(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第五十五章 兄と義姉より愛を込めて 十一

2013-10-26 20:51:36 | 新転地はお化け屋敷
「ここに置いておけばいいのだな?」
「おう」
 ついでにその手紙をそこへ入れたのは成美であると一言書き加えようかとも思ったけど、それはさすがに気を回し過ぎかと自分の中で却下しておいた。
「これでよし。ふふふ、庄子のやつ驚くだろうかな?」
「そら驚くだろうなタンスに手紙が入ってたら」
 手紙を入れ終えた成美が開け放していたタンスの段を元に戻したところで、今回ここへ来た目的は達成。となれば長居する必要があるわけでもなし、あとはもうさっさとここを出て家に帰るだけだ。庄子はともかく、母ちゃんはいつ帰ってくるか分からないわけだし。
「よし帰るぞ」
 みんなそれぞれ名残惜しそうにしていたけど、だからこその有無を言わせない帰宅宣言でもあった。ここに来た目的と同様みんなの目当てもこの庄子の部屋ではあるんだろうけど、それにしたってやっぱりこの家に関心を持たれるというのは、嬉しいかそうでないかと言われれば嬉しいことなわけで。そこでみんなの意見を訊いてたら帰るまでの時間がズルズル伸びそうだし。

 で、いざ帰り始めればあまくに荘にはあっという間に着くわけで。
「ただいまー」
「お帰りー」
 入った部屋は勿論202号室……ではなく、204号室だった。何の用でと言われたら、そりゃあ預けていたジョンを引き取りにだ。
「どうだ、ジョンのふさふさっぷりは堪能できたか?」
「バッチリ」
 ジョンは大丈夫だったろうか。
「まあどうぞ、上がって上がって」
「うむ、お邪魔するぞ」
 あれ、するの? すぐ帰りたいってわけでもないけどオレ、ジョン引き取るだけのつもりだったんだけど。まあ理由があってそうするってわけでもない以上、そういうことになったんだったら逆に断る理由もない。オレを振り向きすらしないままさっさと部屋に上がってしまった成美に続いて、オレもお邪魔させてもらうことにした。

 栞サンにじゃれつかれて気持ち良かったのかはたまた疲れたのか、居間に入ってみるとジョンはそこで横になっていた。だからオレら部屋に上げたのかもな、栞サン。二部屋隣に移動するためだけに起こすってのも可哀想だし。
「で、どうでしたかデートのほうは」
「そうだなあ。うむ、上々といったところか」
 隠していたわけではない、というのはフライデーやナタリーを連れて行ったことからも分かる通りなんだけど、だから「訊かれなかったから言わなかった」程度の理由で、今回オレ達が何処へ何をしに行っていたのかは、栞サンには話していなかった。だからってこのメンツで出掛けたのをデートと評されるのはそれはそれでどうなんだろうかってなもんなんだけど。
「もう少し色気のある下着を選んでみても良いと思うな、庄子は。育つところは育っているのだから」
「……何の話?」
 全く同感です栞サン。
 ――というわけで、
「へえ、大吾くんの家に行ってたんだ?」
「うむ。結婚式の招待状と、あとちょっとした個人的な内容も含めた手紙を出しにな」
「お手紙? って、ポストに入れるわけにはいかないよね?」
 という質問を栞サンが向けたのは、話をしていた成美ではなくオレへだった。さすがにそこらへんの事情くらいは成美にだって理解出来るところではあけど、でもまあやっぱりオレんちだし。
「そこでさっきの話に繋がるわけです。色気のある下着がどうとか」
「って、いうのは……ああ、タンスの中にお手紙入れてきたってこと?」
 それだけのヒントでそこへ辿り着けるのが一般的かどうかはよく分からなかったので、さすが栞サン、ということにしておこう。
「仕方ないとはいえ大変だねえ、お兄ちゃんに下着見られるなんて」
「いやオレは見てないです。そのへんは成美に任せましたんで」
「あ、そうなの? ふふ、さすがは大吾くん」
 あんまり褒められて嬉しい場面でもないけど、これはどうも。
「招待状かあ。いいね、そういうの」
 個人的な内容の方に触れなかったのは、意図してのことだったんだろう。これも恐らくは尋ねられたら普通に教えられてしまうことではあるんだけど、それにしたってやっぱりそういう気遣いが有難いことに変わりはない。
「といっても適当ですけどね。それなりに気合い入れて書きはしましたけど、そんなに長々時間掛けて考えたわけでもないし、そもそも手書きですし。普通ああいうのってこう、パソコンとか使って綺麗に清書するんでしょうけど」
 字が上手い人なら手書きでも問題ない、どころか手書きの方がよかったりするんでしょうけど。とは、言わないでおいたけど。
「そう? 手書きの方が嬉しいけどなあ、私は」
 という返事が来るのはなんとなく分かっていたけど、
「友達とか知り合いとかならともかく、自分のお兄ちゃんだとねえ。パソコン使った綺麗なの持ってこられても――言い方は悪いけど、『あー格好付けてるなあ』くらいにしか思わなそうだし」
 という補足には、口にこそしなかったものの確かにそうだと納得させられた。パソコンを使ったようなものを庄子が見たところを想像しても、
『あー清さんに頼んだんだな』
 とか、万が一感心するにしても、
『兄ちゃんでもパソコンくらいは使えたか』
 みたいな感じにしかならなさそうだった。
 というかそもそも、実の兄に対して「自分への手紙を書くためにわざわざパソコンまで使ってくれた」なんて考え方をするのはいっそ気持ち悪いような気がする。庄子に限った話でなく。
「そうですね」
「はは、納得できてしまうのもそれはそれで悲しい話だがな」
 そうでもないぞ、というのは今考えた通りだったんだけど、でもどうだろう。オレ当人がそう考えるのならともかく他の誰かからも同じくそう考えられるというのは、確かに悲しい話なのかもしれない。
「まあ何にせよ喜ぶだろうね、庄子ちゃん。――それで大吾くん、ちょっと訊いてみたいんだけど」
「何ですか?」
「自分の部屋には行った?」
「ああ、行きましたよ」
 とまで言ったところで、栞サンはちょっと躊躇うような間を空けてみせた。
「立ち入ったことだから、答えたくないってことならそれでも全然構わないんだけど……どうなってた? 自分の部屋って」
 どうなってたというのは?
 ……なんてことを訊き返すほど馬鹿でもない。さすがにオレでもそこまでは。
 あと、答えたくないというようなことも特には。
「大体はそのままでしたね。ちょっとくらい余所に移動させられたものもあったっぽいですけど、片付けられたってよりは整理されたって程度で」
「そっか」
 薄く笑いながら、栞サンはそれだけ返してきた。でも、今の質問が一体どこから出てきたものかと考えてしまうと、
「……そっちはどうでしたか。栞サンのほうは」
 と、尋ねずにはいられなかった。栞サンがオレにそう言ったのと同様、これだって立ち入った質問ではあるんだけど、でもそれで困るんだったらそもそもオレへの質問をしていないだろう。
「うーん、全部とは言わないけど、結構片付けられちゃってたね」
「そうですか」
 なんでもないふうに返したのは、もちろんそうなるよう意図してのものだ。同じ境遇の人間として、それがなんでもないなんてことはもちろんない――けど、栞サンにとってそれがどういう位置付けの話になるのかはまだ分かっていないので、だったらその「なんでもないなんてことはもちろんない」を表に出してしまうのは違うだろうと、そう思っての判断だった。
 そして見事にその考えの通り、「でもね」と話を続けた栞サンの表情は、明るいものだった。
「その片付けた物って、他の部屋で使われてるみたいでさ。それにその殆どのものが片付けられちゃった私の部屋も、それでもまだ私の部屋として残してくれてたしね。どっちも、すごく嬉しくて」
「それは、良かったですね」
「うんっ」
 その声の弾み具合からして、それは無理矢理にそう理解しておくというような話ではなくて、嘘偽りなく本当に嬉しい話であるらしかった。
 オレの場合は殆どの物がそのまま残っていて、だから理解の仕方がどうとかいう話でなく誰がどう見たってそこは「オレの部屋」でしかなかったんだけど、じゃあオレは栞サン以上に喜んでいたかというと、特にそうでもなかった。逆に「生きてる間にもうちょっとあれこれしときゃ良かったな」なんて、大きく分ければ後ろ向きなほうに分類されるようなことを考えてたくらいだ。
 オレの感覚がおかしい、という身も蓋もない結論を無しにするのであれば――。
 よっぽど色んなことがあったんだろうな、栞サン。部屋を見た時か、生きてる間のことか、それともそのどっちもか。
「ふうむ、自分が去った後の部屋の扱われ方一つでそうも一喜一憂できるものか。そういう意味でもいいものなのかもな、自分の部屋というのは」
「一喜は分かるけど一憂は出てきてないだろ今のところ」
「そこは言葉のあやというやつだ」
 まあ、そうならないで良かったとは思う。
「そしてそれでもやはり、わたしは大吾と一緒の今の部屋がいい」
 ああそれが言いたかったのか。そうだな、オレらはもう聞いたけど栞サンには言ってなかったもんな。知り合い全員に言って回るような話でもないとは思うけど。
「あはは、成美ちゃんらしいね」
「む、そうか? 自分で言っておいてなんだが、わたしらしい意見だったか?」
「だって、ねえ? 成美ちゃんの部屋って大吾くんの膝の上でしょ?」
 なんでオレのほう向いて言うんですか栞サン。全く反論できませんけど。
「そう言われてしまっては、こうするしかなくなるな」
 そんなことはないと思うけど、わざわざオレの膝の上に移動してくる成美だった。となればその成美に抱かれている旦那サンも一緒に来るわけだけど、というのはどうやら成美の意識にも上ったらしく、
「おおそうだ。ジョンはお疲れのようだし、代わりと言ってはなんだがこいつをどうぞ」
 と栞サンに旦那サンを差し出すのだった。別にそんな、常に誰かをもふもふしてなきゃいけないってこともないとは思うんだけど。
 ちなみに、こういう話題になってるにしてはえらい大人しくしてるなと思ったらナタリーとフライデー、そのお疲れのジョンに纏わり付いていた。あれで静かにしてるってことは、ジョンをベッド代わりに昼寝に入ってしまっているんだろう。
 身体のサイズがあれくらいだったら是非オレもご一緒したいところだ、というのは今はいいとしておいて、
「わあ、ふふ、ありがとう。それじゃあ失礼して」
 と躊躇うことなく旦那サンを受け取った栞サンは、それでも一応はその旦那サンの反応を窺うような間を取ってから、思うままその身体を撫で回し始めた。その為されるがままっぷりを見ると、旦那サンって人間嫌いだった筈なんだけどなあ、なんて思わされたりもするけど、でもまあその辺はここの人達に親しみを持ってくれたってことにしておいて間違いはないだろう。もちろん成美のこともあるし。
「ああ、可愛いなあ。可愛いなんて言ったら失礼なんだろうけど可愛いなあ」
「ははは、そんな無愛想でも構わないのならいくらでも言ってやってくれ」
「これ以上は成美ちゃん専用ですもんねー」
 …………。
 言葉が出なくなるほど照れるところじゃないと思うぞ成美。どこまで想像したんだよ。
「そ、それにしても面白いな」
 何の話か知らないけど、それにしてもってどれにしてもだよ。
「わたし達側はわたしが部屋がどうのこうのの事情に疎いし、日向達は日向達で幽霊なのが一方だけだし、どちらも部屋一つのことで話し込めそうというか」
 という話だったようだけど、まあ言うまでもなく強引な話題転換だった。本当にどこまで想像しちゃったんだよオマエ。
「そうだねえ。部屋一つのことってわけじゃなかったけど、それも含めていろいろ話したかな、孝さんには」
「ほう。もし良ければ、どんな反応だったか聞かせてもらっても構わないか? 話の中身まで訊く気はないが」
 反応だけとはいえそんなこと訊いてしまっていいんだろうか、と不安になるオレだったけど、それが取り越し苦労でしかないのは栞サンの表情を見ればすぐに分かった。
 まあでも、成美がそこに興味を持つというのも分かる。
 部屋がどうのこうのなんて話が人間にとって当たり前なのは分かっていて、でもそうだと分かっていながら自分にとって当たり前なことではない、というのは成美にとって大なり小なり歯痒くはある筈だ。だったら「幽霊か否か」という自分とは別の点からそれを当たり前とする立場でない孝一がその話にどういう反応をするのかというのは、そりゃあ気にはなることだろう。
 栞サンは話し始めた。嬉しそうに。
「何かあった時って大体二人で話し合うんだけど、その時は一から十まで私一人だったねえ。一人だけで全部終わらせてから、何があってどう思ったかを孝さんに話したって感じ」
「ほう。というのは、またどうして?」
「私一人のことならともかく、私と私の家族のことだったからね。会ったこともない人達のことをどうこうして欲しいって言われても困っちゃうだろうしさ、孝さん」
「ふうむ、確かにそうかもな。なまじ『して欲しい』と言われたら本気でどうこうしようとしてしまうだろうからな、あいつは」
「ふふ、うん」
 オレだってするぞ。と言ってしまうのは、なんだか張り合ってるみたいで大人げないから言わないでおいた。でもするぞ、やっぱり。
「だから庄子ちゃんとか猫さんとか、お互いの家族と知り合えてる成美ちゃんと大吾くんのことは、正直ちょっと羨ましいかな。お互い、じゃあないしね、こっちは」
「むむ」
 成美は言葉に詰まってしまったようだった。もちろん、当て付けなんて意図が栞サンにあるわけがないんだけど、それにしても自分からそれを言わせてしまったというのは、立場的に辛いところがなくはないだろう。言わせたわけじゃないオレですらちょっと辛いし。
「親に合わせようにもわたしが親、というか下手をしたら祖母くらいの年の差があるしなあ、大吾とは」
 そこかよ。いやもちろん冗談だろうけど。
「それでそんなに可愛いんだから、ねえ? 大吾くん?」
「どう返事したらいいんですかオレ」
「あはは。いや、でもまあそういう意味でなくてもさ、大吾くんとしては成美ちゃんが年上だって部分は歓迎してるんじゃないの?」
 それはまあ、そうなんですけど。
「栞サン」
「ん?」
「今日はコイツ本当に機嫌がいいんで、あんまり褒めると何やり出すか分かりませんよ」
「おっとっと」
 歓迎してる、という部分を否定しなかった意図についてはしっかり伝わってるんだろうから敢えてこっちから言うようなことはせず。というか、質問する前からそう確信してるんだろうしな、栞サンも。
 ついでに、何やり出すか分からない、というのがどういった方向性の事柄を指しているのかもそれと同様、しっかり伝わってるんだろう。あっさりと伝わってしまうのもそれはそれでどうかとは思うけど。
「んーふふー」
 オマエは得意そうにしてんじゃねえよ。機嫌がいいんだから仕方ないんだろうけどさ。
「でもそうなるとちょっと大変だねえ。このあと庄子ちゃんが来るかもしれないんでしょ? 何もなくてもベタ褒めだよ?」
「そうなんですよねえ」
 何もなくてもベタ褒めしかねないほどコイツのことを好きで好きでしょうがない妹を幻滅させるようなことにならなきゃいいけど。
 なんて心配は流石に大袈裟なものとしても、一応は真面目な話で呼び付けたことになる以上、話の腰を折って折って折られまくるのはちょっとご勘弁願いたいところではある。
「あんまはしゃぎ過ぎないでくれよ、庄子が来ても」
「うむ、心得た」
 うーん……いや、まあ、そう言わせておいて尚疑うようなことはしないでおこう。さっき栞サンも言っていた通り、オレはこいつが自分より年上なところ――つまりは、自分よりよほどしっかりしているところが好きなんだから。
 そんな真面目なんだかそうでないんだか自分でもよく分からないことを自分に言い聞かせていたところ、栞サンが「で、どうしようか?」と。
「どうしようか? って、何がですか?」
「あっち、あんなだしさ」
 部屋の奥を振り返った栞サンが目線で指し示すのは、昼寝しているジョン達。
「暫くこのままここでお昼寝させておいて、大吾くん達だけさきに部屋に戻っとく、とかね。二人だけで――」
 とまで言った栞サンは、何かに気付いたように自分の胸元を見下ろしたかと思うと、その腕に抱いていた旦那サンを床に下ろしてオレ達の方へ行くよう促した。
 そうして旦那サンが成美の膝へ戻ったところで、
「というか、私抜きで話したいこともあるんじゃない? ここまでの話とか、庄子ちゃんのこととか」
 なんというか。
 すげえな孝一、この人と張り合ったり釣り合ったりしてんのか。
 なんて。
「図星っていうんですかね、言われて初めてそう思ってたことに気付いたっていうのは」
「私だって一応は大吾くんより年上だからね。たまには格好付けてみたいなって」
 そう言って、実にわざとらしくえへんと胸を張ってみせる栞サン。それがおちゃらけた雰囲気を装うためのものであるのはもちろんとして、でもそれでオレがそれを間に受けるようなことはもちろんなく、
「むむ、これは本格的にはしゃいではいられないな」
 そして成美もオレと同様の感想を持ったらしかった。疑うようなことはしないでおこう、なんて思ったばかりである以上は疑っていたわけではないにせよ、これではしゃいだりする可能性は完全になくなっただろう。
「じゃあ成美、そういうことでいいか?」
「うむ」
「ってことなんで栞サン、暫く宜しくお願いします。長くても庄子が来るまでには引き取りに来ますんで」
「はーい。ふふ、眺めてるだけでも癒されそうだもんねこの状況」
 再度ジョン達を振り向きながら言う栞サン。ただ、まさか本当の狙いはそれで、なんてことは冗談でも言わないでおくけど。感謝の言葉ならともかく。
「ありがとうございます」
 オレだけでなく成美も一緒に頭を下げ、すると栞サン、手をぱたぱたと。
「いえいえ、こっちこそ話聞いてもらっちゃって」
 人に話せるような内容ではなかったんだろう、具体的なところは丸々省略されていた栞サンの話だったけど、それでも誰かに聞いてもらいたい、という気持ちはオレにも分かる。それほど気にしていたわけではないとはいえオレ達だって手紙の後半部分、つまりは成美の話について、栞サンには何も話さなかったわけだし。
 話し相手に選んでもらえたことを嬉しく思いながら、オレと成美は204号室を後にした。
 幸せにしてあげろよな、孝一。

「ただいま」
 202号室の玄関をくぐりながらそう言った成美だったけど、でもそれは甘えたような調子ではなく、むしろ気を引き締めに掛かっているように聞こえた。それは逆にやり過ぎじゃないかとも思ったけど、でもまあそれが成美のいいところでもある。そしてそんな成美だからこそオレは今から真面目な話を持ち掛けようとしているわけで、だったらそれを受け入れこそすれ咎めるような理由はないだろう。
 玄関から居間へ向かう短い廊下の途中、成美は急にしゃがんだかと思うと旦那サンを床に下ろし、自分は横へと逸れていった。そして、「麦茶でも出そうか」と言った頃には既に冷蔵庫を開けている。
「おう、頼む」
 それはいつの間にかすっかり成美の役目になっていた。そうしようなどと話し合ったことは、どころか普段の会話にすら出てきた覚えが全くないまま、自然のうちに。
 お互いに幽霊であり、しかも人間と猫という、全く以って自然のしの字も浮かばなそうな関係だというのに、今のところ生活それ自体にさほど不都合はない。そうなるよう努力しているのはお互い様だとしても、どちらがより、となったらそれは言うまでもないだろう。
「成美」
「ん?」
「ありがとうな、いつも」
「ははは、なんだ茶汲みぐらいで」
 それすら凄いことなんだよ、本当は。

 オレと、その隣に旦那サンが先に席に着いていたところへ汲んだ麦茶を持ってきた成美は、オレ達の向かい側へ腰を下ろした。栞サンにも言われていた通り、いつもならオレの膝の上に座っていたんだろうけど。
「一応言っとくけど、こっち座っちゃ駄目だとは言わないからな? 要は気分の問題なんだし」
 オレだってまさか、場の空気にそぐわないようなことを成美がし始めるとまでは思っていない。ただ、だから何をしても大丈夫だなんて安易な発想を嫌っただけのことで。
「ではそう言ってもらったうえでここに座り続けようかな、わたしは。膝の上で聞かせてもらうって問題ない真面目な話もあれば、向かい合って聞かせてもらうべき真面目な話もあるだろうさ」
「分かった」
 成美がそう判断したのなら、そこにオレから異論を差し挟む理由はない。無条件で信用するに値するからだ、コイツは。
 そこまで話したところ、オレからそうするよう促すまでもなく、旦那サンは成美のほうへと歩いていく。さすがに会話の内容が伝わったということではないだろうけど、聞く側聞かせる側で分けるのなら旦那サンはもちろん成美と同じ側に位置するわけで、ならその移動は正解なのだった。偶然にせよそうでないにせよ。
 成美は旦那サンを膝の上に乗せた。しかしそれは普段のそれとは趣きが異なっていて、旦那サンの頭がテーブルの上に出るように、つまりはオレが見えるようにするためだった。
 準備完了、ということでいいんだろう。
「オレはさ」
「うむ」
「オレは――庄子のこと、愛してるんだよ。家族として」
「うむ」
「今日家に帰った時に色々なこと思ったのだって、アイツがいたからってのは結構デカいんだろうし」
 妹がいようがいまいが自分の部屋は自分の部屋だけど、妹がいるから強調されるって面はあるだろうし。という話までは、しないでおいた。何を目的に今こんな話をしているかを考えれば、成美に頭を捻らせるのはその目的から外れているんだろう。
「うむ」
「だから、死んでしまってこうなって、しかも声を聞かれてまだこっちにいるってバレた時、ここに住み始めたんだよ。一緒に元の家に住むわけにもいかないし、だからってもうバレてるのに放ったままにもしておけなくて、それでこんな近所に」
「うむ」
「つい最近までは会っていい回数とかも決めててさ――でも、こうなったわけだろ? その制限は無しになって、むしろこっちから呼び付けたり、それどころか身内として結婚式に呼んだりまで」
「うむ」
「そうなってくるとオレがやってた、というかやろうとしてたことって、正しかったのかなってな。庄子のためを思ってっていうのは間違いないんだけど、本当にそれに適ってたのかなってさ」
「正しいとも」
 こっちの言葉が喉から引っ込むくらい、成美の返答は素早かった。
 そしてその引っ込んだ言葉を探っている間に、成美は更に続けてくる。
「正しかった、ではないぞ。正しいんだ、今になってもまだ。終わってなどいないのだからな、何も」


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