(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十五章 そういう生き物 十一

2010-07-22 20:51:08 | 新転地はお化け屋敷
 そうして軽く頭を下げてみたところ、「謝られるほどのことじゃないけどね」と家守さん。こう言っちゃなんですが、自分でもそうだろうなとは思いました。それでもこうなった以上は頭を下げないわけにもいかず、といったところでしょうか。
 するとそこへ、栞さん。
「多分、今のもさっき言った『変な孝一くん』の一部ですよ」
 ……謝っている一方で、その話に繋がりそうだとも思っていましたが。
「今のが? まあ、変といえば変だったけど。でも、怒ってたってわけじゃないのに?」
「考えたことが怒るようなことだったら怒るってだけで、そうじゃなくても変な時は変ですよ? 自分に置き換えてたって言ってましたけど、それで考えたことを口に出さなかっただけで、考えるスピードは物凄かったと思うんです」
 とのことですが、物凄いスピードかどうかは僕自身が判断を下すわけにはいきません。なんせ僕は僕自身の思考速度しか知らないわけで、他から見て速いか遅いかの基準なんて分からないからです。
 しかしそうして思考を放棄してみたところで、変だ変だと言われるのにはやっぱりちょっと気を引かれます。喜ぶべきか恥ずべきかは、まだ決められてないんですけどね。
「ははあ、要するに、わーっと一気にいろいろ考えちゃうわけだ。周りが見えなくなるくらいに。比喩とかじゃなくて本当に見えてなかったんだもんなあ、喜坂さんの顔以外」
 ……やっぱり、恥ずべきなのかもしれません。
 まあしかし、それはいいとして。
 栞さんから「変な孝一くん」という名称らしきものまで頂いているくらいですから、当たり前ながら今までにも同じような状態に陥ったことはあります。だったらどうして今更こんなに気持ちが不安定になってしまっているかといいますと、その「変な孝一くん」――自分で孝一くんなんて言っちゃうのも気味の悪いものがありますが――「変な孝一くん」が栞さん以外の目もある場所で出てきてしまったのが、初めてだからです。
 あれこれと考えこそすれその一つも声に出さなかったのは、その辺も絡んでのことなのではないかと――。
「この場にいたのが喜坂さんだけだったら、黙ったままってこともなかったのかなあ」
「おっ、有り得そうだねそれ」
 思った途端に言い当てないでください高次さん。うっかり喋っちゃってたかと思ったじゃないですか。
「ああでも、そうだったとしたら喜坂さんとしては気分が良くなかったりするかな」
「え? 別にそんなこと」
 高次さんの苦笑しながら首を傾けながらの発言に、栞さんはぽかんとした表情でそう返しました。が、そこからおよそ一秒の間を挟んで、急に慌てた表情に。
「ああいや、そういうわけじゃなくて――ってことでもないんですけど、その、なんて言うか」
「むしろそっちのほうがいいと?」
「……はい」
 高次さんの言葉でいきなり慌て始めた栞さん、高次さんの言葉でいきなり沈静化。総じていきなりだった出来事に何だったんだろうかという感想を持つ一方、しかしまあ分からないでもないという感想も。
「じゃあ、喜坂さんにとっては日向くんのいいところに含まれてるってわけか。『変な』とか言っちゃってるから困ってるものかと思ってたけど……考えてみれば、それで『言ってることは優しい』なんて感想が出てくるわけないもんなあ」
 自分で言うのもなんなので言いませんが、まあそうなのです。『変な孝一くん』、栞さんからは概ね良い感想を持たれているのです。高次さんの仰る通り、その割にはなんともネガティブなネーミングを頂いちゃったものですが。
「いいところ、どころの話じゃないんじゃない?」
 そう言ったのは、本人ならば疑問形はおかしいということで栞さんではなく、家守さん。しかしはて、それどころでないというのはどういう?
「こーちゃんが怒った場面っていったらさあ、真っ先に思い浮かぶのがあの日なんだよねえ。しぃちゃんに告白して大喧嘩の末に付き合うことになったっていう」
「ちょっと待て、なんで間に大喧嘩が挟まってるんだ?」
 大喧嘩に過ぎてあまくに荘全域へ声が響いてしまっていたらしいあの日のことを家守さんが知らない筈もなく、しかし逆に、その時はまだ海外でお仕事中だった高次さんがあの日のことを知っている筈もなく。誰かに教えられたりしてればもちろん話は別ですが。
 というわけで、
「まあ、そこらへんはプライベートだよ高次さん。アタシが知っちゃってるのはちょっとした手違いっていうかね」
「はあ、まあ、告白の話だっていうんならそうなるか。気にはなるけど」
 すいません高次さん、告白の際に喧嘩しちゃうような変な奴で。
「その時はそうは思いませんでしたけど、でも楓さんの言う通り、やっぱりあれが『へんな孝一くん』の一番初めなんですかねえ。それに乗って喧嘩しちゃった私も、似たようなものなのかもしれませんけど」
「とのことだけど、どうだいこーちゃん。確定済みの変な人としては」
 ……そりゃあ栞さんを「疑惑」とするなら僕は「確定」なんでしょうし、これまでの話だって確定の方向で進められてきたわけですが、なのにそういう呼ばれ方をすると傷付くのは何故でしょうか。変な人っていうと変質者みたいに聞こえるからでしょうか。
 まあしかし、今の僕はそんなことを問われているわけではなく。
「僕に釣られただけっていうなら、別に普通のことだと思いますけど。変な奴から急に怒られたら誰だって怒りますよ、普通」
「そりゃそうだよね」
 自分のことを変な奴呼ばわりしている辺り、ちょっといじけている節があるようです。打たれ弱いね、僕。そして家守さん、そりゃそうだよねと普通に聞き流しましたね? ええ、変な奴ですとも僕は。
「それと同じで、優しくされたら優しい気持ちになれるものなんだよ。いや、なんか格好よさげな言い方になっちゃうけどさ。もう開き直っちゃうけど、アタシの高次さんの話なんかを聞いてたらそんな感じでしょ?」
 いじける僕に構うことなく家守さんの話が広がりを見せましたが、まあ仰る通りなんじゃないでしょうか。家守さんが話す高次さんのことといえば、一言に纏めると「高次さんは優しい」という内容ですし、それを話している時の家守さんはいい気分そうですし。いい気分に過ぎて、その話が高次さんに聞こえてしまうということをすっかり忘れることもままあるようですが。
 さて家守さん、周囲から意見が出てこないことを確認するかのような間を置いてから、もう少し話を続けました。
「じゃあしぃちゃん。怒りながら優しいことを言ってくるこーちゃんに対して、怒るだけだった?」
 尋ねられた栞さん、困ったように「あはは」と小さく笑ってから、こう答えます。
「もしそうなら付き合うって結論になってませんよ」
「だよねえ」
 僕はその時その場所で栞さんと喧嘩をした張本人なわけで、だったら栞さんのその返答も過去に実際にあったこととして、いわば「当たり前」とも言える記憶になっているわけですが、しかし。
 それでも胸の辺りがじいんとするのは何なんでしょうか。今更も今更、な筈なんですけど。
「つまりこーちゃんは、変な奴呼ばわりをされてはいるけど、立派にしぃちゃんを幸せにしたってことだよ。もっと胸張って変な奴でいこうぜ」
 だから「変な孝一くん」ではあっても「変な奴」ではないと……いや、普通に考えればそりゃあ誤差の範疇に含まれる差異なんでしょうけども。
「喧嘩するくらいなんですから、『変な奴』の時は張り過ぎなくらい張っちゃってるんでしょうけど……それこそ変じゃないですかねえ、普段から張っちゃってると」
「とのことだけど、どうだいしぃちゃん」
 あれ、どうしてそこで栞さんに振るんだろう。もちろん栞さんの意見が出てくること自体はおかしくもないけど、家守さんが時分でしてきた質問なんだし、だったら栞さんへバトンを渡す前に何かしら反応の一つでもあるものなんじゃないか――と思ったところ、バトンを渡された栞さんはニコニコしながら言いました。
「私にとっては、あの日のことって大切な思い出なんだけどなあ。胸を張ってもらえないっていうのは、ちょっと残念かなあ」
 まずい。お客さんが一緒じゃなければ、もっとストレートに不興を被っていたかもしれない。そんなふうに思わされる、少々硬めの笑顔なのでした。
「いやいやいやいや、もちろん僕にとってもそうですよ? 大切な思い出ですよ? なんたって女の人に告白なんかしたのはあれが人生初ですし、しかも成功して現在に至るですし、現在に至るまでのあれやこれやには大満足ですし」
 自分が慌てていることを自覚しながら、しかしその慌てっぷりに身を任せる形で喚き立ててみたところ、
「というようなことを言わせたかったんですよね? 楓さん」
「ん? はて、なんのことでございましょうか」
 軽く笑いながら、家守さんと栞さんが視線を交差させていました。家守さんはともかく栞さんにも、その笑顔にさっきまでの硬さは見受けられません。
「えーっと……担がれちゃいましたか、僕」
「えへへ、ごめんね」
 どうやら家守さんと栞さんによる冗談だったようで、するとそこには怒るのではなくひたすら安堵している僕がおりました。まあ、怒るよりはいいんでしょうけどね。
 ところで家守さんと栞さん、打ち合わせをしたわけでもないのに息が合い過ぎです。流れからして、栞さんが家守さんの思惑に乗ったというところなんでしょうけど。
「ああでも、いま言ったことが全部嘘だってわけでもないからね? できればやっぱり、胸を張っていて欲しいなあとは思うし」
 つまり、全部嘘だったわけではないというより、全部本当だったということです。その本当だったことに対してのスタンスにちょっと差がある、というだけで。その差というのは簡単な話、怒るか怒らないかということですね。
「同じようなこと、前にも言われたような気はしますけどね」
「うん、言ったような気がする。でもせっかくこういう話だし、改めて、ね」
「もちろん胸を張れるように頑張りますよ。前に言われたかもしれない時も、多分そう答えたでしょうし」
 しかしそれは、「そう答えたのに少なくとも現時点では達成できていない」という情けない話にもなってしまいます。でもまあもともと格好を付けられるような話ではないわけで、ならばあまり気にしても仕方がないでしょう。なんせ変な奴ですから。
「期待してるよ。前の時も多分、そう言われたんだろうし」
 不興を買ってしまったことが冗談だったばかりか、むしろにこやかに期待を掛けられるというほぼ逆の展開になってしまって、その落差にこう、頬が緩んでしまいそうです。そうなったらいろいろと台無しなんで、一応頬の筋肉を緊張させてはおきますが。
「よし、なんかいい雰囲気になりつつあるところで、そろそろアタシらは去り時かな」
「長居しちゃったなあ、今日は」
 なんだかそういった理由で家守さんと高次さんが帰る段階に入られるわけですが、高次さんはともかく、「よし」じゃないですよ家守さん。いい雰囲気どころか、栞さんに怒った演技をさせたのはあなたなんですから。……まあ、本当に家守さんにその意図があったかどうかは謎のままですけど。
 そんなふうに家守さんについて思考を巡らせていたところ、もう一方の高次さんが一言だけ付け加えました。
「これからもそんなふうに愛し合ってね、二人とも」
 そんなふうに。というのは、今のこの状況を指しているのでしょうか? でも……。
「同意はしておくけど、ちょいといきなり過ぎやしないかい? 高次さん」
 家守さんはそんな反応。そして僕も、ほぼ同じようなことを思いました。
 そりゃあいちゃいちゃした感じにはなってたかもしれませんが、でも愛し合うというほどのことではなかったと思うのです。要は僕の変なところをつついてただけなんですし。
 とはいえしかし、高次さんが何を思ってそう言ったのかについて、確信に近い心当たりがあります。それは恐らく僕だけのことで、栞さんと家守さんがそこに思い至ることはまずないんでしょうけど。
 どういうことなのかと言えば、あれです。栞さんの髪が伸びているかもしれないという、僕が高次さんに持ち掛けた相談です。幽霊の髪が伸びるということは、その伸びた当人が誰かと愛し合っているから――ということで、恐らくは去り際に一言だけでも何か言っておきたかったというところなのでしょう。僕にだけはそれが伝わるというのも把握したうえでの発言だったんだと思います。
 もしかしたらそれはちょっとした意地悪なのかもしれませんし、もしかしたら逆に励ましの言葉だったりするのかもしれませんが、まあどちらにせよ「ありがとうございます」ということで。たとえこれが意地悪だったとしても、です。
 僕がそんなことを考えている一方で、家守さんの突っ込みに「そうか?」と笑って場をやり過ごす高次さん。つまり、これ以上は何を言う気もない、ということなのでしょう。言う気があったらますます長居することになっちゃいますしね。
 というわけで、
「お邪魔しました」
「また明日ね、お二人さん」
 家守さんと高次さん、本日はこれにてご帰宅です。
「なんでそういう話になったのかはよく分かんないけど、まあ、今後も変わらず愛し合っちゃってくださいな。悪いことじゃないしね、別に」
 高次さんは苦笑していました。僕も多分そうだったんでしょうが、内面までそうだったかと言われると、ちょっと言い切れないところがあったようにも思います。

 ――さて、そういうわけで今夜もいつも通りにこの時間がやってまいりました。料理教室が終了し、家守さんと高次さんが帰った後の、栞さんと二人だけになる時間です。
 ……というように説明してしまうと何とも色っぽく聞こえなくもないのですが、しかしほぼ毎晩のことです。聞こえた通りの感情がないわけではないですが、それに対する慣れというものがあったりしちゃうわけです、やっぱり。
 ならばそういうことへ対する気の焦りなんてものは今更殆どないわけですが、しかし今晩は、それ以外のことについてちょっとだけ。
 栞さんと二人だけになってしまうと、やっぱり髪のことが気になってしまうわけです。もちろんこれまでだって気にはしていたわけですが、それがより一層強さを増すというか。
「植物園の話なんだけどさあ」
 髪が気になるからと言って不自然に髪だけを凝視しているのもどうかと思い、結果として視線はあちこちへと泳いでいたような気がしないでもないですが、声を掛けられればさすがにその声を掛けてきた相手へと。
「あ、はい」
「……その反応、またぼーっとしてた?」
「え? あ、いえ、そんなことは」
 その反応、と言われた直後にこの反応。そんなことはあると思われて当然ですし、頭は働かせていたのでぼーっとしていたのとは少々違うとはいえ、状況的には同じようなものだったのでしょう。
 それでもこんなふうに言い訳じみた物言いをしてみたところ、
「いや、それならそれでもいいんだけどね。楓さん達がいた時に言った通り、胸を張って欲しいとは思うけど」
 そうでした。栞さんは、こういう状態の僕をむしろ歓迎してくれているのです。
 しかしそうなると、言葉通りにぼーっとしていたというわけではなく、栞さんの目にも「僕はまた必死に何かを考えていた」というふうに映ったことになります。それが正解なのをたまたまとするか栞さんだからこそとするかは、まあ口に出さない限りは僕の自由ということで、後者にしておきましょう。
 ところで、胸を張って欲しいという話です。
「ぼーっとしてました」
 胸を張ってそう答えました。「すいません」とは付け加えません。
「えへへ、そっか」
 そんなふうに答えた意図の通り、栞さんは嬉しそうに笑ってくれました。ええ分かってますとも、傍から見れば奇妙な光景だということぐらいは。
「私から『何を考えてたの?』とは訊かないけど――」
「訊かないんですか?」
「うん。だって、言うつもりがあるんだったらとっくに言ってるでしょ? それも物凄い勢いで」
 ぐうの音も出ませんでした。黙り込んだ僕を見て栞さんはくすくすと笑い、そしてそれから話の続きを。
「でも、誰のことを考えてたかだけ、訊いてもいい?」
「それ、分かってて訊いてませんか?」
「まあね」
 アリと言えばアリなのでしょう、こういうのも。なんせ二人だけというこの状況ですし。というわけでその答えを伝え、栞さんがもう一度微笑んだところで、話を元に戻します。
「それで、植物園の話でしたっけ?」
「ああ、うん」
 今度は栞さんがぼーっとしていたかのような反応でしたが、まあ突っ込みまではしますまい。
「楓さんと高次さんがいた時に話してたことって、大雑把に纏めちゃうと私とこうくん、楓さんと高次さんの関係についての話だったでしょ?」
「まあ、そうですね」
「そんな話ばっかりだったせいか、ちょっと思い出しちゃって。ほらあの、サタデーが言ってた『自分の周りのものは自分が生きるための仕組みでしかない』みたいなこと」
「言ってましたねえ」
 ちなみにその時、サタデーはこうも言っていました。寂しいことだと思ってくれるな、と。
 思うなと言われたからにはそう思わないよう努力はしますが、しかしそれを拭いきれないというのもまた事実としてあります。だって、やっぱり、ずっと独りぼっちで生きているも同然ということになるわけですし。……いやもちろん、サタデーがそう言った以上、それを信じてはいますけど。
「じゃあ私達はってことになると、話が元に戻るみたいだけど、さっき楓さん達がいた時に話してたようなことを考えなきゃいけないんだよね。誰が好きで、その誰かのどんなところが好きか、とか。好き嫌いだけの話でもないんだけど、とにかく自分の周りの誰かについて、いろいろと」
「そうなりますね」
 疑問を差し挟む余地もないくらい当たり前といえば当たり前な話なのですが、しかし。
 考える、ではなく、考えなきゃいけない、と来ましたか。
「サタデーが言ってたことに照らし合わせるとさ、これも『生きるための仕組み』ってことになるけど、こうくんはそれってどう思う? それで合ってると思う?」
「うん? う、うーん……?」
 いきなり難しそうな質問をされてしまい、なんとも頭の悪そうな唸り声を上げてしまいました。こうなるのは僕に限ったことではないと思いたいところですが、しかしそんなことを考えるべき場面でないのは確かです。
「まあ、合ってるんじゃないですか? 考えないわけにはいきませんし、やっぱり。嬉しいこととか楽しいことばっかり考えるってわけでもないんでしょうけど」
 普通だったら「生きる仕組みだから考えざるを得ない」とすべきところ、この言い方だと「考えざるを得ないから生きる仕組みだ」と前後が逆になってしまっていますが、即興で考えただけの論なんてこんなもんです。なんとも悲しいことですが。
「そっかあ。じゃあ今こうしてるのも、生きるためなんだね。――なんて、死んじゃってる人が何言ってるんだって話なんだけど」
 そりゃまあ、幽霊です。生きているか死んでいるかと聞かれれば、死んでいることにはなるでしょう。普通に考えれば笑いながら冗談交じりに話すことではないんでしょうが、けれど栞さんは笑ってますし、冗談交じりでもあります。それは相手が僕だからだろうか、なんてちょっと自惚れてみますが、しかし実際問題、誰にでもこんなふうにとはいかないでしょう。それこそ普通に考えて。
「でも、その話を元にするんだったら栞さんは生きてるってことになりませんか? 生きるための仕組みを実践してるわけですし」
 栞さんに合わせ、こちらも冗談交じりな軽い口調。けれど、内心までそれと同じく、とはいきませんでした。気を抜いたら表面上の冗談ぽさを押し退けかねない結構な比率で、真面目にそう思ったのです。栞さんと付き合い始めて暫くになりますが、栞さんを目の前にして「死んでいる」だなんて、もうずっとそんなふうには思ってないような気がしますし。
「あはは、変な話だけどね。でもまあ、考え方としてならそういうことになってもいいのかな?」
「少なくとも、僕は栞さんが死んじゃってるなんて思ってませんよ。いや、もちろん実際にはそうじゃないってことを把握したうえでの話ですけど」
 それを把握することなくただ「死んではいない」と思っているというのは、むしろ失礼に――失礼どころじゃ済まない程の、激怒されてもおかしくない暴言になるのでしょう。栞さんに限らず、幽霊さん達はみんな、自分が幽霊であるという自覚のもとに日々の生活を送っているわけですから。
「だとしたら、私を生かしてくれてるのはこうくんだよね」
「いや、全部が全部僕ってわけじゃあ。そのうちの一人でしかないですよ」
 自分の周りの誰かについていろいろ考える、という生きるための仕組み。その誰かというのは特定の個人でなく、いろいろ考えることになる相手、その全てを含んでいるということになる筈です。なんせ相手が見ず知らずの赤の他人でも、その人について何か考えたのなら「いろいろ考える」という条件は満たしてるんですし。
 などと考えていましたらば栞さん、少々お困りのご様子。
「うーん、それは分かってて言ってみたんだけどな」
「あー……すいません、気が利きませんで」
 というわけで今この場は、真面目に話をするだけの場ではないのです。真面目に話をしつつ、でも恋人らしい振舞いというものも取り入れられる――というか、取り入れていくべき場なのです。そりゃそうですよね。夜に自分の部屋で二人っきり、という誰にでも分かりやすい状況なんですから。
 というように軽く反省したところ、栞さん、「ああ」と唐突に何かを納得。
「こうくんのそういうところ、やっぱり好きなんだなあ」
「好かれるようなところありましたか? 今」
 こっちとしては逆に反省すらしたわけですが。好かれて都合が悪いというわけじゃないですけどね、もちろん。
「そりゃあもう、自分のことを真剣に考えてもらって悪い気がするわけがないし。こうくん本人に訊くのも何だけど、心当たりはない?」
 栞さんのことについて真剣になる。それについて、心当たりとなれば。
「……ないわけがないですよね。そういう時は大体、『変』になっちゃってるんでしょうけど」
 すると栞さん、若干ながら声を張り、ついでに胸も張りつつ、どこか自信ありげにこう言いました。
「その『変なこうくん』が好きだっていうのは、楓さん達がいるときに話したよね」
 そのままの言葉で好きだと言われたわけではないですが、そういったニュアンスの話なら。なるほど、その話に繋がりましたか。
 繋げるつもりで話していたのか、それともたまたま繋がっただけなのかは、まあさておき。嬉しい言葉は嬉しい言葉として受け止めつつ、そしてそれを表情に表して返事の代わりとしつつ、話を元に戻しましょう。
「じゃあ、僕を生かしてくれてるのは栞さんですよね」
 元に戻ったら戻ったでまたこういう展開になるわけですが、まあ仕方がありません。
 いや、仕方がないというか、僕としては当然の如く歓迎なんですけど。


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