杉浦 ひとみの瞳

弁護士杉浦ひとみの視点から、出会った人やできごとについて、感じたままに。

・指導自殺

2008-10-01 01:10:49 | 教育
「指導自殺」という言葉は、私の造語です。

この意味するところは、いじめ自殺がいじめによっていじめられていた子が自殺すること、過労自殺が職場での過労が原因で労働者が自殺すること、をさすように、学校内での教師の指導が原因で児童・生徒が自殺することです。。

これまでも、社会の中で法が立ち入らない、若しくは立ち入りにくい領域が存在しました。
たとえば「法は家庭に入らず」という古代ローマからの法格言があり、家庭内の問題については法が関与せず自治的解決にゆだねるべきであるとされてきました。

家庭の中で「子どもを煮て食おうが焼いて食おうが勝手」というような暴言が子どもの「しつけ」名目にいわれたこともありますし、夫婦間の激しい暴力に110番通報されても「夫婦げんかは犬も食わない」などとかかわってもらえないこともありました。

でも、この領域においても、家庭内における虐待や暴力について、近年、いわゆる虐待防止法やDV防止法が制定されるなど、この法格言を超えて積極的に法が関与するようになりました。

 また、私人間の営業の自由・契約の自由が認められる労働の分野で、労働の態様が労働者の心身を不当に侵害する状況に対しても、本当に多くのことが法の下におかれました。
セクシャルハラスメントなど、「女性はからかわれるうちが花」などという言い方など普通に横行していました。上司が部下に恣意的にあたることも、いまでは「パワーハラスメント」なる語ができて問題とされるようになりました。
また、過労死、過労自殺が会社の義務違反の問題として扱われるに至っています。

 これらは、人権についての意識が高まったこととともに、人権について不分明だった領域を分析するだけの社会の成熟があったからだといえるでしょう。


 学校教育の領域においても、体罰に関しては、戦前から現行法(学校教育法11条)と同様に体罰禁止規定がおかれていましたが(旧小学校令47条、国民学校令20条)多少の肉体的実力行使は「体罰」にあたらないと解され、そのように運用されていました。ところが、戦後は生徒児童の人権の尊重と非権力的教育観の見地にたって体罰は厳しく規制されるにいたり、学校教育法上禁止される「体罰」の範囲が拡げられるなど、体罰法制は大きく転換するに至りました。

このような流れの中で、近時、学校での指導の直後に自殺を図る事件が報道され、耳目に触れるようになりました。
いわば、「指導自殺」ともいえるものです。

先生はすべて聖人君子である、すべてが常に冷静な人種である、ということはないだろうことは社会も分かっていることだと思います。
そのなかで、適切でない対応で指導にあたり、結果児童生徒を自殺にいたらしめるということがあり得るということです。

これは、そのような現象がここへ来て突然発生するようになったということではなく、これまでも発生していたものが、重大な人権問題と捉えられるようになったものだろうと思います。

思えばこれまで教師の恣意的な言動や私憤に駆られた行動などに出くわしたことは、教育を受けたことのある多くの人が体験したことだったと思います。
それでも、教師に広い裁量を認めてきたのは、一面で教師が萎縮することなく経験を積み、成長する課程だという意義もあったでしょう。

しかしながら、子どもの人権についての意識も時代を追って高まり、教師の指導がその裁量の枠を越える場合には、そのことによって児童生徒の人格を侵害し、子どものその後の成長や人格形成に悪影響をあたることも起こりうることが分かってきました。
むしろ、教師の指導における裁量は児童生徒の教育目的のためにあるものであって、児童生徒の人権を侵害するような「裁量」は背理であるといわざるを得ません。

このように、「生活指導」について、その裁量の範囲にメスが入れられる時期がそろそろ来ているのではないかと思い、問題を提起すべきだと考えました。

なお、この時に、指導を受けるきっかけを作った子どもに、「原因をつくっておきながら指導の行き過ぎも何もあったものではない」という理屈はやめてほしいと思います。きっかけがあれば何をされても文句を言えないということはないはずです。

ただ、このような問題提起が、先生と児童・生徒、またその保護者の関係をギスギスしたものにしないためには、信頼関係に裏打ちされた意思の疎通が何より大切だと思います。

<指導自殺の事例>

04年3月
担任の生徒指導直後に校舎から飛び降り自殺した長崎市立中二年、安達雄大君=当時(14)=の両親が「精神的に追い詰めた指導が自殺の原因」として、長崎市に約九千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決言い渡しが三十日、長崎地裁であった。田川直之裁判長(異動のため須田啓之裁判長代読)は「不適切な指導が自殺の原因」と認めた

08年9月
北海道稚内市の道立商工高2年の男子生徒(16)が携帯電話サイトの書き込みで教諭から指導を受けた後に自殺した。生徒の父親によると、生徒は停学処分になると言われ、自殺前にノートに「停学は重過ぎる」「お前の罪は重い。死ねと言われた」などと書き込んでいたという。
 生徒への指導は生徒指導の教諭が2人ずつ交代しながら計約3時間にわたり行われた

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12 コメント

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時宜をえた提言 (志村建世)
2008-10-01 15:18:04
海上自衛隊の、軍艦という環境での自殺もそうでしたね。指導というよりも、もっと強い「支配関係」のようにも思いますが、指導は支配になってはならない、という観点から論じられそうな気がします。
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指導の限界も (ken)
2008-10-02 23:15:44
 教員の指導にも限界がある、という認識が必要ではないでしょうか。
 手に負えない子どもというのはあり得ます。大人の場合は、集団から排除したり、ひどい場合は裁判に訴えたり、刑務所に、となりますが、義務教育、特に公立学校ではそうもいきません。

 指導の行き過ぎとなる場合には、いじめが続いて指導に従わないなどというのがあります。最近では悪質なネットいじめなどの事例があるようです。
 
 すべてを学校内で指導しなければならない、という圧力が悲劇を生んでいる面もあるように思います。
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ぎりぎりのところでは・・・ ()
2008-10-05 07:56:45
kenさんのおっしゃるとおり、指導が大変な問題であることも見えます。きれい事ではやっていられないのだろうと思います。ぎりぎりのところは、やはりそれなり裁量が必要ですね。
そこに行かない、行き過ぎの部分につての問題指摘になります。
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行き過ぎの場合 (ken)
2008-10-09 21:05:08
 体罰が事件になるときは、それって体罰といえるのか? というようなのが多いように感じます。体罰に名を借りた暴力ではないのかと。 力で押さえつけた、というのも、「罰」とはいえません。
 で、「教育的体罰」の是非は、いつも曖昧になってしまいます。
 もちろん、法的には体罰は禁止です。100年前から。

 指導の行き過ぎも問題にされますが、指導が行き届かなかったことも非難されます。さて、並の指導が通らない相手にはどう対処すべきでしょう。
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Unknown (srf)
2009-07-31 07:50:06
第3者から見ると妥当な判決。
逆に何で訴えるの?
親も子供に不正をしないよう教育すべきであった。
カンニングが疑われるから指導した。もし損害賠償が認められば、教師は何の指導もできなくなる。
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疑問 (2児の親)
2009-08-02 23:38:00
これで該当教師が親や弁護士の追及により責任を感じて自殺したら、この弁護士は一体何と言うのだろう?と思いました。教師として不正を正すという行為をした事に対し、不正をした生徒が自殺。一体それなら教師は何をどうすればよかったのですか?カンニングを優しく注意して、許すべきだったのでしょうか。そう言うのならば、この親もそして弁護士も、教師を不当に攻撃などせずに善意の対応をするべきではないでしょうか?追い詰めて教師が自殺を考えた、もしくはした場合、この親や弁護士はどうするんでしょうか?
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2児の親さんへ ()
2009-08-03 02:48:25
今は、教育現場で教師も苦しい立場におかれています。教師が、気づかずにやってしまったことであとで責任問題になった時の教師の立場も、その身になってみればかなり苦しいものと察します。
教師の指導がどうあるべきかは、ひとりひとりの教師の研鑽に任せるだけでなく、教育界全体で考えるべき問題ですね。

この指導についての問題は、この件に関する学者の意見書をもとに、学習会を開きたいと思っているところです。その時には広報しようと思います。
もし、よろしければ、2児の親さんもその時にはお越し下さい。



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疑問2 (2児の親)
2009-08-03 13:30:58
私は教師の指導がどうあるべきかではなく、不正をしたと思われる生徒を叱った教師に対し、不当な攻撃をする親や弁護士に疑問を抱いているだけです。生徒が一様でないように、教師も学校も一様ではありません。ある一人の生徒のカンニングを追求するという行為に「教育界全体で」などというバカげた発想を持つ事に、正直感覚のおかしさを感じました。もし逆ギレをする親や、まともな教師を追い込む弁護士についての学習会が開かれるのであれば、その時は是非お誘い下さい。
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お門違いでは (TT)
2009-08-05 23:26:37
2児の親さんへ
勘違いをしてはいけません。
杉浦センセーを含む弁護士の方々は正義の味方ではありません。
教育問題の専門家でもありません。
弁護士は、弁護したい人の権益を最大限守るのが仕事です。
日本国憲法第38条第1項に基づいて、弁護人に不利益な情報を公開しなくてもよいし、積極的に不利益な情報を公開するなと忠告する立場にある人です。
弁護人を守るためなら、それがカンニングした当人であっても逆ギレをする親であっても、不利な情報は一切公開する必要はなく、相手がまともな教師であっても容赦なく追い込むのが仕事なんです。
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生徒の不正行為にも厳しく (ken)
2009-08-07 22:35:22
 教師の指導に行きすぎがあった、つまり、暴力とか暴言とか監禁とかの問題があると、当の問題生徒の方の責任があいまいになってしまうようです。
 たとえば、カンニング等の不法行為に対し、教師の指導に行きすぎがあって弾劾されるなら、もともとの原因となる不法行為をした生徒はそれ以上に厳しく、「正しい方法」で、裁かれ、その内容を公開すべきでしょう。
 そうでなければ、勝手なことをする生徒がのさばるだけです。
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