(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第三十四章 途上 一

2010-04-16 20:54:14 | 新転地はお化け屋敷
 おはようございます。204号室住人、日向孝一です。
 本日は金曜日。金曜日の講義は午後からの三、四限だけなので、目を覚ましたのはいいものの、特にやることがありません。いや、学生であることを考慮するなら暇を口にする前に勉学に励むべきなんでしょうけど、生憎とそこまで真面目な性格はしていないのです、この僕は。
「おはよう」
 あんまり暇なんで、机の上に置いてある熊の置物に挨拶をしてみました。が、無論ながら返事はなく、彼(もしくは彼女)は、いつものように音一つ立てないまま、腕を広げてこちらを威嚇しています。
 前にも全く同じことをした記憶があったりなかったりするんですが、お目覚め直後のぼやけた思考では判然としません。気にしないでおきましょう。
 ……そんなこと言ってる間に毎朝の慣習になってたりしたらどうしましょうか。いや、誰にも見られない分にはそれでも問題はないんですけど。
 朝一番に同じ部屋に居てもおかしくない人物、ということで、頭に浮かぶのは栞さん。もちろんこんなことを考えている今この場では一緒にいるというようなこともないわけですが、しかしもし、「自分がプレゼントした置物に朝の挨拶をしている恋人」なんて状況が目に入ったら、どういう感情を抱くものなんでしょうか?
 …………。
 ……。
 気持ち悪がられるでしょうね。というか、怖がられるんでしょうね。
 ――しかしまあ、朝にちょっと暇があったからってわざわざこんなことを考えるに至ってしまうというのは、つまり普段は暇を感じる暇がないくらいに充実している、ということなんでしょう。そしてそれはもちろん、喜ぶべきことです。
 さあ、無理矢理に前向きな話に仕立て上げたところで、本格的に起きましょう。まずは二度寝をしたくなるこの布団を畳んでしまうところから。

 というわけで朝起きてからのいろいろを済ませ、現在は朝食を作っているところです。普段なら食パンだけで済ませることが度々あったりするのですが、意味もなく意気込んで布団から抜け出たこともあってか、簡単ながらも、今朝はちゃんと料理をすることにしました。
 しかしまあどちらにせよ意味がないことに変わりはないのでそれはともかく、こうして一人で料理をしているとついつい、栞さんを呼ぼうかな、なんて考えてしまいます。が、少し前に二人で決めた「あまりベッタリしないでおこう」という約束は当然ながら今でも有効なので、それについては我慢です。ベッタリすべきところではベッタリしてるんですしね、普段から。
「よし」
 ほんのちょっぴりな寂しさを紛らわせるかのようにそう呟き、同時に料理が出来上がりました。
 目玉焼きと味噌汁と焼き魚、それに白いご飯。簡単でありながら食べてみれば意外とボリュームを感じられる、朝食の定番とでも言うべき取り合わせです。味噌汁と言えば栞さん、なんて未練がましいことは考えません。考えませんとも。

「いただきます」
 当たり前ながら食べるのも僕一人なので、食事の風景は静かなもの。お腹が減っていたというわけでなくとも、箸の進みは賑やかな時に比べて自然と早くなります。
「ごちそうさまでした」
 まあ、それはそれで気持ちのいい時間ではあるんですけどね。普通の人でもそうであろうところ、僕はそれに加えて料理を趣味としているわけですし。ゆっくり味わった自分の料理について自画自賛するなり、逆にもうちょっと手を加えてみようかと考えるなり、静かだからこそ考えを巡らせることができたりもするわけです。
 その点、今回は――料理としては手の掛からないものばかりだったこともあって、自画自賛で済ませておくことに。美味しゅうございました、我ながら。

 食事も終えてさてその後、今度こそやることがなくなりました。
 なので私室でだらだらしていたところ、窓から室内の明かりを押し退けるように侵入してくる日の光に気が留まり、「ああ、今日もいい天気だなあ」なんて。
 そしてそう思った次の瞬間には、まるでそれが自然な流れであるかのように、「そうだ布団を干そう」と思い立つのでした。ベランダに布団を持ち出すだけの作業なので大した暇つぶしにはならない、というのは初めから分かり切ってるんですけどね。
 敷布団を抱えてえっちらおっちら、その敷布団の幅より若干狭い窓をくぐってベランダに出ると、
「あ、おはよう」
 隣のベランダに、栞さんが立っていました。
「おはようございます」
 目覚めた直後から考えていたようなこともあり、ただ顔を合わせただけというのには不釣り合いなほど嬉しかったのですが、しかしそれを態度に表してしまうのは些か不自然でしょう。努めて冷静を装い、抱えた敷布団の脇から挨拶を返しておきました。
「布団かあ、私も干そうかな? 気持ちいいよね、干した後の布団って」
 そう仰る栞さんは、洗濯物を干している最中。
 隣家の方々から栞さんが見えないのはもちろんですが、しかしその洗濯物はしっかりと見えるわけで、ならば栞さんの部屋には誰かが住んでいると思うことでしょう。
 ですがそれが本当に幽霊かどうかまでを確かめに来る人は、まあ常識的に考えていないわけです。ただでさえ人が寄り付かないこのあまくに荘、あまつさえ不法侵入を犯して部屋の中まで踏み入る人なんて、いないというよりむしろいて欲しくありません。
 ……というか一般の方々は、幽霊が洗濯物を干したりするような生活感溢れる存在だなんて、全く思ってないでしょうしね。こういうことを言ってしまうのはどうかと思いますが、その、下着とかだってしっかり並んじゃってますし。ならまあ、「お化け屋敷」なんて呼ばれてても、本当に幽霊がいるとまで考える人はそうそうには現れないでしょう。
「ですよねえ」
 洗濯物を干す栞さんを見ていろいろ考えてしまいましたが、しかしそれは一瞬のうちでのこと。妙な間を作るまでもなく返事をしつつ、僕は敷布団をベランダの手すりへ、その大きさによたよたしながらも引っ掛けました。今から干しておけば、大学に出る頃にはもう取り込んでも大丈夫なくらいなんじゃないでしょうか。
 ともかくこれでベランダでなすべき用事は済ませたわけですが、しかし栞さんと話をしているなら、もちろん部屋に戻ったりはしません。単に栞さんの傍によるというだけでなく、それこそ隣家の方々に不振がられないよう声を落とす目的もあって、狭いベランダの中でも203号室側へ身を寄せます。
 すると、
「ん? こうくん、あれしないの?」
 と、栞さん。
「何ですか? あれって」
「布団叩き」
 言いながら栞さん、布団叩きのジェスチャーも。もちろん、栞さんのベランダにはまだ布団は掛かってないわけですけど。
「私はしないんだけどね、大きい音がしちゃうから」
「ああ」
 そういえば今まで、家守さんであろう一階からのもの以外、あまくに荘の中で布団叩きのあの腹に響くような音は聞いたことがありませんでした。
 となればつまり栞さんだけでなく、大吾や成美さんや清さんも、布団叩きはしないのでしょう。細かい情報に過ぎて気にしたこともありませんでしたし、これからもそんなに気にしないんでしょうけど。
「持ってないんですよね、布団叩きのあれ。まあ、別に手で叩いてもいいんですけど」
「ああ、引越しの荷物に含めるようなものじゃなさそうだもんねえ」
「含めませんでしたねえ、仰る通り」
 ――とは言え、そろそろ引っ越してきてから時間も経ってるわけですし、そういう細かい品々の買い揃えを検討してもいいかもしれません。まあ、そう思ったところでじゃあ今出た布団叩き以外に何か買うべきものがあるだろうかと考たところ、すぐには思い付かないわけですけど。
「どうせ午前中は暇ですし、買いに行きましょうかねえ。食材調達のついでにでも」
 他に買うべきものはともかく、取り敢えずはそういうことに。そしてそうなれば、
「栞さんも来ます?」
「うん」
 ということにも。

 栞さんが布団を干すのをわざわざベランダで見届けてから、二人揃ってお出掛けです。後部座席(厳密には座席ではないんでしょうけど)に栞さんを乗せ、開店時間まであと僅かな、いつもの駅前のデパートへ。
「あ、そうだ。そういえば」
 自転車を漕いでいると「午前中の風は気持ちいい」なんて思ってしまうのは、講義が始まってしまえばずっと室内に留まることになる学生という立場ゆえのことなのかもしれませんが、本当にそう思ってしまったものは仕方がありません。そしてそれはともかく、栞さんの呟きです。
「何ですか?」
「こうくんの机って確か、殆ど何も置いてなかったよね」
「そうですねえ。大学の教科書やらノートやらがちらほらしてる以外は、栞さんから貰った熊の置物があるくらいで」
 何となく申し訳ない気分になったりもするのですが、それを栞さんに言っても仕方がないでしょう。「そんなこと言われても」ってなもんです。
 で、その栞さん。
「漫画とかって読んだりしないの?」
 せめて本棚くらいは埋まらないものか、というのは僕も考えないわけではありません。けれども、
「いくらか持ってましたけど、引っ越す時に全部処分しちゃったんですよねえ。今になって買い直すのも何となく気が引けますし」
「そっかあ。そういうところも大変なんだね、引越しって」
 ……毎日が充実し過ぎて漫画を読むという発想の付け入る隙がなかった、という考え方もできないではないんですけどね。さすがに恥ずかしいんで、考えるだけにしておきますけど。
「私はしたことない――そんなふうには、したことないからなあ。引越し」
 どう聞いても途中で言い直したようにしか聞こえないであろう、その言い方。となればやはり、その言い直した部分が気になってしまいます。後から「そんなふうには」を付け加えたのはどうしてか、と。
「そんなふうには、っていうのは?」
「病院に住むことになったのも、病院からあまくに荘に移ったのも、引越しと言えば引越しなんだろうけど、やっぱり違うでしょ?」
 今更、そういう話になったからと言って顔をしかめるようなことはありません。これまで散々しかめてきましたから。
 というわけで平然としたまま頭を働かせるわけですが、正確な単語を当て嵌めるなら、いま栞さんが言ったそれらは「引越し」ではなく、「入院」と「退院」です。栞さんだってそれは重々承知なのでしょうが、その入院期間があまりにも長く、病院で治療を受けているのではなく病院に住んでいるも同然だった、ということなのでしょう。
 そしてもう一つ、退院と言っても、病気が治ったから病院を出たというわけではないということも、関係しているのかもしれません。そうだとしたら、自分を皮肉った言い方ということになりますけど。
 しかしそんな意味を含んでいるにせよいないにせよ、栞さんも僕と同じく顔をしかめるようなことはないらしく、声は明るいままでした。栞さんとの位置関係上、その顔を確認したわけではありませんけど。
「あまくに荘に来た時の荷物なんて、その時着てた患者服とこれだけだったしね」
 顔を見られないのと同じく、これと言われてもそちらを見ることが――と思ったら栞さん、手を伸ばして「これ」にあたるものを僕の顔の前まで持ってきました。
 いつも頭に付けている、赤いカチューシャでした。
「今はもう着てないけど、患者服もちゃんと仕舞ってあるんだよ?」
 カチューシャについて思ったことを口にするよりも前に、栞さんは前に伸ばした手を引っ込めながらそう付け加えます。しかしそれでも僕としては、患者服よりカチューシャのほうが気になってしまうのでした。
「いつも付けてるから大事なものなんだろうとは思ってましたけど、やっぱり何かあるんですか? その、誰にもらったとか、いつもらったとか」
 今になっても栞さんについて知らないことはあるものだと――なんて思ったりもしますが、実際は付き合い始めてせいぜい一ヶ月程度。正直、こんなものなのでしょう。
 というわけで、気にはしないことにして。
「そこまで特別ってことでもなくて、まあ、在り来りと言えば在り来りってことになるのかな? 親からもらったものなんだよね、病院にいる時に」
 ……確かに、珍しい事情ではないのでしょう。事情自体の重さは別として、あくまで珍しいか否かというだけの話ですけど。
「私はほら、幽霊だから年をとってないわけで、それで見た目の年齢がこうだから――自分で言うのも何だけど、お年頃な時期もずっと病院にいたんだよ。お洒落とかって、全然できなくてさ」
「それで、そのカチューシャを?」
「うん。これだけかって思われるかもしれないけど、嬉しかったよ? そもそもお洒落って言っても、病院の中じゃあそこまで大っぴらにはできないしね。まあどうせ、見せる相手はいなかったんだけど――」
 お洒落がしたいというところへカチューシャが一つだけというのは、男であるうえ、それ以前にそういうことに疎い僕ですら、物足りなく感じるだろうなあ、と。
 でも、栞さんの声色に陰りは全くありませんでした。
「その頃ってもう、お父さんもお母さんも、そう頻繁に来てくれるってわけじゃなかったしね。そういう意味でも、嬉しかった」
「そうですか」
 カチューシャはその形状からしてある程度のサイズ差ぐらいなら融通がきくでしょうし、そもそも頭の大きさは年齢でそこまで大きく変化するものでもないのでしょう。けれど、それにしたって栞さんがしているカチューシャは無理をして付けているような感じが一切なく、ならば栞さんぐらいの年齢、頭の大きさに合わせたサイズなのだろう、と。
 ならばつまり、栞さんがこれを貰ったのは、入院してからかなりの時間が経過した――言ってしまえば、「退院」に近い時期だったのではないでしょうか。
 となれば、頻繁には来なくなっていたとはいっても、それは周囲から責めるようなことではないのでしょう。
「その頃にはもう喜んでる余裕なんて殆どなかったんだけどね。でも、それでも嬉しかったよ、やっぱり」
「もしかしてですけど、それって『胸の傷跡』の手術の前後くらいですか?」
「少し前、に、なるかな」
「……そうだったんですか」
「うん」
 こんな話をしながら、しかしそれでも自転車を漕ぎ始めた時と同様、風の気持ちよさを感じる余裕があることに、我ながら勇気付けられます。ここまで進むことができたんだな、と。
「もし誰かに似合わないとか子供っぽいとか言われても、だからこれだけは外せないかな、今のところ」
「僕はむしろ付けてて欲しいですけどね。似合うと思ってますし」
「ふふ、ありがとう」

 さて、そう時間が掛かるわけでもなく、いつものデパートに到着です。計算通りここに来るまでの間に開店時間を過ぎたということで、いつもより人気の少ない店内へ。
 で、ここへ来た目的ですが。
「布団叩きって、どこに置いてあるんでしょうねえ」
 家具売り場か、それとも布団が売ってあるところに並べて置いてあったりするんでしょうか? まあ、どこにもないという可能性すらありえそうなほど影の薄い物品なんですけど。
「お店の人に訊いてみたら?」
「うーん……いや、歩いて探します」
 いきなり「布団叩きってどこに売ってますか?」と訊いても店員さんが困るだけのような気もしますし、それに何より、
「ここに来たのって、もともとは暇な時間がたっぷりあるからですし」
「それもそうだね。というかいっそ、全然関係ないお店も見ていかない? もしかしたら、こうくんの机に置けるようなものが見付かるかもしれないし」
「そうですね」
 と言って、そりゃもちろん机に置けるようなものというだけでも覗くべき店は随分絞られる筈なんですが、まあそんな野暮なことは言いますまい。これはあくまで暇潰しついでの買い物であって、別の言い方をすれば、デートなんですし。ええ、こんなでもデートはデートでしょうよ。
「じゃあ、二階から行きましょうか。一階は食べ物買いにまた来ますし」
「うん」
 初めに買っちゃうと荷物が重くなりますしね。ということで、早速二階へ。

「あー……」
「ん? どうかしましたか?」
 二階へのエスカレーターを上がった途端、何やら栞さんは呻き声のようなものを上げました。その目は僕のほうを向いておらず、では何処へ向けられていたかというと、
「服屋ですね」
 わざわざ口にするまでもなくどう見ても服を取り扱う店舗なのですが、しかしそれでも一応は口にしてみました。そして栞さん、「えー、うん」と躊躇いがちに頷きます。
「でも、今日はいいよ。このあいだ買ったばかりだし」
「そうですか?」
 なにがどう「でも」なのかというのは、まあ察しが付きます。一昨日のことになりますが、栞さんはこの辺りの店で服を買ったのです。そして、僕がその服をお披露目されたのが昨日のこと。これは恐らくですが、僕がその新しい服をべた褒めしたことも、「でも」のうちに含まれているのではないでしょうか。栞さん、喜んでましたし。
 一昨日に買った服は上下ともに一着ずつだったので、今日はそれ以前と同じく風通しのよさそうな服装です。もちろん、これはこれでグッドなんですけどね。
 ただ、そう思ったからといってこの場で脈絡なくそれを言うのは、控えるべきなんでしょう。気持ち悪いです、多分。
「そもそも今日は成美ちゃんが一緒じゃないしね。こうくんに女物の服を買わせるのはどうかと思うしね、うん」
 自分に言い聞かせているのでしょう。大袈裟なくらい自分の言葉に頷いて、栞さんは歩き始めるのでした。視線はしっかりと服屋のほうへ向けられてましたけど。

 ――というわけで、三階へやってきました。
 再び歩き回る前にまずは二階を一通り歩いた結果ですが、
「良かったね、見付かって」
 ということで布団叩きを発見、購入することができました。
「机に置くほうのものが無しっていうのは、ちょっと寂しいですけどね」
 そもそも二階は、衣服を始めとして家具やら何やら、衣食住のうちの衣と住に属する商品ばかりを扱っているので、机に置くものが見付かるほうが変と言えば変なんですけどね。机そのものは売ってましたけど。
 しかしともかく、布団叩きだけが入ったビニール袋を片手に下げているというのは、やっぱりちょっと寂しいもの。最終的には一階で食材を買うとは言っても、できればここ三階で何かしら買っておきたいところです。明らかに無駄遣いに直結する思考ですけど。
「でもまあ、この階だったら一つくらい何か見付かるんじゃない?」
「僕としてもそれを期待したいところです」
 階ごとに念入りに歩き回った挙句に何もなしじゃあ、肩透かしになるというか、一緒に歩き回ってもらった栞さんに悪いというか。まあ、栞さん自身は気にしないんでしょうけど。
 期待と不安、とは言ってもどちらも小さなものですが、その二つを胸に三階の探索を始めます。
 ここ三階は、主にホビー用品を取り扱う店が集まっています。おもちゃ屋やゲーム屋、本屋などなど。主にというからにはそれだけでなく、二階に入り切らなかったというような店もちらほら見受けられるんですけどね。子供服の店とか。
「自分が用があるわけじゃないにしても、見てるだけで楽しいよね。こういう所って」
「そうですねえ」
 もちろんそれはこちらがそう感じるというだけでなく、店側が客にそう感じさせるためにいろいろと工夫を凝らしている結果でもあるんでしょうけどね。子ども向けの店なんかだと特に。
 ならばそれに釣られて楽しげにしている子どもがいたりすれば、より一層雰囲気が良くなったりもするのでしょう。しかし生憎、時間帯が時間帯なので、子どもどころか客数自体が少なかったりもするんですけど。
「こうくん、ああいうのってどうかな」
 いろいろ見ながら歩いていると、栞さんの足が止まりました。ああいうのとはどういうのかと栞さんが向いているほうへ目を遣ってみたところ、そこに飾られていたのは大小様々なぬいぐるみ達でした。
「……男の一人部屋にああいうのって、どうなんでしょう?」
「あれ? 駄目?」
「いや、駄目だってわけじゃないんですけどね」
 リアルとはいえ熊の置物を机に配置し、しかもそれがしっくりきているように感じている身としては、まあ買ってもいいかな、くらいには思える品々です。
 が、そんな僕個人の嗜好とはまた別のものとして、「男の一人部屋に」という話が出てくるわけです。
 今こうして勧めてくれているわけですから、栞さんは何とも思わないのでしょう。しかし喜ばしいことに、僕の部屋には結構な頻度で栞さん以外のお客さんもおいで下さるのです。特に家守さんと高次さんなんて、毎晩のことですしね。
「うーん、ものすっごく大きいのだったりするならともかく、これくらいのだったら、そう気にならないと思うんだけどなあ」
 栞さん、二十センチくらいのものが並べられた棚に顔を近付けながら、そんなふうに。
「それに、大きいものだったら驚くっていうのはもう、男の人とか女の人とかそういう話じゃないと思うし」
 要は、ぬいぐるみが大きかろうと小さかろうと「男の一人部屋」は問題にならない、ということでしょうか。
 さすがにそこまで割り切ることはできませんでしたがしかし、小さいものだったら問題ないかな、と思わされる程度には心を揺すられました。逆に言えば、大きいものを買うことに抵抗を感じたということなんですけどね。
「そうですね、じゃあ一つ買いましょうか」
「うーん、私も買っちゃおうかなあ」
 あれ、そうなりますか。
 ――いろいろある中でどのぬいぐるみを買うかという問題はありましたが、キャラクターものとかは正直よく分からなかったので、無難であろう動物のぬいぐるみにしておきました。
 僕はキリンで、栞さんがゾウ。どちらも四本の足で安定性は抜群です。……たまにありますしね。一見安定してそうなのに、支えを設けないとどうやっても転んでしまうぬいぐるみって。あれで少々残念な気持ちになるのは僕だけでしょうか?
 それはともかく、犬や猫など定番と言えそうなものもあるにはあったのですが、なんせ友人に犬や猫がいるもんで、二人揃ってそこは避けたのでした。ぬいぐるみを買わずとも本物と触れ合えるわけですしね、やっぱり。
 そしてもう一つ、ぬいぐるみである以上は必然なのかもしれませんが、随分と可愛らしくデフォルメされています。机の上であのリアルな熊と並ぶところを想像すると、なかなかに親睦性が感じられません。このキリンのぬいぐるみのほうが随分と大きいわけですが、それでも取って食われてしまいそうです。
「――あ」
 とにもかくにも自分の買い物と、同時にほくほくした様子の栞さんにも満足しながら引き続き歩いていると、またも栞さんの声で足が止まりました。今度は何の店でしょうか?
「ちょっと寄ってみない?」
 そう誘ってくる栞さんが指し示しているのは、家電店。さすがにここには僕の机に飾るようなものは売ってないでしょうが、しかし栞さんの意図はすぐに分かりました。もしかしたら、ここで働いている知人に会えるかもしれません。
 それが誰かと言うならば、清さんの奥さんである明美さんです。


コメントを投稿