(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第三十九章 希望と予定 十

2011-02-13 20:41:46 | 新転地はお化け屋敷
「んっふっふ、そうですか。いや、そうなのでしょうね、お二人なら。だったら尚更、私から何か言う必要はないようですねえ」
 清さんの話はもう一言だけ続くのですが、しかしここで、一息の間が挟まれます。
 その間で清さんが何を想ったか、それは僕には分かりませんでした。そしてその一方で、「私から何か言う必要はない」なんて言葉を清さんの口から聞いたことに、少なからず驚いてもいました。
「頑張ってください、是非とも」
『はい』
 清さんといえば年齢的にも精神的にも立派なくらいに目上な人で、だから何度か相談事に乗ってもらったこともある人で――そんな人から「何か言う必要はない」と言われるようなところに、僕と栞さんは今、立っている。
 分かっていることではあったけど、分かっているだけでは駄目なのだろう。自覚して、その自覚していることを更に自覚しておくくらいでないと、恐らく僕は、不安を理由にどこかでそれを崩してしまうだろうから。

 そろそろ暗くなってきたということで、202号室から解散。清さんとウェンズデー、それにナタリーさんとジョンは102号室へ戻り、ならば僕と栞さんもそれぞれの部屋へ――とはならず、二人で204号室に。この後にはいつもの料理教室が控えているわけですし、それを除いても、その、今日はああいう感じなんで。
「やっと二人きりになれたね」
 ああいう感じというのは、こういう感じのことです。まさかそこまでストレートな言葉を投げ掛けられるとは思いませんでしたが。
「って、ちょっと言ってみたかったんだよね今の台詞」
「ああ、そういう」
 確かによく聞くフレーズではあります。「よく聞く」なんて言っておいて、ドラマとか小説とか、そういうものに縁のある生活は送ってないんですけどね。
「二人きりにはなりたかったけど、だからって別にそうじゃない時間が嫌だったとか、そういうわけでもないからさ」
 それは言われるまでもなく理解しています。なんせ、栞さんの了解を得て遊びに出掛けたりもしたわけですし。
 だったらここで返すべき返事は、「そうでしょうね」とかそういう肯定の言葉なんでしょう。けれどその時、思い出したことがありました。
「『それと同じ分だけ甘えさせて欲しい』でしたっけ?」
 なんて言葉を告げてみたところ、「ふぇっ!?」と驚いてるんだか気が抜けてるんだか分からない声が上がります。
「ちょ、ちょっとこうくん、それは忘れてって言ったのにぃ!」
「忘れてましたけど、今思い出しました」
 嘘ではありませんでした。が、だからといってこれが意地悪であることに変わりはありません。照れ混じりながら栞さんはふくれっ面になってしまい、しかもそっぽを向かれてしまいました。
「思い出さなかったら、素直にそうなれたのに」
「すいません、魔が差しました」
 当然、冗談なんですけどね。僕だけでなく、栞さんも。多少捻くれてはいますが、これはこれで「甘える」に分類される行動なのでしょう、お互いに。
 ……けれど、そればっかりというわけにも。
「土曜日、大丈夫そうですか?」
 少しだけ考えるような間を置いてから、栞さんは答えました。
「うん。今のところは、大丈夫なつもり。金曜日辺りにちょっと怖くなったりは、するかもしれないけど」
 少しばかりの不安を窺わせる回答が返ってきましたが、しかしそれこそが当然であって、「全くもって不安がない」とはいかないものなのでしょう。
 強がりで場を遣り過ごそうとしなかった栞さんが、少しだけ愛おしくなりました。
「いや、家守さん達が来たら土曜に決まったってことを伝えちゃうんで、その前に最後の確認がしたかったというか」
 後になってそんなことを言っても意味はないのでしょうが、質問が唐突だったことへの釈明をしておきました。変に怖がらせるようなつもりだったわけじゃないと――まあ、そんなふうに取られるとは初めから思ってませんけど。
「ありがとう。優しいね、こうくん」
「そうですか? こんな状況だったら、誰だって同じことを訊きたくなると思いますけど」
「だって、こうくんだって同じだしさ、まだ不安かもしれないっていうのは。私のことだけ心配してる場合じゃないでしょ? 本当は」
「……まあ、それはそうなんですけどね」
 という返事は不安を抱えていることを暴露したも同然なのですが、しかしそれを隠しても仕方がないというのは、さっきの栞さんの返事と同様です。ならばということで、否定や言い直しはしないでおきました。
「キス、していい?」
「ん? ああ、そりゃもちろんいいですけど、えらく唐突ですね?」
「そんなことないよ」
 にこにこと嬉しそうな栞さんは、それ以上疑問の声を挟む間を与えてはくれませんでした。
「――矛盾してるだろうけど、金曜日辺りに不安になるかもしれないとは思ってるのに、土曜日は大丈夫だろうなって、そう思ってる。頑張るしかなくなっちゃうもん、その時になったら」
「栞さん……」
 それは、無理をさせているということなんでしょうか? そんな新しい不安が胸の内に浮かんだところで、しかし栞さんは、嬉しそうな表情を崩してはいませんでした。
「具体的にどれくらい頑張るかって言ったらさ、『これ』だけなんだよ。こうくんと一緒になるっていう話なんだから、こんなにもこうくんのことを好きなのがそのまま、頑張る分になっちゃうんだよ。――夢見がちな話ってわけじゃなくて、本当に上手くいかない気がしないんだよね。そうなってくると」
「まあこういう話ですし、気持ちの強さっていうのは重要ですよね、やっぱり」
 それを両親に伝えるには言葉に変換するしかないわけで、その部分にまで自信があるというわけではありませんが、しかし少なくとも気持ちの強さだけには絶対の自信があります。誰から何と言われようと、こればっかりは。
「……もう『一緒になりたい』じゃなくて、『一緒になる』なんだよね。土曜日にどうなるかは別として、私とこうくんの中では」
「そうですね」
 その時、思い出した言葉がありました。「希望でなく予定として」。一貴さんと一緒に暮らすつもりだという話になった時、諸見谷さんがそれと一緒に口にした言葉です。
 あちらと違ってこちらはまだ親に話を通していない段階ではありますが、少なくとも僕と栞さんの中では、諸見谷さん達と同じ状態にあるということなのでしょう。――いや、あらねばならない、というほうが正しいでしょうか。
「もう一回、キスしていい?」
「はい」
 それは恐らく、したいからすると言うよりは、確認のためのものなのでしょう。したいからした一度目の、その時の強い気持ちを。「一緒になりたい」から「一緒になる」に移り変わっている筈の、胸の内にある自分の想いを。
 なんせ僕達はまだ、今現在なり二日後の金曜日なりに、多少の不安を抱えています。そして不安があるなら、出来る限りそれは取り除くべきなのです。これまでそうしてきたのと同じく。
「大好きだよ、こうくん。愛してる」
「僕もです」
 これが確認のためのキスであることは、今自分でそう思った通りです。しかし確認のためにわざわざキスをしなければならないというのは、つまり僕も栞さんも、少しだけ臆病だということなのかもしれません。
 確認するものが互いの気持ちであるなら、互いにそういった言葉を掛け合うだけでも済むものなんでしょうしね。自分がそう思っていることも相手からそう思われていることも、それではっきり確認できるといえばできるんですから。
「僕も愛してます、栞さん」
 それでも僕と栞さんは少し臆病なので、「そういった言葉」を掛け合っておきながら、重ねてキスまでをせずにはいられないのです。
 そういうところが共通しているからこそ、ここまで愛し合えてるんだろうな。――なんて恥ずかしい台詞が思い浮かばないでもありませんでしたが、まあともかく、僕と栞さんはそういう二人組なのです。これまでも、今この瞬間も、希望ではなく予定として想定されている、これから先の未来にも。

「朝の話……栞さんを僕の親に紹介する時に来てもらう話ですけど、土曜日ってことになりました」
「そっか。うん、こっちもそれで問題ないよ」
 栞さんと二人きりの時間はあまり長くなく――などとぼやいてはいけないのでしょうが――それほど待たされることなく204号室を訪ねてきた家守さんと高次さんに、伝えなければならないことをまず伝えました。そしてそれを伝えたならば、加えてもう一言。
「すいません、先に決めること全部決めてから相談するべきだったんでしょうけど」
 緊急を要することでそんな時間もなかったというならまだしも、栞さんと話し合いまでしてこの体たらくというのは、謝って然るべきなのでしょう。
 と、僕としてはそう思ったのですが、
「いやいや、気遣い無用だよ日向くん。これでも俺ら一応はプロフェッショナルってやつなんだし、お客さん――要するには素人さんに、完璧を求めたりはしないからさ」
「冷たく聞こえるかもしれないけど、結局はいつものことなんだよ。こーちゃんとしぃちゃんからの依頼だからって、何か特別ってわけじゃないんだしね」
 高次さんと家守さん、普段と何ら変わらない様子で、それぞれそう言ってくれました。そして家守さんは更に、「キシシ」と笑ってからこんなことも。
「いつもの仕事だって全力でやらせてもらってるつもりだからね。だからもし『特別』なんてものがあったにしても、そりゃあもう『いつもより手を抜く』ってことにしかならんのさ。いつもが全力なら、いつも以上はあり得ないんだしね」
 高次さんはそんな家守さんを見て何やら微笑んでいましたが、ともあれその話に異論はないということなのでしょう。
 格好良いなあ、意思疎通の必要すらないっていうのは。それが仕事のこととなると、尚更に。
「じゃあ先生、今日もご指導のほど、宜しくお願いします」
「はい」
 頭を下げたり礼の言葉を口にしたり、そういうことをしてもいい場面だったのでしょうが、こちらがそうする前に家守さんのほうから話題を変えてしまいました。だからといって頭を下げられないというわけではもちろんないのですが、しかしどうも、家守さん側に何らかの思惑があるように思えたのです。
 ともあれいつものように台所へ向かおうとし、するとそんな時、そんな家守さんへ、後ろから声が掛かりました。
「頑張れな。無理しない程度に」
「うん」
 それはもちろんこれから始まる料理教室のことを言っていたのでしょう。が、こちらにもどういうわけか、何かしらそれ以外の思惑があるように思えてしまうのでした。
 ……まあさっきの話が話ですし、それでちょっと神経が過敏になってるってことなんでしょう。

 ……やっぱり何か妙です。
 いや、料理自体は滞りなく進んでるんですけど、こう、余計な賑やかさが見られないというか。いつもだったら何かしらの会話が同時進行しているところ、今日は本当に料理だけが黙々と進行しています。僕から何か言っても、返事が「うん」だけで済んじゃってますし。
 それには気付きつつ暫く様子を見ていましたが、そのうち我慢が出来なくなりました。
「あの」
 どうかしましたか、と声を掛けようとして、しかしそこで少しだけ躊躇が生まれてしまいます。家守さんと栞さんのどちらに声を掛ければいいのか、という。どちらもなのです、いつもの賑やかさを失ってしまっているのは。
「どうかしましたか?」
 結局、どちらかに限定することなくその言葉を告げることにしました。こういう状況ならこれが普通なんでしょうし、だったらそれについてどう思うというような話でもないんでしょうけど……。
 ともかく、家守さんと栞さんが揃ってこちらを向きました。いつもの賑やかさがないとは言っても、けれど少なくともその表情は、どちらも普段と変わりません。
 先に返事をしたのは栞さんでした。
「うーん、やっぱりいろいろと思うところがあるっていうかね」
 何を指して「どうかしましたか」なのはまだ告げておらず、それでこういう反応が返ってくるということは、栞さん自身も気付いてはいたのでしょう。静かだと。
「具体的に何がどうってわけじゃないんだけど、楓さんにはずっとお世話になってるからさ。だからちょっと、今までの思い出に浸ってたって感じかな?」
「ああ、そうでしたか」
 どうやら気分が宜しくないというような話ではないようで、一安心。そりゃそんなふうにもなりますよね、栞さんが家守さんと関わった期間は僕の何十倍にもなるんですし。しかもそれを抜きにしても栞さん、家守さんのことが大好きなんですから。
 名前を挙げられた家守さん、するとここで「キシシ」といつもの笑い。
「そりゃこっちだって同じだよ、しぃちゃん」
「楓さんもですか?」
 途端、栞さんはとても嬉しそうな笑顔になりました。
 ……が、この話、そんな笑顔を続けていられる話ではありませんでした。
「先に謝っとくよ。ごめんねしぃちゃん、こーちゃん」
「えっ?」
「次に居間に戻ったら――高次さんの顔見たら、アタシ、泣いちゃうと思うからさ。それがさっきから不安で不安で、だから喋る余裕がなくなっちゃっててね」
 静かだった理由が分かりました。しかし、理由の理由が分かりません。何がどうなれば、高次さんの顔を見ただけで泣くなんてことに?
「もしかしたら泣かずにいられるかもしれないけど、あの人のことだから、泣きそうだって見破られたら泣かせようとしてくるだろうし――ああ、泣かせてくれるってことね? そうなったらアタシ、抵抗なんてできないからさ」
「あの、楓さん。泣くって、何でですか?」
 栞さんが尋ねました。すると家守さんは、いつものキシシ笑いではなく、ふんわりと柔らかな笑みを浮かべました。
「理由はしぃちゃんと同じ。その理由で喜べるのがしぃちゃんで、泣いちゃうのがアタシだってだけのことだよ。……あはは、ちょっと情けないけどね」
 話を理解するために少しだけ黙った僕は、しかし理解した後も、引き続いて黙ることになりました。何かを言える気がしなかったのです。そしてそれはどうやら、栞さんも同じだったようでした。
「でもこれでいいんだよ。そういう自分を許容してるからこそ、こういう時に泣かせてくれる人を選んだわけだしね。アタシは」

 果たして、居間に戻った家守さんが泣くようなことはありませんでした。――ただし、不自然に高次さんから目を逸らし、僕の目からしてすら我慢をしていると分かるような様子で、です。
 これだったら、事前に泣きそうだという話を聞いていなかったとしても、何かを堪えていることぐらいは僕にだって気付けたでしょう。
「……楓」
「ごめん高次さん。せめて、ご飯食べ終わるまでは」

『いただきます』
「プロフェッショナルが聞いて呆れちゃうよね、こんなんじゃ。あはは、大見得切るんじゃなかったかな」
「まあ、プロフェッショナルって言ったのは俺だけどね。それに乗っかってはいたけど、そんなに気にすることもないんじゃないか? 仕事とは別の問題っちゃあ別の問題なんだし」
「というか楓さん、そもそもそれで呆れたりはしないです」
「えー、でもしぃちゃん」
「ないです、そんなこと。絶対に」
「…………そっか。ありがとね」
「分かってもらえたら、あとは今日のお料理を美味しく食べるだけですね」
「そうだね。そうさせてもらうよ、いつもみたいに。――というわけで高次さん、今日の唐揚げは力作だよ?」
「いま力作ってことにしたな? しかも、俺の皿に乗ってるのが三人のうち誰が作ったものなのかは分からんしさ。美味いけど」
「大丈夫、ずっと目で追ってたから。高次さんが食べてるのは間違いなくアタシが作ったやつだよ。……まあ、材料が同じなんだから味も特には変わらないだろうけど」
「なら全部美味しいってことだな。それにまあ、料理の先生の前でこんなこと言うのもなんだけど、料理の評価って味だけで決まるもんじゃないだろうし。外食とかならともかく」
「いえ高次さん、料理の先生的にもその意見には賛成です。好きな人の手料理が嬉しいっていうのは否定できませんしね、やっぱり。食べる前からいい気分だったら、そりゃあ味覚の評価以上に美味しく感じてもおかしくはないですよ」
「こーちゃん、しぃちゃんのお味噌汁は絶賛してるもんねえ。いっつも」
「そういうことです」
「え? あれって、作ったのが私だからってことなの? 嬉しいような悲しいような」
「ああいや、だからってもちろんそれだけじゃないですけどね? 特別な評価抜きにしてももちろん美味しいですよ? 栞さんの味噌汁。じゃなかったら、味噌汁以外も漏れなく絶賛してますし」
「キシシ、変なこと言っちゃったみたいだねアタシ。ごめんごめん」
「大丈夫です楓さん。『嬉しいような悲しいような』ですから、嬉しくもありますし」
「あの、栞さん。なんとか『悲しいような』を撤回しては頂けませんでしょうか……」
「ふふ、考えとくよ。――よく作るものだから、私としてもそのほうがいいしね」

『ごちそうさまでした』
「さて――さて、どうしようかねえ」
 いつものような食事を済ませ、いつものように手を合わせ終わったその途端、家守さんは困り顔になってしまいました。そしてその困り顔は、高次さんのほうを向いています。
「あんまりのんびりしてると、本当にここで情けないことになっちゃいそうだけど」
「そっか。じゃあ、そうなる前においとましといたほうが良さそうだな」
 料理中の家守さんの話をそのまま受け取るなら、高次さんはむしろこの場で今すぐに家守さんを泣かせてあげたいと思っていることでしょう。けれどそれは諦め、食事の時間を耐え切った家守さんの意思を尊重するつもりのようです。
「楓さん」
 するとその時、栞さんが立ち上がりました。
 そしてそのまま家守さんの傍へと歩み寄ると、加えてそのまま、家守さんに正面から抱き付きました。肩に顔を押し付けるようにして。
「今までずっと――あと、今度の土曜日のことも、ありがとうございました」
 もしかしたらですが、栞さんも泣いてしまっているのかもしれません。
「しぃちゃん……」
 驚くような様子はないまま栞さんに身体を預けた家守さんは、すると栞さんを抱き返します。
 すると、それから数秒ののち。
「あっ、まずい」
 家守さんが声を上げ、そして一度だけ、鼻をずずっと鳴らしました。
「まず――」
 繰り返そうとした言葉は、しかし繰り返し切ることはなく。
 静かに、けれど確実に声に出して、家守さんは泣き始めてしまいました。
 こうなってしまえば僕と高次さんはもう、それが一段落するのを待つしかありませんでした。
「日向くん、ちょっと」
「あ、はい」
 呼ばれて高次さんのほうを向いてみると、「こっち、入らせてもらっていいかな」と私室を指差しながら。当然それに問題なんかありはしないので「はい」と頷いたところ、そちらへ進み入った高次さん、僕を手招きするのでした。
 というわけで居間に家守さんと栞さんを残し、私室には僕と高次さんの二人だけ。意図が分からないわけではないので襖をぴったりと閉めるのですが、するとそれを確認したようなタイミングで、こう言われました。
「悪く思わないでやってね、楓のこと」
「悪く? いや、そんなふうには全然」
 そんなふうに思ったのは間違いないのですが、しかしこんなお願いをされるということは、普通なら悪く思うところなのでしょうか? 僕には、分かりませんでした。
 そして高次さんは言葉を続けます。僕の返事の内容が全く関係していないその話はつまり、僕がどういう返事をするにせよそれだけは言っておきたかった、ということなのかもしれません。
「喜坂さんはある意味、楓の一番だからさ」
 家守さんの一番。それが特定の人を指すものであるなら、真っ先に浮かぶのはそう言っている高次さん自身です。その高次さんをして一番と言わしめる栞さんが、ではどういう意味で一番なのかと考えてはみるのですが――。
「……ええと、知り合った順番……じゃあ、ないですよね」
 それくらいしか思い付きませんでした。しかもそれにしたって、高次さんとどちらが先なのかを僕は知りません。
「それも一つだよ。しかも、結構重要なところだね」
 頷きながら高次さんは言いました。ならば、栞さんのほうが高次さんより先だったのでしょう。
「楓がここのみんなを大切に思ってるってうのは、まあ俺の口から言うようなことじゃないんだけど、分かってもらえてると思う」
「あ、はい、それはもう」
「その最初が喜坂さんだったからね。厳密にはジョンが一番だけど、まあいろんな意味で例外だったろうしね、やっぱり。――ちょっと大袈裟な言い方になるけど、だから、喜坂さんは初めの心の拠り所だったんだよ。楓の」
「拠り所……ですか」
「そう。あくまでも大袈裟な言い方ではあるけどね」
 分からない話ではありませんでしたし、以前から知っている話でもありました。家守さんが精神的にそこまで頑丈な人でないというのは、以前に聞いた話の中に、なんとなくそう思わされるような部分があったのです。
 まだ子どもだった頃、霊能者としての才能に溺れて事件を起こしてしまったという話。
 時が経ってその過ちを反省し、性格を――というより、人格を変えたという話。
 僕達を大切に思ってくれているというのは、「そういった話が出来る相手として」という面もある、という話。
 僕の個人的な解釈の一切を取り除いても、こういう事実が残るような人なのです。僕達みんなが大好きな、家守楓という人は。
「今はその殆どが俺に移ってるってくらいの自負はあるし、夫として自負すべきでもあるんだろうけど、でも喜坂さんが特別な人だっていうのは変わりないんだよ、やっぱり。だから――」
 高次さんは、視線を襖のほうへ向けました。
 その向こうでは今も、家守さんが涙を流していることでしょう。栞さんに抱かれ、抱き付いて。
「ね。ああいうことになるっていうのを、分かってやって欲しい」
「はい」
 その程度を知ったのが今だったというだけであって、そういう人だというのは知っていたので、理解するのに抵抗は全くありませんでした。
 しかし、僕としては当然とすら言えるその反応に、高次さんは微笑みます。
「……君のおかげだよ、日向くん。こうなれたのは」
「え?」
 今まで家守さんと栞さんの話をしていたところで急に「僕のおかげ」と言われたことにも驚きましたが、「こうなれた」というのにも同じく驚きました。家守さんが泣いてしまっているこの状況は、「なれた」という言葉で表すべきものなのでしょうか?
「俺は詳細まで知ってるわけじゃないけど、君のおかげで喜坂さんは抱えていた問題を克服して、前に進むことができた。そうだよね?」
「ええと、まあ、はい」
 栞さん自身の頑張りだってもちろんあったので、ならばはっきり自分のおかげだとは言い難いのですが、間違ってはいないので頷いておきました。しかしこれまた、どうしていきなりその話に?


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