刑法Ⅰ(総論)答案練習講座(第01回)
第01週 因果関係
第02週 不作為犯
Xは、密売人からMDMAを入手したので、Aを誘い、自宅マンションに誘った。Xは自分でMDMAを使用し、AにMDMAを手渡し、その使用方法を教えた。Aは教えられた通り使用し、それが身体に作用したところ、突然、意識がなくなり、また口から泡を吹いて倒れた。Xは、初心者にありがちな反応だと思いながら静観していたが、様態がおかしいので、Aに声をかけたり、体をゆすったりしたが、反応がなかった。Xは、AとMDMAを使用したことが発覚するのを恐れ、救急車を手配するなどせずに、マンションから立ち去った。Aは、意識不明になってから1時間後に死亡した。
1.Xが救急車を手配していれば、Aが意識不明に陥った後、10分の時点で到着し、病院では30分の時点で救急治療を受けることができ、その生命を十中八九、40分後には救助できた場合
2.Aが意識不明になった時点で、Xが救急車を手配していれば、30分の時点で到着し、病院では60分ないし70分の時点であれば、救急治療を受けることができ、その生命を相当程度の確率で救助できた場合
3.Aが意識不明になった時点で、Xが救急車を手配しても、救助には手遅れであった場合
Xの罪責について、1の場合に保護責任者遺棄致死罪が、2の場合に保護責任者遺棄罪が成立することを論証しなさい。また、3について、Xの罪責を論じなさい。
1について
本件において、XはAの救命のために救急車の手配をするなどせずにマンションを立ち去り、Aの死という結果が生じていることから、保護責任者遺棄致死罪(219条)が成立する可能性がある。
そこで、保護責任者遺棄致死罪の成立を検討するに、その成立には、被告人の保護責任、不作為と結果との因果関係の存在が必要となる。この保護責任は、保障者的地位、作為可能性、作為容易性を基準に判断される。また、因果関係が認められるためには、不作為の後に結果の発生が認められるだけでは足りず、被告人が期待された行為をしていたならば、結果の回避が合理的な疑いを超える程度に確実であったことが必要となる。
これを本件について検討する。まず、Xは、MDMAを手渡して使用方法を教えるという自身の行為によりAの生命に危険を生じさせている。また、Aが意識不明になったとき、本件居室にはXとAの2人しかおらず、救急車の手配などAの救命のための行為ができるのはXだけであったと考えられる。よって、保障者的地位が認められる。さらに、Xが救急車を手配しなかったのは、単にMDMA使用の発覚を避けるためにすぎず、手配をすることには何の支障もなく、極めて容易にできたものと認められる。したがって、Xには、Aの生命・身体の安全を保護すべき責任があったというべきである。
次に因果関係については、Xが救急車を手配していたならば十中八九Aの救命が可能であった場合、Aの救命は、合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められる。よって、Xが救急車の手配をしなかったこととAの死亡の結果との間には因果関係が認められる。
ゆえに、Xに保護責任者遺棄致死罪(219条)が成立する。
2について
(保護責任の検討は1に同じ。)
因果関係についてであるが、Xが救急車を手配していたならば相当程度の確率で救命できた場合、その確率が「十中八九」と言えるほど高いものでない限り、「Xの遺棄行為が無く、Aが意識不明になってから60分ないし70分後に医師の救急治療を受けたとしてもAは死亡したのではないか」との合理的な疑いが残る。よって、Xが救急車の手配をしなかったこととAの死亡との間には因果関係が認められない。
したがって、Xに致死の責任まで問うことはできない。もっとも、XはAの「様態がおかしい」と感じており、反応も無かったことから、その生命が危険な状態にあり、生存に必要な保護を要することを十分認識していたと認められる。すなわち、不保護の認識があったと認められる。さらに、Xが救急車を手配していたならば、十中八九とは言えないまでも相当程度の確率で救命できたのである。ゆえに、Xには保護責任者遺棄罪(218条)が成立する。
3について
Aが意識不明になった時点でXが救急車を手配しても、既に救助には手遅れであった場合、因果関係が認められないことはもちろん、Xにはそもそも保護責任が認められないことになる。この点、たまたま事後的に「既に救助には手遅れであった」ことが証明されたことにより、Xの保護責任が否定されるのは合理的でないとの考えもありうるが、保護のしようがなかったXに保護責任を負わせるのは、やはり妥当でないと思われる。また、Xは自身も本件MDMAを使用しており、未必にも殺意をもっていたとは認められないため、不作為による殺人罪(199条)も成立しない。
よって、この場合、Xには過失致死罪(210条)成立の可能性が残るだけである。
以上が練習答案のサンプルです。
このサンプル答案を参考に、自分でも答案を作成してください。そのための基本知識として、答案の書き方の一例を示しておきます。
答案の書き方
(1)答案の書き方の基本
答案の書き方は、以下の通りです。問題分を読んで、質問に答えるというものです。出題の内容、出題の狙い、さらには出題者の意図を探りながら、的確に答えることが求められます。それを「起承転結」で説明します。
(2)答案の書き方の一般原則
答案は基本的に起承転結の順で書いてください。おおまかに、4章構成を念頭に置いてください。
1事実関係と争点の指摘 2前提となる議論 3論証 4結論
1事実関係と争点の指摘
事実関係の整理を成立し、出題の意図を踏まえて、論点を指摘する。
2前提となる議論
指摘した論点に沿いながら、前提となる事柄について説明する
3論証
前提となる事柄に関する見解の対立などを紹介し、自分の立場から見て反対説の問題点や限界を指摘し、自説の優位性や妥当性を論証する。
4結論
成立する罪名と罰条を示す。
限られた時間のなかで、答案を書ききるためには、コツが必要です。しかしながら、何が問われているのかを明らかにしないまま、コツや経験を活かそうとしても、それは無理です。自分があらかじめ準備した答案のパターンを無理やり当てはめたり、事実関係を曲解して、無理な論証をしても、それでは解答にはなりません。問題文をよく読んで、答案の骨子を立てて、答案の基本枠組をレジュメ化し、最後の結論まで見通してから、答案を書き始めるようにしてください。従って、1234の作業の時間配分を考えると、1に相当な時間を配分するのが自然です。2と3で残りの時間を使うことになるでしょう。4では結論を書くだけなので、時間は要しません。
(3)答案の具体的な書き方――問1について
さしあたり、問1について、答案の書き方を説明します。
今回の問題は、最初の答案練習なので、あらかじめ保護責任者遺棄致死罪が成立することを論証する内容になっています。一般的には、このような設問はないので、自分で「保護責任者遺棄致死罪が成立するかを検討する」と問題設定する必要があります。
1事実関係と争点の指摘
問題文に沿いながら、事実関係を整理します。
保護責任者遺棄致死罪が成立するかを検討すると問題設定します。
2前提となる議論
保護責任者遺棄致死罪の成立要件を指摘します。
保護責任者
遺棄
遺棄と死亡との因果関係
3論証
Xの態度が、上記の保護責任者遺棄致死罪の要件を満たしているかどうかを検討します。
XはAの保護責任者であるのか。
Xの態度が遺棄にあたるのか。
その態度とAの死亡との間に因果関係があるのか。
4結論
以上を踏まえて、刑法219条の保護責任者遺棄致死罪が成立することを結論づける。
(4)重要なポイント
試験は、学習の到達状況を検証するために行われます。答案は、自らの学習の到達状況を示すために書かれます。従って、答案の作成者は、出題の内容、その意図・狙いを踏まえて答案を書くことが求められます(キャッチャーが内角低めのサインを出しているならば、ピッチャーはそこに投げることが求められます)。
問1では、出題者は何を意図し、狙っていたのでしょうか。問2、問3では、どうでしょうか。
問1は、Xが保護責任者であること、Xの不作為とAの死亡との間に因果関係があること、
問2では、Xの不作為とAの死亡との間に因果関係があるとはいえないこと、
問3では、Xには保護責任がないこと、その不作為は遺棄にあたらないこと、ただしAの死亡はXがAにMDMAを提供しなかったならば発生しなかったといえ、その間に因果関係があり、それが(重)過失致死罪にあたる余地があること(この問題は行為者の第1行為後に第2行為が介在して結果が発生した因果関係の事案です)、などが問われていました。
第01週 因果関係
第02週 不作為犯
Xは、密売人からMDMAを入手したので、Aを誘い、自宅マンションに誘った。Xは自分でMDMAを使用し、AにMDMAを手渡し、その使用方法を教えた。Aは教えられた通り使用し、それが身体に作用したところ、突然、意識がなくなり、また口から泡を吹いて倒れた。Xは、初心者にありがちな反応だと思いながら静観していたが、様態がおかしいので、Aに声をかけたり、体をゆすったりしたが、反応がなかった。Xは、AとMDMAを使用したことが発覚するのを恐れ、救急車を手配するなどせずに、マンションから立ち去った。Aは、意識不明になってから1時間後に死亡した。
1.Xが救急車を手配していれば、Aが意識不明に陥った後、10分の時点で到着し、病院では30分の時点で救急治療を受けることができ、その生命を十中八九、40分後には救助できた場合
2.Aが意識不明になった時点で、Xが救急車を手配していれば、30分の時点で到着し、病院では60分ないし70分の時点であれば、救急治療を受けることができ、その生命を相当程度の確率で救助できた場合
3.Aが意識不明になった時点で、Xが救急車を手配しても、救助には手遅れであった場合
Xの罪責について、1の場合に保護責任者遺棄致死罪が、2の場合に保護責任者遺棄罪が成立することを論証しなさい。また、3について、Xの罪責を論じなさい。
1について
本件において、XはAの救命のために救急車の手配をするなどせずにマンションを立ち去り、Aの死という結果が生じていることから、保護責任者遺棄致死罪(219条)が成立する可能性がある。
そこで、保護責任者遺棄致死罪の成立を検討するに、その成立には、被告人の保護責任、不作為と結果との因果関係の存在が必要となる。この保護責任は、保障者的地位、作為可能性、作為容易性を基準に判断される。また、因果関係が認められるためには、不作為の後に結果の発生が認められるだけでは足りず、被告人が期待された行為をしていたならば、結果の回避が合理的な疑いを超える程度に確実であったことが必要となる。
これを本件について検討する。まず、Xは、MDMAを手渡して使用方法を教えるという自身の行為によりAの生命に危険を生じさせている。また、Aが意識不明になったとき、本件居室にはXとAの2人しかおらず、救急車の手配などAの救命のための行為ができるのはXだけであったと考えられる。よって、保障者的地位が認められる。さらに、Xが救急車を手配しなかったのは、単にMDMA使用の発覚を避けるためにすぎず、手配をすることには何の支障もなく、極めて容易にできたものと認められる。したがって、Xには、Aの生命・身体の安全を保護すべき責任があったというべきである。
次に因果関係については、Xが救急車を手配していたならば十中八九Aの救命が可能であった場合、Aの救命は、合理的な疑いを超える程度に確実であったと認められる。よって、Xが救急車の手配をしなかったこととAの死亡の結果との間には因果関係が認められる。
ゆえに、Xに保護責任者遺棄致死罪(219条)が成立する。
2について
(保護責任の検討は1に同じ。)
因果関係についてであるが、Xが救急車を手配していたならば相当程度の確率で救命できた場合、その確率が「十中八九」と言えるほど高いものでない限り、「Xの遺棄行為が無く、Aが意識不明になってから60分ないし70分後に医師の救急治療を受けたとしてもAは死亡したのではないか」との合理的な疑いが残る。よって、Xが救急車の手配をしなかったこととAの死亡との間には因果関係が認められない。
したがって、Xに致死の責任まで問うことはできない。もっとも、XはAの「様態がおかしい」と感じており、反応も無かったことから、その生命が危険な状態にあり、生存に必要な保護を要することを十分認識していたと認められる。すなわち、不保護の認識があったと認められる。さらに、Xが救急車を手配していたならば、十中八九とは言えないまでも相当程度の確率で救命できたのである。ゆえに、Xには保護責任者遺棄罪(218条)が成立する。
3について
Aが意識不明になった時点でXが救急車を手配しても、既に救助には手遅れであった場合、因果関係が認められないことはもちろん、Xにはそもそも保護責任が認められないことになる。この点、たまたま事後的に「既に救助には手遅れであった」ことが証明されたことにより、Xの保護責任が否定されるのは合理的でないとの考えもありうるが、保護のしようがなかったXに保護責任を負わせるのは、やはり妥当でないと思われる。また、Xは自身も本件MDMAを使用しており、未必にも殺意をもっていたとは認められないため、不作為による殺人罪(199条)も成立しない。
よって、この場合、Xには過失致死罪(210条)成立の可能性が残るだけである。
以上が練習答案のサンプルです。
このサンプル答案を参考に、自分でも答案を作成してください。そのための基本知識として、答案の書き方の一例を示しておきます。
答案の書き方
(1)答案の書き方の基本
答案の書き方は、以下の通りです。問題分を読んで、質問に答えるというものです。出題の内容、出題の狙い、さらには出題者の意図を探りながら、的確に答えることが求められます。それを「起承転結」で説明します。
(2)答案の書き方の一般原則
答案は基本的に起承転結の順で書いてください。おおまかに、4章構成を念頭に置いてください。
1事実関係と争点の指摘 2前提となる議論 3論証 4結論
1事実関係と争点の指摘
事実関係の整理を成立し、出題の意図を踏まえて、論点を指摘する。
2前提となる議論
指摘した論点に沿いながら、前提となる事柄について説明する
3論証
前提となる事柄に関する見解の対立などを紹介し、自分の立場から見て反対説の問題点や限界を指摘し、自説の優位性や妥当性を論証する。
4結論
成立する罪名と罰条を示す。
限られた時間のなかで、答案を書ききるためには、コツが必要です。しかしながら、何が問われているのかを明らかにしないまま、コツや経験を活かそうとしても、それは無理です。自分があらかじめ準備した答案のパターンを無理やり当てはめたり、事実関係を曲解して、無理な論証をしても、それでは解答にはなりません。問題文をよく読んで、答案の骨子を立てて、答案の基本枠組をレジュメ化し、最後の結論まで見通してから、答案を書き始めるようにしてください。従って、1234の作業の時間配分を考えると、1に相当な時間を配分するのが自然です。2と3で残りの時間を使うことになるでしょう。4では結論を書くだけなので、時間は要しません。
(3)答案の具体的な書き方――問1について
さしあたり、問1について、答案の書き方を説明します。
今回の問題は、最初の答案練習なので、あらかじめ保護責任者遺棄致死罪が成立することを論証する内容になっています。一般的には、このような設問はないので、自分で「保護責任者遺棄致死罪が成立するかを検討する」と問題設定する必要があります。
1事実関係と争点の指摘
問題文に沿いながら、事実関係を整理します。
保護責任者遺棄致死罪が成立するかを検討すると問題設定します。
2前提となる議論
保護責任者遺棄致死罪の成立要件を指摘します。
保護責任者
遺棄
遺棄と死亡との因果関係
3論証
Xの態度が、上記の保護責任者遺棄致死罪の要件を満たしているかどうかを検討します。
XはAの保護責任者であるのか。
Xの態度が遺棄にあたるのか。
その態度とAの死亡との間に因果関係があるのか。
4結論
以上を踏まえて、刑法219条の保護責任者遺棄致死罪が成立することを結論づける。
(4)重要なポイント
試験は、学習の到達状況を検証するために行われます。答案は、自らの学習の到達状況を示すために書かれます。従って、答案の作成者は、出題の内容、その意図・狙いを踏まえて答案を書くことが求められます(キャッチャーが内角低めのサインを出しているならば、ピッチャーはそこに投げることが求められます)。
問1では、出題者は何を意図し、狙っていたのでしょうか。問2、問3では、どうでしょうか。
問1は、Xが保護責任者であること、Xの不作為とAの死亡との間に因果関係があること、
問2では、Xの不作為とAの死亡との間に因果関係があるとはいえないこと、
問3では、Xには保護責任がないこと、その不作為は遺棄にあたらないこと、ただしAの死亡はXがAにMDMAを提供しなかったならば発生しなかったといえ、その間に因果関係があり、それが(重)過失致死罪にあたる余地があること(この問題は行為者の第1行為後に第2行為が介在して結果が発生した因果関係の事案です)、などが問われていました。