(有)妄想心霊屋敷

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新転地はお化け屋敷 第四十八章 ここにいない人の話 二

2012-06-17 20:46:12 | 新転地はお化け屋敷
「なんか時間掛かってねえか?」
 もちろんそれは成美ちゃんの寸法取りについて言っているのでしょう、大吾くんが誰にともなく言いました。やっぱり大吾くんが気にかけるのは成美ちゃんなんだなあ、なんてこれはちょっと言い掛かりに近いんでしょうけど、大山さんに意識が向いていた私はそう思うのでした。
 で、それはともかく時間です。確かに大吾くんが言う通り、ちょっと長く掛かっているように思います。女性だから長めに掛かる、ということはやっぱりあるにしても、私の時より更に掛かってるみたいですし。
 というわけでみんなの視線が居間と私室を隔てているふすまに向けられたところ、
「大丈夫だー」
 と、そのふすまの向こうから。大吾くんの声が聞こえていたということなのでしょう、それは成美ちゃんの声――では、あったのですが。
「ん? 何だ、もう測り終わってるのか?」
 その質問は再び大吾くんから。何をもって測り終わったと判断したかというのは、成美ちゃんの声が小さい身体の時のそれだったからなのでしょう。結婚式の衣装、ということで測るべきは大人ほうの身体になるわけですし。
「――あれ? でも」
 という疑問の声もやっぱり大吾くんから。成美ちゃんの話となったらやっぱりそうなりますよね、なんていうのは置いといて。
 大人の方の身体を測るべき成美ちゃんは、けれど自分の順番が来るまで、小さい身体のままここにいたのです。そのまま私室に入ってその中で大人の身体になる、というのは……さすがに女二人だけとはいえ下着も用意しないままにというのはちょっとその……ということで成美ちゃん、一旦自分の部屋に戻って大人の身体になってきたのです。
 ――ということはつまり、測り終わっても小さい身体に戻る必要はないわけです。だというのに今、ふすまの向こうから聞こえる成美ちゃんの声は小さい身体の時のそれ。さて、これはどういうことなんでしょうか?
「まあまあ大吾、そう慌てるな」
「いや、そんな慌ててねえけど」
「戯れにこちらの身体も測ってもらおうと思ってな。今はその最中だ」
「着替えは?」
「202号室を出る直前に思い付いたのでな、パンツだけ引っ掴んできたのだ。今から思えば、そんなに急ぐ必要は全くなかったわけだが」
 パンツだけ……あれ、ブラは?――いや勘違いでしたごめんなさい成美ちゃん。
 と、私がそんな失態を犯していたところ、大吾くんは他のところが気になったようで。
「せめて下着って言ってくれ……オレが恥ずい」
「おっと。――は、ははは、すまんすまん」
 私はそこまで気にしませんでしたが、でもまあ、口にした感じに差異があるのは確かかもしれません。そういえば男の人の場合って下着はパンツしかないんだよねえ、なんて非常にどうでもいいことを考えてしまったりも。
「すんません道端さん、なんかソイツ変なこと言い出したみたいで」
「い、いえ、問題ないです」
「変なこととはなんだ! こっちだってそれなりに恥ずかしい思いをしてまでだな!」
「はいはい、分かった分かった」
 恥ずかしい思い?……そういえば、いくら小さい身体用のパンツ――下着を用意していったところで、道端さんの前でそれを履き直さなきゃならないのか。
 そこまでしてどうして、というのは、けれど思わないようにしておきましょう。自分の身体のことなんですし、だったら気にしてみたってそれは別に変なことではないんでしょうしね。

「大吾!」
 少しして、両方の身体の寸法を取り終わった成美ちゃんが私室から飛び出してきました。声も行動も結構な勢いですが、何かいいことでもあったのでしょうか?
「な、なんだよ」
「ふっふっふ、聞いて驚け! 具体的な数字は言わないでおくが、小さい身体からこの身体になった時、思った以上に胸が大きくなっていたのだ!」
「…………」
 大吾くん、眉間を抑えて俯いてしまいました。
 私は、そして周囲のみんなも、笑いそうになってしまいました。
 楓さんは笑っていました。
 ――言うまでもありませんが、胸囲というのは、本当にただ胸の大きさだけを測ったものではありません。……うーん、胸という言葉を使うといろいろ混同してしまってややこしいのですが、まあつまり、胸囲というのはいわゆるおっぱいとその裏側の胸板の大きさを合計した数値なのです。大人の身体になれば当然胸板も大きくなって、だから、おっぱいの大きさが変わらなくても、胸囲としての数値は大きくなるわけです。残念なことに。
「な、なんだこの反応は……? まさか、もしかして、わたしは何か間違っていたのか……?」
「台所行こう、成美。そこで落ち着いて話そうな」
 おろおろし始める成美ちゃんに、大吾くんが助け舟。きっとその助け船に止めを刺されてしまうのでしょうが、もしかしたら人魂が、と考えれば場所を移すしかないのでしょう。そうなった時確実に巻き込まれるその役を進んで引き受けた大吾くんは、とてもとても格好良いのでした。
「むう、嫌な予感しかしないがそうせざるを得んようだな……」
 …………。
 で。
「うおおおおおおおお…………っっ!!」
 羞恥なのか、悲観なのか。
 どちらにせよ悲痛な叫び声もしくは呻き声が、台所から響いてきたのでした。
「も、申し訳ございません。私がきちんと説明して差し上げていれば……」
 ん? と振り返ったのは、確認してはいませんが、私だけではなかったことでしょう。
 そしてその振り返った先では、道端さんが不安そう――を通り越して、青ざめた顔をしていました。私達からすればもちろん、そんな顔をするほどのことじゃない、ということになるのですが、でも道端さんの立場になってみればそうならざるを得ないんだろうなと。お客さんに悲鳴を上げさせたってことになっちゃうわけですし。
「いえいえ、大丈夫ですよ道端さん」
 けれどやっぱり私達からすれば、ということで、全員を代表したのは清さんでした。
「成美さんが胸囲というものをきちんと把握していなかった、ということは把握しようがありませんからねえ。それを道端さんの責任だなんて誰も思いはしませんし、事実、道端さんの責任ではないですよ」
 最後の一言はつまり、道端さんを気遣って言っているわけではない、ということなのでしょう。いえ、もちろん気遣ってもいるでしょうから、気遣ってだけ言っているわけではない、というのが正確なところでしょうか。
「で、ですが……」
 道端さんの視線が台所へのふすまに向けられます。事実がどうあれあの向こうで成美ちゃんが泣いていると――いえいえ、勝手に泣かしちゃ駄目ですね。悲しんでいると、そう言いたいのでしょう。
「大丈夫です」
 けれど清さんは、再びそう言いました。大丈夫、と。
「そういうことが起こるのは織り込み済みで成美さんとお付き合いをして、結婚までした人が傍にいますからね。彼が成美さんの傍にいる限り、大丈夫でないことなんて有り得ないんですよ」
 うんうん。
 と、思ったら。
「清サン、褒め過ぎです」
 ふすまの向こう側からお叱りが。こっちの話、聞こえてたんだね。と思うと同時に、もう聞いてられるほど余裕があるんだね、とも。さすがは大吾くんです。
「んっふっふ、そうでしたか?――まあともかく道端さん、初めから織り込み済みなのですから、怒橋君や成美さんからすれば、謝られてしまうと逆に立つ瀬がなくなってしまうわけですよ。問題になるようなことではない筈なのに、ということになってしまいますからね」
 という話を聞かされた道端さんは、複雑そうな顔をしながらも、「分かりました」と。理屈は分かるけど理解はできない、といったところでしょうか。
 まあそうなるでしょう、普通は。大吾くんと成美ちゃんの関係に、普段から慣れ親しんでおかないと。そもそも成美ちゃんが猫だということについても、まだ「情報として知っている」程度でしかないでしょうしね。今のところは猫じゃらしで遊んだことぐらいでしょうか、猫っぽいことをしたのって。
「いやまあ、もちろんせーさんの話もあるっちゃあるんだけどさ」
 楓さんでした。冗談半分苦笑半分、というような表情と口調にちょっと不安を覚えますが、ともあれどうやら、清さんとはまた別の観点からの意見があるようです。
「だってこれ、つまりは胸の大きさの話でしょ? それを、ねえ? 道端さんに謝られてもねえ?」
 …………。
 割とありますもんね、道端さん。
 もちろん楓さんほどではないですし、全体的に小柄だから相対的にそう見えているだけかもしれないというのは否定できませんが、でもそれを抜きにしても間違いなく、というか比べるまでもなく、成美ちゃんよりは。
 もしかしたら私よりも。
 いや、その、だからどうってわけじゃないですけど。

「へっ……! むう」
 くしゃみが出そうで出ませんでした。収まりが悪くて地味に気持ち悪かったりしますが、しかしまあ、取り立ててどうということもないでしょう。今が講義中で、出そうで出なかったくしゃみの声が教室中に伝わり、小さく笑い声が聞こえてきたりしていることを除きさえすれば。
 除きましょう。
 さて。で、まあ講義中ではあるわけですが、となると「遅刻は駄目」とか「家でも勉強したほうがいい」なんて言っていた我が妻に怒られてしまうかもしれませんが、勉強以外で考えてしまうことがあるわけです。
 というのはもちろん、この講義が終わった後の話です。そういえば栞のスリーサイズはどうだったんだろうなあ、なんてことは当然全く気になってなんかいませんとも。
「へくしょっ!」
 今度こそくしゃみが出ました。出てしまえばそれほど恥ずかしくないというのは考えてみればちょっと不思議です。
 で、話題を戻しますが、この講義が終わった後の話です。今のところ予定しているのは「栞との結婚の話がどうなったか」ということを伝えることのみなのですが、しかし、それだけというわけにもいかないでしょう。なんせいろいろ予定がありそうだったところをわざわざ大学まで来てもらうわけですし。
 来客がなければ家に呼べた、なんてことは今言ってもしょうがないんですけどね。それにそもそも、来客と言っても204号室のお客さんではないわけですし。……ううむ、これについてはあまくに荘の「誰かのお客はみんなのお客」みたいな決まり事、というかお約束の、負の面と言うか何というか。二グループ以上のお客に対応しきれないんですよね。
 いいですけど。
 で、またまた話題を戻しますが――栞との話をするだけというわけにはいかない、ということであれば、やはりみんなで軽くお食事を挟みながら、なんてことになったりもするでしょうか。これまでも何度かありましたしね、そういうこと。
 それ自体はもちろん問題ではなく、なので僕自身からそういう提案を掛けてみてもいいくらいなのですが、でもやっぱり問題点、というか気になる点が一つ。
 これまでにそういうことが行われた場合というのはいつも、一番の先輩である一貴さん――と、今回声は掛けていませんがその恋人の諸見谷さん――が、その場のお代を払ってくれていたのです。
 今までは喜んで、というのは思慮の足りない感想かもしれませんが、まあ喜んで奢ってもらっていました。が、けれど今回はそうもいかないでしょう。なんせみんなを呼び立てたのは僕自身なわけですから、僕の用事で来てもらっておいてさらに奢ってもらうなんてことは。
 そういう流れにならないのが一番ではありますが、一貴さんが来れば恐らくはそういう方向に持っていこうとすると思うので、もしそうなったら今回ばかりはご遠慮願おうかな、と。で、当然、僕が奢る側になろうと。一応、そうするなりの金額を持ち出してきてはいますし。
 ……家守さんへの仕事料の支払いや結婚指輪の資金なんかで財政的に苦しいのは間違いないですが、でも、手持ち金にまで困るというほどのことではないですしね、まだ。それにまあ、こういうのだって必要経費のうちではあるんでしょうし。
 こういった金銭の話にあまり頓着してはいないようですが、しかしそれでも最低限、渋い顔をされるくらいの覚悟はしておきましょう。というのはもちろん、家計を同じくする奥さんの話です。

「へくしゅっ」
 くしゃみが出てしまいました。危なく膝の上、というか足の間に座っている成美ちゃんに唾を吐きかけてしまうところでしたが、それについてはなんとか回避成功です。
「おっ? キシシ、こーちゃんが噂してんのかね」
「授業の真っ最中にですか……? しかもその授業、確か知り合いは誰もいませんでしたし」
 迷惑かつ不気味な光景しか想像できませんでした。が、しかしどうでしょう、講義中でも私のことを考えてくれているというのは――いや、やっぱり駄目です。考える程度なら不気味とまでは言いませんけど、そんなこと考えるんだったら勉強に集中してください。
 家に帰ってくればいつでも待ってるんだから――というのはまあ、ちょっと浸り過ぎなのかもしれませんけど。
「えー、だって今ここでやってることを思えばさあ、しぃちゃんの諸々のサイズはいかばかりなりやー、みたいな? 考えちゃうって、男の子はやっぱ。講義中みたいな時間は特に」
 ……そういうものなんでしょうか?
「それはなんだ、さっき胸の大きさで大騒ぎしたわたしに対する当て付けか?」
 と、足の間から成美ちゃん。不満そうな物言いではありますが、けれどしっかり冗談として捉えられてはいるようで、もうすっかり笑顔です。
 どうして私の足の間に座っているのかというのは、特に説明もなくまるで当たり前のようにここに座られただけなのですが――さっき台所で大吾くんにいっぱい優しくしてもらったから敢えて他の人に、ということなんでしょう。証拠は全くありませんが、そういうことだと決め付けました。
 ちなみに、膝の上でなく足の間というのは、成美ちゃんが現在大きい方の身体だからです。ということは当然私よりも大きいわけで、それを後ろから抱きかかえるようにしているというのは、なんだか妙といえば妙だったりします。もちろん、あったかさも可愛さも変わりはありませんけど。
「いやいやなっちゃん、だから男の子だって。大きい小さいはともかくさ、だいちゃんだって気になってるかもよ?」
「だからって今言うなよ」
 一部の隙もなく一言付け加える大吾くんなのでした。が、それはつまり、後で言ってね、ということなのでしょうか。
「はは、分かっているさ。というか忘れたからな、道端に確認しないと言いようもない」
 という事情があるらしく、ならばその視線は私室へと。その資質では今現在、高次さんの寸法取りが行われています。
 …………。
「楓さんはどうですか?」
「ん?」
「気になります? 高次さんの諸々のサイズ」
「……まあ、高次さんが教えたがってるなら聞いてあげようって程度には?」
 などと言いつつ楓さん、顔が赤くなり始めているのでした。
 どうやら女もそういうものだったようです。だからと言って……うーん、私はあんまり、ですけど。
 あ、でももし私より胴周りが細かったりしたら、なんて意味でなら気になるかもしれません。細いですしね、孝さん。そして孝さんは男で私は女ですもんね。ちょっと太るくらいだったらむしろ料理を作る身としては嬉しい、とは、言ってもらえてますけど。
「聞いてもらえるなら聞かせてやろうかー?」
 一度くらい太ってみるのもいいのかも? なんてあっさり前言を翻したりしていたところ、ふすまの向こうから高次さんの声が。
「首と胸ならもう出てるぞー」
「やめて! みんなの前で鼻血噴いちゃう!」
 その反応はさすがにどうなのでしょうか、とは思うのですが、けれど楓さんは真面目かつ必死な顔をしているのでした。
「そ、そこまでですか? えーと――言っちゃったら、実物を知ってるのに?」
「知ってるからこそだよしぃちゃん……知らなかったら数字聞かされても何とも思わないけど、知ってたら実物以上に生々しいっていうか。だって、事細かに想像しちゃうしさあ。そんで想像だから実物より美化されてるしさあ」
 これまた私にはピンとこない話でしたが、けれど本当にそういうことであるなら、なるほど孝さんが私の諸々のサイズを気にするという発想にもなるのでしょう。それでもやっぱり、実際の孝さんがどうなのかは依然として分からないわけですが。
「ふうむ」
 足の間から、成美ちゃんが唸りました。その一言だけ聞いてみても、私よりは楓さんの話を受け入れられてるみたいだなあ、と。
「それにしたって今の反応は大袈裟に過ぎるからな。つまるところ家守、お前は高次の身体の中でも首だか胸だかを特に気に入っているな?」
「ぐおお……! いま裸になってるのは高次さんなのに何故かアタシのほうこそ丸裸にされていく……!」
 嘘ででも否定すればいいのに、認めたも同然な反応を見せる楓さんなのでした。
 で、首か胸かですが――ただ気に入っているというならともかく、特に、とまで言ってしまう時にそれが首というのはどうなのでしょうか? というわけで私は胸なんだろうなと簡単に推理をしてみるわけですが、当たっていたら楓さんがますます追い詰められてしまうので、口にはしないでおきました。推理どうの以前に二択ですしね。正解してしまう確率五十パーセントっていうのは危ないです。
「いいなあ。私も測り甲斐のある身体だったら……」
 そう呟いたのはナタリーでした。
 ……いや、でも、それでも、ナタリーはとっても可愛いんですよ? 確かにその、どこを測ってもだいたい一緒ですけど。
「身体がどうあれそんなものを気にするのは人間だけですわよ、ナタリーさん」
「ワウ」
「うふふ、ですわよねジョンさん」
 何か嬉しくなるような言葉を掛けられたらしいマンデーは、ジョンと鼻先をすり寄せ合うのでした。ジョンが何を言ったのか――を聞き出そうとするのは野暮な気がしたのでともかくとしておいて、マンデーが言った「人間だけ」というのは、うーん、確かにそうなのかもしれません。そもそも数字という概念からして人間特有のものみたいですしね、どうも。
 と言っても、人間と会話ができるからか、ここのみんなはある程度の慣れを持ってはいるみたいですけどね。成美ちゃんなんかお買い物担当である以上、お金の計算までしちゃえるわけですし。
「勝手に想像してみるに、大事なのは中身、みたいな話だよねえ今の。くそう、外見の話で鼻血がどうだの言ってたアタシは汚れてるってことなんだろうなあ」
「人間だけという話なのだろう? ならば別に問題はないだろう、お前は人間なのだから」
 自虐までし始めた楓さんに、成美ちゃんがそんなお話。確かにそれもそうなのでしょう、人間だけと言ったって私達は人間ですし、だったら汚れてるも何もそれが普通なんですし。
 と、なんだか話が壮大になりつつあるような気がしますが、けれど成美ちゃんの話にはまだ続きがありました。
「それを汚れと言うのなら――お前の場合は高次に、ということになるのか? いいではないか、めいっぱい汚してもらえば」
 めいっぱい汚してもらえれば。
「ぶほぁっ!」
 成美ちゃんのその最後の一言に、鼻血、とまでは行きませんでしたが、盛大に吹き出す楓さんなのでした。口に飲み物を含んでたりしたらちょっとした一大事になるところでしたが、それはなんとか。
 ちなみに、ふすまの向こうからも同じような音だか声だかが。汚す側の人でしょう、多分。
「な、なんだ、変なことを言ったか?」
「いやいや、なっちゃんは何も間違ってないさ。ふふふ、勝手に別の変な想像をしてしまうなんて、これこそ汚れの極みってやつかね……まだ真昼間なのに」
「か、楓さん、あんまり言っちゃうと」
 成美ちゃんは分かっていなさそうですし、だったら分からないままにしておいた方がいいと思うのです。大吾くんもそうして欲しそうな顔してますし。高次さんの名前を出した辺り、ちょっとしたことから気付けちゃうかもしれませんし。
「っていうことは、しぃちゃんも理解出来ちゃう感じ?」
 …………。
 そりゃあまあ。
「あはは」
 笑って誤魔化しておきました。誤魔化せてないのは言うまでもありませんが。
「人間らしさということであれば、わたしなんか大吾にどれだけ汚されているか」
「待って、待って」
 弱々しいうえに口調自体がなんだか変調をきたしていますが、そう言って成美ちゃんに静止を掛けたのはそりゃまあ大吾くんなのでした。辛そうです、非常に。
「なんだ、お前も家守の言う――ええと、汚れの極み、というやつなのか?」
「そういうことでいいから勘弁してくれ」
「むう。訳の分からん話を勘弁してくれと言われても、どうすればいいのか……取り敢えず口を閉じればいいか?」
 うん、うんと無言かつ力強く頷いてみせる大吾くん。
 そちらについてはお気の毒さまとしか言いようがなく、なのでそれだけで済ませておきますが、対して成美ちゃんは本当に口を閉じてしまうのでした。
 成美ちゃんからすれば確かにこれは訳の分からない話であって、しかもそのことで端的に言えば「喋るな」と言われてしまったわけですが、なのに機嫌を損ねることなくその通りにしてみせるというのは、なかなかに見上げて然るべきものなんじゃないでしょうか。
「な、何だ日向?」
「なんとなく」
 そんな成美ちゃんはいま私の足の間にいて、なので私は、それまでよりもうちょっと強く成美ちゃんを抱き締めたのでした。
 成美ちゃんの「分からない」の大半は、人間についての知識ということになるでしょう。そしてそれを教えてくれるのは、その大半が大吾くんということになるのでしょう。喋るなと言われて素直にそれに従うというのは恐らく、その慣習があるからなのではないでしょうか。
 分からないことがあった時は大吾くんに尋ねる。もしくは、大吾くんの指示に従う。
 言葉にすれば一言ですが、行動、どころか心のほうまでそれを体現するというのは――当たり前ながら、と言ってしまっても問題はないでしょう。どう考えても簡単なことではあり得ないのでした。
「ううむ、どうも何か失敗してしまったらしい、という流れだったと思うのだが……?」
「失敗ってほどのことでもないよ。まあ、汚れがどうこうっていう話に合わせて言うなら、成美ちゃんがちょっと綺麗過ぎたってだけのことかな」
 そして恐らくは二人になった時にでも大吾くんからこのことの説明があって、となるとそれはこの話に合わせて言うなら、成美ちゃんが汚される、ということになるのでしょう。
 行き過ぎそうになったら止めてくれる。
 人間を知り、人間に近付いていくことについて、成美ちゃんは大吾くんの名前を挙げてそう言っていました。なんせ本日の午前中の話です、まだはっきり頭に残っていますとも。――そして今の話は、それの逆ということになるでしょう。
 行き過ぎない範囲であれば躊躇いなく汚されることができる。
 それはあまりにも綺麗に過ぎて、こうして抱き留めているだけで自分もそれにあやかれるような、そんな気分にすらなってしまうのでした。もちろん実際には、抱き締めているだけでどうこう、なんてことにはならないわけですけど。
 ……ところで、やっぱり、「汚れ」以外の言葉を当て嵌めたほうがいいような気もしないではないのでした。こればっかりはどうしようもなく、いちいちえっちぃ想像が頭の片隅を掠めてしまいますし。
 もう一つところで、この話について私自身はどうなのかなあ、とも。相手から影響を受けるって意味では、人間同士でだって似たような話はあるでしょうしね。
 孝さんに汚される――いやだから、他の言葉を持ってきたいところではあるんですけど。


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