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日本のいまを考える#60 「恥を知る」文化の衰えぶりを国会とメディアに見る



祝日は国旗を掲揚しましょう。


★精神学協会「日本のいまを考える」から転載

『精神学協会』
http://www.godbrain.com/gb/letter/



■日本のいまを考える#60
 
●「恥を知る」文化の衰えぶりを国会とメディアに見る


国会はふたたび野党が活気づいています。ただ、役人の忖度というのは、いつの世にもあり、その対象のほとんどは身内の人間を守るという組織防衛の目的なのです。今回の財務省のことで、そうしたことが明らかになったにもかかわらず、野党は森友問題を政権中枢の問題にすり替えて攻撃しています。
安倍首相下ろしができれば、なんでもいい、ということかと推察します。

メディアには、若い女性への貧困調査で昨年話題になった前川前文部科学事務次官が、何もなかったかのように平然とした顔で、インタビューに笑顔で答えている姿が映し出されるという、まるで去年の焼き直しのような状況になっています。

全体を見れば、日本の国を護るために憲法を改正しようとする安倍首相を、なんとか辞めさせたい勢力がメディアと組んでのこととしか思われません。

北朝鮮に拉致された方々を取り返せないのも、尖閣諸島に毎日やってくる中国船を日本領海から締め出せないのも、もとをただせば現行憲法の存在に行き着く現在、首相が変わっても、憲法改正を言い出せば同じ事の繰り返しです。

現実的には、安倍首相が退陣すれば、自民党は明らかに弱体化するはずで、野党にとってはやりやすくなります。どちらにしても、国会議員を送り出す国民側の意識が、ワイドショーや新聞によって動かされる限り、何度選挙をしても、この事態は続きます。

野党とともに劣化の激しいメディアが騒いでいますが、籠池氏の発言に振り回される形で、首相夫人を国会喚問するなどのことがニュースになること自体おかしいのです。

この国のマスメディアの成り立ちを考えれば、ある意味当然ではありますが、きわめて高い所得を得ているテレビや新聞の社員のなかに、恥知らずな日本人が増えたことは残念なことです。

「恥を知る」ということは、日本文化の根幹をなす姿勢であると私は考えています。
議員たちの相次ぐ不祥事や、事実と異なる従軍慰安婦問題のようなメディアのでっち上げ話に見られるように、恥を知るという姿勢が、日本を産土(うぶすな)として日本語を母語(ぼご)とする人たちの生き方から失われつつあるのは、日本語脳が衰えた結果といえるのではないでしょうか。
それだけ、国際化したということでもあるかもしれません。

外務省が、戦前の連合国である、ユナイテッド・ネイションを、国連と訳したことで、いまも続いている日本人の誤解があります。
その国連の掲げる理想でもある、「人権と基本的自由の促進と擁護」が、中国共産党の行動に対する抑止力を発揮したことがあったでしょうか。

お金に操られるということもあるかもしれませんが、そもそも国連という存在自体が、いまだに日本を敵国として扱っていることでも、その怪しさがわかります。

国連人権理事会が毎年ジュネーヴで開かれていますが、その内容を見ても感じます。
国内では正しく情報が伝えられることはありませんが、これまでに沖縄の翁長県知事や、人権派弁護士といわれる常連参加者が、さまざま奇妙な話を人権理事会の場で展開しています。
  http:/www.sankei.com/premium/news/170915/prm1709150003-n1.html 

敵国に反する意見陳述は、歓迎されますし、発言順も厚遇されます。

日本、または日本人の人の良さが、裏目に出る機会は、これまでの歴史にいくらでもありました。
脇の甘さ、注意不足もありますが、騙されることも含めて、外交下手といわれるのもしかり、です。

日本には、古から独自の統治の姿があります。
天皇にあるのは「権威」であって、昔からずっと、「権力」ではありませんでした。
そしてまた、権力を持つ幕府や武家も、天皇の「権威」は常に守り続けてきています。
こうした形に守られるようにして、協議を重ねながら、大事な物事を決めてきたのです。

神武天皇の「八紘一宇」、聖徳太子の「十七条憲法」、明治天皇の「五箇条のご誓文」、そうした歴史のつながりの上に、いまの私たちは生かされています。

明治維新後に初めて議会政治が始まり、それまでは民主的ではなかったなどという誤解があるとすれば、大いなる認識不足といわなければなりません。
学校の教科書で、いま、どのように教えられているのか、歴史を教える先生たちの認識はどうなっているのか、あらためて問い直す必要があるのではないでしょうか。

国民の代表であるはずの国会議員の質があまりにも劣化しているのは、私たち国民が劣化しているのと同じことです。
ほんとうに日本を大切に思い、日本の未来をきちんと考えられる代議士を国会に送り出したいものです。


平成三十年三月二十三日
阿部 幸子
協力 ツチダクミコ

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