後。
「……あ、本当ですね」
 次に気付いたのは岩白さん。甲斐甲斐しく閉じた目をぱちくりさせ、何もない壁へと顔を向ける。もちろん、壁の更に向こう側には鬼がいる事でしょうけど。
「今なら、入ってこられて外に出ても大丈夫そうですよ」
 外を確認した明くんが窓を二つほど開きながら最低限のボリュームでそう言った頃には、もう誰にでもはっきりと聞こえる程、足音は近付いていた。
 一歩。
 また一歩。
 着実に近付くそれ以外に音が存在しない空間の中で、「ここへ来るな」と念じる余裕すら失い、どのタイミングであのドアが開くのか、という一点だけに全神経を集中させる。そして――

 ガラリ。

「――――――っ!」
 逃げる立場の者は皆が皆、声を立てずに音だけ立てて、一斉に行動を開始した。
 ――目指すは1113号室! ただ、その前に一度みんなと散り散りになる!
 入ってきた鬼の顔すら見ず、雪崩のように窓から飛び出し、極めて適当な方向へ走り出した。
 明くんが言っていた通り、後ろから追ってきているであろう鬼以外、周辺に腕章をした人の姿は見当たらない。ではその後ろの鬼が別れた三組のうちからどれを追いかける対象としたのか、というと――
「くそっ、わたし達か!」
 なんと僕達でした。あとの二組は、こちらへ背を向けて反対方向へ駆けていきます。……あれ? 部屋の中にはもっと人数がいた筈でしたけど。
「栞さん達が出てきてませんけど!?」
「気にしている場合ではないな!」
 そうは言われてもやっぱり気になるので、さっきまでいた部屋のほうを見てみる。と、窓枠に足を掛ける栞さんの肩を大吾が押さえていました。大吾がどうして栞さんを止めているのかはもちろん気になりましたが、それ以上に――
 栞さん、前、前。足上げるならスカート押さえて押さえて。


「ああ~……鬼の人、孝一くん達のほうに行っちゃった……」
「成美のヤツ、あの格好じゃ走りにくそうなんだけどなあ。サンダルにスカートだし」
「そりゃ普段はお前の背中の上だからなぁ。こんな事なんてPERFECTに想定外だろうゼ」
「うるせえよ」
「ねえ、大吾くん」
「ん? なんだよ」
「どうして一緒に行っちゃ駄目なの?」
「そりゃオマエ、オレ等が一緒にいたら色々ズルできるだろ? さっきそれで成美に止められたからな」
「それなら別にここに残らなくても、ついて行くだけついて行ってちょっかい出さなかったらいいんじゃ……?」
「いや、そりゃそうなんだけどよ」
「あ、分かったゼ喜坂。大吾のやつ、きっと哀沢がPINCHになった時に手を出さずにいられる自信がねえんだろうゼ」
「そうなの? 大吾くん」
「……そっちに二人いんだ。あんまベラベラ喋んじゃねーよリュックが」
「HAHAHA! 苦しいなぁ大吾。そこの二人が聞こえない奴等なのはもうハッキリしてるだろ?」
「ぐぬ……」
「まあしかし、健気だねぇ。哀沢に止められたからってここまでやるか? 巻き込まれた喜坂が可哀想だゼ」
「え、いやあの、栞はそこまで思ってるわけじゃないけど……取り敢えず、1113号室だっけ? 先に行っといてみようよ」
「……そうだな」
「――お? あっちの二人も動くみたいだゼ?」


「あーあー、楽しそうだわねえ。本当だったらあたしも混ざってる筈だったんだけどなー」
「グチャグチャグチャグチャうっせえな。んなに走り回りてえんならついて行きゃよかったじゃねーかよ」
「そんな事したら邪魔になるだけでしょうが。それに、意味もなく走るのなんて面白くもないわつまらないわ」
「だったら今更ブーブー言うんじゃねっつの。我侭なガキじゃあるめえし」
「……あ」
「んだよ。やんのか?」
「馬鹿なこと言ってんじゃないわよどうでもいいわよそんな事。……ザワザワした感じが動き始めた」
「またそれかよ。いい加減付き合いきれねえっつの」
「だったらあんたはここにいなさい。ついて来いなんて言わないわ」
「……ったく。へえへえ、それならこっちから勝手について行かせていただきますよっと」
「ん。許可してあげるわ」
「いらねーよんなもん。勝手について行くっつってんだろ」
「はいはい」


「目的の部屋とやらは後回しだ! 今はとにかく鬼を振り切るぞ!」
「はいぃ!」
 普段あんまり運動しないから体力が、なんて言ってる場合じゃない。今はただ、全力で突っ走るのみ!
 ……そうしてる間に、最初男性一名だった鬼は今や男性三名。増えてるんですけどね。
「わたしはここの地理に詳しくない! どこかいい場所はないか!?」
「そ、そうですね……!」
 大声で相談する事でもないんだろうけど、激しい運動をしていると自然に声が大きくなる。それで余計に体力を消耗するとしても、意識して声量を抑えたらそれはそれで疲れそうなので八方塞がり。……で、それはそれとして。
「どこかないのかーー!」
「えっと、えっと……!」
 こっちは「八方塞がり」で済ましてる場合じゃない。なんとか……なんとか、後ろの三人から逃げおおせないと! 成美さんは寿司のために! 僕はケーキを――今ここにはいないけど、栞さんにプレゼントするために! 「こんな始まったばかりで」とは言わず一時間ずっと! 捕まるわけにはいかないんだ!
 ……鬼は、後方十メートルくらいか。これなら――
「そこ左! 中に入ってください!」
「了解した!」
 左手の建物、それは講堂。一階部分の壁がほぼガラス造りという、外から内部が丸見えなこの建物は、一見隠れる場所には適していないかもしれない。
 が、そこは考えよう。内部が丸分かりという事は、「中に鬼らしき人影はない」と前もって判断してから中に踏み込めるってわけですよ。ドア開けたらそこに鬼が、なんてのは勘弁ですからね。
「――で、どっちだ!?」
 壁と同じくガラス造りの脆そうなドアを開けて内部へ踏み込むと同時、成美さんが足を止めて僕を振り返る。
「トイレに入ってください」
 僕は小声で、成美さんにそう告げた。隠れる先を言う時まで大声出してたんじゃあ、大吾と同じく馬鹿者と言われてしまいそうですからね。
「ど、どっちの?」
 トイレ自体は、ドアからすぐ右手にある。成美さんが判断に迷う「どっち」とはもちろんあれの事なんですが、
「どっちでもいいです!」
 迷ってる暇なんて全く無いですから! たとえここで女子を選んだとして、何か問題でも!?
「わ、ちょっ!」
 叫んだあと、気がつくと僕は成美さんの手を引いていた。
 ……なんて言うか、ごめんね大吾。いやなんとなく。


 鬼との距離が離れるわけじゃない。でも重要なのは、ほんの僅かの間だけでも鬼の目から逃れる事。そうすれば、鬼から見た僕達のそのあとの行動が「確定」から「予測」に成り下がるからだ。そしてそうなるためには、部屋に入ればいい。
 ――同森さんが言っていた出口が複数やらの条件に当て嵌まれば、部屋だという事以外は問いますまい。なんせ、選り好みできる立場じゃないんですから。
「で、どうする?」
 男子トイレの内部に、普段は在り得ないであろう女子の声が響く。結局、女子トイレに踏み込むまでの勇気はありませんでした。が、それはともかく。
 僕は返事をせず、一番奥の壁にある窓を指差した。言葉で伝えるよりもこっちのほうが早い。
「分かった。だが日向、お前が先だ」
「え?」
「いいから」
「は、はい」
 何を考えたのかは分からないけど、別に成美さんが先じゃないといけないわけでもない。言い争ってる時間なんてありはしないので、素直に従う事にした。


 できる限り急いで窓枠に足を掛ける。もちろん元々上るための窓ではないので、高くて大変……って、ああ、そうか。
 成美さんがどうして僕を先に行かせたのかをそのスカート姿から理解しつつ、ちょっと高くて怖かったものの、殆ど落ちるようにして飛び降りる。
 目論見通りに三人の鬼は講堂の中まで追ってきたようで、周囲に人の姿は無かった。あとは成美さんさえ――
 と思ったその時、壁の向こうからドアが勢い良く開かれる音が。
 これは、もしかしなくても鬼が入ってきた!?
「成美さ――!」
「キャアアアアアアアアアアアア!」
「――ん?」
 ドアの開く音に続いて、壁の向こうから誰のものか分かるような分からないような女性の悲鳴。そしてドタドタと、慌てふためいているのが目に見ずとも手にとるように分かる足音。最後に、今開けられたばかりのドアが勢い良く閉められる音。
 その三つを聞き届け、何がどうなってるんだろうと半ば混乱状態の僕の頭上から、
「上を見るなよ日向」
 成美さんが華麗に降ってきた。もちろん僕はその間下を向いてたけど、足音一つ立てない着地はとても鮮やかだった。もし上を見てたら、もっと鮮やか――いや、成美さんが飛び降りられなくなるだけか。しかもそのあと激怒されるだろうし、踏んだり蹴ったりでいい事無しですね。いやあ、素直に下を向いてて良かった良かった。
「次はどっちだ」
「あ、こっちで」
 下を向いていたというのに何故だか不機嫌そうな成美さんに道を示し、見事に鬼三名を撒いた僕達は、他二グループが待つ1113号室へ向かい始める。
「言っておくが、今の事は怒橋に言うなよ」
「どの辺りをですか?」
「逃げおおせるためだったとは言え、あんな似つかわしくない声を上げた事だ」
 ――トイレでキャー、か。そりゃあ鬼は三人とも男だったし、だったら引き返すしかないよね。男子トイレだったけど。


「なあおい、どこに向かってんだ? 今もまだザワザワ追っかけてんのか?」
「そうよ。あんまりハッキリ方向が分かるわけじゃないけど、この感じがまだするって事は追いかけれてるって事でしょ」
「俺は知らねーけどな。で、もっかい訊くけど、どこに向かってんだ?」
「知らないわよ」


「なあ、なんかあの二人、ついてきてるゼ?」
「ほっときゃいいだろ。なんかよく分かんねーけど、オレ等がいるのがなんとなく分かるだけで見えてねーんだろ?」
「ま、そうらしいけどな」
「そんな事より二人とも、1113号室の場所考えてよ~。やっと着いたと思ったら2113号室だし、最初の1ってどういう意味なの? 一階じゃないの? て言うかここどこ?」
『さあ?』


「……まあしかし、驚いたぞ」
「何がですか?」
 鬼を撒いた後は、慌てて走る必要もない。それよりは見つからないようにこっそりこっそり進んだほうがいいだろうという事で、柱やら植え込みやらの陰に身を隠しつつ着実に1113号室を目指しているのでした。
 それで現在は一号館脇に植えられた木の裏から入口付近の様子を窺っているわけですが……何を驚いたですって?
「その、いきなり手を引かれたからな。トイレへ駆け込む時」
 一応はこれでも予断を許さない状況だというのに、そして周囲に人影がないから進みだすべき状況だというのに、そのタイミングを逃してまで会話を始めてしまう僕と成美さん。
 話題が話題なので、どうにもこうにもスルーしかねます。気分はまるで、磁石に吸い寄せられる砂鉄ってところでしょうか。
「あ、いえ。……すいませんでした」
「い、いやいや、謝られるような事じゃないさ。ただ単に驚いた、とそれだけの話だよ」
「……………」
「……………」
 隠れているのが木の裏、という事もあって成美さんはかなりの至近距離にいるのですが――
 なんとも、妙な空気です。
「そろそろ、行きましょうか」
「そそ、そうだな」
 しかし空気がどうあれ喋っていて立ち止まってたんだから、話すことがなくなったんならここにいても仕方がない。
 そんな感じで論点を逸らしつつ、それでもやっぱり成美さんが綺麗な女性なのはひしひしと感じつつ。……一般論としてですよ? あくまで一般論として、綺麗な女性とそうでもない女性というカテゴリを設けるなら、成美さんは確実にそちらへ――
「日向、戻れ!」
「のうっ!?」
 カチコチのまま踏み出された一歩は、目標地点に着地するよりも前に、踏み出した位置へと戻されてしまいました。小さく叫んだ成美さんが、僕の手を引っ張った事によって。
「足音だ。ここで叩いた無駄口は、無駄ではなかったらしいな」
 見ると、僕達が目指していた一号館の入口から、赤い腕章の鬼がひょっこりと姿を現したのでした。
 もしさっき喋ってる時間を無しにしてあっちに踏み込んでたら、廊下でばったりご対面だった事でしょうね。怪我の功名――に、なるのかな? この場合は。
「こ、こっちに来たぞ」
「上手い事反対側に……」
 隠れている木のすぐ傍を通り過ぎようとする鬼。それに合わせて、常に木を挟んだ反対側に位置しようと小股でちょこちょこカニ歩きの僕達。俯瞰視点で眺めたら面白そうだなあなんて言ってる場合じゃないのはそりゃそうですよええ。
 それはともかく、やってる本人からすれば息の詰まる時間は過ぎ、小枝を踏んで音を立てるなんてありがちなアクシデントもなく鬼をやり過ごす事に成功。
「ふう」
「行きましたね」
 二人揃って安堵の息を吐き、二人揃って緊張から解放されると、
「はっ!」
「わ、や、すいませんっ」
 僕と成美さんは想像以上に近く、言うなれば肩と肩が密着していました。もちろん、それを認識した頃にはどちらからともなく離れていたのですが。
「……調子が狂うな」
「そうですね」
「だが、相手は待ってくれんからな。さっさと気を取り直すとしよう。お互いに」
「そうですね」
 僕からわざとらしく顔を背けたまま、天を仰ぐ成美さん。そして僕はというと、そんな動作を確認してから同じように顔を背け、地面へと視線を降ろす。それと合わせて二連続で同じ返事を返した事からも、自分が相当動揺している事は恥ずかしくなるくらいに理解できてしまうのでした。
 ――ああ、情けないこと限りなし。


「あいつら、捕まってねーだろうなあ?」
「HAHAHA! 心配すんなよ大吾。どーせお前は寿司分けてもらえねえんだゼ?」
「けっ。本気でそうなんだったら無理矢理にでも食ってやるよ」
「ケッケッケ、強気だねえ。実際そう上手くいくのか? どう思うよ、喜坂?」
「二階に行ったら2201号室だったし……二つめの数字が階数? って事は、一つめは……」
「OH,聞いてねえな」
「思うんだけどよ、喜坂」
「……あっ、ごめん、何?」
「最初いた棟から動いたのがそもそも間違ってんじゃねーのか?」
「うん。今そんな気がしたところだよ」
「あらら、話変えられちまったゼ。――まあ哀沢だしな。なんのかんのでお前にゃ優しくしてくれるんだろーよ」
「何の話?」
「気にしなくていいぞ。つーか、すんな。おいサタデー、いい加減にしとかねーと振り落とすぞ」


「あら? これってもしかして、ここから出るほうに動いてるのかしら?」
「はあ? なんだっつんだよ二号館来たばっかだってのに。部屋の前ウロウロしただけじゃねーかよ」
「あたしに訊かれても知らないわよ分からないわよ」
「訊いてねーっつの。どーせ分からねーんだし? 訊いても無駄だって分かってるしぃ?」
「うっわ、その喋り方とてつもなくウザイわね」
「そりゃ良かった。お前に褒められたらそれこそウゼエっての」


 入口から右に行けば、みんなで集まった1101号室が突き当たりにある。だけど今回の目的地はその逆、入口から左に行ってすぐの1113号室だ。
 ……相変わらず方向感覚には自信がないんだけど、部屋番号から考えればそうなるよね?
「お、あそこか」
「ですね」
 できる限り足音を殺し、曲がり角では壁の陰からその先を一度確認して、短いながらも長く感じた表の木の陰からここまでの移動は無事終わりを迎えた。
 あそこのドアを開ければ、その向こうには明くんと岩白さん、同森さんと音無さん、そして多分栞さん達も、静かに待っている筈。ならこんないつ見つかるか分からないような場所はさっさとオサラバして、頼りになる仲間の下へ!


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