震災による原発事故が起きたあの時、甲状腺検査はどのような経緯で始まり今に至ったのか、番組は続けます。
彼は今年(2017年)9月にベラルーシを訪れ、国の機関や研究所で話を聞く中で、事故と向き合い続ける姿勢を学んだと言います。
今回の特集は、他県ではこれまであまり知る事がなかった福島で行なわれている甲状腺検査の実態と問題を、一般の視聴者向けに分かりやすく伝えたという点では評価出来るものです。
しかし「伝え方」という点については、示された資料や演出方法など、大いにざわつくものであったと感じます。
取り上げた資料はこれでよかったのか、誤解される箇所はなかったかなど、ドキュメンタリーの手法そのものについて様々な思いが頭をよぎります。
これについては、次の項で改めて述べていく事とします。
場面は2011年5月の第1回検討委員会開始の映像、これにナレーションがかぶります。
甲状腺検査を巡って深まる混迷、その根源には前例のない事態に次々と対応を迫られた事故直後からの経緯があります。
事故の2ヵ月後、福島県では独自に健康調査を実施する事を決めました。場面は2011年6月、ガイガーカウンターで校庭の放射線量を測る小学校教師の映像となります。
実は当初、国が甲状腺検査を実施する計画が持ち上がっていましたが、県が断ったといいます。
当時の県幹部が、そのいきさつについて明かしました。
福島県保健福祉部部長(当時) 阿久津文作
阿久津 「厚労省の課長補佐レベルの人が、『県では調査をやるんですか? もし県がやらなければ国もやる用意がありますよ』という様な発言があって、それは個別に聞いたんですけども、国も動いてはいるんだなっていう思いはありました。
東電と国は、今回の事故の起こった原因者ではないのか、その原因者が被害者である被災者の健康を調査し管理をしていくのはいかがなものかと。自分の都合の悪い事は、出さないという事も考えられるのではないか。」
結局、国ではなく、一地方公共団体である福島県が主体となって甲状腺検査を担う事になったのです。
検査を始めるにあたっても紆余曲折がありました。
当時、検査をどのような形で行うのかを議論した県の内部資料です。
当初は事故の3年後から検査を実施する予定とされていました。
チェルノブイリ原発周辺で、甲状腺がんが多く見つかり始めたのが事故の4年ほど後だったからです。
ところが、時間をかけて準備する事が出来ない事態となっていきます。
教師 「結構高いですね。2.628。何で高いんだろう。」そしてカメラは突如、ウクライナへと移動していきます。
学校の校庭や通学路など、子どもたちが日常生活を過ごす場所のあちこちで、高い放射線量が検出され、親達の間で被ばくの影響に対する不安が高まっていったのです。
この頃検討委員会では、住民の不安に答えるため検査を拡大し、前倒しする事が議論されていました。
(検討委員会議事録より)
福島県立医科大学 安村誠司教授
「小児甲状腺については3年後を想定したが、県民の不安を考えると、先行地域で前倒しで実施する事も検討していかなければならない。」
福嶋家保険福祉部 佐藤節夫部長
「不安を鎮めるのが行政としては非常に重要。「サイエンスと安心」の安心の部分。サイエンスとして余分な事も安心のためにやらざるを得ない状況。」
広島大学から招かれて検討委員に加わった神谷研二さんです。当時の議論について証言しました。
福島県立医科大学 放射線医学県民健康管理センター長 神谷研二
神谷 「チェルノブイリ事故の再来ではないかという事で、大変大きな不安がありました。そのために検査はできるだけ早く立ち上げる必要があるという事で、早急に検査体制を作っていくという事になりました。」
その結果、検査は事故から3年後ではなく、半年後の2011年10月から始まる事になりました。対象は県内の18歳以下のすべての子ども達、この時点で36万人。世界でも例のない、大規模な調査となったのです。
放射線の影響が出るとすれば、事故から数年が経過した二巡目以降で、一巡目はがんはほとんど見つからないだろうと考えられていました。
(2011年7月の映像) 福島県立医科大学 安村誠司教授
安村 「問題のある児童はまずいないだろうと、その事をきちんと公表する、それが安心につながるのではないか。」
福島県保健福祉部 小谷尚克主幹
小谷 「やっぱり安心につながっていって、不安不安不安ではなくて、これからの福島県という様な形で自分の生活を考えていただけるようになっていけばいいかなと。」
ところが、
(第12回検討委員会 2013年8月 鈴木眞一)
「44名が悪性もしくは悪性疑いと細胞診の結果でございます。」
(第16回検討委員会 2014年8月 鈴木眞一)
「104人の方が、悪性ないし悪性疑いの判定となりました。」
検査の制度設計に関わった神谷さん、一巡目からがんがどれくらい見つかるのか、予想できなかったと言います。
神谷 「どういう所見が得られるかに関してはですね、まだ小児のですね、甲状腺に関する情報が十分ないのが現状でありましたので、なかなか想像する事が出来なかったというのが現状であります。」
住民の不安を鎮めようと、準備不足の中、当初の計画よりも前倒しして行われる事になった大規模な甲状腺検査、多くのがんが見つかり、新たな不安や混乱を招きました。
更に、そのほとんどが潜在がんである可能性が指摘され、検査の意義まで問われる事態に陥っているのです。
カメラはウクライナの首都キエフにある国立病院を尋ね、甲状腺検査で異常のある人が精密検査に訪れる様子を紹介し、現在ウクライナで行なわれている検査体制を紹介していきます。
検査によって生じる不安や混乱を極力避けつつ、放射線影響の有無を明らかにする方法はないのか。
31年前、チェルノブイリ原発事故が起きたウクライナでは、どのようにしているのでしょうか。
放射線影響を調べる仕組みは、国が中心となって整えています。そして場面は保健省の国家登録センターとなり、240万人分登録されている人のデータベース画面が紹介され、蓄積されたデータは研究目的として利用する事が認められている事などが語られます。
事故当時、原発からおよそ4キロの町で暮らしていたリュドミラ・ジットワローワさんです。事故の後、夫と2人の子どもと避難を余儀なくされました。
2年に一度、国から検査の案内が送られてきますが、最近は受けないと言います。
リュドミラ 「(翻訳)自由意志で行かなくてもいいんです。行きたければ行くし、行きたくなければ行かない。
私は知らないままのほうが平穏でいられるから行かないのです、」
実は、検査を受けるかどうかはそれぞれの判断に任されていて、最近はリュドミラさんの様に検査を受けない人が増えています。
それでも放射線影響を調べる事ができるのは、このカードがあるからです。
事故当時、汚染地域に住んでいた人やその子供などに発行され、被災者向けの病院などで提示します。
福島の場合、県の甲状腺検査を受けた子どもの情報は、データとして蓄積され、被ばく影響を調べる手がかりとなります。
しかし、検査が縮小されるなど、受診する人が減れば情報は集まりません。
一方ウクライナでは、国の甲状腺検査を受けなくても、病院などで治療を受けると、被災者登録の仕組みを通じて、情報が国に集まるようになっているのです。
放射線医学研究センターのアナトリー・チュマクさんです。画面ではチェルノブイリ原発事故当時から甲状腺への影響を調べている、国立内分泌代謝研究所のミコラ・トロンコ医師の、事故から9年目(1995年)の映像となり、当時の彼のメッセージが流れます。
どれだけ被ばくした人が、どのような病気になっているのか、調査を続ける中、甲状腺がん以外にも放射線と白内障の関連など、新たに分かってきた事がたくさんあると言います。
アナトリー 「(翻訳)我々はチェルノブイリ原発事故の影響をすでに31年間研究してきました。
がんの潜伏期間であったり、若年性の循環器系の病気であったり、たくさんのことが分かりました。今も情報が集まり続けています。」
国家を挙げて放射線影響の調査に取り組んできたウクライナ、その中心となってきた研究者は、先を見据えた調査体制の確立なくして、科学的な答えは出せないと言います。
事故9年後(1995年)のトロンコさんです。場面は2006年4月の、チェルノブイリ20年国際会議の映像となり、ナレーションがかぶります。
国際機関が放射線影響を否定する中、子どものがんが増え続けていることに焦りを感じていました。
トロンコ 「(翻訳)事故から9年経っても解明できないことが多く、問題は広がる一方です。体系的な研究と治療が必要なのです。」
それでもトロンコさん達科学者が研究を続けられたのは、国が被災者の状況を把握する仕組みを作り、法律にも定めていたからでした。
そして事故から19年が経ち、それまでの研究成果から、事故による被ばくが子どもに甲状腺がんを引き起こしている事が国際的に認められたのです。こうしてウクライナのがん検診状況の紹介が終わり、画面には再び星北斗氏が登場します。
トロンコ 「今後同じような事故が起こったときに教訓を残すため、調査・分析を行なうことが重要です。大事なのはこれから起きることを把握するための正確なデータの蓄積です。」
彼は今年(2017年)9月にベラルーシを訪れ、国の機関や研究所で話を聞く中で、事故と向き合い続ける姿勢を学んだと言います。
星 「30年経った今も、国民向けの広報活動を一生懸命やっていたり相談を受けていたりとか、そういう姿がありますので、不安に寄添って行くことを続けなければいけないと思います。そして、NHKと共同でアンケートを行なった「3・11甲状腺がん子ども基金」代表の崎山比早子氏が登場し、BSニュースでも流れた映像がここで繰り返されます。
私たちはこの問題にどこかでパツンとケリをつけて「はい、これから先はなしよ」という事には、中々出来ないのかなって思いましたよ。」
代表の崎山比早子さんは、放射線の影響によるものであろうと、過剰診断によるものであろうと、患者は原発事故の犠牲者だと言います。そして番組はアンケートに書かれた声を紹介してナレーションのエンディングとなるのですが、陰鬱なBGMをバックに、街角や公園に置かれているモニタリングポストの放射線量値がアップになるという演出が行なわれます。
崎山 「患者さんは患者さんですから何が原因であろうと、この事故がなかったらこんな状況にはならなかったっていう事だけは確かですから、やはりずっとフォローしてケアをするっていう事が必要だろうと思いますね。」
福島第一原発事故からまもなく7年、これまでにがん、がんの疑いと診断された子供たちは194人。その内155人が、甲状腺を切除しています。
(患者・保護者アンケートより)
「病気というのは 本人や家族など 身近な人しか 痛みが分からない
死に結びつかないから いいでしょう?
そんな言葉を 大切な人に言えますか?(20代女性 本人)」
「甲状腺を全摘した息子は 一生 薬を服用しなければなりません
親としては 将来がとても心配です(10代男性の母親)」
「原発事故 そしてわたしたちの病気も 現在進行中です
どうか風化させないでください(20代女性 本人)」
未だ結論が出ない放射線影響。
そして、子どもを守るために始まった検査が、子どもを傷つけているかもしれないという葛藤。
原発事故が引き起こした、答えの見えていない課題。
私たちの社会は、これからも向き合い続けなくてはならないのです。
語り 柴田祐規子
声の出演 81プロデュース
撮影 菅原幸一 郷田雅男
音声 森嶋隆 熊沢陽
映像技術 丹野昌平
CG制作 橋本麻江
編集 小坂孝
音響効果 塚田大
リサーチャー イーゴリ・ゲラシコ
コーディネーター 五代祐己
取材 右田可奈 藤川正浩
ディレクター 鍋島塑峰 成田花緒里
製作統括 池本端 吉田賢治 松本浩一
(終)
今回の特集は、他県ではこれまであまり知る事がなかった福島で行なわれている甲状腺検査の実態と問題を、一般の視聴者向けに分かりやすく伝えたという点では評価出来るものです。
しかし「伝え方」という点については、示された資料や演出方法など、大いにざわつくものであったと感じます。
取り上げた資料はこれでよかったのか、誤解される箇所はなかったかなど、ドキュメンタリーの手法そのものについて様々な思いが頭をよぎります。
これについては、次の項で改めて述べていく事とします。
(続く)
番組では、「放射線の影響が出るとすれば、事故から数年が経過した二巡目以降で、一巡目はがんはほとんど見つからないだろうと考えられていました。」と紹介されましたが、これも視聴者に誤解を与えるものです。
先行検査(一巡目検査)と本格検査(二巡目検査)を比べると、先行検査結果には、超音波機器で本来見つけやすいはずのA2(殆どがのう胞)と、殆どが結節(のう胞内結節を含む)の発見率に地域差が見られるからです。
・先行・二巡目検査の比較:https://twitter.com/kazooooya/status/936227291079647232
当初は事故3年後から実施する予定だった検査を県民の不安に応えるために、準備の整っていないなかで前倒しで検査を行ったためなのかは不明です。 この先行検査結果における地域差が検査間隔によるものであるなら、二巡目検査結果にも同様な地域差が見られるはずですがそのようにはなってはいません。(二巡目検査結果は完全にデータが揃っていないので判断保留)
個人的には、避難地域等の区域は先行検査で見つけやすいものから先に見つけ出し、二巡目検査では先行検査時には見つけられなかったものを見つけている…という感じがします。(県立医大も先行及び二巡目検査の両方を受診したかたを分母に検査間隔を補正し、「悪性ないし悪性疑い」の発見率の一例を試算しています) なので、「一巡目はがんはほとんど見つからないだろう」という考えは視聴者に誤解を与えます。先行・二巡目検査結果を合計して考えたほうがよさそうです。
従って、福島での三巡目検査以降、検査時年齢があがると自然発症の甲状腺がんも増えていきますので、本格検査を繰り返すなかでチェルノブイリ事故後に顕著に甲状腺がんが見つかったような事故時(被ばく時)年齢0~6歳の子どもたちに、福島で先の検査で見つかった震災時年齢の子どもたちを超えて甲状腺がんが見つかるかどうかが、「被ばく影響の有無」の判断になります(福島の子どもたちの被ばく量からして増えるとは到底思えません)。
被災者登録証を示し、「一方、ウクライナでは、国の甲状腺検査を受けなくても、病院などで治療を受けると、被災者登録の仕組みを通じて、情報が国に集まるようになっているのです。」と語り、ウクライナは福島より優れているかのような印象操作がありましたが、チェルノブイリ事故当時のウクライナの0~17歳人口は約1,400万人ほどいたのに、240万人分しか登録されていません。つまり被災者として認定された方達のみということです。全国でも福島でもがん登録が始まっていますので、県民健康調査の甲状腺検査を受診しなくても将来の子どもたちの甲状腺がんを把握することが可能となります。ただし、無症状なのに県民健康調査の甲状腺検査で見つかった方と、自覚症状等があって病院で検査して甲状腺がんが診断された場合の発見率(後者は罹患率)は大きく異なりますので補正する必要があります。(因みにベラルーシは約250万人)
また、このウクライナの被災者登録は、「18歳になった段階で、慢性の病気をもっているか、あるいは身障者になっていないと、(被災者)認定を続けることはできない。両親たちは、援助を受けたいがために、子ども達を身障者にしている。」 とまで現地の専門家に言われているのです。
今中哲二氏でさえ、ウクライナのデータは「批判には耐えられないデータとなってくる」とまで言われていますので、ウクライナのみのデータを持ち出して来たら、番組として「怪しいと思え」…と思っています。
・日弁連・ウクライナ現地調査報告会:https://togetter.com/li/546237
最後に、もう一度「被ばく影響の有無」の判断についてですが、福島で検査を受診している子どもたち約30万人(今後減っていくだろうけど一応)を基準とし、ベラルーシ及びウクライナの事故時の子どもの人口を考慮してグラフ縦軸目盛を補正すると、これまでに福島で発見されている甲状腺がん「悪性ないし悪性疑い」の割合は既にウクライナの割合を超えています。
・画像1:https://twitter.com/kazooooya/status/936569181700370432
(今回のコメントも公開して頂かなくても、また私のツイログ等からご自由に引用しても構いません。次回のエントリーの参考にして頂けたらありがたいです。)
貴重な情報どうもありがとうございます。
今回は広く共有すべきであると判断しましたので公開させていただきました。
福島の甲状腺検査については、常日頃から情報を追っていないと中々分かりにくいものです。
ましてやそれをドキュメンタリー番組とするには実際はかなりの知識も要求されるものですが、果たして番組スタッフにそれほどの理解者がいたかどうか、はなはだ疑わしいと感じています。