(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十五章 そういう生き物 四

2010-06-17 20:26:14 | 新転地はお化け屋敷
「んっふっふ、虫を捕まえるようになったから他人という意識を持ったのか、他人という意識を持ったから虫を捕まえるようになったのか、考えてみると面白いですねえ」
 卵が先か鶏が先か、というやつでしょうか。そういう表現を持ってくると、サタデーよりはサンデーの話っぽく聞こえてしまいますけど。
「ん? んー、俺様、DIFFICULTな話は苦手だゼ」
「おや、そうですか? さっきサタデーが話していたことのほうが難しそうですがねえ」
「どっちも難しいぞ、わたしからすれば」
 後ろから眺めているので顔は見えませんが、しかし成美さん、眉を寄せているのが透けて見えるようでした。僕だって似たようなものかもしれませんけど。
「ま、せっかく早いうちにそういう話を済ませたんだし、あとは気楽にENJOYしようゼ。当のこいつ等だって気楽にしてんだしよ」
 植物は気楽にしている。正直に言うと、サタデーやサーズデイさんと知り合った後ですら、「植物の気持ちを考える」なんてことはほぼなかったと言ってしまえるくらいなのですが――しかしそれはそれとしても、サタデーがそう言うならそうなんでしょう。
 難しい話があった割にやたらと単純なところへ収束しましたが、まあ考えてみれば、自分達と形態が大きく違う生物だからといって、やたらと難しい思考回路を持ってたりはしないでしょうしね。……なんて、また自分から難しいところへ足を突っ込み掛けたりもしてしまうんですけど。

「おっ! このへんはあれっぽいな!」
 どれっぽいんでしょうか、ということでまたもサタデーが先陣を切って展示されている植物に駆け寄ります。もう何度か大吾の背中に登ったり降りたりしていますが、どちらかに固定する気はないのでしょうか。ないのでしょうね。
 少し遅れて僕も近付きますが、はて、サタデーの言った「あれ」が何を指しているかは間近で見ても分かりませんでした。小さな水槽の中に植物が一種類ずつ、それがいくつか並べられているようですが。
「何っぽいんですか? サタデーさん」
 サタデーと違い、こちらはずっと成美さんの肩から降りていないナタリーさんが尋ねました。するとサタデー、ナタリーさんを振り返りすらせず、水槽の中身を見上げながら答えます。
「サーズデイに近い奴らだよ。これまでの土に根っこ張ってる奴らは、どっちかっつったら俺様に近かったろ? まあ、人間がどういう分類してるかってのは詳しく知らねえけど」
 サーズデイさんはマリモです。そのサーズデイさんに近いということで、どうやらここは藻類を集めた区画のようでした。とは言え、「俺様に近い奴ら」の区画ほど長くは続かないようですが。
 ちなみにサタデー、人間がどういう分類してるかってのは詳しく知らねえとのことですが、人間でありながら僕も正直よく分かりません。藻と苔って何がどう違うんでしょうか? とか、恥ずかしながらそんなレベルです。サーズデイさん――マリモは確かに根を張りませんが、しかし水の中にだって土に根を張る植物は存在するでしょうし。
「でも結局は同じ植物なんですよね? ここ、植物園ですし」
「そりゃあな。人間が作った植物園にいるんだから、人間から見ても植物なんだろうゼ」
 そう言われて考えてみたところ、「そりゃあ植物だろう」という意識がある一方、「でももしかしたら厳密には違ったりするのかも」という疑惑が浮かんでしまったりも。これまでずっとサーズデイさんを植物扱いしてきて今更な話ですが。
「でもまあ、どっちでもいいって言やあどっちでもいいことだよな」
 軽く頭を捻っている中、ここでようやくナタリーさんのほうを向いたサタデーは、そんな一言で僕の思考を一蹴してしまいました。
「俺様とサーズデイが同じ植物だって話になったら、ナタリーと哀沢は同じ動物だって話にもなるんだしよ。いちいち気にしねえだろ? お前ら二人のどこが同じでどこが違うか、なんて」
 その話に、ナタリーさんと成美さんが至近距離で顔を見合せます。
「気にするまでもなく違うところだらけだからな」
 軽く笑いながら成美さんがそう答えると、サタデーもにかっと笑い返しました。
「そんなふうに考えてったら、植物と動物ってとこからして割とどっちでもよかったりするのかもな」
 笑ったままそう言って、水槽のほうを向き直るのでした。
 と思ったら、もう一度成美さんのほうを向きました。
「いや、これは今なんとなくそう思ったってだけのことなんだけどな」

 さて。館内展示がメインの植物園であるとはいえ野外展示がないというわけではない以上、館内展示のほうへだけ足を運ぶとなると、それを回り終えるのにさほど時間は掛かりません。そりゃあ、園内全体の六、七割程度しか見られない、ということですしね。
「やっぱ木のどっしりした感じはいいよなあ。見てて惚れ惚れするゼ」
 順路が終点を迎え、館内を一周して出入り口まで戻ってきたのですが、サタデーは少し前に見たえらく太い木に思いを馳せているようでした。
「そういうもんなんだ? ちょっと意外かねえ、サタデーって見た目も中身もフニャフニャした感じだし」
 応答したのは家守さん。僕としても似たような感想なのですが、しかし家守さんの場合は、中身はともかく見た目のフニャフニャした感じを作り出したのが家守さん自身であることを考えると、僕のそれとはちょっと感じ方が違ったりするのかもしれません。
 まあ作り出したのが家守さんだとは言っても、その基になったのは「サタデーが望んだ自分の姿」なんですけどね。
「見た目はともかく中身がフニャフニャってのは心外だゼ姐さん。そう見せ掛けてはいるけど、実際はその裏にある熱いHEARTに気付いて欲しいと思ってるんだゼ?」
「熱さを発揮するような場面がないでしょ、普段の生活を鑑みるに」
「悲しいところだゼ」
 ぐうの音も出なかったようです。
 一応、そう熱さを発揮する場面を思い付きはしたのですが、しかし敢えて言わずにおきました。「植物用活力剤をねだる時は熱い」だなんて言われても、恐らく喜ばれはしないでしょうし。それにまあ、熱いというよりはしつこいと言ったほうが正確なんでしょうし。
「うーん、でもサタデーさんがあれくらい大きな木だったとしたら、それはちょっと大変そうですねえ。あまくに荘の天井とか突き破っちゃいそうですし、外に出ても高い所にある物にぶつかりそうですし」
「電線とかかなり危ねえな」
 ナタリーさんが話を切り出し、大吾がそれに続いたのですが、それを聞いた僕は「大きな木だった場合でも歩き回っているんだろうか」という点が気になってしまいました。その巨体を支えるにはどれだけ丈夫な足が必要なんだろうとか、躓いて転んだらそれだけで事件だなとか――面白がればいいのか不安になればいいのか、自分でもよく分かりませんけど。
「いやいやお前ら、俺様別に自分が木になりてえってわけじゃ……」
「あ、そうなんですか?」
 そういうことだったようです。
「そりゃそうだゼ。例えばナタリー、お前だって人間が好きだからって人間になりてえとは思ってねえだろ?」
「うーん……まあ、そうですね」
「俺様のもそういうモンだよ。実際に人間になったやつと比べりゃあ違いがハッキリするんじゃねえか?」
 実際に人間になったやつ。それが誰のことかと言えば、まあ成美さんのことです。他に候補がいませんし。
「わ、わたしか?」
 確認しようとする成美さんでしたが、確認するまでもないことは成美さん自身も分かっているのでしょう。誰に頷かれるまでもなく、自分のことであるとして話し始めます。
「わたしがこうなった原因は、人間が好きというよりも……なんだ、特定の個人なんだが」
「だから、そこが俺様達との違いなんだよ」
 これもまた確認するまでもなく自明のことではありますが、しかし「特定の個人」というのは、大吾のことだけではありません。真っ先に思い付くのが大吾だというのは間違いないですけど。
 それについて口を開いたのは、その大吾当人でした。
「命の恩人に礼を言うってんだからな。そりゃ他とは違うだろうよ」
 それは恐らく自分についての話になるのを避けたかったというところなんでしょうけど、言っていることが間違っているわけではありません。
 今でこそ大吾と一緒になるために人間の姿である成美さんですが、そもそもの理由はいま大吾が言った通りのものなのです。大吾のことを好きになったのは人間の姿になったあとのことだそうですし。
「ケッケッケ、お前だって『他とは違う』の一員のクセによ」
「うっせえ」
 そういう突っ込みも出てきますよねそりゃ。
 あからさまに不機嫌そうな大吾と照れ臭そうな成美さんでしたが、その大元になった感情自体は似たようなものなのでしょう。そりゃあ、一つの間柄で結ばれている二人なんですし。
 ――さて。そんな話に耳を傾けている間に、目的地に到着しました。
 今から帰ろうかというこの状況、目的地が何処なのかと言えば、ドッグランです。そりゃあジョンを迎えに行かなきゃなりませんしね。
 というわけでジョンのリードを持っている家守さんが中へ入り、けれど今回も結局、それに続いて全員が中へ進み入るのでした。
「いい子にしてた――みたいだね、尋ねるまでもなく」
 いい子にしてるんだよと言ってジョンと別れた家守さん、そう言いながらジョンに近付きます。尋ねたところでジョンから返事があるわけじゃないのは、まあ言うまでもありませんけど。
 一方で床に伏せってのんびりしていたジョンですが、家守さんがリードを持ち出したのを見るやお座りの姿勢になり、顎を上げて、リードの取り付け個所である喉元を晒すのでした。お利口だなあと思わされつつ、しかしそれはいつものことなのですが、リードを付けようとしているのが大吾でなく家守さんだというのは、ちょっぴり新鮮なのでした。いやまあ、本来の飼い主は家守さんなんですけどね。
 リードを取り付けるついでに頭を撫でられたジョンが目を細め、そんな様子に和んでいると、そこで成美さんが言いました。
「来た時より静かだと思ったら、あの子犬――じゃないか、あれで大人なんだったな。あの犬がいないな」
「そういえば、そうだね」
 栞さんが一緒になってきょろきょろと辺りを見回しますが、やっぱりあの子犬――じゃなくて。は、もういないようです。キャンキャンという高く、けれどその高さに反して大人しい鳴き声は、聞けなくなったと分かるとまた聞きたくなってしまうのでした。
「もう帰っちゃったんでしょうね。僕達より先に来てたんですし」
 自分の言葉ながら、それを聞いて残念に思ってしまったり。もしも自分で犬を飼うようなことがあったら、ジョンのような大きい犬かあんな感じの小さい犬か、どっちを選ぶんだろうか。……いや、そんなこと考える前にまずは犬を飼うのかどうかをハッキリさせろって話ですけど。
「気になんのか?」
 気になってますとも。――と、その質問は僕でなく、成美さんに向けられたものだったんですけどね。大吾から。
「そこまでの話ではないが、まあ、やはり可愛いだろう小さいと。大人なんだからこんなことを言うと失礼なのかもしれんが」
 小さいものが可愛い。大体の人が同意できるであろう感覚なのでしょうが、成美さんがそういうことを言うのはちょっと意外なのでした。
 いや、成美さんが小さいからとかそういう話でなく。
「犬の中で言やあ小さいけど、それでも猫の時のオマエと同じくらいだろ大きさって」
 一瞬大吾が僕と同じようなことを考えたのかと思ってしまいましたが、猫の時の話となれば随分と意味合いが違ってきます。
 なので、「ん? 言われてみればそれもそうだな」と、成美さんも機嫌を損ねることなく首を傾げるのでした。
「大きさの基準が人間のものになりつつあるのか、それともやはり犬の中での基準で考えたのか、どちらなのだろうな」
「どっちでも良さそうだけどねえ。小さくない犬は可愛くないってことになるならともかく」
 腕を組んで考え込んだ成美さんにかるーく返しながら、家守さんはジョンの背中を撫でていました。さっきから撫でてばっかりです。
「それもそうだな。大きくとも可愛い奴は可愛いんだし」
 成美さんも釣られてジョンを撫で初め、ならばジョンはやはり気持ち良さそうにするのですが、それを我が身に置き換えてみるとちょっと鬱陶しそうな気も。いや、実際に女性二人に撫でられるとなったら、そうも言ってられないのかもしれませんけど。そして我ながら気持ち悪いことを考えてるなあという自覚もそりゃありますけど。
 ……ところで、大吾と高次さんが向かい合って苦笑いを浮かべているのは何なんでしょうか。どちらも身体が大きいということなんでしょうか。可愛いかどうかはともかく。
「中くらいの大きさでも可愛い犬はいると思うよ?」
 栞さん、成美さんと家守さんの話に割り込みました。
 確かに話題に上がっている犬は大きい犬と小さい犬の二種ですが、さて、それは本当に犬だけの話なのでしょうか? と、中くらいな身長である僕は思うのでした。
 まあそうは言っても、ここにいる人間の男性の中では一番小さいんですけどね。
「ややこしいよなあ、本当に」
 刺さるとは言わないまでも、僕の胸をつんつんとつついてくるそんな言葉を発したのは、サタデーでした。そしてその言葉とは裏腹に、いつも通り白い牙を見せ付けてにかにかと笑んでいるのでした。

 ジョンのお迎えも済んで、さああとは帰るだけ。ということで駐車場に停めてある今日買ったばかりの車にみんなで乗り込んだのですが、雨はまだ降り続けているのでした。さすがに、勢いはやや衰えているみたいですけど。
 ところで、植物園に着いた時、館内の床をびちゃびちゃにするのは良くないという理由で雨の中を歩きまわれなかったサタデーは、植物園から帰る際にも、車の中をびちゃびちゃにするのは良くないという理由で以下同文なのでした。
 車が発進してから、不満があるとは言わないまでも名残惜しそうに窓の外を眺めていたのですが、するとそこへ大吾が声を掛けました。
「オマエ、帰ったらどうするんだ?」
「HAN? 帰ったらって、何がだよ?」
「また裏庭に埋まっとくのかって話だよ。雨、まだこれだし」
「あー、そうだなあ。どうすっかなあ」
 大吾の質問を聞いた瞬間には「そうするんだろうな」と思ったのですが、意外にもサタデー、決めかねているようです。しかし――自分ならともかく他人についてこう言うのもなんですが、どうせ他にやることもないんじゃないでしょうか?
「いや、やっぱ止めとくゼ」
 結局、意外な方向のまま結論が出たのでした。尋ねた大吾は特にどうとも思っていないようですが、はて、どうしてそうなったんでしょうか?
「止めとくって、なんで?」
 思ったからには尋ねてみたわけですが、するとサタデー、返事の代わりに茨をこちらへするすると伸ばしてきました。どう反応したものだろうかと考えている間にそれは僕の腕に巻き付き、そして腕では終わらず、体全体をぐるぐる巻きにされてしまいました。
 こんな状態になるまで全くの無抵抗というのはそうそうないのでしょうがそれはともかく、茨と一緒に花部分もこちらへ寄せてきたサタデーは、キスもあわやという距離で言いました。
「こういうことだよ。このまま雨が降り続けるなら、ジョンもずっと部屋の中だろうしな。……ケケケ、そう困った顔すんなって」
 いや、ただ巻き付かれるだけならもう困る必要もないんだけどね。さすがに近過ぎるっていうかね。ここまで近くて困らない相手っていうのは、相当限られるだろうし。誰だとまでは言いませんけど。
「おや、では私も日向君のようにされるということなんでしょうかね?」
「嫌なら無理にとは言わねえゼ?」
「いえいえ、こんな加齢臭漂うおっさんでよければいくらでも。んっふっふ」
 清さんから本当に加齢臭が漂っているのかどうかは定かでないということにしておきますが、においの話ということになると、サタデーからは良い匂いがします。さすがは花というところでしょうか。
「わ、私も、こんな抱き心地のない体型でよければ」
 同じ102号室の住人ということで、ナタリーさんも参加表明。自ら仰る通りの細長い身体ですが、しかしどちらかと言えばサタデーと同じく抱き付く側でしょう。いつも大体は誰かに巻き付いてますし。
 ならその抱き付く側同士で絡み合うと、どんなことになっちゃうんでしょうか? こんがらがってほどけなくなったりはしないでしょうか。
「だいちゃん、混ざりたいと思ってるんじゃない?」
 そりゃあ家守さんですしということで、喋り始めたその瞬間から意地悪だろうなと思ったらその通り、やっぱり意地悪でした。慣れない新車で運転してる最中でも言いますか、そういうこと。
「いや、こういうのだったら植物園の中でずっとでしたし」
 こういうの、というのはもちろん、現在の僕を指しているのでしょう。ここまで全身に渡って巻き付かれていたというわけではないですが、大吾はサタデーを背負ったり肩車をしたりしてましたしね。
「……ていうか別に、オレにだけ訊くようなことでもなくないですか?」
 何かに耐えかねたように、大吾が続けて言いました。言われてみればそれもそうなんだろうけど、でも大吾、それって何かを白状したも同然なんじゃない?
「皆に当て嵌まる話だというなら、やっぱりお前もそうなんじゃないか?」
 敢えて突っ込むようなことはすまいと思いはしたのですが、成美さんが突っ込んでしまいました。ええ、まあ、言いたくなる気持ちは凄く良く分かります。
「何だよ大吾~。だったらそう言ってくれりゃいいのによ~」
「まだ何も言ってねえだろ」
 僕に巻き付いたままのサタデーからそう言われ、大吾はぶすっと。けれどそこへ続けてサタデー、「よしナタリー、行ってやれ」と。
「え、わ、私ですか?」
 とばっちりと言えなくもない展開に戸惑いがちな声を発しながら、しかしナタリーさんはするりと大吾の肩の上へ。不機嫌そうにしていても不機嫌とは限らない、という大吾の性質を理解しているのかもしれません。
 一方で大吾は全く動かず喋りもしませんが、それがナタリーさんとは言ってもいきなり巻き付かれてノーリアクションというのは不自然なので、ちょっと意地を張っているだけなのでしょう。
「ワウ」
「重っ」
 なぜかジョンまで加わってくると、さすがに一言だけ喋りましたけど。
「なっちゃん、混ざりたいと思ってるんじゃあ――」
「もういいぞ家守」
 反応早いですね成美さん。
「実際にされたら困っちゃうかもだけど、見てるだけならちょっと羨ましく思えるのって、何なんだろうね?」
 成美さんに続くようにして、栞さんが言いました。その視線は僕のほうを向いているわけですが、しかし「羨ましく思える」というのも僕を指しているのでしょうか? いやまあ、僕じゃなくて大吾だったとしても、置かれている立場はほぼ同じなんですけど。
 ちなみに「実際にされたら困る」という部分についてですが、まあ顔が近いということはあるにしても、僕としては困るというほどのことはないです。良い匂いもしますし。
 しかしまあこの状況は全身を触られているという見方もできるので、女性としてはやはり抵抗がありもするのでしょう。男でよかった――いや、何か違うなこれは。栞さんがこうなってるところを見てみたい――もっと違うなこれは。
「して欲しいってんなら俺様は構わねえゼ?」
 一瞬のうちにいろいろと考えていたところ、サタデーがそう申し出ました。そりゃあこういう話になればそうなるんでしょうが、はて僕はそれを歓迎すべきなんでしょうか。
「えっ、いや、うーん」
 何だかんだと言っても「巻き付かれたい」とお願いするというのは妙な話。そういうこともあってなのか、栞さんはお悩みのようでした。
「問答無用!」
「わわっ」
 自分から尋ねたのにそりゃないよサタデー、ということで、栞さんが巻き付かれ始めました。ならば僕は解放されるんでしょう。ちょっと残念なような――と、思ったら。
「……あの、サタデー?」
「いやあ、お前と喜坂だしよ。なんかLOVE的な感じで」
 と言われてもしっくりこないのですが、端的に状況だけ説明すると、サタデーは僕から茨の半分だけを離して栞さんに巻き付かせたのでした。サタデーで繋がれているというか、まあそんな感じです。
 ところで栞さん、嫌だったらすり抜けて離れられるのですが、そうはしないようでした。
「そ、そう言われると恥ずかしいね、なんだか」
 すり抜けない割にはこうは言ってましたけど。
「二人で一つのマフラーをしているみたいですねえ」
「いや、そんな温かそうなもんじゃないですって清サン」
 二人で一つのマフラー。なかなか経験したことのある人は少なそうですが、もちろん僕もしていません。だってこれサタデーですし。温かそうなもんじゃないっていうか、そもそも車内が寒くないですし。どっちかと言えば大吾のほうが温かそうですし。
「だいちゃんとなっちゃんも――」
「家守」
 さすがに早過ぎますよ成美さん。
「若いうちから付き合ってたら、そういうこともあったんだろうなあ」
 しみじみと、高次さんが言いました。
「おおっとサタデー、運転中だからこっちは本当に勘弁ね」
「ケッケッケ、OKだゼ姐さん。運転中だから、ね」
 運転中だから、とのことでした。

「やあ、着いた着いた。何とかなるもんだね、正直ちょっと怖かったんだけど」
 運転中にそんな雰囲気は微塵も見せていませんでしたが、怖かったらしい家守さん。それでも無事にあまくに荘の駐車場に到着したところで、また雨の中を濡れないように移動するお時間がやってまいりました。なのにサタデーが離れてくれません。
「今度は忘れないようにしないとね、空き部屋のお掃除」
「あ、忘れてました」
 なんて会話をしたのはあまくに荘の一階軒下まで走った後のことでしたが、忘れていたことを素直に白状してしまったのは息が上がった勢いです。移動距離は短いのですが、傘を差したままでかつサタデーの茨で栞さんと繋がったままというのは随分と走り難いもので。
「上まで掃除機を取りに行くのも大変でしょう。うちのを使ってもらって構いませんよ」
「ありがとうございます」
 清さんの申し出に栞さんがぺこりと頭を下げ、掃除を手伝うわけではないですが、僕もそれに倣いました。掃除機を受け取るだけなので、部屋の中に入るのは栞さんだけですけどね。
「ケッケッケ、じゃあな孝一」
「はいはい、お疲れさまでした」
 そこでようやくサタデーも離れ、さて、ほんの短い間ながら軒下にぽつんと独りぼっちです。他のみんなも各々の部屋に戻ってしまいましたしね。
 ちょっとの間くらいでかつ濡れないというのならこれはこれでいいのかもしれませんが、しかしここは軒下でしかありません。ちょっとでも風が加われば簡単に濡れてしまう範囲でしょう。
 栞さん、早く出てきてくれないかなあ。
 102号室のドアが閉じてから十数秒くらいでそんなふうに思ったところ、二階から成美さんの声が聞こえたような気がしましたが、雨音のせいではっきりとは聞き取れませんでした。まあ切羽詰まったという感じではなかったので、何か問題が発生したというようなことでもないのでしょう。あまり気にしないでおきます。


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