詩の本+

日本近代象徴詩、モダニズム関連の書籍を紹介

堀口大學著 ヴェルレエヌ研究  第一書房

2015年08月24日 16時22分26秒 | 詩人論


【書誌】
本体 縦二〇七×横一四七ミリ 〔判型二〇三×一四〇ミリ〕紺色
函  縦二一五×横一四七ミリ 薄茶
本文 八五三頁 一段組
 布装上製本、丸背、黒天染、差込式貼函付。本体表紙および裏表紙は無地。背に「ヴェルレエヌ研究」「堀口大學著」の文字が金箔押し。函は表に題簽が貼付される。題簽の内容は、上部に「堀口大學著」が黒、「ヴェルレエヌ」が竹色、「研究」が黒で上より並ぶ。その下に、鳩の意匠を用いた第一書房商標が竹色で印刷。その下に「東京」が竹色、「第一書房」が黒、「刊行」が竹色で、横一列に並ぶ。背に題簽が貼付。内容は、「ヴェルレエヌ研究」が竹色、その下に「堀口大學訳」が黒で印刷される。
【奥付】
印 刷 昭和八年三月十五日
発 行 昭和八年三月十八日
定 価 二圓八十銭
訳 者 堀口大學
発行者 長谷川巳之吉
発行所 第一書房
    東京市麹町區一番地五
    振替 東京六四二二三番
    電話 九段三三四四番
印刷者 萩原芳雄
制本者 橋本久吉
【目次】
はしがき
第 一 章 生ひ立ち
第 二 章 習作時代
第 三 章 市役所時代
第 四 章 「土星びとの歌」
第 五 章 「なまめかしき讌」
第 六 章 結婚
第 七 章 「やさしき歌」
第 八 章 ラムボオ
第 九 章 入獄
第 十 章 「言葉なきロオマンス」
第十一章 「教師となり農夫となる」
第十二章 「智慧」及び文學生活
第十三章 「昔と今」「愛」「平行して」「幸福」及び末年の詩集
第十四章 病院及びカッフエ時代
第十五章 その末年
第十六章 ヴェルレエヌ書史
 土星びとの歌 女たち なまめかしき讌 やさしき歌 言葉なきロオマンス 智慧 呪はれたる詩人 昔と今 或る鰥の思ひ出 ルヰイズ・ルクレルク 愛 平行して 女人たち 献詞 室内装飾及び應用美術 詩選 幸福 人さまざま かの女の為めの歌 わが病院 内なる祈り 獄中記 かの女の名譽のための頌歌 哀歌 和蘭に於ける十五日 冥府にて エピグラム 懺悔録 肉 嘲笑 第一全集 第二全集 遺稿 遺稿 オンプレス 一仏蘭西人の仏蘭西旅行 ビブリオ・ソンネ 落穂集 和蘭に於ける十五日に關する書翰集 宗教詩集 ヴェルレエヌ書翰集
ヴェルレエヌ文献
索引

【所蔵】
国立国会図書館         ×
日本近代文学館         ×
北海道文学館 高橋留治文庫   ○
京都ノートルダム女子大学図書館 ○

大学図書館所蔵〔明治大学、法政大学、日本大学、北海道教育大学、東北大学、関西学院大学、甲南女子大学、神戸大学、大分大学 他〕

公共図書館所蔵〔神戸市立図書館〕

【解題】
 『ヴェルレエヌ研究』は、堀口大學によるヴェルレーヌの生涯および作品の解説書である。堀口大學(ほりぐちだいがく)〔明治二五~昭和五六〕は、詩人、翻訳家。訳詩集『月下の一群』(第一書房、大正一四年)で知られるが、詩集『月光とピエロ』(籾山書店、大正八)、『水の面に書きて』(籾山書店、大正一〇)、『新しき小径』(アルス、大正一一)など、随筆集『季節と詩心』(第一書房、昭和一〇)などの他、詩、小説、戯曲など多数の翻訳書を出版している。ポール・モーラン『夜ひらく』(新潮社、大正一三)の翻訳は、横光利一ら後の新感覚派運動に影響を与えたとされる。(松本和男編『堀口大学研究資料集成第一輯』私家版、平成一八)
 「はしがき」に触れられているように、本書は「世界文学大綱」の一分冊として出版された『ヴェルレエヌ』(東方出版、昭和二)の再版である。再版の理由は、「先の「世界文學大綱」が、分賣を許るさない豫約による少部数の出版だつたのと、價もまた高かつた為め、ひろく一般好事家の机上にゆきわたり得ない憾みがあつた」からだという。また、「新版にあたつては、前版の魯魚の誤を訂したほか、卷末に詳細な索引を附して照合探索の便に供した」とする。索引以外は、『ヴェウレエヌ研究』の構成は、『ヴェルレエヌ』と変わらないが、組版は改められている。『ヴェルレエヌ』は、全八三九頁、一段組、紙装上製本、丸背、差込式貼函付。ただし『ヴェルレエヌ』では、「一八六九年のヴェルレエヌ(ペアロン筆)」「ポオル・ヴェルレエヌの母」「ポオル・ヴェルレエヌ筆蹟」の項目が目次に表記されながら、本文に図版が掲載されていない。『ヴェルレエヌ研究』では、「ヴェルレエヌ紀念像(ニイイテルホオゼルン・ロド作)」「幼時のヴェルレエヌ」「詩人の父」「詩人の母」「ヴェルレエヌの詩の原稿」「詩人ヴェルレエヌ像(カリエエル作)」「エドカア・カアインの描いたヴェウレエヌ」「ヴェルレエヌ(ヂェルシエル寫)」「プルセル病院に於ける詩人(一八九〇年)」「展覧會に於けるヴェルレエヌとモレアス(カザル作ポスタア)」「アカデミイ立候補當時のヴェルレエヌ」「詩人のデスマスクをとる」「ヴェルレエヌの死顔(カザル画)」「リスボンヌ病院入院中の詩人(カザル作)」の図版が掲載される。
 「はしがき」は、「昨今、仏蘭西に於いても、「詩人よ、ヴェルレエヌに還れ!」の聲のやうやく旺んならんとする時、この國の詩に關心のある精人一粲に供するを得ば幸甚である」とする。『ヴェルレエヌ研究』は、一八四四年に生まれた生い立ちから始まり、第一詩集『土星びとの歌』(一八六六)についてサント・ブーヴに書簡で激励され、『なまめかしき讌』(一八六九)出版の後、一八七〇年に結婚するといった伝記を追う。結婚前の恋慕の情を表した詩を集めた『やさしき歌』は、「詩人のペンの先からほどばしり出でた心の呼び聲」を反映した、それまでのパルナシアンの伝統から離れた改革をなしたとする。一方で「彼と結婚、それは兩立しない別個の存在であつた」とし、その不幸が後の詩業の動機となるともいう。また、もう一つの大きな事件、ランボオとの出会いが、「薄志弱行漢であるヴェルレエヌを、全然征服しつくし、魅了し、呪し」たとする。さらに、ランボオに対する傷害事件で入獄した間に、『智慧』(一八八一)に収められた信仰の詩歌を書き上げるが、「誘惑に陥り易い素質持つに到」り、「社會の外の人間」になったとする。その不幸な「ボヘミアン生活」の中で「下劣な物質的生活」の中にあって、「デリケイトな甘味の詩」と「純粋な宗教心」を維持し続けたところに、「藝術の、詩の炎」があったとする。生活を浄化した詩的表現に、ヴェルレエヌの特質を見るのである。また、本書は伝記だけでなく、ヴェルレエヌの詩作を原文、翻訳共に掲載しているところに特徴がある。詩を味わうと共に、参考文献を参照することで、ヴェルレーヌ理解を深めることができるように配慮した啓蒙書である。
 堀口大學は、第一書房が廃業するまで「二十年近く、脇目もふらずに第一書房一本でやって来たでしょう」と述べ、「僕の書いたものは、いいの悪いの選ばずに、何でも引き受けてくれた。(中略)売れそうもなくつたつて、いいものだと思えば、日本の文学の明日のために役立つと思えば、やっぱり訳したいもの。僕にこれが出来たのは長谷川第一書房のおかげでしたよ」と回顧する(関容子『日本の鶯 堀口大學聞書き』角川書店、一九八〇)。第一書房は長谷川巳之吉(はせがわみのきち)〔明治〕が大正一二年に創業、昭和一九年に廃業するまでに、詩集を中心とした文学書、哲学や音楽など文化評論を、七五〇点以上出版した書肆である。(林達夫他編『第一書房長谷川巳之吉』日本エディタースクール、昭和五九)堀口大學は本書出版以前に、『月下の一群』に始まり、アポリネール『動物詩集』(大正一四)、『ヴェルレエヌ詩抄』(昭和二)など多くの翻訳を刊行している。初期は、『上田敏詩集』(大正一四)など評価の定まった詩人の詩集や、フランス文学の翻訳、教養書の出版から始まったが、雑誌『セルパン』(昭和六・五~一六・三)の発行で、モダニズム文化を紹介する役割を担った。また第一書房は昭和初期に、『萩原朔太郎詩集』(昭和三)〔新菊判、総革金泥装三方金 六円〕に代表される「豪華版」を多く出版した。円本流行により書籍の値段が下がる中、上質な材料を使用した、上質で高価な本を販売するという、独自の経営を展開した。(長谷川『美酒と革囊』河出書房新社、平成一八)本書の二円八十銭も安価とは言えない値段である。
 次に本書より『智慧』「Ⅶ」の本文を示す。
   七
屋根の向ふに
静かに澄んだ青空!
屋根の向ふに
葉をゆる一本の木。

青空に聳えて見える
寺の鐘が鳴り渡る
木の上にとまつた小鳥が
胸のなげきを歌ふ。

ああ、神様、これが「人生」でございませう
静かに單純に其所にあるそれが。
あの平和なるもの音は
市(まち)の方から來る。

――どうしたと云ふのか
絶え間なく泣いてゐるお前は。
一體お前はどうしたと云ふのか
お前の若さを?