(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第五十章 気になる話 三

2012-10-14 21:01:08 | 新転地はお化け屋敷
 想像力を働かせることで眠気をより強く飛ばす、という試みをしていた明くんですがしかし、講義が始まってしまえば彼女のことばかり考えているわけにもいきません。もちろん人によってはその講義の内容についても想像力が働くのでしょうが――。
「明くん、明くん」
「う、うう……」
 しまった寝てた、というようなリアクションがあればまだ良かったのでしょうが、普通に辛そうなお目覚めをさせることになってしまいました。もし寝てしまったら起こして欲しい、と頼まれている身ではあっても、それにはやっぱり多少の後ろめたさくらいはあるようなないような。
 でもまあ、そうですよね。普段は「講義を聞くと眠くなる」というだけのことですが、今回はそれに加えて寝不足でもあるんですしね。明くんでなくともこうなるでしょうしね。
「頑張って」
「すまん……」
 講義を聞く気自体はあるっていうのが、なんだかいっそ気の毒に思えてくるのでした。

「お疲れ様でした」
「お世話様でした」
 講義が終わって一番、僕と明くんはそんな遣り取りを。そして明くんは、やや力無いものではありましたがそれと同時に笑ってみせてくれ、ならばこちらとしても胸を張ってミッションコンプリートと言ってしまって問題はないのでしょう。お世話の名を借りた意地悪に見えなくもないんでしょうしね、あれは。
 ――とまあ、別に今回初めてそう思ったというわけでもない感想はそれくらいにして。
「それにしても明くん、今更だけど」
「ん?」
「『結婚式四日後だから』なんて言われたら普通、それこそ眠気なんてどっか行っちゃうくらい驚くもんだと思うけど。別にそうでもなかったよね? 話した時」
「あー、うーん、まあそうなるのかね。でもまあ孝一、言っちゃ悪いけど――って別に悪気があって言うわけじゃないんだが」
「うん」
「結婚相手が幽霊って時点でもう、そっから先は何を驚けばって感じだぞ。こっちからすれば」
「あー」
 確かにそれはそうなるのでしょう。何をどう取り繕ったところで「普通でない」のは間違いないわけですから、ならばその後の展開が同じく普通でなかったとしても、そう驚くようなことではないのでしょう。むしろ普通に結婚式を挙げるということのほうこそ驚かれそうな気も。
「まあ人のこと言えないんだけどな、俺だって」
「僕も明くんみたいにどっしり構えられればいいんだけどね、逆の立場になった時」
 何がどう「人のこと言えない」なのかは、敢えて語るまでもないでしょう。そして明くんは今回も、そんな話に眠気を飛ばされているようなのでした。
「大丈夫だろ。ちょっとくらい周りが慌てたって俺、多分それに気付く余裕ないし」
「というと?」
「結婚式挙げるなんて話、あいつが大はしゃぎしないわけがない」
「あー」
「そしたら周りだってそれ見て笑うんだろうしな。やかましくなるのはあいつだけだと思うぞ、結局」
「似たような経験はたっぷりしたって感じ?」
「そういう経験しかしてないとすら言えるかもしれん」
 溜息を吐いてみせる明くんでしたが、しかしその顔は笑っていました。そういう経験しかしていないというのであれば、それが好きで好きでしょうがない、ということになるのでしょう。よっぽど気に入ってるんでもなければ満足できないでしょうしね、それ「だけ」ということになると。
「とまあ恥ずかしい話はこれくらいにしても、だ」
「恥ずかしかったんだ」
「そりゃな。――式を挙げるってとこまでは行ってないにしても、相手が幽霊ってのは俺からすれば二組目だしな、孝一と栞さんは」
「ああ、そっか。深道さんと霧原さん」
「そうそう」
 二組目。つまりは二例目ということであれば、それこそ今になって驚くようなことは何もない、ということになるのでしょう。正確には「何があっても驚けない」なのかもしれませんけど。
 ……ところで、話に名前が出たところで思い付くことが一つ。
「深道さん霧原さんにも訊いてみないと、日曜の予定」
「俺が連絡しようか?」
「いや、そこらへんは自分で」
「そっか」
 なんせ自分の結婚式に誘ったりするわけですから今はもう友人、もしくは先輩として扱ってはいるのですが、それでもどこか明くんを通した「友人の友人」という扱いも抜け切っていなかった先輩二人。しかしそれこそ自分の結婚式に誘っている以上、今になってそんな扱いをすべきではないのでしょう。ましてや、確認のための連絡を明くんに任せるなんてこと。
「まあ予定とかは大丈夫だと思うけどな、あの人らも俺とセンみたいなところあるし」
「そうなの?」
「あれで『深道先輩が一緒ならどこでもいい』みたいなとこあるぞ、霧原先輩」
「あれで……」
 その単語の意味するところは良く分かりますが、一方でそんな言い方しちゃっていいのかな、なんてふうにも。それら二つの意味を込めて同じ言葉を繰り返してみたところ、明くんは顔を近付け声を落として、こう言い含めてきました。
「ああ、俺がこんなこと言ってたなんて絶対言うなよ」
「わ、分かった」
「被害が行くの俺じゃなくて深道先輩だからな」
 そうなるのか……。

 本日の講義は一限目だけ、ということで今日はもう家に帰ってしまっていいのですが、というか栞がきっと首を長くして待っているであろうことを考えればすぐに帰るべきなのでしょうが、しかしそういうわけにもいきませんでした。明くんとも話した通りに深道さん霧原さんに連絡を――というのは電話で済ませるつもりなので別に大学に残る必要はなかったのですが、それとはまた別に飛び込みで用事が出来てしまったのです。
「あぁら、えらく可愛らしい子だと思ったら日向くんじゃないのぉ」
 学生であれば欠かすことのできない、休講確認という作業。残念な、なんて言ってしまうのもどうかと思いますが、それでもやっぱり残念な休講なしという結果を噛み締めて踵を返してみたところ、そこにはその口調通りの人が立っていました。
 というわけでおはようございます一貴さん。可愛らしいっていうのはちょっと勘弁してください。
「どぉお? 休講あった?」
「いや、ありませんでした」
「あらそう。うふふ、残念だったわねえ」
 言ってしまうのもどうか、なんて思ってみたことを言ってしまった一貴さん。しかし四回生でもそんなふうに捉えてるものなんだな、なんてちょっとした安心も。
「一貴さんはどうですか? というか、四回生でも休講とかあったりするんですねやっぱり」
 卒業まで一年を切ってるわけですから先生方側としてもそうそう予定を崩したくないんじゃないかなあ、とかそんな勝手な想像からそんなことを言ってみましたが、
「そりゃあねえ」
 とのこと。まあそうですよねやっぱり。
「もう単位も殆ど取っちゃってるから時間割スッカスカだし、だから余計にダメージ大きいのよねえ、休講だってこと知らずに教室で待ちぼうけなんかしちゃうと。他にも講義があるならそのまま時間潰しててもいいけど、他に何もないからせっかく来たのに帰るしかない、とかね」
「ああ……」
 それは気を付けないとなあ、と思う反面、僕の場合は家からここまで片道五分だから往復でも十分の損にしかならないんだよなあ、とも。しかし時間はどうあれ煩わしいことには変わりないでしょうし、ううむ、どうなんでしょうね実際にそうなったときの心境って。
 しかしそれはともかく、ここで一貴さんに会えたのはラッキーです。さっそく日曜日の予定を――と思ったら、先んじたのは一貴さんでした。
「ああそうそう、日向くん」
「はい?」
「一昨日の話だけどね。あたしの、前の彼女を探してみようかっていう」
 今の今まですっかり意識から外れていましたが、しかしどうやら忘れていたというわけではないらしく、そう言われた瞬間にさっと気分が冷やっこくなる僕なのでした。
 一貴さんの前の彼女。高校の同級生だったと、確かそんなふうに言っていた記憶があるその女性は、既にお亡くなりになっています。
 火事、だったそうです。
「あれ、探すことにしたわ」
 そうですか。と、即座には納得しないでおきます。納得するにはもう一声。
「それは、諸見谷さんも同じ意見なんですか?」
「ええ」
「そうですか」
 探すことにした。その結果だけに納得してこの話はここまで、ということにしてしまうにはいろいろと気になることも多いのですが、しかしそれを訊き返すようなことはしないでおきました。どうして一貴さんが僕にその話をするかといえば、それは繋ぎでしかないからです。探すということならそれにあたって協力を申し込むことになる、我等が管理人兼霊能者さん達への。話を聞くのは僕ではなく、その家守さん高次さんの仕事ということになるでしょう。というか、しておくべきでしょう。
「どうしましょう、今すぐ連絡取ってみます? 仕事中でしょうからメールにはなりますけど」
「迷惑じゃなければ……」
 誰に何の連絡を、というのはもう、言わずとも伝わるのでした。そりゃあそうでしょう、一貴さんだってそのために僕にこの話をしているわけですから。
 そういうことなら早速、とメールの編集画面を開いたところ――そこでふと思い出したのは今日の予定でした。
「あ、そうだ一貴さん」
「どうかした?」
「今日からちょっと泊まりで出掛ける予定があるんですよ、僕。だからもしうちの管理人さんに今日会うつもりだとしたら、直接の紹介はできないんですけど……」
 家守さん高次さん側はそれでも問題ないでしょうけど、一貴さんはそうもいかないんじゃないかなあ、と。幽霊の存在を知っているにしても、だからといって自分が霊能者のお世話になるっていうのは、やっぱり身構えるところはあるでしょうしね。
 しかしそんな心配に反して、一貴さんは「それは大丈夫だけど」と。
「今日にでも会えるの? そういうことならそうさせてもらいたいわね、こっちとしては」
「メールの返事待ちにはなりますけど、多分大丈夫だと思います」
 そのメールを出してすらいない時点でそこまで言ってしまうのもどうなのかと思わないでもありませんでしたが、しかしそれでもそう返しておく僕なのでした。まず間違いなく大丈夫であるなら、可能な限りいい返事をしておきたかったですしね。

「メールの文面、こんな感じでいいですか?」
 携帯を一貴さんのほうへ向け、送信直前まで作成したメールに目を通してもらいます。別にそう凝るようなものでもなし、なので簡潔かつ簡素に要件を伝えるだけのものではあったのですが、だからといって確認の一つくらいはしておくべきなんでしょうしね。
「…………」
 そして一貴さんのほうも、その簡潔かつ簡素な文章が映し出されている小さな画面を睨むようにすらしながら覗き込みます。そりゃあそうですよね、重大極まる話なんですし。
「ありがとう、これでいいわ」
 携帯から顔を離した一貴さんは、その瞬間にはもう普段のいろんな意味で柔らかな表情なのでした。
「分かりました」
 ほっとしたところででは送信――というのがボタン一つ押すだけで終わってしまうというのはなんだか拍子抜けな気がしないでもないのですが、まあしかしたったそれだけのことのために手順が複雑化されるというのはあまりにも馬鹿げた話ですよね。
 というわけで、馬鹿げた話は早々に打ち切りまして。
「返事が来たらまた僕から連絡します」
「お願いするわね。本当にありがとう、日向くん」
 そりゃまあお礼を言われる場面ではあるのでしょうがしかし、この状況に対する最も簡単な手段である「今この場で家守さん高次さんの携帯の電話番号やメールアドレスを教えてしまう」という選択を回避している僕なので、多少ながら気持ちが引っ込み気味にならないこともありませんでした。もちろん、それはちょっといきなり過ぎるよなあ、という考えがあってそうしたわけではあるんですけどね。
「本当なら、今日泊まりに行くところに『一緒にどうですか』なんて言いたかったりもしたんですけどね」
「あら、それは残念ねえ。……うふふ、じゃあどの道お世話にはなってたってことね。この話をしてなかったとしても」
 ということは、つまり。
「あれ、じゃあ呼んだら来てもらえてたってことですか?」
「だって、四回生ってすんごく暇なのよ? さっきも言ったけど」
「ああ」
「一回生の日向くんが行けるっていうなら、あたしなんか、ねえ?……ちなみに、ということは割と近所なのかしら。そのお泊まりするっていう――」
「旅館ですね」
 と、話がそこに移るということであるなら当然、旅館ですねだけで済ませるわけにもいかず。
「実は前に言ってた結婚式挙げるところと同じ場所なんですよ、その旅館。近くとかじゃなくて、同じ……ええと、家?」
「家?」
 どう表現すべきか迷った挙句にありのままを口にしてみたところ、一貴さんの口からも同じ言葉が繰り返されるのでした。知らなかったらそうなりますよね、そりゃ。
 というわけでその辺りの説明をしたところ、
「露天風呂! 混浴の!?」
 もっとも食い付きが良かったのはそこなのでした。えー。
 いや、そりゃ、霊能者一族だとかなんだとか、いきなり聞かされても反応し辛くはあるんでしょうけども。
「いいわねえ、それなら結婚式にお呼ばれした時は是非愛香さんと二人で……あら?」
「え?」
 そういえば以前、諸見谷さんから一貴さんについて「おっぱい語らせると熱い」なんてことを聞かされたことがあったけ。とか、それに関連しているのかどうかは存じませんが諸見谷さんは自分の胸に嫉妬したことがあるらしいとか、そんな話を思い出していたところへの「あら?」です。ちょっとビクッとさせられたのは否定できませんでした。
 ちなみになんで今この場でそんな話を思い出していたのかというのは皆まで語るまでもないでしょうということで、その「あら?」の続きを。
「日向くん、混浴に一人だけで入ったってことはないわよねえ?」
 ……想像していたことと大して変わらない話なのでした。
「いやいや、でも二人だけってことでもなくて、みんなで入りましたし。っていうかその時はまだ栞とはそこまでの関係じゃなかったっていうか」
 と、つい余計なことまで口走ってしまいましたが、一貴さんはそこには触れてこないのでした。さてそれは気遣いなのか気付かなかっただけなのか、というのはともかく。
「やっぱりすっぽんぽんなの? 入る時って」
「……タ、タオル巻くぐらいはしてましたよ? 男女問わず。いやまあ、本当は駄目なんでしょうけど」
 とは言いつつ、その一方ではこんなふうにも。
 あの時はただ恥ずかしいからという理由でそうしていましたが、けれど今思うとあの家と関わりが深いどころではない家守さんも躊躇いなく巻いていたわけで、なら少なくとも四方院さん的には問題のない行為だったりしたのかもしれません。確か、男風呂と女風呂の間に混浴を作ったのは覗き防止のためだとか、そんな話もありましたしね。
「ふーん。じゃあ日向くん、もし愛香さんに会うことがあってもそれは内緒の方向でね」
「え? っていうのはその、タオル巻いてたって話ですか?」
「ええ」
 ものすっごいニコニコしながら躊躇いなく頷いてくる一貴さんなのでした。不安になったことや尋ねておきたいことはいくつかあった筈なのですが、しかしそのニコニコっぷりに気圧される形で結局何も、「分かりました」とすら言えず仕舞いに。
「やらしい意味なんかももちろんなくはないけど、それだけじゃなくて――というか、それは大したことじゃなくてね。本来はそうすべきっていうならそうしておきたいじゃない? 多分、いい思い出になると思うし」
「ああ」
 それが果たして事実なのかどうかということに目を向けず、それっぽい意見そのものにすがりつくようにして、今度は頷く僕なのでした。
「それに正直、今更でしょう? やらしい意味っていうのは」
「まあ……」
 という話を自分に置き換えて考えられるというのは、喜ぶべきことなのでしょう。というわけで僕に置き換えた場合ですが、栞と二人であの風呂に浸かったとして、じゃあタオル取っ払ったら即そういう方向に意識が向いちゃうかと言われれば、確かにそんなことはなさそうな気がしました。
 風情を楽しむ、なんて言えるほど美意識とかそういったものに造詣が深くはない僕ですが、それでもやっぱりそういう楽しみ方はできると思うのです。単純に景色もいいですしね、あそこ。
「うふふ、ご納得頂けたところで今晩どうかしら? 時期的にも場所的にも、花嫁さんも一緒なんでしょう? 今日お泊まりに行くのって」
「そ、それはそうなんですけど……ええと、考えときます」
 納得した時点でまず間違いなくそうするとは思うのですが、しかしそれをそのまま一貴さんに伝えるのはなんだか躊躇われたのでした。いいように誘導されたというか。
 いえもちろん、あちらにそんな意図はなかったんでしょうけど。
「ところで一貴さん、今更ですけどここで会えて丁度良かったです」
「あら、実は初めから用事があったとか? 嬉しいわねえ、モテモテよあたし」
 まあ、否定はしないでおきましょう。
「前に言ってた結婚式なんですけど、早ければ次の日曜日にってことになりまして」
「あら!」
 どんな反応が帰ってくるかと思いきや、多少声が大きくなりはしたもののそれだけといばそれだけな一貴さんなのでした。さすが幽霊のこともあっさり受け入れてくれただけのことはあります、ということでいいんでしょうか?
「で、別にまだ決定ではないんですけど、せっかくだから来てもらうみんなに都合が付けられるか訊いて回ってる最中だったんです」
 訊いて回ってる、なんて言いながら一貴さんでまだ二人目だったりもするわけですけども。
「日向くん」
「はい」
「四回生ってね、ほんっっっっとに暇なのよ」

「とのことだったんですが」
「あー、まあ、平日はともかく土日なんかは家にいるか諸見谷さんに会いに行ってるかじゃな確かに」
 深道さんにそうしようとしていたのと同じく電話で済ませられる筈だったのですが、しかし僕は同森さんをはじめとしたいつもの四人組と会うことになっていました。そりゃまあ予定の確認をするというならそうなりもしましょうという話なのですが、一貴さんが声を掛けてくれたのです。電話で。
 その電話口からそのまま予定を尋ねればよかったんじゃ、なんてのは、僕自身が一番そう思っていますとも。でも言えないじゃないですかやっぱり、親切心から直接会えるように計らって貰ったわけですし。
 というわけで栞、ごめんなさいだけどもうちょっと待っててください。
「諸見谷さんのほうも兄貴に合わせて土日は空けてくれてるみたいじゃし」
「平日でもたまに来てくれるわよね。一緒にご飯食べに」
 そこらへんのフットワークが軽いのはやっぱりアルバイトだからということなんでしょうか。諸見谷さん、前に言ってましたしね。今はアルバイト生活だって。……と、まあ、バイトでもないのに軽過ぎるフットワークを持ってる人もいるんですけどね。好きな時に仕事を休みにしてみんなで遊びに出掛けるっていう。
 ところでそれはともかく、異原さんが口いたところで後に続くのはお馴染みの展開。
「奢ってもらっといて『一緒に食べる』はねえだろ」
「う、うるさいわね…………というかあんた! そんな配慮ができるんだったら普段からもうちょっと遠慮ってものをしなさいよ!」
「だから、初めから奢るつもりで来てる人に遠慮なんかしたらそれこそ失礼だろっつう話だよ」
「あんたがそれで納得しててもあたしが恥ずかしいのよ居た堪れないのよ!」
「あわわ……」
「はいはいストップじゃお前ら。日向くんが困っとるじゃろうが」
 一番困ってそうなのは音無さんなんですけどね。というか同森さん、もしかして毎回音無さんが困り始めるまで待ってませんか?
「さっきの、兄貴にだけ向けた話ってわけでもないんじゃろう? じゃなかったらワシらが呼ばれた意味がないしの」
「あ、はい」
 四回生は暇だ、という一貴さんの主張。それを話したということで、ならば自然、「次の日曜の予定」という言葉を口にしていた僕なのでした。というわけなので、明くん一貴さんに引き続いて今この場にいる皆さんにも結婚式の話を。
 した結果。
「次の……? あ、あら? 結婚式ってそういうもん?」
「いやいや、そういうもんじゃないですよ。自分で言うのもなんですけど」
「そ、そ、そうよね? あたしの感覚が間違ってるわけじゃないわよね? 引っ張って引っ張ってどかーん、みたいな感じよね?」
 取り繕う余裕すらないといった感じにうろたえる異原さん。明くん一貴さんに続いての三例目にしてようやく、ごく一般的に想定されるであろう反応を得ることができました。
 と言っても別に喜ぶようなことではないんですけどね。
「分からんでもないがなんか恥ずかしい例え方じゃな……。ともかくそうか、それで次の日曜が暇かどうかという話になるわけじゃな」
「はい。まだ全然それで決定ってわけじゃないんで、無理して空けてもらう必要はないんですけど」
 今した話の中でも言いましたが、もう一度そう言い含めておきました。大事ですもんね、そこは。
「兄ちゃん」
 するとその時、口宮さんから声が掛かりました。
 ならばこちらは「なんですか?」とそちらを向いてみるわけですが、すると口宮さん、ぴんと人差し指を立ててこう言いました。
「二回生だってな、ほんっっっっとに暇なんだぞ」
「なわけないでしょうが」
 異原さんに頭を叩かれていました。
 おかげで慌てていた筈の異原さんがあっという間に落ち着きを取り戻した、などという余計な情報は隅に置いておきまして、
「えー、少なくとも問題はないってことでいいんでしょうか?」
「おう。で、俺がそうなら自動的にこいつもな」
「ちょっ、ばば馬鹿やめっ」
 さっきのお返しなのかそうでないのか、異原さんの頭を撫で回す口宮さん。で、そうなると異原さんの方はあわあわするばかりで手が出なくなってしまうのでした。
「こんくらいでそんな赤くなんなよ」
「ううう……!」
 口宮さんはともかく異原さんとしては間違いなく他人に茶々を入れられたくない場面でしょうから、僕からのコメントは差し控えさせて頂くことにしておきました。髪を撫でるっていうのは僕も栞に対してちょくちょくしているのでその気持ちよさは分かるのですが、でも異原さんの場合はおでこの触り心地も良さそうですねえ、なんて、そりゃとても言えたもんじゃありませんでしたしね。
 というわけで。
「同森さんと音無さんはどうですか?」
「ん? ああ、ワシは大丈夫じゃが――静音、どうじゃ?」
「あ……わたしも、大丈夫です……」
 こちらも特に問題なく予定なしなのでした。いや、未だに弄ばれている異原さんを踏まえて「こちらも特に問題なし」とは言い難かったりもしますけど。問題アリで予定なしというか。
 で、そちらが気になるのは僕だけということでもないようで、
「静音はどうじゃ、あれ」
「ど、どうだろう……?」
 相変わらず口元以外の表情が窺い知れない前髪な音無さんではありますが、声色だけを頼りに察してみる分には、興味と不安が半々、といったところ。
 半々である以上、そこからどうするかは人によって左右されてくるのでしょう。ならばこの場合、同森さんはどちらなのかという話になるのですが――考えるような一瞬の間ののち、その手は音無さんの頭へと伸ばされたのでした。
「ん……ん、えへへへ……」
 気が合う、ということになるのでしょうか、口元だけ見てみる限りでもそれは音無さんにとって「正解」だったようでした。
「ちょっともうマジで止めなさいって無理だって! ああ視界がぼやけてきた! 顔熱い! 顔熱い!」
「なんでこれで涙目になってんだよ」
 なんなんでしょうね、同じ彼氏彼女という関係でこの落差。いやまあどちらが上という話ではありませんし、これはこれで正解だったりするのかもしれませんけど。


コメントを投稿