(有)妄想心霊屋敷

ここは小説(?)サイトです
心霊と銘打っていますが、
お気楽な内容ばかりなので気軽にどうぞ
ほぼ一日一更新中

新転地はお化け屋敷 第十五章 遠出 五

2008-06-07 21:01:49 | 新転地はお化け屋敷
 僕は、まるでこちらを気に掛けていない蛇の背後からできる限り素早く手を伸ばした!
 蛇はそれでも栞さんの握り拳にばかり目を――いや、気付いた! 気付かれた!
 しかし今更手を止めるわけにもいかず、僕はそのまま――!
「捕まえた!」
 結果として、僕の手の中には硬いような柔らかいようなあんまり気持ち良いとは言えない感触があり、その手からは蛇の頭がちょこんと飛び出している。焦点という概念があるのかどうかすら疑わしくなるようなその真っ黒でつぶらな瞳が、睨むのか眺めるのか、僕の顔をじっと見詰めている。
「あ、ありがとう……」
 栞さんは疲労感溢れる声でそう搾り出すと、その場でへたれ込んでしまった。足に感触が残っているのか、スカートの裾は未だ抑えたまま。
「つ、捕まえたのはいいですけど、どうしましょうかこの蛇」
 蛇を掴む腕を目一杯に前方へ伸ばしてちょっとでも顔から離れさせ、どうしても震えてしまう声で栞さんに尋ねる。しかし栞さん、蛇へ不思議そうな眼差しを向けるばかり。
「栞さん?」
「あ、ご、ごめん。ちょっとその、変だなって思って」
「何がですか?」
「孝一くんが今そうして掴んでるの、嫌だったらすり抜けられるんだよね。その蛇」
「ああ、まあ、確かにそうですね」
「もしかして、懐かれちゃったのかなー、とか」
 それは正直、嫌過ぎます。会ったばっかりの蛇さんには申し訳ないですけど、お友達にはなれそうも――ああ、舌をチロチロさせないで。
 当然、本当に懐かれてしまったかどうかなんてのは分かりません。それこそ家守さんがここにいればなあ、って話なんですが、いないものはいないので仕方なし。
「あの、栞さん、できれば今すぐにでも離したいんですけどこれ」
「あ、うん、離しても大丈夫だよ」
 そう言ってすっと立ち上がった栞さんは、笑い半分で顔をしかめると「……多分」と言葉を付け加えるのでした。しかし、多分であれ確実であれずっとこのまま掴んでいるわけにはいかない。なので僕はその蛇を振り被って――やっぱり止めて、足元へ離してみた。なんて言うかその、家の人語を解する動物さん達と知り合ったからなのか、どうにも放り投げる事に抵抗が。結果として妙な動きを披露した僕は栞さんに少し笑われましたが、それはそれで。
「逃げ――ない、ね」
「うーむ」
 着地した蛇はさっき栞さんへそうしていたように、じいっと僕を見上げているのでした。ここまでくればさすがに攻撃する意思はないんだろうなとは思いますが、だからと言って可愛いかと問われたらそれはちょっと、ねえ?
「で、どうしましょう?」
「連れて帰るわけにもいかないよねえ」
 そうですか、連れて帰りたいですか栞さん。そうなるとあまくに荘までの道程時間に直して一時間、僕は蛇を自転車の前籠に入れてビクビクしながら過ごすって事ですか。いやはやそれは恐ろしい。
「……まあ、行きましょうか」
「そうだね」
 連れて帰りたいと思っている事を理解しつつも、僕はそれを口にせずに滞ったままの帰宅作業の再開を促した。ちょっと卑怯なような気もするけど。
 というわけで、やや離れた位置に停めてある自転車の元へ。
「ばいばい、蛇さん」
 去り際に栞さんはそう言って、蛇へと手を振った。蛇はと言うと、その手をなのかその向こうの栞さんの顔をなのか、とにかく一直線上に並ぶそれらの方向を、じっと見詰めていた。
 ――はてさて、ようやく蛇から逃れて自転車に跨ってみると。
「ついて来てるよ」
「マジですか」
 振り返ってみればバックすると轢いてしまいそうな位置に彼、もしくは彼女が。結局のところ全然逃れられてないのでした。
「どうしよう?」
 と一件困ったふうに尋ねてくる栞さんの表情からは、どことなく期待の色が窺える。それは恐らく、さっきの「連れて帰るわけにもいかないよねえ」があるからそう思うんだろう。さて、どう返す?
「……連れて帰ったり、してみます?」
「え、本当?」
 と一件驚いているふうに声を上げる栞さんの表情からは、なんとなく喜びの色が窺える。
 いそいそと自転車の荷台から降り、さっきまで怖がっていた事なんて忘れたかのようにひょいと蛇を抱え上げる栞さんは、「なんとなく」どころではなく嬉しそうなのでした。
 はあ。


 ――果たして、思い描いた通りに蛇が前籠に収まってしまいましたが。
「……………」
 せめて前見てよ蛇さん。そんなじっと見詰められても……なんだろう、餌とかなのかな。舌チロチロしてるし。
「下り坂、気持ち良いねー」
「そうですね」
 後ろからは栞さんの、スピード抑え目とは言えやや浮遊感の生じる今の状況を楽しんでいる様子が、音声のみでお送りされてくるのでした。僕も素直に楽しみたいところなんですけどね。
「ところで栞さん」
「ん?」
「この蛇が怖くて帰ろうとしてたんですから、今みたいになるんだったらまだ屋敷にいても良かったんじゃ?」
「あ」
 ……まあ、いいんですけどね。


「お。おけーりオマエ等――って、なんだそりゃ!? 蛇!?」
 まあ、驚くよねさすがに。
 また小一時間ほどのサイクリングを経て目的地に到着し、その建物の二階に上がって一つめの部屋、哀沢成美さんがお住まいの201号室。一応隣の202号室が空だということを確認してから、ならばこっちだろうと同じようにして訪ねてみれば、意外にも最初に出てきたのが目的の人物でした。小間遣いじゃないんだから。
「うん、蛇」
 あちらからすれば突飛もない展開であろうその光景に大吾は身を引き、彼に応対する栞さんは、腕の上に蛇を乗せて事も無げにそう頷くのでした。
「山のお屋敷で見つけたんだけど、懐かれちゃったみたいなんだよねー」
「だだ、だからっつって連れてくるかよ普通!」
 おお、大吾がまともだ珍しい。
「なんだなんだ、騒々しいな」
「お帰り、お二人さん」
 大吾が騒ぐと、それに釣られて悪態をつく成美さんと僕達を出迎えてくれるチューズデーさんが奥から現れる。一方は見た目が子どもで一方は紛う事なく猫だとは言え、綺麗な女性二人に囲まれていた大吾は、結構羨ましい立場にあるのかもしれない。あくまで「かもしれない」、だけど。
「うおっ。喜坂、そいつは……」
「蛇だよー」
 視界の先の長細い生き物に驚く成美さんへ、さっきと同じ調子で繰り返す栞さん。蛇だってのは、見れば分かるとは思いますけどね。
「ふーむ。今回君達は、わたし達が前に住んでいた屋敷へ行ったんだったね?」
「はい。そこで急にこの蛇が出てきて、しかも気に入られちゃったみたいで……」
 とてつもなく簡潔に事情を説明すると、チューズデーさんは尻尾をくねらせた。
「大吾、すまんがあの蛇と同じ高さまで持ち上げてくれ」
「ん? ああ」
 何を考えたのかは分からないけど、大吾にそう頼んだチューズデーさんは両脇を抱えられて蛇と同じ高さ、しかもその目前に顔を並べた。ぶらんと垂れ下がったその下半身がチューズデーさんの大人っぽいイメージとはとても釣り合わなくて、少し笑いそうになってしまい、だからと言ってそれを悟られると失礼に当りそうなので、顔を背けて堪えておく。
 ぷくく。
「……ふーむ、あの屋敷にも確か同じような蛇が飼われていたと思うね。わたしだけじゃなく、みんなもそう言ってるよ」
「て事はなんだ、コイツもあそこで飼われてたかもしれねえって事か?」
「しかし、わたし達以外はみんなどこぞに引き取られていった筈だがなあ。蛇の生息地域なんてものはよく知らないが、屋敷周辺の野良蛇なのかもしれないね」
 そんな相談が目の前でなされている間、蛇は僕や栞さんにそうだったように、チューズデーさんをじっと見詰めいていた。それが蛇の習性なのか、それともこの蛇個人の癖なのかは、蛇に詳しいわけでもない僕には判断がつかなかった。
 ……思えば。動物それぞれに「個人」というものがあるなんて、ここに住むようになるまでは意識しなかったかもしれない。そりゃあそれ以前だって、例えば猫だったら全ての猫が同じ動きをするのかと言われれば「違う」と答えたんだろうけど。
「あの、一応言っておくとその、この蛇も幽霊だから」
「ほほう」
 物思いにふけっている間に栞さんがやや言い難そうな調子で情報を追加すると、チューズデーさんは宙ぶらりんな下半身から垂れる尻尾を再びくねらせた。髭もややぴくりと動いたような気もする。その後ろで大吾と成美さんは、もうちょっと分かりやすく、僅かな動揺の色を見せていた。
「――だとするならまあ、我等が敏腕霊能者様がお帰りになれば事情も分かるかね」
 そこまで言ってから、チューズデーさんは貞観新と首を捻って後ろの様子を窺う。そして「ふむ」と一息つくと、それでもじっと自分を見詰め続ける蛇へ視線を戻す。
「良かった良かった、と喜んではいけないのだろうが」
 ちょっとだけ気まずい沈黙。当然、当の蛇からすれば今の会話は、内容も何もあったもんじゃない雑音の塊でしかないんだろうけど。
 そしてそんな一瞬だけの静寂の後、
「玄関で立ち話するのもこのくらいでいいだろう。さあさあ上がってくれ、三人とも」
 部屋の主さんは快く僕達を中へと招き入れてくれ、
『お邪魔します』
 そんな僕と栞さんの言葉に合わせるように、蛇は舌をチロチロさせるのでした。


「で、どんな話したのさ?」
「どんなったって……蛇は喋れないわけですしねえ。話の種にしてチューズデーさんが屋敷に住んでた頃の話とか」
「あと、大吾くんがそわそわしてたよね。この蛇ここで飼うのかどうかって」
 夜。204号室。台所。三人。
 まあ、いつもの如く料理中なわけです。底の丸い中華鍋がジャンジャン音を立てながら細切れの豆腐を見るからに辛そうな赤いソースと共に――まあ要するに、麻婆豆腐ですね。うん、いい香り。
「よく片手で振れるもんだね、そんな大っきい鍋」
「さすがは男の子だね」
「小さい頃は両手で抱えてたんですけどねえ。しかも無意味に大きく振っちゃって、中身撒き散らして親に怒られたりとか……」
 と、小さい頃の失敗を振り返って嘲るような方向へ話を持っていってみれば、
「小さい頃から中華ですか、さすがは先生」
「そういう失敗があったりしたから、今これだけお料理が上手なんだろうねー」
 むしろ感心されてしまいました。そんなつもりじゃなかったんですけど、まあいいか。……ところで、市販のレトルトパックを使えばそれこそ袋ラーメン作る程度の難易度だと思うんですけどね麻婆豆腐。今と同じで。
「今回みたいな量じゃなかったら、見た目ほど重くはないですよ」
 ああ、手首が痛い。


「お待ちどう様でーす」
 ――というわけで「今回みたいな量」。つまり、度々あるように今夜の夕食はあまくに荘全員集合なのです。その名目としましては、蛇のお目通りですねもちろんながら。と言っても肝心の蛇は、部屋の隅でとぐろ巻いてますけど。
「何の匂いだっけか、これ」
「辛そうだな。……苦手そうな感じだ」
「同じく。まあ、わたしは食べないがね」
「ワウ?」
「んーむ、これは……麻婆豆腐じゃないですかね?」
 居間にお集まりの皆さんが、運び込まれる食器から漂う香りに舌鼓。そうでない方のお口にも合うと良いのですが。
 ちなみにチューズデーさんは昼に成美さんと刺身を食べたようで、食事はもう結構だ、とのこと。ジョンも特にお腹が空いているわけではなさそうなので、この二名については食事の人数に含まれてはいません。
「せーさん、ご名答」
「成美ちゃんも大丈夫だと思うよ。辛さ控えめだって――なんだよね? 孝一くん」
「ですよ。匂いほどは辛くはないです」
 そういったさじ加減が買う段階で行えるのも、レトルト食品の良いところ。辛さが段階分けされて数字で表されてるのは便利ですね。と言っても、なんせ今日こうして全員集まるのは不意に決まった事なので、実際のところ辛さ控えめなのは成美さんではなく家守さんと栞さんに配慮してのものだったんですけどね。辛いのが駄目って人は結構多いですし。
「そうなのか? それはありがたい」
 まあ、結果オーライってやつですか。
 さて、それでは皆さんご一緒に。
『いただきます』

「成美ちゃん、どう? 大丈夫そう?」
「む……。そうだな、思っていたほどには――あ。ああ、じわじわ来たような……!」
「ワウゥ」
「んでよヤモリ。色々飼ってて今更だけど、蛇ってここに置いててもいいのか?」
「あらだいちゃん、隣でもがいてる彼女さんは無視なのかな? ジョンでさえ心配そうにしてるってのに」
「アホか」
「み、水を、くれないか」
「そういう時は水を飲まずに口の中辛くしたまま一気に食べたほうが楽ですよ? ――いえいえ、持ってきますけど」
「んっふっふ、目が怖いですよ哀沢さん」
「これでも駄目って、よっぽ辛いの苦手なんだね成美ちゃん」
「美味いとは思うのだが、口と舌がついていけん」
「――ふん。で、どうなんだ? ヤモリ」
「ここに置くのは一向に構わないけど、蛇さん本人がどう思ってるかだよねえ。随分大人しくしてるけど」
「だからオマエに」
「分かってるよ。ご飯食べ終わったら話してみる。――それにしても、本当に大人しいねえ。蛇ってもっとこう、威嚇しながらシャーシャー言ってるイメージだったんだけど」
「常に威嚇なんかしてるわけねーだろ」
「そうなんだけどさあ。……ま、そこも含めて食後のお楽しみって事にしとくよ」
「ワンッ!」

『ごちそうさまでした』
 麻婆豆腐以外の、ポテトサラダや味噌汁といったあんまり和洋中の纏まりがないおかずも全て空になり、成美さんの苦労はあったものの、本日も概ね好評の内に夕食会は終了。お粗末さまでした。
「さて家守さん。怒橋君がお待ちかねのようですよ?」
 すると早速と言いますか、無言の視線を部屋隅の蛇へ投げ掛ける大吾を見ていつもの笑みを浮かべた清さんが、話題を次の場面へと。
「みたいだねえ」
 そんな事はない、とでも言いたげに勢い良く清さんへ振り向く大吾を気にせず、この話題で一番重要な人物さんは同じく蛇へ、その楽しげな視線を向けた。
「あの、家守さん」
「ん?」
 呼びかけ、こちらを向いたその顔に、ふと浮かんだ疑問をば。
「今更ですけど、怖くないんですか? 蛇なんて」
「んっはっは、仕事とあらばライオンとだって話するんだよ? 蛇は初めてだけど、見た目だけで言うなら可愛いもんさあ。そんなに大きくもないみたいだし」
 そりゃ、凄い。そのライオンと話してる場面を想像するだけでも顔の筋肉が硬直しますよ。
「そんな引きつった顔しないでよお」
 ほらやっぱり。
「言葉が通じればそんなに怖いもんでもないよ? 言ってみれば大きい猫なんだし」
「――と、人間は分類しているらしいがな。しかし猫としてはとても信じられんね」
 分かるような分からないような論を展開する家守さんに、予想外な点を指して突っ掛かるチューズデーさん。大吾と同じくお客さんが気になるのか、物言わぬ蛇の隣に腰を落ち着けて、猫背という単語がデタラメだと思ってしまうくらいにぴっと背筋を立てています。蛇のほうはと言うと、そんなチューズデーさんを相変わらずじいっと見詰めたままぴくりとも動きません。そんな光景を確認しつつ、
「でも、言葉が通じたりはしないんですか?」
 人間の勝手な分類とは言え、やっぱり猫は猫。ジョンとマンデーさんが会話できるように――とは言ってもやっぱりそれとは差があるけど――猫とライオンだって話はできるんじゃないだろうか?
「無理だ」
 そんな考えを一言であっさりと崩したのは、チューズデーさんではなくもう一人の猫、成美さんでした。
「そうなんですか?」
「ああ。まだこの姿ではなかった時に動物園に入り込んだ事があるんだが、さっぱりだったな。人間だってそうだろう? 詳しくは知らんが、住む所によって使う言葉が違うそうじゃないか」
「ワウ」
 これには、「確かに」と頷く他ない。すると代わってチューズデーさんが言葉の節々に薄く笑いを含ませながら、
「まあ、人間の言葉を使っているわたし達がそれを言うのも妙な話だがね」
 と言って尻尾をくねらせ、隣の蛇を向き直る。まるで、人間の言葉を使えない蛇と自分を比較して、人間の言葉を使える自分自身を皮肉っているようだった。もちろん、そう見えたってだけの話だけど。
 するとそこで、
「そこまで急かされちゃあしょうがない。お仕事に入るとしましょうか」
 僕とは違う受け取り方をした家守さんが、「どっこらしょ」とわざとらしく言い放ちながらゆっくりと立ち上がる。そうなれば、誰も口にはしないけど、部屋内の雰囲気がにわかに「待ってました」と言わんばかりの浮付いたものへ。それを受けてなのかどうかは分からないけど、蛇の元へ歩み寄る家守さんは、その顔に微笑を浮かべていた。少なくとも誰かをからかう時のような意地悪なものでなく。
 そしてチューズデーさんと入れ替わるようにして蛇の眼前にどっかりとあぐらを組むと、「おほん」と咳払いを一つ。そして、
「えーと、改めまして今晩は。アタシはここの管理人兼霊能者です」
 意外にも、いたって普通に話し掛け始めた。そして数秒の沈黙の後、こちら側を振り向いた家守さんは「女の子みたいだよ」と一言。これまた意外。
 って言うか今、蛇――さん? ちゃん? は、何か喋ったんでしょうか?

(あ、あの、あの、管理人さんは、どうして私達の言葉が使えるんですか?)
「ん? いやいや、アタシが喋ってるのは人間の言葉だよ。幽霊さんに通るようにフィルターを掛けたって言うか、そんな感じだね」
(そ、そんな事が……。それであの、幽霊さん達はともかくあの男の人も私の事が見えてるみたいなんですけど)
「うん。アタシとあの人は幽霊が見える体質なわけ」
(そそ、そうなんですか? 生きてるのに幽霊が見えるって、人間にもそういうのがあるなんて、知りませんでした)
「あんまり多くないからねえ。見えててもそれが幽霊だって気付かないままの人もいるし」
(へえ……)
「ところで、いきなりだけど幾つか質問してもいいかな?」
(あ、は、はい)
「近くの山にある赤い屋根のお屋敷にいたらしいけど、以前そこに住んでた人達とは知り合いだったりするのかな?」
(屋敷の――と言うと、お爺さんお婆さんの事でしょうか。もしかして、管理人さんは二人の事を?)
「いやいや、アタシじゃなくてね。そこの黒猫さんが――まだ他にもいるんだけど、生前あそこで飼われてたんだよ」
(ほ、本当ですか!? 私もあそこで飼われてたんです!)
「へえ、そうなんだ。それで今まであのお屋敷に残ってたの?」
(いえ、あの、私はお爺さんお婆さんが亡くなった時に動物園に引き渡されたんです。でもあの、沢山の人間が見に来るっていう環境に馴染めなかったと言うか、体を壊しちゃって、それで……。世話してくれる人は、とても良くしてくれてたんですけど……)
「そっか」
(その後――動物園で良くしてもらったのも分かってたし、お爺さんお婆さんがもういないのだって知ってたけど、その後、それでもやっぱりあの屋敷が良かったなって、帰ってきたんです)
「へえ。で、それから今日までずっと一人で?」
(はい。それでもさすがにちょっと寂しいなって思ってたんですけど、今日、あっちの二人が屋敷に来て、散らかった部屋の片付けをしてくれたんです。私の事も見えるみたいだし、良い人だなって気になってついて行ってみたら、ここまで連れてこられちゃって……)
「片付け、か。ふふ、分かるなあ。――それで、連れてこられたのは迷惑だったかな?」
(い、いいえ全然そんな事。人間が多い所はちょっと苦手ですけど、なんだかみんな楽しそうですし)
「そう? なら、訊いても大丈夫かな」
(え? 何ですか?)
「ここに住んでみない?」
(――ええっ!?)

 黙ったまま家守さんに視線を送り続ける蛇さんに。家守さんが一方的に話し掛ける。
 どこからどう見てもその会話の様子はそうとしか表現できなかったけど、まさか家守さんの一人芝居って事もないだろう。
 そしてその会話らしきものが一息ついたらしい間を作る頃になると、成美さんが動いた。
「家守、話はついたのか?」
「ワウ?」
 その「話」とは当然、家守さんが言った「ここに住んでみない?」という質問に掛かっているんだろう。それが気になるのはもちろん成美さんだけではなく、僕も含めてこの場の全員がそうである筈。
「考え中みたいだね。まあ、どう考えても急な話だし」
 そりゃそうだと納得した僕はしかし、その次にそもそもここへ連れてきたのが自分と栞さんである事に、ちょっとだけ後ろめたさを感じてしまう。懐かれたのはまあそうなんだろうけど、だからっていきなりこんな離れた場所まで連れてこられたら戸惑うのは当然なわけで。
 自分と栞さん。という事で見てみれば、栞さんも浮かない顔。
「おや、どうしたね栞君」
「あ、えっと、連れてきちゃったの栞だから……ね」
「はは、気にしなくてもいいだろう。もし嫌なんだったら途中で逃げているだろうからね」
 どうやら僕と同じ事を考えていたらしい栞さんを、チューズデーさんは笑い飛ばす。確かにそう言われればその通りで、蛇さんを乗せていた自転車の前籠には蓋がしてあったわけでもなんでもないんだから、その気がないなら蛇さんはいつでも逃げられた筈――なんだけど、やっぱり、ね。
 するとチューズデーさんは澄まし笑いでもするかのように軽く下を向き、そしてそのまま、
「……そう言えば、わたし達の中にも似たようなのがいたっけね。なあマンデー?」
 言った後、そのあるのかないのか分からないくらいになだらかな肩を、小さく上下させるのでした。どういう意味なのかは、分かりませんが。
「あんま虐めてやんなよ」
「ワフッ」
 そう続けた大吾は、分かっていたようですが。そして周囲の反応を窺う限り、分かったのは大吾だけなようですが。ジョンはあれ、どっちなんだろう?
 しかし分かるようになるまで時間は待ってくれず、チューズデーさんが「くくく」と笑うと、次の事態。
「ん? どしたの蛇ちゃん」
 どうやら蛇さんが何か言ったらしく(と言っても、声どころか素振りも見せないんだけど)、家守さんが再びそちらへ向き直った。

(あの、勘違いだったらちょっと恥ずかしいんですけど……あの黒猫さん、今周りの人と話してませんでしたか?)
「ああ、それね。大丈夫。勘違いじゃなくて本当に話してたから」
(――えっと、その、それって今私と管理人さんがお話してるのと、同じ事なんですか?)
「いんや、むしろ逆かな。みんなが猫でも分かるように喋ってるんじゃなくて、あの黒猫さんが人間の言葉で喋ってるの」
(えええっ!? ど、どうなってるんですかこの部屋は! 頭がこんがらがりそうです!)
「えっへっへ、そっちもアタシの仕業なんだよねえ。幽霊さんが望むなら、人間の言葉を使えるようにしてあげられるんだよ。なんたって霊能者だし」
(そんな無茶苦茶な――あ、いえ、ごご、ごめんなさい)
「あはは、気にしない気にしない。もう一個とっておきがあるし」
(まだ何かあるんですか!?)
「実はねえ――」


コメントを投稿