和州独案内あるいは野菜大全

第一回奈良観光ソムリエであり、野菜のソムリエ(笑)でもある者の備忘録のようなもの。文章力をつける為の練習帳に

春日大社 二の鳥居

2008年06月08日 | 和州独案内
 春日の神は水神です。なんて書いたら笑われるしょうか?内院の本殿に四柱そのほか摂末社合わせて61社あるのだから、喩えは悪いが石を投げれば水神に当たるかもしれません。
 冗談はさておき、武甕槌神は「国譲り神話」で主役の一方を演じる、剣神であり武神でもあります。さらに雷神でもあるというように、同じ神にも連想ゲームのように色々な性格が付与されることがある。また積み重なる歴史の時間の中で、人の求めるような神の姿へ変貌することも珍しくありません。
 
 つまるところ折り重なり、層を成す神社の歴史を掘り起していったその最後に残るものが水への素朴な信仰だということなのです。人々は社殿も無く、藤原氏も無い昔から御蓋山を神奈備山と崇めていました。しかも春日に限らず、石上や大神といった大和を代表する、古式漂う大社の淵源もが水への素朴な信仰であることは偶然ではありません。この三社はすべて奈良盆地の東辺のいわゆる「春日断崖」 に沿って立地しており、西に広がる奈良盆地を潤す河川はことごとく東の山中を濫觴としています。
 春日で言うなら、佐保川、水谷川、能登川が春日の山々の山懐から流れ出ており、それぞれ源流部の禁足地に神野、上水谷、鳴雷神社が鎮座しています。
 ちなみに御蓋山とは標高294mの秀麗な円錐形をしたいわゆる神奈備山というもので、信仰上の象徴といえる。源流部はその奥に連なる四、五百mの山塊で花山や高山と呼ばれています。
 
 農耕(特に稲作)、生活に欠かすことの出来ない水の恵みをもたらしてくれる山々に感謝をする素朴な信仰に、その土地に止住する氏族の氏神が加わります。古代、この地域を基盤とした豪族は和邇氏系の春日小野氏なのだそうですが、どうやら阿部氏も少なからずこの地に関わりがあったようです。「東大寺要録」には御蓋山に阿部氏社があったと記されています。
 「つんぼ春日に土地三尺借りる」文暦元年(1234)の具注暦に見られる土地交換説話ですが、その意味するところは鹿島社より渡り来られた武甕槌神は、一先ず現在の桜井の安部山に仮宿します。そして春日の地主神である榎本神に春日の土地を借りる申し出をします。耳の遠い榎本神は三尺ならと快諾しますが、これが春日の土地全ての地下三尺のことだったというのです。一聞、微笑ましくもありますがこれが阿部氏と藤原氏の氏族勢力の交代を示唆した説話だとするなら、途端にきな臭く感じられます。
 この話が事実を基にしていると仮定して、この地に足がかりを十分に持たなかった藤原氏が、阿部氏から騙すかのように交代したのは氏族の祭祀権だけなのでしょうか?藤原京がたった十六年で棄都され、平城京への遷都が決まると、俄然春日の地は重要になります。王城の水源地としては当然ですが、平城遷都の詔に「四禽図に叶い、三山鎮をなす」とあるように、春日の地は四禽の青龍に充てられ、御蓋山は三山の一つとして王城鎮護の象徴になります。実需だけでなく理念上も要地になったということでしょう。そもそも藤原不比等は平城遷都計画に携わった張本人ですから、春日の地が如何に重要かを一番理解していたはずです。
 
 養老元年(717)遣唐使丹比真人県守らが「神祇を蓋山の南に祀る」と「続日本紀」にあるように、度々御蓋山の南で航海の安全祈願が執り行われます。この時は阿部仲麻呂や吉備真備なども遣唐使に加わっており、帰国の願いも果たせず唐土で果てた仲麻呂は「天の原 振りさけ見れば 春日なる みかさの山に 出でし月かも」と望郷の念を歌に詠んだ。この仲麻呂の春日の山々に対する思いは、阿部氏社のある懐かしい情景を詠んだのかもしれません。
 また、正倉院の宝物のなかに「東大寺山堺四至図」がありますが、これは天平勝宝756年に東大寺の境界周囲を描いた地図で、とても興味深い第一級資料です。次はいつ正倉院展でお目にかかれるか分かりませんが、そこには春日界隈、御蓋山も描かれています。社伝に云う創社の神護景雲768年より十三年前に描かれた古代の地図によると、御蓋山の西麓正面に現在の大宮とほぼ同じ方形区画が見えます。ただ現在と異なるのは御蓋山に対し、東に正対して神地があるということでしょう。現在の清浄門に当たる西側と、影向門に当たる東に門戸を開いており、直接的に神奈備山を祀る神域であったことを物語っています。
 水神としての性格が、遣唐使の航海の安全を祈念するようになったり、それぞれの氏神の信仰地としても祀られる事は続いたと思われます。そんな中で768年を春日大社の創建とするのは、御蓋山に正対する事を改め、南向きに本殿をすることで水神や氏神を超えた、王城鎮護の国家神としての位置づけを行なう決意の表れだったのかもしれません。
 

 

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