(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十九章 結婚式 四

2014-04-29 21:08:55 | 新転地はお化け屋敷
「アタシの立場からもう一個言わせてもらうとするなら」
 とここで、家守さんがそんなふうに切り出します。家守さんの立場から、とのことですが、ということは。
「清明くんの霊障が治まるのが遠い将来ってことはないから、それについても心配は要らないよ。はっきりいつだって断言できるものじゃないけど、でももういつ治まってもおかしくないっていうのは間違いないからさ」
「はい」
 やはり霊能者という立場からだったそんな話。初めて聞いたというわけでもないんでしょうけど、それでも庄子ちゃんはとても嬉しそうに微笑むのでした。それは誰の目からしても心を明るく、温かくさせられるものでしたし、ましてやそれがその表情を引き出した本人ともなると、
「んー、やっぱ可憐だねえ。恋する乙女ってやつは」
 なんて感想が口を突くほどのものなのでした。が、しかし今度はその感想に対して、
「……ぐぐぐ、すまん家守。今お前がそういうことを言ってしまうとその、どうしてもだな」
 どうしても別の何かを連想してしまうらしい成美さんなのでした。そうですか、可憐だとか恋する乙女だとか、そういう言葉から連想してしまうような装いでしたか。
「あやややや、ごめんなっちゃん堪忍して」
 和んでいたところを一転してあたふたし始める家守さんでしたが、しかし一方で、庄子ちゃんがほっとしたように嘆息していたりもするのでした。そりゃまあ、乙女とか言われちゃったらそうもなりましょう。恋する、についてはもう開き直ってるようですけどね。

「庄子ちゃーん!」
「ナータリー!」
 出会い頭にひしと抱き合う、もとい腕に巻き付き巻き付かれする庄子ちゃんとナタリーさんなのでした。今日がこういう日だからなのか、それともただなんとなくなのか、普段よりいっそう元気が宜しいようです。
 というわけで、101号室での「いい話」から更に暫くののち。とうとう四方院家からのお迎えの車がやってきたところで、残る102号室の皆さんとも顔を合わせることになったのでした。おはようございます。
 お世話になる身としてはお迎えの人達に一声掛けるくらいはすべきなのでしょうが、しかしそちらについては高次さんがいろいろと話し込んでいるようなので――当主の弟さんにしては随分と気さくな感じですが、それは家を出たからなのか元からそんな感じなのか――それが済むまではこちらはこちらで、ということに。
「おおう、せーさんがお父さんっぽい」
「んっふっふ、普段はそうじゃないってことでしょうか?」
 清さんがお父さんっぽい、という話。何のことかと言いますと、服装の話です。庄子ちゃんが学校の制服を着ているのと同様、とまるで庄子ちゃんが基準であるかのように言ってしまうのもどうかとは思いますが、ともかくスーツ姿で現れた清さんなのでした。
 年齢というのも当然あるのでしょうが、しかしどうでしょう。やはり着慣れているかそうでないかというのも、着こなしにおいては重要になってきたりするんでしょうか? こうして見ていて「スーツ姿の清さん」というのは実に自然なのですが、僕がスーツを着ても「スーツ姿の僕」というよりは「僕とスーツ」でしかないというかなんというか、馴染まないんですよねどうしても。
 とまあそんな愚痴はともかくとして、家守さんの軽口に清さんが軽口で返したところ、しかしそこへ更に返事を重ねたのは、家守さんではなく庄子ちゃんなのでした。
「えー、そんなことないですよ。清さんは間違いなくお父さんなんですから」
「清明くんのな」
 すかさずそんな一言を付け加えたのはそりゃあ大吾です。
「……いや、そりゃあそういう話ではあるんだけどさ」
 意地悪な兄に恨みがましい視線を向ける庄子ちゃんではありましたが、でもまあ確かにそうだな、なんて思わされることがないでもありませんでした。
 清さんが清明くんの父親であることは自明もいいところなのですが、しかしその清明くんが目の前にいるならともかく、そうでない時は清さんを見てもその情報が先頭に立ちはしないのです。そういう意味では、さっきの家守さんと清さんの遣り取りも的を射ていないではありません。
 一方で庄子ちゃんからすればそりゃあ常にその情報が先頭に立っているのでしょうが、しかしそれについて、ここで詳細な説明をする必要はないでしょう。101号室でもさんざん触れた話題ではあるわけですしね。
 その頃には腕から肩へ移動していたナタリーさんも、恐らくは僕と同じような考えから含み笑いを溢しているのでした。

「んで高次さん、運転手さん達と何話してたの?」
 前回お邪魔した際に乗せてもらった、中で食事までできてしまう車。あれについては「本当にこれで公道走って大丈夫なんだろうか」とすら思わせられたほどだったのですが、今回の車についてはそれほどではないのでした。まあ今回は、車内で食事をする必要はないわけですしね。
 ――とは言ってもそこはさすが送迎用、一般の自動車と比べればまだまだ大きいわけですが。なんせあまくに荘の全員プラス庄子ちゃんアンド猫さんまで加えた全員を、幽霊さん方に重なってもらう必要もなく乗せてしませるわけですし。もはやバスですよねこうなってくると。
 ある程度の慣れがある僕達やそんなことに関心がなさそうな猫さんはともかく、庄子ちゃんはあっちをきょろきょろこっちをきょろきょろと、実に子どもっぽい反応を示しているのでした。子どもっぽいもなにも子どもと言って差し支えのない年齢ではあるのですが、普段がしっかりしているので割と新鮮だったりしないでもありません。
 で、それはともかく家守さんの質問のほうですが。
「いやほら、料理長が怒ったりしてなかったかってね」
「キシシ、おお怖い怖い」
 料理長。というのはこの場合、当然ながら四方院家のということになるわけです。で、あるならば。
「大門さんのことかな」
 栞が言いました。一つの仕事場に長と呼ばれる人が二人もいるわけないだろうし、そうだろうねやっぱり。
「料理長って大門さんのことですか? 怒ったりっていうのは?」
「ああ、そういや仲良くなったんだっけね日向くんと栞さん」
 間違ってはいないんでしょうけど、しかし何でしょうかこの素直にはいと言えない感じは。仲良くなった……ううむ、年齢差があり過ぎる、ってことでしょうか。
「俺と楓がお客さんを急に増やしちゃってね。連絡入れたのが昨日の夜だから、ばたばたさせちゃってるだろうなあって」
「ああ、それはそれは」
「料理やってる人だと分かっちゃうのかな? それが実際どれくらい大変かって」
「そうですね……家とかだったら人数分の材料さえ揃えてしまえば鍋で済ませちゃったりできますけど、ちゃんとした料理を出すとなったらやっぱり……。仕込みに時間が掛かるようなものなんかだともう、大変とかどうとか以前に諦めるしかないでしょうし」
「あー、はっは、訊くんじゃなかった。うひいおっかねえ」
 申し訳ないです。と僕が申し訳なく思う場面でないのはそりゃそうなんでしょうけど、珍しい調子で慄く高次さんを見てしまうと、ついついそう思ってしまうのでした。
「お客さんというのはご友人で?」
「あ、はい。楓の」
「そうですか」
 料理のことばかり気にしてしまった僕とは違って、清さんは急に増やしてしまったというお客さんのことを尋ねるのでした。で、おっかながっていた高次さんは気を取り直してそれに応えたわけですが、わざわざ家守さんのと付け加えたのならば、共通の友人ということではないのでしょう。
 ……が、しかしどうにも、その友人についてそれ以上何か尋ねるわけでもなく身を引いた清さんには、あっさり過ぎやしないかと思わなくもありません。とはいえ高次さんのほうから何を言うわけでもなく、なのでその話題はそこで収束してしまうのでした。他の誰かから質問が上がってもおかしくはなかったのでしょうが――なんというか、静かになった空気がそれを躊躇わせるというか。
 まあしかし、結婚式に招待したということであれば、ここで訊き出さなくたってどうせ顔を合わせることにはなるのでしょう。というわけなので、この場ではあまり気にしないでおくことに。
「ああ、そういやさこーちゃんしぃちゃん」
『はい?』
 考えていた内容もあってかついつい返事が大きくなってしまったのですが、するとタイミングはもちろんその大きさまでもが、栞とぴったり被ってしまったのでした。笑えばいいのやら慌てればいいのやら。
 少なくとも家守さんは少し笑い、それから話を進めてきました。
「高速入ったらパーキングエリアで一旦他の車と合流することになってるんだけど、どうする? こーちゃんのご両親を乗せてる車に移れるけど」
 そんな話に隣の栞へ目を遣ってみたところ、返事を訊くまでもなさそうでした。というわけで、
「じゃあそうします」
 二つ返事でその提案を受け入れるのでした。

「えらく肝が据わってるなあ」
 というわけで、パーキングエリアでの合流時。別の車でやってきた両親と顔を合わせたところ、まずはお父さんからそんなことを言われるのでした。僕だけならともかく栞も一緒だというのに、挨拶にすら先んじてです。
 先日家守さんから栞を、というか幽霊をずっと見られるようにしてもらったお母さんと違ってお父さんにはまだ栞が見えてはいませんが、とはいえこの状況なら確認するまでもなく一緒にいると思うでしょうに。――という話はともかくとしておいて、
「え? 何が?」
 なんせこんな日です。何に対してと言われればそりゃあ結婚式に対して肝が据わっているという話なのでしょうが、しかし何を以って肝が据わっていると思われたかについてはよく分かりません。僕達が乗ってきた車内部の人数を見て、ここまで楽しくわいわいやってきたとでも思われたのでしょうか。そんなことはなかった、とまでは言いませんがしかし、そうだったとしてもそれは、間違いなく緊張を紛らわせるためという一面を含んでのものだった筈です。
 筈です、と地味に断定できないでいる程度には緊張していたのでしょう。などと自己分析なんぞしてみますがいかがでしょうかお父上。
「いや、なんか普通の格好してるし」
 僕を指差してそう返してくるお父さん。ということはつまり、その指が差しているのは正確には僕ではなく、僕が今着ている服なのでしょう。庄子ちゃんが制服を着てきたことと比べる形で言及してもいましたが、私服です。僕はもちろん、お父さんには見えていないでしょうが栞も、現在は。
「どうせあっちで着替えさせてもらうしっていうのはそりゃあるだろうけど、でもほら、父さんと母さんだって」
 言いつつ、今度は自分達の服装を指してみせるお父さん。そう言うからには二人ともちゃんとした格好で、つまりはスーツ姿なのですが……お父さんはともかくお母さんのスーツ姿なんて、もしかして初めて見たんじゃなかろうか僕。ああでも学校の三者面談とか……どうだったっけ?
 という話は今関係ないとして、ここで救いだったのはお父さんの口調が感心しているようなものだったことでしょう。いや感心されても困ると言えば困るんですけど、時と場合を考えろと叱り付けられてもおかしくはなかったんでしょうし。
「あなた」
 と思ったら、むしろお父さんがお母さんに叱り付けられました。それはそれでなんでまた。
「あれ、なんか不味かったか?」
「身の上はお聞かせ頂いたでしょうに、スーツなんかいつどうやって用意しておけっていうの。……栞さんも私服よ今」
 なんでこっちから一言もないままそんなドンピシャな回答を導き出せるのかと今度はこっちが感心させられましたが、しかしお父さんからすればそれどころではありません。みるみるうちに、それこそ不味かったという顔に。
「じゃあ孝一もそれに合わせたってことか」
「まあ、一応はね。向こうでは着るだろうからスーツも持ってきてはいるけど」
 という最後の確認も経たのち、
「軽はずみな発言申し訳ない」
 と頭を下げることになったお父さんなのでした。見えない相手に対して、ではありますが。
「いえそんな、逆にこちらからいろいろ示し合わせておくべきだったんでしょうし、あの、なので、こちらこそ申し訳ありませんでした。……あ、あと、おはようございます」
 頭を下げ返したところで、本来このタイミングその姿勢ですべきことを思い出したのでしょう。続けて朝の挨拶までしてしまう栞なのでした。ううむ、せめて順番が逆であれば。
 ともあれその栞の言葉を僕が代わりに伝えたところで両親も挨拶を返すわけですが、しかし残念ながら、そりゃあ今から話の主題をそちらに移そうとはいかなくもあるわけです。
「次からはもっとちゃんと気を遣うようにするよ。誰が一番そうすべきかっていったら、そこはやっぱり僕なんだろうし」
 栞が幽霊であることで、どんなことにどんな影響が出るか。恐らくながら、それは本人である栞よりも傍で生活を共にしている僕の方が予想を立てやすいんじゃなかろうかと、そんなふうに思うわけです。もちろんその話だけでなく、相手が自分の両親だからという点も考慮に含むべきではあるんでしょうけども。
「頼むわね孝一。こっちはあんまり頼りにならなそうだから」
「い、一応このあと大仕事なんだからあんまり責めないであげてね?」
 せっかくちゃんとした格好で来てくれたのに背筋をしゃんとさせられないお父さんを見てしまうと、ついついそんなふうに庇ってもしまうわけですが。
「あら、今の『こっち』っていうのは私も含めてよ?」
「え、そうなの?」
 今までの対応を見ているとそんな感じでもなかったけど、なんて思っていたところ、お母さんは少し俯きがちになりながらこう続けます。
「正直に言うと、最初お父さんから栞さんが見えてないこと忘れてたもの。怒った後で慌てて一言付け加えたけど」
 起こった後で付け加えた一言。というと、「栞さんも私服よ今」の部分でしょうか。
 ……ますます、挨拶を先にしておけばという話になってきました。そうしてさえいれば、その時点でお父さんがまだ栞と直接の会話ができないことにお母さんも気付けていたでしょうに。
 ともあれ、そういうことなら。
「家守さーん、すいませーん」

「ありがとうございます、一家纏めてお世話になりまして」
「いえいえ、お世話になったというならこちらこそ。ほんの少し前まで料理なんか一切と言っていいくらいしたことなかったっていうのに、息子さんのおかげで今はもう」
 お父さんと、それに続いてお母さんが頭を下げると、家守さんはそんなふうに返すのでした。その隣で高次さんが浮かべている笑みは、恐らくながら家守さんの現在の料理の腕前を表現したものなのでしょう。
 それについてはめでたしめでたしとしておきまして、しかし料理について褒めていただけるというなら基本的にはいつでも歓迎するところですが、こういう場面でまでとなると事のスケールの差というか何と言うか、割と居心地の悪さを感じてしまわないでもありません。
 が、まあしかし。そういうわけでお父さんについても常に幽霊を見られるようにしてもらい、今のお父さんの言葉ではありませんが、これで日向家は一家全員が他者を挟まず幽霊と関わりを持てるようになったわけです。
 ……改まってみると、それってかなり凄いことのような気が。
 ふむ。
「あれ? 栞さんそれ」
 栞と結婚するにあたって両親に強いることのなったものの大きさに一層気を引き締めていたところ、しかし僕のそんな調子とは正反対に気の抜けた声で、たった今見えるようになった栞について何かを指摘するお父さんなのでした。
「前うちに来てもらった時にもしてましたっけ、その指輪」
「あっ」
 具体的に何をと言われたその途端、指摘されたそれを手で覆い隠してしまうのでした。
 というわけで、仰る通りに実家へ帰った時はまだ購入していなかった指輪の話なのですがしかし、今気になるのは話自体ではなくそれに対する栞の反応です。なんでしょうか、反射的にとも言えそうなくらいの素早さで隠しちゃいましたけど。
「あらしぃちゃん、どしたのそれ。――ん? そういえばここまで誰も触れてこなかったけど、家からここまでそれずっと嵌めてたの?」
 僕が指輪を手で覆い隠した意図を尋ねるよりも先に、家守さんがそんな質問を投げ掛けます。
 そういえばそうでした、栞が指輪をしていることについて言及した人はここまで一人もいません。が、だからといって「今までは嵌めていなかっただけ」なんてオチでないことは、僕が知っています。なんたって今朝その指輪を話題に取り上げているわけですし、だったらその時その指にしっかり嵌められていたことは、ばっちり記憶に残っているわけですしね。
 シャワーを浴びた時に外したかもしれませんが、そこで置き去りになっていたりしても、続けてシャワーを浴びた僕が気付いているでしょうしね。で、そんなことはなかったわけで。
 というような感じに今朝のことを思い返している間、家守さんが高次さんに気付いていたかどうかを尋ねてもいましたが、しかしどうやら高次さんも今気付いた様子なのでした。というわけで、僕を含めその場の全員の視線が栞に集まったところで――。
「ちょっと来て」
 栞、困り果てた顔で僕を集団から数歩程度離れた場所へ引っ張りだすのでした。
 ということならそりゃあ僕以外の人には聞かれたくない話なんだろうということで、移動した先で声を落として尋ねます。
「何? というか、なんで?」
「婚約指輪を贈ってもらったことはいいの。むしろ見せびらかして自慢したいくらいだし。でも……」
 あからさまに言い訳然とした物言いをし始める栞でしたが、
「なんかほら、あれだよあれ。孝さんがこれにキスしてくれたこと思い出したらなんか恥ずかしくなっちゃって、それでここまでずっと、それとなーく人目につかないようにしてたんだよ。上から手を重ねたり背中側に回してみたり」
「ああ……」
 残念ながら大変良く分かるお話なのでした。僕も思い出したくはなかったです。
 もちろん、ただ指輪を買った――栞の立場だと、買ってもらった、になるのでしょうが――とだけ言っておけばそれ以上追及されるようなことは何もないわけで、隠し通すだけなら難しい難しくない以前の問題なのでしょう。
 とはいえ。
 とはいえ、です。あんなこっ恥ずかしいことをした対象物となると、たとえそのこっ恥ずかしい行為を知られていようがいられまいが、その対象物を人目に晒すのには抵抗があるのでした。ええ、栞だけでなくこの僕も。
 栞の両の肩に両の手をぽんと乗せ、僕は努めて落ち付かせた声でこう告げます。
「我慢しよう栞。我慢するしかない。大丈夫、気持ちはよくよく分かるから」
「ん。分かった頑張る」
 我ながら、というか我等ながら、これはさすがに馬鹿としか言いようがないんじゃないだろうか。真剣な表情で決意を固める栞を前にすると、ついついそんなことを考えてしまうのでした。
「あ、でもあれが嫌ってわけじゃないからね? というかごめんね、こっちからして欲しいって頼んだことなのにこんな」
「いえいえ」
 栞から頼んできたのは今朝の二度目とこれから先の三度目以降であって、最初の一回は僕からしたことなわけですしね。……いやあ、これだけ恥ずかしがるようなことをし始めたのがまさか栞でなく僕だとは。

「婚約指輪です。昨日孝一さんに買って頂きました」
「タイミング的にどうかとは思ったんだけどね、婚約も何ももう結婚した後だったんだし」
 気を取り直して、いや正直なところ取り直せてはいませんが、その辺はなんとか押し殺して婚約指輪贈呈のお知らせを。
 見せているのは指輪の筈なのにキスシーンを公開しているような気になってしまうのはなんとかなりませんでしょうか本当に。
「ほーう、やることはちゃんとやってるんだなあ孝一も」
 そのどこか抜けたような表情からして他意はなかったのでしょうが、家守さんが喜びそうな(というかどう見ても喜んでましたが)言い回しを選択してしまったことで、お母さんから肘で小突かれるお父さんなのでした。
 ……最近はこんな感じばかりですが、栞を紹介するまではこうじゃなかったんですけどねうちの両親。大方の家庭がこうだろうと予想できるくらい平々凡々な、外出でもしない限りは一緒にいても居間でテレビ見てるくらいしか印象がない二人だった筈なのですが。
「栞さんが納得してらっしゃるなら何も問題はないでしょう」
 その二人のもう一方、お母さんについてはそんなお言葉を頂戴することに。本当に納得しているのか疑っている……という見方をしてしまうのは、むしろこちらが疑い過ぎでしょうか。
「もちろん納得済みです。買う時には私もその場に立ち会ってましたし、それに、指輪のデザインのこと以外でも」
「そうですか」
「はい」
 笑い合い、つまりは喜び合う栞とお母さん。すぐに仲良くなってくれてよかったなあと、息子やら夫やらの立場としては改めてそんなふうに思わされるのでした。
「まあタイミングについては、二人の間に婚約が成立した時点で同時に結婚が成立したようなものだったりもしますので」
「書類上の手続きが発生しませんからね。その辺りは目を瞑ってしまっても問題ないかと」
 とここで、小突かれて苦笑いを浮かべていたり一緒に喜んでいたりするこちら側と比べ、一歩引いた位置から家守さんと高次さんの説明が。忘れちゃいけませんが、僕達は今お客様なのです。
 書類上の手続きが発生しない。それがどういうことかと、どうしてそうなるかということくらいは皆まで言われずとも両親にだって察せられるわけで、となれば少しばかり気勢を削がれてしまったりもしたようだったのですが、
「そういうことは孝一さんがめいっぱい考えてくれるから大丈夫です」
 胸を張りさえしながらそう宣言する栞に、すぐさま両親は色を取り戻すのでした。
 ――とここで、高次さんが何かに気付いたように視線を明後日の方向へ。それに気付いたからには僕もその視線の先を追ってみるわけですが、すると少し離れたところで、ここまで僕達を送ってくれた運転手さん達の一人が何やら合図を送ってきていました。こちらの邪魔にならないようにという配慮か声を伴わなかったそれによれば、どうやらそろそろ出発するようで。
 そちらへ軽く手を振ってみせた高次さんは、ならばこちらを向き直ってこう言います。
「出発のようなので、私共はそろそろ。孝一さんと栞さんはここからご両親と同じ車に同乗――で、よかったんだよね?」
 孝一さん、なんて呼ばれ方をしながらフランクな尋ね方をされるとどうも調子が狂いますが、とはいえ既に仕事は済んでいるわけで、ならば一から十まで丁寧に扱われてもそれはそれでといったところでしょう。
 僕と栞が揃って頷くき、すると今度は家守さんからもこんな質問が。
「結局指輪引っ込めたのってなんだったの? しいちゃん」
 一から十まで丁寧に扱われても、どころかもう完全にあまくに荘の隣人モードに戻っている家守さんなのでした。にやけてますよ顔。
「秘密です。そんなこと言うんだったらこっちだって成美ちゃんから全部訊き出しますよ」
「キシシ、なるほどあれが比較対象になるような話ってことね」
「あっ」
 せっかく握っていた弱みを逆手に取られ、してやられた、というか自爆してしまった栞なのでした。
「それじゃあ皆さん、四方院さんの家、というか式場でまたお会いしましょう」
 栞をやりこめたのが良い区切りとなったのか、高次さんを引き連れ実に気分良さげに車へ戻る家守さんなのでした。
「うーん、まだまだ敵わないかなあ楓さんには」
「いずれ勝つ気ではあるんだ……」
「そりゃもう。尊敬に値する人っていうのはそのまま目標にも成り得るわけだよ孝さん」
 そうして強くなられた時に僕が被るのは不利益ばかりのような気がしますが、どうなんでしょうね実際のところ。どうですか最近叱られてばかりの父上様。


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