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NPO法人POSSE(ポッセ) blog

書評『知られざる原発被曝労働』


3月11日に起きた東北太平洋沖地震の影響で福島第一原発事故が発生し、現在、原発の安全性や放射能汚染等が注目を集めている。そして一連の報道を通して原発における労働者の過酷な労働実態が明らかになりつつある。3月24日には、福島第一原発3号炉で作業をしていた3人が被曝し病院に搬送された。3人のうち2人は放射性物質で汚染された水が靴の中に入り被曝したという。
 このような事故を通して、原発労働という領域に焦点が当てられているが、逆に言えばこれまでは、本書のタイトルが示すように「知られざる原発被曝労働」だったのである。そして、それは単に人々の関心の外にあったということだけではなく、電力会社がその実態を意図的に隠蔽してきたことで、闇に葬りさられていたのである。

藤田祐幸『知られざる原発被曝労働』(岩波ブックレット、1996年)で取り上げるのは、原発での被曝労働を原因で亡くなった嶋橋伸之さんの事件である。そこでは、無権利状態に置かれる原発労働者の実態と、被爆労働者の死を隠匿しようとする電力会社の悪しき体質が克明描かれている。
伸之さんは高校卒業後、中部電力の孫会社「協立プラントコンストラクト」に就職し、28歳で亡くなるまで10年間勤務した。彼が担当していたのは中性計測という部門で、原子炉の中の中性子の密度を監視する計測装置の点検や管理をする仕事だった。
運転停止後間もない炉内に入り込み、計測装置を一本一本取り外す。その現場は原発の中でも、もっとも放射線量が高い区域である。防護服や全面マスクは放射線を完全に遮るものではなく、しかも炉内は高温多湿という劣悪な環境で作業を強いられる。
また、一般人の年間被曝量の限度が1ミリシーベルトとされているのに対し、原発の作業従事者の限度量は年間50ミリシーベルトと定められている。あらかじめ被曝することが予定された労働条件であり、基準値が高く設定されているために、自分の身体を保護する権利が剥奪されていると言える。

ところで、先日の福島第一原発事故で被曝した3人の作業員は、東京電力の「協力会社」の労働者だった。つまり、この事故で下請け労働者に危険な作業を押し付けるという構図が明らかになったと言える。本書でもこの点に関して言及されている。電力会社の社員の被曝は全体の被曝量の5%であるのに対し、95%までの被曝は下請け労働者に課せられているというのだ。下請け支配による末端労働者の差別構造が成り立っており、伸之さんはこの下請構造の中で、常に死と隣り合わせという働き方を強いられてきたのである。

 伸之さんの死因は過酷な被曝労働を重ねるうちに患った慢性骨髄性白血病によるものであった。1993年、彼の家族は労災申請を行い、全国で署名運動を展開した。半年で40万人もの署名を集め、労基署・労働省・科学技術庁などに提出した。そして、1994年7月に業務起因性が認められ労災は認定された。
 しかし労災が認定されるまでの過程で企業の隠蔽体質が次々と明らかになっていった。
まず、伸之さんの死後、会社側は遺族に対して労災相当の弔慰金(3000万円)を支払う代わりに、会社に対して今後いかなる異議も唱えないという「覚書」を交わし、事態を収束させようとした。そして、覚書の中で、仮に労災認定されたとしても、支払われる労災補償金をすべて会社に払い戻すことが取り決められていた。労災が明るみに出ることを会社側が防ごうとした意図が見え隠れする。
次に、放射線被曝管理手帳(放管手帳)の改竄である。放管手帳は、放射線作業に従事する作業員全員に渡されることになっているが。実際には事業主が管理しており労働者が閲覧できない。そして、彼の死後になってようやく家族の手に渡った放管手帳には、会社による改竄が加えられていた。健康診断記録で白血球数が基準値を大幅に上回る異常があるにもかかわらず、「異常なし」と記載されていたり、被曝線量を本人が確認する毎に印鑑を押すはずが、本人名義の印鑑で会社が事後的に押していたりと、ずさんな管理がされていたのである。
 また、安全衛生法では「がんその他の健康障害を生ずる恐れのある業務」に関しては、健康管理手帳を交付する義務が定められている。しかし、放射性物質を取り扱う業務はその対象ではなく、放管手帳はなんら法的に労働者を保護・保障するものではない。通常の危険物を扱う労働者と違い、原発労働者は無権利状態にさらされている。
さらに、家族は労災申請と同時に記者会見を行い被曝労働による労働者の死を公然化し、社会問題として広く認知されるようにと考えた。しかし、これに対して会社側は記者会見を差し控えるように圧力をかけた。脱原発の機運が高まることを恐れたためである。
このように、電力会社は労働者に対して負うべき責任をことごとく逃れようとし、さらに自らの利益を守るために情報や証拠を隠蔽し、遺族にさえも圧力をかけたのである。

以上のように、一人の労働者の死を追って、著者が最後に述べるのは、原子力産業は、ある一定の人数の労働者が死んでいくことを前提にして成り立っているということである。そして、このような労働者の使い捨てという事実が何度も闇に葬られてきた。
原発労働は必ずしも特殊な働き方とは言い切れない。なぜなら、労働環境の安全性、健康被害、下請構造、そして企業による労災の隠蔽といった問題は原発の作業員に限らず様々な業種で起きているからである。逆に言えば、原発労働という問題を克服するためには、労働問題一般の一つ一つを社会問題として明らかにし、実際に変えていくための不断の取り組みが必要なのである。



【本の概要】
著者名:『知られざる原発被曝労働』
書 名:藤田 祐幸
出版社:岩波書店
出版年:1996年


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