LOVE AND GLORY

-サイキックの眼-

吐け口の無さ

2015-04-02 21:42:23 | サイキックの眼

   
       

吐け口の無さ
    
     
感情や気持ち・・
我慢に我慢が重なって・・
色んな嗜好モノに依存せざるを得なくなる。
ネットや携帯端末に向き合い続けるのも、吐け口の対象と言える。
精算出来ない気持ちのヤリどころは、ゴミのポイ捨てではなく、機械の中のデータにどんどんストックされていく時代です。
吐いて吐いて・・なおも吐き続けても、まだ吐き足らず。
自分の思いや感情は、全く消化しえない。
     
もっと大きな何か?
もっとスッキリするモノが・・
あぁ~もっと気落ち良くなりたい・・ナニか
あぁ~もぅ嫌だ嫌だ!!
何もかもが嫌になるぅ。
・・・・・。
そうだ何もかも忘れよう
無かったコトにしよう
知らなかった、見なかったコトに、
・・・・・・・。
何とかなるだろう。
・・・・・・・・・。
スッキリしない・・・。
余計にイライラしてきたゾ。
え゛、笑顔を絶やさず今日も前向きに。
また今日もヒトツ問題が増えたよ。
えーっと今日の私の運勢はナニかな~っと!
「サービス精神を絶やさず!で〔吉〕」
ホンマかいな!?怒。
     
スンマセン!汗
余計にイライラさせてしまうようなコトを書いてしまいました。
でも、こんな感じの毎日が続いているのですわね。
自分はマイペースで、周りにも流されないように心掛けて・・・と思っていても、どうにもならんサイクルが廻り回ってくるようなカンジが続く。
    
ネット依存
携帯端末依存
ゲーム依存
ギャンブル・アルコール・麻薬・ドラッグ依存
買物依存
逃避依存
スピリチュアル依存
・・・エトセトラ
    
これらを依存と言うよりは、
『吐け口 症候群』と言うの方が適当だろう。
解消出来ない・・理由の解らないストレス
或いは、理由の解りたくない何らかのストレス事が有るから。
もちろん誰だって何かが不器用で、何から何まで完璧に熟すことは出来ない。
それでも「明日があるさ♪」なんて笑って、居酒屋でビール飲んでウサを晴らせる数年前までは・・良かった?のかも知れない。
しかし、ここ数年で・・笑うに笑えなくなってきている。
それは、
〔安全性の向上〕
〔ルールや規定が増える一方〕
〔医療・病薬の進歩〕
〔便利な高度技術の開発成功〕
〔高度で手厚い社会保障〕
他にもまだまだある、我々人間が造る・・危険回避・安全安定の社会構築、人間関係のマニュアル構成。
みんな良かれと思って造り出すモノばかり。
人の為に、社会の為に、みんな一丸となって困難を乗り越えて、未来の為に新たな素晴らしいマニュアル作りに邁進していこう!・・・ってなモンです。
しかし、良かれ良かれは勿論!大事なのは解りますが、それでは息が詰まるんです。
なぜなら、マニュアルに従わなければならないからです。
素晴らしい最高のマニュアル通りにしていれば問題無い!と、なるから。
決められた通りに行うコト。
それ以外は、責任を負いかねます。
それは誰に質問すれば教えてくれるの?
その責任者は退職しましたので、後任の者がマニュアル説明を致します。

つまり
何を申したいのか?と言いますと、
『感情』や『気持ち』だけが、置いてけボリになってるんよ!ってコト。

『感情』や『気持ち』が、分離してるんです。
『感情』や『気持ち』が、社会マニュアルから⇒分離してしまっている。

『感情』と『気持ち』
これらが、社会と接点を失っているんです。

だ・か・ら!
「吐け口が無い」んですわぃ!

気持ち、底知れぬ気持ちが私達にはある。
それを感情にしたい気持ちが湧く。
それを誰かと分かち合いたい。
言い合ったり、怒鳴ったり、泣いたり、わめいたり、オカシくて笑いを我慢出来なくなったり!、そしてまた寂しくて胸の奥がキュ~ッと苦しくなったり。
そんな底知れぬ気持ちを誰かと解り合えたり、或いは解り合えなかったりすることで、自分がどういった人間なのか?を知る事が出来る。
それがスッキリするコトだと思う。
情報を仕入れるコトがスッキリすることではないんよね。

本当の気持ちを言うのが恐い・・・
そう感じ続けている人は多いと思います。
誰も信用出来ないし、
言ってどうする?
黙って毎日やり過ごすのに限る
あぁ・・・でも病気になりそう。

先ず、自分の気持ちの置き場を持ってみてはどうでしょうか?
そこに自分の感情の在り方とは何か?を模索する。
良かれ社会の膨大なビッグマニュアルの中で、自分の気持ちをシッカリと持っていられるコト、これが大事だと思います。

気持ちや感情こそ、人生や社会の中心になければならないのですから。
なぜそう言えるのか?と言うと、私達人間の中の、中心に在るからです。

なぜ?そうなりにくい世の中になるのか?と言いますと、
気持ちや感情、それを持つのが恐いからなのです。
胸の奥の苦しみから避けて通って生きたいと思うから。

その代り・・、ウップンが溜まり、吐け口の無さに苦しむコトになるのです。

なので、また自分の本当の気持ちと向き合うコトが必要となるのです。
なぜならば、
『本当の気持ち』と、『本当の感情』が、あるからです。
それが、『希望』の生まれ所となるのです。
 


サイキックの眼  ヤマモト・コージ