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映画・舞台の感想や俳優さん情報等。基本各種メディア込みのレ・ミゼラブル廃。近頃は「ただの日記」多し。

幕は上りぬ~『プレステージ』

2007-06-11 16:37:09 | HJ&CB・プレステージ
のち

「われわれはこんなことを始めるべきじゃなかったんだ、ボーデン。
だが、貴様を殺しても、終わりにはならない」
(ルパート・エンジャ~『奇術師』/クリストファー・プリースト)


ようやくこの映画について語れることに喜びを禁じ得ません。
先週末公開映画鑑賞記、本日はいよいよ『プレステージ』について。公開間もないことだし、ジャンルや構成は一応「ミステリ」なので、出来るだけネタバレなしの方向で書いて行きたいと思いますが、どうしても核心に触れてしまいそうな部分は伏せておきます。

その前に、当ブログ内でこの作品の内容について触れた記事にもリンクしておきましょう。

原作『奇術師』(クリストファー・プリースト)感想
US版DVD初見時感想

この映画終盤のトンデモトリックについては賛否あることと思います。
私自身は原作を読んだ時点で「そんなのありか!?」と顎の外れる思いをしたので、映画についてはまた別の視点から観ることができましたが、先に映画をご覧になった方の反応がどのようなものかは大方の予想がつきます。しかし、ネガティブな反応は、クリストファー・ノーラン監督はじめ製作側にとっても、予め想定されたものでしかないと思われます。
だから、一度ご覧になって驚愕、怒り、失望──等々を感じた方々も、その上でもう一度映画を思い返し、または観直して頂きたいのです。
上でリンクした感想だけでなく関連情報を扱ったエントリーでも何回も書いて来たことですが、この映画の眼目はトリックや種明かしそれ自体にあるのではないのですから。
マジックのタネなどというものは聞いてしまえば「なぁ~んだ」ということになる、とは作品中でも言われていますが、問題は「それ」を守秘し、維持するために費やされる労力、或いはオブセッションなのです。
その「なぁ~んだ」なオチのために、映画はこれだけ複雑な構成を必要とし、その全体を以てマジックやイリュージョンの本質を語っています。そういう意味で、私は以前これを「マジック映画」ならぬ「メタ=マジック映画」だと評したのでした。

そしてまた、主人公であるマジシャンたちも、その「なぁ~んだ」を守るために生活や生命さえも懸けている。
それを支える妄執や駆け引きによる心理バトルこそがこの映画の眼目ですが、その展開がかなり陰惨でダークな上に、感情移入しにくい登場人物ばかりなので、これまた受け付けられない人もいることでしょう。
ちょっとネタバレ→中ではかろうじて共感を得られそうな人物が「残った」形になった訳ですが、それは決して(マジシャンとしての)「勝利」ではありません。最も観客の視点に近いのはカッター(マイケル・ケイン)かも知れませんが、終盤の彼の言動を「裏切り」と感じる人もいると思います。←ここまで
しかし、多くのものを代価として得た名声と反比例するように彼らが陥って行く負のスパイラルはスリリングで見応えあり、ヒュー・ジャックマン、クリスチャン・ベイル二人の演技も見事なものでした。

多くの人が絶賛するクリスチャンの演技について述べるには、どうしてもネタバレ部分に触れざるを得ないので、近いうち別記事にしたいと思います。
ただ、彼の演技は細部に到るまで完璧で、物語やキャラクターから外れることは何一つなかった、とだけは言っておきましょう。大向こう受けを狙うあざとさのない演技なので、一度観ただけでは見過ごしてしまう部分も多く、二度三度と観て初めてその完全無欠ぶりに驚かされます。
更に怖るべきは、クリスチャンの場合これだけの演技をやってのけても、彼ならそれくらい余裕だろうと思わせるところですね。やはり天才としか言えません。

対するヒュー・ジャックマンは、いつになく「熱演」という言葉が相応しい奮闘ぶりでした。
いつもは適当とかいう意味ではなくて、実際ハリウッドでのキャリアがまだ十年に充たない彼は、これまでは多くのベテラン共演陣の胸を借りたり、アンサンブルを重視する形での演技を心がけて来たように思えますが、今回クリスチャン・ベイルという同じ三十代(しかも年下)の「演技派の絶対見本」(by スカーレット・ヨハンソン)が相手役だったからか、珍しく前に出て行く演技をしています。
各種インタビューでは「クリスチャンに対してライバル意識なんてないよ。彼の方がキャリアもずっと上だし」というようなことを語っているヒューですが、どうしてなかなか闘志むき出しだったと思いますよ。それがまた、アンジャーの余裕なさにマッチしていました。

更に見習い時代の溌剌とした雰囲気や愛妻家ぶり、妄執に駆られての鬼気迫る演技、勝利を確信した時のダークな微笑など、これまで(少なくともアメリカ映画では)見せたことのないヒュー・ジャックマンの様々な顔が見られて楽しかったです(映画自体は「楽しい」という性質のものではありませんが)。
楽しいと言えば、あの呑んだくれのルート氏も、ヒューのファンには嬉しいオマケ的なものでしたね。或る意味儲け役と言うか、本人も「鬼気」ではなく嬉々として演っているように思いました。

そして、彼がこの役を得た最大の理由であるらしいステージ上の姿の素晴らしさ!
大スクリーンで「ヒュー・ジャックマン on ステージ」が観られて、本当に嬉しかったです。ちゃんと着こなせる人の少ないマジシャンの燕尾服があり得ないくらい身に合って、オリヴィア他アシスタントとの小道具の受け渡しも鮮やか。
ステージじゃないシーンでも、19世紀のコスチュームがこれほど似合う人はやっぱりいないなぁ…と思いました。
もしかしてステージのシーンの撮影の合間に、そこで歌ったり踊ったりもしてたりして。そういう舞台裏映像とかないもんでしょうかね?
でも、実はいちばん素敵なのは、初めて「瞬間移動」を成功させた時、奈落(舞台下)の微かな光の中でひとり喝采に応える姿だったと思います。

あと、ニコラ・テスラ(デイヴィッド・ボウイ)&アリー(アンディ・サーキス)の、絵に描いたようなマッドサイエンティストとその助手ぶりには笑えましたが、アンジャーが彼の実験室に招かれるシーンでは、思わず「マッドサイエンティスト(例/フランケンシュタイン博士)vs. ヴァン・ヘルシング」なんてことを考えてしまいました。
あの『ヴァン・ヘルシング』だったら、テスラ装置はすぐさまヴァチカン送りですね。

話を戻して──実を言うと、彼は役者としてクリスチャンに「食われる」ことは覚悟の上で、この映画に出演したのだろうと思います。更に言ってしまえば、監督の愛情がクリスチャンに傾いていることも判った上で。(一見「クール」な作風ですが、ノーラン監督、本当にクリスチャンが好きですよね。『ビギンズ』もそうだったけど、物語のバランスを崩すことも厭わぬくらい好きですね)。
そうは言っても、クレジットのトップに名前が出るからにはそう易々と負けてたまるか、という気迫が伝わって来ますが、それをあくまでも「アンジャー」という役柄の枠に収める節度も感じられ、多芸多才型と見られる「スター」ヒュー・ジャックマンが、実は大変な努力型の俳優であるということが再認識できました。

そんな訳で、後味いいとは言えない作品ですが、出演俳優たちやその演技に注目して観れば、実に楽しめる映画でもあります。
『300』が馬鹿映画だという評も見ますが、『プレステージ』だって「アタマのいい馬鹿映画」だと思いますよ。

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8 コメント

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ヒューの舞台! (にいな)
2007-06-11 21:05:04
こんにちは!
Qさんが私の言いたい事を全部言ってくれてるので嬉しいです(^^ゞ TBもさせてもらいますね。

この映画でヒューの舞台が少しでも感じる事が出来て良かったですよね。
あと、呑んだくれの彼はやっぱり彼だったんですね。以前、こちらでちょこっと話題が出てましたが、それを思い出したら、あれ?彼じゃないのかな?と勘違いしていて分かんなくなってたんですが、彼だと分かって安心しました(笑)

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The Prestige (misao)
2007-06-12 08:17:06
来ましたね~大画面では美しかったですね。
それにしても日本の予告編は見せすぎですね。あれは反則です。売り方間違えて反感買ったりして(笑)・・・原作が世界幻想大賞受賞作でしたっけ?そういうの知らないで見るとそんな馬鹿な!と一蹴されないか心配です。マア私がどうこう言うものではないですが・・・うちの旦那が気に入ったのは意外でしたよ。ってまあ指輪物語は私より先に読んでた人ですし・・・驚くのに値しないか。(笑)
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ヒュー様オンステージ! (Qまたはレイチェル)
2007-06-12 14:29:50
にいな様こんにちは。
舞台での彼の立ち姿は本当に美しいですよね~
最後の「瞬間移動」に向かう前の張り詰めた空気もまた良かったです。
一方「例の役」は、或る意味とても彼らしい気がしました。
けっこう可愛くて、だからあれこれ唆すボーデンがまた憎たらしくなりますね
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SFミステリ (Q)
2007-06-12 14:37:00
misao様こんにちは。
日本でもついに大画面で観られる日が来て嬉しいです。
でも日本の予告編は確かにあんまりでしたね。やっぱりGAGAは「ミステリ」として売る気はなかったということでしょうか。
そう言えば、原作が各ミステリ雑誌やSF雑誌でベスト10入りしていたことなど、宣伝ではいっさい触れていなかったです。それどころか原作への言及自体なきに等しかったような……
もっとも、それを明示したところで、あのオチに怒る人は一定数出て来ただろうと思いますが。
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2回以上見ること! (rukkia)
2007-06-13 14:09:05
さすがにQさんのレビューは深いですね。
私も1回見ただけじゃ見えてなかったところが2回目には見えてきて、ほぉ、って感じでした。
日本盤DVDが出たら、英語字幕でもう一度じっくり見てみようと思ってます。
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伏線がいっぱい (Q)
2007-06-16 23:07:30
rukkiaさんこんばんは。
この映画、時系列バラバラの構成に眩惑されがちですが、伏線もちゃんと回収されているし、近頃の映画には珍しく緻密な作りになっていると思います。
トンデモなオチと主人公たちの毒気にあてられて、それどころじゃなくなっている感もありますが

海外版DVDは持っていますが、明日もう一度映画館に観に行く予定です。
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興味深いです!! (けい)
2007-06-19 00:40:36
Qさん、お久しぶりですv
そして、いつも色々な記事をupしている時の文章力には感服していましたが、見事な読解力のレビューもまた素晴らしいですね!!
私は機内上映で一度目を見た時に、最後のオチに少々拍子抜けしたのは事実ですが、ココで見れたからこそ、本番(?)の劇場で見た時に、今作で描きたかった事が分かった気がして楽しめました!!
そして、ヒューとクリス…この役を演じるに相応しい二人の役者がこの作品に揃っていた事が作品をより良いものへと仕上げていたと思いましたv

最後になりましたが、Qさんの素晴らしいレビューに載せるのはお恥ずかしい限りですが、TBをさせていただきましたので宜しくお願いします!
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種や仕掛けの向こう (Q)
2007-06-24 16:57:19
けい様、コメントとTBありがとうございます。お返事がたいへん遅くなって失礼しました。
私は原作を読んだ時点であのトリックにびっくり!
→覚悟を決めて海外DVDを観て、脚色の見事さと完成度に感心
→改めて劇場で観て、クリスチャンの演技に感服
という経過でした。
主演二人はもちろん、その他のキャスティングや演技も良かったですね。
原作も映画も、「あの」或る意味反則技なトリック自体がメインな訳ではなくて、それに取り憑かれてしまった人たちをこそ描きたかったのだと私は思います。
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